また、本編の都合により、原作との時系列がほんの少しずれてしまいますがご承知いただけると助かります。
これまでに無い2万文字という長編となっていますので、どうか最後までお付き合い頂けると幸いです。
先日。ダクネスという新たな前衛職が仲間に加わり、次に受けるクエストについて和真達一行はギルド内にある酒場のテーブルにて顔を合わせながら討論を交わしていたが、雪葉は途中で尿意を催し一旦席から離れていた。
和真達の元へ戻る最中、クエストが貼られている掲示板の前に何やら人集りが出来ており、少々気になった彼は、一番後ろで首を伸ばしていた男性冒険者に何事かと声を掛ける。
「ん?ああ。何でも、あの魔道具店の貧乏店主さんからのパーティー募集も兼ねた依頼のクエストが貼り出されてたのを、今日誰かが見つけたらしくてな。その貧乏店主さんが依頼したクエストがどんなもんか、皆一目見ようとこうして集まってるわけよ」
何も知らない雪葉へ、男性冒険者は親切に教えてくれた。
聞けば、その人は依然凄腕のアークウィザードとして名を馳せた元冒険者で、アクセルの街ではその名を知らぬ者は殆どいないと言われるぐらいの有名人だとか。
そんな人がギルドへ依頼を出してパーティーを募らなければならない程のクエストに、噂を聞きつけた他の冒険者達は興味と意欲を湧き立たせて足を運んで来たという。
しかし、それが事実なのかは雪葉にとって定かではないが、説明の中でそう何度も貧乏店主と本人の
すると、先程まで掲示板に群がっていた者達が一様に顔を青ざめながら蜘蛛の子を散らす様にその場から立ち去っていき、残ったのは雪葉と快く答えてくれた男性冒険者のみ。
「な、なんだ……?まあ、よく分からんが、あの人とクエストを共に出来るなんて滅多にない機会だからな。どんな内容だろうがレベル40の俺様ならたやす──」
自信有り気に語りながら掲示板へ近づく男性冒険者が貼り紙の内容を目にした途端、驚愕のあまり冷や汗をかきながらヨタヨタと後退り、雪葉の隣で腰を抜かした。
いきなり様子の急変した男性冒険者を怪訝に見下ろしつつ、雪葉は血相を変えてどうしたのかと隣の彼に尋ねてみる。
「……む、無茶だ……!あんなの……この街の冒険者が束になっても勝てるわけがねえじゃねえか……!それに、ヤツはあのミツルギさんでも歯が立たなかった……!」
こちらの言葉に耳を貸す余裕もない男性冒険者は、戦慄に身を震わせながら固まったままぶつぶつと何かを呟く。
何度呼び掛けたり肩を叩こうとも反応を示さない為、仕方無く雪葉は掲示板に歩み寄り、例の貼り紙へ目を通してみた。
『──超級素材採集クエスト。危険指定種ヴォルケーノサラマンダー、個体名【火山王】の素材採集。レベル制限なし。上級職以上。報酬は直接要相談の為、受付を終えたらこちらまで。──』
ひとどおり内容を読み終えた雪葉は、凄腕のアークウィザードがパーティーを募らなければならない程の危険を有するモンスターに興味を示すと、己の実力を測るのに打ってつけなクエストではないだろうかと思い立つや、直ぐさま貼り紙を剥がし取って和真達のもとへ向おうと踵を返す。
だが、そんな雪葉へ意識を取り戻し立ち上がった男性冒険者が、慌てて引き止めようと彼の肩に手を掛けた。
「おいおい正気かお前⁉︎冗談にしちゃあ洒落になってねえぞ!そもそもそのクエストはアクセルの街どころか、王都で扱ってもおかしくねえぐらいの超高難易度クエストだ!間違ってもお前達駆け出し冒険者が遊び半分で手を出していいシロもんじゃねえんだぜ⁉︎」
全くもって失礼な。
いくら駆け出しとは言え、自分がおふざけでクエストを受けようと誤解している男性冒険者に少々眉根をひそめながら、彼は本気でクエストを請け負う考えである旨を伝える。
「マジでやるつもりかよ……そんなクエスト受けるからには、それなりのモンスター倒してるんだよな?」
呆れた様に溜息をつく男性冒険者の問いに、彼は指を二本立てて巨大蛙の名前と討伐数を口にした。
「……悪りぃ。何だか聞き間違えた気がするから、もう一度言ってくれねえか?」
再び聞き返す男性冒険者に対し、もう一度はっきりと蛙の名を告げる。
「ふざけてんのか⁉︎」
雪葉は至って大真面目だと顔を顰めた。
「そういう問題じゃねえ!火山王は火山地帯に棲むモンスターの中でも危険種に指定されてるめちゃくちゃ獰猛なヤツなんだぞ!ジャイアントトード二匹しか倒した事の無いトーシロが挑んでいい相手じゃねえつってんだよ!死に急ぎてぇのか⁉︎」
確かにはたから見れば至極真っ当な正論だが、それを耳にしているのは人外魔鏡の様な家庭環境で生まれ育った、浮世離れも甚だしい頭も強さもぶっ飛んだ、非常識ながらも純粋無垢で形成されているトンデモ忍者である。
何度男性冒険者から諭されようが、一度引き受けると決めた任務はあの領主の時を除き、忍に生まれた者として例え死んでも投げ出すわけにはいかないのが彼の信条。
男性冒険者の手を肩から払い、その親切心に軽く感謝を述べた後、彼は己の決意を曲げる事はないときっぱり言い放つ。
「……何を言おうが考え直すつもりはないんだな」
こちらを見定める目で問い掛ける男性冒険者に、彼はゆっくりと大きく頷いてみせる。
「はあ……分かった。もう止めたりはしねえ……その代わり、必ず仕留めて来い。クエストが成功したら、俺が祝いに一杯奢ってやっからよ!」
一度大きな溜め息を零し、雪葉の背中を押しながら親指を立てて見送る男性冒険者に、彼は同じポーズで答えると和真達の元へ戻って行った。
▼
「うん……それ無理」
「……しかし……主く──」
「いやいや無理ですって」
「……でも……」
「死にたくないんです……」
彼は、絶賛足止めを食らっていた。
四人へ受けたいクエストがあると彼が伝えた当初は、皆それぞれが快い反応を示してくれたのだが、内容に目を通した直後、クエストを読み上げていたアクアは突然ばたばたと席を離れかけ、めぐみんは帽子を目深に被りながら杖を抱えて身を縮めつつ震え出し、ダクネスは興奮した様子で息を荒げ始め……いつも通り異常運転である。
和真に至っては、一縷の望みであった筈の雪葉ですら他の三人同様の異常性を感じて悩み始めると、テーブルに肘をつきながら頭を抱え、自分の中の雪葉に対する理想像が瓦解されたショックのあまり、彼の呼びかけにもまともに取り合わなくなる始末。
雪葉は仕方無く、和真以外へ声を掛けることにした。
「……あくあ……これ……だめ?」
「……っ!っ!」
青ざめた表情で頻りに首を左右に振り続けるアクアを前に、彼は断念してめぐみんへと顔を向ける。
