我が主君はひとでなし   作:昆布たん

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剛力腕の殺戮人形 雪葉


幹部筆頭好色紳士 ベルディア


いざ尋常に 勝負!!



忠誠【陸】:腕試しにはデュラハンが良いそうですよ?

「知ってるか?なんでも魔王軍の幹部の一人が、この街からちょっと登った丘にある、古い城を乗っ取ったらしいぜ」

 

 ギルドに併設された酒場の一角にて昼間から酒を飲んだくれる男と相席する我が主和真の会話を、雪葉は少し離れた別の席より遠巻きながらに耳をそば立てていた。

 酒場に飛び交う喧騒の中から目的の会話を聞き取る事など、普通の人であれば干し草の中から針を探すような不可能に近い芸当を難無くやってのけられる程に雪葉は聴覚を鍛え上げている。

 盗み聞きと言えば聞こえは悪いが、雪葉は和真達の様子から特段他の者に聞かれたくない密談を交わしている訳でも無さそうとのあたりをつけ、彼等の会話に耳を澄ましうかがっているのだ。

 寧ろ雪葉としては、先程からの二人の会話から単に主人がこの街周辺の近況について情報収集を行なっているだけだとの見立てをつけており、少なくとも和真が某駄女神を始めとした中身と性能が廃品水準の女性メンバーから逃れる為の離別法を模索しているわけではないとの確信は自負しているが。

 

「ねえちょっと、カズマったらあの男の人と何の話してると思う?まさか他のパーティーに入って、私たちをお払い箱にする気だったりしないかしら」

「ま、まさか……しかし、あんなに楽しそうに会話をしている様子を見ると、一概には言えない気も……」

「カズマが、他のパーティーと仲良さそうに……な、何だ……?このもやもやと快感が入り混ざった妙な感覚は……?」

 

 アクア達に関してはそうもいかず会話の中身が聞き取れないせいか目で得られる情報から考えを統合させた結果がこの有り様だ。こんな体たらくでは、主が本気で匙を投げ出すのも時間の問題かと憂慮を覚えつつ雪葉は三人に悟られぬよう溜息を零す。

 雪葉の予測通り粗方情報収集を済ませた和真がこちらのテーブルに帰着するやいなや、自分たちの勝手な誤解を不満に変えてぶつける三人からの非難を受け、和真は雪葉と同様の嘆息をつきながら項垂れた。

 だがすぐに意識を切り替えた和真が、偏った性能の女性陣に対しどんなスキルを習得しているのか問いかけつつ、今後それを考慮しながら自由にスキルを習得出来る自分が穴を埋めるつもりだと補足を付け足す。

 しかし、そんな和真の構想はダクネスやめぐみんの回答によって早くも瓦解を余儀なくされた。

 ダクネスは専ら耐性スキルや囮など防御系統のスキルを習得しており、武器などの攻撃スキルに至っては1ポイントも割り振っていないというのだから脱帽ものだ。因みに命中精度を上げるつもりは毛頭無いとの事。

 一方のめぐみんは爆裂系のスキル一択。爆裂魔法や爆発系魔法威力上昇、高速詠唱など、ひたすら爆裂魔法を極める事に徹した必要なスキルしか習得していない。ついでにこちらも、使い勝手がいい中級魔法を会得するつもりは微塵も無いと断言。

 アクアに至ってはロクなものがあるはずもないと決め付けられたのか、和真から答える権利すら与えてもらえなかった。なんとも不憫としか言いようが無い。

 

「何でこう、まとまりが無いんだよこのパーティーは……。本当にユキハと一緒に移籍を……」

「「「⁉︎」」」

 

 和真の小さな呟きに三人がビクリとする中、雪葉は主人と二人きりなど嬉しさのあまりこちらの身がもたないかもしれないとニヤつきそうになる口元を必死に引きむすぶ。

 されど団子隠そうより跡隠せ。雪葉の頭頂部から生え伸びた一際目立つアホ毛はご主人の帰りを待ち侘びていた飼い犬の如く、これでもかと言わんばかりにぴょこぴょこと激しく左右に揺れ動く。

