我が主君はひとでなし   作:昆布たん

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おまたせしました。
リッチー編パート2です。


忠誠【伍】:ウィズは友達が少ない 〜後編〜

 雪葉がギルドへ戻ると、酒場で今か今かと帰りを待ち侘びていた和真達が一斉に彼の元へ駆け寄り無事な姿を目にするや、帰還を快く迎え入れた。

 

「よく無事だったわね。あんな物好きしかやらないような鬼畜クエスト引き受けて行っちゃうんだもの、てっきり炭焼きにされたのかと思ったわ。それにしても、初心者の街で超危険指定種のネームドモンスター関連のクエストを募集するだなんて、依頼主は何を考えてるのかしら」

 

 かと思えば、不謹慎且つ無遠慮な感想をつらつらと口にするアクアに対し、雪葉は苦笑いで無事帰投したことを告げる。

 

「どうやら怪我も無く戻ってこられたようですね。まあ、私は別に心配などしていませんでしたが」

「先程までギルドの出入り口を忙しなくうろついていたのはどこの誰だ?」

「し、しとらんわい!」

 

 めぐみんとダクネスの交わすやり取りの真意に気付かぬ雪葉が不思議そうに首を傾げながら二人を見つめていると、和真が声を掛けてきた。

 

「で、クエストの結果はどうだったんだ?」

 

 引き受けたクエストが高難度であったせいか和真の表情はどこか不安な色をみせているが、雪葉はピースサインを掲げながら恙無く達成した事を報告。

 途端、アクアが目を輝かせながら彼に詰め寄り、

 

「それで報酬は⁉︎素材はどのぐらいとれたの⁉︎買い取ってもらったお金は全部でいくらになったの⁉︎」

 

 依頼達成の報せを聞きつけるやいなや、あわよくば雪葉の善良な人柄にあやかろうと、主に金銭方面の詳細を矢継ぎ早に問いただし始めたのである。

 

「この駄女神……、お前ほんっと……!」

「アクア……流石にそれはどうかと思いますよ」

「せめて無事を喜ぶ一言はあってもいいと思うのだが……」

「なによ⁉︎私何か悪いこと言った⁉︎今まで討伐どころか、素材すら出回ったことの無かったあの火山王のクエストよ⁉︎最低300万エリスはくだらないと言われてるモンスターの素材なんて、数によっては億を超えるかもしれないのよ⁉︎気になって当然じゃない!」

 

 他三人から非難をぶつけられたアクアは目尻に涙を浮かべながら罪の自覚もなく反論を行い、三人から更に冷たい視線を飛ばされるのであった。

 そんな光景を眺めつつ、雪葉が口を開く。

 

「……金額……まだ、不明……鑑定後……後日……此処で……受領……予定」

「では当日にお金を渡されるまでは分からないと言うことですか」

「なんで……なんでその日に出さないのよ……っ」

「何せあの火山王の素材が初めて手に入ったのだ。それなりに慎重な鑑定が必要なのだろう。……くっ、出来れば私も同行し、奴の高熱ブレスをこの身に受けてみたかった……っ」

 

 雪葉とめぐみんによって告げられた悲報を受けて悔しさと怒りを顕に嘆きだすアクアと、心底口惜しそうな表情で呟き身を震わせたダクネスが胸の前で拳を握りしめる。

 そんな彼女達を横目に項垂れ始める和真に対し、雪葉は主に少しでも負担がかからぬよう、これからは自分だけでも身の振り方を真っ当に努めねばと人知れず決心を固めた。

 ふと、片手で頭を抑える和真を見上げていた雪葉は、主人の姿の異変に気付く。彼がクエストへ出立する前、和真は確かにジャージを着用していたのだが、今は一風変わってこの世界らしい軽めの装備と衣服を身につけているのだ。

 某駄女神と被虐女騎士の非常識な言動に気を取られていたとは言え、主人に仕える身である自分が和真の目に見える変化をいの一番に気付けかった事に、雪葉は一生の不覚と内心臍を噛みながら和真に尋ねようと思い立つ。

 

「……主君……出で立ち……変わった」

「ん?ああ。前からアクアが俺のジャージ……、じゃ伝わんねえか。前の服装にしつこくケチつけられてたから、一応この世界に馴染む様なものを選んだつもりなんだが……変だったか?」

「……否……とても……似合う……無論……以前の、姿……あれも……大変……魅力的……これも……また違う……魅力……奔出」

「そ、そうか……?」

 

 控えめながらもどこか嬉しそうに聞き返してくる和真に対し、雪葉は己の偽り無い本心である事を知らせる様に大きく二度頷きながら肯定の意を示す。

 余談だが、雪葉の従者フィルターにより、彼の目には和真の姿がどんなものであろうと神々しい姿のカミマとして映る為、彼の口から主人に対する蔑みや否定の言葉が紡ぎ出される筈も無いうえ、寧ろ彼は仮に和真が褒めろと命令したならば、やめろと静止の声がかかるまで己の内から止めどなく溢れ出る衝動のままに喜んで褒めちぎり続けるに違いない。

 なにせ、今も彼の胸中では数え切れないほどの称賛が生み出され続けており、その凄まじさは一秒に百を超える勢いである。

 驚異的な視力を持ち得る雪葉も、いざ主の事が絡むと盲目どころか幻視が見える程のぽんこつと成り下がるのだ。

 

「確かに随分と印象が変わりました。前はおかしな格好をしていたので、初めてカズマを見た時は正直こんな人が冒険者なのかと疑っていましたよ」

「いかにもヒキニートの格好してるんだもの、そう感じるのも無理はないわ、めぐみん。あんなだっさいジャージ姿のままじゃ頼りなさそうだったし、私の最っ高にイカしたアドバイスのおかげで少しはまともな見た目になれたんだから、感謝なさい!」

「おいまじふざけんなよ?見てくれだけのオツムポンコツ女神と脳みそ爆裂ロリータに言われたくねえわ」

「誰がポンコツよ!私は正真正銘の超すごい女神様なんですけど!」

「おい。脳みそ爆裂なんたらについて詳しく聞かせてもらおうか」

 

 思わぬ横槍を投げつけてきたアクアとめぐみんに対し和真が猛反論を返すと、そのまま三人で不毛な口喧嘩に突入してしまい、傍から見ていた雪葉が悩ましそうにおろおろしていると、ダクネスがそっと彼の肩に手を掛けて微笑みかける。

 

「放っておいても心配はない。ああやって腹を割りながら喧嘩することも、パーティーには必要なのだ」

 

