我が主君はひとでなし   作:昆布たん

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前回までのわがしゅく。
単発魔法使いが現れた。
被虐趣味騎士が現れた。



忠誠【參】:キャベツ検定2級

 カエルを討伐した翌日。

 雪葉達はギルド内の酒場で、遅めの昼食をとっていた。

 そして、彼の主、和真はスキルの習得方法についてめぐみんへ問い掛ける。

 

「なあ。聞きたいんだがスキルの習得ってどうやるんだ?」

 

 質問に対し、めぐみんはフォークを握り締めたまま顔を上げて和真へ解を提示する。

 静々と慎ましやかに食事へ手を伸ばしながら、雪葉も今後の為にめぐみんの説明を一応耳へと入れておく。

 通常、何かしらの職業についていれば、レベルが上がる毎にスキルを習得する為のポイントが付与され、ある一定の値まで達するとそれに応じたスキルが現在習得可能なスキルと書かれた箇所へ新たに追加されて行くと言うものらしい。

 だが、和真は初期職業と分類されている冒険者である為、スキルを習得する際は同様のスキルを身につけている先人達から使用方法を教授して貰わねばならず、その過程を踏まえる事で初めて項目として追加され、望みのスキルへポイントを行使して漸く習得が可能となる。

 尚、全てのスキルが習得可能な冒険者とは言え、職業補正の効かない初期職業では本職よりもスキル獲得に有するポイントはより多く、めぐみんが持つ爆裂魔法に至っては、冒険者風情など20〜30程度を貯蓄した程度ではまだまだ物足りないぐらい気が遠くなる様な手間と時間がかかるのだと、アクアから補足が加えられる。

 爆裂魔法の話を振られ、目を輝かせながら和真に顔を近付けるめぐみんと、顔を少し赤くさせて困惑している主の姿を横目に、雪葉は自分のカードを取り出して、スキル項目へ目を通してみた。

 無論レベルに変化のない彼のカードは、モンスター討伐の関連項目しか更新されておらず、スキルの項目内には何も記されていない。

 しかし。そんなものが無かろうとも、彼には今まで培った経験や技術が体の底に染み付いていることを忘れてはならない。

 転生前から、人並み外れたありとあらゆる忍者としての業をこの手で亡き者にした父親から教わったその数々は、彼にとって歩く事と同様に容易いほど、当たり前な所作の一つであるからだ。

 

 

 姿を消している訳ではないのに、目の前にいる一切の者が彼の存在を気づけ無くなる隠密。

 遥か先、凡そ数キロ離れていようともその姿形をはっきりと捉え、動くものの姿を決して見失わぬ優れた深視力と動体視力。

 どんな僅かな音も聞き逃さず、その音を発するものの特徴や位置まで把握出来てしまう驚きの聴力。

 相手が命を持つものであれば、例外なく命を刈り取ることが出来る暗殺技術。

 

 

 これらは全て、雪葉が日々の修錬と研鑽を積み重ねた結果であり、彼個人の能力として昇華されている。

 故に、スキルとして分類されない彼の技は、魔法やスキルによって封印される事も無いので、彼の気力や体力が尽きぬ限り敵はやられ放題待った無しの雪葉無双状態となるだろう。

 アークプリーストが持つセイクリッドブレイクスペルによって解除されてしまう、アンデッドが放つ死の宣告も霞む程、命あるものにとって一番の恐怖とは彼の暗殺技術以外に他ならない。

 いつの間にか萎らしい表情で項垂れなら再び定食を食べるめぐみんを他所に、和真はアクアへと教えを請いていた。

 だがそんな期待をへし折るのがこの駄女神。

 彼女は和真の期待からかけ離れ、あろうことか宴会芸のスキルを教えようと躍起になり、和真から罵倒を受ける始末。

 アクアもめぐみん同様、哀しげな雰囲気を纏いながら手遊(てすさ)びに身を投じ始めてしまった。

 

 

 そんな時だった。

 

「あっはっは!面白いねキミ!ねえ、キミがダクネスが入りたがっているパーティーの人?有用なスキルが欲しいんだろ?盗賊スキルなんてどうかな?」

 

