快適。
冬将軍との激突から数日。アクセルの街は例年よりも類を見ない早さで春が訪れた。
これも雪葉が冬将軍を撃退した功績だろう、とは、流石私が見込んだ仕置き人だ! と息も荒々しげに雪葉へ情欲の瞳を向け、両手を握って来たダクネスからの所感である。
無論、鬱陶しげに適当な相槌を打つ雪葉からの冷め切った視線にダクネスが身を抱く様に捩らせたのは無理もない。
あの一件依頼、暫く夜も魘されトラウマに苛まれていた主人和真も、なるべく手頃なクエストをこなしていき、少しずつ元の調子を取り戻しつつ借金返済へ地道に精を出している。
徐々に街も本来の賑わいを取り戻し始め、春の陽気に誘われたように冬籠りを終えた冒険者達がギルドへ顔を出す光景は、雪葉には少しだけ久しいぐらいだ。
春昼のそよ風が喚起の為に開けられた窓から隙間風となってギルド内へ吹き渡り、心地よい日光に当てられた酒場の冒険者達が眠気に誘われ、微睡みに沈んでいくそんなある日のこと。
ウィズの店に立ち寄ってから遅れて到着した雪葉の視線の先で、事件は起きていた。
「おい、もう一度言ってみろ」
「何度だって言ってやるよ。荷物持ちの仕事だと? 上級職が揃ったパーティーにいながら、もう少しマシな仕事に挑戦できないのかよ? 大方お前が足を引っ張ってるんだろ? なあ、最弱職さんよ?」
見たところ、主人和真と槍を背負った金髪の男が睨み合っており、二者の間は何やら物々しい雰囲気に包まれ、一触即発の気配が雪葉の所までひしひしと伝わってくる。
周りの冒険者達も何事だと物珍しそうに二人へ好奇の目が集まり、現場には更に不穏な空気が漂う。
頬杖をついて怪訝な視線を飛ばす主人和真の沈黙を萎縮していると受け取ったのか、金髪の男は挑発を畳み掛けるようにほくそ笑んだ。
「おいおい何か言い返せよ最弱職。ったく、いい女を三人も引き連れて、ハーレム気取りか? しかも全員上級職ときてやがる。挙句に幼女まで連れているたぁ、傑作だねえ。さぞかし毎日、このお姉ちゃん達相手に満喫しながら、罪もない女の子をこき使ってんだろうなぁ?」
直後、ギルド内に巻き起こる爆笑の嵐。
しかし、中には男の発言に顔を顰めて否やの視線を飛ばす者も少なからず見受けられ、拳を握りしめる主人和真が手をあげずにいられるのは偏に彼等のお陰だろう。雪葉からも後で謝辞を述べる所存だ。
はたして、聞き捨てならない言葉の数々を耳にした雪葉の胸中に殺意が芽生えたのは最早言を俟たない。
我が主人の苦労など陸すっぽ知りもしないくせに、つらつらとよくもまあ詰ってくれたものだ。死にたいのだろうか。だったら是非もなく息の根を止めてやるがそう易々と楽に死ねるとは思わない方がいい。
まずは拷問にかけてやろう。生爪を剥がすのは勿論のこと、雪葉個人としては二度と主人を愚弄出来ぬよう舌も引き抜いてやる心算である。後は皮を抉って骨を砕いて適当に火葬すると雪葉も男も後腐れが無いだろうか。
せめてもの情けに遺族となった親兄弟の悲嘆に暮れた生首を男の墓標にするのも悪くないかと思い立つも、それは流石に情状酌量が過ぎるか、と雪葉は人知れず静かに自嘲した。
「カズマ、相手にしてはいけません。私なら、何を言われても気にしませんよ」
「そうだカズマ。酔っ払いの言う事など捨て置けばいい」
「そうよ。あの男、私達を引き連れてるカズマに妬いてんのよ。私は全く気にしないからほっときなさいな」
と言う割に、そのくせめぐみんを始めとした女性陣は美女という言葉に味をしめたのか発言とは裏腹にそれとなく三者三様に身なりを整えだしており挙動が満更でもない反応である。
一体どちらの味方なのかと内心頭を抱えた雪葉だが、かぶりを振って男のもとへゆっくりと近づいていく。
「上級職におんぶに抱っこで楽しやがって。苦労知らずで羨ましいぜ! おい、俺と代わってくれよ兄ちゃんよ?」
「あ゛あ゛!? 上等じゃねえか! 大喜びで──」
とうとう耐え兼ねたのか、やおら椅子から立ち上がった和真は、男の背後へ忍び寄る雪葉の姿を視界の端に捉えると急に口を噤み、そのまま委ねる様な視線を一瞬だけ雪葉に配り大きく息を吐いて怒気を収めた。
あれだけギルドに響き渡っていた笑い声も雪葉を視認するや突如として鳴りを潜め、蜘蛛の子を散らす様にじりじりと離れて行くギャラリー達の視線が雪葉と男の間を忙しなく行き交う。
――で、出た……! アクセルの暴君だ……!
