我が主君はひとでなし   作:昆布たん

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前々からこのすばのプロローグとして溜め込んでいたものを見切り発車でぶちまけました。


序幕:彼の境遇

 時は戦国時代の末期。

 大名や領主に仕え、また独立して諜報活動、破壊活動、浸透戦術、謀術、暗殺などを生業としている忍者と呼ばれる者たちがいた。

 彼等は決して他の者に正体を知られることも無く、日の目を浴びずにひっそりと裏の世界で暗躍する。

 そんな忍者が稼業のとある家で、一人の赤子が生まれた。

 男しての性を受けたその赤子も、物心がつき始めた頃には例外なく父親から過酷な修錬を強いられ、くる日もくる日も睡眠や食事に行水をする以外は休むことなくひたすら鍛錬に励むことで忍者としての知識や技術、身体能力を磨き上げていた。

 彼の家は同業の中でも極めて優秀な忍者が生まれる家系とされ、その修錬の内容はどれも死より恐ろしい苦痛や辛さを伴う道理を外れたものばかりであった。

 その為、父親は彼に対して僅の愛情も持たぬどころか、名を与える事もなくただ最強の道具として磨き上げることに囚われていた。

 彼は、父親から暗殺、諜報、拷問、性技……ありとあらゆる知識、技術を体と脳に教え込まれた。

 中でも取り分け父親が力を入れて教え込んだのは、夜の務めや、敵の捕虜となった際、拷問を耐え凌ぐ訓練であった。

 彼は生まれつき容姿が両性的で細くしなやな躰つきの為、異性同性問わず誰もが目を惹く様な魅惑を秘めていた。

 その為、彼が齢七つの時には、既に家で仕える老若男女の使いを相手に夜伽の研鑽を強いられいずれの貞操も失う事を余儀なくされた。

 今まで当主の子として丁重に彼へ接していた使い達が、夜はよがる雌犬のように、又は飢える獣のように彼の体を一心不乱に夜明けまで貪り続け、それに抵抗を示すどころか、彼は嫌な表情をおくびにも出さずありのまま受け入れ、ひたすら相手を悦ばせる為の性技を頭と体に叩き込んでいった。

 この時から彼にとって性交とは、ただ任務を円滑にこなす手段の一つに過ぎぬ行為となる。

 拷問の訓練において彼は父親から、人としての扱いを他人から受ける事などお前には許されないと、完全な道具へ近づける為に喉を切除され、言葉の交わりを一切禁じられた。

 それでも彼は逃げることも弱音を吐く事もなく、ただ言われるがままに父親の命に無心で従い続け、これが自分の定めであり、忍者となる為己に必要な試練であると自分へ課し、信じて取り組み続けた。

 

 

 十の誕辰を迎えたと同時に、彼は一人前の忍者としての皆伝を受けると、家族としての関係を断ち切られそのまま家を出た。それが、彼の家系が代々受け継ぐ儀礼であるからだ。

 彼は様々な町や村を周り、大名や領主からの信頼を得ると次々に依頼をこなしてはその場へ髪の毛一本の形跡すらも残さずに、通り風の如く、誰一人の目にも止まらぬよう静かに立ち去った。

 

 

 そんなある日、彼はとある町で運命的な出会いを果たす。

 彼はある大名から諜報活動の依頼を受けて他の町の領主の懐へ取り入り、知り得た情報を逐一依頼主へと報告する任をこなしていた。

 しかし、その領主や家族の優しい人柄に触れていくうちに、あたたかな安らぎと、この領主の側でずっと仕えていきたいという本当の忠義心が、彼の中で徐々に芽生え始めていた。

 こんな言葉も交わせない得体の知れぬ輩に、食べる物や住む場所まで分け与え、尚且つ名前まで与えてくれた領主を、彼は一生守り続けると心に誓った。

 領主もそんな彼を我が子のように思い、領主の妻と実子も彼を家族のように受け入れていた。

 この町の生活にもすっかり慣れた頃、領主から彼にある物が贈られた。

 

「ほら、これをやろう。鈴の付いた首紐だ。私の子供にも同じ物をくれてやったから、お前達だけのお揃いだな」

「わーいっ。おっそろーいおっそろーい!」

 