 それは、横から突然に掛けられた声。

 雪葉達が振り向いた隣のテーブルには、二人の女性。

 頰に小さな刀傷があり、言動に明朗快活な印象を受ける銀髪の美少女。

 その隣には、荘厳な全身鎧を身に付けた長い金髪を後ろで一つに結わえた美女。

 よく見ると、片方は先日自分の主に不敬を働いた被虐性癖の女騎士だった。

 彼女は荒々しく肩呼吸を行いながら頬を僅かに染め、どこか期待する様な視線を雪葉に向けていた。

 彼は一度それに気付くと、何事も無かったかのように軽く鼻を鳴らしながらあからさまに顔を逸らす。

 沈黙の冷遇を受けたにも関わらず、嬉しそうに身を捩らせる女騎士の姿を一瞬視界に入れた雪葉はまさかの失態に内心頭を抱えた。

 そんな二人のやり取りを苦笑いで見つめながら頰を掻いた盗賊の少女は、己のスキルを和真へ教える代わりに飲み物を一杯奢るよう交渉を持ち掛け、興味を抱いた主が是非にと了承する姿を横目に、より強烈な期待の眼差しを突き付けてくる女騎士の猛威に耐えつつ無言で成り行きを見守る事にした。

 

 

 ▼

 

 

「まずは自己紹介しとこうか。あたしはクリス。見ての通り盗賊だよ。で、こっちの無愛想なのがダクネス。昨日ちょっと話したんたんだっけ?この子の職業はクルセイダーだから、キミに有用そうなスキルはちょっとないと思うよ?」

「ウス!俺はカズマって言います。クリスさん、よろしくお願いします!」

 

 冒険者ギルドの裏手にある広場にて、雪葉と和真、クリスにダクネスの四人は人気の無いこの場所を確保していた。

 ちなみに、連れの二名は酒場のテーブルで意気消沈しているためそのまま放置。

 

「……えっと、……そっちのキミも、良かったら──」

「あなたのっ!あなたの名は何と言うのだ⁉︎出来れば好きな甚振(いたぶ)り方も教えてくれないだろうか!」

 

 クリスが緊張した面持ちで、雪葉を躊躇いがちに呼びかけた時、ダクネスが堤を切らしたようにいきなり間へ割り入ると、彼の手を取りながら輝かせた目を真っ直ぐに合わせ、上気させた顔を寄せつつ名を問い質す。

 

「ああっ!ずるいですっ……──おほん。取り敢えずその手を離そうか、ダクネス」

「……はっ⁉︎す、すまない、つい我を忘れてしまっていた……。非礼を詫びよう」

 

 何かを言いかけたクリスは一度咳払いをして、鼻息を荒くさせながら雪葉に詰め寄るダクネスの肩に手を掛ける。

 心なしか、ダクネスへ向ける彼女の笑みに、雪葉は静かな怒りが潜んでいる気がした。

 

「…………雪葉」

 

 彼は目の前で昂ぶりを抑え込んで平謝りする変態騎士から隠れるように主である和真の背後へいそいそと回り込み、顔を覗かせ静かに名乗る。

 

「おっけー、よろしくね!」

「ユキハか。覚えておこう」

 

 クリスは朗らかに手を振り、ダクネスが雪葉をしかと目に焼き付けるかの如く凝視する。

 彼は生業上の癖でダクネスを拘束してしまったのだが、彼女を組み伏せた挙句、発言の自由すら奪い去ると言う仕打ちを与えた昨日の自分を殴り飛ばしたくなった。

 普通の人であれば、あのように苦痛を与えればそれ以上関わりを持とうとして来なかったのだが、寧ろまた望まんばかりの態度を晒け出して来るダクネスに対し、彼は些か嫌悪感を示した。

 

 

「では、まずは《敵感知》と《潜伏》をいってみようか。《罠解除》とかは、こんな街中に罠なんてないからまた今度ね。じゃあ……、ダクネス、ちょっと向こう向いてて」

「……ん?……分かった」

 

 ダクネスは言われた通りに反対を向き、それを確認したクリスは少し離れた樽への中に入り上半身を外へ残すとダクネスの後頭部目掛けて石を投げつけ、今度は全身を樽の中へ潜めた。

 一連の流れを見ていた雪葉は、正直子供のかくれんぼ程度にしか思えず、無言のダクネスに転がされる樽に呆れた目を向けていた。

 彼であれば、例えあの距離で石を投げつけても位置を特定される様なヘマは絶対にしない。何故なら、雪葉の人としての限界を超越した隠密技術の前ではいくら相手が彼を意識して探そうとも、彼自身が気配を戻さない限りは、永遠に認識することが不可能だからである。

 とはいえ、主へ教えたくとも雪葉の業はスキルでは無い上、他の者が生涯を懸けて修錬を積もうとも、彼と同じ様に会得する事など決して叶わぬ絵空事とでも言うべき代物。それこそほぼ四六時中自分の時間を修行に捧げ続けなければならない為、体得するのなら人としての生活や道理を長らく捨てて死より恐ろしい苦行を自分へ強いる以外に道は無く、そんな辛酸を嘗めさせるなど例え和真が望んでも経験者である雪葉自身が許せない。

