子宝さんの、おもうてたんと違うんだけど 作:ミレニアムいたっちー
こたつとストーブが手離せなくなってきた十一月後半。
いつものように早起きしてお弁当と朝御飯を作ってたんだけど・・・・台所から首を出した先に見える、その見慣れない光景に思わず首を捻った。
「まだ、寝てんのか?」
廊下の先にはリビングがある。いつもなら必要もないのに早起きした高虎がテレビの電源入れて、朝のニュースとか流しながら小難しい新聞読み始める時間だ。のんびり朝御飯まで寝てれば良いのに、と思わなくもないけど・・・まぁ、一人で早起きしてるのも癪だから別にそれは良いけどな。好きにすれば良いんだ。うん。
そんな高虎が起きてこない。
少し気になったけど、たまにはそういう日もあっても良いだろうと放っておく事にした。ギリギリまで惰眠を貪るが良い、高虎よ。オレもお前が出掛けたあと、洗濯物して掃除したら寝る。お昼まで寝る。
朝御飯とお弁当を作り終え、出来立てホヤホヤのそれらをリビングに並べて待つこと少し。いつもなら朝御飯を食べながら占い見てる時間なのに、高虎の部屋から何も物音一つしない事が気になった。慌てて着替えてる音とか、起こさなかったことに文句言う声だとか、なんかそういうのを期待してたのに、そういうのが全然ないのだ。早く「起きなかったお前が悪いっ!ふははは!お寝坊さんめぇ!」って上から目線で言いたいのに・・・・。
「・・・・なにしてんだ?」
ソワソワしながら待ってても、全然起きてくる気配がない。ふと時間を見れば、そろそろ高虎が出発しないといけない時間が目の前まできてる。仕方ないので高虎の部屋にいってノックしてやった。
「高虎ー、おーい。朝御飯食べないのかー。ていうか、遅刻するぞー」
ドアの向こうから聞こえる音はない。
オレの声が廊下を反響するだけ。いよいよおかしいと思ったオレはドアノブを回した。
中を覗くと相変わらずの面白みのない部屋が目に映る。本が沢山積まれた勉強机、ずらっと並ぶ本棚、壁に掛かった時計、昔から高虎の部屋にあったタンス━━━それとベッドとその上で布団を膨らませる高虎の姿が。
「なんだよいるじゃん。返事くらいしろよな?遅刻するぞ、朝御飯食べてる時間もう、ないから・・・・な・・・?」
肩を揺らそうと近づいて気づいた。
小さな咳き込み、辛そうな荒い呼吸、赤くなった横顔。
そしてその顔をみてるとオレは思い出した。高虎が一年に一回くらい、季節の変わり目辺りでアホみたいに熱出して寝込む事を。
慌てて手を伸ばして高虎のおでこに触れれば酷く熱い。火傷しそうとまではいかなくても、結構な熱が出ているのは計らなくても分かる。オレが触った事で高虎が瞑っていた目を薄く開け、ゆっくりとした動作でこっちを見てきた。見るからに辛そうに見える。
「だっ、大丈夫か!?オレはここにいるぞ!こっちを見ろ、目を瞑るな!目を瞑ったら死ぬぞ!良いか!落ち着いて素数を数えろ!寝るな!死ぬからな!」
「雪山・・・・かっ・・・・大丈夫だ。ゴホッ、そこ、までじゃない。ただの風邪だ・・・素数は、お前こそ数えろ」
なん、だと・・・・!素数はオレが数えた方が良かったのか!そうか知らなかった!
