我が主君はひとでなし   作:昆布たん

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さあ、物語がついに始まりました。


忠誠【壹】:忍者、大地に立つ!

「ううう……ひっく……ぐすっ……っ」

 

 徐々に鮮明になる意識につられてゆっくりと瞼を開いた彼の先で、自身の身長と同じぐらいまで伸びた銀髪の毛先を二つに束ねた美しい女性が佇み、何故か啜り泣きながら溢れ出る涙に濡れる目端を布切れのようなもので拭き取っている。

 周囲は暗闇の景色が広がるばかりで、存在するのは彼と目の前で涙を流す女性に、現在彼が腰を下ろしている木製の椅子だけであった。

 

「あ、気が付いたんですね……ずびっ。すみません……見苦しいところをお見せしちゃいましたね。──こほん。では、気を取直して。ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先ほど、不幸にも亡くなりました。本当に……本当に……っ、短い人生でしたが、あなたの人生は終わってしまったのです」

 

 真っ暗な空間の中、彼は唐突にそんな事を告げられた。

 しかし、意味が分からない場所にいつの間にかいる事よりも、己が死んだことを告げられた事よりも、彼が真っ先に驚きを示したのは、有るはずの無い咽頭と左腕の確かな感覚であった。

 彼は目を丸くさせたまま、目の前で穏やかに自分を見つめている女性へ説明を求めるように視線を送る。

 

「えっと、自己紹介がまだでしたね。私はエリス。この天界で、若くして不遇の死を遂げた人間を導く女神です。あなたが気にされている失った筈の喉と左腕については、こちらの天界へ呼び出す際、元の状態に戻るようになっているんです。もちろん、あなたが身に付けている衣類や物も例外なく」

 

 エリスと名乗った女性は、彼に首元を確認する様に自身の首を指で示し、誘導する。

 彼がその動きにつられて首に触れると、ぼろぼろだった紐は新品のような手触りを取り戻し、それに付いているあの形が崩れてしまった鳴らない鈴も、凹みの無い艶やかな感触と、触れた振動によってチリンチリンと涼やかな音を立てた。

 驚きの表情で見据える彼を他所に、女神エリスは再び口を開き始める。

 

「女神の役割として、私はあなたの人生を一部始終見守っていました。あなたの人生は、今まで見たどんな方の人生よりも……ぐすっ。すみません、また感情が込み上げて……っ」

 

 どうやら彼が悲惨な死を遂げた結果、この場所へと招かれた上、生前に起きた一連の出来事を女神エリスが見届けていたらしく、そのあまりの境遇故に涙を流さずには見ていられなかったと言う。

 

「──えっぐ……ずずっ。何度もすみません……さて。それでは、改めて。初めまして。私の名はエリス。いきなりではありますが、不幸にも死んでしまったあなたには、二つの選択肢があります。一つは人間として生まれ変わり、新たな人生を歩むか。そしてもう一つは、天国のような所でお爺さんのような暮らしをするか」

 

 選択肢の内容を説明しながら、女神エリスは順繰りに人差し指と中指を立てていく。

 

「えーと、もう少し説明が必要みたいですね。天国というのはあなた方人間が想像しているような素敵な場所とは言えません。死んだら食べ物は必要ないし、物も当然産まれることもなければ、作ることも出来ません。がっかりさせてしまうようですが、天国って特に何もないんです。もちろん娯楽のようなものもないですし、そこにいるのはすでに死んだ先人達。そもそも魂だけの存在ですから何もしようがありません」

 

 そんなエリスの説明に対し、彼は特に何の反応も見せずただ耳を傾けている。

 

「もし、そのどちらも望まないと言うのであれば、最後の選択肢がありますけど、どうしますか?」

 

 打診するエリスの言葉へ、僅かに頷く。

 再び咳払いをした後、しばらく語ってくれた女神の話を要約すると、こう言う事だ。

 今いるこことは別の世界、すなわち異なる世界に魔王と呼ばれる多種多様の物の怪を統率している頭目がおり、それが指揮する怪物の群衆、通称魔王軍による侵攻で、その世界は危機に瀕しているとの事。