「あの、ですね……確かに我が爆裂魔法にかかれば火山王も相手ではありません……。……しかし、あれはアダマンタイトなみの硬い鱗を持ち、魔法防御にも高い耐性を誇る火の精霊を司る竜です。恐らく魔力を全て解放しつつ詠唱時間をフルに使ったとしても、一撃で倒すのは難しいかと……」
柄にも無く消極的な発言のめぐみんに対し、ならばダクネスの囮スキルを使えば時間を稼げると彼が打開策を提示するも、それはダクネス本人によって否定された。
「いや、それは不可能だ。火山王は頑強であると同時に知能も高い。私がデコイを発動しようとも、奴はその知能の高さですぐに私を囮だと理解し、真っ先に脅威となるめぐみんやユキハ、場合によっては支援魔法のエキスパートであるアクアを真っ先に狙うだろう。奴はゴツい見た目に反して狡猾な性格ともいわれている。お前ならともかく、私達が同行しても足を引っ張る結果になるだけだと思うが」
珍しくまともな態度でユキハへ答えるダクネスに、彼は目を丸くさせながら振り向く。
「んん……っ!しかし、知能が高いとはいえ、デコイを発動させたにも関わらず、モンスターに素気無くあしらわれる屈辱……んくっ!そ、想像しただけでもなんて魅力的なんだ……っ!」
かと思えばすぐに自分の世界へ浸り始めたので、後は相手にしないことに決め、再度主へ呼び掛けてみる。
「……主君……どうか……」
「つっても、このクエストって上級職以上だろ?基本職の俺じゃ参加出来ないぞ?」
彼等から寄せられた意見を踏まえ、雪葉は熟考を始める。
やがて、結論をまとめた彼は四人に向けてはっきりと告げた。
「……ならば……この依頼……一人で……」
「「「「…………──はああああああ⁉︎」」」」
この日、今日イチの絶叫がアクセルの街に響き渡った。
▼
あの後、物凄い剣幕で引き止めてくる三人を何とか説得し、「ここを通りたくば、私を倒してからにしろ!」と恍惚な表情で加虐を要求して来る変態一人から逃れる事に成功した雪葉は、クエストの詳細を聞くために手続きを済ませた受付嬢から依頼主の居場所を教えてもらい、件の魔法道具を取り扱うと言うお店に足を進めていた。
その際、彼から受け取ったクエストの内容をひと目確認した巨乳受付嬢の端整な顔立ちが見事に引きつっていたのは記憶に新しい。
「あの、クエストは何を受けられますか……?」等と手元の依頼用紙を視界の外に追いやっている受付嬢に対し、彼は人差し指でトントンとカウンターに置いた依頼用紙を指し続け、目の前にある現実から目を背けるなとでも言いたげな視線で訴えるのだった。
そんな受付嬢から渡された案内図に従って辿り着いた先には、こじんまりとした素朴な木造一軒屋。
彼はその建物にどこか馴染み深さを感じながら静かに扉を開く。
内側の扉の上部に付いていた客の入店を知らせる為の鈴が鳴ると、カウンターの奥から一人の女性が姿を見せる。
「いらっしゃいませ!《ウィズ魔道具店》へようこそ!今日はどのような商品を……て、あら?」
カウンターに立ったのは、ロングウェーブの茶髪で目尻の下がった茶色い目をした、顔の青白い穏やかで大人しそうな巨乳の美女だった。
恐らくこの人が、先の依頼者であるここの店主だろうかと彼はあたりをつける。
現に、目の前で不思議そうに雪葉を見つめている彼女以外、彼の気配察知に引っかかる反応が無いからだ。
彼はクエストの詳細を確認する為、彼女を見上げながらカウンターの前へと歩を進める。
すると、雪葉が口を開こうとした矢先、店主が心配そうに話しかけて来た。
「ええっと……もしかして、迷子なんですか?お父さんかお母さんは……?それともおつかいに……?」
まあ、確かに自分の様な子供が一人で店に来るとしたら、普通はそう考えるのが妥当かと彼は割り切りながらも、少し不満げな表情でクエストの依頼用紙と自分の冒険者カードをカウンターに置いた。
「ええ⁉︎も、もしかして冒険者さんだったですか……?じゃあこれって、この前ギルドに依頼した……。す、すみませんすみません!まさか冒険者の方とはつゆ知らず……失礼しました!」
何度も平謝りする店主に、彼は手を振りながら然程気にしていない事を伝え、先程から気になっていた事を正直に彼女へ聞いてみることにした。
「……其の方……不死人?」
「そ、そんな……⁉︎ど、どうして私がアンデッドのリッチーで魔王軍の幹部だと分かったんですか⁉︎」
いきなり自分の正体を見抜かれ、慌てふためく女店主をアンデッドと見破ることが出来たのは、
しかし、別にリッチーや魔王軍の幹部だとまでは判別していなかったので、これに関しては彼女の勝手な情報漏洩なのだが。
魔王軍幹部との情報には驚かされたが、よくよく話を聞いてみるとどうやらかなり込み入った話である事が分かった。
彼女が以前現役冒険者だった頃、別の魔王軍幹部によって死の宣告という余命を告げられる呪いのスキルを掛けられ全滅の危機に瀕したのだが、前に知り合った地獄の公爵から、自分の命を代価に仲間の呪いを解いてもらうという申し出を断られた代わりとして不死化の呪法を教わり、それによってリッチーとなった彼女は、単身で魔王城に乗り込み例の呪いを掛けた幹部含め数人をボコボコに痛めつけたところ魔王本人からスカウトを受け、幹部になって魔王城の結界を維持する役割を担う代わりに、『冒険者や騎士など、戦闘に携わる者以外を殺さない事』を条件として引き受けたとの事らしい。
そんな話に相槌を打ちつつ、雪葉は女店主を目にした時点から彼女の体に施されているであろう不死化の呪法を自身の研ぎ澄まされた五感で敏感に感じ取っていた。
ついでに言えば、且つて父親から聞いた一部の忍者のみが知る事を許されていた伝説の秘術、不老不死の術に限りなく近い特徴を持っていた事も判断材料の一つにあげられる。
雪葉が正体を見抜いた要因をすらすらと言い上げた途端、彼女はカウンターからずり落ちるように乗り越え、彼の腰へと縋りついて来た。
「お、お願いです!それだけは!私がリッチーで魔王軍の幹部をやっていると言うことだけは、誰にも言わないでください!なんでも言う事を聞きますからああああ!」
どちらかと言えば、今ここで自分に対し大声で懇願している状況こそ周囲の人にばれる可能性が高いのではないかと彼は内心で呟きながら、女店主を引き剥がしに掛かる。
目尻に涙を浮かべながらこちらの体を揺らしている彼女に、雪葉は落ち着くよう諭しながらこれっぽっちも他人に言い触らすつもりは無い事を伝える。
「ほ、本当ですか⁉︎秘密にする見返りも無いんですか⁉︎よ、よかったあ〜……」
困惑した泣き顔から一変。漸く拘束を解いて安堵に表情を弛ませる女店主の姿を見た雪葉は、彼女に対し《おっとりっちい》のあだ名を心で授けた。
その後、彼は本題に入って貰うため、一度アンデッド云々の話題を切り上げてクエストの詳しい話を聞かせるよう進言する。
