蟲の女王   作:兼無

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罵声が飛んできそうな内容に。
言い訳はしないと決めていたつもりでしたが、ぐぬぬ。


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『いいのか皐月?』

『構わんさ。どうせ私の顔が割れるわけじゃない』

 

 幾つかの段取りをつけたあと、蟲を目の代わりに、私はハサンを葛木の帰路に差し向けた。

 もちろん暗殺しようと言うわけじゃない。ただ、キャスター陣営にとって葛木は柳洞寺に身を置く上で必要な存在に違いない。

 彼にちょっかいを出すとどういう反応が返って来るかを測っておきたかった。

 蟲を使ったのもそう言う事。土台間桐の手による襲撃だと気付かせないのは無理だ。相手は稀代の魔術師であるキャスター。私如きが手を労したとてあっさり見破られるだろう。

 だからこれは事態に流動性を持たせる為の一手。

 ただ、キャスターがクラス通りの優れた魔術師ならば、後手に回って勝利を掴むのは難しい。

 サーヴァントをアサシンと見たキャスターが間桐に攻め入ってくるならまだ良い。ライダーによる応戦の後予想外の事態を不利とし、撤退に入ったキャスター達を追撃、掃討、という筋道は見える。

 しかしお互いを敵と認知して膠着状態に陥った時は恐い。キャスターが龍脈から汲み上げる魔力を考えれば、消耗戦で不利を被るのは間桐だ。

 気乗りしない手を打つしかなくなる。

 故に先手。それも二重三重に策を巡らし、キャスターの打倒までを視野に入れた策を立てた。

 もちろん私ごときの策で綺麗に型に嵌ってくれるとは思えない。しかし策でキャスターに抗しようというのなら、手札が見えない今しかない。

 互いの手札を把握していればそれはチェスのようなもの。経験と実力がある者に運で勝つ事はできない。

 しかし手札が見えなければどうだろうか。不意の一撃。それもキャスターが予測できない物を最高のタイミングで叩きこめば、或いは。

 もう少し事態の推移を見守りたかったというのが本音だが、キャスターの行動は私の本義に抵触する。見過ごせば私はブレてしまう。

 実行の段になってあれこれ考えるのは二流のすること。頭では分かっているが満足の行く流れではない。

 

『来たぞ、皐月』

 

 そんな私の内心などお構いなしにその時は来た。

 

『じゃあ頼む』

 

 簡潔に迷いなく。嘘を吐くのには慣れている。

 作戦の初動は簡単なもの。ハサンによる葛木の強襲だ。

 夜、それも街灯の眩しさが暗がりをなお暗くするこの条件化で、気配遮断したサーヴァントの一撃を防げる者など存在しない。

 蟲の視界から盗み見たに過ぎないが、ハサンが振り上げた拳は、それが暗殺を意図して放たれていれば間違いなく葛木を絶命させていたと確信させるほど見事なもの。

 だから後頭部を強打されてたたらを踏んだ葛木が、流れるような身のこなしで通勤鞄を盾に体を立て直した異常を前に、様子見に徹するよう言い置いたハサンがじゃきり、と腕に仕込まれたアサシンブレードを作動させたのは、最適な判断だ。

 

『ハサン』

『分かっている。この男、何らかの武芸の心得がある。それもえらく実践的だ』

 

 不意に背後から殴られる心構えがあるなら、それは武道ではなく武術だ。それも真っ当ではないものであると考えるべき。

 

『殺さぬ程度に追い込んでみろ。無関係にしてもその武術はただごとじゃない』

 

 気に入っている教師を半殺しにしろと何の気負い無く命じた私。

 実に魔術師をしている。

 

『了解した』

 

 つかみ掛かるように腕を突き出すハサンの手を、当然のように拳で受ける葛木。交錯する度に赤い血が跳ねるが、葛木は顔色一つ変えない。

 手抜くようハサンに命じたのは私だが、それでもサーヴァントと打ち合える葛木は一体どれほどの異常か。

 武芸に明るくない私の目にも、淀みなく足を運びハサンの攻撃を最小の被害で逸らし続ける技量は明らかだった。

 何度その拳をアサシンブレードが貫いただろうか。

 あたりは葛木一人の飛び散った血で濡れ、最早その手は拳を握れていない。

 

『いい。やめろ、ハサン』

『心得た』

 

 ぴたりと動きを止めたハサンに僅かに遅れ葛木も足を止める。ただ、構えは解かぬまま大きく熱を吐き、吸う。

 

「……やめて良いのか?」

 

 ぼそりと葛木が問う。

 