 彼は言葉に出さず、主のスキル習得をただ心で祈りながら見届ける他無かった。

 樽から出てきたクリスは暫く目を回していたが、やがて視界が戻ったのか次のスキルを和真へ教授する。

 窃盗。これは相手が所持する持ち物を何でも一つだけ奪い取る優秀なスキルで、相手が例えしっかりと把持する武器だろうが、懐深くへ忍ばせておく貴重品だろうが、無作為に奪取が可能。また、窃盗が成功する確率は使用者の幸運値に依存する為、場合によっては不利な状況を一転させる可能性も見出せる使い勝手の良いスキルだと言う。

 だが、無論雪葉の盗取技術は幸運値関係なく技量や筋力、敏捷性を駆使したごり押し技で確実に狙った持ち物を奪う事が出来るので、彼は窃盗スキルに然程利便性を感じてはおらず、寧ろスキルが発動するまでの時間が勿体無いと問題点まで洗い出していた。

 恐らく彼が本気で臨めば、相手が窃盗を発動してこちらの持ち物を一つ盗み出した時には、目にも止まらぬ彼の手技によって身ぐるみ全てを剥がされている事だろう。

 それ以前に、雪葉の速さならのうのうとスキルを行使させる前に拘束するなり腕をへし折るなり相手が無力化される結果に終わる為、彼に盗みを働くなら、それ相応の覚悟を持たねばならないだろう。

 自分の技能と窃盗スキルの優劣について分析を終えた雪葉が再び和真達に意識を向けると、どうやらクリスが窃盗の実演をみせてくれる様子。

 

「じゃあ、キミに使ってみるからね?いってみよう!『スティール』ッ!」

 

 クリスが和真に向けて手を突き出して叫ぶと同時に、その手に小さな物が握られていた。

 

「あっ!俺のサイフ!」

 

 それはカズマの厚みが見られぬ財布であった。

 

「おっ!当たりだね!まあ、こんな感じで使うわけさ。それじゃ、サイフを返……」

 

 和真へ財布を返そうとするクリスの手が止まり、加えて何かを企む様な笑みを浮かべ始めた。

 

「……ねえ、あたしと勝負しない?キミ、早速窃盗スキルを覚えてみなよ。それで、あたしから何か一つ、スティールで奪っていいよ。それがあたしのサイフでもあたしの武器でも文句は言わない。このサイフの中身だと、間違いなくあたしのサイフの中身や武器の方が価値があるよ。どんな物を奪ったとしても、キミはこの自分のサイフと引き換え。……どう?勝負してみない?」

 

 そう突拍子も無いことを言い出し、クリスは手にした和真のサイフをひらひらと見せつけている。

 心配そうな雪葉が和真を見上げると、彼は少しの間カードの表面に指を触れてひと通り操作を終えると、好戦的な笑みを浮かべてクリスへと対峙した。

 

「早速覚えたぞ。そして、その勝負乗った!何盗られても泣くんじゃねーぞ?」

「いいねキミ!そういう、ノリのいい人って好きだよ!さあ、何が盗れるかな?今ならサイフが敢闘賞。当たりは、魔法が掛けられたこのダガーだよ!こいつは四十万エリスは下らない一品だからね!そして、残念賞はさっきダクネスにぶつける為に多めに拾っといたこの石だよ!」

「ああっ!きったねえ‼︎そんなのありかよっ!」

 

 どうやら余分な物を沢山所持する事で、クリスは重要な物を盗まれる確率を減らす対抗策を講じていたようだ。

 

「これは授業料だよ。どんなスキルも万能じゃない。こういった感じで、どんなスキルにだって対抗策はあるもんだよ。一つ勉強になったね!さあ、行ってみよう!」

 

 また新たな欠陥が見つかった事で、やはり自分自身の腕を磨くのが確かな道だと改めた雪葉は、そっと主の裾を引いて見上げる。

 

「ん、どうした?」

「……主君……大丈夫……幸運値……最優」

「ユキハ……」

「……絶対……出来る…………ふぁいと」

「──今なら俺、何でも出来る気がするわ」

 

 唯一愛らしい仲間からの声援を受けた和真は、悠然とした面持ちで再びクリスへと向き直り、パキパキと拳の関節を鳴らした。

 

「よし、やってやる!俺は昔から運だけはいいんだ!『スティール』ッ!」

 