 そう淑やかに語り掛けるダクネスに目を向けながら、珍しくまともな事を教えてくれた彼女へ雪葉はお礼代わりに笑みを返す。

 

「さて、カズマ達の喧嘩が収まるまで、よかったら私に受けて来たクエストの詳しい話を聞かせてはくれないか?お前がその目で何を見て、その耳で何を聞き、そ……その体にっ、どんな熱さや痛みを感じてきたのか……んんっ!火山王が出すあんなアツいものを身体中に浴びせられる事を想像しただけで、思わず震えが……!」

 

 聖騎士らしい振る舞いに雪葉が見直し始めた矢先。徐々に化けの皮が剥がれ始め、みるみる内に頬を染め上げ絶え間なく吐息を漏らし続ける狂セイダーへと変貌を遂げたダクネスに、彼は光の消えた目を向けながらゆっくりと距離を開く。

 ちなみに、ダクネスが妄想に耽っている対象はあくまで火山王の熱線であり、それ以外の何物でも無いことを御承知頂きたい。

 もし自分が火山王の攻撃を一度でも受けようものならここに帰ってなど来れないうえ、そもそも今回は戦わずに素材を調達出来たのでダクネスが期待しているような展開など微塵も無かったことを雪葉が伝えると、今度はダクネスが両目の輝きを失いながら手足を床についてその場に崩れ落ち、虚ろな表情で念仏のように何かを呟き始めてしまう。

 余程クエストの土産話を期待していたのか大いに落胆するダクネスの姿に、彼は抱く必要の無い罪悪感に苛まれつつどうしたものかと頰を人差し指でぽりぽりと掻いた後、彼女の肩に手を掛けてこれまた要らぬ謝罪を述べると共に励ましの言葉を懸命に絞り出しながら語りかけ、彼女が立ち直るのをひたすら待ち続けるのであった。

 

 五人を目の当たりにしていたある冒険者が後に語る。あれ以上のくだらない光景を見た事は無かったと。

 

 

 雪葉の慰労会がひと段落した所で全員が再び腰を下ろす。片側にめぐみんとダクネス、反対側にアクアと雪葉、上座に和真の位置で着席。

 その直後、彼等の元に一人の男性冒険者が歩み寄って来た。

 見知らぬ人物の訪問に訝しげな視線を向ける他の面子には目もくれず、男性冒険者は静かに見上げる雪葉へと声を掛ける。

 

「聞いたぜ、小せえの。まさか本当にやってみせるとはな。見た目の割に中々肝が座ってやがるぜ。ほら、約束のモンだ」

 

 そう雪葉を褒め称えながら男が指を鳴らすと、厨房の奥から姿を現したホールの女性が雪葉の前にいくつもの料理と飲み物を並べていく。

 クエストを受注する前、確かに雪葉はこの男と無事達成した暁に一杯奢ってもらう約束を交わしてはいたが、あくまで雪葉の中では飲み物を一杯だけという認識だったので、男にどういう風の吹きまわしかと疑問を擲つ。

 

「あ?いっぱい(・・・・)奢るって約束だっただろ。何か問題でもあったか?」

 

 悪戯な笑みを浮かべる男に、まんまといっぱい食わされた雪葉は成る程と得心がいった様に呟き、ぺこりと一礼する。

 

「お前らも遠慮なく食べてくれ。んじゃな」

 

 去り際、和真達にも目を配ると気兼ね無く食すよう促し、用事を済ませた男性冒険者は踵を返しながら投げやりに片手を挙げつつ、その場を後にした。

 

「なんだ、知り合いか?」

 

 主からの問いに、雪葉は先のクエストボード前で交わしたやり取りの経緯を説明すると共に、知り合いと言うまでの関係性は無いと報告。

 

「そっか。まあ、あの人が食えって言うんだから、お言葉に甘えるとしますか」

「そうね。善意はありがたく受け取るべきだわ」

「今日の食費が浮くなら喜ばしい限りです」

「ほら、主役のお前が最初に手を付けないでどうする」

 

 各々四人からの催促を受け、雪葉が手を合わせて食事を始める前の挨拶を述べると、和真達も彼に続いて目の前の料理へ手を伸ばし、賑やかなひと時が流れ始めた。

 

 

 ▼

 

 

 その翌日。

 雪葉達一行は、次なるクエストについて討論を交えていた。

 その際、和真より四人へ装備を調えスキルも覚えたついでの腕試しがしてみたいとの要望が上がると、ダクネスがふむふむと頷く。

 

「ジャイアントトードが繁殖期に入っていて街の近場まで出没しているから、それを……」

「「カエルはやめよう!」」

 

 彼女の提案は、アクアとめぐみんによって即座に拒絶されてしまう。

 二人の反応に疑問を浮かべるダクネスへ、和真が彼女等はカエルに飲み込まれかけた経験による心の傷が残っていることを説明すると、何故か少し頰を赤らめる。

 

「あ、頭からパックリ……。粘液まみれに……」

「……お前、ちょっと興奮してないだろうな」

「してない」

 

 目を逸らし赤い顔でもじもじしながら即答するダクネスに和真は一抹の不安を抱え始めるが、気を取り直し改めてこの五人で華やかな初陣を飾れる手頃なクエストがいいと意見を述べた。

 それを聞き届けためぐみんとダクネスが、掲示板へ和真の要望に見合うクエストを探しに腰を上げて向かう。

 雪葉に至っては、レベルが上がった和真の更なる大活劇に胸を馳せており、ぽわーっと上の空で何かを考え始めていた。

 すると、同様に話を聞いていたアクアが、和真へ小馬鹿にした様子で茶々を入れ始める。

 

「これだから内向的なヒキニートは……。そりゃあカズマは一人だけ最弱職だから慎重になるのも分かるけど、この私を始め、上級職以上ばかりが集まったのよ?もっと難易度の高いクエストをバシバシこなして、ガンガンお金を稼いで、どんどんレベルを上げて、それで魔王をサクッと討伐するの!という訳で、一番難易度の高いヤツをいきましょう!」

 

 そう活き活きと短絡的な提案を告げるアクアに対し、和真は冷めた目を向けながら徐に口を開き、静かに彼女へと前々から心の内に秘めていた印象を打ち明けた。

 

「……お前、言いたくないけど……。まだ何の役にも立ってないよな」

「⁉︎」

 

 ビクリと目を見開かせるアクアに構わず、和真が言葉を続ける。

 

