窓に当たる雨の音が段々酷くなっていく。
大粒の雨と強風が入り乱れる外を、政一は椅子をギイギイ鳴らしながら眺めていた。
私はその音を肴に本を読んでいた。
この前商店街の福引きで当てたらしい液晶テレビは今日の関東は台風に近い強風と雨に見舞われると報道していた。
「雨だねぇ」
「…………はい」
仕事は一応あるにはあるが、この雨の中する程日程が詰められていない。依頼人もやる気がないようで先ほど連絡あり、後日に回すとの事である。
完全にフリーとなった私はこのまま帰っても良いのだが、嵐のような外だ。弱まるまでここで時間潰しをする事にした。
時計の音と雨音しか無かった空間に一時騒音が駆け抜ける。政一はまたかみたいな顔をして立ち上がり窓から覗く。煩いバイクの音とサイレン。サイレンをけたたましく鳴らす車を煽るように運転するバイクに政一はため息をついた。
「うわぁ………あのヤンチャな連中、こんな雨の中でも爆走してるよ」
ありゃりゃ、服びしょびしょだろあれと呆れた声を出す政一。
「にしてもいつもより安全運転だな。怖いなら運転しなきゃ良いのに」
「…………ええ」
パラリとページを捲る。今読んでいる本は今度映画化するらしい。世間によく知られた犯罪者の兄を持つ弟が、1人の女性に恋する話。いつも思うのだが、リサのオススメする本は基本恋愛小説と偏っている。好きな本を読むのは良いが、他の本も読んだ方がいいと思う。
「悠翔君」
「…………はい」
「……………暇だ」
「…………はい」
「何か話とかしよ?」
「…………どうぞ」
適当にリモコンを操作しながら画面を切り替えていた政一は、観るものが無かったのか電源を切ってリモコンを机に投げる。椅子に座るや否や机に突っ伏して、だらだらし始めた。
「今度昭和の日じゃん」
「…………はあ」
「あー……祝日だよ。祝日。その日空いてる?」
「…………いつですか?」
「29」
ちらりと机にあるカレンダーを見る。特に予定はない。あるとしても本屋に行くか、散歩するかくらい。
「空いてます」
「じゃあ、その日は休みな。絶対に仕事とか入っても来るなよ?」
「…………何故?」
「お?いつもなら頷くだけなのに質問とは……面倒くせぇ。ほら、今リサちゃんやモカちゃんバンドの練習に明け暮れてるだろ?その本番だよ」
「…………それが休む理由になると?」
「観に行けって事だよ。悠翔君、まだリサちゃんのバンド観てないんだろ?3回やったんだっけ?3月の下旬に結成してからライブしたの。多いのかは私には分からないけど…………とにかくスゴかったよ。本当に結成して数日のバンドなのか?って。この前ライブの日程を聞いたんだけど、その日モカちゃんのバンドも同じとこでライブなんだ。だから、社長命令だ。観に行け」
「……………」
「いや、そこは頷いてよ」
その話は日時は教えてもらってなかったが数日前に聞かされている。それに関しては仕事が無ければ行くと話をつけていた。多分政一がそれを知って根回しに回ったのだろう。しかし、もし仕事が入ったというのに休むのはどうかと思う。ただでさえ休み休みな職場なのに。
「…………質問いいですか?」
「おう。何だ?」
本に栞を挟んで閉じる。ちらりと政一の顔を見る。身体を机に預けて顔だけ上げるその様は、中々にだらけきっているなと思う。気を抜いた状態だからか正直に話したのだろう。政一の言葉に1つ気になったフレーズがあった。
「彼女の過去のライブ、全てに仕事が入ってました。その時にライブを観に行ったのですか?」
「……………あ。いや、その………ね?ほら、部下の別の姿を観るのも仕事で…………」
「…………」
「はい、すみませんでした」
そう。仕事があったからライブを観に行けなかった。無かったら観に行く約束を政一の前でしていた筈だ。それを聞いていて仕事をほっぽり出して観に行ったのなら少しそれはどうかと思う。
「それでは部下に示しがつかないので以後気をつけて下さい」
「…………はい」
部下といっても私と、アルバイト2人しかいない弱小探偵事務所ではあるが。
閉じてあった本を再び開き本を読み始める。
「あー、暇だ」
その言葉は虚しく部屋に響くのだった。
時刻は10時。まだ事務所に来て1時間しか経っていないのに政一は暇をもて余して椅子に跨がってクルクルと回っていた。
外の雨は相変わらず酷く降っていて、弱まる気配はない。
ピリリリリと政一の机に乱雑に置かれた電話が鳴り出した。待ってましたと言わんばかりに政一は受話器を取って、いつもの1.2倍ほどのテンションで定型文を言っていくがその丁寧な口調はすぐに崩れ出す。どうやら知り合いだったらしい。