 叫ぶと同時、和真が突き出した右手には何かがしっかりと握られており、彼はそれを広げた。

 

「……なんだこれ?」

 

 それは、一枚の純白な布切れ。

 和真がそれを両手で広げて陽にかざす。

 

「ヒャッハー!当たりも当たり、大当たりだあああああああああ!」

「いやああああああああ!ぱ、ぱんつ返してえええええええええええええええええっ!」

 

 クリスが自分のスカートの裾を押さえながら、涙目で絶叫した。

 だが、一人現状をつかめない者がいた。

 

「いよっしやあああああ!きたきたっ──ん?」

「……主君……それ……何?」

 

 かの少年、雪葉である。

 彼は戦国時代の生まれ。その当時、日本人の下着と言えば、男性は褌。女性は湯文字と呼ばれる謂わば腰巻の様な物を下着として身に付けるのが風習であったため、奇抜な形の布切れを初めて目にした彼は、純粋な興味本位で和真へと尋ねているだけで、其処に一切の下心は無い。

 雪葉は、和真の手によって意気揚々と振り回されている真っさらな布切れを珍しそうに見上げまま指差すと、不敵な笑みを浮かべた主が再びその布切れをがっしりと握りしめる。

 

「これはな、ユキハくん。ぱんつと言って、今の女性達が履いている下着の一種だ。これを手にすることは、君の時代で言う、武士が敵軍の大将の首を討ち取ることと同じぐらい大変名誉な御首級(みしるし)なのだよ」

「……成程……流石……主君……この身……更なる……敬を、以って……仕える」

 

 無論、そんな事実などある訳がない和真のふざけた口八丁だが、忍者として必要な知識や技術以外など育まずに生きてきた純粋無垢は、疑う事なく彼の前に跪き、称賛の口上を述べた。

 

「ちょっとキミ!いたいけな子供に変な事吹きこんでないで早く返してよおおおお!幾らでも払うからあああああ!」

「ほお?なら、自分のぱんつの値段は自分で決めろ。だが、その言い値で俺が満足しなけりゃ、もれなくこのぱんつは我が家の家宝として奉られることになるがな」

 

 さっきまでの威勢がすっかり消えて泣き縋るクリスに対し、和真は再び彼女へ見せつける様に人差し指を軸にしてくるくるとぱんつを回す。

 

「わかった!わかったから!キミの分とあたしの分全部出すからああああああああ!」

「察しが早くて何よりだ。ありがたく受け取っておこう」

 

 傍若無人に振る舞う和真を一刻も早く止めたいクリスは、懐から自分のサイフを取り出し、窃盗スキルで手にしたサイフと共に彼へ返上し、代わりにぱんつをその手に渡される。

 クリスの手の平に置かれたくしゃくしゃのぱんつは、彼女が履いていたせいか和真が握り締めていたせいかよく分からない温もりが残っていた。

 

「そんじゃ、ギルドに戻るか。ユキハ……って、おい?」

 

 踵を返す和真の呼び掛けに応えることなく、彼はゆっくりとクリスの元へ近づき、地面に座り込んで啜り泣く彼女の前で歩みを止める。

 

「……ひっく、ぐす……。…………なに?みっともないあたしを笑いに来たの……?」

 

 辱めを受けたせいか恨めがましい目を向ける彼女に対し、雪葉は違うと首を振る。

 

「だったら、何しに…………えっ?」

 

 彼は懐から巾着袋を取り出し、あろうことかまるごと彼女へ差し出した。

 

「こ、これ……」

「……お金……五十万エリス」

「な……っ⁉︎」

「はあ⁉︎」

 

 驚愕するダクネスと和真を他所に、彼は巾着袋をクリスの膝上に置く。

 

「どうして……?」

「……意味不明」

「どうして……初めてあったばかりのあたしにお金をまるごとくれるの……?」

 

 信じられない様子のクリスに対し、彼は静かに口を開く。

 

「……ある人……言った……困っている人、いたら……迷わず、手を……差し伸べろ……善人も、悪人も……関係ない……どっちも、助ける……理由も……いらない……それが……本当の……優しさ」

 

 彼にも、忍者として以外で唯一領主によって培われたものがあった。

 

 

 優しい心である。

 

 

「……それに……使い道……無かった」

「……そっか。でも、こんなに受け取れないから半分でいいよ」

 

 そう言って、クリスは袋から二十五万エリスを抜き取り、彼に突き返した。

 

「……汝……元の……所持金……もっと、あった……」

「ううん。これで十分だよ………………十分過ぎるくらい、ね」

「──おほん」

 