 別に、和真は二人きりとは一言も言っていないのでこれは雪葉の完全なる早計だが、思わず見蕩れてしまう程の愛らしい姿に和真は水を差す度胸を遥か彼方へ払い飛ばすのだった。

 

 

 ▼

 

 

 緊急クエストのキャベツ狩りと超高難度クエストである火山王の素材採集から数日が経過。

 あの時採集したキャベツは、軒並み売りに出されている。

 火山王の素材で作られた武器や装備品に魔法道具のアイテム等は、今もなお魔王軍との争いが繰り広げられる前線や王都などで徐々に販売が開始されていると最近王都から帰還したとある冒険者によって情報が寄せられたようだ。

 雪葉は現在換金真っ最中であるアクアの後ろで自分の番が訪れるのを静かに待っていた。我儘を言うなら別に雪葉は多い少ないの話どころかそもそも腕試しが目的であった為、報酬金自体に興味もなければ正直貰っても大した使い道が無い。

 しかし、このクエスト報酬は親友ウィズからのお礼も兼ねており、それを突っ返そうものなら彼女はその朗らかな愛らしい笑顔を忽ち暗くさせる事だろう。親愛なるウィズをそんな顔にさせたのなら、雪葉は自分に虫酸が走り即刻己の首を刎ねて詫びたくなるに違いなかった。

 こんなもしもを想像していることからも分かる通り、雪葉の親友に対する好意は度を過ぎているので、周囲の人が雪葉の考え方を耳にすれば、皆一様に「重すぎる」と彼を批難する事請け合いである。

 

「なんですってえええええ⁉︎ちょっとあんたどういう事よっ⁉︎」

 

 ギルドに響き渡るアクアの叫び声によって、雪葉は意識を戻された。視線の先で彼女はギルドの受付嬢の胸ぐらを摑み、何やら文句を垂れているようだ。

 

「何で五万ぽっちなのよ!どれだけキャベツ捕まえたと思ってんの⁉︎十や二十じゃないはずよ!」

「そそ、それが、申し上げにくいのですが……」

「何よ!」

「……アクアさんの捕まえてきたのは、殆どがレタスで……」

「…………なんでレタスが混じってるのよ!」

「わ、私に言われましてもっ!」

 

 やがてこれ以上クレームをつけても無駄と悟ったのか、報酬の五万エリスを渋々受け取ったアクアが笑顔に切り替えて和真へと歩み寄って行く姿を横目に見届けながら、雪葉は受付カウンターへと一歩近づく。

 受付嬢は営業スマイルを作り直し、雪葉を迎える。

 

「こんにちは、ようこそギルドへ。よろしければ今夜お食事でも如何ですか?」

 

 公に向けた仮面の笑顔を張り付けているくせに、口から流れるように私情がだだ漏れであった。

 

「ちょっと、なに自分だけどさくさに紛れて誘ってるのよ!不可侵条約破るつもり⁉︎」

「そんなの私の知ったことじゃありませーん!そもそもあんたが勝手に言い出したことでしょ⁉︎」

「前々から思ってたけど、あなた最近調子乗ってるんじゃない⁉︎そんなんだから彼氏に『お前、マジ疲れる』とか愛想つかされるのよ!」

「はああああ⁉︎今そんなこと関係無くない⁉︎てかあんたの彼氏家具屋の娘と浮気してんの知らないわけ⁉︎まあ、あんたより断っ然あっちの方が可愛いし無理も無いわよね!」

「殺す!」

「上等!」

 

 気が付けばあれよあれよという間に雪葉の前には受付嬢同士がキャットファイトにもつれ込む光景が広がっており、これでは報酬を受け取れず不覚にも主人を待たせることになってしまう。

 何故こんな事態に陥ったのか雪葉には全く原因が浮かばないし正直さっさと報酬を貰って和真の元へ戻りたいので、喧嘩を行う暇があるならまずは自分達のやるべき業務を済ませてからゆっくり興じてほしいものだ。

