子宝さんの、おもうてたんと違うんだけど 作:ミレニアムいたっちー
「・・・・うぇ」
べちゃぁっと、生温かい何かが顔を撫でていった。
気持ちいいとは言えない感触に重い瞼を開ければ、こちらを見つめる大きな影が目の前に見える。
その影はハァハァと荒い息遣いをあげながら上下に小さく揺れ、ベッドはそれに応えるよう軋む。
オレは目の前のそれをぼんやりと眺めた後、布団から手を引っ張り出してモッサモサなその顔を撫で回してやった。
「・・・・たろちゃん、おはよ」
「ばぅ」
れろぉっ、とまた顔が撫でられた。
たろちゃんと一緒な生活。
今日はその六日目の朝である。
たろちゃんとベッドの上で少しイチャイチャした後、モハモハな体を押し退けて起き上がると、寝る前に閉じた筈のドアが開いてるのが視界に入った。
もう今更ではあるけど、たろちゃんの顔をむぎゅぅっとしながら目を合わせる。
「たろちゃん、部屋入ってきたら駄目だぞ。危ない物一杯なんだからな?」
そう言うと怒られてるのが分かったのか見るからにしょぼんとした顔になり、それまでふりっふりだった尻尾もシュンと項垂れさせる。
そのショボくれた顔に思わずよしよししたくなったけど、そこはぐっと堪える。ここでよしよししたら意味がない。心を鬼にするのだ。
事ここに至っては、たろ毛が部屋に散らかるのはもう仕方ないと思っている。二日目に侵入を許した時点で後の祭り。
しかし、しかしだ、たろちゃんの安全の為には、やはりこの部屋はちょっとなぁ・・・なのである。
多少は片付けたとはいえ、依然としてたろちゃんが口にしたら危なそうな小物が一杯なのだから。主に高校生になるまでに作ったり集めたりしたフィギアとか、プラモとか、ねんどろいどとか、ガレキとか。
「くぅん」
集めたグッズ達に思いを馳せていると、不意に泣きそう声が聞こえてきた。はっとしてたろちゃんを見れば、それが目に入った。うるりとした、たろちゃんのぱっちりおめめが。
「━━━━よっ・・・よしよしよしぃ!リビングで一人は寂しかったったんだねぇ!仕方ないねぇ!おーしおしおし!」
「わふぅぅーーー」
「その茶番、明日もやる気か?」
その声に顔をあげると、ドアの所で高虎が呆れた顔してる。まぁ、かれこれ四回もやってる訳で、その表情も分からなくはないけど。
「明日は・・・大丈夫!たろちゃんは賢い子だから!きっと我慢出来る!な、たろちゃん!」
「・・・・・・・・わふっ」
「太郎太刀が賢いのは認めるが・・・・絶対に出来ないぞ、その反応は。━━━というか分かった上で、そいつはやらないぞ」
失礼なっ!たろちゃんはそんなに馬鹿じゃない!
なっ、たろちゃん!出来るよな?よし、出来るってさ!!謝れぇ!たろちゃんに謝れぇぇぇ!!