「あっ、はい。クエストと報酬についての詳細を知りたいんですね?立ち話もなんですから、そこの椅子で休んでいてください。今飲み物をお持ちしますね」
窓際の小さな丸テーブルと椅子を手の平で示しながら言い残すと、すっかり調子を取り戻した彼女はトコトコとカウンターの奥へ再び姿を消した。
数分後。
彼女がトレイに二人分のティーセットを載せて持って来ると、慣れた手つきでカップに温かい紅茶とミルクを注ぎ入れ、少々砂糖を加える。今度はマドラーでこれまた鮮やかにくるくるとかき混ぜ、自分と雪葉の前へ静かにカップを置いた。
「あまり良い物は出せませんが……よかったらどうぞ」
「…………」
「えっと、あの……」
しかし、彼は手をつける事なくひたすら目の前に出された紅茶を見つめ続けていた。
無理もない。彼の時代には紅茶などと言う飲み物は存在せず、精々水か、麦湯と呼ばれる今で言うお茶のようなものか、お酒しか無かったからである。
おまけに、雪葉達忍者は決して身分も高くない上、彼に至っては大好きな領主やその家族以外からほぼ道具のような扱いを受けていた為、ただの水以外を初めて口にしたのも領主へ仕える様になってからだった。
あの時初めて麦湯を口にした瞬間の感動は、今でも忘れられない彼の思い出の一つとなっている。
やがて、彼は一度店主を見上げながら、困った様に見つめ返している彼女へ疑問を擲つ。
「……これ……何?」
「何って……ミルクティーですよ?」
「みるく、てぃい?」
「もしかして、ご存知ありませんか?」
女店主の問いに彼はこくりと頷き、カップを手に持ち匂いを嗅ぐ。
その持ち方も、ハンドル部分には指を掛けずに容器本体を両手で包み込み、湯呑みを手にする様に持っている。どうやら、毒の類は入っていないようだ。
そもそもそんな物を入れるような人物とは微塵も思っていないが、これも忍者特有の職業病の一種であり、彼は彼女に対して悪意や敵意は一切持っていない。
薄茶に染まった液体をまじまじと見つめた後、彼はゆっくりと口の中へ運ぶ。
瞬間、口の中に広がる独特な茶葉の香りと舌を包むような甘味が、雪葉の脳に衝撃を与えた。
「……誠、甘露っ」
初めて口にしたその味に感銘を受けた彼は、両目をキラキラと輝かせながらお代わりを要求するのであった。
その後。満足した表情で頬を押さえがら、頭頂部から目立つ様に生えたあほ毛を犬の尻尾の様に機嫌良く揺らしている彼に対し、店主が微笑みかける様に口を開く。
「本題の前に、まずはお互い自己紹介をしましょうか……。私の名前はウィズ。職業はアークウィザードで、今は冒険者稼業から身を引いてこの店の店主をやっています……。……まあ、店の売れ行きはご覧の有様で、従業員は私しかいませんが……」
言葉の端々に悲しみや儚さを匂わせながら自己紹介を終えるウィズを心配そうに見つめながら、雪葉が自己紹介を返す。
「……名を、雪葉……職業……忍者……此度……己の力……測る為……任務……引き受けた」
「ユキハさんですね。よろしくお願いします。ですが……忍者って、聞いたことの無い職業ですね。一体どんなスキルが使えるんですか……?」
「……すきる……皆無」
「え、ええぇ⁉︎」
彼から告げられた思いがけぬ事実に、ウィズは血色の悪い顔を更に青ざめさせた。
「じゃ、じゃあ単純な物理攻撃だけ……?魔力や知力を見たところ、魔法の適性がある訳でも無さそうですし……」
「……否……すきる……無くとも……この身……業、ある」
「業……ですか?」
「……然り……例えば……」
そうウィズへ語りかけると、彼は忽然と目の前から姿を消した。
「あ、あれ……?消えた……?」
いきなり自身の視界から消えた雪葉の行方を探そうと、ウィズが辺りを何度も見回す。しかし、何処にも雪葉の姿は見えず、アンデットとしての力で彼の生命の気配を辿ろうとするも全く彼女の探知に掛かることは無かった。
その後、雪葉が彼女の前に気配を戻して姿を現わす。
「え、え……?一体どこにいたんですか……?」
これこそ、雪葉が誇る隠密技術の真骨頂。
雪葉の業、隠密は複数単体問わず対象を選定出来る上、一度行使すれば自身が隠密を解かない限り、相手は彼を認識する事が不可能となる。
潜伏スキルと似てはいるが、その実性能は月とすっぽん。
隠密は五感全てが彼を捉えられず敵感知スキルにも反応しない上、隠密自体がスキルや魔法ではない為、解除魔法も効果が無い。
あまりの反則性能に、神すらも一言物申したくなる超神業である。
「……ずっと……ここ……いた」
「あ、あの……すいません、話が見えて来なくて……」
ウィズが不安げに戸惑うのも無理はない為、彼はゆっくりと隠密の効果について懇切丁寧に補足説明を加える。
「なるほど……つまりあなたの隠密という業は、それを解かない限り相手から認識されることがない、という事ですか……。何だか盗賊職が持つ、潜伏スキルの上位互換みたいですね……」
さすがはアークウィザード。持ち前の知力ですぐに理解を示し、誰でも分かる内容に噛み砕いてみせる頭の回転の速さに、彼は僅かに感嘆の声を漏らした。
「ですが、ひとどおり貴方のカードに書かれていたステータスを見る限り……生命力。つまり、モンスターから受ける攻撃を耐えるのに必要な体力が少ないのがかなりネックですね……。私はアークウィザードの攻撃魔法専門なので……、職業柄、回復魔法や支援魔法は身に付けられないんですけど……、何か対策はありますか……?」
「……不要」
「え?」
「……攻撃……回避……当たらなければ……問題無い」
「いやいやいやいや問題大アリじゃないですか……⁉︎万が一にも火山王の攻撃が当たれば、貴方の生命力では間違いなく一撃で死んでしまいますよ……⁉︎」
またもや飛び出す雪葉からの爆弾発言に、ウィズが待ったをかける。
「戦闘において、負傷する可能性はゼロではありません。ですから、目的地の《煉獄火山》へ向かう前に、予めテレポート先に指定している途中の王都で、回復アイテム等を準備してから挑みましょう……!でなければ、貴方をパーティーに参加させられません……っ!」
眉尻が僅かに吊り上がっただけで、顔付きはあまり変わらずおっとりっちいなままのウィズだが、これだけは譲らんとする頑固な意志を何処と無く彼女から感じ取った雪葉は、呆気に取られつつ首を二度ほど縦に振った。
「分かって頂けたのならなによりです……。では、そろそろ本題へ入りましょう。まず……──」
それから、ウィズはクエストを依頼するに至った経緯やクエストの報酬と内容について語り始める。
依頼を出すことにしたのは、ウィズが経営するこの魔道具店が懇意にしている取引先より、ある頼み事をされたからとの事。
