子宝さんの、おもうてたんと違うんだけど 作:ミレニアムいたっちー
たろちゃんお泊まり計画も終わりを迎え早一週間、何処か寂しさを感じる今日この頃。
すっかり暦通りの澄んだ秋空を眺めながら、オレは口から溢れるそれを押さえきれずにいた。
「はぁーーーー」
オレの口から溢れた溜息は、乾いた風に乗って空に消えていく。たろちゃんロス。そう思いたかったけど、それとは違う事をオレは自覚している。
朝の高虎とのやり取りを思い出せば、それは誤魔化しようもない。原因は別にある。
「はぁーーーーーーー」
それは再び溢れていく。
風に吹かれて洗濯物が揺れ、声がまた誰にも聞かれず、ただ空に溶けて━━━━。
「・・・・ゆたかちゃん、どうしたの溜息なんてついて?」
「━━━━ひょぅ!?」
急に掛かった声に視線を向ければ、ベランダの仕切りからちょこっとお隣の山瀬さんが覗いていた。その眼差しは何処か心配そうに見える。
「あっ、あのっ、そのっ、えっと、いつから・・・」
「10分前くらいかなぁ?うちの子が寝たから洗濯物干そうと思って・・・そしたら隣から・・・ね?何かあったの?嫌じゃなかったら話してみない?」
「・・・・い、いやぁ、でも、その、色々難しい事情があると言いますか・・・・なんか、その、オレは、あの・・・・うぅ」
ちょっと事情が立て込んでて説明が難しい。
自分でいうのはなんだけど、説明するには知力が足りないのだ。きっと某ゲームの知恵の泉レベルはないと。
「話してみると楽になるって言うじゃない?一人で悩むのを悪いとは言わないけれど、煮詰まると良い考えは浮かばないと思うの。大丈夫、誰にもゆたかちゃんから聞いた事は言わないから。ね?」
ニッコリと微笑む山瀬さんにオレはそれ以上断る為の言葉が出てこなくて、どうしようかと思ってると赤ちゃんの鳴き声が響いてきた。
「あらあら、ごめんなさいね。ゆたかちゃん。私ちょっと・・・・」
「いえいえ!お気に為さらず!!」
山瀬さんは一言オレに断りを入れると、そのまま部屋の中へ戻っていった。
危うく頷いちゃう所だったんだぜぇ・・・・。
早々に洗濯物を済ませ部屋に帰る。いつもならここからお昼頃までゴロゴロタイムなのだが・・・どうにもそんな気にならず掃除を始めた。
そしてそんな作業の中、頭に浮かぶのは今朝の事だ。
オレはいつものように起きて、お弁当作って、朝御飯作って、高虎と今日の運勢占い見ながらご飯食べて・・・・それで、これまたいつもの様にお見送りした訳なんだけど。
『━━━?ゆ、ゆたか?』
ちゅーしようと迫ってきた高虎をかわしてしまったのだ。
もうすっかり慣れてきていたし、今では拭いたりする程でもなかったレベルの行為。少なくともかわした事は今までなかったのだ。━━━だと言うのにここ一週間、オレは高虎からのそれを全力でかわしてしまっていた。
『・・・やっぱり、何かしたか。俺』
シュンとする高虎の姿が目に焼き付いて仕方ない。
何処からか沸き上がる羞恥心で胸がバクバクしたが、それ以上に罪悪感で胸が締め付けられるみたいに痛かった。
結局フォローも出来ずに追い出すように見送ってしまったのだ。それも昨日に引き続いてだ。
このまま放っておく事も考えた。
時間が経てば、勝手に前みたいに戻るんじゃないかと思ってた。━━━けれど、とぼとぼ大学に向かっていく後ろ姿を思うと、出来るだけ早くになんとかしてやりたいのも本当で・・・それで、色々考えて、あれこれ考えて・・・・どうにもならなくて、さっき溜息をついていたのだ。
ズルズルズルと、まさか今日まで何も進展しないとは。
もう明日は母校の文化祭なのに・・・久しぶりに弓子達とパァーっと楽しくやろうと思ってたのに・・・・うぅん。
「・・・・はぁーーーーー」
知らず知らずの内にまた溜息が溢れていった。