 また、その世界では、忍術とは異なる魔法と呼ばれる摩訶不思議な現象を人の手で行う事が可能であるらしい。

 彼は、些か面妖な世界があるものと感心しつつ、エリスの説明へ耳を傾ける。

 

「その……実は私、今説明した世界の女神を担当していて、そこで生まれた人は大概別の世界へ生まれ変わる事を望んでしまい……所謂、救世主の人手不足に陥ってしまいまして……。なので、こんな風に別の世界から送り込んで人手を確保するのはどうか?ということになりまして」

 

 どの業界でも悩まされる人手不足の深刻さに、彼はどことなく共感と敬意の念をはらった。

 

「なので、どうせ送るなら若くして亡くなった未練ある人たちを、肉体と記憶はそのままで送ってあげる事になったんです。しかし、送って早々に死なれてしまうのも意味がありませんから、何か一つだけ。向こうの世界に好きなものを持っていける権利をあげているんです。例えば、強力な特殊な能力だったり、とんでもない才能だったり……は、あなたからすればあまり必要無さそうな感じですね。他には、神器級の武器を希望する人もいましたね。……どうでしょう?あなたは、異世界とはいえ人生をやり直せる。異世界の人にとっては、即戦力となる人がやってくる。悪い話では無いと思いませんか?」

 

 彼は、口元に曲げた人差し指を添え、黙考を始める。

 

「それと、異世界での対話についてですが、私達女神のサポートにより、異世界へ行く際にあなたの脳へ少し負荷を掛けることで、すぐに習得が可能になります。もちろん文字も読めますよ?副作用として、場合によっては何かしらの障害が残る可能性はありますが……」

 

 最後の補足を述べる際、彼女は頰をぽりぽりと掻きながら苦笑いの表情に変わった。

 これまでの説明を頭の中で反芻した彼は、考えをまとめてエリスと向き直る。

 

 

 そして、きっぱりと首を左右に振った。

 

 

「──え、ええええええ⁉︎」

 

 彼の返答を目にしたエリスは、整った可憐な容姿を驚愕の表情に染める。

 

「ど、どどどどうしてですか⁉︎異世界ですよ⁉︎ファンタジーですよ⁉︎今まで見たことない生き物とか町とかダンジョンとか、あなたの知らない世界が広がっているんですよ⁉︎興味湧きませんか⁉︎」

 

 彼は、いや、全く。とでも言うようにまた再度首を振る。

 

「最強の能力や最強の武器で無双ですよ⁉︎皆にモテまくりですよ⁉︎下手すれば女性たちを侍らせるんですよ⁉︎」

 

 驚きのあまり、普段の彼女では口にしないような単語が飛び交っているのだが、そんな事情を知る筈のない彼は、しつこく押し売りをされているような気分に顔を顰めた。

 

「あなたは、あの人生で満足だったんですか⁉︎思い残しがあったんじゃないんですか⁉︎」

 

 彼は、その問いに迷う事なくはっきりと頷く。

 

「だったらなぜ……」

 

 語気に勢いを無くした彼女の静かな問いに、彼は答えるように首紐の鈴を指し示す。

 確かに、短すぎる人生ではあった。それでも、彼はあの領主や家族と共に過ごした日々に、十二分満足していた。

 こんな自分に名を与え、住む場所や温かい食事を分けてくれた。

 そしてなにより、領主達の向ける笑顔が、彼に生きる事の幸せを教えてくれた一番の宝であった。

 死ぬ間際には、最も敬愛する領主へ、自分の言葉で精一杯の気持ちを伝える事が出来た。

 他の人からみればたったそれだけの事でも、彼にとっては十分過ぎる程に掛け替えのない全てなのだから。

 己の人生に思い残す事はあれど、後悔など欠片も無かった。

 

「じゃあ、日本でまた生まれ変わるんですか……?」

 

 首を横に振る。

 

「では、天国へ……?」

 

 首を縦に振る。

 

「そんなの……そんなのダメですっ!」

 

 選べと言われて出した結論を唐突に否認され、彼は戸惑いの表情を見せる。

 

「ええそうです!あなたは確かに満たされて人生を終えました!しかし!幸福の女神として、あのままで人生を終わらせるなんて事、認めるわけには行きません!ですから、私がここへ招きましたっ。あなたをよりたくさんの幸せな人生へと導く為に!」