――オイオイオイ
――死ぬわアイツ
どよめいている野次馬共は今回に限り大目に見るか、と雪葉は外野で冷や汗を流して息を飲む冒険者達を横目に一瞥し早々に切り捨てる。無論、次に主人をコケにすれば彼等が明日を拝むことは無いが。
ただし金髪、お前は駄目だ。
主からの委任に快諾の首肯を返し、クイクイと男の袖を引っぱって雪葉へ注意を向けさせる。片方は後ろ手に愛刀の柄を握りしめて。
「おいおい、一瞬見せた威勢はどうしたよ? まさか怖気付いちまったのか? 最弱職の冒険者──ちっ、何だようるせえな。今取り込みちゅ…………ゑ?」
煩わしそうに男が振り返った途端、雪葉は居合いから一閃だけ放つ。
直後、遅れてはらりと散り落ちるもみあげ。無論、肌まで傷つけるようなヘマを雪葉がする訳もない。
がくがくと震え出す男を見あげる雪葉は手にした愛刀の峰をこれ見よがしにトン、トン、と肩に当てつつ酷薄に嗤い、ただ一言だけ告げた。
それがお前の辞世の句か、と。
「…………あ、あの……」
「何かね」
「全て前言撤回します! ほんっとにすいませんでしたああああ!」
ぎこちない動きで主人へと向き直る男が披露してみせたのは、それはそれは見事に迅速且つ綺麗な土下座であった。
あまりの潔さと手の平返しに、雪葉も少しだけ感服してしまう程に。
後に男はこう述懐している。
「酒の勢いだったとはいえ、あの時はマジでどうかしてたわ。素面だったら間違いなくちびってたな、うん。アレに挑むくらいなら、魔王軍の方がよっぽどマシ。だってアレの殺気は普通の人だったら失神してるから、冗談抜きで。いや、笑いごとじゃねえんだって」
▼
かくして、ダストと名乗った無礼男が敢行した全身全霊の謝罪を受け入れつつも、どこか気が晴れない和真からの持ち掛けにより、互いのパーティーを一日入れ替える運びに。
勿論、話の展開に置いてけぼりなアクア達の意見など耳にも入れず。
「取り敢えず互いに自己紹介しとくか。俺はダスト。背中の得物を見て分かる通り、槍使いだ。以後よろしく」
親指で背中の槍を示したダストが名を告げると、次の紹介を促す様にアクアへと目を向けた。
正直なところ、雪葉の内心は不安だらけである。
「あら、次は私? 名前はアクアよ。見ての通りアークプリーストにして、その正体は何と……アクシズ教が崇める御神体、水の女神アクアその人なの! どう? 驚いた?」
「また不謹慎な事を……神罰が下るような発言は控えろと言ったはずだぞアクア」
「あ、気にしないでください。こういうジョークですから」
「お、おう……そうか……」
「ちょっと! どうやったらいい加減信じてくれるの!? 現に魔王軍の幹部のデュラハンを浄化したのは私だし、カズマだって、私が蘇生魔法掛けなきゃあのまま死んでたのよ!? なによもう! 少しぐらい褒めてくれたっていいじゃない!! ……うぇえええん、ユキハあああ!!」
涙目で騒ぎだすアクアを手慣れた様子で素気無く遇らうダクネスとめぐみん。
と言うかアクアはこんな事で一々へそを曲げて雪葉に縋り付いてくるのはみっともないのでいい加減に耐性をつけてもらいたい。後、どさくさに紛れてここぞとばかりに雪葉のお腹へ顔を擦り付けるのも。
その様子に困惑しつつも訥々と返事を返すダストから、同情する様な視線が雪葉に送られてきた。雪葉はもうどうでも良くなってきた。
続いて、帽子を被り直しためぐみんがバサリとマントを翻し、高らかに口を開く。
「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、唯一無二の攻撃魔法を極めんとする者……!」
「えっと……今の笑うとこ?」
「ち、ちがわい!」
正真正銘本名です! と憤慨するめぐみんの証言を受け疑惑の目を雪葉達三人に向けて来るダストに対し、ダクネスやアクアに合わせて雪葉もこくりと頷いた。
次は私だな、と胸に手を当てたダクネスも凛とした顔つきで潑剌と名乗り出す。
「私はダクネス。職業はクルセイダーだ。硬さなら誰にも負けないと自負しているので、遠慮なく盾にするなり囮にするなりこき使ってくれ。何なら罵倒混じりで命令してくれると有り難い」
