銀河要塞伝説 ~クレニック長官、デス・スターを建造す~   作:ゴールデンバウム朝帝国軍先進兵器研究部

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07.決戦への道

 ラインハルト元帥府所属、旗艦ブリュンヒルトにて――。

 

 

 さほど軍事的な価値のない初陣であるアルテナ星域会戦が、リップシュタット戦役全体の趨勢にここまでじわじわと響くなどと誰が予想できたのだろうか。

 

 

 超光速通信でラインハルトに面会したリヒテンラーデ公爵の顔は興奮で赤く充血しており、不満であることは言うまでも無い。

 

 だが、それ以上に高齢なリヒテンラーデの血圧を侍医に心配されるほど急上昇させた理由は全て、ラインハルトのとった行動にあった。

 

 

「ローエングラム侯はなぜ戦わぬ!?」

 

 

ロイエンタール艦隊から報告を受けてというもの、ラインハルトは「拙速」とも評されるスピードで大艦隊を全速後退、帝都オーディンへ向かって一直線に退却を続けているのである。

 

 

「たしかレンテンベルクには2個艦隊が配置されていたはず。敵が眼前を悠々と通過しているというのに、ただの1度も攻撃せぬとは!」

 

「ほう、15万隻に対して2万隻で攻撃しろと?」

 

 

 負の感情を隠そうともしないリヒテンラーデに、ラインハルトもまた苦虫を噛み潰したような表情で応じる。

 

 

「もしそれで戦えというのならロイエンタールとミッタ―マイヤー、そして200万の将兵と2万隻の艦隊を無意味に失うことになるが」

 

 

 勝利に至る条件の第一段階は敵を上回る兵力を揃えることだが、この段階においては元々貴族連合軍がラインハルトを制していた。“大軍に奇策なし”と古来より言われるように、いかに勇猛果敢な将軍に頭脳明晰な参謀といえども、15万隻もの大艦隊に守られた超巨大宇宙要塞の前にしては手の出しようがない。

 

 

 これこそ、クレニックが敢えて「全軍で」と主張した意味なのだ。

 

 

 もともと「巨大なワープ・エンジンを取り付けてガイエスブルク要塞を移動させる」というアイデアは言わば「スケールが大きいだけの素人意見」とでも呼ぶべきものであって、軍事理論家のシュターデン提督に言わせれば「開いた口がふさがらない」という類のものではあった。

 

 ごくごく普通に考えて、どうやってワープ・エンジンを敵の攻撃から守るのかという疑問が残る。天体サイズもの巨体を動かすとなれば、エンジンの方もそれこそ敵から見れば狙いを外しようがない大きな的だからだ。

 

 だが、15万隻にも及ぶ門閥貴族艦隊を文字通り“鉄壁の守り”とすることで、クレニックは見事この問題を力技で解決したのである。

 

 

 さらに要塞正面には出力7億4000万メガワットの主砲ガイエスハーケンが備え付けられており、下手に接近しようものならイゼルローンのトゥール・ハンマーに匹敵するビーム砲で一方的にアウトレンジ攻撃されてしまう。

 

 要塞砲の死角には前述のワープ・エンジンとそれを守護する15万隻の大艦隊が待ち構えており、まさに難攻不落の移動要塞であった。

 

 こうして条件さえ揃えれば、時代遅れの大艦巨砲主義的発想で作られた巨大宇宙要塞が現代でも通用することを、オーソン・クレニックは証明したのである。

 

 

 

 もしラインハルトがこれに対抗しようと思えば、こちらもまた数の暴力に飲み込まれない程度の数を揃える必要がある。

 

 それには辺境に向かったキルヒアイス艦隊や帝都オーディンの防衛艦隊、イゼルローン回廊やフェザーン回廊を見張っている回廊警備艦隊といった全ての戦力を結集せねばなるまい。

 

 

 だが、それには時間が必要だ。

 

 全軍が集結するまでは、門閥貴族のかき集めた「烏合の衆」である大艦隊と「宇宙に浮かぶこけおどし」である宇宙要塞がオーディンへ向けと堂々と進軍する様を、ただ眺めている事しかできない。

 

 

「そもそも当初の計画では、門閥貴族共の拠点を無視するか無力化するかに留めてガイエスブルクへ直行する予定だったはずだ。それをアルテナ会戦の後に口出ししてきて、兵力を分散して貴族領を制圧するよう主張したのは宰相殿、あなた自身ではなかったか?」

 

 

 ラインハルトの痛烈な反駁に、図星を指されたリヒテンラーデ公は思わず言葉に詰まる。もちろんキルヒアイスらが占領した門閥貴族領は、リヒテンラーデがちゃっかり自分や親しい派閥に属する者の懐に入れているので、実に痛い所を突かれた形になる。

 

 

「か、勝たずともよい。せめて同等の損害を敵に与えることは出来んのか。時間ぐらいは稼げるだろう」

 

 

 苦し紛れの反論にラインハルトは沈黙で答えた。しかしその澄んだ青い瞳にはぎらり、と紛れもない反骨の光が走り抜けている。

 

 無理もない。リヒテンラーデの言は、暗に全滅を覚悟で双璧とその部下たちを玉砕させよとほめのかしているに等しいのだから。

 それでいて、門閥貴族とラインハルトらを互いに争わせて漁夫の利を得ようという魂胆までもが透けてみえる。

 

 

「よいか、帝都オーディンは神聖にして不可侵である。もしその眼前に敵が現れる様な事があれば、帝国軍の名誉と名声は共に地に落ちるであろう。その結果が分からぬほど、卿も政治に疎い訳でもあるまいに」

 

 