世間話に花を咲かせるのだろうと私は、彼らの話を遠ざけて本の世界に入り浸る事にする。
だが、その平和な世界は一瞬にして崩れた。
「悠翔君、ちょっとゲームしない?」
「…………何ですか?」
電話を終えた政一はちょっとニコニコした顔をしていた。
「負けた方は罰ゲーム。内容はこの雨の中配達をする」
「…………仕事ですか?なら行きますが」
「仕事じゃなんだよ。くそぅ、暇なんて言わなきゃ良かった」
どうやら面倒な配達らしい。また本を閉じて政一の方を見ると、何故かボイスレコーダーを取り出してセットした。
「ルールは"しりとり"。最後に"ん"が付いたり、同じ単語を言ったりしたら負けだから 」
「はい」
「………じゃあ、私から行くよ。しりとり」
「リチウム」
「り、リチウム?えっと……武蔵野」
「ノーベリウム」
「は?ノーベリウム?……いや、また"む"か……麦」
「ギンガム」
「いや、何それ?……ええと………うわっ、ホントにある言葉だ。んー……。む……無塩バター」
「タリウム」
「………悠翔君、本気で殺しにかかってるだろ。よーし分かった、悠翔君がその気なら私も殺しに行くからな」
政一は立ち上がってグルグルと肩を回してキッと私を睨んできた。
「"む"だな!ええと―――――」
途中から飽きてきて本を読みながらやっていたら、
「ちくしょう!もう悠翔君としりとりしないからな!」
と叫びながらボイスレコーダーと上着を掴んで事務所を出ていった。
「………………」
結局罰ゲームの配達というのは何を運ぶのだったのだろうか?後で聞けばいいか。
時刻は10時半。あれから30分、しりとりにしては長いのか短いのかよく分からないが、そこそこの単語が飛び交った。早く終わらせる為に元素とむで終わる言葉を中心にしてやってみたのだが、政一もかなりのワードを持っていたから白熱したのではないかと思う。その余韻が消えて雨音と時計の音しか満たしてないこの事務所に寂しさを感じた。政一がいるのといないのでここまで変わるのだな。何だかんだいって私1人でこの事務所にいることは少なかった。いても特に何も思わずに本を読んでるか、事務仕事してるかだったし。
パラリとページを捲る。
この数週間でかなり私の周りはかなり変わった。
モカという新しいアルバイトが入ったのもそうだし、リサの心構えも変わったのも影響されてるのだろう。
政一も元々ワイワイした感じが好きで、今の事務所の雰囲気の方が好んでいるように見える。
「……………」
私も変わったのだろうか。いや、少しは"戻った"のだろうか。未だに自分の"本当の名前"も分からない。記憶にあるのは戦争の音とノイズに紛れた"仲間"の声。そして、あの銀鈴を鳴らしたかのような清んだあの声。
強い口調だけど細く、か弱いイメージの声なのに何故か心の底に響く声だった。その声は聞き慣れたものでもなく、何というか最近知り合った程度の人ってイメージもある。だというのにあの言葉ははっきりと聞こえる。何故?他にも多くの言葉を交わした奴もいただろう。
そもそも私はどんな人間だったのだろうか。
考えれば考えるほど疑問は沸くだけで、減ることはなかった。
外の音が増したと感じ外を見ると、雨脚は酷くなる一方だった。政一がしりとりをしている際に興奮して落としたリモコンを拾って電源を付ける。
チャンネルを切り替えると臨時ニュースがやっていて関東は異例の暴風警報が発令していた。国営の鉄道も急遽運転見直しをして駅前はごった返しになっている。
海沿いと北関東に特別警報と呼ばれる警報が発令していて、まるで強大な台風が来ているかのような状況らしい。
「………………」
といっても、私は特に何も思わず再び本を読もうと自身の机に向かう。
電車が使えないなら地下にあるバイクを使って帰るか程度であった。
椅子に座って本を開く。雨の音と叩きつけるような風の音を聞きながら本の世界に落ちていくのであった。
電話が鳴ったのは昼前ぐらいだった。
誰だと思ったら政一からで、出て見ると今日の営業は終了とするとの事だった。どうやら何かに巻き込まれたらしい。内容を言わない辺り私情によるものと判断する。
会社の電話をオフにして、政一のパソコンの電源を落とす。
『悪いがこれ、明日まで縺れそうだから電話を臨時休業用のものにしといて』
と言われたから電話の設定を変更する。
「明日は休みという事ですか?」
『ああ、まさか遊びだと思ってたんだが…………まあいい。悠翔君に行かさなくて良かったと思おう。とにかく、明後日からよろしく』
「明日の依頼人はどうするのですか?」
『それはもう依頼人に伝えている。安心して休むといい』
「…………はい」