「ああ、よろしく……って、今何つった?」
「さあな、気のせいだろう。さて最後は……」
ダストの不穏な指摘にさらりと嘯いたダクネスが、雪葉へと目線でバトンを渡して来た。
案の定度し難い連中の散々な自己紹介に、雪葉は今すぐにでもウィズのおっとりっちい成分を補給しに戻りたい心境に駆られる。
つくづくアレらは主人にとって目の上のたんこぶどころか末期癌だ。よもや手の施しようがない程の。
漸く出番の回ってきた雪葉は諦観に満ちた嘆息を終え、淡々と自己紹介を述べる。
「え、お前男なのか? それにしてもニンジャって職業は初耳だな。格好からして、アサシンみたいな感じか?」
不意にダストの口から出て来たアサシンの単語に、先日のヴィードという取るに足らない雑魚に肩透かしを喰らった事を想起した雪葉は思わず舌打ちを漏らしそっぽを向く。あんなのと一緒にされたのが甚だ不愉快でならなかった。
「あ、えっと、何か気に障っちまったか……それは悪いことしたな、すまん」
とは言え、いつまでも引き摺るのは忍者として恥ずべき愚行に他ならない。
余計な思考を振り払った雪葉はダストへ気に病む事は無いと首を振り、ついでに今日はどんなクエストを請けるのかと添え足す。この面子の性格をどう広い目で見ても、消去法的にダストしかリーダーは務まらないだろう。
そんな事を帰結し、横目でクエストボードを一瞥する。
あれだけ少なかった張り紙も、今は軽易なものから高難度のクエストまで所狭しと貼り出されているようだ。
よく見るとこの時期にしか出現しないモンスターのクエストも散見され、俄然雪葉の食指が動かされるというもの。
さて、一体ダストはどんなクエストを見繕ってくれたのか。
僅かに期待の目を向ける雪葉へ、ダストは決まり切ったようにクエストの内容を告げる。
「ん、今日はゴブリン退治だな。それぞれの実力やスキルを把握するには打ってつけだろ?」
雪葉は失意の眼差しをダストに向けたまま、本日二度目の舌打ちを繰り出した。
「え!?」
突然豹変した雪葉に狼狽するダストが素っ頓狂な声を上げた直後、ユキハセラピーですっかり立ち直ったアクアも雪葉の悪態を皮切りに不服そうな顔で難癖をつけ出す。
「ええー。ゴブリン退治ー? 何で街の近くにそんなのが湧いてるの? もうちょっとこう、ドカンと稼げる大物にしない? 一日とはいえ他所にレンタルされるカズマに、私達が日頃どれだけ有り難い存在なのかを見せつけないといけないの」
根本的な理由は違うが、概ねアクアに同意見な雪葉も二度大きく頷く。ゴブリンでは雪葉にとって遊び相手にもならない。
単純作業なら十分間に合っている。チェンジで。
「い、いや、あんたらが実力者なのは百も承知だが、俺の実力が追いつかねえよ。アークプリーストにアークウィザードにクルセイダーに、えっと……ニンジャ? これだけ揃ってればどんな相手も楽勝だろうけどよ、まあ今回は無難なところで頼むよ。……ところであんた、武器も鎧も持ってないが、まさかその格好で行く気なのか?」
「大丈夫だ。先程も言ったが硬さには自信があるし、武器を持っていてもどうせ当たらん」
「当たらん……? いやその……、……? ま、まあいいか……」
平然と戦力外を宣言したダクネスの言を飲み込めていないダスト。大方素手で何とかしてくれると楽観視しているのだろう。
その程度で済むならばどれだけ良かったことか。
「ふ、ふふふ……今回はゴブリンか……。恐らく奴らは私に集団で襲い掛かり押さえつけてくるだろう……そしてそのまま衣服をひん剥かれ、代わる代わるに身体を弄ばれて……んくっ!」
相変わらず脳内に汚いお花畑が広がるダクネスの独り言を雪葉は決して聞き逃さなかった。いっそのことダクネスを簀巻きにしてゴブリンの巣へ放り込むのも手だが、と当人にとってはご褒美であろう妙案を彼女にこっそり提案してみると。
「な!? それは本当か!? ──オホン。ま、まあそれも一つの作戦だしな。私も別に協力するのは吝かではないぞ?」
