蟲の女王   作:兼無

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二次創作を読みあさっているうちに原作の流れを忘れることってありますよね。


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『しかし、困ったな』

 

 慎みなくベッドに転がりながら、ハサンに話しかける。愚痴のような物だ。

 

『困るような事があったか?』

『ああ。何しろお前は暗殺者だ。一撃必殺を旨とし、マスター殺しが運用の大前提になる』

 

 ハサンは黙って私の言葉を聞いてくれている。

 

『凛は────あの赤いサーヴァントのマスターだが、出来れば殺したくない。ランサーのマスターは引き篭もりだし、キャスターのマスターは不明だ。残るは二騎だが、どちらも手がかりがない。お前、今日どこまで探索した?』

『新都と御山町はほぼ全て見て回った。入れ違いになっていなければまず間違いなくその周辺にはいないな』

『アインツベルンの本拠は郊外の森の中だから除外するとして、うまくお前の目を逃れたのが、三騎。うち遠坂のサーヴァントは遠坂についていたから除外してニ騎か。サーヴァントの技能は当然だが、マスターの戦略として姿を隠しているなら厄介だ』

『…………考えすぎじゃないか? 優れた者が居ないなら楽でいいが、その程度を弁えていない敵ならそもそも相手ではない』

『そう、だな』

 

 自分の思考で体を縛っていては話にならない。ある程度臨機応変に対応する必要があるか。

 そんなことを考えていた時だった。

 ちり、と刻印虫が疼いた。爺様が町中に放っている監視用の蟲がサーヴァントとの交戦にかち合ったようだ。

 

『皐月、どうかしたか?』

『ああ。サーヴァントが交戦中だ。案内をつけるから見てこい。私が行っては間に合わんかもしれん。気配遮断したまま視覚の共有は可能か?』

『問題ない』

 

 目を閉じると同時、飛ぶように流れる景色が脳裏に流れ込む。

 跳ねるように家屋群を駆け抜け、揺れたマナを追ってハサンが走る。

 想定していたよりも距離がある。結界こそ有るようだが、これはかなり本気でやりあっているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衝突は突然だった。

 ただでさえ平常でない心を更にかき混ぜられたような拠り所の無さに思考は定まらず、ただ帰巣本能に従って足を動かしていたに過ぎない。

 だから、

 

「こんばんは、お兄ちゃん」

 

 なんて急に掛けられた言葉の意味なんか深く考えられるわけもなく、真っ白な少女の隣に立つ、巌のような巨人の気配に体が固まってしまったのもしかたがないのかもしれない。

 

「シロウ、下がってください!」

 

 雨合羽を脱ぎ捨てたセイバーが前に出る。

 

「アーチャー、セイバーの援護を」

「心得た」

「衛宮君、下がって!」

 

 俺以外の全員は成すべきことを理解していて、俺はただ遠坂に襟首を掴まれて後ろに引きずられただけだ。

 突然現れた青タイツに殺されかけ、やっぱり突然現れた少女が俺を守ってくれた。セイバーと名乗る少女は何故か深夜に彷徨いていた遠坂を殺しかけるし、遠坂の怒りは何故か俺に向かう。

 なんとか説明は理解したが、納得はしていない。

 モヤモヤしたものを抱えたまま教会に行っててみれば、十年間抱えた俺の目的は悪を望むものだなんて笑われる。

 そんなはずはないのだ。なにせ親父は本当に嬉しそうで。あんなふうに笑えるなら間違った望みであるはずがない。

 

「ちょっと、衛宮君、しっかりしなさい!」

 

 そうだ、しっかり、しっかりしなくては。

 セイバーが巨大な石斧に弾き飛ばされる。

 アーチャーの援護は巨人の肉体の前にほとんど意味を成さない。

 

「セイバー、大丈夫か?」

「問題ありません、ですからシロウは────」

 

 言いかけて弾かれたようにセイバーは動いた。

 

「セイバーの邪魔をしない!」

 