「分かった!素数を数えれば良いんだな!いっぱい数えてやるからな!待ってろ・・・いや、待て!素数を数える前に氷とか持ってくるか!?おでこ熱いもんな!濡れタオルとか、あっ、おかゆ!そうだ、おかゆ!!おかゆ作らなきゃ!!あっ、でも、素数も数えないと━━━━はっ!!!素数を数えながら氷でおかゆ作って濡れタオルにすれば良いのか!」
「・・・・落ち着け。ゴホッ、物理学者が腰抜かす、とんでも錬金術する事になるぞ。まずはっ、深呼吸して、くれ」
「ひーひーふー!ひーひーふー!」
「何を、産む気だ」
少し深呼吸したら落ち着いた。
あいむ、べりーくーる。
ひーひーふーは違うって分かった。
取り敢えず高虎の言う通り洗面器に水とタオルを入れて持っていく。足りなくなるとあれだから水もタオルをありったけ詰めといた。高虎はオレが抱えてきたそれを見て軽く溜息を吐くと、自分のおでこをトントンと叩く。
なのでおでこを撫でてやった。
スリスリと撫でたそこはやっぱり熱い。
あと汗でベタベタしてる。
「・・・・なんで、撫でた」
「ん、違うのか?撫でて欲しそうだったから・・・嫌なら止めるけど」
「いや、ではないんだが・・・・あのな、そうじゃなくてタオルの量の話だ。オレのデコは、そんなにタオル必要なほど広いか?」
言われて高虎のおでこをマジマジと見てみれば、確かにこんなに要らない気がする。そもそも交換して使えば言い訳で、予備も合わせて3つもあれば十分だ。足りなくなるって考えたのは何だったのか・・・ふぅ、少し落ち着く必要があるな。
「ひーひーふー、ひー」
「あー、分かった。頼むから、絞ったタオル、額に乗せてくれ」
「よし!オレにぃ、任せておけぇ!」
濡れたタオルを鬼神がごとき力で絞ってから高虎の額にペタッとおいてやる。なんか思ったよりベチャッとしたが、高虎は「ありがとな」と感謝してきたので、それはそれで絶妙な濡れ加減だったのだろう。さすおれ。
「・・・もう、ゴホッ、部屋出てくれて、良いぞ。うつすとなんだからな」
「なに言ってんだ。病人一人で置いとけるか。他に欲しいものなんかないか?布団増やすか?テレビいるか?おかゆか?やっぱりおかゆか?おかゆだな」
「あぁ・・・・そうだな、おかゆ頼む。あと風邪薬と飲み物、持ってきてくれるか?」
「分かった!」
「お、おい、走るな。危ないぞ」
速きこと風の如く部屋を飛び出し━━━━ドアの所に小指を持ってかれた。飛び上がる程の激痛に涙が零れる。アホみたいに痛い。
「凄い音したけど、大丈夫か?骨折ったりしてないか?」
そんな心配そうな声が聞こえてきて、オレは気力を振り絞って親指を立てておいた。のーぷろぐれむだぁ、折れてない!と思う!痛いけども!
負傷した足を引きずりながらリビング、それから台所へ。必要な材料と道具を引っ張り出したら、用意した土鍋の中に回収してきた朝食の余りのご飯、それと水と白だしと生姜を入れて火に掛ける。強火だと焦がしてしまうので中火ゆっくりだ。沸騰するのを待ってる間、梅干しの種を抜いて、卵を溶いて、海苔を小さめに刻んでおく。時折、鍋を掻き回すのも忘れない。焦げ付くからな。
暫く煮込んでるとご飯がふやけてきた。味見してみれば煮込んだお米は良い感じに柔らかい。塩味も丁度良い。んまい。火を少し弱めてから溶き卵を投入し、卵に火が通るまで軽く煮込む。
出来上がったそれに梅干しを乗せてゴマと刻み海苔を振り掛けたら出来上がりだ。本当はネギも入れたかったけど仕方ない。ネギ買ってない。
良い匂いが漂う出来立てのおかゆと、頼まれてた飲み物と風邪薬をおぼんに乗せて高虎の部屋に帰る。高虎はぼーっとした目で天井を眺めていたけど、オレが帰ってきた事に気づくとゆっくり体を起こしてきた。おでこに乗せてたタオルが布団に落ちる。
「おい、寝てろ」
「・・・いや、寝たままだと食えないだろ」
「良いから寝てろ」
おぼんを机の上に乗せてから「ていっ」と無駄にデカイ図体を押せば、大した抵抗もなく高虎はベッドに沈む。こんなにフラフラしてて何が大丈夫なのか。アホめが。
