子宝さんの、おもうてたんと違うんだけど 作:ミレニアムいたっちー
近所のスーパーに流れる曲がクリスマスソングに変わり、街の至る所で色とりどりの飾りやイルミネーションが輝きをみせ始めた12月のある日。
「クリスマスは用事があるから駄目」
オレはお祖父ちゃんの代理でクリスマスパーティーのお誘いをしてきた矢並さんにNOを突きつけていた。電話越しの矢並さんは少し驚いた様子だったけど、直ぐにいつも通りの落ち着いた声で話を続けてきた。
『━━━━そうですか。それは残念です。ゆたか様のプレゼントも用意して、随分と楽しみにしていたのですが・・・・仕方ありませんね。元康様には私の方からそう伝えておきます』
「うん。矢並さんお願い」
『しかし、クリスマスの用事ですか・・・・高虎くんと何処かにお出かけですか?』
鋭い矢並さんの言葉に胸がドキリとした。
矢並さんは時々エスパーだ。
コタツの中にある足を無意味にもじもじさせた後、オレは矢並さんに教える事にする。
「・・・うん。あのね、ちょっとね・・・高虎がどうしてもって言うからさ」
『ふふふ、そうですか。高虎くんが』
風邪が治って少しした頃。
高虎が夕飯の時にクリスマスの予定について聞いてきた。今年もお爺ちゃんの所のパーティーに顔を出そうと思ってる事を伝えたら、クリスマスにデートしないかと誘われた。随分とかしこまって聞いてくるから何事かと緊張していたので、聞いた直後はすごい脱力感に襲われた。漫画みたいに、ふにゃぁってなった。ああいう時、本当に体から力が抜けるんだって、初めて知ったよ。
でも仕方ないと思うのだ。
だってあまり鬼気迫る様子で、てってきり三行半でも突き付けられるのかと思ってたから。
なにせオレと違って大学に行ってる高虎は出会いも多い。ゼミとかサークルとかってのがあるらしく、大学は出会いに事かかない場所だ。仏頂面さえ慣れてしまえば高虎はそこそこイケメンで、頭も良いし性格も良いやつだからモテるに違いない━━━━それに、最近はあんまり高虎が・・・・なんていうか、その、求めてこないというか・・・・抱き締めたりとか、そういう事あんまりしようとしないから、飽きたちゃったのかと・・・・くぅは!何考えてるのか、オレはっ!くっ、高虎の癖にぃ!モヤモヤさせおってからに!あの仏頂面野郎、分かりづらいんじゃぁ!不安になるだろ!デートくらい普通に誘え!くぅ!
はっ、思い出したら憎しみが湧いてしまった。
これが可愛さ余って憎しみ天元突破か。
わかりみ。
そんな訳でオレは生まれて初めて、家族以外とクリスマスに用事が出来てしまった。前世も含めて、マジでこれが初めて。そう考えると少し寂しい気がしないでもないけど・・・・今は寂しい気持ちより嬉しさのがずっと大きくて、その事を考えるだけで顔もどうしようもなく揺るんでしまうのだから、オレは中々どうして単純な頭をしてる。
「えへへ、だからね、クリスマスは駄目なんだぁ。本当にごめん。代わりって訳じゃないけど、お正月には顔見せに行くから、お祖父ちゃんにはそう言っておいて」
『はい、そのようにお伝えしておきます。では要件も済みましたし、私はこの辺りで』
「あっ、ごめん。矢並さん仕事中だよね。じゃぁ、また。ばいはーい」
『はい、お正月楽しみにしています。それでは』
通話が切れる音が鳴り、スマホから音が消えると部屋はまた静かになってしまった。テレビも消しているから本当に静かで、壁に掛けてある時計の針がカチカチとなる音がやけに大きく聞こえてくる。
「・・・・高虎、今日は何時に帰ってくるんだろ」
予定通りなら七時くらいには家につく。
でもまぁ、これから冬休みがくるわけで、その為に大学で色々やることもあるだろうから遅くなる可能性もなくはないかな。そこら辺よく分からないけど。