何でも、新商品の開発にあたって、ヴォルケーノサラマンダーから採取出来る諸々の素材がどうしても必要不可欠であるらしい。
そんな取引先の新商品というワードに心を掴まれたウィズは、興奮冷めやらぬテンションに流されるがまま、見切り発車でクエストを依頼した。
しかし、クエストの内容が余りに高難易度な為、ギルドへパーティーを募ってから数日経過しても一向に音沙汰無しの状態が続き、今日で仕方無く諦め、依頼を取り下げた後は取引先へ謝りに行こうかと思い悩んでいた丁度その時、雪葉が彼女の元へ訪れたのだ。
「私が依頼を出した切っ掛けはこんなところです。次にクエストの内容ですが……、対象のモンスターは、ヴォルケーノサラマンダーと言う名前の他、【火山王】の異名でも呼ばれています。その特長は何といってもアダマンタイト級の硬い鱗と、体内にある高熱器官で生み出して口から吐き出す超高熱の熱線でしょうか……。おまけにとても知能が高いので、罠といったトラップアイテムを避けて壊す傾向があり、パーティーで挑むと、優れた嗅覚で魔力量の匂いを嗅ぎ分けて、遠距離攻撃や支援魔法を使うウィザードやプリーストの冒険者を真っ先に襲うとか……。今まで数々の冒険者達が命を落としたり、又は歯が立たずに命からがら逃げ出してきた者が後を絶たなかった事から、超危険指定種に分類されています」
ウィズは一度息を整えながら紅茶で喉を潤すと、静かに耳を傾けて相槌を打つ雪葉へ向けて説明を再開する。
「今回のクエストは素材採集なので討伐の必要はありませんが……、聞いた話によると、火山王は獰猛で好戦的だそうですから……。恐らく戦闘は避けられないかもしれません……。けれど、なるべく無茶なことはしないよう心掛けて下さい……」
固有名称を持つモンスターの詳細を彼女から聞き受ける中、普通の者ならば震え上がって匙を投げたくなるような話であるにも関わらず、この世界には珍妙な生物が多くて面白い所だと、雪葉は的外れな感心を示していた。
最後の情報に確たる根拠が無い為か、自信がなさそうに苦笑いを浮かべるウィズへ、彼は情報が多いに越したことは無いと首を振る。
「それと、報酬についてですが……依頼を出しておいて、その……お店の盛況がこんな感じなので、私個人からお金は払えなくて……代わりと言っては何ですが、ギルドへサラマンダーの素材を買い取ってもらった際のお金……、私の分も、貴方に払うのが報酬……と言うのはどうでしょう……?危険種に指定されてますから、ヴォルケーノサラマンダーの素材はどれも希少価値が高いので、安い部位でも300万エリスはくだらないそうですよ?……私は目的の素材が入手出来れば、それで十分ですから」
「……却下」
躊躇いがちに打診するウィズに対し、彼はきっぱりと言い放ち、続け様に口を開く。
「……買取金……お互い……平等……絶対」
「で、ですが……依頼した私が同じ金額というのは……」
「……請け負った……目的……報酬……否……この身の……実力……知る為」
尚も引き下がろうとしないので、雪葉はウィズの言葉を手で制し、再度自分がクエストを引き受けた理由を彼女に言い聞かせた。
「…………分かりました。では、買い取りで支払われたお金はお互い山分けにしましょう。それで良いですか……?」
ウィズが漸く折れてくれたので、彼は満足気な表情をしながら二回頷く。
「……今更こんな事を言うのは野暮かもしれませんが、このクエストは下手をすれば命を失う可能性のあるとても危険なものです。今ならまだ、キャンセル出来ますよ……?」
そんな彼女の打診を受け、雪葉は徐に口を開いた。
「……きゃんせる、したら……うぃず……困る?」
「え?……そ、そうですね……、やはり一人では火山王に勝てるか分かりませんから、少し困ると言えば困りますが……。でも、ユキハさんがやめたいとおっしゃるのなら──」
「──……なら、愚問」
「え?」
しょんぼりとしながら答えていたウィズの話を遮る様に、雪葉は彼女に向けて手の平を翳して言葉を途切らせた後、一言毅然と言い放ち再び語り始める。
「……中止は……うぃず……困る……続投は……うぃず……嬉しい?」
「あ、えっと……はい」
「……なれば……断る理由……無い……この身……其の方へ……助力……誓う」
ウィズの返答を受け、再び依頼の受諾を決心した雪葉は彼女へと微笑みながら手の平を差し伸べる。
「はいっ、よろしくお願いしますね……!」
彼女は微笑んで了承すると、彼から差し出された手の平を握り、お互いに一時的パーティー結成の握手を交わした。
▼
その後、雪葉とウィズの二人はテレポートにて王都へと訪れていた。
何でも目的地の煉獄火山と言う場所は、アクセルの街から遥か遠くに位置する為、ウィズの転移魔法によって一度中間地点の王都に向かい、道具屋で雪葉が回復アイテムを調達した後、馬車を使って現場に近寄れるギリギリの所で降りた後、徒歩で向かう予定となっている。
煉獄火山はあちこちから溶岩が流れ落ち、無数に屹立した火山が絶えることなく噴火を起こす超危険地帯で、そこには上級職の冒険者すらも一筋縄では倒せない強力なモンスター達が棲んでおり、その中でも最も危険なモンスターが、今回のクエストの標的となっているヴォルケーノサラマンダー。通称火山王である。
雪葉は出発前、ウィズの案内で王都のとある道具屋へ立ち寄って回復アイテムを購入。しかし、王都はアクセルの街より魔王城へ近い場所に位置するので、前線により近いためか上質な商品ばかりが取り扱われており、ひとどおりのアイテムを購入した彼の懐事情は、三分の一以下の侘しいものとなってしまった。
それでも金に執着のない彼は、特に気にした様子も無くこれから向かうであろう未知の領域へ、期待に胸を躍らせている様だ。
そんな雪葉を微笑ましそうに見つめながら、ウィズが彼へ呼びかける。
「ユキハさん、王都は初めてでしたよね?」
ウィズの問い掛けに、王都を眺め回っていた彼はキラキラとした視線を彼女へ送り返しながら二度ほど頷く。
「せっかくの王都ですから、依頼した馬車が迎えに来るまで時間潰しに、もう少し他のお店もまわってみませんか?……私も久しぶりなので、ちょっと覗いてみたいところがあるんです」
そう告げる彼女の打診を受け、雪葉は再び首を縦に振る。
二人はお互いに一瞬微笑みを交わし、どちらからともなく歩を進め始めた。
様々な店を巡り歩いた二人が最後に足を運んだのは、のどかな雰囲気を感じさせる小さな骨董屋であった。
「わぁ〜……っ、凄い商品の数……。これだけの物を仕入れるのに、一体幾ら掛かったんでしょう……?」
中に入ると、店内は様々な壺や置き物等の骨董品が所狭しと並べられ、その品数の多さに雪葉のみならず、同じく店を経営するウィズでさえも圧倒され、感嘆の声を漏らしてしまう程。