「本来なら俺は、お前から強力な能力か装備を貰って、ここでの生活には困らないはずだった訳だ。そりゃあ俺だって無償で神様から特典を貰える身で、ケチなんてつけたくないよ?それにその場の勢いとはいえ、能力よりお前を希望したのは俺なんだし!でも、俺はその能力や装備の代わりにお前を貰った訳なんだが、今のところ、特殊能力や強力な装備並みにお前は役に立ってくれているのかと問いたい。どうなんだ?最初は随分偉そうで自信たっぷりだった割に、ちっとも役に立たない自称元なんとかさん」

「うう……、も、元じゃなく、その……。い、一応今も女神です……」

 

 しゅんと俯きながら呟くアクアに、和真は更に声を張り上げ。

 

「女神‼︎女神ってあれだろ⁉︎勇者を導いてみたり、魔王とかと戦って、勇者が一人前になるまで魔王を封印したりして時間稼いだりする!今回のキャベツ狩りクエストで、お前がやった事ってなんだ⁉︎最終的には何とかたくさん捕まえてたみたいだが、基本はただ水ぶちまけたり、キャベツに翻弄されて、転んで泣いてただけだろ?お前、野菜に泣かされといてそれで本当に女神なの?そんなんで女神を名乗っていいのか⁉︎この、カエルに食われるしか脳の無い、宴会芸しか取り柄のない穀潰しがぁ!」

「わ、わああああーっ!」

「……?……あくあ……何ゆえ……号泣?」

 

 話の途中から、敬愛する主がどのような勇姿を見せてくれるかと想像に耽っていた雪葉が不意に膝へのしかかる重みに視線を下ろすと、アクアが顔を突っ伏して盛大に涙を流し始めていた為、事の顛末を一切目にしていなかった雪葉は説明を請う様にアクアと和真へ交互に首を動かしながら、ひとまずメソメソと(むせ)び泣く彼女の後頭部を撫でる。

 見た目は自身と同じぐらいの自称女神な成人女性が、遥かに下回る年齢の幼気な子供に慰められている光景を目の当たりにした和真は、内心女神の称号を雪葉へ譲った方が良いのではないかと思いながら深い溜息を漏らしつつ、彼に経緯を説明。

 一連の流れを聞き受けた雪葉は数瞬考えを巡らせ、今度のクエストで確かな成果をあげれば我が主もきっと見直してくれると助言を授け、優しくぽんぽんと背中を叩きアクアを励ます。

 和真の抱いた感想は正しく、恐らく傍目から今の光景を鑑みた限りでは、一部アクシズ教を覗き殆どの者が雪葉を女神のようだと支持することだろう。

 しかし同時に、図らずも雪葉の膝に飛び込んだアクアへ少しばかり羨んでいる自分がいることに気づいた和真は、すぐさまかぶりを振って気の所為だと己を自制した。

 すると、しばらく雪葉によって介抱されたおかげで気力を取り戻したアクアが彼の膝上からキッと顔を上げ、小賢しくも反論を行う。

 

「わ、私だって、回復魔法とか回復魔法とか、一応役に立っているわ!なにさ、ヒキニート!じゃあ、このままちんたらやってたら魔王討伐なんてどれだけかかるか分かってんの⁉︎何か考えがあるなら言ってなさいよ!」

 

 涙を溜めた上目遣いで下から睨みつけるアクアに対し、和真は鼻で嘲笑ってみせ、自分の幸運値や器用度の他、日本の知識を生かしてこの世界にない固有品を作り、商売で副業を兼ねるといった他の手段も視野に入れていることを明かす。

 和真は内心、冒険者稼業など個人的には割に合わないと考え始めており、この世界における命の価値観が報酬に見合っていない事にやる気を削がれつつある為、正直彼自身は現在魔王を倒す事に対して毛程も興味関心が無い。

 なので、和真はこの世界でどうすれば一番手軽に生計を立てていけるのかを模索中であり、魔王討伐については、いずれ他の誰かがやってくれるのではないかと他力本願な期待を抱く始末であった。

 

「と、いう訳でお前も何か考えろ!何か、手軽にできて儲かる商売でも考えろ!あと、お前の最後の取り柄の回復魔法をとっとと俺に教えろよ!スキルポイント貯まったら、俺も回復魔法の一つぐらい覚えたいんだよ!」

「嫌ーっ!回復魔法だけは嫌!嫌よおっ!私の存在意義を奪わないでよ!私がいるんだから別に覚えなくてもいいじゃない!嫌!嫌よおおおっ!」

 

 唯一の存在意義を和真から奪われまいと再び膝上に身を預けながらおいおい泣き崩れてくるアクアの頭を、雪葉が静かによしよしと撫でて情緒が安定するよう優しく労わる。

 精神年齢的に赤ん坊とどんぐりの背比べな挙動を振りまくアクアに対しいよいよ疑いが確信に迫り始めてきた和真と、喜怒哀楽が著明で嫌な事があった時は決まって自分へ甘え縋るアクアに対しペットの様な愛護心が芽生えつつある雪葉の元に、めぐみんとダクネスが帰って来た。

 

「な、なんと羨ま──……ゴホン。……何をやっているんですか?……カズマは結構えげつない口撃力がありますから、遠慮なく本音をぶちまけていると大概の女性は泣きますよ?」

「うむ。ストレスが溜まっているのなら……。アクアの代わりに私を口汚く罵ってくれても構わないぞ。……クルセイダーたるもの、誰かの身代わりになるのは本望だ」

 

 そう和真に指摘しつつ、頻りに横目を配りながらアクアの姿をどこか羨ましそうに気にかけているめぐみんと、まるでそれがクルセイダーの務めだと言わんばかりに胸を張り、その実聖騎士としての職業へ泥を塗りたくっている事に気付かず独善的な在り方を示したダクネスの視線が、雪葉の膝上で泣きじゃくるアクアへ注がれている。

 皆の注目を集めていることを自覚したように、未だ雪葉の膝を涙で濡らしながらも顔を埋めた腕の隙間から時折ちらちらと様子を窺う彼女へ、和真は苛立ちのあまり片方の下瞼が一瞬ひくつく。

 

「こいつの事は気にしなくていい。しかし……」

 

 和真がダクネスに視線を移す。

 

「……ダクネスさん、着痩せするタイプなんですね……」

 