少し時計を見てぼーっとした後、オレは手元にある毛糸のマフラーの増設を再開した。マザーに教わりながら始めたこれも大分長くなってきた。今なら首に一巻きくらい出来そうだ。
「喜ぶかな・・・・」
アミアミしながら、ふとそんな事を思った。
オレが男だった頃はこういう物を女の子に貰えるのは夢だったけれど、こういう手作りの物が重たいという奴もいるらしい。オレとしては信じられないけど、いるらしいのだ。天音に聞いた事があるのだが、友人が彼氏にそんな事言われてるのを聞いたことあるとかなんとか。高虎は大丈夫じゃないかって言ってたけど・・・それも天音のイメージだもんなぁ。
「兄貴だったら、何あげても喜びそうなんだけど」
そこら辺、兄貴への信頼は厚い。
あの変態シスコン兄貴ならマフラーじゃなくても、なんなら毛糸玉巻き直したのをそのままあげても、キラッキラの笑顔を浮かべながらオレを子供みたいに抱えて大喜びしそう。くるくる回される己の姿が瞼の裏に浮かぶようだ・・・・されるな、確実に。うん。兄貴にはあげないでおこう。
暫くアミアミしてるとインターホンが鳴った。
オレは名残惜し気持ちを抑えつつおこたを抜け出し、網掛けのマフラーを道具と一緒にいつもの棚にしまう。時間はお昼ちょっと過ぎで高虎の可能性はないとは思うけど、一応念の為にだ。クリスマスまでは内緒なのだ。
再び音を響かせるドアホンのスイッチを入れると、ふんわりした栗色の髪と大きなお胸を揺らす、お隣の癒し系奥さんの山瀬さんが画面に映り込んだ。背中には寝息を立ててる赤ちゃんも見える。
「あっ、こんにちはー」
『はい、こんにちはー。ごめんなさいね、急に』
「いいえ、あっ、ちょっと待ってて下さい。今開けますから」
『ごめんなさいねー、いきなり』
何か用事かと玄関を開けると、発泡スチロールの箱2つを重ねて持つ山瀬さんがいた。
「ん?えーと、取り敢えず中入ってください。寒いですし」
「いいの、いいの。これからお買い物行く所だから。それより、ほらこれお裾分けー」
そう言って手渡された発泡スチロールは思ってたより重くて思わずふらついてしまう。そんなオレの姿に山瀬さんも見るからに慌てた。
「あっ、ごっ、ごめんなさいね。大丈夫かしら?」
「大丈夫っ、です!それよりこれって?」
「今朝がた実家から届いたんだけれどね・・・」
言葉を途切れさせた山瀬さんは重々しい空気と共に、静かに顔の横でダブルピースした。そしてゆっくりそのピースをチョキチョキさせる。あざと可愛い。
「カニよ・・・!」
一応真面目な顔をしてるのに可愛い山瀬さん。
何となく乗せられてオレもダブルピースしておいた。
チョキチョキも忘れない。
「カニ・・・!」
「毛ガニよ・・・!」
「毛ガニ・・・・・!毛ガニ!」
「カニ好き?」
「カニ好き!」
その言葉にオレは握手を求めて手を伸ばす。
流れから同志だと思ったからだ。
けれど握手はされなかった。
「私は苦手・・・・!」
「そっかぁー」
悲報。山瀬さん、カニ苦手だった。
理由はクモに見えるからだそうだ。
そうか、分かるような分からないような・・・うん。
詳しく話を聞いてみるとこのカニ様、山瀬さんの親戚かららしい。山瀬さんの家族はカニが好きなのを知っていて、この季節になると漁港関連で仕事をしてる親戚さんが気を利かせて送ってくれるのだそうだ。実家にいた頃は親御さんや妹さんが山瀬さんの分も処理くれてたそうだが、大学に通う為に独り暮らしするようになると直接箱一杯のカニが送られてくるようになって、毎年苦労して消費するそうだ。旦那さんが。
今年も旦那さんが処理する筈だったのだけれど『忘年会で死ぬほどカニを食わされる予定が入ったから全部は無理』━━━との事でお裾分けがきたらしい。