すると、来客の気配に気づいたのか、店の奥からふてぶてしい表情をした天然パーマの頭に無数の寝癖をつけた男性が現れ、ぼりぼりと頭を掻きつつ欠伸をしながらカウンター側の椅子へどっかりと腰を下ろす。
「……らっしゃーせー……。まあ、どうせあんたらも時間潰しの冷やかしだろうが……気にせず見て行ってくれや。おれぁ一応カタチで顔見せただけだから」
「あ、あははは……じゃあ、その……お言葉に甘えて……」
なんともやる気の無さそうに二人の来店を迎え入れた店員に、ウィズは苦笑いでぺこりとお辞儀をし、雪葉は無言で軽く顎を引くように会釈を返してそれぞれが品物を見て回る。
くかぁー……くかぁー……。
ふと耳に入ってきた音を辿り雪葉がカウンターへ目を向けると、店員が頬杖をつきながら盛大にいびきをかき始めており、この図太い神経は何処から来ているのかと雪葉は疑問を抱いた。
「あ、ユキハさん。これ見てください」
しばらく商品を見ていると。ウィズがこちらへ向けて手招きをして来たので、雪葉はそちらへ歩み寄る。
彼女が手にしていたのは、およそ15センチ程の大きさの白い体に点々と黒や茶色のぶちがある、左手を挙げながら直立する猫の置き物。
「これ、猫ですかね?立つことが出来るなんてきいたことないですけど……でもなんだか、これはこれで可愛らしいですね」
そう感想を述べるウィズに、彼も頷いて同調する。
「……あー、そりゃ招き猫っつうらしいぞ」
いつの間にか目を覚ました店員が、そう二人へ置き物の名前を明かした。
「招き猫、ですか?」
「ああ。おれも詳しくは知らねえが……、確か幸運だかを招いてくれる効果があるっつう縁起物みたいだぞ。前にここへそいつを売りに来たやつが言ってたな……。ニホン?だかってとこでは、かなり重宝されてたっつう話だぜ」
それを聞いた瞬間、彼は少し驚きの表情をみせる。
つまり、猫の置き物はこちらの世界に来た日本人がつくり、それをこの骨董屋に売ったのだろう。
どういった経緯でこれを作り売ったのかは不明だが。
「ニホン……ですか。聞いたことない場所ですね……──て、もうこんな時間⁉︎ユキハさん、迎えの馬車がもう来ている時間です!急ぎましょう!」
ふと店の時計が視界に入ったウィズが慌てて雪葉の腕を取り、急いで店の出口へと向かい、
「長々とお邪魔してすみませんでした!」
そう彼女が一言残し、二人で骨董屋を後にした。
「またのお越しを……って、来るわけねえか」
▼
馬車と徒歩で煉獄火山へ向かう道中、二人はモンスターに遭遇することなく目的地に到着する事が出来た。
これも偏に、雪葉の常時発動スキル【女神の寵愛:幸福】による恩恵の効果である訳だが。
「さすが国教にもなっている女神様の力ですね……まさかモンスターに一度も遭遇せずに辿り着くなんて、こんなこと滅多にないんですよ……?」
驚嘆しながらこちらに告げるウィズに対し、彼はそういうものかと言いたげな視線を送ると、再び前を向いて歩き始める。
二人は今、ヴォルケーノサラマンダーが棲み処にしている煉獄火山の深奥部へ向けて歩みを進めていた。
「そういえば、私はリッチーなのである程度の暑さや寒さには耐性があるんですが……。ユキハさん、この煉獄火山に入ってから全然汗をかいてないように見えますけど……平気なんですか?先程から見ていた限り、事前にヒエヒエールを飲んだり、熱耐性の装備を身に付ける等の暑さ対策なんて、特にしていなかったような……」
薄々気になっていたのか躊躇いがちに質問を投げかけるウィズに、雪葉は首を頷かせつつその理由を明かす。
「……なるほど、前に修行の一環で、釜茹でされた熱湯の中で一ヶ月間座禅を組んでいたから──って、釜茹で……⁉︎なんで生きてるんですか……⁉︎」
捉え方よっては死んでなきゃおかしいだろうとの失言にも聞こえるが、どちらの意味合いにせよ雪葉は気にも止めていない上にウィズとしては今の言葉に悪意は無い為、彼は言われてみれば確かに生きていたのが不思議なくらいだと、他人事の様にくすりと笑ってみせた。
「あの、決して笑いごとじゃありませんよ……。リッチーの私が言うのもアレですけど……ユキハさんって実は人じゃなかったりしませんか……?」
まさか人としての枠を外れた張本人からの人外扱いに、雪葉は心外とばかりに少し歩調を早めつつ、ウィズから距離を置く様に先行していく。
「あ、あの、ユキハさん……っ!そっちは、違う道です……」
ずかずか早歩きをしていた足をピタリと止め、雪葉は足早にウィズの元へ戻ると、頬をわずかに染めた仏頂面で彼女の袖を握りしめ、
「……早く……向かう」
ぼそりと呟きながら握った袖をくいくいと引っ張り始める。
そんな雪葉の姿を目にしたウィズは、片手で目元を覆い隠しながら天を仰ぐと、
「…………何ですかこの可愛い生き物」
そう静かにぼやきながら、数分程己の理性が崩れぬようにひたすら口を引き結び、首を傾げて袖を引っ張り続ける雪葉の純粋無垢な誘惑を堪え続けたのだった。
しばらくすると、二人は標的が棲み処にしているであろう火山の深奥部へと足を踏み入れていた。
「いよいよここから、火山王の縄張りです。ここからは気を引き締めて──っ⁉︎」
ウィズが雪葉へ注意を呼び掛けた時、地表が轟音を立てると共に大きく揺れ動き始めた。
「……来る」
震動の際、今まで感じた事の無い強大な気配を感じた雪葉は、ウィズへ何者かの来襲を告げながら、念の為に警戒体勢を整える。
直後、地中から緋色に染まった途轍も無い巨体が姿を現し、耳を劈くほどの雄叫びをあげながら、ギラつく針の様な瞳で二人の姿を捉える。その大きさ、正に山の如し。
二人へ鋭い視線向けながら、喉の奥より悍ましい唸り声を鳴らす巨大なこの四足竜こそ、個体名火山王の名を持ち、凄まじい凶暴性があると言われる超危険なネームドモンスター、ヴォルケーノサラマンダーであった。
「……くれぐれも無茶はしないでください。そして、一切気を抜いては……──あ、あのっ、ユキハさん……⁉︎」
眼前に現れた火山王を初めて目にした彼は、今迄見た事の無いその圧倒的な姿を前に思わず警戒を解くと、ウィズの制止も耳に入らずゆっくりと火山王との距離を詰めていく。
「ユキハさん!それ以上近付いたら……っ!」
再度雪葉を追いかけながら呼び止めるウィズだが、彼は尚も歩みを進め、彼我の距離が2メートル程の地点で漸く足を止めると真っ直ぐに火山王を見据える。
追いついたウィズも、雪葉の傍らで立ち止まると緊張の冷や汗を一滴流しつつ、上からささる視線へ応える様にゆっくりと仰ぎ見ながら魔法を発動しようと火山王へ向けて手を翳しかけた時、雪葉が彼女の手を掴んで止めた。
「ユキハさん……?」
「……襲撃……不要……この者……敵意……皆無」