布団を掛け直して、濡れタオルを新しいのに変えてやる。ベシャッと額にタオルが乗ると小さいうめき声をあげながら、高虎は何か物言いたげにこっちを見てきた。
「タオル、もう少し絞ってくれないか」
「わりぃ、高虎ぁ。それだけはぁ、できねぇ。おらぁよ、もう指一本分も力込められねぇからぁよぉ」
「ああ、これが限界か・・・そうか」
何処か遠い目でそう呟く高虎を横目に、部屋のクローゼットを開くと予備布団を見つけた。綺麗に折り畳んであるそれを引っ張り出す。不思議そうな顔した高虎に体を浮かせて貰って、上半身が少し起き上がるよう布団を挟んでやる。これで良し。
「じゃ、先に飲み物飲むか?」
「お、おう」
ベッドの隣に用意した椅子に座り、コップにストローを指して差し出してやる。すると熱で顔を赤くした高虎は少し視線をさ迷わせた後、おずおずといった様子でストローを咥えた。ズズズと麦茶がストローを通ってく。
飲み終わった頃合いを見計らってコップは机へ。
今度は土鍋からお粥をおわんによそう。
高虎がおわんを受け取ろうと手を伸ばしてきたけど、そうする為に体を起こした訳でもないので無視してやる。大人しく寝てろというに、まったく。
「・・・・お前が、食べるのか?」
「何でだよ。ほら、アホなこと言ってないで口開け。あーん」
「!?」
レンゲにおかゆを乗せて差し出したけど、何故か高虎が固まったまま口を開かない。湯気の立ち具合からまだ熱かったか?と思ってふぅふぅしてから「あーーん」ともう一回言えば、高虎が顔を真っ赤にしながらゆっくり口を開いた。すかさずレンゲを口に突っ込んでやる。
「どうだ、んまいか?んまいだろ。マザーから教わったやつだからな」
「あぁ・・・・旨い」
「そうだろ!まぁあ、オレの日進月歩な料理スキルあってのことでもあるけどな!最早オレに作れない物などない!レシピ見たら!」
称賛の言葉を待ったけど・・・思った言葉は掛からなかった。あいての係りの高虎はといえば、口をモゴモゴさせたままぼーっと前を眺めてる。よくよく見れば耳まで赤くなってて、熱のせいで聞いて無かったのかも知れない。
温度が気になったのでおでこに触ってみると、高虎が肩をびくつかせて体を仰け反らせた。まるでオレから逃げるようにだ。何かすると思ってるのか?失礼なやつだ。
「なんだよ、病人相手にイタズラなんかしないぞ。流石に」
「い、いや、そうじゃ、なくてな・・・・なんか、な、今日は随分と、その・・・・・・・色々してくれるな、と」
「ん?そうか?そんな事ないと思うけどな?」
掬ったおかゆをふぅふぅしてから「あーーん」とまた差し出してやれば、さっきと違いすぐにぱくついてくる。相変わらず顔は赤いけど食欲はあるようで安心した。鯉の餌あげ気分でどんどん食べさせていくと、土鍋の半分を少し過ぎたくらいでギブアップ宣言がきた。申し訳なさそうにしてるけど、オレの予想だと四分の一もいかないと思ってたから十分大健闘だ。寧ろよくここまで食べたな。こいつ。
薬と飲み物を飲ませてから体を起こす為に挟んでいた布団を回収し、濡れタオルを新しいのに変えると高虎が眉を下げてこっちを見た。
「・・・本当に、悪い。体調が、戻ったら、食べるから・・・とって置いてくれ」
「はいはい、取っとく取っとく。謝らんでいいから、はよ寝ろ。大学の方は先生とかに連絡とかした方が良いのか?」
「それは、別に、大丈夫だ。一応、弦巻の、やつにも、連絡してある」
「そっか。じゃぁ、もう寝とけ。何かあったら呼べよ?」
使ったタオルを片付けるついで、高虎の顔の汗を軽く拭いたオレは洗面器を手に一旦部屋を出た。使わないタオルは洗濯籠にぶちこみ、洗面器もお風呂場に置いとく。高虎の部屋に起きっぱなしでも良かったんだけど、寝床に置いておいたら高虎が勝手にやりそうだからな。細かい事は気にしないで寝てれば良いんだ。風邪っぴきは。
それから土鍋を片付け、オレは少し遅い朝御飯を食べた。すっかり冷えてしまった味噌汁はイマイチ。おかずに焼いたベーコンエッグも油が固まってたり、少し乾いててうーんだった。勿体ない、半熟は成功したのにぃ。