 今日のダクネスはタイトな黒一式のスカートとタンクトップに革ブーツといった装いをしており、彼女の起伏に富んだ身体つきが思春期真っ盛りな和真を刺激するので、目のやり場に困ったのか隣に立つめぐみんと比較して自身の平静を保もとうと試みるものの、あまりに綺麗な姿でダクネスが映るためか多少性格の破綻には目を瞑ろうと思い立つ。

 だが、アクアとめぐみんにも目を配り終えてすぐに性格の重要性を再認識しつつ、結局傍らで静かに皆を見守っているこの少年が総合的にも鑑みても一番なのだなと同性であることや年齢差に内心歯痒さを感じながらも仕方なくそう帰結させるのだった。

 そんな和真の姿に訝しんだめぐみんが自分に対して注がれた視線の意味を問い詰めて一悶着になろうかとした時、ダクネスが論点を戻そうと持ちかけ、その場が事無きを得たのを確認してから再び口を開く。

 

「話を戻すがクエストを受けるなら、アクアのレベル上げができるものにしないか?」

「どういう事だ?そんな都合のクエストなんてあるのか?」

「プリーストは一般的にレベル上げが難しい。なにせプリーストには攻撃魔法なんてものが無いからな。戦士のように前に出て敵を倒すわけでもなく、魔法使いのように強力な魔法で殲滅するわけでもない。そこで、プリースト達が好んで狩るのがアンデッド族だ。アンデッドは不死という神の理に反したモンスター。彼らには、神の力が全て逆に働く。回復魔法を受けると身体が崩れるのだ」

 

 そんな説明を和真と共に耳にしていた雪葉は、先日初めて出来た友人であるおっとりっちいの姿を思い浮かべながら元気でやっているだろうかと気にかけると同時に、居心地が良いのか未だ膝から離れる様子も無く甘えるように頰を擦り付けるアクアの知力が上がって今後大いに活躍出来るようにとの願いを込めながら、彼女の頭をゆっくり撫で続ける。

 やがて、雪葉と同じくアクアの知力と戦力アップに可能性を見出した和真が思案を終え顔を上げた。

 

「うん、悪くないな。問題はダクネスの鎧がまだ戻ってきてないことなんだが……」

 

 すると、ダクネスは腕を組んで堂々と言ってのける。

 

「うむ、私なら問題ない。伊達に防御スキルに特化している訳ではない。鎧無しでもアダマンマイマイより硬い自信がある。それに、殴られた時、鎧無しの方が気持ちいいしな」

「……お前今殴られると気持ちいいって言ったか」

「……言ってない」

「言ったろ」

「言ってない。……後は、アクアにその気があるかだが…………」

 

 ダクネスが、未だ雪葉の膝へ顔を伏せているアクアに視線を向ける。

 

「おい、いつまでもユキハの脚でめそめそしてないで会話に参加しろよ。今、お前のレベルの事……」

 

 和真がアクアへ振り向き、彼女の肩を叩こうと手を伸ばしかけて気づく。

 

「……すかー…………」

「……先程……入眠……確認」

 

 そこには、子供の膝で眠る子供以上に子供な駄女神が、それはそれは心地好さそうに充足した表情で寝息を立てていたという。

 

 

 ▼

 

 

 街から外れた丘の上には、お金や身寄りに恵まれなかった人々がまとめて埋葬される共同墓地がある。

 ちなみに、この世界の埋葬方法は一貫して土葬なのだそう。

 今回雪葉達が引き受けたクエストは、共同墓地に湧くアンデッドモンスターの討伐。

 時刻はそろそろ夕方にさしかかかろうとしており、一行は現在墓場の近くで夜を待つべくキャンプを行っていた。

 

「ちょっとカズマ、その肉は私が目をつけてたヤツよ!ほら、こっちの野菜が焼けてるんだからこっち食べなさいよこっち!」

「俺、キャベツ狩り以来どうも野菜が苦手なんだよ、焼いてる最中に飛んだり跳ねたりしないか心配になるから」

「……めぐみん……これ……焼けた」

「ありがとうございます。ユキハも、早く食べないとお肉が無くなってしまいますよ?」

「……此の身……残り物……いただく」

「せっかくのバーベキューで肉を食べないでどうする。私が代わるから、お前もたくさん食べるといい。ほら」

「……ならば……お言葉に……甘える」

 

 彼等は墓場から少し離れた所で鉄板を敷き、バーベキューに興じて時間を潰す。

 今回請け負ったクエストの討伐対象は、ゾンビメーカーと呼ばれるゾンビを操ることが出来る悪霊の一種で、自らは質のいい死体に乗り移り、手下代わりに数体のゾンビを嗾けて高みの見物をするような中身も相当腐りきったモンスターだが、駆け出しの冒険者パーティーでも倒せる程の相手らしく、これならば鎧が無いダクネスでも危険の少ないお手頃なクエストと判断し引き受けたのだ。

 バーベキューで皆が腹を満たすと、和真がキャベツ狩りで仲良くなった冒険者から教授された覚えたての初級魔法を使用し、見事にコーヒーを作りあげ一服。

 そんな和真を見ながら、めぐみんが複雑そうな表情で自身のコップを差し出して水を要求し、自分よりも器用に魔法を使いこなしている事に不平を漏らす。

 一方の雪葉は、主人の手から次々と生み出される不可思議な現象に目を輝かせ、あっという間に使いこなすその華麗な手際に拍手を送りながら更なる憧憬を抱くのであった。

 

「いや、元々そういった使い方するもんじゃないのか?初級魔法って。あ、そうそう。『クリエイト・アース』!……なあ、これって何に使う魔法なんだ?」

 

 めぐみんの言及に返事をしつつ、和真は手の平に出した粉状の土を彼女の前に掲げてみせる。

 

「……えっと、その魔法で創った土は、畑などに使用すると良い作物が穫れるそうです。……それだけです」

 

 その説明を聞き、アクアが吹き出した。

 

「何々、カズマさん畑つくるんですか!農家ですか!土も創れるしクリエイト・ウォーターで水も撒ける!おまけにティンダーで火起こしとかカズマさん天職じゃないですかやだー!便利なコンビニなのっ?農夫なのっ?今日からあだ名は"ファミマ"で決まりね!どう?私ってばネーミングセンス抜群じゃないかしら!プークスクス!」

 

 某コンビニチェーン店と農家の英語名であるファーマーを掛けたのか不名誉極まりないあだ名を名付けて嘲笑するアクアに対し、和真は右の手の平に載せた土を彼女に向け、左手を構えた。

 

「『ウインドブレス』!」

「ぶああああっ!ぎゃー!目、目があああっ!」

 