「ああ。マスターの命でな」

 

 応じるハサンは打ち合わせ通りの答えを放った。

 

『皐月、この後はどうする?』

 

 事前の打ち合わせで決まりきっている事だが、プランが悪い方に流れている事を汲んでの問いだろう。

 

『そのまま放置、気配遮断して後をつけてくれ。キャスターが出てくるならそれでいい。出てこないなら…………私が責任を取る』

 

 しかしそれは見縊りすぎだ。たとえ迷おうと、迷いながらでも私は進める。

 計画の一つの分岐点。 

 キャスター陣営が現れ葛木を保護、乃至、情報の損失を確認後破棄するようならサーヴァントに強襲させればいい。それがキャスターのマスターなら話は終わり。キャスターで、かつ大した事が無ければ、やっぱりそれで終わり。サーヴァントを退けられるだけの技能を持ち合わせていた場合は、とりあえずこの場を引く。

 消耗戦になるようなら、キャスターが魂喰いの実行犯で有ることに託けて遠坂との協定を取り付け、頭数の多さで圧殺する。

 問題はキャスター陣営が葛木を見捨てた場合。私はマスターでもない人間をサーヴァントに襲わせた責任を取らねばならない。

 がさり、と耳元で枯れ草が鳴った。

 日暮れ前からかれこれ二時間、私は柳洞寺の山門脇に潜り込んでいる。

 唐突に姿を消したハサンを警戒するように周囲を見渡していた葛木だが、然程間をおかず怪我を庇うように鞄を拾い上げ、帰路に戻った。

 ぎり、と歯が鳴るのを抑えられない。

 葛木に傷を負わせたのはハサンで、それを命じたのは私だ。

 だが、葛木がキャスターの影響下にあるのは間違いない。何故この場に現れないのか。葛木は駒だとでもいうのだろうか。

 そうなる事を予期していながらこうも気分が悪いのは同属嫌悪に違いない。

 ハサンの視界が私の居る場所へと近付いてくる。

 コツコツコツとゆっくりとした靴音が近付いてくるのが分かる。

 

『皐月』

『ああ。仕方ない』

 

 皆まで言われずとも分かる。位置的に限界だ。責任を取るとしよう。

 ごそりと身を起こし、服についた枝葉を払う。

 山門の下で、物音に気が付いた葛木が足を止めこちらを見上げていた。

 

「……間桐か」

「ええ。こんばんは葛木先生」

 

 足早に石段を下り葛木の前に立つ。葛木はシャツで乱雑に縛り上げた手を隠そうともしない。鞄は血に汚れてもう使い物にはならないだろう。

 私が様子を探る間、葛木は血の気の薄い顔でじっと私の眼を見据えていた。

 

「手、出してください」

「…………見て気持ちのいい物ではない。それにもう遅い時間だ。良い生徒なら家に居なければならない」

 

 まだるっこしい。鞄を奪い取り適当に縛られたシャツを引き裂く。

 

「私は良い生徒じゃないですから」

 

 穴だらけの拳。指が千切れかけている。その拳は巌のように硬かった。

 

「痛いと思いますが我慢してください」

 

 葛木の手を握り込み魔術回路を起動する。全力での魔力使用。オドを浸透させる事で一時的に葛木の手を自身の肉体と同期、支配下に置く。

 次いで限定礼装『蟲の檻』を起動。周囲から人体を構成するために必要な全てを汲み上げ、吸収でもって葛木の傷へと集約。足りないものは自身の要素から抽出して補う。

同時に葛木ではないそれらと葛木自身の肉体に生じる齟齬を修正し続ける。

葛木の手が構造を取り戻したのを確認し、魔術基盤を切り替え、損傷した状態を正とする葛木の霊体を霊媒治療で書き換える。

綺礼程の腕が無い私には霊体からの肉体修復は不可能だが、この手順でならその真似事が出来る。

霊体と肉体両者を騙し、お互いを疑わせない事で葛木の腕は機能を回復した。三日も掛けずに元の性能を取り戻すだろう。

 

「────手、ちゃんと動きますか?」

 

 傷を失った自分の手を眺めながら閉じ開きしている葛木から距離を取って立つ。

 

「────ああ。問題ない。礼は────不要だな?」

 

 びゅ、と風を切って葛木の拳が翻った。

 既に強化を終えていた私は余裕を持ってその射程外へと逃げ出している。

 

「ええ。でも今日はご挨拶だけです」

 

 薄々察していたが、最悪のケース。葛木がキャスターのマスターである場合。

 