 

 思わぬ秘密を暴露する女神に対し、彼は余計なお節介と思う反面、彼女の優しさと誇りに敬意を感じ、どうしたものかと悩ましげな表情で頰を掻いた。

 

「なのでお願いです。どうか私の手を取り、自分の人生を豊かなものにして下さい。あなたを退屈させず、より幸せな人生が待つ素晴らしい世界へ招待すると約束します……!」

 

 毅然と言い切って歩み寄り、こちらに向けて右手を差し伸べたエリスを、彼はその洞察力で隈なく注視していく。

 瞳孔、脈動、姿勢、挙動……ありとあらゆる箇所を見つめ、一箇所にでも嘘の意図が見受けられれば、彼はそれ以上取り合わずに是が非でも天国へ送らせようと決意を固めていた。

 だが、真っ直ぐに彼を見据える彼女の瞳も、脈動も姿勢も何もかも、彼を騙そうといった虚偽で発生する緊張の動きは、体のどこにも認められなかった。

 彼女は本気で、彼を幸せな人生へと導くつもりらしい。

 真摯な姿勢と真実の心で向き合った彼女の信念に感銘を受けた彼は、目の前に差し伸べられた掌へ自分の手を重ねて静かに微笑んだ。

 

「…………はっ⁉︎すみません!──こほん。ありがとうございます。では、なんでも一つだけ、あなたの望むものを選んで下さい」

 

 何故かしばらく彼の顔を呆然と見つめていたエリスは、かぶりを振ると一度定位置まで戻り、彼の前に様々な武器や能力が描かれた用紙を広げる。

 されど、彼はそのいずれにも目を通すこと無く首を振り、腰に携帯する小刀を取り出しそれを突き出すようにエリスの前へと掲げる。

 まるで、この一本さえあれば武器等他には何も要らない、とでも主張するように。

 

「え……じゃ、じゃあ、何が欲しいんですか?」

 

 またもや予想の遥か上を突いた返答にエリスが苦笑いでもう一度尋ねると、彼は暫く熟考した後、やはり特に無い、と再び首を左右に振った。

 

「はあ……ここまで無欲な人、私初めて見ましたよ……。念の為に女神の力で心を読みましたけど、本当に何も無いだなんて」

 

 公的にも私的にも彼に何かしらの特典を与えたかった為か、エリスは落胆ながらに溜め息を吐くと、顔を引き締めて彼へと向き直る。

 

「分かりました。では、私からあなたに特典を与えましょう」

 

 そう進言し、エリスは彼の元へ歩み寄ると、彼の小さな額の前へ手をかざして何かを呟いた後、額から手を戻してにこやかに微笑んだ。

 エリスの行動にいまいち理解の及ばない彼は、自分の額へ手を当てながら、彼女へ問いかけるように首を傾げる。

 

「ちょっとしたおまじないを掛けました。まあ、あなたが大きな怪我をしないように、との御守りみたいなものです」

 

 おまじないを掛けたと告げ、エリスは次に彼の手を取ると真剣な表情に変えて彼に語りかける。

 

「いいですか?くれぐれも生前みたいに一人で無茶をしたりしてはいけませんよ?後、知らない人にも着いて行かないことっ」

 

 何だか過保護な親が子供に釘を刺しているかのような彼女の優しさに、実の親からそんな言葉を一度も掛けて貰えなかった彼は、嬉しさと気恥ずかしさに胸を(くすぐ)られる感覚に襲われ、僅かに頰を染めながら即座に二回ほど頷いた。

 

 

 そんな時だった。

 

 

 チリンチリン、と二度の鈴鳴りが、確かに彼の頭へ響き渡った。

 それは、彼の首に付けたものから発せられた音では無かったが、同時にその音は確かに彼の身に付ける鈴と寸分違わぬ同じものであった。

 そして、彼は直感で理解した。これは、あの時領主の子が付けていた自分とお揃いの首紐から発せられている鈴の音で、その音色がこの鈴へ呼びかける様に、異世界から助けを求めているのだと。