何を本気にしているのやら。ほんの冗句なのでそんなに嬉しそうに息巻いて準備運動を始めるのはやめて貰いたい。
「そ、そんな……何という仕打ちだ……その手の冗談は私にとって全く笑えないぞ……くそっ、くそっ」
「うお!? あんた、いきなりどうしたんだよ? 何があったんだ?」
片方の下瞼を伸ばしてちろりと舌を見せた雪葉から全てを悟ったのか、床に手をつき絶望に打ち拉がれるダクネスは悔しさを晴らす様に床を殴り始めた。
前触れも無く奇行に走るダクネスに目を丸くさせたダストが甲斐甲斐しく呼び掛けるも彼女は全く耳に届いていないのか一向に床ドンを止める気配が無い。どうやらおいたが過ぎたようだ。雪葉にも落ち度はあるので少し反省すべきだろう。
「それじゃあダスト、俺たちは先に行くぞ」
雪葉達のパーティーがそうこうしてる間に、受注の手続きを終えた和真達は一足先にゴブリンの出没する現地へと向かうようだ。
和真との別行動は名残惜しく懸念も後を絶たないが、主人を気持ち良く送り出すのも従者の務めと切り替え、彼を激励するために後を追う。
「おう、俺たちも後から──っておい!」
「──おっと、ユキハか。どうした?」
ダストの制止にも耳を貸さず小走りで追い付いた雪葉は呼び止める様に和真の裾を摘み、不安げな表情で彼の顔を仰ぐ。
「大丈夫、心配すんなって。今日の俺は荷物持ちだし、よっぽどの事態にならない限り戦闘には参加しねえから。それに、俺には御利益満載のお守りがあるしな」
わざわざ雪葉の目線に合わせるようにしゃがみ、鈴の付いた首紐を見せる様に撫でながら和真が雪葉に笑い掛ける。
瞬間、その姿に既視感を覚えた雪葉は言い様のない衝動に駆られ、思わず和真の首に手を回し抱き着いた。
「え?」
平時の雪葉なら絶対にやらかさない失態だったが理由はただ一つ。頭を撫でる仕草、屈託のない笑顔が正にあの敬愛なる領主と重なったからに他ならない。
「あ、ああああああの、ユキハさん!?」
豈図らんや突然密着されようとは。
思いもよらぬ雪葉からのスキンシップと鼻腔を擽る甘い匂いに和真が当惑する中、周囲からの容赦無い視線が槍の如く突き刺さってきた。
――うっわ、最っ低……!
――は? クズマに寝取られた
――私、狙ってたのに……!
――え、ユキ×カズも意外と良き
――推しがひたすらに尊い件
特に、女性冒険者からはゴミを見る様な目で。
中には違う温度で見守る者もいる事に、当の雪葉達が未来永劫気付く事は無い。
「……もしかして、そういう趣味?」
「ち、違うぞ!? 誤解だ誤解! 俺にそんな趣味はねえって!」
口もとをひくつかせて後ずさる女のウィザード、リーンへ弁明しようと和真が顔を上げた矢先、憮然とした表情のアクアとめぐみんが続け様に追い討ちをかける。
「このヒキニート! ショタ属性追加とか、どんだけ業が深いのよあんた! さっさとユキハから離れなさい! そして私に返しなさい!」
「まあ個人の趣味を否定するつもりは有りませんが、今後私の半径2メートル以内には近付かないようお願いします。というかそれは私の可愛い弟分なんですから、気安く触らないでくれますか?」
「いや、まじで違うんだって! ほら、ユキハからも説明してくれよ!」
言うまでもないが、正気に戻った雪葉が離れて自戒の念に陥った後でも和真はしばらく四面楚歌の空気に晒され続け、誤解を解くのにかなりの時間を労した。
▼
出立前にギルドから確認した内容によれば、ゴブリンの群れは街の東西に分かれて出没する姿が目撃されているという。
当然、和真とダストのパーティーがそれぞれ二手に分かれて討伐をする事になった訳なのだが。
「うっし。まず各自がどんなスキルを使えるか教えてくれないか?」
「では、私から良いですか」
事前に大まかな役割と作戦を立てるため、雪葉達のスキルを把握しようと尋ねてきたダストの問いに、いの一番に手をあげたのはめぐみんだった。
「お、最初はアークウィザードのあんたか。一体どんな強力な魔法を覚えてるんだ?」
「ふっふっふ……聞いて驚くがいい。私が習得しているのは、比類なき最強の攻撃魔法と名高いあの爆裂魔法です」