 突風によって吹き飛ばされた土がアクアの顔面を直撃し、目に砂埃が入って女神は地面を転がり回る。

 

「……なるほど、こうやって使う魔法か」

「違います!違いますよ、普通はそんな使い方しませんよ!というか、なんで初級魔法を魔法使い以上に器用に使いこなしてるんですか!」

「……流石……主君……優れた……知略」

「こんなの(こす)いだけですよ!それとあなたはカズマを褒める事しか出来ないんですか!」

「……称賛……痛み入る」

「全然褒めてませんよ!」

 

 夕闇の空に、不毛な喧騒が響き渡っていた。

 

 

 ▼

 

 

「……冷えてきたわね。ねえ、カズマ、引き受けたクエストってゾンビメーカー討伐よね?私、そんな小物じゃなくて大物のアンデッドが出そうな予感がするんですけど」

 

 月がのぼり、時刻は深夜を回った頃。

 アクアがそんなことをぽつりと呟いた。

 

「……おい、そういった事言うなよ、それがフラグになったらどうすんだ。今日はゾンビメーカーを一体討伐。そして取り巻きのゾンビもちゃんと土に還してやる。そしてとっとと帰って馬小屋で寝る。計画以外のイレギュラーが起こったら即刻帰る。いいな?」

 

 和真の問い掛けに、パーティーメンバーがこくりと頷く。

 時刻もそろそろ頃合い。クリスから教わった、敵感知スキルを持つ和真と人並み優れた五感に気配察知の業を有する用心棒も兼ねた雪葉を先頭に、一行は墓地の中を慎重な足取りのままゆっくりと突き進む。

 しばらくすると、斥候を務める二人の感知に反応が表れ、二人で後列から続いてくる三人へ手で制しながら立ち止まり、全員で物陰へと潜んで先の様子を窺う。

 

「何だろう、ピリピリ感じる。敵感知に引っかかったな。いるぞ、一体、二体……三体、四体……?」

 

 その数、四体。

 

「……あれ、多いな?ゾンビメーカーって、取り巻きのゾンビはせいぜい二、三体って聞いてたんだが。ユキハ、そっちはどうだ?」

 

 和真は誤差の範囲と帰結しながらも、念の為敵感知より遥かに優れた斥候技術を持つであろう雪葉に呼び掛け、正確な情報を要求する。

 

「……敵数……主君の……感知どおり……でも……⁉︎」

「でも、なんだ?」

 

 珍しく目を見開かせた雪葉の姿に違和感を覚えた和真が怪訝に尋ねると、彼は一度かぶりを振り、いつも通りの物静かな表情を見せながら和真へ向き直り徐に口を開く。

 

「……主君……更なる……厳戒態勢……推奨」

「わ、わかった。じゃあ、先進むぞ」

「……ん」

 

 一行が再び歩みを進めようとした矢先、墓場の中央で青白い光が走る。

 それは、どこか妖しくも幻想的な青い光で、遠くから見えるその光は大きな円形の魔法陣を象っており、側には黒いローブの人影が佇んでいる。

 

「……あれ?ゾンビメーカー……ではない……気が……するのですが……」

 

 めぐみんが自信無さげに呟いた。

 その黒いローブの周りには、ゆらゆらと蠢く人影を数体確認。

 だが、雪葉だけはそんな人影などには目もくれず、その中心に立つ黒いローブの影へとまっすぐ視線を注いでいた。

 彼は、自身の索敵術によって察知した時から既にあのローブを纏った者が他とは比べ物にならない程の圧倒的実力の持ち主である事を薄々感じており、戦闘になれば恐らく一筋縄ではいかないだろうと推測を終えるとすぐさま己の精神を統一させて臨戦態勢を整えつつ、敵の正体と動きを見極めるためじっと目を凝らす。

 

「突っ込むか?ゾンビメーカーじゃなかったとしても、こんな時間に墓場にいる以上、アンデッドに違いないだろう」

 

 ダクネスが大剣を胸に抱えたままそわそわしている為、一度落ち着いて気を引き締めるよう注意喚起を促そうと雪葉が口を開きかけた時、アクアがとんでもない行動に出る。

 

「あ────────っ‼︎」

 

 突如叫びながら立ち上がったアクアは、そのままローブの人影に向かって走り出す。

 

「ちょっ!おい待て!」

 

 和真の制止も聞かずに飛び出していったアクアは、ローブの人影に駆け寄り、ビシッと指を差して高らかに宣言する。

 

「リッチーがノコノコこんなところに現れるとは不届きなっ!成敗してやるっ!」

 

 そうアクアの言葉を耳にした瞬間、雪葉の中で全てが繋がった。

 何故取り巻きのゾンビの数が多かったのか、何故一つだけとてつもない力を感じたのか。

 そして、アクアによって紡ぎ出されたリッチーというキーワードによって雪葉の中で疑念は確信へと変わり、彼の心臓が喜びと焦燥感に駆られ凄まじい速度で脈を打つ。

 

「や、やめやめ、やめてええええええ!誰なの⁉︎いきなり現れて、なぜ私の魔法陣を壊そうとするの⁉︎やめて!やめてください!」

「うっさい、黙りなさいアンデッド!どうせこの妖しげな魔法陣でロクでもない事企んでるんでしょ、なによ、こんな物!こんな物‼︎」

 

 リッチーと呼ばれたその者が、ぐりぐりと踏みにじるアクアの腰に泣きながらしがみつき、食い止めていた。

 周りの取り巻きアンデッド達は、そんな揉み合う二人を止めるでもなく呆然と眺めるのみ。

 

「やめてー!やめてー!この魔法陣は、未だ成仏できない迷える魂達を、天に返してあげるためのものです!ほら、たくさんの魂達が魔法陣から空に昇って行くでしょう⁉︎」

 

 リッチーの言う通り、どこからか集まってきたらしき青白い人魂がふよふよと魔法陣に入ると、そのまま青白い光と共に天へと吸い込まれていく光景を、雪葉は感動の眼差しで見届ける。

 

「リッチーのくせに生意気よ!そんな善行はアークプリーストのこの私がやるから、あんたは引っ込んでなさい!見てなさい、そんなちんたらやってないで、この共同墓地ごとまとめて浄化してあげるわ!」

「ええっ⁉︎ちょ、やめっ⁉︎」

 

 アクアの宣言に、慌てるリッチー。

 それに構いもせず、アクアは手を広げて大声で叫びかける。

 

「『ターンアンデ』ちょ、ユキハ!何すんのよ!」

 