 そう結論を出すやいなや彼はすぐに立ち上がり、目の前のエリスへ訴える様に未だ鳴り続ける音源の先へと繋がる虚空を見上げた。

 

「どうしたんですか?」

 

 きょとんとした表情のエリスに向けて、彼は伝わるように心で強く念じる。

 

 

 誰かが自分に助けを求めている。行かなければ、と。

 

 

「分かりました。では、始めます」

 

 エリスが快く了承し、柔らかな笑みを浮かべると共に、彼の足下に、青く光る魔法陣が現れた。

 

「あなたをこれから、その助けを待つ者の場所へと送りますので心の中で行き先を強く念じて下さい。そして、魔王討伐のための勇者候補の一人として。魔王を倒した暁には、神々からの贈り物を授けましょう」

 

 

 贈り物……?

 

 

 そう心の中で問いかける。

 

「そう。世界を救った偉業に見合った贈り物。……たとえどんな願いでも。たった一つだけ叶えて差し上げましょう」

 

 エリスの返答に、彼はすぐに願いを打ち立て、胸の奥底へと秘めた。

 

「すみません。一つ言い忘れていましたが、あなたはもう喉が戻っていますから、普通に話せるんですよ?」

 

 すっかり失念していた事実に、彼は口もとを隠すように指先を当てた。

 

「願いは、決まりましたか?」

 

 彼女の問いに、彼は迷う事なくゆっくりと頷く。

 

「そうですか。──さあ、勇者よ!願わくば、数多の勇者候補達の中から、あなたが魔王を打ち倒す事を祈っています。……さあ、旅立ちなさい!……あ、それと」

 

 最後に、エリスはこう付け足す。

 

「私が個人的にあなたを此処へ招いたのは、天界規定に違反していることなので、このことは、二人だけの秘密ですよ?そして……どうかあなたに、この女神エリスの加護があらんことを」

 

 両手を胸の前で組みながら、彼女は宙へ浮かびつつある彼に祈りを捧げた。

 始終甲斐甲斐しく親切な振る舞いを見せたエリスへ、彼は閉ざしていた口を開き、感謝の言葉を述べる。

 

「……えりす、様……ありがとう」

「──⁉︎……はい!」

 

 曇りの無い笑顔を咲かせた彼は明るい光に包まれると、そのまま光の消失と共に異世界へと姿を消した。

 一人残った彼女は少年が異世界へと旅立つのを見届け終えた直後、力が抜けたようにその場へへたり込み、両頬へ手を当てながら顔を真っ赤に染め上げる。

 無粋とは思いながらも、エリスは彼の願いを興味半分に力で覗いてしまい、その内容に内心驚き戸惑いつつも、彼に気取られぬよう必死で平常な様相を保っていたのだ。

 

 

 その願いとは。

 

 

『自分や他の皆だけでなく、幸福を与える女神(エリス)様自身が、たくさんたくさん幸せになれますように』

 

 

「自分への願いはおろか、他人の為だけでなく、まさか私の為に願いを使おうだなんて……っ。あなたの方がよっぽど優しいじゃ無いですか……!でも……私、期待しても良いんですよねっ?小さい素敵な勇者さん?」

 

 彼女は忙しなく脈打つ胸に手を当てながら穏やかに微笑み、彼の姿を頭に浮かべながら、静かに呟いた。

 

 

 

 

こ・の・す・ば

 

 

 

 皆さん、こんにちは。佐藤和真です。

 今、俺は異世界転生にて、窮地に立たされています。

 

 

