そんなわけで投稿できました。
油断したわけではない。猪突猛進でチュデルキンと戦っていたが、一応理性は残していた。何か仕掛けられたらそれを避けられるようにな。さすがに自分の天命ぐらいは気にかける。見誤ってる可能性も十二分にあるが、気にかけないにこしたことはないからな。
だから向こう側からユージオが出てきても、警戒を解くことはなかった。鎧を着ていなかったはずのユージオが、鎧を着て出てきたのだから。いかにも整合騎士らしく、優先度の高そうな鎧だった。チュデルキンを助けたことを考えても、敵だと判断できた。
ただ、ユージオが強かっただけのことだ。
「何のつもりだユージオ。そちら側に寝返るのか?」
「寝返る? 何を言っているのかは分からないし、君のことは覚えていないけど、僕はあの人のために戦うだけだよ」
「なるほど。とりあえず意識を刈り取ればいいか」
ユージオと戦っている間にチュデルキンが逃走する恐れもあったが、気絶してくれているようで、その心配はいらなかった。これでユージオとの戦闘に集中できる。
俺はユージオと全く絡みがない。躊躇う理由もない。キリトの友人という認識だし、この状態ならキリトだろうとユージオと戦っているはずだ。だからユージオをチュデルキンへの道を阻む障害だと認識し、フラストレーションを維持する。
「その傷じゃ僕には勝てないよ」
「大口叩くじゃねぇか。ひよってた奴とは思えない、な!」
整合騎士となり、記憶を失ったからなのか。ユージオは自信に溢れていた。本人の本質として、嘘なぞつかないだろうから、それだけの自信とたしかな実力があるのだろう。だが、負けてやる気はこちらもない。チュデルキンとの戦闘で特攻をかましてたから傷も多いが、アドレナリンのおかげで体はまだ踏ん張れる。
床は蹴り距離を詰める。ユージオもまたチュデルキンを巻き込まないためか、単純に邪魔なのか、チュデルキンの体を壁に沿わせると同時にこっちに向かってくる。3秒もなく俺達は肉薄する。
俺の右ストレートをユージオは左腕で防ぎ、右拳を突き出してくる。俺は左拳でユージオの右腕を横から殴る。内側から外側へと力を加えてやることでユージオの狙いは反れ、俺の左肩スレスレを通り抜ける。俺は左拳を開き、掌をユージオの腹部へと添える。鎧の上からではあるが、デュソルバートの時と同じだ。中に振動を加えればいい。この技は止まっている状態だろうと関係ない。体重と力をきちんと移動させればいいのだから。
それを放とうとした瞬間にユージオの左腕で捕まれ、衝撃を伝えられないように止められる。ユージオはそれと同時に右腕でフックを仕掛けてくる。それを俺は右手で受け止め、ユージオの拳を握りしめる。
「なかなかやるね」
「ユージオもな。剣だけだと思ってたんだがな」
「剣があればもっと強い。それだけさ」
「そうかよ」
「君とこうして戦うのもいいんだけどね、もう終わらせるよ」
──なに?