 しかし、それは奇しくも雪葉がアクアの腕を掴むことによって阻まれた。

 彼は一瞬でリッチーを自分の背後へと抱え運んだのか、彼女をアクアから庇うように立ちはだかって相対する。

 そんな雪葉の挙動に事態を飲み込めていないせいか、彼以外の五人は呆然としたまま彼に視線を注ぐ。

 やがて、リッチーは驚愕に目を見開かせながら目深に身に付けていたフードを下ろし、徐に雪葉へ語りかける。

 

「あ、あの、もしかして……?」

「……うぃず……昨日ぶり」

 

 彼の予想どおり、正体は昨日クエストを共にし、初めて出来た友人であるウィズであった。

 

「ユキハ!一体どういうつもり⁉︎なんでリッチーなんか助けてるのか意味分かんないんですけど!」

 

 そう問い詰めながら乱暴に腕の拘束を振りほどいたアクアに対し、雪葉はウィズが善良で無害なアンデッドであると諭すも。

 

「ちょっと、あなた正気なの⁉︎リッチーが無害で善良とかそんな事どうでもいいのよ!プリースト、いや、女神として、私は神の理に反する忌まわしいアンデッドの存在が許せないの!分かったらいい加減そこ退きなさい!ゾンビもリッチーも、全部まとめて浄化してやるんだから!」

 

 彼の説得も虚しく、アクアは更に逆上しながら雪葉へ大人しく退くよう怒気を混じえて要求する。

 しかし、譲るわけにはいかないのはこちらも同じ。

 雪葉はアクアの求めに応じる事無く、その場で立ちはだかったまま普段下がり気味な眉をこれでもかと吊り上げた。

 

「……あ、あの……どうか、私の話を聞いていただく訳には……」

「はあーっ⁉︎女神たるこの私にアンデッドと話す事なんかこれっぽっちも無いんですけど!」

「ひう……」

 

 これ以上アクアが聞く耳を持たない様子と判断した雪葉は、アクアの怒号に怯んで縮こまったウィズへ気に病まぬよう背中越しに声を掛けながら励ますと、一度呼吸を整えつつゆっくり腰を沈めて戦闘態勢へと身構え、相手に正面から迎え撃つ姿勢を見せる。

 幾ら仲間であるアクアに女神としての事情があろうと、友人であるウィズが消滅される身勝手な判決など雪葉には呑めるはずもない。

 ましてや、まだ知り合って日も短く、二人でこれから親交を深める約束を結んだばかりである矢先に掛け替えのない友人を喪うなど、彼にとってそれはあまりにも絶望的で残酷な仕打ちだ。

 そんな自分が死ぬよりも恐ろしい悲惨な結末を阻止する為、雪葉は自身を不安げに見守っているウィズを守り抜く決心を下すと共に、己の確固たる意志をアクアに告げた。

 

「な、なによ!あくまでリッチーの肩を持つのね!いいわ、やってやろうじゃない!言っとくけど、普段甘えさせてもらってるからって容赦しないんだから!」

 

 覚悟を決めて力強く拳を握り締める雪葉の姿を前に、アクアもそれに応えんと慣れないファイティングポーズを取って対峙し、両者の間に生温いそよ風が吹き抜けると墓地内は無音に近い静寂が訪れる。

 今この状況であれば、ウィズには逃走するなり転移魔法を使用するなり、この場から逃げ出す手段は幾らでも有している筈だが、彼女がいずれかの方法を選んで姿を消したところで彼女の存在自体を良しとしないアクアは遅かれ早かれ確実にその手で忌む敵を抹殺するまで諦める事無く血眼になって探し続けるか、もしくは彼女の正体を街中に触れ回るなりの仕打ちはしでかすだろう。

 であれば、逃走という選択肢は妥当ではない為、ならばウィズがこれからも静かにアクセルの街で暮らしていけるよう我が手で道を切り開くのみと雪葉は背水の陣に立たされた心境で臨む。

 今、更なる覚悟を決めた彼の中には、仲間へ危害を加えることや場合によっては命を奪うことへの躊躇いや良心の呵責は一切無い。

 雪葉は、ウィズを守る為ならば如何なる手段を用いようとも厭わぬ不退転の決意で満ちた胸に火を灯す。

 

「ちょ、何すんのよ!離しなさいったら!アンデッドに毒されたバカなユキハの頭にゴッドブロー叩き込んで目を覚まさせてやるんだから!」

「目を覚ますバカはお前だ!あんな素人でも分かるえげつない殺気出してる奴に勝てるわけないだろ!あれ絶対手脚とかへし折る目ェしてるぞ!漫画やゲームで見たことあるぞ!」

「あなたも和真から聞いたでしょう!彼ジャイアントトードに触れただけで爆散させる程とんでもないんですよ⁉︎下手したら今度はアクアの体がそうなるかも知れませんよ⁉︎」

 

 しかし、両者の激突は和真とめぐみんがアクアを押さえる事によって未然に防がれ事無きを得る。

 興奮冷めやらぬまま手足をばたつかせるアクアを宥めすかしつつ雪葉から引き離す二人と入れ替わるように歩み寄って来たダクネスが、いつになく真剣な表情で彼を見下ろす。

 

「先程そのリッチーと挨拶を交わした様子から察するに、お前はその者と知り合いであるかの様に見受けられたのだが」

 

 聞いたことのない声音の低さで問いかけるダクネスに向け、雪葉は知り合いではないと首を横に振りながら否定する。

 

「知り合いではないなら、何故そのアンデッドを無害と断言し、今もなお庇い立て続ける必要がある」

 

 彼は躊躇うことも口籠ることもなく堂々と語り始めた。

 ウィズは昨日のクエストを通して、初めて自分に出来た掛け替えのない友人である。

 彼女は自分の知らない事や見た事の無い場所を親身に教えてくれたり、間違いを起こそうとすれば誠意を持って自分を怒り正しい方へと導いてくれた恩人でもあるのだ。

 半日にも満たないひと時ではあったものの、様々な喜怒哀楽の表情を見せたウィズの人間と遜色ない感情に溢れる姿を、この場の誰よりも知っている自負があるうえ、短い時間ではあれど彼女と過ごした日々は既に自分の中で輝かしい思い出の一つとして昇華されている。

 もし、周りが付き合いの長さで自分とウィズの親密の価値や種族について物申すのなら、そんなものは糞食らえと言いたい。

 

