名の無い詩   作:mocomoco2000

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4月になって少し変わった事が起きた。

リサがバイトの数を減らしたのだ。これに関して社長の政一は

 

「いや、これが正常なんだろう」

 

とホクホクした顔で頷いていた。確かに政一の言うとおりで、今までが異常だったのだ。基本毎日仕事に来ていた。何かから遠ざかるように。

ちなみになぜ政一がそんな顔をしてたのか詳しく聞くと娘が何かの事務所の研修生から正規所属に上がったらしい。ただの親バカである。

リサ不在となり、仕事が増えて忙しくなったのではないかと思われそうだが、その逆で仕事が減った。

新しくアルバイトが入ったのもあるが、何よりリサが張り切り出したのだ。入れない分働きますと言わんばかりにドンドン事務仕事を片付けてくれたおかげで、新規の仕事が入ってない今やることがない。

"別口"の仕事も粗方落ち着いて後は事務作業だけになり、それを片付けようとしたら

 

「仕事を取らないで。俺だけ働いてない感じになるのだけは嫌だから!」

 

と事務作業は政一がすることに。これにより基本実働要員である私は事務所にいても本を読んでるか、過去の資料を眺めるかだけである。要するに暇である。

 

陽気な風が少し涼しくなってきた夕刻。私は家にいてもすることがないから、あてもなく散歩をした。

暖かいのか冷たいのかよく分からない風がふわりと顔を撫でる。

目に入った本屋で数冊本を買って、また目的もなく歩き続けた。

歩けば人とすれ違う。コンビニ前でワイワイと騒いでいる女子高生。公園で楽しく遊んでる子供達に、ベンチでスマートフォンを弄っているサラリーマン。仕事帰りの疲れきった顔をしたOLに、叫びながら自転車で駆け抜けていく若者たち。

ミリタリージャケットを1度正してポケットに手を突っ込み歩く。叫ぶ、笑う、泣く、怒る………通る度に何かしらの表情を人は浮かべている。それに何かしらの意味があると探ってみるが、答えが出てこない。当たり前だ、所詮部外者の私には分からないモノ。

何故彼は笑ってるのだろうか、何故彼女は泣いているのだろうかと、そんな解答の出ない事を意味なく頭の中でグルグルと繰り返す。

何故こんな事をしてるのだろうか?それは多分"置いてきた記憶"を取り戻したいからではないだろうか?

 

山岸悠翔は数ヶ月前、気が付いたら血塗れで倒れていた。ドクドクと血溜まりを作る自身の身体を力なく見ていた時に私は政一と出会った。あそこで会ってなかったら多分死んでいただろう。

"別口"側の病院に連れていく辺り、私のあの時の服装や雰囲気で察したようだ。何かあると。事情を聞いた社長はその後色々用意してくれた。

山岸悠翔という名前も政一が便宜上作ってくれたものだ。無いと困るからなと。

こうして山岸悠翔という人間がこの世界に誕生した。

だが、山岸悠翔は記憶を失っている。というのは数ヶ月前からの記憶が無い。何かと戦っていたということは分かるが何と、そして何で戦っていたのかは分からない。酷いノイズにかかったように深い所は見えてこないのだ。

さらに色々と違和感を感じる。

今もこうして散歩をするが、記憶の私がこんな町並み知らないと叫んでいるような気がする。

本を読んでいたら、本当はこんな文字読めないはずと言われたような気がする。

最も多いのがお前の居場所はここではないという言葉。こんな陽だまりの世界がお前のいる世界ではないと。

だからさ迷う。記憶を求めてか分からないがとにかく歩き続ける。何かの答えを求めて。

 

 

 