『ほう……。我が姿を目にして恐れぬどころか、得物すらも手に取らぬとは……漸く話が通じそうな者達が来たようだ』
「え……?」
「……?」
その直後、何処からともなくそんな言葉が二人の頭に浮かび上がる。
突然の不可思議な現象に雪葉達が周りを見渡すも、他に人など見当たる訳もなく、お互いが怪訝に目を合わせた時。
『その反応、我が身の思念が伝わっておるとみえる。ならば、うぬ等が顔を向けるべきは、目の前におるコレよ』
淡々と頭へ告げられる内容に準じて、二人は再び正面へと振り返る。
『そうだ……。うぬ等に語りかけている主こそ、我が身である』
「これって……まさか思念伝達……⁉︎」
火山王が二人に行使している不可思議な現象の正体を、やがてウィズが看破しながら驚愕に顔を染める。
そんな彼女に対し、いまいち状況を把握し切れていない雪葉が現状の説明を乞うように視線を送ると、それを受けたウィズは頷くと共に火山王を見据えたまま徐に語り始めた。
「一部のモンスターの中には、言葉を話したり思念伝達のスキルを使う事が出来る比較的知能の高い種類が存在します……。ですが、まさか思念伝達を使える上、好戦的な性格と言われる火山王からコンタクトを取るなんて、聞いたこともありません……っ」
『戸惑うのも無理は無かろう。我が身もこれを使ったのはうぬ等が初めてであるからして。……しかし、好戦的と言われるのは、我が身としては些か心外であるな』
「ですが……っ、実際貴方は、今まで多くの冒険者達の命を奪ってきた筈です……。なのに、何故私達とは対話を試みようと決めたんですか……?」
『今までの奴等は得物を手にし、我が身と話を交わすことなどろくに考えもせず、敵意を顕に我が身を討ち滅ぼさんと立ち向かってきた……。ならば、我が身も奴等に対して同じ様に力で示しただけのことよ。当然であろう?それとも、得物を抜いた輩共へ無抵抗で語りかければ、こちらの言葉に耳を貸したとでも言うのか?……ぬかせ。得物を手にし、我が身へ刃を向けるのならば対話の意思等そこにはなかろう。無論、我が身もそんな奴等に取り計らい続けるなど、利益も無ければ与える慈悲も無い』
「それなら、何処かに隠れるなり相手にしない等、別の方法もあったのでは……」
『ならば、うぬは己の家に土足で踏み込んでくる輩をそのままにしておくのか……?』
「い、いえ……」
どうやら、獰猛な性格と言うのは逃げ帰ってきた冒険者の完全な誤解によって広められた噂に過ぎなかった様だ。
現に、こうしてウィズと対話を交わし続けているのが何よりの証拠な上、火山王によれば、これまでの冒険者達が勝手に武器を向けて勝手に襲い掛かってきたから返り討ちにしたまでと言う話なのだから、これは考えるまでも無く仕掛けた冒険者側の自業自得だろう。
敵意があるかも判断せず、そのうえ彼我の力量差も測らずに武器を取ろうなど、おつむを無くした死にたがりなのかと雪葉はかつて挑んだ愚か者達に向けて大きな溜め息を零すのだった。
「じゃ、じゃあ、さっきのとんでもない咆哮は何だったんですか……?私たちに対する威嚇だったのでは……?」
『む?あれはただの欠伸だ。お前達が来るまで侵入してくる者等
確かに敵意は無かったにせよ、なんと傍迷惑な欠伸だと雪葉は呆れた表情を浮かべる。
『して、うぬ等が我が身のもとへ訪れる程の用件とは何だ?まさか理由も無くここへ足を運んで来た訳ではあるまい』
「え、ええと……その……」
「……火山王……其の方の……素材……必要……出来れば……分配……所望」
火山王の機嫌を伺いながら慎重に言葉を選定するあまりどもってしまったウィズの姿を見兼ね、雪葉がきっぱりと用件を告げた。
「ゆ、ユキハさん……!そんなストレートに言うなんて……っ」
『素材か……。然らば、そこの穴ぐらに今まで我が身から剥がれ落ちた鱗に抜け落ちた牙や爪、他にも生え変わりの為に自身で切り落とした様々な体の部位が置いてある。それで良いのなら、好きに持って行け』
「……いいの?」
『うぬ等は要らぬゴミを他人へ与える際に対価を要求するのか?』
「……確かに」
『そういう事だ。分かったのならさっさと手にして立ち去るがいい。我が身はまだ睡眠の途中なのだ』
「……承知……うぃず」
「…………へ?あ、はい……⁉︎」
「……あれで……問題、ない?」
呆然としていたウィズの裾を引っ張って彼女の意識を戻すと、雪葉は彼女に穴ぐらに積まれた素材へ指を差しながら可否を問う。
「はい、問題ありません。見たところ、風化や傷の後も見られないので、ギルドに買取りをお願いすれば原価かそれ以上で払ってもらえますし、私が頼まれた素材も沢山あるので、お互いに無事依頼は達成出来そうです」
「……なら……重畳」
やり取りを終え、二人は早速穴ぐらへ向かうと手にしていたリュックと風呂敷の中へ次々と詰めていく。
やがて、二人が採集し終えたのを見届けていたのか、火山王は雪葉達へ背中を向けると再び思念伝達で語りかける。
『欲しいものはひとどおり手に入れた様だな。では、我が身は眠るとする。うぬ等も早急に立ち去るがいい』
「はいっ。ありがとうございました」
ウィズの謝辞に続き、雪葉もぺこりと頭を下げる。
『礼には及ばん、要らぬものをくれてやった迄よ。だが、うぬ等との対話……数千年の時を生きてきた我が身の人生で、中々の充実したひと時であった。此方も感謝を述べよう』
「そ、そんな……私たちは何も」
「……この身も……満足」
慌てふためきながら両手を忙しなく振るウィズに対し、雪葉は穏やかな表情で火山王に同意の言葉を返す。
『では、な。もう会う事も無かろう』
「どうか、お元気で」
「……達者で」
『ああ……』
二人から別れの挨拶を背中に受け、火山王は静かに元の場所へと歩いて行く。
『──あ』
ふと何かを思い出しのか、火山王は一度足を止め、二人に背中を向けたまま
『我が身の話し相手を務めた礼として、うぬ等に餞別をやろう』
「え?」
「……餞別?」
『しばし待て。今出す』
疑問を浮かべる二人に対し、火山王は踏ん張る様に足を広げて全身を震わせ始めた。
「ま、まさか……⁉︎」
何を察したのか、元より血色不良な顔をみるみる青ざめさせていくウィズを横目に、雪葉は火山王が与えてくれるという贈物を静かに待ち続ける。
『うぬぬぬぬ……ふんっ!』
斯くして、しばらく力み続けていた火山王が全身の力を緩ませると共に、尻尾の付け根付近からゴトリと直径20センチ程の煌々と赤色に輝く巨大な丸い石のような珠が転がり落ちて来た。
その巨大な珠を目にしたウィズは、一層目を見開かせながら口もとを押さえて驚愕を露わにする。
「あ、あああああれって……!こ、こここここ『コロナタイト』⁉︎」