ご飯を食べ終われば食器の後片付け。それが終わったらゴミ出して洗濯物を干して、高虎の様子を見に行って、それで掃除して回る。毎日やってるお陰でそこまで汚れてないが油断は出来ないので窓枠の縁まできっちりやる。最近はあまりこないけど、抜き打ちでマザーがくるからだ。埃溜まってる所を指でツーってされて「こんなに汚れてるわよ」って言われるのは怖いのでやだ。それにゲームも没収されかねないし。
やることを全部終えてから、氷水ぶちこんだ洗面器と乾いたタオルとか諸々を手に高虎の部屋に戻った。一度様子を見に行った時はまだ起きてて微妙な顔でこっちを見てきたけど、今度は力尽きて小さな寝息を立ててる。
起こさないよう慎重にタオルをとって洗面器に浸す。置き直す前におでこを触って熱を確認すれば、朝触れた時よりは熱くない気がする。薬が効いてきたのかも。
乾いたタオルで顔とか首とかの汗を拭くと、高虎は少しくすぐったそうにする。イタズラ心に火がつきかけたけど、病人なのでぐっと堪えておく。イタズラは元気になってからだ。
しっかりマスクを装備してイヤホンを付けた携帯ゲームしながら高虎の様子を見てると、何となく子供の頃を思い出した。━━━とはいっても、オレが看病されてる側の記憶だけど。
高虎は一年に一回くらい寝込むけど、会うのは放課後から夕飯までのちょっとした時間だし、何よりこいつは一晩寝たら大体復活するから看病なんてしたことない。逆にオレはよく体調崩してたから、割りと高虎が様子を見にきてくれたんだよな。マザーが忙しい時は休みの日とか看病もしてくれた。
思えば高虎は寝込んでる時よくこうして隣にいた。特別何をするでもなく大人しく読書とかしてて、でも話掛ければ話し相手になってくれるし、頼めば飲み物持ってきてくれて高虎がいる間は暇しなかった。マザーは我が子を谷底に蹴落とす系のライオン女子だから、本当に必要でなければ構ってくれなかったし。
だから平日とかに寝込んだ時は、学校が終わる時間が待ち遠しくて・・・・待ち遠しくて・・・・そうか。待ち遠しかったな。あの頃から。ずっと。今と同じように。
目の前にある幸せそうな寝顔。ゲームを止めてイヤホンを外すと穏やかな寝息が聞こえてきて、何とはなしにそいつの頬を指でそっと触れてみる。汗でベタっとしてるし、そんなに柔らかくないから手触りは良くないけど、そうして触ってると何故か頬が緩んだ。
友達だと思ってたけれどオレが気づいてないだけで、もうずっと前からただの友達だと思ってなかったのかも知れない。だって天音達と待ち合わせしてても、こんな気持ち抱かないから。指を触れさせただけで、こんなに嬉しい気持ちは抱かないから。
あの日から、オレは色んな気持ちに気づいてばかりだ。
高虎があの時助けてくれなかったら、高虎が好きだって教えてくれなかったら、高虎と一緒に暮らしてなかったら分からないままだったかも知れない事。
それが良かったことなのか最初は分からなかったけど、今なら気づけて良かったって思う。
「おやすみ、高虎。ゆっくり、いっぱい眠れ。熱がひいて元気になったらカレー山盛り食べさせてやるからなぁ」
マスクを外して頬に少し唇を触れさせた。
高虎は僅かに身を捩るけど、起きる気配はない。呑気にお昼寝続行だ。オレとしてはその方が良いけど。
何せ顔も体も風邪を引いたみたいに酷く熱い。下手したら高虎より熱い気がする。きっとアホみたいに真っ赤になってるんだろう。自分からしといてなんだけど、流石にこの顔は見られたくない。じゃぁしなきゃ良いのにとも思うけど、どうしてもやりたかったのだから仕方ない。寝てる顔が可愛かったんだもん・・・もんはないな。もんはなし。もんはありません。もんはなかった!
それから暫く高虎の横顔を眺め、寝息に耳を澄ませながらぼんやり過ごした。そうしてると次第に瞼が重くなっていって━━━━━三時くらいに高虎の上に突っ伏して寝てる所を高虎本人に起こされた。「頼むからトイレいかせてくれ」と切実に起こされた。
正直、すまんかった。