「うちは、高虎も私もカニ食べますし、ありがたいですけど・・・・」
「そう!良かったぁ!今年はいつもより多く送られてきてて、本当にもうどうしようかと思ってたの!折角の貰いもの駄目にしちゃうのもあれだし。子供が生まれたお祝いにって・・・その気持ちは嬉しかったんだけど・・・・はぁ、これも前にちゃんと断らなかった私が悪いんだけどねぇ」
いやまぁ、断りづらい時ってあるよね。分かる。
オレもお祖父ちゃんからの誕生日プレゼントで黄金の彫刻貰った時どうしようかと思ったもん。幼稚園児の時だったから本当に困った。登り竜はかっこ良かったけどね?うん。使わないし、邪魔だし、重いし、漂う高級感に気が休まらないし。
ブチキレたマザーが突き返して、翌年からのプレゼントはゲームとかぬいぐるみとか普通になったけど、あれ断らなかったら今頃どうなってた事か。
それから出掛ける山瀬さん達を見送り、重たい発泡スチロールと共に台所へ。封を切って開けると、オガクズに埋もれる二杯のカニ様がいた。続いてもう一つの箱もあけると、毛ガニじゃなくてタラバの足がぎっしり入ってる。何も知らなかった頃は呑気に喜べたのに・・・これ買ったら幾らするんだろうか。怖い。ていうか、山瀬さんって実はお金持ち?あーよくよく考えたら、こんなマンションに普通に暮らしてるんだからお金持ちか。
「・・・取り敢えず仕舞える分は冷蔵庫に入れちゃうかぁ」
タラバの足を冷凍室に捩じ込み、どうしても入らない分は冷蔵室へ入れておく。毛ガニは今夜には食べちゃうつもりなので、引き続き発泡スチロールの中にしまっちゃうおじさんしとく。しまっちゃうよぉー、しまっちゃうよぉー・・・・言っといてなんだけど、しまっちゃうおじさんって何だろ。たまにネットで見るけど。誘拐犯?
それから発泡スチロールを封し直し、オレは夕飯のメニューを考えながらまた編み物に戻った。
「いあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
時刻6時30分、部屋の中にオレの怒号が響いた。
相対するはハサミを持ち上げ威嚇してくる赤き勇士、二杯の毛ガニ様。オレは負傷した指を口に加えながら、カニ切りハサミを向ける。ジリジリと近寄ればクワッと両手をあげてくる。
こやつ、殺意の波動に目覚めている!
カニ様はオガクズの中で普通に生きていた。
しかも体を締め付けていたゴムを切り裂き、オレが呑気に指を入れるのを虎視眈々と待ち構えているレベルで元気だった。お陰で人差し指は負傷。血は出てないけど地味に痛い感じ。
掴まえようと手を伸ばすと、カニ様はすかさず体をこっちに向けてくる。計画では背後から忍びよってお腹をぐおって持ち上げるつもりだったのだが、どうにもこのカニ様隙がない。オレが動くと必ず背後を庇うように動いてくる。悔しい事に、かれこれ数十分はこれで時間を稼がれてしまった。
「くっ、舐めるなよ!カニごときが!」
フェイクを入れて手を伸ばす。
素早くコンパクトに。
「ったぁ!?」
掴んだと思った瞬間、指に痛みが走った。
手を引き戻し、赤くなった指を口に含んでそこへ視線を向ければ二杯目のカニ様がハサミをチョキチョキさせていた。まさかの二段構えである。この孔明の目を持ってしても気づかなかった。やりおるわ。
しかし、実に卑怯な戦法である。
全くもって許せん。
二対一とは。
「ふっ、いい気になるなよ。人間には貴様らカニとは違い大いなる叡知が存在するのだ!!Goo●le先生に相談すれば、直ぐに貴様らの弱点が白日の元に曝されるのだ!!はははは!怯えろ!震えろ!この検索が貴様らの運命を決めるの━━━━っつは!?」
ご機嫌でポーズを取ろうとしたら膝が棚にぶつかった。