「……あれ、何……赤い……大きな……石ころ?」
聞き知らぬ名称に、雪葉が何気無く内心で抱いた印象を口から零した途端、動揺のあまり口を戦慄かせていたウィズが彼の両肩を掴んで体ごと自分へ向き合わせ、口早に巨大な赤い珠の詳細について語り始める。
「いいですか……⁉︎あれは世界中で知らない者はいないぐらい有名で、途轍もなく超希少と言われている『コロナタイト』と呼ばれる幻の宝珠なんです……っ!あれ一つだけで無限の動力エネルギーを生み出し続けることが出来る為、その価値は計り知れないものになります……!」
鬼気迫る顔で詰め寄るウィズから僅かに顔を仰け反らせ、早く離して欲しいと言わんばかりに雪葉がこくこくと素早く頷いた。
「ですが……コロナタイト自体、超高熱ですから素手で持てませんし、何より火山王の排泄口から出てきたものを触るというのは……ちょっと……」
超希少な宝珠が手の届く距離にあるのにも関わらず、その高熱さと衛生面を視野に入れてしまうと、やはり持ち帰る事が不可能であるという僅かに起こり始めた欲望と忌避感の板挟みに陥ったウィズは、その場で頭を抱えながら蹲ってしまう。
さすがに知能が高いとは言え、火山王はモンスター。確かにモンスターによっては、自身の排泄物を不衛生な物と認識して触らぬ様避ける種類も存在する。
しかし、彼はそういった例とは違い、排泄物に対して嫌悪感も忌避感も抱かない。あまつさえ、火山王自身、場合によっては眠気が強いあまり、地上へ出て食料の溶岩を態々食しに赴くのが億劫な時に、決まって己の排泄物を糞食する傾向にある部類であった。
『少しばかりの餞別だ。この間うっかり溶岩と間違えて口にしてしまったのだが、まあ大した旨味のない溶岩にも劣る味な上、消化も出来ずにそのまま腹の中に残っておったのでな。どうせならうぬ等にくれてやった方が有効活用するだろう』
常識的なのか非常識なのか、なんとも区別の付けにくいインテリモンスターである。
『では、今度こそ我が身は眠りに入る。くれぐれも二度は起こすなよ……?その時は、問答無用でうぬ等を敵対勢力と見なし……我が身の全霊を以ってうぬ等を焼き消してくれる』
火山王がそう告げると共に振り返りつつ二人に目を向けた瞬間。
雪葉達の全身を、今までに無い壮絶な悪寒が駆け巡った。
『ああ、それと……くれぐれも他の者には我が身が対話出来る事などバラしてくれるなよ?でなければ、我が身に挑む奴がいなくなるのもつまらな過ぎて退屈になる』
「……でも……好戦的は……心外……そう、言った」
『好戦的と言われたことに対して、確かに心外と返したな。……だが、誰が戦いはしたくない、嫌いだと言った……?』
「……あ」
『さらばだ、小さき強者と不死の王よ。もし仮に再び相見えた時は、今度こそ命を懸けた死闘を交わす事となろう』
不敵な笑みを残し、火山王は再び咆哮を轟かせながら元来た場所の大穴から地中へとその巨大な身を苦労なく潜めて行った。
しかし、あれも入眠前の欠伸であると考えると、一体彼のいびきや本当の威嚇による咆哮はどんな威力を秘めているのかと少し気になった雪葉は心の中で呟く。
そんな火山王の姿が消えるまで呆然と眺めていた二人は、我に帰るとすぐさま素材を詰め込んだ荷物を背負い上げ、辞去の準備を整える。
「ふぅ……。火山王が実際は穏やかだったおかげで、何とか事なきを得ずに済みましたね……あれ、私また何故か正体がばれていたような──て、ユキハさん⁉︎」
ぼそぼそと独り言を呟いているウィズを他所に、雪葉はふと思い出したようにすたすたとコロナタイトへ歩み始め、あろうことかそのまま素手で持ち上げたのである。
これには穏やかな表情だったおっとりっちいですら、物凄い剣幕で彼に詰め寄って語気を荒げ、説得にかかる。
「一体貴方は何を考えてるんですか⁉︎幾ら壮絶な修行をこなして来た忍者とは言え、生身の人間が素手で持ち続けられるものじゃないんですよ⁉︎しかもそのコロナタイト、火山王の肛門から出て来たのを貴方もしっかり見ていましたよね⁉︎」
「……この程度の、熱……手前……へっちゃら……それに……この珠……周囲……排泄物……付着……皆無……匂いも、無い」
「貴方が熱に強い事は、この際置いておきましょう……っ!ですが!後者においてはそういう問題ではなく、倫理的問題の事を言ってるんです……!大体貴方は……」
その後も、倫理不足な純粋少年は、ウィズから口煩く人としての倫理を叩き込まれ続け、アンデットから人の道理を教え込まれる人間の構図が出来上がっていたという。
▼
日が沈みかけた夕暮れ時。
煉獄火山より何事も無く帰還を果たした二人は、王都のギルドで火山王の素材と結局持ち帰って来たコロナタイトを受付に提示したのだが、夢にも思わぬアイテムを目にした者達が連鎖するかの如く驚嘆の声を上げ続けて行き、ギルド内が一時騒然となったのは言うまでもない。
ちなみに買取については、何せ初めて世に出回ったヴォルケーノサラマンダーの素材とコロナタイトを取り扱う為、専門家や指折りの名だたる商人達を集めて精密な鑑定を行った後、その査定額をアクセルの街のギルドへ伝え、後日同ギルドから本人達へ一括で手渡されるという事で決まった様だ。
雪葉個人としては、今回腕試しが出来なかった事に些か不服を感じていたものの、ウィズから送られた笑顔と労いの言葉を受けて、また次の機会へ期待することで仕方無しと帰結。
また、ギルドから出る際、雪葉は王都へ帰還前に道中の馬車でウィズより口酸っぱく釘を刺された指示に従い、丁寧に指先から手首まで皺の溝すら隈なくみっちりと小一時間程、厠にて洗面台と向き合わざるを得ない二度目の人生で初めての苦行を強いられた。
その後、ギルドにて諸々の手続きを済ませた二人は、アクセルの街へと帰投する為、現在テレポート位置に指定されている場所へと向かっている。
そんな帰途の最中、ウィズが何気無く独り言を漏らす。
「はあ……せっかく王都に来ていて、お金が無い為に記念のお土産も買えないなんて……」
「……お土産…………あ」
彼女の呟きを耳にしていた雪葉は、ふとあることを思い出し、隣で落ち込む様にがっくりと肩を落としたウィズへと声を掛ける。
「……うぃず」
「はい?」
「……この身……野暮用……あった……先……行ってて」
「いえ、私も付き添いますよ?」
「……だめ……これは……個人的……用事……うぃず……来ては……ならない」
「そ、そうですか……。じゃあ、私は先に、テレポート広場で待っていますね……?」
そう言い残し広場に向かうウィズを尻目に、彼は彼女と別の方向へと足を向けて目的の場所に駆け出し始めた。
彼等が一時別行動を取ってから十分後。
テレポート広場にて、ウィズは溜息を吐きながら雪葉の到着を待っていた。