 領主の手から渡されたその首紐を、彼は両手の平にすくい乗せじっと眺め続ける。

 そんな物珍しそうに目を丸くさせた彼の傍を、領主の子供がとても嬉しそうにはしゃぎながら跳ね回っていた。

 

「なあ……お前さえ良ければ、私達の本当の家族になってはくれまいか? 妻も子供も、私と同じようにそれを望んでいる」

「この人の言う通りよ。私達は、貴方と出会ってとても幸せな毎日が送れてるの。もし受け入れてくれるなら、了承の返事としてそれを首に着けて貰えたら嬉しいわ」

 

 そんな二人の言葉を受け、彼は何とも表せない感覚が胸の内よりこみ上げると、目の端からみるみる涙を零し始めた。

 この時、彼に初めて感情が生まれたのだ。

 彼は未だ涙を流しながら首へ紐を結び付けるとゆっくりその場へ片膝をつき、そのまま頭を深く下げ、心からの感謝と敬意の念を三人へ示す。

 

「ありがとう。これからも宜しく頼むぞ、────」

 

 領主が感謝を述べて名前を呼び上げると、彼は頭を上げて頷くと共に、心の中である決心を下した。

 

 

 

──✳︎──

 

 

 

 数日後。

 彼は久しぶりに忍び装束へ袖を通すと依頼主の下に直接赴き、これ以上の任務を行わない旨の文言をしたためた文書を渡す。

 

「……なに? 任務を中止したい、だと?」

 

 じろりと睨みつけるように問う依頼主へ、迷う事なく頷きで返す。

 

「それは困るな。あれにはまだまだ知らぬ事がある故、貴様にはもう少し動いて貰わねばならぬ。でなければ、何のために奴の懐へ潜り込んで貰ったと思うておる? それに、貴様等忍者に任務を止める権限などあるわけが無かろう。身の程を知れ、ただの道具風情が……分かったのなら、さっさと戻ってより多くの情報を集め知らせろ」

 

 依頼主の却下を受けてなお、彼はその場から動こうとはしない。

 

「……そうか。ならもう貴様に用は無い。他の者に継がせ、事が終わり次第あの領主の寝首を掻いて町を我が支配下に置くだけのことよ。ああ……任を降りた者に聞かせる話などでは無かったな」

 

 その瞬間、彼の中に憤怒の感情が生まれた。

 強く握り締めた拳の中から僅かな血が滴り落ち、彼は今まで見せた事の無い激しい表情を依頼主へと向ける。

 

「ふむ。こんな道具にもまだ心が残っておったとは驚きよ。能天気な奴らに絆されるなど、忍者の名を語る資格も無し。情報を持ち帰られても面倒だ……出合え」

 

 依頼主の号令を合図に、天井や障子、襖に床の下から同業と思われる者たちが彼を囲むように姿を現す。その数、凡そ十数。

 各々が全国から寄せ集められた精鋭である事は、彼の鍛え上げられた洞察力を持ってすれば一目で把握出来た。そも、始めからこの者達の気配など、彼は早々に気付いていたが。

 

「貴様のような小童如きにこいつらを仕向けたのはちと過剰かも知れぬが、此の所余は退屈しておったのでな。今日は盛大な余興として、貴様の無惨な散り様を肴に酒でも呷る事に決めた。精々足掻き(もが)いてじっくり楽しませるがいい。くれぐれも早々にくたばってなどくれるなよ? ──やれ」

 

 再び下された号令を受け、同業達はそれぞれの獲物を携えると一斉に彼に向けて飛び掛かり、勢いのままに凶器が振り下ろされ、盛大な鮮血の花を咲かせて辺りに飛び散る。

 しかし、その血を流したのは、あろうことか一斉に彼へと襲いかかった筈の、同業達の首の断面であった。

 彼は強すぎた。

 あの父親から受けた数々の訓練は、もはや人としての次元を超えた領域まで達していたのだ。

 その健脚から生み出される速さは、誰の目にも止まらず、追われずに背後から首を捻り取るという、受けた者は死を自覚することも無く命を絶たれる程の鮮やかな手際であった。

 