 その日、俺は新作のゲームを買う為に渋々外出した。

 しかし、それ以外にも欲しい物が幾つもあった為、代々家の家宝として神棚に飾られていた、鈴が付いた古い首紐に目をつけた。

 なんでも、戦国時代の先祖からずっと受け継いで来たものらしく、その価値は値段に置き換えるのも躊躇われる程の超一級品だとか。

 戦国時代という辺りから何やら胡散臭い話だと思ったが、現にここまで丁重に扱われていると、どことなく希少価値を信じたくなるのが人の性というものらしい。

 俺は新作のゲームを購入した後、更なる娯楽費の足しにする為、神棚からこっそりくすねてきた首紐を手に、近場で唯一の質屋へと回った。

 だが、持ち込んだ首紐をひと通り鑑定した店主は急に顔色が青ざめたと思えば、額から尋常じゃない量の冷や汗を流し始め、「あ、あんちゃん……悪い事は言わねぇ……。これは確かにとんでもねえ価値がつく一級品だ。紐だけで数十万……鈴も付けて百数十万は下らねえだろう……。だがそれ以上に、この首紐にはとんでもねえ何かが込められてやがる……!呪いだとか怨念だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ……!コイツからは、もっと恐ろしいものの片鱗を感じたぜ……!」と、体を震わせながら歯をカチカチと鳴らしていた。

 あまりの真に迫った姿に、俺も思わず足を竦ませて生唾を飲み込み、目の前の首紐へ視線を下ろした。

「悪いが、これは買い取れねえ……さっさと家に持ち帰って丁寧に保存した方があんたの身のためだぜ……!」との忠告を店主から受けた俺は、すぐに首紐をポケットへ仕舞い込んで質屋を後にした。

 

 

「……けっ。何が恐ろしいものの片鱗だ。あんなもんただの一円の値も貼れねえただのボロだっつの。迫真の演技のおかげで、疑われずにさっさと帰ってくれたから良かったが……。あんなゴミで棚のスペースを無駄に占領されても困るからな」

 

 

 そして、俺は帰り道に、車に轢かれそうになっていた女の子を助けようと柄にも無いことをしでかし、世界で一番情け無い死に方を衆目に晒したのだった。

 それから、俺は怒り任せで異世界に駄女神を持ち寄ったり、職業登録では基本職の冒険者一択を余儀なくされたり、使えないアクアと共に馬小屋で雨風を凌いだり、土木作業などの冒険者らしからぬ依頼で食い扶持を繋ぐ貧民生活を強いられ続けていた。

 めげそうになった時は、何故かこの世界へ一緒に持ち込めた首紐を何度も売ってしまおうかと思ったが、その度にあの質屋の店主の忠告が頭をよぎっては売り払う勇気も出ず、かといって捨てるのも後が恐ろしい為、終いには御守り代わりとして首に巻こうかと思い立ったが、子供用に作られていた為か俺の首では長さが足りず手首へ身に付ける事にした。

 そんな異世界らしからぬ生活に痺れを切らし始め、俺たちは現在、初めて冒険者デビューにぴったりの依頼。ジャイアントトードという大きな巨体を持つ蛙型のモンスターの討伐に赴いていた。

 しかし、牛などの家畜を一等丸々飲み込む程の大きな口や、一切の物理攻撃を通さない分厚い脂肪と、蛙生来が備え持つジャンプ力を前に俺たちは苦戦を強いられ、アクアに至っては一度飲み込まれかけていた。

 あまりの困難な戦況に、俺たちは二匹を討伐したところで一時的撤退に踏み切って後ろを振り返ると、ジャイアントトードが逃すまいとでもいうように佇んでいた。

 

「かあじゅまああああ!私もう飲み込まれたくない!早く!早く!やっつけて来てええええ!」

「無茶言うなって!あんなのと正面で単騎決戦とか敗北フラグしか立ってねえだろ!」

 

 

 てなわけで、俺、佐藤和真。絶賛窮地に立たされています。

 

 

「へぶぅっ⁉︎」

 

 二人で必死に逃げ回る中、全身粘液に塗れていたアクアが足を滑らせ、その場へ転倒した。

 

「アクア!」

 

 俺はそれを好機と捉え、駄女神をジャイアントトードの釣り餌に、後ろから回って討伐を試みようとアクアへ呼びかける。

 

「待ってろ!今俺が後ろから──ぶへぇ⁉︎」

 

 刹那、倒れ伏したままのアクアが俺の足首を掴み、つられて俺も転倒する。

 

「なにしやがんだこのアホ女神⁉︎せっかくの奇襲作戦が台無しだろうが⁉︎」

「それ私がまた飲み込まれるの前提の作戦でしょ⁉︎そんなのもう嫌よ!こうなったらあんたも粘液塗れになって、私と同じ苦しみを味わうがいいわ!」

「こんの馬鹿!下らねえ事で俺を巻きむ──な……」

 

