息抜き小説でございます(万能な言葉)
暇潰しにでも楽しんでいただければ幸いです。
ジャポンの奥地。発展した明るい街から外れ、トンネルを抜けた先の山の中腹に立つ四階か五階層の巨大な洋館。暗雲が立ち込め、時より雷が落ちる姿が確認できるその場所で一人の青年が佇んでいた。
「こ、ここがマダラキ研究所か……」
青年――レオリオ=パラディナイトはやや引いた様子でそう呟いた。正面玄関の脇にある表札には"斑木研究所"と掛かっているため、間違いはないだろう。
「…………化け物屋敷みてぇだな」
彼がそう評価するのも仕方ないだろう。何せ研究所の周囲は高く暗い木々に囲われ、研究所はゾンビが歩き出すバイオハザードが起きそうな寂れ方をし、パッと見では古い精神病院のような外観だからだ。
まあ、ここまで舗装されているコンクリートの道があるだけまだマシと言えるだろう。
「
「あ、ああ……まあ、ちょっとな」
ここまでレオリオが乗ってきたタクシーを運転していた80歳代の男性が車の窓を開けてそう呟く。
「安心しなさいな。今も大戦中も"司令"はいい人だよ。でも、気いつけな」
優しげな瞳にどこか昔を懐かしむ様子でタクシーの運転者は呟く。
「死体なんか持ち込んだらどんな方法を使っても再生しちまうからな。イヒヒヒヒ――!」
それだけ吐き捨てるとタクシーの運転者は走り去って行き、呆然とした様子で目を点にしたレオリオだけが残される。
「………………マジかよぉ」
早くも来たことに後悔し始めたレオリオの呟きは虚空に消えた。
彼がここに来ることになった理由は今年の年始――"ハンター試験"終了直後まで遡る。
◇◆◇◆◇◆
「レオリオくんじゃったな」
「は、はいッ!?」
試験終了後、レオリオは個人的にハンター協会会長のネテロ・アイザックに声を掛けられて畏縮した。試験中ならいざ知らず、終わった後で来るとは思っても見なかったのである。
ハンター協会とは怪物・財宝・賞金首・美食・遺跡・幻獣など、稀少な事物を追求することに生涯をかける人々の中で、数百人しか存在しないプロライセンスを持ち、世界に認められたプロハンターらの総本山であり、レオリオもまた今年プロハンターになった者であった。
要は文字通り平社員に会長が直々に出向いてきたようなものである。
「君は医療系のハンターになる……いや、そうでなくとも道に進むんじゃったな?」
「あ、ああ……そうです」
「ならこれを渡しておこう」
そう言ってネテロがどこからともかく取り出したのは一枚の名刺であった。
そこにはジャポンの文字で"
「それはちょっと特殊な名刺でのう。三ツ星ハンター、ナオミツ=マダラギの紹介状代わりになっておる。そこに記されているのは個人用研究所じゃな」
「ナオミツ=マダラギだとッ!?」
レオリオの隣にいるハンター試験で知り合ったクラピカはとても驚いていた。かくいうレオリオも全く同じ反応で驚いている。
ナオミツ=マダラギと言えば世界大戦中に生化学部隊に属し、"生物学の悪魔"と呼ばれるほどに名を馳せた科学者であり、ハンター協会に所属し、三ツ星を持つ
生命工学において世界トップクラスの頭脳を持ち、その外科施術は時として死した人間をも蘇生させるものだったらしく、"蜘蛛の糸"とも称えられた。
戦後は研究のため海外を転々とし、近年帰国したらしいが、現在所在地不明。在命であればかなりの高齢だと考えられている。
まさに生きる伝説であり、あまりに逸脱し過ぎているため、その存在そのものが疑問視されるほどの人物である。
「アイツとは古い友人でのう。医療系の道に進むプロハンターの顔を直接みたいということで、ワシが個人的にこれを渡す手筈になっておるのじゃ」
「そ、そうなんすか……」
名刺を眺めながら固まるレオリオ。そんな彼の肩に手を置き、ネテロは言葉を続ける。
「まあ、行くか行かないかはオヌシ次第じゃ。少なくとも研究所は動かんから大丈夫じゃぞ」
それだけ言うとネテロはレオリオから離れ、会釈してからその場を後にした。
◆◇◆◇◆◇
その後、ハンター試験で知り合った仲間達との所用を終えた直後に彼は斑木研究所にやって来たのである。
しかし、外観と雰囲気と伝説からレオリオの中の斑木博士の予想図は、鋼鉄のバイザーメットを着けた悪の科学者やら、嬉々として人体をバラす人でなしの外道やらと酷いことになっていた。
「よしッ!」
レオリオは深呼吸をし、頬を叩いて気合いを入れてから斑木研究所のインターホンを押した。何が出て来るかドキドキしながら背筋を伸ばしてレオリオは待つ。
そして、暫くした後、扉が開き――。
「はぁい。どちら様ですかぁ?」
間延びした声をしたレオリオよりだいぶ小さい少女が、応対に出て来てレオリオは目を点にした。
「…………え? あなたが斑木博士ですか?」
気が動転してレオリオはそんなことを呟く。