マザー曰く溜息には幸せが詰まってて、吐く度に幸せが逃げていくんだと教えられたが・・・この調子だとオレの幸せはもう最低値なのではないだろうか。いや、逆に考えるんだ。吐き散らした幸せが部屋に満載なら、それはそれで幸せになれるのではないか・・・なれないな。うん。
ふと、シュゴーーっと音を立てる掃除機に目がいった。
家の掃除機はさいくろーんな奴で、ゴミが外から見える式のだが、なんかグルグルされてるゴミにオレの幸せが混じってるような気がしてきた。
いや、気のせいだろうけど。
「・・・・・・」
ちょっと掃除機を止めて中身を見てみた。
案の定オレの落とし物はなかった。
ですよね。
そんな事をやりながら家事をこなして暫く。
充電しっぱなしだったスマホが元気よくアニソンを流し始めた。着信音から弓子なのは分かったんだけど・・・今はまだお昼。文化祭前とはいえ、学校から掛けてくるのは疑問が浮かぶ。それに弓子は基本的にメール派だし。
不思議に思いながらコールボタンを押すと元気な声が響いてきた。
『あっ、もしもし!先輩っ!良かった!出てくれて!』
弓子の近くに誰かいるのか、なんかガヤガヤしてる。
聞き取れない程ではないけれど。
「どした?明日の文化祭の話?」
『はい!楽しみにしてます!自由時間はこの間連絡した通りなので、それまではうちの喫茶で━━━━━じゃなくて!!あのっ、先輩にお願いしたい事があるんですけど・・・』
弓子からお願い事なんて珍しい。
なんやかんやしっかりした子で、学生時代も頼まれ事なんて数える程もなかった。お弁当とか食べてると「あーんして下さい!」とか分けわからないお願いは良くされたけど。
「んーー?どした?あーんはしないぞ」
『あーんしてくれないんですか!?ええぇぇぇぇぇ!!せっかくの、高校最後の文化祭なのにぃぃぃ!!そんなぁぁぁ!せぇんぱぁぁいーー!殺生ですよぉぉぉ━━━━じゃなくて!!はいはい、分かったから!分かったかっ、ちょっ!!こ、こらっ、ぬはっ━━━━━━スミマセン!!子宝先輩ですか!?もしもし!?』
いつものアホな弓子の声が途切れ、聞き慣れない何処か切羽詰まった声が響いてきた。
「も、もしもし?子宝ゆたかです・・・けど」
『急にお電話して申し訳ありません!!3年A組、出席番号11番!!バレー部所属!!文化祭実行委員会、委員長!!好きな物は三十代の三船敏●と辛い物全般!!嫌いな物はチャラチャラした顔だけ軟派野郎とトマト!!服部弓子のクラスメイトで友人のっ、日下部七海です!!初めましてぇ!!』
「お、おぉ、初めまして・・・」
『無礼と無理を承知でっ!!子宝先輩に、お願いしたい事がござりまして候う!!』
候うぅ!?えっ、武士なの!?
『お願いします!!子宝先輩!!ディフェンディングチャンピオンとして、特別枠でコンテストに参加して下さい』
「普通に嫌なんですけど」
『そこを何とかぁぁぁぁ!!』
「━━━という訳で、オレまた文化祭のあれに出る事になった・・・・」
「・・・・そうか。何を餌にされたか知らんが、よく出る気になったな」
夕飯を食べながら昼間の話をすると、高虎が分かりやすく呆れた顔をした。完全にアホを見る目だ。むきゃつく。
「仕方ないだろ・・・・この間応募したやつあったろ?」
「応募・・・ああ、ハガキ書くの手伝ったやつか。アニメのやつだったか?当たらなかった」
「それのキャラエンブレム入った、限定パーカーくれるって言うからさ・・・これはやるしかねぇって」
「そうか・・・しかし、またあれに出るのか」
うちの母校の文化祭には毎年行われる変わったコンテストがあった。ミスコンと対の人気を誇る"ミニコン"である。簡単に説明すると、アンダー16を対象としたお客様参加型のミスコンだ。元々翌年の新入生へ向けた宣伝を兼ねたイベントで、基本的には在校生は参加しないし、仮に参加したとしても入賞なんてのはなかったりする接待イベントなのだが・・・オレは何故か四年連続で参加させられた上、四年連続で優勝してしまった忌々しい過去があったりする。解せぬ。
一番最初はオレたちがまだ中三の頃。