 再度バーサーカーへと向かうセイバーの背を目で追いながら、遠坂に頬を張られる。

 

「死にたくなかったらそこで大人しくしてなさい!」

 

 死にたくない。当然だ。

 でもそれ以上に、セイバーの、女の子の影に隠れて守られているだけなんて、我慢ならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーサーカーとセイバーが打ち合う度にハサンの視界が揺れる。

 結構な距離を取っているはずなのにその振動がハサンにまで伝わっているのだ。

 

『凄いな、これは』

『バーサーカーの相手は万に一つもできんな。マスター殺しであれば俺にも勝機があるが』

『視野には入れている。欲を言えばあれにサーヴァントを間引かせたいところだが、あれを打倒出来る者には残ってもらわねばなるまい』

 

 宝具次第ではあるが、三騎士には期待できる。

 さておき衛宮がマスターだったのは意外だ。遠坂が側にいるということは師弟だったのだろうか。もしそうならアーチャーとランサーの一戦を側で見ていた理由にもなる。

 いや、それならば桜とて気がつくはずだし、気絶した弟子の世話を私に任せはすまい。

 恐らくは衛宮の不甲斐なさにおせっかいを焼きたくなったと言うところだろう。

 ともあれこれでキャスター、ランサー以外の主従が知れた。

 遠坂・アーチャー、衛宮・セイバー、アインツベルン・バーサーカー、桜・ライダー、そして私がアサシンのマスター。

 キャスターは所在を把握しているので問題ない。陣地を構える以上余程のことがなければそこから動くまい。故に問題はランサー。

 アインツベルンがランサーのマスターでなかった以上、外部の魔術師、あるいは数合わせに巻き込まれた一般人がマスターであると考えるのが妥当だ。

 外来ならホテルを当たればいいとして、一般人となるとマスターは出てくるまい。

 ランサーは弁えているようだったし、一般人がマスターなら隠れているよう言い含めているはずだ。

 

『ランサーだけは真っ向勝負する必要があるか』

『…………やれというならやるが、勝算は薄いぞ?』

『分かっている。適当にぶつかって消えてくれれば有難いが』

 

 ハサンの視界では既に決着がつこうとしている。

 セイバーは血を流し倒れているし、アーチャーの矢は役に立っていない。

 バーサーカーがとどめを刺そうとセイバーに岩斧を振り下ろし、

 

『────馬鹿かあいつは』

 

 あろうことか衛宮がセイバーを庇った。遠めにも致命傷でざっくりと腹が裂けている。

 あの傷では助かるまい。

 拾った命を無駄にするとは正気の振る舞いではない。

 何にせよセイバーの敗退は堅いか。

 興が削がれたとでもいう顔でアインツベルンが退く。遠坂とセイバーが衛宮に駆け寄るのを確認してハサンに呼びかける。

 

『ハサン、もういいぞ』

『わかった』

 

 死ぬか生きるかは衛宮の運次第だろうが、もし死ぬようなら桜が悲しむな、とただそれだけを思った。

 ハサンの撤退を確認して目を開ける。

 目を開けると腹が減っていることに気が付き、夜食でも食べようと部屋を出る前にふと窓の外が気になったのは、だからただの偶然だ。

 

「…………なんだっていうんだ」

 

 ちら、と見ただけだというのに男はこっちに気づいてニヤリと笑う。

 青い軽装鎧と赤い槍。見間違えるはずもなかった。

 弾かれたようにランサーが飛ぶ。ライダーの強襲だ。

 

「姉さん、ライダーがサーヴァントが来たって────」

 

 ノックもなしに桜が部屋に飛び込んできた。

 

「ああ、ここから見えている」

 

 ライダーの繰り出す杭をランサーは容易くいなしていく。

 

『皐月、何かあったか?』

『ああ。家の前でライダーとランサーが戦っている。気配遮断はしっかり頼むぞ』

 

 それはつまり参加するなということ。

 