 そもそも恋人がいる身でありながら悪びれもせずナンパを吹っかけてくるなど、この受付嬢達の気は確かだろうか。

 仮に相手に不貞を知られた際、面倒な修羅場に巻き込まれるなど雪葉としては御免被りたいので、喧嘩に発展していなかったにせよ選択肢に断る以外の答えは無かった。

 

 結局、彼女達の争いが一向に収束しない様子に見兼ねた男性職員が二人を諌めて受付の奥へと追いやったのち、雪葉へ必死に平謝りしつつ代わりに報酬の手続きを請け負う。

 普段であれば受付嬢の中でも唯一下心の無いルナが真摯に応対してくれるのだが、生憎と今は別の業務に追われているらしい。

 

「えーと……ユキハさん、ですね。あなたにはキャベツ狩りと一緒に、火山王の素材が買い取られた報酬も出ていましたよ。合計金額は……は?」

 

 何やら書面に目を通しながら説明をしていた男性職員の動きが止まった。その後、何故か眼鏡を上げたり下げたりと忙しなさそうに書面の中身を裸眼と眼鏡越しで見比べ始めたので、怪訝に思った雪葉は何事かと男性を呼び掛ける。

 

「し、失礼しました……では改めて。今回の合計金額は……」

 

 職員から告げられたその金額を雪葉は無表情で聞き届けるとしばらく黙考し、やがて何かを決断したのか男性職員へ顔を上げて徐に口を開き、自分の意思を伝えた。

 

「え?……そ、それ……ご冗談、ですよね?」

 

 驚愕を顕にする職員に対し、彼は嘘をつく理由がないと訴える様に顔を顰めて否定の意を示す。

 それとも何か。今しがた頼んだ要望が不可能な為、ギルドとしては到底聞き受けられないとでも言うのだろうか。

 

「い、いえ!滅相もありません!あなたがお望みなら、ご希望どおりこちらで手配する事は勿論可能です。しかし、この様なケースは極めて異例な上、長年勤めている私も実際にこんな事を言われたのは初めてでして。無粋な事をお聞きしてしまい……誠に申し訳ありませんでした」

 

 別に悪気があった訳では無いならこちらも気にしないし、何より自分の口にした望みが珍しい事例であったと言うなら少しぐらい対応に迷うのも無理はないと雪葉は得心を得た様に頷く。

 なにせ雪葉の思いついたそれは普通の価値観を持つ者からすれば正気の沙汰では無いと批判をされかねないものであり、その決断が英断なのか愚断なのかは各人の主観に左右されるだろうが、そんなものは雪葉にとって取るに足らぬ瑣末な事に過ぎない。

 仮に何人からも受け入れられず非難されたりこの場で断られていたとしても、雪葉は揺るがぬ決意の下何が何でも己が手で断行するつもりであった。

 だが問題なくギルドで請け負いが可能との返答を受けたことで、雪葉は強硬手段に出る必要がなくなったと胸を撫で下ろす。恐らくこの考えにはウィズも多少驚きはしつつも、最後には笑顔で賛同してくれることだろう。

 

「では、その様にこちらで進めさせて頂きます。本日のご利用、誠にありがとうございました」

 

 流れる様に綺麗な所作を披露する男性職員のお辞儀を受けた雪葉はぺこりと一礼を返すと主人の元へ戻って行く。

 雪葉の姿を目にした和真達は、待ってましたと言わんばかりの期待に満ちた表情で彼を迎えながら早速声を掛けてくる。

 

「お、噂をすれば本命の登場だな」

「やはりキャベツを狩った数が数ですし、火山王の素材報酬もありますから、期待をするなというのが無理な話ですよ」

「それにユキハの偉業を聞きつけた者達が、態々ギルドへ足を運びに来ているぐらいだからな」

「で⁉︎で⁉︎一体いくらだったの⁉︎早く教えなさいよ!」

 