 彼女は両手を胸の前で握り締めながら、雪葉へ微笑んだ。

 すると、そこにダクネスが二人の横に立つと、気まずげに咳を払う。

 

「クリス。まずはそこの路地裏でぱんつを履いてこい。お礼の話などはその後でも出来るだろう」

「あ、うん……じゃあ、ちょっと失礼するよ」

 

 ダクネスの打診を受け、クリスは一度雪葉へ声を掛けるとぱんつを身につけるため路地裏へと姿を消した。

 目の前に佇むダクネスに対し、雪葉は何か用かとでも言いたげな視線を向ける。

 

「すまない。あいつの自業自得もあるとは言え、温情をかけてくれたあなたに、彼女の友人として、心から感謝を述べさせてもらいたい。ありがとう」

「…………別に……この身が……勝手にした事……」

 

 先程の姿とは別人の様なダクネスに、彼は少し呆気に取られつつも気にする事は無い旨の返事を返した。

 そこに、頭の後ろで手を組みながら和真が戻ってくる。

 

「ユキハ、良いのか?」

「……主君……誠に……申し訳ない」

「ん?ああ、金のことなら俺に謝る必要ないぞ。あれはお前の金だし、何に使うかもお前の自由なんだから、俺がとやかく言う権利もつもりも無いしな」

「……主君……」

「それに、お前が金をやることと俺がクリスさんから金を巻き上──貰ったことはまた別の話だから、気にすんな」

「……ん」

 

 和真から伸ばされた手が雪葉の頭を撫でると、彼は差し出す様に頭を前に向けつつ、了承の意を示した。

 

「……やはり、本当に凄まじいのは彼ではなく、この男……」

「ん、何か?」

「いや、何でもない。……む、どうやら終わったようだな」

 

 何かを呟くダクネスに和真が声を掛けるも、彼女は特に説明をする事なく話を打ち切り、裏路地から再び姿を現したクリスへ振り向く。

 

「ごめんごめん、少し待たせたかな。それじゃあ、カズマくんもスキルを覚えられたことだし、ギルドに戻ろうか」

「ああ」

「ウス。あー、何だかスキル教わってたら何だか小腹が空いてきたなあ」

 

 戻ってきたクリスの進言を受け、ギルドへ歩みを進め始めた和真とダクネスに雪葉も続こうと足を運び始める。

 

「あ、キミ。ちょっといいかな」

「……?」

 

 その時、クリスが唐突に雪葉を呼び止め、彼は一度足を止めた。

 すると彼女は彼の元へ近づき、耳元へ顔を寄せると、

 

「……ありがとうございます」

 

 先程までの彼女からは予想もつかない穏やか且つ清廉な口調と声音で謝辞を述べると、すぐに彼の前へと回り込んで後ろ手に組みながら、とてもにこやかな笑顔を見せてくれた。

 この時、彼は初めて顔を合わせたクリスに対して、何故か言い様のない既視感を感じた。

 

 

 ▼

 

 

 四人がギルドの酒場に戻ると、そこは大変な騒ぎになっていた。

 アクアの周りに群衆が集まり、彼女の宴会芸スキルに取り付かれた者たちが≪花鳥風月≫なるものの技を再び目にせんとあの手この手で懇願している風景が広がっている。

 

「──あっ!ちょっとカズマ、やっと戻ってきたわね、あんたのおかげでえらいことに……。って、その人どうしたの?」

 

 人だかりを面倒くさそうに押しのけながら、和真の隣で溜め息を吐き項垂れるクリスにアクアが興味を抱く。

 すると和真が説明する前に、ダクネスが口を開いた。

 

「うむ。クリスは、カズマにぱんつを剥がれた上にあり金毟られて落ち込んでいるだけだ。まあ、これでも雪葉のおかげで大分マシにはなったがな」

「おいあんた何口走ってんだ!待てよ、おい待て。間違ってないけどほんと待て」

 

 ダクネスの言葉に軽くひいているアクアとめぐみんの視線を受ける和真を他所に、やがてクリスは落ち込んでいた顔を上げた。

 

「公の場でいきなりパンツ脱がされたからって、いつまでもめそめそしててもしょうがないね!よし、ダクネス。あたし、悪いけどちょっと臨時で稼ぎのいいダンジョン探索に参加してくるよ!ユキハくんの助けがあったとはいえ、下着を人質にされてあり金けっこう失っちゃったしね!」

「おい、待てよ。なんかすでに、アクアとめぐみん以外の女性冒険者の目まで冷たい物になってるからほんとに待って」

「……主君……あれ……尊敬の視線?」

「すいません嘘です僕の行いは不名誉どころか外道の極みでしたそうです僕がゲドウカズマです」

「……主君……主君……」

 