 アクアに向かい、罵倒を続けようと振り向いた先で、ずずんと着地した巨体が、俺たちをじっと見ていた。

 

「あ、あわわわわわ……か、カズマさん、早く、そのナイフでズバッと……!」

「むりむりむり……これ切るやつじゃないし、何十回も刺さないと倒せないって……!」

 

 しばらく沈黙していたジャイアントトードは大きく口を開け、俺たちに向けて頭を勢いよく振り下ろした。

 

「いやあああああああああああ!」

「ぎやあああああああああああ!」

 

 

 その時だった。

 

 

 頭上から差し込める眩い光に、ジャイアントトードが動きを止めて天を仰ぎ掛けた刹那、その頭が凄まじい速度で地面へと叩き付けられる。

 その反動により、胴体は一度宙へと舞い上がりながら再び地面へと投げ出され、一瞬ばかりの一撃が壮絶な威力を物語っていた。

 

「…………ふぇ?」

「な、なんだ……?」

 

 光が消えると、絶命したジャイアントトードの頭上に、人影がたっていた。

 両肩を出した袖の無い黒ずくめの衣装、その中にちらりと覗かせる網目状の鎖帷子。間違いなく、前の世界において、様々なメディアで見かけた事があるものだった。

 

「カズマ……あれって」

「ああ、間違いない……忍者だ」

 

 だが、それ以上に俺たちの目をひいたのは、それを身に纏う者自体の容姿であった。

 顎先で長さを切り揃えられた雪のような白い髪、こちらを見下ろす大きな桔梗色の瞳。

 極め付けは、その幼くも綺麗に整った顔立ちと、細くしなやかで、小さな体躯だ。

 一言で表すなら、その子の印象は儚げな忍者少女、といった所だろう。

 その少女は、手にしていた短い刀を腰の鞘へ戻すと軽やかにジャイアントトードの頭から降り立ち、ゆっくりとこちらへ歩み寄ると、何かを確認するように俺たちをじいっと見つめ始めた。

 やがて、値踏みするような視線が俺の手首に付けた首紐に留まると、彼女は大きく目を見開かせた。

 

「……見つけた」

「へ?」

 

 そう呟くと、彼女は未だ腰を抜かしている俺の前に跪き、深く頭を下げると静かに言葉を続けた。

 

「……お初に、お目に……かかります……名を……雪葉(ゆきは)……以後……お見知り置きを……我が……尊き御方の、子孫…………これより……我が身は……七生を以って……御身御守護を……務めます」

 

 小さな抑揚の無い声で、少女は俺に向けてそう宣言し、頭を上げた。

 

 

 

 

こ・の・す・ば

 

 

 

 その後、俺とアクアは討伐依頼を終え、街へと帰還し、真っ先に大浴場へと向かっていた。

 

 

 すたすた。

 

 

 向かって、いた。

 

 

 すたすた。

 

 

 向かって……いた。

 

「ねえねえカズマさん?」

「なんだいアクアさん?」

 

 にこやかに呼びかけるアクアへ、俺も同じ表情で応える。

 

「さっきからずっと、忍者の格好をした可愛らしい少女が私たちの後をついて来てますよ?」

「ははっ、そうだね」

「ねえねえカズマさん?」

「なんだいアクアさん?」

「ついに私たちの隣まで来たわよ?」

「ははっ、そうだね──て、いつまで着いてくるんだ⁉︎」

「……どこまでも……主君の、行く所……この身の、行く所」

 

 何故かは分からないが、俺はこの子に主君と呼ばれ、ずっと着いて回られていた。

 まあ、美少女に懐かれる事に対しては嬉しい限りだが、側から見れば少女を連れさらっている青年の図に見えなくも無いのでタチが悪い。

 

「何か、あんた達だけ見ると犯罪の臭いがえげつないわね」

 

 この駄女神。敢えて口にしていなかったのに、空気を読め低知能プリーストが!