 《なんか王都での噂じゃああいつ、超レアなアイテムも見つけてきたらしいぜ》

 《へー、すげえじゃん》

 《てかキャベツもキャベツじゃない?あの子、絶対千以上は捕まえてたと思うんだけど……》

 《付き合いたい》

 

 大勢から注がれる期待の眼差しを受けながらも、無表情のまま大衆の前で片手の指を五本立てて金額を示す。

 

「ご、五千万⁉︎」

「うっそ!高級なお酒いくつ買えるかしら⁉︎」

「普通に上等な装備一式揃えられる値段ですよ!」

「う、うむ。功績が大きい分、報酬もやはり超大金だな……!」

 

 細かな反応は各々違えど和真達は一様に驚愕の表情を浮かべているが、意図した内容どおりに上手く伝わらなかった雪葉は眉を顰めながら左右に首を振る。五千万ではキャベツ狩りの合計金額にしか届いていないのだ。

 そもそも最低でも鱗一枚にあたり三百万エリスの値が保証されている火山王の素材をウィズと共に回収用の荷物へこれでもかと詰め込んで持ち寄ったにも関わらず、素材の小計だけでも五千万を超えなければいくら金に無頓着な雪葉でも流石に鑑定を行った者達へ異議申し立てをしなければならない程、総計五千万エリスでは素人目に見てもあからさまに不釣り合いな金額と見なされるのは当然の理。持ち込んだ素材の数は十や二十ではきかないというのに。

 驚愕から一転して疑問を浮かべる彼等に対し、雪葉は更に一桁増やすよう促す。

 

 合計、五億エリス。

 内訳としては、キャベツ五千玉で五千万エリス。素材報酬はウィズと山分けの為半分の一億五千万エリス。コロナタイトの買取金もそれぞれに分配とし、三億エリス(元値六億エリス)。

 

「「「「ごっ⁉︎」」」

 

 《五億エリスって聞いた事ねえぞ⁉︎》

 《つまりどういうことだ⁉︎エリス様五億人分ってことか⁉︎》

 《その計算だとエリス様一人一円になってるわ安すぎよ!》

 《そもそもエリス様って買えるんだっけ⁉︎》

 《ていうかあの子今コロナタイトって言わなかった?》

 《まさか、幻聴だろ》

 

 予想を遥かに超える衝撃の事実に雪葉以外の冒険者達はざわつき始め、ギルド内が喧騒に包まれて行く。それがあまりに喧しく聞こえた雪葉は両耳を塞ぎつつ彼等との距離をじりじりと開き始める。

 ちなみに、エリス様は大前提として売買の対象ではないうえ、彼女は女神、つまり神様なので単位の数え方として正しくは一柱二柱が適切なのだが。

 何よりもエリス様は一柱しか存在しないのでは、とそう内心で感じている雪葉が今彼等に異論を唱えたところで恐らく正気に戻らぬ限り聞く耳を持つ余裕は無いのだろう。なので、雪葉は何も言わずに彼等を意識の外へ追いやることに決めた。

 なによりも、気が動転してるとはいえ国教の女神様に対する言動が失礼極まりない。

 

 ーーあはは……流石に一円はちょっと……。

 

 そう苦笑いで頰を掻く寛大な女神様の姿が浮かんだ。

 

「それで、五億はどこ⁉︎ちゃんと受け取ったのよね⁉︎」

 

 相変わらず鞍替え上手な水の女神様は胡麻をすりながら雪葉へ詰め寄り、金の在りかを聞き出そうと企んでいるのか欲に塗れた視線と声音で雪葉に尋ねてくる。

 和真によって下界での望まぬ生活に巻き込まれたことで神格が殆ど削り落とされているアクアではあるが、初めは持ち合わせていたであろう女神としての最低限の誇りが徐々に廃れつつある姿を目の当たりにしてきた雪葉は思わず目頭を押さえずにはいられなかった。

