先月、熱がでまして、一週間ほど休養しておりました。
おちついてきましたので、あれはなんだったのか?改めて考えてみたいと思います。
あらあら、又、思考癖の発動ですか?
いつものことですが、私のかってな解釈ですので、何の意味もありませんが、気になさるかたがいらしたらごめんなさいね。
病気というのは、突然やってくる。
こちらの都合も考えないでね。
まったく、こまったものだ。
私の身体も自然の一部ということを思い知らされる。
何か理由があるのかもしれない。
よほど、ダメージをうけていたのか?
それとも、何かの知らせか?
「ちょっと、待て!」
なんてことなのか?
だけどね、何かが変わったような気がするのよね。
あくまでも、[気がする]程度ですがね。
根拠なんてものは無いですよ。
食べ物の好みも変わったしね。
やけに寝汗をかくようになったしね。
よりいっそう、「なんとかなるか!」という怠け者思考になったしね。
なんだか、細胞レベルで変化したような感じなんだよね。
[自然に逆らわない生き方]というやつ。
自分でも、おかしなことを言っているのは感じてますよ。
そもそも、[自然]ってなんなんだ?
[あるがまま]でもないしな。
理解の範囲を越えた感じなのかな?
それこそ、[なりゆきまかせ]なのかもね。
なにか、一区切りついたという、訳のわかない達成感をかんじているんだよね。
まったくもって、個人的な感覚ですよ。
皆さんは、どうなのかな?
あの流行り病はなんなのか?
世間をさわがすだけ騒がした病。
世界中が停滞した病。
私の身体で味わって感じたことは。
「たしかに、何かあるのかも?」
ということ。
もしかしたら、毎年かかっていた風という病にも意味があったのかもしれない。
わからないけど、意味があることってあるような気がする。
とるにたらない、どうでもいいことの積み重ねで、私の身体は生きているのだと思う。
必要なものは、身体に刻み込まれているのだと思う。
頭で考えること以上にね。
計画を越えた世界で、私は生きているのだと感じる。
今回、感じたことは、
「考えてもしかたないことがある。…だから、ほっとくしかないことがある。…ただただ、なりゆきまかせに時がたつのを待つしかないことがある。…そんな中でも、身体という自然は生き残ろうと活動している。…意識あるものは耐えるしかない。…そのうちなんとかなるだろう…そんな世界観がある。」
ということなのです。
これは、根元に怠け者という属性を持つ私だからなのか?
意識が高いタイプの人は違った解釈をするのかもね。
私は、根本的に自分でなんとかする[自己完結型]であり、なりゆきで助けてもらったとしても、そんなこともあるよねくらいにしか思わない。又、自力で助かったとしても、運がよかっただけと思うような覇気のない無気力人間だと思うのだが、世の中には色々な人がいるからね。
今回も、たまたま運がよくて生き残れただけだからね。
今は、たまりたまったものが、ごっそりとおちたような感じがします。
老後に向けて、余分なものはいらないよね。と思います。
まぁ、なんにしても、
「ありがとう☺️」
なのです。
誰に向かってか?
それは、すべてにですよ。
私が知っていることを越えたすべてに向けて、過去、現在、未来、に向けて。
ついでに、あらゆる次元に向けて。
[ありがとう☺️]
なのです。
いったい、何を言っているのやら?
まったくもって
意味不明ですね。
それでも、
[ありがとう☺️]
終り
世の中、不思議なことがあるものですよね。
今、もです。
なぜ、私には起きないと思うのやら?
わからないという理由は、そこにあると思います。
考えてもしかたないよ。
時が満ちれば、かってにふに落ちるものだと思います。
それぞれの幸せを願っております。
私自身にありがとうは、あなたにもありがとうなのです。
それが、すべてに向けてありがとうなのです。
ありがとうに、それ以上も以下もないと思います。
へんな期待も依存もないと思います。
他人は関係ないと思います。
まずは、どう感じるか?ですよ。
ただただ、ありがとう
それでは、又