 警察署に連れて行こうとも思ったが、多分間違いなく俺が問い詰められて牢屋にぶち込まれる未来が見えた為、仕方なく少女を大浴場に同行させた。

 道中、少女から詳しい経緯を伺った所、どうやら彼女も俺と同じ境遇でこの世界へと送り出されたらしく、俺が身に付けたこの鈴の音を頼りにやってきたとのことだった。

 おまけに、少女も俺と同じ首紐を首元に付けていたのだが、これは当時、彼女が遥か昔に俺の先祖から贈られたものだと言うのだから驚きだ。

 親から聞いた話は、真実だったらしい。

 

「で、ユキハ、で良いんだよな?お前、金はあるのか?」

 

 大浴場の受付まで辿り着くと、俺はユキハに持ち金の有無を尋ねた。

 だが、彼女は俺の問いに対し、ふるふると首を横に振る。

 

「……だよなぁ」

「ちょっとカズマ!その子に奢るんだったら、私の分も払いなさいよ!このロリコン引きニート!」

「どういう暴論だアホ女神!お前は金あるんだから自分で払え!」

 

 本当、何でこんな使えない廃品持ってきちまったんだ、俺。

 ふと、袖を引かれる感触に目を下ろすと、ユキハが控えめな表情で俺を見上げていた。

 

「……主君……この身……行水で、十分……湯浴みは……不要」

「ばっか、お前。風呂は命の洗濯だぞ?仮にも女の子が風呂に入らないなんて野暮な事言うもんじゃないからな?」

「……女の子?……主君……この身は……お──」

「おっちゃん、大人一枚と子供一枚」

「あいよ」

「うっし、アクア。ユキハ頼んだぞ」

「はいはい。ほら、行くわよ」

「……でも……主君の安全を……」

「こんな場所で襲う奴なんかいないわよ。そもそも、カズマ如きの命を狙うぐらいなら他の冒険者を狙うに決まってるわ。わかったらさっさと着いて来なさい」

 

 ユキハの訴えに耳も貸さず、アクアは彼女の手を引いてずんずんと脱衣場の奥へ姿を消した。

 つうか、一言多いんだよなあ、あの駄女神。

 溜め息を漏らしつつ、俺も大浴場へ疲れた体を癒しに向かった。

 

 

 その後、受付前のホールで待ち合わせたアクアから、ユキハが男であると驚愕の事実を知らされ、俺の思考が数分間停止したのはここだけの話だ。

 

 

 

 

こ・の・す・ば

 

 

 

 大浴場で疲労と汗を洗い流した俺達三人は、討伐依頼の結果報告と討伐したカエルの肉を売る為、冒険者ギルドへと足を運んだ。

 中に入るやいなや、ユキハは目を丸くしながらギルド内を物珍しそうに見渡し、初めて目にする光景の数々に目を爛々と輝かせていた。

 いや、まじでこんな可愛い少年とか存在してた方が驚きだよ、こっちは。

 受付の前へと着くと、先に俺とアクアのカエルの肉の買取手続きを済ませた後、今度はユキハの冒険者登録の手続きを申請する。

 

「すみません。冒険者登録をお願いしたいんですけど」

「はい。どなたが登録されますか?」

 

 にこやかに微笑むおっとり巨乳受付嬢の問いに、ユキハが真っ直ぐ手を挙げる。

 

「か、可愛い!──こほん……ええ、と……登録の前に、あなたはお幾つですか?」

 

 一度顔を綻ばせたと思えば、咳払いをして少し笑みを崩す受付嬢に、ユキハはビシッと両掌を掲げた。

 

「じゅ、十⁉︎申し訳ありませんが……冒険者ギルドは、十三歳以上の方からしか登録を受け付けておりませんので……」

 

 残酷な現実を突きつけられ、ユキハは愕然と肩を落とした。

 だが、あのジャイアントトードをいとも容易く打ちのめしたこの子の実力を利用しない手など無い。

 

「じゃあ、せめて能力値を図るぐらいなら出来ますよね?」

「ちょっとカズマ、あんた何をたくら──もが」

「え、ええ……それならば可能ですが、それでも冒険者カードを使用するので、手数料として千エリスを頂くことになりますが」

「問題無いです」

「分かりました。……では、まずこちらの書類に身長、体重、年齢、身体的特徴の記入を願います」

 