その高校の在校生だった高虎のお姉さんに誘われ文化祭に顔を出した時で、気がついたら舞台にあげられて、気がついたら『あんたが一番』という謎のタスキを掛けられ、気がついたら手芸部製作のテディベアをトロフィー代わりとして渡されていた。
来年は人気者ね!と親指をたてた高虎の姉をビンタした事は、今でも間違ってないと思う。
翌年、その高校に入学しイベントの内容を把握したオレは『主旨と違うし、今年は参加させられまい』とたかを括っていたのだが・・・去年のオレの勇姿を知らない文化祭実行委員会の奴に捕まり、不本意ながら二度目の参加を果たしてしまった。案の定審査員の何人かは気づいていたが、もう主旨とか関係なしで面白半分に点を入れてきて━━━二度目の優勝を果たす事になった。
因みに、その時惜しくも準優勝となったのが弓子だったりする。
ん?他の年は惰性で参加させられた。
でも思えば、あれが無かったら弓子とは知り合ってなかったのかぁ。あの時はめちゃ見られて怖かったけど、今では親友っていっても良いくらいの友達だもんなぁ。
世の中って不思議だ。
「・・・ゆたか、大丈夫か?」
昔の事を思い出していたら、高虎に声を掛けられた。
なんか心配そうな顔してる。
「無理そうなら、俺から断っておくぞ」
「大丈夫だって、いっても去年も出てるんだぞ?」
「三年も出ておいて、去年のあの様だから言ってるんだけどな・・・はぁ、無理はするなよ」
そう言うと高虎はお味噌汁を啜った。
何とはなしにその姿を見てると、高虎と目が合う。
その視線がむず痒くて目を逸らすと、カタッと何かが落ちる音が聞こえてきた。気になったのでチラ見すれば、高虎が箸を落として固まっていた。
「・・・どした?」
「何でも、ない。大丈夫だ」
「そ、それなら良いけど・・・」
どう見ても大丈夫じゃない。今のは露骨過ぎたとは思うけど・・・ごめん。でもさ、うん、ごめん。やっぱ無理。
取り敢えず落ちた箸を拾って、ティッシュで軽く拭いてから返してお━━━━く、ぅ?
箸を返そうとした伸ばした手。
それがぎゅっと握られた。
高虎の温かさと鼓動が伝わってきて、それで、頭が理解した瞬間、体と顔が馬鹿みたいに熱くなった。自分でいうのもなんだけど、火に掛けられたヤカン的な変な音出そう。
「っ、あっ━━━ふおっ!?」
咄嗟に手を引こうとしたけど、高虎の無駄に強い握力からは逃げられなかった。がっちりと手は握られたまま。思いっきり力を入れてもびくりともしない。
「ゆたか」
「ひょぅ!?なっ、なんだ!?」
じっと見てくる高虎の目は何処か不安そうで、それでいて寂しそうに見えた。
相変わらず表情があんまり変わらないけど。
「・・・・・・あのな、お前が━━━━いや、何でもない。箸ありがとうな」
そう言うと高虎はオレの手から箸を取って、ご飯の残りを一気にかきこんだ。あっという間に空になった食器を手に台所へと向かっていく。声を掛けたかったけど、何も言えなかった。なんて言えば良いか分からなかった。謝ったところで、って気もするし。
ちょびちょび夕飯を食べ進めていると、食器を片付けた高虎が戻ってきた。いつもならリビングのソファに座ってテレビみたり、読書始めたりするんだけど・・・今日の高虎はリビングに置きっぱなしだったカバンを手にすると、直ぐに寝室へと向かってしまう。
「明日、やっぱり俺も行く」
そしてそれだけ告げると、部屋の中へ入ってしまった。
いつもならおやすみくらい言ってくれるのに。
何だか部屋がいつもより広く感じる。
それが、何だか凄く嫌だった。
「・・・・おやすみぃ」
ご飯を食べ終わった後、閉じられた部屋に向かって、それだけ言っておいた。何も言わないで眠るのが、何だか落ち着かなかったから。
「おやすみ、高虎」
もう寝てしまったのか返事は返ってこなかったけど、オレはもう一回だけその言葉を続けた。
どんな形でも良いから、その声が高虎に聞こえれば良いなと思って。