疑いの眼差しを向ける高虎からたろちゃんを守りつつ、オレは夏休み前と同じようにお弁当と朝御飯の支度を始める。冷蔵庫の中から昨日冷凍食品を詰めておいたお弁当箱と、朝御飯用の卵とベーコンを取り出す。
昨日の残りのお味噌汁とフライパンを温めてる間、お弁当箱に炊いといたご飯とマザーから貰った煮物も詰めて、ご飯の真ん中に梅干し置いてさっさとお弁当を完成させる。そうしたら箸と一緒に巾着袋にしまって━━━はい、終わりー。
「ゆたか、手伝うか?」
たろちゃんに餌あげが終わったのか、高虎が餌の箱片手にやってきた。餌あげが終わったなら大人しく待ってれば良いのに・・・とも思ったけど、手伝ってくれる気があるなら拒否する理由もないのでお椀を二つ渡した。
「もう温まったみたいだから、お味噌汁よそっといて。あとは・・・コップとか持ってってくれると助かるかな?」
「あぁ、分かった」
高虎がお味噌汁をよそう姿を横目に、温まってきたフライパンに油をひく。入れすぎるとあっつい事になるので程々に。全体にまんべんなく引けたらベーコンを投入。焦げ目がつくくらいしっかり焼いてく。
ベーコンが焼けた頃を見計らって卵を片手に持っ━━━。
「高虎ーー、きてきてーー」
「ん?なんだ」
━━━呼べば、さっさとお味噌汁をテーブルに持っていった高虎がコップを手に戻ってきた。
オレは高虎が見てるのを確認してから、片手に持った卵をそのままキッチンテーブルの軽く叩きつける。
「見よっ!秘技、片手割りっ!!」
ヒビの場所を意識しつつ殻を開くイメージで卵を掴んだ指を引けば、綺麗に割れたそこから艶々ツルツルの黄身がフライパンへと落ちた。
ドヤァっと高虎を見てやれば、「ほぅ」と関心したような表情を浮かんだ。
「感慨深い物があるな。最初は卵の殻が当たり前のように入ってたのに・・・そもそもスクランブルエッグしか出てこなかったのに・・・」
「しゃぁらっぷ!!この野郎!!過去の事をネチネチとぉ!そこはオレの研鑽と努力を称えろぉ!さぁ、ほーめろ!ほーめろ!ほーめろ!ほーーーめっろ!めろ!!」
「そこまでいくと、いっそ清々しいな」
そういうと高虎は頭を撫でてきた。
わっしわっしと、まるで子供や犬でも褒めるように。
睨んでやったが笑顔が返ってきた。
この野郎ぅ。
「お前の目玉焼きは、半熟にしてやらない・・・!」
「・・・ちょっと抱き締めても良いか?」
「何で!?」
抱擁の提案を却下しつつ調理を続ける事少し、無事ベーコンエッグは完成した。結局、黄身は半熟にした。別に優しさからではない。一人分だけ違うのにするの面倒臭かったからだ。
時間に余裕もないので簡単に盛り付け、さっさとテーブルに運んだら直ぐに頂きます。高虎が電源を入れてくれたテレビを眺めつつ、ご飯とおかずを口に運ぶ作業に徹する。ふと違和感を感じ視線を落とすと、たろちゃんが高虎の足元で物欲しそうに見上げていた。
「・・・・」
何となしに様子を見てると、高虎が足元のたろちゃんに気づく。暫く目を合わした後、高虎はご飯とたろちゃんを交互に見て、そしてベーコンを箸で裂き━━━━。
「高虎、あげるなよ」
「っ!?お、おう・・・」
可愛いのは分かる。あげたくなる気持ちも分かるけど。でもベーコンは駄目だ。塩分が高いから駄目だ。
高虎が箸で掴んだベーコンをそのまま自分の口の中へと運ぶと、たろちゃんは尻尾をしょんぼりさせ床にふて寝する。悲しげな一人と一匹の視線が刺さってくるけど、これは譲るつもりはない。
「お前の厳しさの基準が分からん」
「駄目な物は、駄目だ」
「・・・・分かった。太郎太刀の世話に関してはお前の方がよく知ってるだろうしな。悪かった」
納得した様子の高虎を眺めながら、オレは以前たろちゃんにタマネギ入りのハンバーグあげて大変な目にあわせてしまった事を思い出し・・・・その事は墓場まで持っていくことを改めて固く決意した。
いつものように大学へ行く高虎を見送って暫く。
家事を済ませてリビングへ行くと、たろちゃんが日向で絨毯みたいになってた。相変わらずのグータラ犬具合に苦笑いが溢れてしまう。
「たろちゃん、ルームランナーするか?」
そう聞いて見たけど、たろちゃんは尻尾を一振りするだけでピクリともしない。周りの話を聞くとワンコは散歩に行きたがったりする方が多いらしいのに・・・・たろちゃんは本当に運動嫌いだなぁ。誰に似たのやら。