しばらく歩いていたら最近知った声が聞こえた。

ちらりと見るとこの頃事務所に入ったアルバイトの子だった。どうやら帰宅中のようで周りに同じ制服の子と歩いていた。5人の少女はそのままパン屋に姿を消す。社長から聞いたの話だがかなりのパン好きで、食べる量もスゴいらしい。何故そんな情報を私に話したのか分からないが、そのおかげか現在の私の彼女の印象は"マイペースでパンを大食いする子"という感じになっている。

そのままパン屋を通りすぎてたまたま目に留まった喫茶店に入り、海外の人間っぽい従業員にブレンドコーヒーを注文して、適当な椅子に座る。

1番端の店全体が見える席。適当に選んだが、割りといい席を選んだ気がする。

 

「ヘイおまち!ブレンドコーヒーです!」

「……………ああ」

 

喫茶店とは思えない活気のある大衆居酒屋のようなハキハキとした言葉が飛んできたが、気にすること無く本を読んでいた。変わった店員がいるんだな程度の認識。特に何かをすることもなく私は本の世界へと意識を向けるのだった。

 

捲る度に紙の擦れる音、店内の音楽やたまに聞こえる場違いな接客の声。その音が少しずつ消えていく。

それは多分私がこの本にのめり込んでいるからであろう。

"人斬り"というワードだけでカゴに入れたので、どんな内容かよく分かっていなかったが、いざ読んでみると意外と面白い。人斬りの者の話なのかと思ったが、色々な人の人生を描いた短編集だった。

その中でもタイトルになってる"人斬り"の話に特にのめり込んだと思う。

幼い頃に我流で剣を覚え、その後道場で新たに鍛えられ、道場主に気に入られ少しずつ成長していく。だが"学"だけ成長しなかった。それにより道場主から"犬"のように扱われ、最終的にはその犬に道場主は噛まれて死んでしまう話。

その者の人生に何かを感じた。

血生臭い、泥の中を這いつくばって生きてる様は羨ましく感じ、"我々"と同じ境遇のようで全く別の在り方だったと感じる…………"我々"?

頭の中で何かが回る。クルクルと…クルクルと。

何かは分からない。だが、それが大切なモノであることは何となくだがはっきりと分かった。

 

 

 

「いらっしゃいませ!あ、ひまりさん、モカさんこんにちわ!」

「イヴちゃん、こんにちは」

 

店員の若宮イヴは見知った人が入ってきたからか少し気を緩ました挨拶をする。それに笑顔で挨拶をする上原ひまりとその隣にがさごそとビニール袋を一纏めにしようとしている青葉モカがいた。本当は他にも3人メンバーがいるのだが、1人は生徒会の仕事が急に入り、1人は家の用事があり、1人は予定があるとそれぞれ別れた。残ったひまりとモカは近くの喫茶店に行く事にしたのだった。

 

「やっほー。元気ー?」

「はい!とっても元気です!あ、そのゴミ捨てておきますね」

「ありがとー、助かる」

 

イヴに袋を渡すとモカは席に座るため店内を見渡す。ぐるりと見るとある一角に目が留まった。

 

「あれ?山岸さん?」

「え?誰?知り合い?」

 

モカは見てる方向へ指を指す。そこには1人の青年がいた。

見た目は高校生くらいに見えるが、雰囲気からして大学生にも見える。トレンドの服を着ている辺りファッションこだわりがあるように思えるが、上から羽織っているネイビーのミリタリージャケットがそれをぶち壊しているように取れた。予測であるが誰かに見立てて貰って服を買ったのだろう。服のセンスは無いと見える。

読書をしていたようだ。指を栞代わりにして本の隙間に挟み、身体を側面の壁に凭れ掛からして眠っていた。

その姿にひまりは絵になるなと思った。漫画やアニメにあんな感じのワンシーンがある。それを現実で見れて少し高揚した。

 

「山岸さんがあれをやると様になるなー。社長がやったら多分疲れたサラリーマンが寝落ちした感じになるだろうし…………ひーちゃん?」

「―――――――」

「おーい、ひーちゃん?どしたの?」

「え?あ………いや、その……凄く様になってて。何というか……"儚い"?」

「まさかの瀬田先輩の言葉がここで出てくるとは。でもーそれは私も思った」

「モカも?」

 