そう言おうとしたんだが、その言葉を発することはできなかった。ユージオの放つ威圧が増大したからだ。何をする気かは分からないが、何かを仕掛けてくる。俺はこの状態からでも対応できるように何パターンか想定し、ユージオがどう動くのかを見極めようとした。
しかしユージオが繰り出したものは俺の想像を超えていた。いや、想像からズレていたと言った方がいいかもしれない。なんせ知らない攻撃である上に、受けても何か分からなかったのだから。
ユージオが何をしたのか分からないまま俺の胸部が斬られる。傷は深くはないが広い。流れ出る血を見たところでようやく脳が斬られたと認識し、体の力が抜け始める。チュデルキンとの戦闘による傷と今の傷。アドレナリンの誤魔化しも効かなくなったのと、出血の量だろうな。ユージオの顔を見ても、ユージオは表情一つ変わっていない。これが当然だと言われているようで腹が立つ。
「君も強かったよ」
「うる、せ……ぐっ!」
ユージオの重たい拳が俺の腹部に食い込み、俺は吐血しながら後方へと吹き飛ばされる。あんな細い体のどこにそれだけの力があるのか。この世界にはまだ俺の知らない法則でもあるのか。何もわからないまま勢いよく部屋の後方にまで吹き飛ばされ、壁に激突する。後頭部からも嫌な感じがした。また出血したのだろう。漫画の如く壁に埋まるかと思ったが、ここの壁は本来傷一つつかない。俺はゆっくりと剥がれ落ちるように床へと落ちた。
「ジーク!」
アリスの声が聞こえる。どうやら追いつかれたらしい。暗くなりそうな視界をなんとかこじ開けるが、体を動かせる気がしない。一度受けた暖かさが全身を包む。デュソルバートのように、アリスも治療してくれてるのかな。そんな俺とアリスの前に人の気配がする。たぶんキリトだろう。
「ユージオ……なのか……」
「ごめんね。僕は君を知らないんだ。ここで引き返してくれても構わないけど、僕と戦うなら追いかけてくるといいよ。この一つ上は戦いやすいからね」
声と足音が遠ざかっていく。チュデルキンがなんか喚いていた気もするが、あいつの声なんぞ耳に入って来ない。そしてお前は必ず俺が潰すからな。絶対に追いかけ続けて叩きのめすから、覚えてろよチュデルキン。
ユージオに敗北したが、チュデルキンへの憎悪は消えてはいない。戦意なんて消えない。そうして怒りを維持していたら体の向きを変えられ、うつ伏せから仰向けに変わる。ユージオにどうやってか斬られた胸部を治してくれるらしい。これでまた戦える。礼をアリスに言おうと思い、幾分かマシになった視界にアリスを収めて俺は言葉を失った。
──アリスが泣いていたから
「どうして……どうしてジークは……そうやって無茶ばっかりするんですか! あなたが傷ついてるところなんて……私見たくないんですよ!?」
「アリ……ス……」
「お願いだから……戦わないで……!」
アリスの瞳からこぼれ落ちる雫が俺の頬濡らす。泣いていてもこの子は綺麗だななんて思ってしまうのは、俺が馬鹿だからだろうな。そんな風にふざけられたら平和なんだろうが、そんなこともあるかもしれない未来を掴むために今戦っているんだ。
「ごめん。アリス」
──俺は何のために戦っているんだろうな
──アリスに泣いてほしくないから、傷ついてほしくないから
──そのはずなのに
腕を動かすことはできたようで、俺はアリスの頬にそっと手を添える。その手がアリスの手に包まれ、頬を押し付けるように力を加えられる。流れ落ちる涙は止まったが、アリスの表情がよくなったわけじゃない。そんな俺達の下にキリトが戻ってきた。というかお前、いつの間に離れてたんだよ。
「ジーク大丈夫か?」
「この通りピンピンしてる」
「体を起こせない状態の奴をピンピンしてるとは言わない」
「動かせるんだがなー」
アリスに傷口を塞いでもらったとはいえ、体の節々は痛い。痛いというか、違和感かな。傷の痛みはリアリティがあるというのに、傷は神聖術で治せちゃうのだ。そのギャップに体と脳が戸惑っているのだろう。
俺はネックスプリングで元気に起き上がり、もう大丈夫だと猛烈アピール。キリトは苦笑いというか、呆れ顔をする。肝心のアリスは顔を伏せていてよく分からない。俺はアリスに歩み寄り、治療の礼を言った。
──バシンッ!
鋭い痛みが頬を襲った。ヒリヒリするし、頬がじんわりと熱くなる。アリスに本気でビンタされたのだ。横に逸れた視線を戻すと、目を真っ赤にしたアリスが目を釣り上げていた。泣きながら怒るとはこのことだな。
「お前はまた戦おうというのですか!? 命を大切にしないのですか!? 私は戦わせるために癒やしたのではないのですよ!」
「……命は大切だ。だが、戦う理由がある。だから戦う。俺にはそうするしかないからな」
「ふざけないでください! それは誰のためですか?
