子宝さんの、おもうてたんと違うんだけど 作:ミレニアムいたっちー
残暑残る八月某日。
うっかりお盆は映画見て過ごしちゃったし、もう夏も終わるし、そろそろ実家帰ってパピーとかお隣の高虎ん家へ顔見せに行こうかなぁと思っていた矢先━━━━。
「たかとらー、たかとらー、じゅーすー」
「はいはい、スポドリで良いか?」
「こーらー」
「スポドリにしとけ」
━━━夏風邪で倒れたオレは布団でぐだぐだしていた。
差し出されたストローを吸うと甘い味わいが口一杯に広がって、渇いていた喉が潤いに満ちていく。おいしぃ。風邪の時のスポドリ、マジうまい。
「なんか食べるか?凝った物は無理だが、簡単な物なら作れるぞ」
そう覗き込んでくる高虎の顔は凄く心配そう。
正直何も食べたくないけど、その顔を見てるといらないとは言いづらい。今更だけど、こいつオレの事好きすぎるだろ。ただの風邪だよ?何その目?そんなに重病じゃないんだけど・・・・えっ、重病なの?オレ死ぬの?
「たかとら、もしかして、オレしぬの?よめーは?」
「なんでそうなる。勘弁してくれ」
高虎はオデコに乗っていた濡れタオルをとると、新しい冷え冷えのタオルを乗せてくれた。
冷たくて気持ち良い。
「ちょっとよめーのびたきがする」
「多分長生きするよ、お前は・・・・。さて、あんまり食べたくないのは分かるけどな、少しは食べてくれ。なんだったら買ってくるか?でも近くで売ってる物とかに━━━━」
ぎゅっと愚か者な高虎の服の裾を引っ張れば、視線がこっちを向いた。
「きさま、オレがかけいぼを、かきはじめたことをしってのろうぜきか・・・。おまっ、オレがどれだけくろうして、せんげつよりおおくのくろじを、たたきだしたとおもってんだぁ。ゆるさんん、むだづかいなど、ゆるさんん」
「最初は文句言ってた癖に、なんで節約にはまってんだよ」
マザーに脅されて始めた事だけど、あれってあれなんだよ。数字におこしてみると、結構楽しいの。やり過ぎは良くないのは分かってるから程々にしてるけど、一工夫で先月より浮いてたりすると、めっさ嬉しいの。何あれ。心がぴょんぴょんするんじゃぁ。浮いたお金でゲーム買うんじゃぁ。
「きのうかいだしにいったんだから、それでなんとかしろぉ。こんげつはくーらーだいがばかにならないしぃ」
「まぁな。・・・・じゃ、うどんとかどうだ?」
「うどん・・・おんたまもぉ」
「微妙に手間の掛かる事を・・・・はぁ、分かった。待ってろ」
高虎が台所へ行くと何だか少しだけ寂しい気がした。
普段なら何とも思わないんだけど・・・風邪は駄目だな。妙に弱くなる。うむむ。
スマホからアニソンを流しっぱなしにしつつ、天井をぼやーっと眺めて暫く。良い匂いと共に高虎が戻ってきた。見ればお盆にどんぶりが乗っかってる。
「おんたまは?」
「あー、許せ」
言葉の意味が分からず起き上がってどんぶりを覗くと、想像してたよりちゃんとしたうどんがあった。
白くて太い艶々の麺。ワカメとゴマが揺れる、鰹だしと醤油の香りがする鼈甲色のスープ。小口ネギがパラパラと添えられ━━━━ど真ん中に真っ二つにされた茹で玉子の姿があった。茹で玉子の姿が。かっちり茹であげられた、茹で玉子の姿が。固茹で卵が。ハードボイルド卵ぉが。
「おんたま・・・・」
「悪い、今度は上手くやる」
「べつにいいけどさ・・・ありがと。・・・・・・おんたま」
「・・・・作り直してくるか」
「いただきます」
あのプルプル感を期待していたからショックはショックだったけど態々作り直す程の事もないので、しょんぼりする高虎は放ってお盆に乗っていたレンゲでスープを飲んだ。醤油と鰹だしのバランスのよいしょっぱさと甘さが口に広がる。ホッとする味だ。
胡麻の風味もあって美味しい。
「しちみー」
「胃腸が弱ってる時は止めとけ。治ったら幾らでも使って良いから」
「なんと」
七味禁止とは。