電話は切れる。しかし、一瞬聞こえたあの甲高い音は………いや、政一が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。戸締まりしたらいつでも帰れるようになった事務所を一望して、また机に座って本を読む。
夕方頃には風も弱まると報道していたので、その頃に帰ろうと考えた。無理して帰る必要性もないし。
だが、その予定を壊しにかかる電話が今入ってきた。
電話の差出人はリサとなっていて、今日は確か学校ではなかったかと思ったが、電話が来たということは自身に用があるということ。
『あ、悠翔さん。すみません、今大丈夫ですか?』
「…………ああ」
何やら周りの声が騒がしい。ちらりとニュースを見ると、学生や社会人が急遽休みになってもこの強風じゃ帰れないとか言っていた。この感じだと送って欲しいとかではないかと考える。
『別口の仕事……入ってませんでした?』
「後日に変更になった。………要件は」
『その、友希那………あー』
「その名前はよく知っている」
『…………あ』
友希那。この事務所にリサが来て何度か、モカが来てからたかが外れたのか何十ものその名前を聞いた。リサの幼馴染で、バンドのボーカル……歌い手をやっているそうだ。その話をモカとしているのを1度聞いたことがある。
『うん……友希那がね、学校が休みになったのだからバンドの練習をしたいって言い出してね。何かいくつかスタジオに電話したら1つ、この強風の中営業している所を発見したの』
「…………そうか」
『それで、行こうとなってもこの強風じゃ厳しいと言いますか………』
「…………ああ」
『すみません!移動の為に車を出してもらってもいいですか?』
「…………」
何となく察した私は、戸締まりを始めていた。要するに足が欲しいということか。
『あの………ダメですか?』
「…………いや。何処に行けばいい」
『!………それでしたら―――――』
場所と移動する人数を聞いて私は壁に掛かっているキーを手に取り事務所を後にするのだった。
大粒の雨が車を叩きつける中、私はふと思う。送った後どうしようかと。
私の住むマンションには一応来客用の駐車場がある。だが、そこが空いてる所を1度も見たことがない。面倒であるが1度事務所に戻ってバイクに乗り換えて帰るか。もしくはまた事務室で本でも読むか………だが、今読んでる本はもう終盤にかかってる。この強風が収まる前に読み終えてしまうだろう。
いつも行ってる本屋は通り過ぎ、もうそろそろ指定された場所に着く。
もしかしたらスタジオで立ち往生する可能性もある。本の補充はしておきたい。2度同じ本を読むのも有りだが、そういうのは時間を置いてからしたい。連続で読むのは多分途中で飽きる。
「…………この付近の本屋をリサに聞くか」
そう結論を出した頃にはリサの指定した場所、羽丘女子学園に到着した。
到着したことを連絡したら、数分経つと車のドアが開いた。
「うひゃあ…………酷い雨ですね」
「…………ああ」
本を閉じて声の方を見ると見慣れた制服を姿をした女子、リサと見たことのない顔であるがリサの話からして彼女が友希那と推定する。それとこの前話した紫ツインテのあこが飛び入るように車の中に入ってきた。
「…………後部座席にタオル」
「え?あ……。ありがとうございます」
助手席に彼女たちの荷物を置いてもらい、真ん中の席と後部座席に彼女たちを座らせる。
「悠翔さん!こんにちは!」
「…………ああ」
「ちらっと見ただけなんですけど、今日は軍服っぽいですね!あこの話を覚えていてくれたんですか!」
「…………いや」
「そうですか………でも―――」
「はいはい、あこ。落ち着いて。ほら、ここにもちょっと水滴があるから動かないで」
「はーい」
あこの相手が私からリサに切り替わると先ほどまで無言だった友希那(推定)が声を掛けてくる。
「あなたがリサのバイト先の上司である………山岸さんだったかしら?」
「…………ああ」
「リサがお世話になってます。リサから聞いていると思うけど、私は湊友希那です。今日はよろしくお願いします」
「…………ああ」
「……………」
「……………」
「………あ!」
この前の沙綾の時と同じ空気が充満し始めるが、それを即座に霧散させるのはリサへロックオンしていたあこだった。
「悠翔さん!この前話したNFO始めました?」
「…………いや」
「えー!始めましょうよ!すっっごく面白いんですから!」
彼女は空気を一瞬で切り替える事のできる才能を持つようだ。多分彼女と話を始めたら誰かが止めるまで止まらないだろう。
「…………そうか。リサ」
「え?あたし?」