モカは目を青年から離すと近場の椅子に座る。それに倣ってひまりも席に座った。

 

「あの人バイト先の先輩で、蘭を遥かに越えるコミュ障なんだー」

「蘭を越えるって相当だね」

「そうそう。この前だってライブやりますよーって言ったら"………ああ"だけで、しかもライブ当日は"仕事有"ってメールまで短縮された文になってたんだよー」

 

ケータイを取り出してその時のメールをひまりに見せる。ひまりはそれを見てうわぁ……と声を漏らした。

悠翔は一応ライブに行こうとは思っていた。新しいアルバイトの人間の側面とか見れたらと考えていたから。だが、当日に"別口"の案件が飛び込んで来てしまったからそちらを優先した。政一から見に行っておいでと言われていたが、悠翔は縦に首を振らなかった。仕事が入ってきたからにはきちんとしないといけない。後、少し私情が挟まっていたから優先順位が仕事に傾いてしまったのだ。

 

「それにね」

「ん?」

 

モカはちらりと悠翔を見た。相変わらず悠翔は夢の中である。

 

「社長から個人的に依頼されてるんだー」

「え?モカが働いてる社長に!?それってスゴいじゃん」

「そだよー。それも一風変わった依頼。"山岸さんの顔に表情を付けてやってくれ"って」

「それって………」

 

簡単なのでは?と言いそうになったのだがそれを飲み込んだ。わざわざ社長から依頼されるレベルのものだ。きっと難題なのだろう。

 

「ほら、この前紹介したリサさん。あの人も数ヶ月前から同じ依頼を受けてるんだけど………現在全くの無表情」

「ええ!!あのリサさんでも!?」

 

少し前にモカから紹介された今井リサ。そこそこ自信あったのだが、彼女のあのコミュ力にはひまりですら敵わないと思ったレベルである。

気が利く、話の回しが上手い、それにいるだけで楽しい。そんな人ですら難航してる。

 

「あの人、本当に人間?」

「人間だよー……多分?」

 

ひまりの素の言葉におどけた口調でモカは返す。

モカもこのバイトを始めて数日で悠翔の異常性は感じ取れた。何を考えてるのか全く分からない。あのマイペースなモカですら少し恐怖を感じるほど、悠翔は異質な空気を放っていた。

 

「でもー」

「?」

 

モカは思う。あんな風になるのは必ず何か理由があると。政一も結果があるなら必ずそこに行き着く原因がある。ならゆっくりでも良いからそれを紐解いていかないと言っていた。多分政一も悠翔がああなったのを知らないのだろう。だから年の近いモカやリサを悠翔に近づけたと考えられる。そもそも彼女たちを雇う必要がない。今まで1人でどうにか出来てた会社で、悠翔という武力の高い者が入ったのだ。それなのにわざわざ雇った。政一は"紐解く"ために私たちを雇ったのかもしれないとモカは思った。

 

「ううん、何でもなーい」

「えぇ……それ気になる!」

 

だからモカは思う。その期待にちょっとでも答えないとなと。




来週投稿すると言ったがあれは嘘だ(ウワァアアアア
こんな早く書けるとは思いませんでした。映画の効力は未だ健在です。
スーパーの有線で"I beg you"が流れていたからでしょうか?
まあ、次は確実に来週投稿になるでしょう。
そして、新しくタグ"青葉モカ"を追加します。まさかのコンビニアルバイターを引き抜くとは書き始める時は思ってもいませんでした。そして作者は常に見切り発車。その後の展開を全く考えていない。何とかなるでしょう。
では次の投稿でお会いしましょう。

追記、お気に入りやしおりを挟んでいただきありがとうございます。
これからも精進していきたいと思います。
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