「へー、そりゃすげーな。爆裂魔法といやあ、威力と規模は攻撃魔法の中じゃピカイチなんだろ? さすがアークウィザード、期待してるぜ」
この当時を振り返ったダストはこう語っている。
あれが悪夢の始まりだったと。
「ほう。あなた、中々見る目がありますね。ならば、我が力を今ここでとくとご覧に入れましょう」
「へ?」
ダストの返答も聞かぬうち、めぐみんは勝手に独断で爆裂魔法の詠唱を唱え始め、それを目にしたアクアとダクネスは、ああ、またか……とそそくさ距離をとって行く。
恐らく運搬役を仰せ遣う事が目に見えている雪葉も、いつものようにめぐみんの側でじっとその時を待ちながら佇む。今日の晩飯は何を食べようと、全く関係の無い事を考えながら。
「ちょ、待てって! 何も今じゃなくて、ゴブリン達が出て来た時でいいだろ! おい、誰か一緒にこの子を止めてくれよ!」
それが出来るなら雪葉がめぐみんを気絶させるなり杖を強奪するなりとっくに何かしらの策を弄している。
一度魔法を発動させた以上、もう引っ込みはつかないのだ。爆裂魔法に関しては尚更である。下手に邪魔をすればいつ何処に暴発するか分かったものではない。
あたふたと困惑するダストに向け、雪葉は諦めろと言わんばかりに両掌を上にして首を左右に振った。
「人理を超え、大地を抉り、海を割り、悪神百鬼を灰に帰し根源へと至らん常しえの力を今ここに示せ。出でよ! エクスプロージョン!」
めぐみんが詠唱を終え、天高く掲げた杖の先に集約された光は空へと昇り光の奔流となって何も無い平原に目掛け爆音と共に降り注いだ。
衝撃が止み、煙が晴れた先では抉れた平原がクレーターとなり、そこら中に根をのばしていたかつての青々しい草むらはもう見る影も無く、残った焦げ臭さだけが風に乗って雪葉の鼻を衝いた。
一先ず楽に草刈りが出来たと思えばそこまで悪くも無いのでは。
「いやいやいやいや! どう見ても完全に無駄撃ちじゃねえか! そもそも今の轟音でモンスター達に気付かれでもしたら……」
都合良く締め括ろうとした雪葉へ批難しながら最悪を想定するダストにそれはもう後の祭りだと雪葉が言い返す。何故なら既に敵影が此方へ向かっているのだから。
へぁ!? と奇声を漏らすダストへ証明するように雪葉が指差した先から、脇目も降らず猛進してくる一つの影。
黒い体毛に虎の様な体形。大きく発達した二本の太く鋭利な牙をちらつかせ、これぞ我が自慢の得物だとでも主張してくるそのモンスターは、冒険者達からこう呼ばれている。
「しょ、しょ……初心者殺しだ!」
「これは最悪ね。初心者殺しはその名の通り、冒険者になって間もない初心者達が出くわしたらまず勝てない強敵よ。それに狡猾なヤツだから、正攻法で倒すのも難しいわ。つまり、面倒くさい相手なの」
後方で腕を組みながら、仁王立ちで得意げに初心者殺しの解説をしてくれたアクアだが、前に進み出てこない様子から戦闘に参加する意思がよもや彼女に無いことは嫌でも察しがつく。
先刻、常日頃自分達を荷物扱いしてくるカズマを見返す為にどでかいクエストを引き請けろとか不服を宣っておきながらこの女神様は一体何をしに来たのだろうか。
「よし、決めた! ここは一旦退いて、ギルドで体勢を立て直そう!」
まるで英断だとでも言うようにキッパリと言い放ったダスト。聞こえはいいが、人それを敵前逃亡という。
「というわけだアークウィザードの嬢ちゃん。悪いが足止めの為にもうひと働き……何やってんだ?」
「見て分かるでしょう。魔力切れで動けないんですよ。爆裂魔法は膨大な魔力を消費しますからね。なので今の私では精々一発撃つのが関の山です」
「はあ!? ならわざわざ爆裂魔法じゃなくて他のやつを見せてくれれば良かったじゃねえか! 上級職だったら他にも色んな魔法覚えてたんだろ!?」
「いえ、私は爆裂魔法以外使えませんよ。何せスキルポイントは全て爆裂魔法関係に割り振ってますから。あ、因みに今後も他の魔法を覚える気はありませんので悪しからず」