「ば、ばかな……余の精鋭達が、一瞬で……!」

 

 大名が腰を抜かしながら震える視線の先で、幾重にも重なった首無し死体の上に立つ彼の姿があった。

 その手には、襲撃した同業達の頭部を束ねるように髪の毛がしっかりと握られており、奴等の首から噴き上がった血に塗れた彼の目は、腰を抜かして怯え震える大名を真っ直ぐに見据えていた。

 

「ひ、ひぃ……っ!」

「どうやらお困りのようですな」

 

 前触れも無く訪れた背後からの殺気に気付いた彼は、手にしていた頭部を投げ捨てつつすぐさま腰の鞘から小刀を抜き出し、振り向きざまに頭上へと刃を水平に掲げる。

 その直後に襲いかかった力強い衝撃の重さが小刀を介して自身の手へと伝わるのを感じつつ、一度相手から距離を取る為に後ろへ向かって跳躍した。

 人類の道理を外れた訓練を積んだ彼でさえも、声が聞こえるまで気付けなかった隠密技術と襲撃を受けた手応えから、背後を取ろうとしたこの者が今までの同業達とは全く比べものにならない程の実力者である事を直観的に理解した。恐らく、自身と同等か、それ以上の強さを持っている、と。

 

「まだ貴方様からの合図は頂いておりませんでしたが……急を要する事態かと、失礼を承知で馳せ参じました。何卒ご容赦を、主殿」

「い、いや……良くやった……! さっさとその化け物を仕留めるのだ……!」

「御意に」

 

 その者の了承を経て、大名は立てぬ体へ鞭を打つようにわたわたと四つん這いのままで逃げ出した。

 

「ふん……この様な塵芥を仕えさせて鼻を鳴らしているとは、奴も同じ穴の貉ということか。所詮は金を吐き出すだけの鴨に過ぎん」

 

 大名の姿が消えたのを見届けると、その者は唐突に鼻で嘲笑しながら自分の主を卑下し始める。

 

「そもそも、彼我の実力も測れぬ此奴らでは、お前に傷を一つ残すどころか触れる事も出来ぬのは当然の道理。それはお前自身も分かっていたのではないか?」

 

 何故戦闘を始める事もなくこちらに話を振るのか理解が出来ず、彼はその者からの問い掛けに頷きも否定もせず、警戒体勢を整えながら睨み続ける。

 

「ん? ああ……そうか、お前は喉を無くしていたのだったな。これはうっかり失念していた」

 

 その言葉に、彼の体が一瞬固まった。

 奴が明かしたのは、彼の家族と家の使い以外は絶対に知る筈の無い情報だったからだ。

 彼はいつも、他の人には生まれつきのものとしか説明しておらず、誰に対して一度も喉の切除が原因と打ち明けたことも無ければ、見られる様な失態も犯してなど絶対に無い。

 ならば、何故目の前にいるこの者がそれを知っているのかと、考えを巡らせる。

 やがて熟考の末に浮かび上がった結論は、彼の顔を驚愕に染めた。

 

「ふむ。どうやらその反応を見るに、この身の正体に気付いた様だな。なれば、互いに素性が知れた所で顔を隠していても仕方なかろう」

 

 取られた頭巾から現れたのは、見間違えることも無く、想像した通りの素顔である父親その人であった。

 

「少し顔を見ぬ間に随分と見下げ果てたものだ。潜入先の領主へ心を許すばかりか、挙句の果てに任務を放棄するなど……我が血筋に泥を塗りおって……! この私が直々に殺してやる……お前の様な面汚し、ただで死ねると思うなよ」

 

 威圧の篭った宣告を終えると、父親は一瞬でその場から姿を消した。

 その場から見失ったと彼が知覚した時には、もう既に遅かった。

 

「──たわけめ」

 

 彼の脇腹に強烈な蹴りが叩き込まれ、その勢いで襖を背中に巻き込みながら奥へと吹き飛ばされる。

 過去、彼は父親と幾度となく実戦形式の組手を重ねてきたが、その実一度も勝利を収めた事などなかった。

 