高虎食堂は厳しいな。
スープの味も堪能したので早速麺をと思ったんだけど、どうも上手く掴めない。箸からツルツル落ちていく。いかん。頭ぼーっとする。
四苦八苦してると箸を高虎に取られた。
高虎はそのまま空いた手で器を手にすると、オレから奪った箸で麺をつまみ上げ差し出してくる。
「おまえ、でんせつのあーんをするつもりか。オレはそんなに、しりがるじゃないぞぉ」
「伝説って・・・・小さい頃も似たような事してやった覚えがあるんだが。何回お前の口にプリンいれたか分からんぞ」
「ん?そうだっけ?」
そう言われるとそんな気もする。
というか、高虎は大体側にいるから、ちゃっかり看病とかしてても当たり前みたいな所があるんだよなぁ。
差し出されたそれをふーふーしてから口に入れる。
うどんはシコシコのツルツルだった。残念ながら煮込みが足りないから味は染み込んでなかったけど。
「食えそうか?」
「んん、らいじょーぶ。あーー」
「雛鳥か。さっきの抵抗はどうした」
介護されるままうどんをツルツル頂いていったが、どんぶりの半分も食べた所でギブアップした。ポンポン痛い。マジ無理。
ご飯も終え一眠りした後、目を覚ましたら夕方の四時を回っていた。なので高虎にお願いして座敷に布団をしいて貰う。━━━というのもテレビ見たかったからだ。そろそろ再放送のドラマが始まる。
オレの部屋にはテレビがない。テレビがあると籠るからという理由で引っ越しの時持参したテレビは座敷の部屋に持ってかれてしまった。マザーに。うちにあるテレビは座敷とリビングの二つだけなので、見ようとしたら移動せねばならない。スマホ?目が疲れるからやだ。
録画しとくとも言われたけど、断固として拒否した。オレが続き気になって仕方がないんだよぉ。
おトイレを済ませて居間に着くと、お客さん用に置いといた布団が敷いてあった。枕はオレの部屋から持ってきたのか、マイ枕だ。気が利く。
布団に潜り込んでテレビをつけると、何故かいつもドラマやってるチャンネンでニュースがやってた。意味も分からず眺めてると、火災とか爆発とか言ってる。画面の下の方にドラマは来週とかふざけた事も。
「ぐぬぬぬっ」
「何唸ってんだ」
ぐぬぬぬしてたら何冊かの小説を小脇にした高虎がやって来た。無言のままテレビを指差してやれば「ああ」と納得したように頷く。
「仕方ないだろ。部屋に戻るか?」
「いい、へやにいてもひまだかぁ」
仕方ないので以前買ったアニメのDVDボックスを引っ張りだしてディスク1からプレーヤーに突っ込む。再生ボタンを押せば、制作会社の名前とかが出て来てしんみりした音楽と共に始まった。何とはなしに二話めから流れるオープンニングソングを鼻歌で歌ってると、背後から押さえ気味の笑い声が聞こえてきた。
振り向けば高虎が微笑ましそうに眺めてる。
「なんだよぉ」
「いや、何でもない。風邪治ったら、今度カラオケでも行くか」
「たかとらもうたえよぉ」
「いつもので良いならな」
こいつ、また同じ歌を歌うつもりか。
別に良いけど・・・たまにはこう、レパートリーを増やしたりとか。 いや、言っても仕方ないか。こいつはこういう奴だ。
そのまま寝っ転がりながらアニメを眺めていると、おでこに高虎の手が置かれた。少しヒンヤリ。
「少しは熱下がったか?一回測ってみろ」
「あいよー」
渡された体温計を脇に挟んで少し、ピピっという電子音が鳴った。取り出して見てみれば、37,2℃と平熱よりちょっと高めの数字。高虎に見せれば「明日には大丈夫そうだな」と頭を撫でられた。
「これに懲りたらヘソ出して寝るなよ」
「オレも、いとしてヘソだしたわけじゃない」
「まぁ、寝相の悪さは直しようがないか・・・」
呆れたような顔と溜息。
自然と沸き上がる、この野郎馬鹿にしやがってという憎しみの気持ち。癪だったので脛をパンチしてや━━━━ったい!?こいつの脛固いっ!手がぁぁ!