よく見れば少女は頭部の左右にフランケンシュタインの怪物のような電極がはまっており、見れるだけでも顔や首や手にツギハギしたかのような縫い目があるが、それを差し引けばかなりの美少女である。
「え? 博士ですかぁ? 博士なら今地下区画にいるのでたぶんすぐに上がってくると思いますよ」
そういうと彼女はあっ!と声を上げ、更に言葉を続ける。
「申し遅れました。私、"ふらん"と申します。中でお話をおうかがいしますわ」
少女にされるがままレオリオは研究所の中へと通された。
◇◆◇◆◇◆◇
「お待たせしました~~」
応接間に通されたレオリオは少し待つように言われ、しばらくするとユラユラと前後左右に体を揺らしながら斑木ふらんがティーセットを持ってきた。ふらんはティーセットを机に置くとレオリオの対面に座る。
「ご用件はなんでしょうか? 博士が来る前に私が応対いたしますわ」
「えっと……」
ハッキリ言ってレオリオからは用件というモノはほぼない。とりあえずレオリオは斑木博士の名刺を取り出し、それをふらんへと見せた。
「まあ! 医療を志すプロハンターの方でしたか! それならもしよろしければ、あなたについて少し私に聞かせていただけないでしょうか!」
ふらんは屈託のない笑顔でニコニコと笑いながら力強くそう言う。レオリオはその様子に少しドキッとしながらも頬を赤らめ、ポツリポツリと話始めた。
結果から言うと、斑木ふらんはとても聞き上手な少女であった。レオリオは自分の身の上話を次々としてしまったのである。かといって悪い気はしないため、不思議なものだ。
そして、その結果――。
「うっ……ぐすっ……」
何故かふらんが涙を流し始めたのである。女の涙というものに戸惑うレオリオであったが、理由が理由のため、彼にはどうすることも出来ない。
「法外な手術費を用意できずに亡くなられたお友達のため、医師となって友人と同じ病気の子供を無料で治療することを夢見ているなんて……素晴らしい夢です!」
「あ、ああ……」
身を乗り出してレオリオの手を取り、溢れんばかりに感銘を受けた様子のふらんにレオリオは己が少し萎縮する程照れてしまった。何せベタ褒めである。
「斑木博士はいつもいっていました……」
ふらんは席に戻るとポリツと呟き始める。
「自分を信じて"夢"を追い続けていれば――」
そして、ふらんはドンッ!っと音が出そうな様子で目を見開き、拳を肩の高さに掲げた。
「"夢はいつか必ず叶う!"――っと!」
その言葉と共にボロりとふらんの両目が物理的に飛び出す。片方は少し出ただけだが、もう片方はすっぽりと抜け出し、そのままテーブルの紅茶の中に音を立てて落ちた。
デロリとした肉々しい視神経が紅茶まで延びており、それが本物であるということが理解出来る。
「…………………………は?」
「ああ、スイマセン。少しコウフンして」
メダマ、メダマと言いながら飛び出た片方を手で戻しつつ、もう片方の紅茶に落ちた目玉を探して眼孔に押し入れるふらん。そのリアルハッピーツリーフレンズな一部始終をレオリオは呆然と眺めていた。
「ゴメンナサイ、驚かせてしまいましたね。私、斑木博士が造った人造人間なんですよ。半分死んでいるようなものなので、部分的にちょっと体が緩いんです」
「そ、そ、そうなのか……」
ハンター試験でも色々と非常識なモノを見て来たレオリオでもギリギリ許容できない範囲の事態が起こり、彼の表情は真っ青になっていた。それと同時に斑木博士の印象がB級映画の悪の科学者まで落ちる。
丁度、そんな時だった――。
「ふらんクンさぁ……僕宛の来客なら呼んでくれてもいいんじゃないかな?」
レオリオの真横から男性の声が聞こえ、レオリオとふらんはそちらを向く。
「な……」
レオリオの隣には、全く気がつかないうちに、まるで最初からそこにいたかのように老人が座っていた。黒いローブを纏い、サングラスを掛けた奇妙な男性である。しかし、少なくとも世界大戦より前から生きているような年齢には見えないほど若々しい。
「あっ、斑木博士! いえ、博士の研究をお邪魔しちゃ悪いかなって。たぶん、念で気づいてると思いましたし」
「ふーん、まあそれならいいんだけどさー」
すると斑木博士はふらんからレオリオへと首を向け、ニヤリと歯を出して笑いながら口を開いた。
「よろしくねレオリオくん。僕が斑木直光だよーん」
"蜘蛛の糸"とも称えられた斑木直光にはもうひとつ異名があった。
それは彼の台頭により、20世紀からこの世界の医療技術は少なくとも100年進んだとも言われていることに由来する。
それはさながら神の所業である一方、一切神に頼らぬどころか神の存在を殺したとも言える。生命工学に裏打ちされた人間による人間のための人間の奇跡。
そして、彼はこう呼ばれた――。
神要らずの"信仰無し"――"