「こんな手抜きの初手も躱せぬとは……大分腑抜けた日々を過ごして来たと見える。家を出る前の頃の方が余程やり甲斐を感じたわ。まあ……あの様な薄ら馬鹿共に少し優しくされた程度で尻尾を振っているお前などに期待をするのも可笑しな話か」

 

 呆れた様に鼻で笑う父親の呟きを耳にした彼は静かに立ち上がり、頭巾を外すと両の拳を握りしめ、自身の父へと初めての敵意を向ける。

 

「ほう……先程とはあからさまに目つきが変わったな。お前の私に対する憤り、しかと伝わってくるぞ。そうだ……もっと己の怒りを、恨みを、憎しみを、私にその手で以って思い切りぶつけてくるがいい。これからが本番だな……ふっふっ……やっとおもしろくなりそうだ」

 

 直後、二つの影がぶつかり合う。

 そこからは、お互いに一歩も譲らぬ攻防の嵐を繰り広げた。

 近接戦闘による武器を交えた徒手格闘、遠距離戦での手裏剣や苦無の投擲など、その戦いはどこまでも勢いを増していった。

 彼等の戦いは、他の者からすれば互いの姿など目に見えず、絶えることのない金属音が響き渡り、あちこちで小さな火花が起きる光景が広がっていることだろう。それ程までに、この二人の戦いは人類史上最速の殺し合いと称されても過言ではない位の壮絶な激闘であった。

 

 

 そんな状態が続いた十数分後、周囲の壁や天井に激しい死闘の爪跡が刻まれた室内に立っていたのは、父親の方だった。

 

「ふん……よもやこの程度とは、すっかり拍子抜けだ」

 

 時間が経つにつれて徐々に戦況が父親へと傾き始めると、彼はみるみる劣勢に立たされていき、遂には左腕を斬り飛ばされ、そのまま倒れ伏してしまった。

 その際、激しい躍動の末、結び目の緩くなった首紐が彼の前へと解け落ちる。落下と共に鳴り渡った鈴の音に気付くと、彼はほぼ動かぬ右腕へ願う様に、首紐へ向けて懸命に震える手を伸ばす。

 しかし、彼の右手が届く前に、目の前の首紐は無残にも父親が勢いよく下ろした足によって鈴ごと踏み潰されてしまった。

 ヂリンと鳴った鈴の音は、彼の今の気持ちを代弁するかの様に悲痛な叫びとなって室内に小さく響いた。

 

「ふん。一族の恥晒しとは言え、忍者たる者がこんなふざけた首飾りなどつけよって……この愚図めが」

 

 彼を罵倒しながら、父親は首紐を潰した足で更にぐりぐりと踏み躙り、鈴が呼応するかのように何度も壊れる音を鳴らし続けた。

 

 瞬間、彼の何かが完全に切れた。

 完全に動かなかった体へ、言い様のない沸々とした込み上げる真の怒りを糧と変えて彼は静かにゆっくりと立ち上がり、目の前の父親……否、外道を見据える。

 

「ん……? ──っ⁉︎貴様……何故立ち上がって……ま、まさか……その姿は……っ!」

 

 心も体も、彼を支配するのは憎悪と怒り。純粋に奴の首を取らんとする真に芽生えた殺意の塊だった。

 彼の背後には、鬼の姿を象ったような紺青の焔が揺れ動き、額には天へ目掛けて曲線を描いた黒く光る三寸ばかりの双角が生え伸び、瞳孔は爬虫類のように細く形を変え、烈火の様な紅に染まった瞳の周りはどこまでも暗い漆黒に覆われている。

 

「“鬼神(きじん)憑依”……! 馬鹿な……確かに、我が血筋の始祖は、戦の神と恐れられた鬼神(おにがみ)様の血……! だが、それが何故こんな屑なんぞに発現した……⁉︎」

 

 父親は、目の前の現実が受け止められなかった。

 今まで誰よりも、どの先祖よりも一番に武功をあげ、強さに磨きをかけたと自負していたのに、敬愛する始祖が選び取ったのは、自身の在り方とは真っ向の反対に位置する我が子であることが。

 信じられない、信じたくない。こんなことがあって良いはずなどない……! 