 今の会話が聞こえていた周囲の女性冒険者達から寄せられる冷たい視線を受け、無自覚な雪葉のとどめによって、遂に現実逃避に陥ってしまう和真に、クリスがクスクスと笑う。

 

「このくらいの逆襲はさせてね?それじゃあちょっと稼いでくるから適当に遊んでいてねダクネス!じゃあいってみようかな!」

 

 そう言うと、クリスは冒険仲間募集の掲示板に行ってしまった。

 

「えっと、ダクネスさんは行かないの?」

「……うむ。私は前衛職だからな。前衛職なんて、どこにでも有り余っている。でも、盗賊はダンジョン探索に必須な割に、地味だから成り手があまり多くない職業だ。クリスの需要ならいくらでもある」

 

 以前にアクアもアークプリーストは希少で引っ張りだこだと話しており、クエストや職業の関係に寄って優遇されるシチュエーションは多種多様らしい。

 ほどなくして臨時パーティーが見つかったエリスは、数名の冒険者を連れ立ってこちらに手を振りながらギルドを後にした。

 

「それで、カズマは無事にスキルを覚えられたのですか?」

 

 めぐみんの言葉に、和真はにやりと不敵に笑い、彼女へ向けてスティールを発動。その手には真っ白なぱんつが握られていた。

 

「……なんですか?レベルが上がってステータスが上がったから、冒険者から変態にジョブチェンジしたんですか?……あの……スースーするのでぱんつ返してください……」

「あ、あれっ⁉︎お、おかしーな、こんなはずじゃ……。ランダムで何かを奪い取るってスキルのはずなのにっ!」

「……主君……狙い通り……二度目の……御首級……完全に……使いこなせてる」

「……やはり変態にジョブチェンジを……」

「違う!違うんだって!まじでランダムなんだからなっ⁉︎」

 

 慌ててめぐみんにぱんつを返す和真へ、更に冷たい視線が周囲から注がれていく中、突然テーブルを叩きながら、ダクネスが椅子から立ち上がった。

 その目を何故か爛々と輝かせながら。

 

「やはり、私の目に狂いは無かった!無垢ながらも人を甚振る腕前を持ついたいけな少年を調教し付き従えるだけでなく、こんな幼げな少女の下着を公衆の面前で剥ぎ取るなんて、なんという鬼畜外道……っ!是非とも……!是非とも私を、このパーティーに入れて欲しい!」

「いらない」

 

 和真の即答に、ダクネスが頰を赤らめて身を震わせた。

 その後、ダクネスに興味を抱いたアクアとめぐみんの本格的な会話の参加により、事態は更にややこしい方向へと進んでいった。

 

 

 その時。

 

 

『緊急クエスト!緊急クエスト!街の中にいる冒険者の各員は、至急正門にあつまってください!繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は──』

 

 街中に大音量の放送が響き渡ると共に、正門の上の見張り台から警報を報せる鐘が何度も打ち鳴らされた。

 

「おい、緊急クエストってなんだ?モンスターが街に襲撃に来たのか?」

 

 不安げな和真とは対照的に、ダクネスとめぐみんはどことなく嬉しそうな表情だ。

 

「……ん、多分キャベツの収穫だろう。もうそろそろ収穫の時期だしな」

「は?キャベツ?キャベツって、モンスターの名前かなんかか?」

 

 呆然と告げる和真に、めぐみんとダクネスは可哀想な人を見るかのように目を向ける。

 

「キャベツとは、緑色の丸いやつです。食べられる物です」

「噛むとシャキシャキとする歯応えの、美味しい野菜の事だ」

「そんなの知ってるわ!じゃあ何か、俺達冒険者に農家の手伝いをさせようってのか⁉︎」

 

 全貌の分からない緊急クエストの内容に、和真が痺れを切らして狼狽え始める中、雪葉が和真のジャージの裾を二回ほど引く。

 

「どうした?」

「……くる」

「何が?」

「……無数の……何か……空から」

 

 彼の静かな報告を皮切りに、和真一行は他の冒険者達と正門に向けて急ぎ向かった。

 

 

 ▼

 

 

「何だよ……あれ……」

 

 正門に駆け付けた和真一行や冒険者達の前に広がるのは、圧巻の一言に限る光景であった。

 空からいなごの群れのように大量の緑色に染まった球体が羽虫の様に、葉を羽ばたかせながらこちらに向かって飛来していた。

 

「何でキャベツが飛んでんだよ!」

 