まぁ、一緒に住んでるお祖父ちゃん意外考えられないけど。
無理にやらせても可哀想なので放っておく。お祖父ちゃんから頼まれた運動ノルマはあるけど、どうせ高虎が帰ってきたらやらせるだろうし。
特にやることも無かったオレは、たろちゃんに便乗して日向に寝転んでみた。残暑も抜けた今日の日差しは随分と心地良い。
この調子なら冷房なしでも・・・と思ったけど、モサモサのたろちゃんにはまだまだ暑いかも知れないので、冷房も消さないでおく。
ポカポカの日差しにウトウトする事少し。
顔の所にファサーっとたろちゃんの尻尾が乗っかってきた。尻尾が顔の所でフリフリされてくすぐったい。
尻尾をどかして視界を確保すれば、視界一杯にたろちゃんボディが見えた。横を向けば眠たそうな目をした犬フェイス。どうやらオレの頭を囲むように丸まってるらしい。
なんか暑苦しいと思えば・・・。
寝っ転がったままズリズリ移動して、たろちゃんの横腹に頭を乗っけてみた。たろちゃんは少しだけ瞼を開けてこちらを見るが、特に思う事も無かったのか尻尾を軽く振って目を閉じた。そのまま天井を眺めながらぼんやりしてると、穏やかな寝息が聞こえてきた。
なので呼吸と共に上下する横腹の上で、聞こえる寝息に、伝わってくる温もりに、鼻腔を擽る犬らしからぬシャンプーの匂いに、オレも目を閉じた。
うつらうつらする意識の中、頭に浮かんだのはやっぱり違うなぁという気持ち。
たろちゃんは高虎と似てた。
ちっちゃい頃の高虎と。
本当によく。
尻尾を振り回してついてくるたろちゃんの姿が、チョコチョコついてくる高虎と被って見えた。
オヤツを前に目が輝かせるたろちゃんの姿が、オレの話を聞いて目キラキラさせる高虎と被って見えた。
オレの姿を見て元気に吠えてくれるたろちゃんの姿が、「ゆーちゃん」と笑顔を浮かべ呼んでくる高虎と被って見えた。
他にも数えきれないくらい沢山似ていた。
だから、たろちゃんの事は直ぐ好きになれた。
高虎と同じなら大丈夫だと思えたから。
でも、違うみたいなのだ。
似ていたのに、もう違うみたいなのだ。
どっちも好きなのは変わらないのに。
「・・・・・たろちゃん、何が違うんだろーねぇ」
たろちゃんから返事は無かった。
聞こえるのは静かな寝息だけ。
オレは考える事を止めて意識を手放した。
「ワフッ」
「っと、そんな怖い顔するな。何もしない」
聞き慣れた声と揺れる感覚に瞼を開けると、高虎の顔がそこにあった。ぼんやりした頭で少し考え・・・今日は早めに帰れる日だという事を思い出し納得する。
声を掛けようとした時、不意に体が浮遊感に包まれた。
突然の事に吐き出しかけた声が喉の奥へと戻ってく。
腕や背中の感触と高虎の顔の位置、揺れる感覚に直ぐ抱っこされてる事に気づいて━━━━━━何故だか顔が熱くなった。
ぼんやり顔を見上げていたけど、その顔がこちらに向く気がしてオレは咄嗟に目を瞑った。
視線を感じながら運ばれて少し、軋むような音と共に体が柔らかい感触に沈んだ。薄く瞼を開けると、自分の部屋のベッドである事が分かった。
「変わらないな、お前は・・・」
そんな言葉と共に高虎は苦笑いを浮かべ、その手を伸ばしてきた。高虎の指が前髪に触れ、撫でるように優しくサイドへと流していく。指はそのまま頬を撫でるように伝い━━━━そっと唇に触れた。
「・・・・・ゆたか」
顔が近づいてくる。
静かに、ゆっくりと。
息が掛かる直ぐ側まで。
キスまで許した覚えはない。約束と違う。勝手にするとは何事か。この野郎ぅ。変態が━━━そんな風に色んな文句が頭を過っていく。
けれど、何一つ声にならなかった。
ちゅっ、と。
おでこにいつもの感触が走った。
うっすらと開けた瞼の先には、顔を赤くした高虎の顔が見える。高虎は赤らめた顔に何処かばつの悪そうな表情を浮かべると、オレにタオルケットを掛けてから頭をガシガシかきつつ部屋を出ていった。
高虎が部屋からいなくなって暫く。
ようやく気持ちが落ち着くと、何ともいえない物が胸の奥からやってきて思わず身悶えた。寝付きの悪い子供みたいにベッドをゴロゴロしてしまう。
「ーーーーーぬぅぅぅ」
やっぱり違う。
全然違う。
触れた場所が凄く熱い。
胸の所がきゅぅとして苦しい。
気持ちが言葉にならない。
オレはその気持ちの名前が分からなくて、モヤモヤする気持ちを残したままベッドの上でゴロゴロした。
胸の奥からやってくるそれが落ち着くまで。