 

「ふざけるな! それに相応しいのは、お前などではなくこのわ──」

 

 父親の怨言を聞き終える事もなく、彼は一瞬で側を横切り、動き出すと同時に手にしていた小刀を再び腰につけた鞘へと戻す。同時に、父親の頭はぽとりと転がり落ち、首から盛大な血飛沫を噴き出した胴体が背中から倒れ落ちた。

 彼は振り返り、父親の足下でひしゃげた鈴付きの首紐を拾い上げて懐へ忍ばせながら踵を返すと、最後の始末をつけるためにゆっくりと歩みを進め始めた。

 

「ひ、ひぃーっ! 誰か、誰かあぁぁあぁあ──」

 

 その夜、とある町の大名の屋敷が原因不明の火の海に包まれ、それからしばらくその町は、この不可解な事件の話で持ち切りになったとのことだ。

 

 

 

──✳︎──

 

 

 

 翌朝。

 領主が目を覚まし、日課である朝日の日光浴を行う為に正門を開けると、そのすぐ側でぼろぼろの忍び装束を纏う血濡れの彼が虫の息で門柱に凭れかかっており、顔や体には複数の傷がみられ、左肩から先を失っていた。

 

「おい! 聞こえるか⁉︎私だ! しっかりしろ! 誰か──」

 

 彼の傍へと駆け寄り、しゃがんで力の限り呼びかけた後、他の者を呼び集めんと再び口を開きかけた時、彼の右手が僅かに領主の共衿部分を掴んだ。

 その動作が他の人を呼ばないで欲しいという彼の意思によるものであることをすぐに理解し、領主は一度口を噤む。

 

「何があったかは、聞かない方がいいんだろう……?」

 

 彼は、頷く。

 

「その装束……お前は、忍だったのだな?」

 

 また、頷く。

 

「……何となく、分かってはいた」

 

 彼は目を見開かせる。

 

「時折夜中に姿を消して、何処かへ行っていることも……それが、あの大名へこの町の情報を流す為のものであったことも……」

 

 黙っていたことや、騙していたことを謝罪するように、彼は顔を俯かせる。

 

「だが、そんなことはどうでも良い。私は……いや、私たちは、お前と共に過ごす日々が何より幸せだった。お前と一緒にいられるのなら、私たちは奴等に全てを奪われようとも命を遂げる覚悟は出来ていた……」

 

 彼が再び領主を見上げる。

 

「……私たちを、守ってくれたんだな」

 

 彼は領主の目を見つめ返したまま、頷きも否定もしない。

 

「ありがとう……」

 

 滅相もない、と彼は首を振る。

 

「私は、この先もずっと……お前と一緒に人生を送っていきたい。だから……っ、だがら……いっじょゔのお願いだんだ……! じぬな……っ! まだ、いがないでぐれぇっ! お前どいっじょに、だのじぐずごじだいんだ……っ!」

 

 領主の目から溢れ出る涙が、彼の目もとへ落ちては頰を濡らし、伝い流れていく。

 彼は自分の懐へ右手を伸ばすと、取り出した何かを掌に乗せて領主へと差し出した。

 それは、領主が彼へ贈った物とは思えぬまでに、歪な形へ変えられたあの首紐だった。

 

「ごれは……そうが、わかっだ……」

 

 領主はそれを受け取り、ゆっくりと彼の首へ結び付けた。

 しかし、揺れ動く鈴から音が鳴ることは無く、まるで彼の危篤を表しているかのようだった。

 

「やっぱり……似合うな。あの子よりずっと」

 

 次第に、彼の呼吸は更に弱々しく、ゆっくりとしたものになっていく。

 そんな中、彼は長らく閉ざしていた口を僅かに開き始め、必死の思いで何かを伝え始める。

 

 

 あ……り……が……と……う……。

 た……だ……い……ま。

 

 

 とても小さな掠れ声で、彼は領主へ初めて自身の思いを言葉で伝えた。

 

「ああ……お帰り……──」

 

 途切れ行く意識の中、領主から迎えの返事を受けとると、彼は一番に愛する人の腕の中で、静かに息を引き取った。

 

 




なにこれ、本話レベルのボリュームになっちゃった。

とにかく、どんな出会いになるか、お楽しみに。
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