「そうか。夜にマスターが出会えば殺し合いになるとキャスターは言っていたが」

 

 一歩下る私と、一歩前に出る葛木。

 

「それでも、です。葛木先生にその気があればお受けしますが」

 

 どうあれ先に仕掛けたのは私だし、この先にも一手置いてある。

 

「ふむ────キャスター、どうする?」

「ふふふ、逃げられると思って? まさかのこのこと姿を現すなんてね。罠だとか少しも思わなかったの? 間抜けにも程があるわよ?」

 

 強大にして緻密。圧倒的な精度で行使された魔術が葛木の背後を歪めた。

 空間転移。最も魔法に近い魔術の一つが私の目の前で行使される。

 現れる紫のローブ。それがキャスターなのだとあらゆる状況が告げている。

 

「お前と話す事なんてない。言いたいことはあるけど、お前の言いたいことを聞く気がないからフェアじゃない。だから言わない─────葛木先生、近々ご結婚なさると聞きました。お相手はそちらの女性ですか?」

「そうだ」

 

 ゆるぎない答え。

 

「ご自身の意志ですか」

「そうだ」

 

 キャスターの洗脳下にあるはずが無い。僅かとは言えサーヴァントと打ち合える彼が、洗脳などと下らない物を受けるはずが無い。

 希薄であるがゆえに確固とした自己を持つ。

 一見矛盾した在り方は東洋の仙人のようで、少しだけ羨ましい。

 

「残念です」

「────」

 

 キャスターは鼻白み、葛木は私を見据えたまま沈黙を守る。

 

「先生はもう少し枯れた方だと思っていました。でもお祝いします」

「そうか」

 

 更に一歩前に出る葛木。しかし今度は私は下らなかった。

 

「長々とすみません。ですが最後の質問です。一成達が体調を崩している理由、ご存知ですか?」

 

 これが最後の分岐点。葛木とて私がスタンスを定める為に問いを放っているのには気が付いているだろう。

 

「ああ。知っている」

 

 そして躊躇無く葛木は是認した。

 キャスターが笑みを深くする。

 罠に嵌った間抜けな魔術師の韜晦か何かだと思っているのだろう。

 私が欲したのはその油断だ。

 キャスターにとって葛木は間抜けな魔術師を釣り上げる餌だったのかもしれないが、私にとっても同じ事。キャスターが釣り上げた間抜けな魔術師の顔を見にやってくるなら、葛木は餌として機能する。

 なにしろここは山門の前。キャスターの神殿の外だ。

 

「そうですか。残念です、先生」

「ああ」

 

 唸りを上げる葛木の両腕を見据えたまま私は動かない。

 ────本当に残念だ。

 じゃり、とその音は真上から聞こえてきた。

 

「おしまいだ、キャスター」

 

 二条の鉄鎖が槍のごとく宙を走り、正確に葛木の両腕を貫いていた。

 衝撃から立ち直る暇さえなく吊り上げられた葛木の両腕が、かかる力に耐え切れず千切れ飛ぶ。

 

「姉さん、ご無事ですか!?」

 

 桜が駆け寄ってくる。

 桜の心配は当然だ。今の私はキャスター陣営に対する囮役を買って出た無力で脆弱なただの魔術師なのだから。

 両腕を失ってなおたたらを踏むのみにとどめた葛木を捕まえ、その首に手を掛ける。キャスターに対する人質だ。

 

「葛木の止血を────ライダー、葛木の腕に令呪はあるか?」

 

 油断なくキャスターに気を配り、指示を飛ばす。

 

「いいえ、サツキ」

 

 杭から引き抜いた腕を無造作に放り、ライダーは血を払った。その顔はまっすぐキャスターを睨んでいる。

 

「あ、あ、宗一郎様、血、血が!」

 

 キャスターはこちらなどお構い無しに、ただ頭を抱え立ち尽くしている。

 ひどく滑稽だ。何故ハサンに襲われた時に現れてそうしなかった?