悲しい相討ちから暫くして、また熱がぶり返してきたのかぼーっとしてきた。僕と私達の痛快娯楽復讐劇がぼやけて見える。やっとこさの鉤爪さんとのファーストコンタクトがぁぁ。
「今度は何唸ってるんだ」
「んーー」
隣に腰かけていた高虎へ視線を向ければ、持っていた小説にしおりを挟みテーブルへ置いた。
そのまま空いた手でオレのおでこに触れた高虎は片眉をあげる。
「また熱がぶり返してきたのか。ならアニメは終わりにして軽く食べて、薬飲んで寝ろ。何が良い?」
「・・・・いらないぃ」
「ヨーグルトあったか・・・それくらいなら大丈夫か?」
いらないっつったのに。
まぁ、良いか。何も食べないのは良くないし。
渋々頷くとそう時間も掛からずヨーグルトがやってきた。器を覗けばみかんが混ぜ込まれてる。そんなの買ったっけとぼんやり考えてると、スプーンに掬われたヨーグルトが口元にやってきた。
「はむ」
思わず口にすると、高虎と目があった。
生暖かい色に染まる、その目と。
まぁ良いけど・・・んまい。甘ずっぱい。
「前に缶詰め買ったろ。翔大くんが遊びにきたとき」
「ほっとけーきまつりのときかぁ」
「無駄に買ったからな。まぁ、これで最後だけどな」
お弁当袋をあげて少しした頃。
一回翔大くんがマザーと遊びにきた事があった。叔母さんが用事で急にこれなくなった時で、七夕の約束をした時だ。
その時、翔大くんを歓迎する為にホットプレート引っ張りだしてホットケーキ祭りをやったのだが・・・・果物の缶詰めとかクリームとかハチミツとか無駄に残った記憶がある。
ヨーグルトを頬張りながらそんな事を思い出してると、高虎の最後という言葉に引っ掛かりを覚えた。何せ果物の缶詰め馬鹿みたいに残ってたのだ。それこそ山だった。
「これで、さいご?あんなに、あまってたのに?」
「・・・・まぁ、たまに俺が食べてたからな」
「あんなにいっぱいあったのに・・・おまえも、じみにあまいものすきだよなぁ」
「お茶と合うんだ、これが」
「・・・くだものはあわないだろ」
この無頓着野郎は、まったく。
頓着しないときは、本当に全然そういう事気にしないな。お茶があれば良いのか。こっちは楽で良いけども。
ご飯を食べ終わった後は薬を飲んで、頑張って歯だけ磨いてまた座敷で横になった。残念ながら体を拭く気力も、着替える気力も、部屋に帰る気力など持ち合わせていない。もう寝る。戻ってくるついでにトイレもいったし。
「そこまで頑張ったなら部屋に戻れ」
「もう、むりぃ」
「・・・はぁ、まったく」
高虎はそういうとタオルケットを持ってオレの隣に寝転んだ。座布団を折り曲げて枕にしてる。
どうやら一緒に寝る気らしい。
「ねこみをおそうきだな」
「襲わん。そこまで理性が弱いつもりはない。約束したしな」
「すえぜん、くわぬわおとこのはじ、とかいうだろ」
「お前は俺にどうして欲しいんだ」
そう言ってしかめっ面になった高虎の顔。
それが妙に気になって手を伸ばした。
予想通りオレの頬っぺたと違って、高虎の頬は手触りがそんなに良くない。なんかベタベタする気がする。
「どうした?」
「んーんー、なんでもない」
そんなに良くない手触り。
これならぬいぐるみでも撫でてた方がマシだけど、不思議と安心出来た。瞼が重くなってく。
ふと、子供の頃もこんな風に昼寝したのを思い出した。
寝つけない時とか、隣にいる高虎のプニプニ頬っぺたを堪能してると不思議と眠くなったなぁと。今でこそ触りがいのない頬っぺたになってしまったけど、園児高虎は本当に良い頬っぺたをお持ちだったのだ。
でも、あの時感じた、どこかポカポカする気持ちは少しも変わらない。
「お前は昔から変わらないな」
優しくて柔らかい声が耳に響いてきた。
頬っぺた擦ってた手にゴツゴツした感触が触れる。
「それやられるとな、俺が眠れないんだよ」
「・・・・うん」
「本当に分かってんのか?」
「・・・・・・・・・ぅん」
オレの手を触っていた固い感触が消えた。
ぼんやりとした頭で何処にいったのかと思えば、今度はオレの頬っぺたに触れた。ゆっくり撫でるように。なんだかくすぐったい。
「ちょっと熱いな。氷枕にするか?」
「・・・・うぅん、らいじょーぶ。なぁ、たかとら」
「ん?どうした」
手招きすれば、高虎が顔を近づけてくる。
オレは頑張って起き上がって、その頬にちゅーしてやった。高虎がこっちを見て目をぱちくりしてくる。めちゃぱちくりしてくる。なんか、ちょっとだけ可愛く見える。
「えへへ、きょうはありがとな。ごほうび」
「そ、そっか・・・・」
高虎の真っ赤になった顔を少し眺めた後、オレはゆっくり目を閉じた。感謝の気持ちを少しでも返せたという自己満足と、胸の内にあるポカポカする安心感に浸りながら。
それと明日シラフになったら死ぬほど後悔するんだろうなぁと、いずれ自分を襲ってくるであろう羞恥心を他人事のように思いながら。
「くかぁー・・・・・・」
「今日、風呂入るの止めとこうかな・・・・」