蟲の女王   作:兼無

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 木々が生い茂る郊外の森でタクシーを降りる。

 この辺りには何も無いが、この森の奥に城があるとかないとかいう都市伝説があるため興味本位でこの森を探索する者はたまにいる。

 すこぶる不本意だがわたしもその手合いだと思われたらしく、タクシーの運転手は物好きを見る以上の視線を向けてこなかった。

 まあ、前のサイドカーを追ってくれなんて台詞を吐いたのだから、その勘違いは妥当と言えるか。

 

「それにしても、何を考えてるのかしら」

 

 吐き捨てるような愚痴は間桐皐月に向けたもの。

 何かしらの考えがあると思っていたが、ヴェルデを出るなりすぐに桜と別行動を取った。

 魔術師としての格はともかく、数を活かす戦略ならば桜の側を離れるのは得策ではない。現にこうしてわたしが桜を追っている。

 予見出来ないとは考えにくい。何しろあの女はキャスターを打倒したのだ。わたしは綺礼からそう聞いている。

 そして桜達が向かった場所。

 嫌な予感がする。

 

「何が言いたいんだ、リン?」

 

 実体化して周囲に気を配っているアーチャーが顔も向けぬまま尋ねてきた。

 

「良い機会だから教えておくけど、この森を奥深く進めばアインツベルンの城があるの。バーサーカーのマスターはそこに居を構えているはずよ」

 

 あれだけのサーヴァントを従えていればこそこそと身を隠す必要もないだろう。きっとこの奥の城で悠然と来訪者を待ち構えているに違いない。

 

「なるほどな。リンの懸念はそこか」

「ええ。最悪はアインツベルンと間桐の同盟よね。でも、あのイリヤスフィールが同盟なんて必要とするとは思えない」

「それは同感だ」

 

 一度だけの邂逅だったが、彼女は自らのサーヴァントの強さを狂信していたし、バーサーカーもそれに見合う強大さを見せた。

 それにアインツベルンと同盟を組む事もメリットばかりとは言えない。

 最終的に聖杯を手にする者は一人なのだから、バーサーカーを打倒しうる手立ての無い者がバーサーカーと同盟しても敗北の先延ばしにしかならない。

 いずれはバーサーカーを打倒しなければならないという足枷は外せないのだ。

 

「それにしてもあの女、ほんとにイライラするわ」

 

 間桐皐月。桜の義姉。後継でもないくせに魔術を志向する。才があるならばそれもいいだろう。優秀であるなら新たに家を興す道も残っている。

 だがあの女は桜に家督を奪われている。

 無能ならば無能らしくしていればいいのに、わたしと対峙し、あまつさえ対等であるかのように振る舞う。

 いや、先の昼食ではむしろわたしを見下してすらいた。

 理で測れない行動は疑念を呼ぶ。無視していい引っ掛かりではないが今は置くべきことも理解している。

 なにしろ苛立ちの原因がそれだけではないことなど承知しているのだから。

 間桐桜。わたしの妹。

 私はすでに桜の姉ではなく、また桜には遠坂の家訓など関係ないのだが、それでもああして周囲の顔色を伺っている様は我慢ならない。

 これから相対するのはそういう相手だ。片付かない感情は思考を鈍らせる。

 戒めるべく殊更気合を入れていたところ、何かに鼻をぶつけた。

 

「ちょっと、急に止まらないでよね」

 

 何かと思えばアーチャーの背中だった。

 自分の不注意を恥じつつも、ごまかし交じりに文句を口にしてしまう。

 しかし普段なら軽口交じりに嗜めてくる相棒は、黙したまま動かない。

 その眼は木々の向こう、ただ一点を見据えていた。

 

「出て来い」

 

 アーチャーの警告。殆ど間を置かず、

 

「遅いですよ、遠坂先輩」

 

 桜が木の陰から現れた。

 側に控える眼帯の女。あれが桜のサーヴァントなのだろう。

 アサシンならばわざわざ姿を現すまい。ならばライダーか。

 

「────間桐さんこそ随分と逃げまわるじゃない」

 

 衝撃を受けた自身を叱責する。桜は間桐の人間でマスター。わたしとは敵同士。分かっていたはずだ。

 

「しつこく付け回されたら普通逃げますよ。一体何の御用ですか?」

「遅いですよ、なんて言っておいて変な事を言うわね。結局わたしを待っていたんじゃない」

 

 何かしらの考えがあるのは明白。

 いいだろう。乗ってやろう。

 くだらない企みで打破できるほどわたしが甘くないと言う事を教えてやる。

 

「あはは、鋭いなあ。ええ、すこしお話しでもできないかと思っています」

「話? そんな迂遠な事をする必要がどこにあるのかしら?」

「どういう意味でしょう?」

 

 わたしは疑っている。

 キャスターが柳洞寺を根城にしていることはわたしも掴んでいた。

 衛宮君の怪我と未熟、セイバーとアーチャーの不調を差っ引いても、セイバー、アーチャーを手駒として動かせる状況にあり、かつ管理者として魂喰いをするキャスター討伐の大義を持ったわたしはそれでも実行をためらった。