「だが、お前が何と言おうとその者がリッチーというアンデッドの頂点に君臨するモンスターであることに変わりは無い。私としても、アクア程では無いにせよ、アクセルの街にアンデッドが暮らしていたというのは正直認め難い部分がある。仮にその者の正体が街全体に広まれば、否応無く非難の声や視線をぶつけられるのは避けられまい。下手をすれば、冒険者を総動員して彼女を擁護するお前ごと不穏分子として街から叩き出されるか、一生冷遇の扱いを受け続けなければならない可能性もある。それでも、お前は彼女を護ろうというのか」

 

 全くもって愚問である。

 ウィズ擁護する自分が周りからどう思われ悲惨な扱いを受けようと、彼女を見捨てる理由になど到底値しない。

 もし街が総勢を上げて彼女へ危害を加えるのならば、自分は全霊をかけて害をなそうとする者全てを斬り伏せる覚悟があり、それは決して揺らぐ事の無い己の命よりも優先すべきものだ。

 例え敬愛する主人や仲間であるめぐみんにダクネスあろうと、自分の大切な唯一無二の友人へ刃を向けるのならば、迷う事なく立ち塞がり場合によっては命を摘み取ることもやむを得ないだろう。

 

「……何故だ。そうまでして、アンデッドである彼女を護ろうとするお前の心を突き動かすものは、一体何だ」

 

 理由などない。

 自分は友人を護りたい、ただそれだけ。

 大切な人を守るのに、人は一々理由を並べなければならないのか。

 そうではないはずだ。

 その人を守ると決意した時、既に自分の体は動いているのではないか。

 ようは自分の気持ちだ。守りたいのか、そうではないのか、たったそれだけのこと。

 頭ごなしの理由を並べたところで、それは心の底から思い浮かんだ本心に比べれば些末なものである。

 

 それに、アンデッドが何だ、リッチーが何だと言うのだ。

 ウィズが自分たちに何かしたのか、街の人々から一度でも彼女から危害を加えられたとの声が寄せられたのか。

 自分の友人がリッチーであろうがスライムであろうがはたまた幽霊であろうが悪魔であろうが、そんな下らぬ事に固執する方が余程馬鹿らしく思えてくる。

 初めて出来た友人がたまたまリッチーというアンデッドであっただけの事、ただそれだけの事。

 他人から野次を飛ばされる謂れも無ければ、後悔するような後ろめたさなど微塵も無い。

 

 新商品について嬉しそうに語るウィズ。

 初めて紅茶を口にした自分を微笑ましく見つめるウィズ。

 骨董屋の品数に驚きの表情を見せるウィズ。

 何の躊躇いも無く火山王の肛門から産み落とされたコロナタイトを手にしたら、倫理を説く為真剣に怒ってくれたウィズ。

 わざとでは無かったとはいえ、お礼の品を渡す前に余所余所しくしてしまったせいで落ち込んでしまうウィズ。

 こちらの真意が漸く伝わり、手渡された招き猫の置き物を抱き締めながら涙を零すウィズ。

 そんな喜怒哀楽を見せてくれたウィズが、優しい人柄で色々と気にかけてくれたお人好しで、どこか鈍臭くほっとけない友人が大切だから、自分はただ彼女ともっと仲良くなって語りたいだけなのだ。

 それが、今己の中に芽生えつつある生き甲斐の一つでもある。

 

「なっ……⁉︎」

「ユ、ユキハさん……⁉︎」

「……だから……後生……うぃず……討伐……やめて……他の人に……正体……吹聴……しないで」

 

 今の言葉に嘘は無い事を証明する為、彼はその場に正座をすると土下座を敢行しながらダクネスへ懸命に乞う。

 雪葉の予想だにしない姿を目にしたパーティーメンバーとウィズは、驚愕を顕にただ呆然と見下ろす他無かった。

 

「ま、待て!何もそこまでする必要は無い!私はただ理由を聞きたかっだけで、土下座をさせるつもりなど無かったのだ!お前の気持ちはよく分かったから、早く頭を上げて欲しい!これでは私が無理強いさせたみたいに見えてしまう!」

 

 あまりに唐突であった為、事態を飲み込むことに時間の掛かったダクネスがすぐに膝をつき、おろおろと慌ただしい様子で頭を上げるよう雪葉に求める。

 

「……どうか……どうか……うぃずを……」

「私は別に彼女を討伐するつもりも言いふらすつもりもない!だから、どうか頭を上げてくれ!」

「…………温情……痛み入る」

 

 ダクネスからの確かな宣言と要求を聞き届け、彼はゆっくりと顔を上げる。

 漸く土下座が解かれたことに安堵しながら、ダクネスは後ろを振り向き大きめの声で三人へ呼び掛ける。

 

「話は聞こえていただろう!ここは一先ず、話し合いで解決させるというのはどうだ!」

 

 ダクネスの問いかけに迷い無く和真とめぐみんが頷く中。

 

「なーに言ってんのよ!まさかダクネスまでそんなクソリッチーに毒されたっていうわけ⁉︎こうなったらとっておきの技、『女神百烈拳』を解放するしか……」

「いい加減にしろ」

「っ⁉︎痛、いったぁ……っ!ちょっと!いきなり何してくれんのよバカズマ!」

 

 未だ納得の行かぬまま暴挙に踏み出ようとするアクアに対し、和真は手にした短剣の柄でゴスッと小突く。

 

「それはこっちの台詞だアホア。今のユキハを見てまだやる気になってるお前の方がよっぽど凶悪モンスターに見えるわ。流石に同意しかねるぞ」

「あんなに自分の気持ちを表に出すユキハなんて見たこともありませんでした。余程あのリッチーとの仲を懇意にしてるのがとてもよく伝わりましたよ。……なので、今のアクアは、正直和真以上に非道だと思います」

「アクア、お前は人としての心を何処に置いてきたのだ……」

「なによ!私別に間違ってないんですけど!自分の役割を果たそうとしてるだけなんですけど!」

 

 雪葉以外のパーティーから非難の視線と言葉を浴びせられたアクアは、目尻に涙を浮かべながら否定の声を張り上げた。

 

 

 ▼

 

 

 その後、中々ウィズの話に耳を貸そうとしないアクアを説得する事に時間を割かれたものの、ウィズ自身による魔王幹部の関連を伏せながら語った身の上話が和真達の耳へ聞き受けられた事により、彼女の討伐は無事取り消される手筈で収束。

 また、アンデッドや迷える魂の浄化については、毎日暇を持て余しているアクアが引き継ぐ事によって折り合いがつけられる方向で終着し、取り巻きのゾンビのみアクアによって浄化された。