 アクアはプリーストに女神と信じて貰えなかったどころか後輩の女神を崇拝している異教徒からの施しを受けたとの過去を主人から初めて耳にした時、あまりに不憫な彼女を馬小屋で夜どおし慰めたのは懐かしい思い出だ。

 そんな不運の女神……もとい水の女神からの詰問を再び受けた雪葉は静かにその在り処を打ち明けた。

 

「……無い」

 

 瞬間。

 先程までギルド内を飛び交っていた数多のどよめきが一斉に鳴りを潜め、雪葉へと全員の視線が降り注ぐ。目の前で動きが止まったアクアも、表情を固めたまま雪葉を凝視している。

 

「……は?」

「……報酬……全額……街へ……寄付」

「う、嘘よ……嘘よね?私達をからかうためのハッタリなんでしょ?そうなんでしょ?」

「そ、そうですよ。冗談にしてはあまり笑えませんよ……?」

「いやいやいやいや。五億まるごと寄付とか、いくらユキハでもそんな慈善家みたいな事しないだろ。……しない、よな?」

「して、本当はどうなのだ?」

 

 一縷の望みに縋るような彼等の問い掛けに込められた真意を汲み取れない鈍感無垢な雪葉から紡ぎ出された言葉は、容赦なく彼等を裏切りの絶望へと叩き落とす。

 

「……復唱……報酬……全額……街へ……寄付」

『頭おかしい‼︎』

 

 図らずも、雪葉以外の冒険者達が最も一体感に包まれた瞬間は、後にも先にもこの時だったという。

 地べたに崩れ落ちる者、天を仰ぎ嘆き出す者、呆然と立ち尽くし何かを呟く者、泡を吹いて倒れる水の女神様。そんな彼等を目の当たりにしてなお雪葉はその意図を理解する筈もなく、純粋な瞳を向けたまま首を傾げる他無かった。

 そんな一方で、雪葉の行いを明確に褒め称える者が一人、彼の肩へと手を置いて微笑んだ。

 

「お前の善行、しかとこの目に焼き付けたぞ。やはりエリス様の寵愛をその身に授かっているだけあって徳が高いな、私も見習わねばなるまい。それはそうと、お前さえ良ければ私の紹介でエリス教徒になってみる気はないか?エリス教は来るもの拒まずだし、何より皆良い人ばかりだぞ」

 

 好意的な意見や称賛を述べてくれるのは有り難いが、どさくさに紛れての勧誘行為や布教活動をされても雪葉は主君以外に敬信を捧げるつもり等毛頭無いとエリス教への入信をきっぱりと丁重にお断りさせて頂いた。後にも先にも、自分はカズマ教信者なのだから。

 そう告げた雪葉は突然ダクネスにがっしりと肩を掴まれ、今からでも遅くないと頻りに退団と解散を勧められるのだった。

 現在カズマ教の信者は雪葉一人の為、絶賛入信者募集中。(しゅ)曰く、十代半ばから二十代前半の女性は入信優遇との事であり、希望者は是非カズマ教団最高責任者のユキハまで。

 

 ーー即刻解団してください!

 

 そんなエリス様の幻聴が聞こえた気がした。

 

 

 ▼

 

 

「カズマ、早速討伐に行きましょう!それも、沢山の雑魚モンスターがいるヤツです!新調した杖の威力を試すのです!」

「まあ俺も、ゾンビメーカー討伐じゃ、結局覚えたてのスキルを試す暇もなかったしな。安全で無難なクエストでもこなしにいくか」

「いいえ、お金になるクエストをやりましょう!ツケを払ったから今日のご飯代も無いの!」

「いや、ここは強敵を狙うべきだ!一撃が重くて気持ちいい、凄く強いモンスターを……!」

 