 アサシンと並びもっとも脆弱なクラスとされるキャスターだが、それは飽くまで状況次第。燃料たる魔力に制限のあるセイバーと、セイバーにばっさりやられたアーチャーを駆り、十全な魔力を確保したキャスターの陣地へ踏み込むを良しとしなかったのだ。

 目の前のサーヴァントが圧倒的な性能を誇るというならばともかく、間桐皐月がキャスターを出し抜く策謀を巡らせたとは考えにくい。

 つまりは単純に更なる戦力を保有しているという疑念だ。

 マスターであるというのなら、間桐皐月の妙な強気にも納得がいく。

 候補として挙げるならばランサー。序盤の妙な思い切りの悪さに間桐皐月のいやらしさを感じる。

 

「言葉通りの意味よ。貴方達はキャスターを討伐するだけの力を持っている。それなのにわざわざ険悪なわたしと会話を持ってなにか有意義なことでもあるのかしら?」

 

 自らに利益の無い行為はありえない。魔術師は総じて利己主義なもの。

 桜が得る利益をはっきりさせないことには、取引など成立しないのだ。

 

「お昼に話しかけてきたのは遠坂先輩ですよ?」

「ええ。それは貴方のお姉さんが台無しにしてくれたけど。それに話と言ってもマスターとしての会話はあの女の方から蹴ってきたじゃない。確か貴方もそれに従ったと思うのだけれど」

「それは仕方のない事ですよ。あそこで反発しては疑念を抱かせてしまいますから」

 

 小手調べ程度の会話に唐突な切り込み。

 ブラフかと窺った桜の顔には暗い笑みが張り付いていた。

 わたしの知らない桜の顔。

 

「疑念、ねえ。その言い方だと貴方は間桐の家の方針には表向き従っているだけという風に聞こえるのだけど」

「そんなことは姉さんには関係ないでしょう?」

 

 ────確かにわたしを姉さんと呼んだ。ただそれだけの言葉で思考が停滞する。

 

「単にわたしはお話をしにきただけですよ」

「それが分からないって言ってるのよ。ほぼ全てのサーヴァントは知れて、決定的な争いは貴方達とキャスターの一回だけ。交換するような情報はないと思うけど。それとも貴方のサーヴァントの情報でも教えてくれるのかしら?」

「まさか。そんなつまらない話じゃないです。間桐臓硯と皐月の殺害を条件に、わたしを戦力として提供する。どうです?」

 

 理解が追いつかない。

 

「…………桜、あんた一体何を言って」

「姉さんに理解してもらうのは難しいと思いますよ。好きなようにとって貰って構いません」

 

 桜の表情は変わらない。

 ただ仄暗く微笑んでいる。

 

「…………質問は受け付けるのかしら?」

「ええ。もちろんです」

『アーチャー?』

『まさか受ける気じゃなかろうな。不自然な点が多すぎる。ただでさえ君は不安要素を抱えているんだぞ』

『そうじゃなくて、ゆさぶれそうな質問を考えてってこと』

 

 桜の言っていることは無茶苦茶だ。傍目にも間桐の人間は歪んでいるように見えるが、家族仲が悪いようには見えない。少なくとも互いの死を望むような関係ではないだろう。

 ただ一方的に質問できる状況は旨い。桜が本気なら回答を拒否することは無いからだ。提案が流れる可能性を考えれば余程の事以外桜は答えるだろうし、ブラフだったとしてもそれを真に見せるためある程度カードは切ってくるはず。

 

「桜、まず確認しておきたいんだけど、条件に加えなかったということは貴方は聖杯いらないのね?」

「はい。わたしには必要ないものですから」

「サーヴァントもそれを了承している?」

「どうでしょう、ライダー、反対する?」

 

 夕食の献立を聞くような気軽さ。

 

「…………サクラが考えてのことなら従います」

「だそうですよ、姉さん」

「二つ目。肉親を排除する理由」

「うーん、端的に言えば邪魔だからですが、そうですね、魔術師として生きていく上で障害になる、と答えておきます」

 

 現当主を打倒しようというのは分かる。家督を欲しての事だ。だが、間桐皐月を排除しようというのはどういうことだろうか。

 聞けば聞くほど分からなくなる。そもそも全てが嘘である可能性もあるのだ。

 そんな嘘を吐くメリットが見えないが。

 目配せでアーチャーが頷いた。

 

「では私からも聞いておこう。間桐皐月はマスターなのか?」

「さあ。少なくともわたしは知りません。違うと思いますけど」

「へえ、じゃあ貴方達のお姉さんは生身でキャスターを打倒したと」

 

 わたしは綺礼からキャスターを打倒したのは間桐皐月だと聞かされた。あいつがそんなつまらない嘘を吐くとは思えない。

 

「…………言峰神父ですね。大方嘘でも掴まされたんでしょう」

 

 同情するような物言いの桜。

 

「どういう意味よ? 確かに綺礼は間桐皐月にキャスターの消滅を聞かされ、そのマスターの身柄を預けられたと報告してきたわ────それと断っておくけれど、この報告は魂食いを行った主従の処置に関するセカンドオーナーとしての業務連絡として受けたものよ」