あまりの痛みでスマホを落とすと、カニ様がそれに群がる。おニューでもないけどそこそこ気に入っていたスマホが、カニ様のハサミでカチカチされる。
「止めろぉ!その子をカチカチするんじゃない!やるなら、オレをやれぇぇぇ!・・・・あっ、本当に止めて!画面傷つくからっ、あっ、返して!っぃた!本当に返して!たんまだって、やだぁぁぁ!」
「何やってんだ・・・・お前は」
聞き慣れた声に振り向くと、額に汗を滲ませ少し息を切らした高虎がそこにいた。慌てて部屋にきたのかジャンパーも脱いでない。けど、何がともあれ助かった。
「高虎ぁぁぁ!助けてぇ!オレのスマホが!爪で!おかえりぃぃぃぃ!」
「おう、ただいま。で、なんでカニに虐められてんだ。どれだけ器用なんだよ、お前は・・・はぁ、泣くな泣くな」
溜息をついた高虎はオレの頭をワシワシ撫で、そのままカニ様に近づくと難なく二杯に蹂躙されていたスマホを救出してくれた。軽く拭いてから渡されたスマホは、保護カバーを付けてた事もあって大きな傷はなかった。ちょっと生臭いけど。
スマホの安否を確認してる間、毛ガニ様達を捕らえた高虎は少し怒り顔でこれをどうしたのか聞いてきた。高い買い物を咎められてるのかと思って、慌てて山瀬さんの事を話すと見るからに安心した様子で「そうか」とだけ言った。よく分からないけど、納得してくれたなら良かった。
でも、なんだろこの感じ・・・?
前にもあった気がする。ん?
「・・・高虎、カニ嫌いだっけ?」
「いや、好きか嫌いかと聞かれれば好きな方だ。いきなりどうした?」
「なんか、怒ってたから・・・」
「あー・・・・いや、少しな」
それだけ言うと高虎はカニ様を洗い始めた。
どうやら手伝ってくれるらしい。
隣に立って夕飯の用意をし始めると、不意に肩が触れた。視線を少しあげて隣をみれば高虎と目が合う。その目は少し不安げで、見てると胸の所がきゅってしてしまう。
「な、なんだよぉ」
「何でもない・・・・ただ来年も、こうしてられたらなって思ってな」
???
何言ってんだ、こいつ?
ん?・・・・はっ、もしや!
「貴様っ、来年はもう家事手伝わないつもりか!?許さん!許さんぞ、オレは!幾らオレが家事に慣れようと、どんなに忙しくなろうと、お風呂洗うくらいやって貰うからな!!交代だからな!」
「そういう話じゃないんだが・・・・くっ、くく。そうくるか。くくく」
「何笑ってんだ、この野郎ぅ!本気だぞ!洗濯物も急に雨降ったりしたら取り込むんだからな!やらないと怒るからな!お前!」
「・・・あぁ、任せておけ。約束だ」
そういって笑う顔に、また胸がきゅっとした。
顔が熱くなる感じがして咄嗟に顔を伏せたら、どうした?何て呑気に聞かれる。こっちの気も知らないで、いい気なもんだ。まったく。
腹立つから足を踏み踏みしてやったが、逆に踏み返された。・・・くぅ、腹立つぅ!
暫く足元で喧嘩した後、茹で上がったカニ様で豪勢なお夕飯を食べた。カニ奉行高虎に剥いて貰ったカニの身はうましの一言。新鮮だったのが良いのか分からないけど、甘味と旨みが凝縮されていた感じだった。カニ味噌はそんなに好きじゃないけど、食べさせて貰ったら甘くてトロってしてて美味しかった。でも高虎曰く、他のカニ味噌はこう甘くはないというので、基本高虎にあげようと思う。
食器を片付けながら夕飯の余韻に浸ってると、高虎が見てるテレビの音が聞こえた。バラエティー番組なんだけど、時期が時期だからかクリスマスの話をしてる。
ふとカレンダーを見れば、クリスマスまで後二週間を切ってる。
マフラーが出来上がるのか少し不安を覚えたけれど、それより何より自然と頬が緩んで胸が高鳴った。
とっても楽しげに。
「・・・・・・えへへ♪」