 今の反応を見れば少なからずキャスターと葛木の関係が良好だったのは見て取れる。それは認めよう。きっとハサンが現れたとき、直ぐにでも駆けつけ盾になりたかったのだろう。

 だが、ハサンの襲撃が必殺を企図したものでない事から葛木の死はない、と魔術師としての計算を働かせてしまった。

 ならば相手は魔術師だ。

 魔術師相手に私は情など挟まない。

 

「ライダー、キャスターの手を捥げ」

「……分かりました」

 

 キャスターは抵抗するように魔術を編むが、人質を取られ精彩を欠いたそれではライダーの速度を捉えられない。

 アサシンを侮り、山門を出てきたのが敗因。

 少し頭を働かせればそれが陽動である可能性に思い至っただろうに。

 そもそもこの策を取らねばならなかった時点で私は八割方敗北していたのだ。

 走り寄るライダーがその手を掴み上げ、力任せに引き抜いた。

 

「申し訳ありませんが…………」

 

 ばちり、と肉を絶つ音と、悲鳴。

 

「ご苦労、ライダー」

 

 無造作にその血肉の塊を受け取る。

 その甲に刻まれた聖痕を右手へと移す。じくりと焼けるような痛みが腕に走った。

 本来は慎重な手順を踏んで行うべき魔術だが、エーテル体であるキャスターの一部に過ぎないこの腕は本体が消えてしまっては長く保たない。

 

「これで私もマスターか」

「…………私をそれで縛るつもりかしら?」

 

 射殺すような視線と、背筋が凍るような殺気。

 半死体になってなおキャスターは魔術師だった。

 つまりは矜持と計算。媚びることなく、しかし背を見せれば刺す。

 

「馬鹿を言え。お前なんかに背中を見せられるか。ライダー、キャスターを殺せ」

「…………宜しいですね、桜?」

 

 欠片の躊躇もない私の命をライダーは反芻する。私はライダーのマスターではないのだからそれは当然。

 

「ええ。姉さんの言うとおりに、ライダー」

 

 そして桜が私の判断に従うのもやはり当然だ。キャスターの持つ英知は魔術師として惜しいが、生憎キャスターを縛れるほど私達は熟練した魔術師ではない。

 キャスターには目もくれず思考に耽る私を置いて、報復のチャンスすら失ったキャスターの心臓を、ライダーの杭が貫いた。

 

「ご苦労。ライダー、嫌な役を押し付けたな。すまない」

「いえ、サクラも反対しませんでしたし、サーヴァントとは本来こういうもの。サツキがもっとも危険な役を買って出た理由、理解しています」

 

 ライダーは困ったように眉根を寄せ、しかし微笑んでくれた。

 少々勘違いがあるようだが、私に不都合はない。

 

「桜、葛木の血は止まったか?」

「ええ。なんとか。それでどうしますか、姉さん?」

 

 元々血色のいい方ではない葛木だが、今の顔はまさしく土気色、という奴だった。血が足りないのだろう。

 

「言峰教会に運ぶ。葛木の腕は…………言峰ならあるいは直せるかもしれん。私が行こう。桜は今日はもう休め」

 

 桜は覚悟はあってもそもそも荒事に向いていない。今の葛木の手当てにしても普段の五割以上、魔力効率が落ちていた。

 

「でも姉さん、この時間の一人歩きは…………」

 

 遮るように右腕にある令呪を見せる。

 

「一応令呪もある事だ。いざとなったら略式召喚する」

「……わかり、ました」

 

 俯いた桜の頭を撫で、葛木を背負う。ちぎれた腕はポケットに突っ込んだ。

 

「それでいい。ライダー、桜がしっかり眠るように見張っておいてくれ」

「ええ、お任せ下さい。皐月も気をつけて」

 

 ライダーに抱えられ、あっという間に夜空に溶けた桜を見送り、背中の気配へと声を掛ける。

 

「葛木先生。キャスターは死にました。敵を討つ、というのならお相手しようと思います」

「…………気付いていたか。それはいい。お互い殺し殺され、今回は負けた、それだけだ」

 

 弱弱しいがはっきりした声を聞きながら足を動かす。

 

「…………キャスターとの結婚、偽装ではないのでしょう?」

「…………なぜ、そう思う?」

「だって、偽装なら葛木先生はキャスターを一成達に会わせたりしないでしょうから」

 

 葛木には葛木の理屈がある。わざわざサーヴァントを自身の伴侶にしたいと一般人に晒した理由は明白だ。

 

「…………私はとうに死んだ人間だ。死んだ人間には目的が無い。あれに目的を与えられれば生きた人間になれるかと思ったが、どうだろうな」

「どうでしょうね。そうはならなかったわけですし」

 

 過ぎた事だ。

 

「ああ、そうだな」

 

 葛木の声に寂しさはあっても未練はなかった。

 

「その腕を治せるかもしれない人のところまで行きます」

「聞いていた。宜しく頼む」

 

 あの技量を取り戻させる事に恐れが無いわけではないが、彼の腕は教鞭をとるためのものでもあるのだ。

 

「はい。でも、眠かったら眠ってしまっていいですよ」

「そうか」

「私は葛木先生の授業、好きです」

 