 

 管理業務に託つけて半ば強引に綺礼から聞き出したことは伏せておく。

 知られてもメリットにはならない。

 

「それは不正確です遠坂先輩。姉さんが葛木先生を教会へ運んだのは事実ですし、キャスターの打倒において大きな役割を負ってくれたのも事実です。ですがキャスターを消滅させたのはこのライダーですよ」

 

 わたしも頭から綺礼を信用しているわけではない。

 綺礼が嘘を吐かずに内容を誤認するような物言いをするのは確かだ。信用するわけではないが筋は通っているので頷いておく。

 

「へえ。じゃあ間桐さんはマスターになれなかった姉を扱き使ってるわけね。大したものじゃないの。ますます間桐皐月を殺したい意味がわからないけど?」

 

 半ば本気で嫌味を混める。感情的になった人間はえてして言葉をコントロールしそこなうものだ。ぽろりと漏れる本音に期待する。

 

「そう思われても仕方ありませんが────魔術師としての性能でわたしに劣っていたとしてもわたし如きの意のままになるような人ではないんです。困ったことに」

「そうか。ではもうひとつ。話を持ちかける先にセイバーのマスターではなくリンを選んだ理由を聞かせて貰いたい」

「…………先輩は優しいですから。多分反対すると思います」

 

 それはそうだろう。

 あの男が人を殺す手伝いなどするわけがない。

 

「まあ大体話は分かったわ。でも今わたしには貴方の戦力なんて必要ないの。衛宮君との同盟も有ることだし、訳の分からない条件付きの同盟を結ぶメリットが無い」

 

 わたしの言葉を受けてアーチャーが身構える。

 応じるようにライダーが桜の前に出た。

 

「でしょうね。遠坂先輩ならそう言うんじゃないかと思ってました」

 

 しかし桜は身を翻した。

 正しい判断だ。この場で争うべきではない。だからこれは蛇足だ。

 

「待ちなさい、このまま帰れると思っているの?」

「帰れますよ。だって遠坂先輩は姉さんがマスターではないかと疑っているんでしょう? ましてここはアインツベルンの庭。バーサーカーの乱入を考えればこの場で争うのは得策では無いと思いますけど」

 

 そう。桜はわたしを疑念で縛ろうとしている。

 すべてを無視して打ち倒すのがわたしの在り方なのだが、バーサーカーに関してはこの話題に関係なく発生する危険。

 

「それで、どうします、遠坂先輩?」

 

 振り返った桜の言葉に先の剣呑さはない。

 

「どうってどういうことかしら?」

 

 言いたいことは分かるが確約を取っておくべきだ。

 

「アインツベルンのバーサーカーと正面から戦いたい、というのならそれまで暇つぶしにお付き合いしてもいいですが、避けるべきと思うならここでわたしは失礼しますよ、と、そういうことです」

 

 読み通りの内容。しかし、ここで桜の底を暴いておきたい。

 

「あら、そんな事を言って逃げ出したいのは桜の方じゃないの?」

「おっしゃっている意味が分かりませんが」

 

 論拠を明かさない事で困惑させる。

 

「だって貴方のお姉さんは今ここにいないでしょう?」

 

 それはまず間違いない。よしんば間桐皐月がマスターだったとして、サーヴァントだけを桜につけた可能性はあるがそれでも。

 

「……ええ、姉さんは外していますよ。回りくどい話はやめ────」

「キャスターの件を聞けば仕掛け人が間桐皐月である事は察せるわ。彼女の指示にこの状況は入っていたのかしら?」

 

 そして鎌掛け。

 サーヴァント二騎を的確な戦略で操るならば間桐陣営は脅威だ。わたしとて衛宮君との同盟を組んではいるものの、半人前の面倒を見てやっているに等しい。

 間桐皐月がそうであるならば、積極的な排除も視野にいれる。あの女は魔術師としての性能は兎も角、危険でなにより気に食わない。

 

「ふ、ふふふ。下らないですね、遠坂先輩。間桐の当主はわたしでも兄さんでも、姉さんでもないんですよ?」

 

 ぞわりと桜の周りから影が溢れる。キチキチと鳴くその羽虫のような影はどこかで見たような姿をしている。恐らく直接的な魔力で散らさなければ、あれらはあらゆる障害をすり抜けるだろう。

 握りこんだ宝石に力を籠める。

 

「それが何よ?」

「…………姉さんもお父様と同じで魔術師なんですね。吐き気がします────ライダー、帰りましょう」

「はい、サクラ」

 

 あの子はもう遠坂ではない。分かっている。でも。

 

「ちょっと待ちなさい、今のどういう意味よ?」

 

 何故そこで父が出てくるのかわたしにはまるで理解できず、

 

「だからですよ、遠坂先輩」

 

 ライダーの腕に抱かれた桜は問いに答えることなく、あっという間に姿を消した。




ようやく書きたかった話っぽくなってきました。
また横道に逸れたりするんだろうけど。

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