 雪葉が静かに見守る中、他のメンバー達各々がまとまりの無い意見を述べている。ここまで見事に嗜好や性格がばらつくのも、相当稀有な巡り合わせだったに違いない。

 彼個人としては火山王への再挑戦が頭の中で候補に挙がったが、前回ダクネス以外のメンバーは頑なに首を縦に振ろうとはしなかったうえ、仮に仕方なく同行したとしても十秒足らずで雪葉とダクネス以外の三人が炭になる未来が浮かんだ為、雪葉は口にする事なく脳内ですぐさま棄却した。ついでに受付の職員から聞いた話によると、現在火山王のクエストはどのギルドでも取り扱っていないらしく、今後は火山王が棲む煉獄火山は著しく立ち入りが制限され、ギルドや政府からの立入許可証を毎度クエスト毎に発行しなければならないそうだ。

 なんでも今回雪葉が持ち込んだコロナタイトがあの煉獄火山で発見された事によりあの場所自体が重要資源保護区域となったのが原因のようで、これでは居眠り蜥蜴の起床頻度も更に減るばかりか、唯一の退屈凌ぎが奪われた事に不満を嘆くのは想像に難くない。

 雪葉は火山王と死闘に興じる日が遠のくことに歯痒さを感じつつ、機会が巡って来るのはいつになるやらと心底落胆しながら肩を落とす。

 

「とりあえず、掲示板の依頼を見てから決めようぜ」

 

 和真の意見に、賛同した全員がぞろぞろと掲示板に向かう。

 

「……あれ?何だこれ?依頼が殆ど無いじゃないか」

 

 そう主が思わず口にしたとおり、雪葉達の眼前には普段であれば掲示板を埋め尽くす程所狭しと貼り出されている筈の依頼が今は数枚しか貼られておらず、掲示板のボード部分が曝け出されているその光景がとても新鮮に雪葉は感じた。

 

「カズマ!これだ、これにしようではないか!山に出没するブラックファングと呼ばれる巨大熊を……」

「却下だ却下!おい、何だよこれ!高難度のクエストしか残ってないぞ!」

 

 貼り出されていた僅かな希望すら、どれも雪葉以外のメンバーには手の余るものばかり。

 そんな失意に陥る和真達のもとにギルド職員がおずおずと歩み寄って来ると、躊躇いがちに事情を説明しだす。

 

「ええと……申し訳ありません。最近、魔王の幹部らしき者が、街の近くの小城に住み着きまして……。その魔王の幹部の影響か、この近辺の弱いモンスターは隠れてしまい、仕事が激減しております。来月には、国の首都から幹部討伐のための騎士団が派遣されるので、それまでは、そこに残っている高難度のお仕事しか……」

 

 申し訳無さそうな職員の言葉に、文無しのアクアが悲嘆の声を上げる。

 

「な、なんでよおおおおおっ⁉︎」

 

 金に貧窮しているのが自業自得とはいえ、あまりにも金運に恵まれず悲しみに暮れる不幸な女神様の不憫な姿に、雪葉は哀愁の念を抱かずにはいられなかった。

 

 

 ぶつくさと不平を垂れながら掲示板の前を後にするアクアと三人達に続こうとした雪葉の背中に、先程のギルド職員ではなく受付の奥から姿を現したルナの声がかかる。

 

「あの……少しいいですか?」

 

 少々時間を貰いたそうな表情が見受けられるルナに、雪葉は別に構わないと承諾を示す。

 

 和真達へ用事が出来たことを伝えた雪葉は、ルナの誘導を受けて受付奥にある談話室へと案内される。

 入室した室内には中々に上等な二つのソファーがテーブルを挟むように向かいあっており、どうやら自分に重大な話が持ちかけられる雰囲気だと雪葉は部屋の様相を見回して悟った。恐らく何か特別な依頼や会議を開く際に使われる場所なのか、壁の構造が他とは違い若干室外の音が普通の部屋と比べて聞き取り難い感じだ。

 情報漏洩に対する意識の高さに同じ情報を取り扱う稼業として感心を抱きながら室内を眺めていると、ルナから腰を落ち着けるよう勧められた雪葉はソファーへ腰を下ろす。

 

「喉、渇いてませんか?良ければお持ちしますよ」

 