あこの話を聞いていたら多分終わりが見えない。だから先に話を済ませておこう。
「次の目的地である花咲川女子学園までに本屋はあるか?」
そう聞いてサイドブレーキを降ろすのだった。
リサから話は聞いていたけれど、ここまで話の続かない人だとは思わなかった。
唯一話らしき事をしたのは花女までに本屋はないかくらいで、小さな本屋があることを聞くと1度そこに寄ると言ってそこから無言だった。
あこが果敢に攻めるように話しているが全て"ああ"か"いや"か"そうか"だけだった。これだけで会話を続けられる彼がスゴいのか、それでも会話を続けるあこがスゴいのか分からなかった。
端から見ると不機嫌に見える彼は、リサ曰く単に感情を表情に出すのが下手なだけらしい。
「いやぁ、本当に悠翔さんの仕事が延期になってよかったよ」
「そういえば、リサのバイトって何をしてるのかしら?探偵の仕事とは聞いてるけど、内容までは知らないわ」
「うーん、あたしは基本事務が多いかな?依頼人の電話対応と書類作成。たまに悠翔さんと依頼をこなすけど、人捜しだったりモノ捜し。あ、この前はモカと悠翔さんで猫捜しをしたんだっけ」
「猫」
猫という言葉に即座に反応してしまうがぐっと我慢する。ここにはあこや悠翔もいる。それを見たリサは微笑む。
「あはは。この前バンドの練習が終わってモカが生徒手帳を持ってきたでしょ?あれが猫捜しの帰りだったんだって。悠翔さんも来る予定だったんだけど仕事が入ったからそっちに行ったんだ」
「……………」
リサはちらりとあこを見る。あこは真ん中の席で身を乗り出すように悠翔に話し掛けている。
その後リサは私を見てウインクする。
「…………それで、その猫ってどんなどんな猫なの?」
「ええと………前に写真で見たけど、確か三毛猫だったかな?毎日同じところを散歩するんだけど、2日ほど帰って来なかったから、知り合いだった社長に連絡して翌日捜して見つけた………って感じかな?あの依頼は」
「三毛猫って色んな色彩があるわ。どんな感じだった?」
「え?ええと………」
「リサ姉ー」
リサがちょっと困惑し始めるとあこに声を掛けられた。
「え?何?」
「悠翔さんがこれをリサ姉にだって」
リサに渡されたのは数枚紙が入ったクリアファイルだった。
見た感じ仕事の書類だと思う。
「ん?この書類って…………」
リサは書類を抜き出して確認をする。
捲っていくと急にリサは笑い出す。何か面白い事が書かれていたのだろうか。
「これ、悠翔さんから友希那にだって」
渡されたのは1枚の写真。右目に縦に細い黒い筋のような模様が特徴的な猫の写真。
私はそれを見て硬直してしまう。
格好かわいい……………いや、そうではない。リサを睨むように見ると、私の意図を察したリサは首をブンブン振る。それから私は彼に私の事を話してないと察する。じゃあ何故と思っていたら、猫の写真の裏に何か貼ってあるのに気付く。
そこには付箋紙があり、"猫の特徴。もう不要だから捨てるなり貰うなりしてくれ"と書かれていた。
もう1度リサを見る。リサは苦笑いを浮かべていた。
悠翔の方を見るが、相変わらずあこのマシンガントークを適当に聞いていた。
この男、色んな意味で要注意だわと警戒心を少し強めるのだった。
2,3日後と言ったがあれは嘘だ(ウワアアアアア
これで何度目か分からないサリーの叫び声を聞く作者です。
遅れたのもあれです。こんなタイミングでfgoのイベントが始まるのが悪いです。
バンドリ?バンドリは常に10万位を行き来してる弱小なので……(放置だけは避けるよう頑張ってる
今回も全然進みませんでしたね。今回でちょっとは彼の元の世界の話が書けるかと思いましたが、思いの外書けませんでした。次の次で書けるかな?いや、プロットを見る限りまた先伸ばしになるだろう。
実は彼の元いた世界は既存作品です。ちょっと深く踏み込んだら"クロスオーバー"のタグを付けようかと思ってます。どの作品とクロスさせてるのか予想するのも面白いかもしれませんね(ヒントなしでどうやって予想すんだよ
そういえば、バンドリをやってたら面白い名前を付けてる人いますよね(話逸らせやがった
ガチャは悪い文明とか、ハルトオオオとか。それ見て彼女たちにそう呼ばせていると考えると吹き出してしまいます。ちなみに私は"第四中隊吉田"です。わかる人には分かる(バンザアアアアアイ
@mocomoco20000
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追記、新たにお気に入りを付けていただきありがとうございます。これからも精進していきます。