 目の前にある常識外れな現象に困惑しながら絶叫する和真を他所に、ギルドの職員が説明を始める。

 

「冒険者の皆さん!もうすでに気づいている方もいるとは思いますが、キャベツです!今年もキャベツの収穫時期がやって参りました!今年のキャベツは出来が良く、一玉の収穫につき一万エリスです!すでに街中の住民は家に避難して頂いております。では皆さん、できるだけ多くのキャベツを捕まえ、ここに収めてください!くれぐれもキャベツに逆襲されて怪我をしない様お願い致します!なお、人数が人数、額が額なので、報酬の支払いは後日まとめてとなります!」

 

 呆然と立ち尽くす和真と傍らでキャベツの群勢を興味津々に見上げる雪葉へ、いつの間にか隣に来ていたアクアが厳かに。

 

「この世界のキャベツは飛ぶわ。味が濃縮してきて収穫の時期が近づくと、簡単に食われてたまるかとばかりに。街や草原を疾走する彼らは大陸を渡り海を越え、最後には人知れぬ秘境の奥で誰にも食べられず、ひっそりと息を引き取ると言われているわ。それならば、私達は彼らを一玉でも多く捕まえて美味しく食べてあげようって事よ」

「俺、もう馬小屋に帰って寝てもいいかな」

「……主君……この任務……出来高制……より多く、とれば……それだけ……報酬……倍増」

 

 呆然と弱音をこぼす和真をどうにかして励ます雪葉の隣を、勇敢な冒険者達が気勢を上げて駆け抜けて行く。

 

「はあ……仕方ねえか」

 

 後頭部をぽりぽりと掻きながら、和真が重い腰を上げる。

 それを見つめる雪葉は、遠慮がちに口を開いた。

 

「…………主君」

「ん?」

「……この身……少々……本腰……入れる……故に……手前の近く……危険」

「お、おう?」

 

 彼は徐に準備運動を始めると、和真に対して少し離れるよう注意を促し、自身から距離を置いたことを確認すると、

 

「……疾」

「うおっ⁉︎」

 

 瞬間、巻き起こる突風のような風圧を受けてたじろぐ和真の視界から、彼が一瞬にして姿を消した。

 

「あれ、あいつどこに……」

「きゃあ!」

「ん?」

 

 背後から聞こえたギルド職員の声に振り向くと、正門前に用意された複数ある巨大な檻の内の一つが、いつの間にやら大量のキャベツで埋め尽くされていたのだ。

 これには、他の冒険者達も目の前の光景に唖然としていた。

 だが、事態はそれだけでは収まらず。

 

「おい!三時の方向にいたキャベツの群れがいつの間にか消えたぞ!」

「こっちは二つ目の檻が既に満杯になってるぞ!一体どうなってやがるんだ⁉︎」

 

 次々とキャベツの群れが上空から消えては檻に閉じ込められていくまさかの現象に、和真は直感で全てを察した。

 

「ああ……そういうことか」

 

 和真の推察どおり、雪葉は凄まじい速度と精度でキャベツを捕まえては、数秒ほどでとんとん拍子に檻の中へとキャベツを放り込んでいた。

 

「これは凄い……!至急、捕獲用の檻を追加してきます!」

 

 正門付近で推移を見守っていたギルド職員達数名が、予想外の事態に檻を補給する為、ギルドと正門の間をひっきりなしに慌ただしく往復し始める。

 そんな光景を横目に、和真は覚えたてのスキルを駆使しながら地道にキャベツを捕獲しつつ、他の仲間に目を向ける。

 

 花鳥風月で檻に水を加えてキャベツの鮮度を保たせ、冒険者達のモチベーションを維持させるべく給水するアクア。

 キャベツに襲われている他の冒険者を庇うという建前を利用し、次々と己に突撃してくるキャベツの猛攻を全身で受け止めて恍惚な表情を浮かべているダクネス。

 そんなダクネスに集中しているキャベツ達を一網打尽にせんと、ぶつぶつと呟いていた詠唱を終え、爆裂魔法を穿ち放っためぐみん。

 

 阿鼻叫喚の光景を目にした和真は、盛大に溜め息を漏らした。

 

 

 ▼

 

 

 その後、無事にクエストを終えた雪葉達はギルドの中で出されたキャベツ料理の数々に舌鼓を打ち、慰労会を開いていた。

 