 受付のお姉さんが差し出した書類に、ユキハは自分の特徴を書いていく。

 内容を覗いてみると、身長四尺二寸、体重七貫、白髪に桔梗色目……いやいや。

 

「ユキハ」

 

 俺の呼びかけに、ユキハは何用かと純粋な瞳を向けてくる。

 この子が記入した項目全てが日本語の漢字で書かれており、多分これではこの世界の人達には伝わらない気がする。

 それはギルド内の至るところに表記された、あからさまに日本とは象形の異なる文字が全てを物語っていた。

 おまけに身長や体重に記された書き方から見ても、生まれた時代のせいか、算用数字も知らない様子。

 

「その紙とペンを貸してくれ」

 

 即座に書類とペンを差し出したユキハから受け取り、俺は前世の記憶を頼りに、彼が書いた項目全てを修正した。身長127センチ、体重26キロ……。

 

「すいません、これで」

「はい、結構です。えっと、では、こちらのカードに触れてください。それであなたのステータスが分かりますので、その数値に応じてなりたい職業を選ぶようになります。経験を積む事により、選んだ職業によって様々な専用スキルを習得出来るようにはなるんですが、今回はあくまで能力値の測定が目的です」

 

 説明を終えて受付のお姉さんから差し出されたカードを、ユキハが不思議そうに受け取った次の瞬間。

 

「きゃ⁉︎」

「んげ⁉︎」

「ちょ⁉︎」

 

 唐突にカードから発せられた眩しい光がギルド内を照らし、その場に居合わせたユキハを除く全員が目を閉じながら顔を逸らし、過度な光の侵入を防いだ。

 光が消え、視界が戻ると、あいつの手元にあるカードには何やら火花が飛び散っていた。

 

「ユキハ。あなたあの光もろに見てたけど大丈夫なの?」

 

 珍しく人様の無事を伺うアクアの問いかけに、ユキハは何でもないように頷いてみせる。

 

「と、とりあえず、カードの内容を見てみますね」

 

 突然の事に戸惑いながらも、受付のお姉さんは冷静に努めつつユキハの持つカードを確かめる。

 

「えっと…………──こ、これって⁉︎」

 

 ユキハの触れたカードを目にしたお姉さんは、アクアのカードを見た時の何十倍も血相を変え、ユキハの前から後ずさって行く。

 

「こんなことがあり得るなんて……今すぐ本部に連絡を入れて来ます!」

「何かあったのか?ユキハ」

「……不明」

 

 慌てて奥へと戻って行くお姉さんを尻目に、俺はユキハのカードを覗き込んでみた。

 

 

【名前】ユキハ

【年齢】10

【性別】男?

【レベル】1

【生命力】12

【筋力】計測不能

【防御】2

【魔力】0

【器用度】計測不能

【敏捷性】計測不能

【知力】78

【幸運】計測不能

【固有職業】忍者

【常時発動】女神の寵愛:幸福

 

 

 なんだこれ、まったく分からない。

 計測不能?一体どういう事なんだ。

 

「カズマ……この子、とんでもない強さよ」

「やっぱ、そうなります?」

「計測不能は、カードで測れる限界を超えてる何よりの証拠ね。そして何より、一番恐ろしいのは……」

「お、恐ろしいのは……?」

「常時発動スキルに女神の寵愛:幸福ってあるでしょ⁉︎つまり、この子が私の後輩である女神、エリスのお気に入りってことよ!まだこんなに幼い子を毒牙にかけるショタ好きだったなんて、上げ底だけじゃ満足出来なかったみたいね……!我が後輩ながら末恐ろしくて鳥肌が立つわ……!」

「あー、うん」

 

 取り合った俺がバカだったわ。

 

「本部と連絡がつきました!ユキハさん!あなたは特例により、冒険者として認可されました!是非ともその絶大な力を魔王討伐に役立ててくれることを期待しています!」

 

 急ぎ戻ったお姉さんからの報告を受け、ユキハは事態を飲み込めていないのかきょとんとしており、周りは新たな勇者候補の誕生に盛り上がりを見せ始めた。

 

 

 しかし、俺たちはこの出来事が意味するわけを、この時は知る由もなかった。

 




本編突入出来ました。
とりあえず一安心。
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