「おいおいおいなんだそりゃまじでピンチじゃねえか! もう直ぐそこまで初心者殺しが迫って来てるってのに!」
いつもの様に雪葉に背負われだらんと力の抜けためぐみんの気倦げな弁に、悲痛な声を上げたダストがうがあああ! と頭を掻き毟る。
普通の冒険者であればその心情に同調していたところだが周りは筋金入りのキワモノばかり。誰一人ダストの気持ちを汲み取ろうと声をかける者はいなかったが、現状を見兼ねたのかこれまで静観していたダクネスが果敢にも最前線へと躍り出た。
とは言え、これも概ねいつもの流れなのだが。
「ならば、ここはクルセイダーの私が
「何言ってんだあんた! 幾らなんでも初心者殺し相手に丸腰なんて危険すぎる! 正気の沙汰じゃねえぞ!?」
お察しが良いようで何より。ことダクネスに於いては思慮分別の概念が元から皆無だったのか若しくは母親の胎内にでも置き忘れてきたに違いない。
「なに、心配は要らない。私は素の防御力だってアダマンマイには負けない自信がある。鎧などなくとも、初心者殺しの猛攻を耐えて見せよう。それに、敵を前にして逃げるなどそれこそ騎士の名折れだ。では行ってくる!」
「そうは言っても──あ、おい! 待てって!」
「ふははは! さあ来い初心者殺し! その強靭な四肢と牙で私を屈服させてみせろ!」
ダストの説得も虚しく、威嚇の唸り声を上げながら牙を剥く初心者殺しのもとへ真正面から迎え撃たんと嬉しそうに駆け出して行く喜色満面のダクネス。傍目から見るとなんとも酷い絵面である。
雪葉からすれば日常の一齣に過ぎず、ダクネスが楽しそうで何よりと抑揚のない声援を彼女へ送る。またどうせやられるだけやられて満足しながら力尽きるのだろうが。
「くそ! あの人を置いて逃げる訳にもいかねえし、一体どうすれば……」
さすがにダクネスを一人残して逃げ出すような薄情は持ち合わせていないようで真剣に頭を悩めるダストに何処か憐憫を覚えた雪葉は苦笑いで頬を掻く。
ついでにダストの憂慮を正しておくと、ダクネスは敵うとか敵わないのとかの話ではなくハナから抵抗するつもりが無いのだ。あれは真性のどえむ狂セイダーなのだから。
「お困りのようね!」
手をこまねく状況にダストが歯噛みする中、突然後方から自信に満ちた声が掛かる。どうせお決まりの流れなので特に振り向く必要など無かったが、敢えて雪葉が背中越しに視線を向けると何やら自慢げに鼻を鳴らすアクアの姿が。一体今度はどんなしょうもない奇策を思い付いたのだろうか。
結局尻拭いをするのは大抵和真と雪葉なのだからせめて大人しくしていろと主人が散々口酸っぱく言い聞かせても、一向に改善する姿勢が見受けられないのでその内誰もアクアの舵を取ろうとするものはいなくなった。
何処かにかしこさを上げる種が転がっていないか、と地べたを舐めるように探す主人の煤けた姿に心苦しくなったのが雪葉は今でも忘れられない。
「この全知全能たるアクア様に掛かれば、こんな事態はすぐに解決よ! とっておきの案、知りたいかしら?」
「ああ、勿論だ!」
「じゃあ、はい」
「……は?」
茫然とするダストなどお構い無くほらほら、と片方の指をクイクイと自分の方へ曲げて何かを要求するアクア。心付けでもせがんでいるのだろうか。
「は? じゃないわよ。この私が力を貸してあげるんだから、それなりの姿勢を見せるのが筋ってもんでしょ? そうね。例えば、お願いしますアクア様! って頭を下げて頼むなら考えてあげるわ」
逼迫した状況にも拘らず、相手が下手に出ると直ぐつけ上がるアクアの悪い癖が出てきた。つくづく空気の読めない自称全知全能である。
このやり取りも何度目にしてきたことか挙げても挙げてもキリが無い。怒りに身を震わせてアクアに容赦なく雷を落とす主人の姿が目に浮かぶようだ。
案に違わず、顎先に手を添えて見下すアクアの高慢な態度に腹を据えかねたダストから憤慨の声が上がってくる。
「こんな時に何言ってんだ! 現にあのクルセイダーが一人で懸命に戦ってるんだぞ!? 少しは見倣えよ! 立派な騎士の鏡じゃねえか!」