「しかしやるわねダクネス!あなた、さすがクルセイダーね!あの鉄壁の守りには流石のキャベツ達も攻めあぐねていたわ」

「いや、私など、ただ硬いだけの女だ。私は不器用で動きも速くは無い。だから、剣を振るってもろくに当たらず、誰かの壁になって守るしか取り柄が無い。……その点、めぐみんは凄まじかった。私を取り囲んでいたキャベツの群れを、爆裂魔法の一撃で吹き飛ばしていたではないか。あれは今まで受けたどんな攻撃よりも骨身に沁みたぞ」

「ふふ、我が必殺の爆裂魔法の前において、何者も抗う事など敵わず。……それよりも、カズマの活躍こそ目覚ましかったです。魔力を使い果たした私を素早く回収して背負ってくれました」

「ああ。だが、何より一番の貢献者はユキハだろうな」

「はい。まさかギルドが所持している捕獲用の檻を全て出さなければならない程、とてつもない数のキャベツを収穫しましたからね。報酬金額は馬鹿にならないでしょう」

 

 そういって、彼女達が口々に和真と他人事のようにもそもそ静かにキャベツ料理をつまむ雪葉を褒めそやしている中、やがてアクアが、テーブルの上に平らげたキャベツ皿を置く。

 気の向くままにキャベツを追いかけ回していた無能な駄女神は、優雅に口元を拭い、

 

「カズマ……。私の名において、あなたに【華麗なるキャベツ泥棒】の称号を授けてあげるわ」

「やかましいわ!……ああもう、どうしてこうなった!」

 

 和真が頭を抱えてテーブルへ突っ伏したのには訳がある。

 

「では……。名はダクネス。職業はクルセイダーだ。一応両手剣を使ってはいるが、戦力としては期待しないでくれ。なにせ、不器用すぎて攻撃がほとんど当たらん。だが、壁になるのは大得意だ。よろしく頼む」

 

 仲間が一人、増えたのだ。

 

「……ふふん、ウチのパーティーもなかなか、豪華な顔触れになってきたじゃない?アークプリーストの私に、アークウィザードのめぐみんに。そして、防御特化の前衛職である、クルセイダーのダクネス。極めつけは超攻撃特化の固有職業、忍者のユキハ。五人中三人が上級職に加えて職業の究極系、唯一職がいるパーティーなんてまずいないわよカズマ!あなた、凄くついてるわよ?感謝なさいな」

「ふざけんなよ?一日一発魔法使いとノーコン騎士と低脳運無神官て。ユキハと俺だけでパーティー組んだ方が断然マシだわ」

「そんなのダメよ。あんたとユキハだけなんかにしたら、この子がどんな風に育つか分かったもんじゃないわ」

「そうですよカズマ。私の弟分に悪影響を与えてもらっては困りますから」

「いや、お前らいつからユキハの保護者になったの?」

「……暑苦しい」

 

 和真から守るように二人が雪葉を抱き寄せるが、当の彼は少し迷惑そうに訴えつつも特に抵抗する様子はない。

 これも雪葉がある程度彼女たちに心を開き始めた証拠であり、仲間と認めているからに他ならないのだが、本人は無自覚の為、普段どうりに接しているつもりである。

 彼女たちに至っては完全に心を砕いており、アクアは己を女神と信じてくれる素直さを。めぐみんはその純粋無垢な言動に、どこか故郷の妹の姿が重なり、それぞれ愛でる様に彼を可愛がっていた。

 

「んく……っ。ああ、先ほどのキャベツの群れからボコボコに蹂躙さたり、それを見兼ねたユキハに『……不能……邪魔』と罵られつつ蹴飛ばされた時は堪らなかったなあ……。このパーティーではユキハも本格的な前衛職だが、攻撃専門の様だから、遠慮なく私を囮や壁代わりに使ってくれ。なんなら、危険と判断したら捨て駒として見捨てたり、使えないと思った時は容赦なく痛めつけて貰っても構わない。……んんっ!そ、想像しただけで、む、武者震いが……っ!」

 

 頰をほんのり赤く染めて、小さく震えるダクネス。

 

「それではカズマ。多分……いや、間違いなく足を引っ張る事になるとは思うが、その時は遠慮なく強めで罵ってくれ。ユキハも、不甲斐ないと判断した時は自由にこの体へ仕置きをしてくれ。これから、よろしく頼む」

 

 あらゆる回復魔法を操るアークプリーストに、最強の魔法を使うアークウィザード。

 そして、鉄壁の守りを誇るクルセイダー。

 それだけ聞くと完璧そうな布陣なのに、これから苦労させられる予感しか感じない和真は、一縷の望みである最強忍者に全ての信頼を託す他無かった。




時はきた。
今後の五人の展開をお楽しみに。

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