「それは俺もだよアリス。君に傷ついてほしくないから──」
「ジークがそれで傷を負えば私の
涙を拭ったアリスがユージオたちを追うべく歩き始める。それを俺も追うが、足取りは重くなってしまった。結局俺は独りよがりで、守ろうとしていた人を見ていなかったのだから。だが、この思いも本物なんだ。俺達の思いは、どうしようもなくすれ違ってしまう。
「俺が言えた義理じゃないが、お前は心配かけ過ぎだ」
「本当にそれはキリトに言われたくなかったよ」
肩に手を置いて言ってきたキリトに軽い調子で言葉を返す。こうしてないと調子が沈んでしまうからな。それに、まじでそれはキリトには言われたくなかった。このハーレム王はどこへなりとも首を突っ込んでは生死を彷徨うのだから。
「昇降盤で上がるようですが……」
「あー、たしかルなんとかで上がってたな」
「雑だな。もっと聞き取れよ」
「いえ、十分です。ルから始まるのは一つしかありませんから」
優等生アリスがいて助かったな。俺とキリトだけじゃ分からずにここで止まってジ・エンドだった。戦わずして負けるなんてマヌケにも程がある。まぁ、そう断言できるわけでもないか。場合によってはその方が賢い選択ということもあるからな。ただ、今回の場合はそうじゃない。アリスがいるおかげでそれは回避したけども。
昇降盤を使ってユージオの待つ場所へと移動する。そこにたどり着くと既にチュデルキンの姿はなく、ユージオだけが待ち構えていた。あのクズが堂々とした戦いをするわけがないわな。
「この場所……覚えがあります」
「そうなの?」
「はい。私がシンセサイズされたのはこの場所でした。ここに私と最高司祭アドミニストレータがいて……」
「なるほどね」
最高司祭は引きこもりだと思っていたのだが、この99階へは降りてきていたんだな。アリスも思い出すまではそう思っていたわけだし、まぁ今はそこまで重要なことでもないけどもな。最高司祭はこの上にいるらしいし。
アリスとそんな会話をしている中、ユージオは一歩前に出てキリトへと話しかけた。当然のことだな。キリトが持ってるものに用があるわけだし。
「ありがとう。剣を持ってきてくれて」
「たしかにお前に渡すためだが、それはユージオであって今のお前じゃない」
「そっか。でもそれは僕の剣だから返してもらうよ。手渡しじゃなくていいから」
「なっ!?」
ユージオが手を前に突き出す。それだけで《青薔薇の剣》がひとりでに動き、まるで剣の意思で飛ぶようにユージオの手に収まった。見方を変えればユージオが手繰り寄せたとも言えるな。
「アリス、あれは?」
「心意の腕です。離れた位置にあるものを手繰り寄せる技だと考えてください。扱える者は非常に少なく、私でも剣どころか小石一つ動かせません」
「……心意ってなに?」
「はぁ。それも知らないのですね」
そんな呆れた顔をされても知らないものは知らないんだ。仕方ないだろ。俺のこの世界の生活で、一体どのタイミングでそんなことを知る時があったよ。平和に生活してて、いろいろもあったからこの場所に来たんだぞ。
そんなことをアリスに言っても仕方ないんだけどな。それに、知らなくてもここまでは一応来られたわけだし。途中を超ショートカットしてたけども。
アリスが心意について説明してくれて、俺の言葉でそれを解釈して脳内に補完する。要は意志の強さが反映されるということらしい。攻撃の威力や身体能力の向上だけでなく、ユージオが今やってのけた心意の腕や対象を斬る心意の刃なんてものもあるらしい。俺がユージオと戦っていきなり斬られたのもそのせいだな。
「ユージオ。お前に剣を教えたのは俺だ。師匠として、まだ弟子に負けてやるわけにはいかない」
「師は超えるもんじゃね?」
「がくっ。ジーク。茶々を入れないでくれ」