『心得た』

 

 ハサンは当然だと言いたげに応えてくれる。

 

「桜、ライダーの援護をしなくていのか?」

「ライダーが必要ないと。やっぱりわたしも行ったほうがいいでしょうか?」

 

 戦いの経験など無かろうが、桜の魔術師としての技量はライダーの援護に十分だ。しかし、どうにもランサーにはやる気が無いように見える。

 

「いや、ライダーがいらないって言うならいいんじゃないか? 私は爺様のところに行ってくる。しっかり見ておけ。ライダーの動きを支える援護の手段を今のうちに組み立てておくんだ」

「はい、わかりました」

 

 返事はあったものの、桜は窓の外から視線を動かしていない。

 言うまでもないことだったかと自嘲しつつ、爺様に今見た全てを伝えに向かった。

 

 

 

 ひと通りを話すと爺様は満足気に喉を鳴らした。

 

「そうかそうか。では引き続き遠坂と衛宮の監視を頼むぞ、皐月。その様子では同盟を組みかねんからの」

 

 それも衛宮が生きていればの話だが。

 もちろん爺様とて分かっているだろう。生きていればという前提での話と取った。

 要するにその矛先がこちらに向かぬように調整しろという事だろう。

 

「組ませてバーサーカーと潰し合わせるのが良さそうだ」

「うむ。バーサーカーにキャスターを潰させ、そのバーサーカーを遠坂達に討たせる。しかるのちに遠坂なり衛宮なりを人質に二人の令呪を破棄させ、ライダーでランサーを潰す。これが理想型じゃな」

 

 そうなれば間桐の必勝は揺るがない。が、クリアすべき問題は多い。

 

「あとはそうなるように手を加えていけばいい、か。幸いアインツベルンは衛宮に因縁があるようだったが、爺様は何か知っているか?」

「何、衛宮は元々アインツベルンに雇われて第四次聖杯戦争に参加したのじゃ。小倅には大した教育をしておらぬようじゃったが、あれの義父は衛宮切継、魔術師殺しと呼ばれた暗殺のプロでな。大方裏切りの制裁というところじゃろうて」

 

 ふと脳裏に十年前見た男の姿が蘇り、左腕が疼いた。

 あの無表情な男がきっとそうなのだろうと確信する。あの男に育てられてどうして衛宮の人格になるのか少々疑問に思わないでもなかったが。

 

「では遠坂達がアインツベルンに向かう際はそれとなく助力するとしよう。今日の一戦を見るにバーサーカーの打倒は容易くなさそうだからな」

「許可しよう。が、手札は切らせよ。疲弊させるほどこちらは有利になることを忘れてはならんぞ?」

「わかっているさ」

 

 勝ちの目筋が立ってきた事で爺様も気が急いているのだろう。分かりきった助言は裏返せば自分を落ち着かせようという戒めだ。

 気持ちは分からなくもない。五百年の願いについに手が届こうというのだ。

 

「爺様、約束は覚えているだろうな?」

「もちろんじゃ。不老を得てなお惜しんだりはせぬ」

 

 覗きこんだ爺様の目はいつもと変わらず淀んでいて、その真意は分からなかった。

 

 

 

 部屋に戻る前に書斎へと寄ると、先客があった。

 魔術関連の本は当然だが、その他雑多な書籍がこの部屋にはある。私は前者にしか用がないが、どうやらライダーはそうでもないらしく、召喚されて以来この部屋にいることが多い。

 私の入室と同時、ライダーはバイザーで目を隠した。

 

「サツキですか。必要なら外しますよ?」

 

 気を利かせて立ち上がったライダーを手で制す。適当な一冊を自室に持ち帰るだけなので必要ないし、本を読むだけならばライダーが居ようと問題ない。

 ────いや、あのバイザーの下にある眼が盲ていないのであれば、必要なのかもしれないが。

 ライダーは桜のサーヴァントだ。桜の真意が分からない以上ある程度警戒しておく必要が有る。なにしろ爺様は、いや間桐は桜にひどいことをしたのだから。

 