 気付けば、空は既に白みがかってくる時間帯まで過ぎている。

 

「じゃあ俺達は先に戻ってるから、用が済んだらさっさと帰ってこいよ」

 

 そう言い残して墓地を後にする和真と三人の背中を見届ける。

 アクアにいたっては、まだ納得し切れていない為か時折振り返ると、ウィズに向けて舌を出し、侮蔑する姿を見せていた。

 そんなアクアの敵意を受けつつ苦笑いで見送るウィズを見上げていると、彼女も視線に気付いたのか雪葉を見つめ返しながら申し訳なさそうな表情で口を開く。

 

「あの……さっきは助けて頂き有難うございました。私のせいで、お仲間さんと喧嘩する羽目になってしまって、どうお詫びをしたらいいのか……」

 

 悩ましげに伺うウィズに対し、雪葉は別に気にもしていなければウィズが詫びる必要などこれっぽっちも無いと諭す。

 一連の諍いは自分の我儘が引き起こしたものでありウィズが気に病むことでは無いうえ、目の前で友人が傷つけられる事に看過出来なかっただけなのだ。

 自分としては友の為に当たり前の行動を起こしただけに過ぎない。

 寧ろこれで現物を御礼として渡されては、まるで利害の為に彼女を守った上辺だけの関係と見間違われそうなので、それだけはご遠慮願いたい。

 

「とは言え、二度もあなたに借りを作るなんて……私、友人失格じゃないですか……?」

 

 そんなことはない。

 雪葉は友人が困っているのならすぐに手を差し伸べるし、先程のような命の危機に瀕する事態に巻き込まれたのなら、誰よりも疾く駆け付け、如何なる者からも命を賭してウィズを守りぬくとこの胸に誓ってみせると告げる。

 

「気持ちは嬉しいですけど、自分の命はもう少し大切にしてください……!」

 

 惜しむことなく堂々と胸を張って宣言する雪葉は、恥ずかしそうに目を逸らすウィズからもう少し己の命について価値を見直すよう指摘を受けるも、生憎一度決めた覚悟を取り消す訳にはいかないと融通が利かない反応を示す。

 

「……もしかして、意外と頑固なんですか……?」

 

 頑固で結構。それで友人を護れるのならば是非もなし。

 

「分かりました、分かりましたから!あまりそう何度も護る護ると言われると……困っちゃいます」

 

 雪葉の無自覚な追いうちを受け、ウィズは堪らず顔を手で覆い隠し、茹で上がる頬をリッチーである自らの冷え症な手で冷まし終えると、再び彼に向き直り言葉を続けた。

 

「以前、現役だった頃……。私、脇目も振らず魔王を倒すことしか頭になかった様な冒険者で……、周りの事にあまり関心を抱かない結構冷めた性格だったんです。おかげで、パーティーメンバー以外の人達からは、腫れ物に触る様な扱いを受けていました。……無理もありませんよね……って、どこへ行くんですか⁉︎」

 

 話の途中で何処かへ向かおうと踵を返しかけた雪葉に気付き、慌てて腕を掴みながら呼び止めるウィズへ、彼はそんな扱いを押し付けた愚か者を制裁に道草をしてくるだけだと返す。

 

「昔のことですから気にしないでください!それに誰かも分からないのに一体誰を裁くつもりだったんですか!というより、それを道草とは呼びません!」

 

 矢継ぎ早に詰め寄るウィズの姿に気圧され、彼は大人しく話の続きに耳を傾ける。

 

「少し前までは、もう少し周りに目を向けていれば、もしかしたらリッチーにならずに済んだ違う人生も歩めたんじゃないかと思う時もありました。……でも」

 

 ウィズは雪葉の手を取り、彼の目線に合わせる様に膝をついて正面から見つめたまま静かに微笑む。

 

「今では、リッチーになってしまった事に対して後悔は全然無くて、寧ろ感謝しているぐらいなんです。だって…………」

 

 一度言葉を噤んで深呼吸をすると、決心のついた彼女は胸に秘めた言葉を紡ぎ出す。

 

「本当に心の底から大切に思える、こんなに掛け替えのない素敵な友人に巡り会えたんですから……」

 

 瞬間。雪葉の胸の内から、領主の言葉を受けた時と同じ感覚がみるみる込み上げ、次第に彼の目尻から涙が溢れて出しては頬を伝って地面をポツリと濡らす。

 自覚は無かったが、雪葉は内心ウィズが本当に自分を友人として受け入れてくれているのか、不安に駆られていたのだ。

 もしかしたら一方通行で、彼女にとっては自分のこの想いが迷惑になっているのではないか。

 そんな後ろ向きな感情や不安が、彼の心の奥底で潜む様に渦巻いていたのである。

 だが、それは目の前で綺麗な笑みを浮かべるウィズ本人の一言によって全てが払拭され、無意識に堪えていた負の感情が堤を切ったように彼の涙となって洗い流されていく。

 

「ええ⁉︎ど、どどどどどうしたんですか⁉︎私、知らない内に何か酷いことをユキハさんに言ってましたか⁉︎」

「……ひっく……い、否……此の身の……想い……うぃず……本当は……迷惑だった……かと」

「っ⁉︎」

 

 彼の口から明かされた本心を耳にしたウィズは、即座に彼を抱き寄せてきっぱりと否定の言葉を告げた。

 

「そんなこと、絶対にありません!あなたに感謝こそすれ、迷惑に思うことなんて、何一つだってありはしません……!」

 

 ウィズは力強く抱きしめたまま、今度は優しく雪葉に語りかける。

 

「私はあなたの友人です。嬉しい時も、悲しい時も……、楽しい時も、辛い時も……。どんな時も、あなたの友であり続けましょう……。あなたの命が続く限り……私も友であるユキハさんを、命を懸けて守ると誓います」

 

 そう伝えるべき事を言い終えたウィズは雪葉を解放し、彼の目尻に浮かんだ滴を優しく親指で拭い取ると、右手の小指を立てて彼の前に差し出す。

 

「なので、これからもよろしくお願いしますね」

「……うんっ」

 

 彼女と同じ様に小指を立てて指切りの約束を交わす少年は、年相応の無邪気な笑顔を浮かべていた。

 二人は結成から僅か二日目にして、友人から親友へとランクアップを果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、雪葉さん達が受けたクエストってどうなるんでしょう……?」

「……あ」

 

 任務失敗。




ウィズ贔屓が凄い。
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