「それは悪かった。ユージオは強いから頑張れ」
キリトとユージオが同時に剣を構える。記憶は無くとも体で覚えていることはそのままのようだな。ユージオはキリトとまったく同じソードスキルを発動させた。まるでミラーマッチだ。すべての動作が同じというわけではないが、お互いに最適解のモーションで動き、仕掛け、防ぐ。キリトの成長も垣間見えるが、アインクラッドを始めとした修羅場を潜ってきたキリトに完全に張り合うユージオのポテンシャルの高さが伺える。キリトに剣を教わってたしか二年なのに、このレベルに到達しているというのだから、才能があったということなんだろう。
そんなキリトとユージオの戦いが一時的に中断される。キリトがユージオから距離を取ったことで。
「……あれは本当にユージオなのですか?」
「どういうことだ」
「先程の心意の腕もそうですが、今ユージオは同時に五つの風素を操った。どちらもこの短期間で習得できるものではありません。そういう意味で問うているのです。あれはユージオなのかと」
「……ユージオだ。俺が間違えるわけがない」
「ならお前が取り戻してみろ。親友をよ」
「ああ」
アリスとユージオを戦わせるわけにはいかない。そしてアリスに止められている以上俺もユージオと戦うわけにはいかない。だからキリトが一人でユージオを取り戻す必要がある。この短期間で騎士になり、使えてなかった技を使えるようになったということが異常だと言うのなら、取り戻せる可能性も考えられる。
キリトもその気だったようで、深く息を吐いてから剣を構え直し、ユージオとの戦闘を再開させる。アリスの方に視線だけ向けると、アリスは聞き取れない程に小さな声で、だがたしかに口を動かした。聞き取れなかったが、その動きで予想はつく。何か言うのはそれこそ野暮だ。俺は視線を戻してキリトとユージオの戦闘を見守った。
キリトの相変わらずの対応力の高さ。それを嫌というほど見せつけられるが、それはそれ。対応されようと勝てばいい。ユージオを応援してるわけでもないんだかな。それに、二人の勝負はそこまで長くはなかった。キリトの剣と心がユージオの心へと届いたんだろうな。ユージオは元の意識を取り戻していた。
「親友ならでは、だな」
「そうですね。私達も二人の下へ行きましょう」
アリスと共に二人の下へと歩いていく。ユージオにも改めて宣言しなくてはならないしな。俺はアドミニストレータを倒したら敵対すると。今のアリスを守るためにお前ともう一度戦うのだと。
だが、その宣言をすることはできなかった。
「──エンハンス・アーマメント」
「ユージオお前!」
「ごめんね。キリト、アリス、ジーク」
まず最初に一番近い位置にいたキリトが凍らされる。次いで俺とアリスも氷らされる。だが、《雲上庭園》でアリスが氷らされた時のように全身が氷ったわけじゃなかった。ユージオに何かしらの考えでもあるのか、まるで時間稼ぎのように中途半端に氷らされただけだ。多少時間がかかるだろうが、これなら自力で壊せそうだ。
「おい! ユージオ!」
声を荒らげるキリトにユージオは何も言葉を返さず、見向きもせずに最上階、アドミニストレータの居場所へと移動した。
「さて、壊して追いかけるか」
「あぁ、当然だ!」
この氷を壊してユージオを追いかける。それは当然のことで決定事項なのだが、いったいどうやってこの氷を壊したものか。モタモタしていたらユージオが事を起こしかねない。何をする気かは知らないけども、何かしら秘策を持っているのだろうけども。
「ホッホーー!」
「ブッ殺す!!」
いかんいかん。チュデルキンの声を聞いただけで条件反射でブチ切れてしまった。これではまともに戦えないな。だが、氷が壊せたから良しとしよう。
──さぁ、再戦だ