 しかしながらリヒテンラーデの主張にも一定の説得力はあった。軍事的には正しくとも政治的には、という奴である。

 

 たしかに一戦も交えず首都までひたすら逃げ続ける、といのは体裁が悪い。それを見た民衆や中立派の貴族・官僚がどう思うか。

 

 

 事実、軍事的にはそうせざるを得ない状況とはいえ、「ラインハルトは門閥貴族にやられっ放し」という印象を世間に与えてしまっていた。もし戦わずしてオーディンへ貴族連合軍の進撃を許せば、軍事的にも政治的にも“追いつめられた”という印象を万人に与えかねない。

 

 加えて「神聖不可侵のオーディンまで攻めてこられるようなら、ゴールデンバウム王朝もおしまいだ」というのが銀河帝国に住む大多数の人々の認識である。

 「何かをしたことでどうにかなるのか」はさておき、少なくとも「何かをした」というポーズは必要であった。

 

 いっそ損害を覚悟で数個艦隊を率いて敵軍に奇襲攻撃をかける、という手もあった。そうすれば少なくとも「オーディンまで進軍する敵を、ただ漫然と眺めていた訳ではない」という政治的メッセージは発信できる。

 

 

「卿とてオーディンを火の海にしたくはあるまい。新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)には姉君も……」

 

 

 途中まで言いかけて、リヒテンラーデは凍りつく。スクリーン越しですら圧倒せざるを得ないほどの怒気を含んだ圧力が、数千万キロ以上も彼方の銀河にいるはずのラインハルトから発されていた。

 

 

「宰相、それ以上続けてみろ。姉上に何かあれば承知せぬ」

 

 

 絶対零度の声でそう告げるラインハルト。さすがのリヒテンラーデも気圧されたのか開きかけた口を開けっぱなしにしたまま、気まずい沈黙が数十秒流れた。

 

 

「……キルヒアイスほか、別行動をとっていた全ての将兵を呼び戻している。戦力が集結し次第、すぐにでも総攻撃をかけるつもりだ」

 

 

 現状では、ラインハルトはそう返すのが精いっぱいであった。リヒテンラーデが無言で頷くと、5秒後に通信が切断される。

 

 

 

「ッ――――――!」

 

 

 

 憤激のあまり、ラインハルトは卓上にあるものを片手で勢いよく薙ぎ払った。

 

 書類が散乱し、小型のデバイスが床に叩きつけられ、コーヒーカップや皿までもが砕け散る。大きく息を吸って椅子から立ち上がったラインハルトは、怒気の塊と化していた。

 

 

「おのれ……!」

 

 

 不甲斐無い。あまりに不甲斐無い―――。

 

 苦境の原因を作った門閥貴族や足を引っ張り続けたリヒテンラーデへの恨みもあるが、それ以上に自らの慢心と油断が今の事態を招いてしまった事に気付かぬほどラインハルトは無知でも蒙昧でもない。

 

 だからこそ、余計にこの現状に我慢がならなかった。

 

 

 今すぐにでも軍を率いてガイエスブルクに突撃したい気分を抑え、ラインハルトは理性を働かせる。

 

 しかし考えれば考えるほど、とれる選択肢はそう多くないのが現実だった。将の力量と兵の忠誠は疑っていないが、彼らとて全滅を覚悟で玉砕を挑むほど狂信的でもない。

 

 ヒット&アウェイ、あるいは分進合撃という手もあるが、各艦隊の離脱や集合のタイミングが少しでも狂うと戦力の逐次投入の愚行となる。次々に到着する艦隊が、次々に各個撃破されて、あげくに全滅という醜態に陥りかねない。

 

 完全勝利を望むラインハルトとしては、ただでさえ少ない兵力を逐次投入することだけは何としても避けなければならなかった。

 

 

 しかもリップシュタット貴族連合軍の進軍速度は予想より遥かに速い。もはや一刻の猶予も無かった。

 

 ラインハルトは決断した。

 

 

「こちらも全艦隊をもって、オーディンにて賊軍を迎え撃つ」

 

 

 考えてみれば、他に選択肢はないのである。1個艦隊や2個艦隊を順次出撃させても、15万隻の大艦隊に各個撃破されるだけだ。

 

 

 しかも敵にはガイエスブルク要塞がある。小破した程度の艦船ならすぐに応急修理される大型ドックを持ち、そもそも要塞それ自体が難攻不落の一大拠点だ。ガイエスハーケンという、イゼルローンのトゥールハンマーに匹敵する要塞砲もある。

 

 

 

 だが、こちらとて策が無い訳ではない。世間で「イカサマ戦争」など揶揄されている間、ラインハルトもまた密かにガイエスブルク決戦のための“秘策”を準備していた。

 

 手元のコンソールを叩き、元帥府高官用の暗号通信回線を使ってシャフト技術大将を呼び出す。

 

 

「例の“弾丸”をありったけ用意しろ」

 

 

 攻守の立場が逆転したが、大した問題ではない。必ずこの内戦に勝利し、姉上を守ってみせる――――胸に滾る熱い思いを込めて、ラインハルトはただ叫ぶ。

 

 

「在庫は残すな、全てオーディンの絶対防衛ラインに配置しろ。あの忌々しい金属玉、元の形も分からぬほど粉々に打ち砕いてやる!!」

 




            
クレニック「来いよラインハルト、策なんか捨ててかかってこい!」

ラインハルト「宇宙要塞なんか怖くねぇ! 野郎、ぶっ殺してやぁぁる!!」


色々ありましたけど、「とりあえずお互いオーディンに全軍集めて決戦」っていう頭の悪い展開になった事がこの話の内容です。

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