「いいや、本を取りに来ただけだ、気を使うな。それにしても早く終わったな。ランサーは退いたか?」

 

 殊更ライダーを見ないままに、書架を物色する。

 

「ええ…………サツキはランサーが退くと知っていたのですか?」

 

 知りえぬ情報は、知っている事を悟られた時点で意味を失う。私は細心の注意をはらって言葉を選んだ。

 

「まさか。家の前、それもマスターを守りにくい状況下、ライダーは背後を気にしなければならない一方でランサーはその必要がない。それじゃあ攻める側のランサーと拮抗できない。にも関わらずライダーがここでのんびり出来ているってことは、ランサーがとんでもなく弱いか、やる気がないかってところだ。でも前者はない」

 

 校庭での一戦はそんな物ではなかった。

 もちろんとんでもなくライダーが強い可能性もあるけれど。

 そういうとライダーは笑って否定した。

 

「なるほど、皐月は一度ランサーが戦うところを見ていたのですね」

 

 ライダーの語調に変化はない。

 私も目当ての本は見つかった。これ以上の長居は無用だろう。

 

「ああ。それじゃおやすみ、ライダー」

「はい。おやすみなさい」

 

 

 

『皐月、無事だったか』

 

 部屋に戻ってベッドに転がるとすぐハサンから念話があった。

 

『ああ。やっぱりランサーはあっさり退いたよ』

 

 途中からだが見ていた、とハサンは言う。

 どちらにせよこれでランサー陣営が取っている戦略が見えてきた。

 

『最早決まりだな』

『戦力査定。間違い無いだろう。私達と同じ眼でこの戦争を見ている人間がいる、ということだ』

 

 一対一で撃破可能なペアを最後に残す事を念頭に置いた、戦力調査。最終局面での使用に信頼の置ける宝具を所持していると判断すべきだ。

 あとは打倒可能なペアのみを残し、他が脱落するようにうまく誘導する。

 私とアサシンが取っている戦略にかなり近い。

 

『ランサーの主従は厄介だな。マスターの立案だとすると、巻き込まれた一般人だというのは甘い見積もりかも知れない』

『厄介事は多いぞ。柳洞寺のキャスターは長く放置できない。バーサーカーはいささか強力過ぎる。アーチャーとセイバーの主従は────セイバーのマスターが生き残っていればまず同盟を組むだろう。何しろバーサーカー相手に単騎で伍す無茶を身を持って知ったわけだ』

 

 つまりどの敵も厄介ということになる。

 勝手に潰し合ってくれる事を期待してはいるが、キャスターとランサーはそう簡単には動くまい。

 バーサーカーとアーチャー・セイバーはその優位を以って他陣営を攻めてくれそうではあるが、

 

『弱いところから攻めるのはセオリーだよな』

 

 現状目に見えた脅威を発揮しないライダーはどの陣営にも与し易く映る可能性がある。

 少なくとも今私が持っている情報だけで判断すれば、私ならライダーから崩していく。

 

『ああ。今のうちに訊いておくが、ライダーが斃れるのと俺と皐月が参加者だとバレるのどっちがマシなんだ?』

 

 それはライダーを援護して真っ向から戦う手も選択肢にあるのか、という問い。

 

『そんなもの、どっちも最悪だ。が、そうだな、ライダーと共闘するとなれば最悪お前を正面から敵サーヴァントに宛てる事になりかねない。総戦力で他陣営全てを上回っていれば露見しても構わんが、そうでないならば、お前に頼ったマスター殺しに戦略を絞ることになる』

 

 取れる最善手としては今のところこんなものだろう。

 

『覚えておく』

 

 ハサンに反論はないらしく、会話はそれで途切れた。

 それにしても情報では優位に立っているはずなのにこうも気が休まらないのは一体何故だろうか。




話が進展しないのは仕様です。

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