違う。そうではなく。ダクネスは一方的な苦痛を味わう為に自ら嬉々として突貫していっただけであり、あんなのと一緒にされるなど同じく身を削る他の盾職が堪ったものではない。
「何よ。ならこのままダクネスが初心者殺しに食べられてもいいって言うの? ていうかそもそも、あなたこそただずっと指を咥えて見てるだけよね? 何もしてないあなたが私に口出しする権利あるかしら」
「……ぐっ! ああもう、分かったよ! お願いしますアクア様! これでいいだろ!」
「まあ、及第点ってところね。じゃあ行くわよ! フォルスファイア!」
図星を疲れて言いあぐねるダストが折れた姿に満足したのか、スキルを唱えたアクアの指先から放たれた炎が打ち上げ花火のように空を目指しながら煌々と蒼白の光を灯す。
「救難信号よ! 本当はモンスター寄せに使う魔法なんだけど、これで他の冒険者が気付いて助けに来てくれる筈だわ!」
「まじか!? でかしたぜアークプリーストのひ……なんだって?」
「だから、これで他の冒険者が──」
「違う! その前だよ! モンスター寄せとか言ってたよな!? お前も聞いてただろ!?」
アクアの不穏な発言を聞き逃さなかったダストが雪葉に真偽を確認してくる。確かにあれはモンスターを誘き寄せる魔法であり、間違いなく雪葉もそう耳にしたと彼にはっきり頷く。
雪葉からの返答で確信を得たダストは大きな溜息を吐いた後、恨めがましい目をアクアへ向けた。
「な、なによ……これで誰かが加勢に来てくれるかも知れないんだからいいじゃない!」
「そんな保証がどこにあるんだよ!? それで誰かが気付いて駆け付けたとしても、モンスターの数が多かったら世話ないだろ! もう頼むからあんたはこれ以上何もしないでくれ!」
「……ふん、なによっ。人が折角親切に助け舟出してあげたのに……ていうかカズマもカズマよ。いっつも自分が苦労してますぅみたいな悲劇のヒロインぶって……! 大体、あのヒキニートは最初から……」
ダストから大目玉を喰らった挙句戦力外と通告され、すっかり不貞腐れてしゃがみ込むとそのまま落ちていた枝を手に地面に落書きを始めるアクア。こうなったらもう暫くは誰が何を言おうと彼女の耳に一言も届く事は無い。
自業自得なので雪葉から特に励ます理由も無いし、いっそこれを機にどれだけ主人の手を焼かせてきたか今までの自分の行いを省みて欲しいくらいだ。
因みにアクアに刑を科すなら、女神エリスのもとで部下として働かせるのが一番だと雪葉は思っている。主人の話によれば女神エリスはアクアの直属の後輩らしく、当時彼女を良いように使いっ走りにしてたと言うのだから下克上はアクアにとってよほど良い薬になるに違いない。
まあ、それは現段階では単なる絵空事にしかならないのだが。
閑話休題。
そんなこんなのやり取りをしている内に、遠方から再び無数の敵影が接近しつつあるのを雪葉は目視にて捉える。
数にして百は超えているだろう。近辺に棲むモンスターや、今回の目的であるゴブリン達が勢揃いといった感じだ。
「おいおいまじかよ……多勢に無勢も良いところだぜ。……ははっ、死んだな俺た……いで!? 急に何すんだ──ってうお!?」
「ぐえっ」
絶望に陥ろうとしたダストに喝を入れんと雪葉は彼の尻を蹴飛ばし、背中に抱えていためぐみんをおまけとばかりに投げ渡す。そのまま肩の荷が降りた様に大きく伸びをしながら深呼吸を数回繰り返すと、今度は徐に準備運動を始め全身を丹念にほぐし始めた。
「いきなり背中から放り投げられた時は何事かと思いましたがなるほど、とうとうあなたが行くんですね」
「おい行くって、まさかこいつ一人だけでか!?」
「心配無用ですよ。私たちが近くにいても寧ろ邪魔になるだけなので。まあ、見ていれば分かりますから。──ユキハ、ダクネスの事も任せましたよ」
結局、いつものように自分にお鉢が回って来るのを薄々察していた雪葉は全てを託してきためぐみんへの返事として親指を立てて見せる。
敵の数は百超。雪葉にとって是非も無い。
実のところ、盛大に暴れられる口実が出来たので内心雪葉からアクアへ感謝の祈りを捧げたいぐらいである。鈍感な彼女が気付くかは甚だ怪しいものだが。