「…………はあ……。さっきのユキハさん、どこか私を避けていたような……やっぱり、私がリッチーで魔王軍の幹部だからでしょうか……」
彼女はそんな風に悲観的な考えを浮かべつつ、再び溜息を零して独り言を呟く。
「……少しは、打ち解けた様な気がしたのに」
「……何が?」
「え?」
不意に投げ掛けられた、ごく最近頻繁に耳にしている声の方へ振り向くと、いつの間にやら用事を済ませた雪葉がウィズの隣で佇んでおり、不思議そうに彼女を見つめていた。
「うえぇえ⁉︎い、いつの間に着いてたんですか⁉︎」
「……今しがた」
「寿命が縮まるかと思いました……」
「……それは……変……うぃず……不死人……寿命……無い」
「こ、言葉の綾ですっ。一応これでも、元々は人間なんですからね?……おや?」
そう言って自分に対する彼の認識をもう少し改めて貰おうと向き直るウィズの目に留まったのは、彼が右手に抱えている十数センチ程の縦長で、紙に包まれた中身のよく分からない小物。
「何か買って来たんですか?」
彼女の問いに、雪葉はこくりと頷いてみせる。
「誰かに、お土産とか?」
「……教えない」
「そ、そうですか……まあ、私には関係ありませんしね……」
「……その、ちが──」
「では、ユキハさんの用事も済んだ事ですし、アクセルの街に戻りましょうか」
どこか寂しげに悲観するウィズは、彼の続きの言葉を耳へ入れずに、直ぐさまテレポートを発動し、王都を後にした。
▼
転移魔法でウィズの店の前に到着した二人は、別れの挨拶をしようとその場で顔を合わせていた。
先に口を開き始めたのは、ウィズの方からである。
「今日は、本当にありがとうございました。お互い無茶をせずに何事も無くクエストを達成出来て、何よりです」
彼女の言葉に同調したのか、雪葉も首を二度ほど縦に振って返す。
しかし。
「……あ……う……え、と……」
「……?どうかしたんですか?」
直後、彼は唐突にもじもじと体を捩らせ始め、心配そうな表情を浮かべるウィズを見上げては恥ずかしそうに目を逸らす行動を繰り返し、やがて何かを決心したのか右手に抱えていた物を両手に持ち替え、顔を伏せながら彼女の前へと突き出したのだった。
側から見れば、少年が年上のお姉さんに告白している光景に見えなくもないが。
そんな状況に思われるようなシチュエーションなどとは微塵も感じていない片割れのウィズは、突然の事に頭が追い付けずにいた。
「え、えっと、あれ?それ、さっきユキハさんが買ってきたお土産、ですよね?」
「……これ……うぃずに」
「わ、私に……ですか?」
「……ん」
「そ、そんな!ただでさえあんな依頼を引き受けてくれた人から、プレゼントを貰うなんて……!」
何故か避けられていると思っていた雪葉から差し出された物を前に、彼女はあたふたとやんわり受け取れない旨を伝えるも、その返答に対し、雪葉は顔を上げて静かに告げる。
「……これ……ぷれぜんと……否……今日の……お礼」
「お、お礼なんて……それこそ私なんか何もしていないのに、貰う権利なんか……」
「……権利……ある」
「え?」
「この身……王都……火山……うぃず……未知の……場所……沢山……教えて、くれた……連れてって、くれた……だから……その、お礼」
「ユキハさん……」
「あ、後……これ……受け取る……報酬の……代わり」
ウィズが理由をつけて断わる退路を絶つ為、雪葉は温めておいた取って置きの切り札を彼女へ突き付けた。
「……ずるいじゃないですか。そんな事言われたら私、嫌でも受け取らなくちゃいけませんよ……でも、凄く嬉しいです。……ありがとうございます」
退路を絶たれたにも関わらず、ウィズは綺麗な笑みを浮かべながら雪葉の手から縦長の包み物を受け取る。
少しばかり手の中にずしりとした重みを感じながら、彼女は雪葉へ躊躇いがちに一言聞いてみた。
「…………開けてみても良いですか?」
ウィズの問いに、彼は静かに頷いた。
了承の意を受け取った彼女は、ゆっくり且つ丁寧に包み紙を破いていく。
「……!これって……!」
包みを破いた中から現れたのは、火山へ向かう前に王都で最後に立ち寄った、あの骨董屋に置かれていた三毛猫の置き物であった。
目を丸くさせているウィズに向け、雪葉は徐に選んで購入した経緯を語り始める。
「……今日……まわった……店で……それ……一番……うぃず……眺めてた……後……それ……人……招く……縁起物……だから……其の方の、店……千客万来……祈り……込めた」
「……ですか……」
「……前半……聞き取り……不可……復唱……求む」
「どうして……リッチーの私なんかに、魔王軍の幹部に、ここまでしてくれるんですか……っ。私なんて、貴方の役に立つようなことなんか、何も……」
徐々に嗚咽が混ざり始めるウィズの姿を目にした彼は、懐から取り出した手拭いで懸命に爪先立ちと背伸びをしつつ、彼女の涙を拭う。
「……リッチーも……損得も……魔王軍幹部も……関係、無い……この身が……うぃずに……渡したかった……ただ……それだけ」
「……本当に、貴方はずるい人ですね」
そう雪葉に告げた彼女の表情は曇り一つ無いとても晴れやかな笑顔であった。
すると、雪葉はハッと思い出した様に目を見開かせる。
「……そろそろ……時間……皆……待ってる」
「お仲間、ですか?」
「……ん」
「じゃあ、最後に一つだけ……お願いを聞いてくれませんか……?」
「……何?」
彼を呼び止めたウィズは一旦深呼吸にて調子を整えると、目の前の優しい少年の顔色を伺う様に打診した。
「また……この店に来てもらえますか?……その、今度は依頼云々とか、お客さんとしてではなく……し、知り合いとして……!」
「……否……友達として……また来る」
ウィズの言葉に対し、更に段階を超えた返しを告げながら去っていく雪葉の背中を見届けつつ、彼女はしっかりと落とさない様に、慈しむ様に腕の中の招き猫を抱き締めた。
「…………ふふ♪」
その後、ウィズ魔道具店のカウンターには、『店長の許可無く触れないで下さい!』との内容が書かれた三角紙の側に招き猫が置かれ、収入は依然として見込めないものの、ウィズ魔道具店は招き猫を置いた後から、来客の数が今までの倍に増えたとの話である。
また、一部冒険者の話では、あそこの店主は客がいない時は必ず招き猫の前に座って頬杖をつきながら二、三時間ほど眺め続けたり、暇さえあればその置き物を手入れし続けているなどの目撃情報が相次いでいるという。
「……ん⁉︎何だか、凄い嫌な予感がします……っ!」
ちなみに、とあるダンジョンにパーティーで潜り込んでいたある銀髪の女盗賊が、敵感知以外の何かで一抹の不安を察知したのは、ここだけの話。
とっもだっちひっとり、でっきまっした〜♪