 返事は無い。眠ったのだろう。

 これで一騎脱落。

 柳洞寺が空になり、原因不明のガス爆発は無くなる。直ぐに他の陣営もこの事態を知る事になるだろう。

 

「これでもまだ動かない、というのならもういい。片っ端からマスターを殺してやる」

『おい、皐月。そうなったら殺すのは俺なんだが?』

 

 不満そうにハサンが呟く。

 

『ただの八つ当たりだ。本気じゃない』

 

 なにしろ言峰教会に足を運ぼう、というのだ。

 これくらいの愚痴ぐらいは許して欲しい。

 

 

 

 

 

 軋む扉を開くと、待ちわびていた、と言わんばかりに言峰がいやな笑顔で立っていた。大方サーヴァント脱落を知って、敗退者が現れるのを今か今かと待っていたのだろう。

 

「なんだ、一騎落ちたと思ったらお前だったか、皐月────なんてつまらない冗談はやめてくれよ?」

 

 先手を打ってその無駄口を阻止する。

 

「くくく、からかい甲斐のない弟子だ」

 

 本気で残念そうに私を迎え入れる言峰。背中の葛木を引き受けてくれた。

 

「へえ。お前、私を弟子扱いしていたのか。なんだ、お前の師匠はお前をサンドバッグにするようなキチガイだったのか?」

「────豪く気が立っているな。急いでいるのではなかったか?」

「ああ。さっき落ちたのはキャスター。それでその男がマスターだ」

 

 信者席に寝かせた葛木を見定めるように言峰が見下ろす。

 

「腕を捥いだか。令呪は?」

「…………ここにある」

 

 右手を晒す。

 興味深げに言峰がそれを眺め、頷いた。

 この男には私のみが間桐のマスターだと思わせておきたい。

 言峰が別のマスターに肩入れしていた場合、即座にそれを看破するための欺瞞。余剰令呪の使い道は考えてあるが、今は大人しく見せておくのが良いと考えた。

 

「…………いいだろう。では規定通り敗退マスターとしてこの男を保護する。さあ用も済んだだろう、帰るがいい」

 

 せっつくように肩を掴んだ言峰を、そのまま押し返す。

 

「いいや、まだだ。お前霊媒治療は得意だっただろう。これ、くっつけておいてくれ」

 

 スカートのポケットから取り出された教会には相応しくない物体に、言峰が顔を顰める。

 

「…………凛といいお前といい、私の周りには私を便利屋か何かと勘違いしている者が多すぎる」

 

 言外の拒絶。或いは対価の要求。

 

「その男は私の学校の教師だ。彼の教えは神の教えなんぞより生徒を正しく導いているぞ」

 

 事実生徒の間でも葛木の評判はいい。

 

「それがなんだ?」

「お前がその男の教師生命を救えば、間接的に神の教えによってその男は生徒を導き続ける事になる」

 

 じ、と睨むと漸く言峰は二本の腕を受け取った。

 

「…………反論するのも面倒だ。腕を繋いで元通りにすれば良いのだな?」

「よろしく頼む。ああ、それと凛も来たようだが何か言っていたか?」

 

 その背中に声を放る。凛へ漏れた情報は把握しておきたいし、私に漏れる情報があるなら取っておきたい。

 

「腑抜けているのではあるまいな? お前も凛もマスター。監督役の私がどちらかに肩入れするわけにはいかない」

「そんな事言って私の事はなんか喋っただろう?」

 

 ぴたりと足を止めて言峰が振り返った。

 

「…………お前が私をどういう目で見ているかは良くわかった。そんなに喋って欲しければ今度来た時にでも喋ってやる」

「いや、冗談だ。お前がお前自身の為にならない事をするわけが無い」

「ほう?」

 

 眉を吊り上げ言峰は先を促す。

 

「だって情報が漏れたら最初に疑われるのはお前だからな」

 

 余計な事をすれば殺すぞ、と脅しておく。

 

「…………なるほどな。さて、私はこの男の治療に忙しくなる。お前はもう帰れ」

 

 もちろんこんな脅しなどこいつには意味が無い。

 淀みなく葛木を抱き上げた言峰を尻目に身を翻す。義理も用も済んでしまった。

 

「そうするよ。それじゃおやすみ言峰」

「ああ。おやすみ皐月。精々生き足掻くがいい」

 

 なんだかんだで返事をしてくれるのだから、割と良い師匠には違いない。




きっと構成に問題があったんだ。
僕は悪くないよ。構成したの僕だけど。

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