愛刀を手に、敵の群勢に向かって行く雪葉の口もとは不敵に笑っていた。
▼
クエストを達成し、ギルドに報告を終えた雪葉達は、和真達のパーティーが戻るのを今か今かと待ち侘びている。
「本日はお疲れ様でした。大量発生したモンスターの討伐に苦労され……た様子は無さそうですね。ですが、その……返り血を付けたまま手続きをされるのはちょっと……」
困りあぐねたように言い淀むルナからの指摘に雪葉は一度体を逸らし、彼女へ後ろの惨状が見えるように振り返った。
脱力しためぐみんを背負うダスト。
白目をむいて気絶するダクネスを背負いながら泣きじゃくるアクア。
これでもまだそう言えるのか、とばかりにルナへ向き直り目で物申す。
「……まあ、今回ばかりは致し方無いですね。ですが、次からはしっかりと身なりを綺麗にしてから受付へお越しください。掃除が大変なので」
恐らく無理な相談だ。雪葉はああいう一対多が愉しくて堪らないし、何より多くの頭を跳ね飛ばすあの感覚が爽快な身からすれば血で汚れることなど全く以って些事に過ぎない。
嘆息するルナにこくりと頷いた雪葉がダスト達のもとへと踵を返す。
途端、ギルドの扉が開かれた。
そこには、何とも達成感に満ちた表情で笑い合う和真達の姿が。
「ぐずっ……。ふぐっ……、ひっ、ひぐう……っ。あっ……、ガ、ガズマあああっ……」
顔を涙で濡らすアクアを見た和真はそっとドアを閉めた。
「おいっ! 気持ちは心底よーく分かるが、ドアを閉めないでくれよっ!」
散々待ち惚けを喰らって痺れを切らしていたのか、すかさずドアを開けて主人に食って掛かるダストは半泣き状態である。
そのダストを始めとし、順繰りに雪葉達を見渡した和真の視線が更に冷めていくのを雪葉は感じた。
「……えっとなにこれ。いや、大体分かる。何があったかは大体分かるから聞きたくない」
「聞いてくれよ! 聞いてくれよっ!! 俺が悪かったから聞いてくれ! いや、街を出て、まず各自がどんなスキルを使えるのか聞いたんだ。で、この子が爆裂魔法を爆裂魔法を使えるって言うもんだから、そりゃすげーって褒めたんだよ。そしたら、我が力を見せてやろうとか言い出してよ、全魔力を込めた爆裂魔法とやらを、いきなり何も無い平原で意味も無くぶっ放して……!」
半泣きで訴えるダストの言葉から逃げようと、和真が耳を塞ぐ。
「おい、聞いてくれって! そしたら、初心者殺しだよっ! 爆発の轟音を聞きつけたのか初心者殺しが来たんだが、肝心の魔法使いはぶっ倒れてるわ、逃げようって言ってんのにクルセイダーは鎧も着てない癖に突っ込んで行くわ、それで、挙げ句の果てにアークプリーストが救難信号だとか言ってモンスター寄せの魔法を打ち上げて百匹以上も誘き寄せてくれやがったんだ! 極め付けはニンジャだよ! すんげー勢いで次々とモンスターの首を刎ねていって、まじで地獄絵図だったわ! しかも全部殺した後に、血塗れの顔でこっちにニコッてめちゃくちゃ可愛い笑顔で笑い掛けて来たんだ! 逆にこえーよ!! ちょっとちびっちまったわ! そんで……」
「おい皆、初心者殺しの報告はこいつがしてくれたみたいだしまずはのんびり飯でも食おうぜ。新しいパーティー結成に乾杯しよう!」
「「「おおーっ!!」」」
完全に聞く耳を持たずにしらを切る和真と他のメンバー。
彼等が喜びの声を上げる中、悲痛な表情のダストが和真に縋り付く。
「待ってくれ! 謝るから! 土下座でも何でもするから、俺を元のパーティーに帰してくれぇっ!」
「これから、新しいパーティーで頑張ってくれ。あ、ユキハは返してもらうぞ」
「俺が悪かったから!! さっきの事は何度でも謝るから許してくださいっ!!」
これでダストも主人の苦労を嫌というほど痛感しただろう。今後は身の振り方に気を付けて欲しいものである。
遂に土下座まで敢行しだすダストの後ろ姿に満足げな微笑みを浮かべた雪葉は、朗らかに鼻唄を歌いつつ浴場へと足を運んだ。
今回は裏話みたいな感じ。
和真達が順調にクエストをこなしている一方、アクア達は……?という短話を一筆。