 ルナの厚意に、あなたは是非に甘えさせて頂こうと首を縦に降ると、彼女はくすっと笑みを浮かべながら一度部屋を退出。

 程なくして、その手にカップと角砂糖の入った小瓶を載せたトレイを携えて再びやって来るとカップを雪葉の前に置く。

 中には茶黒の液面が八割程のところで波打ち、これまでに嗅いだことの無い独特な匂いが雪葉の鼻腔内に漂う。

 

「ギルドに子供が来ることが滅多に無いので、コーヒーしか有りませんが良かったら……。砂糖も使ってください」

 

 申し訳無さそうに弁明しながら腰を下ろしたルナに対し、雪葉は気を咎める必要は無いと言葉をかけつつ見た事のない飲み物の名前をぎこちなく復唱しながら聞き返した。

 

「え、コーヒーを知らないんですか?……前々からその服装も気にはなっていましたけど、もしかして異国からこの街に?」

 

 コーヒーを知らない人物がいたことに驚きながら目を丸くさせるルナに雪葉は遠い島国からやって来たと肯定の意を示しつつ説明。この世界では目立つことこの上ない忍び装束姿の雪葉が誰かに出身を聞かれた際に怪しまれぬよう、和真が教えてくれた模範回答である。

 雪葉が生きていたのは戦国時代。日本地図が出来たのは更に後の時代であり、かの偉人伊能忠敬による測量が行われるまで誰も日本の全貌を目にすることはなかった為、彼より先人の雪葉が海に面した島国である事を耳にして驚いたのも無理はない。

 

「なるほど。それならコーヒーを知らないのも、無理は無さそうですね」

 

 全ては語らず言葉を濁した雪葉はそれ以上追及されぬよう話に区切りをつける為、カップを手に取って一口試飲。

 

 ……苦い。それしか感想が浮かばない。

 初めて味わう不思議な苦味に雪葉の眉根が僅かに歪む。

 

「ふふっ。飲みにくいようであれば、遠慮なく砂糖を入れて頂いても大丈夫ですよ」

 

 クスリと笑うルナにすすめられ、雪葉は小瓶に詰められた角砂糖をカップいっぱいになるまで投入すると一気に口へ流し込み、未だ溶けきれていない砂糖をガリガリと噛み砕く。口内へ沁み渡る心地好い甘味に、雪葉のアホ毛がぴょこぴょことご機嫌に揺れた。

 

「うわぁ……見てるだけで胸焼けが……」

 

 破天荒なコーヒーの飲み方を若干引き攣った顔で見つめるルナに、雪葉は話があるのでは無かったのかと今度は角砂糖のみを口に運んで飴を舐めるかのように味わいながら打診を擲つ。

 砂糖は決してそんな摂り方をすべきでは無いと心で指摘しつつ、雪葉が歯科医の世話になる未来予想図を浮かべながらルナがゆっくりと話を切り出す。

 

「今回ユキハさんにお時間を頂いた用事というのは、他でもなく魔王の幹部と思われる者がこの街の近くにある廃城に住み着いている件です」

 

 薄々感付いていた予感が的中し、雪葉はやはりと呟く。

 

「実は来月派遣される予定である討伐隊を編成してくれている国の首都から、ギルドへ依頼があったんです。『魔王の幹部討伐を確実なものとするべく、就いては現地の優秀な冒険者に斥候を務めてもらったのち有益な情報をこちらに提供願いたい』と。ですが、ただでさえアクセルでは斥候に不可欠な盗賊職を希望する人すら限られてくるのに、加えて魔王の幹部と交戦する事になった場合の可能性を考慮するとなるとどうしても…………。それを受けて、ギルドの職員や冒険者の方々からの意見をまとめた結果、やはりあなたしかいないだろう、という結論になりまして……」

 

 終始躊躇いがちなルナの経緯説明に、雪葉は真摯に耳を傾けて続きを促す。

 

「あ、はい。……報酬は情報の優良性や量にも寄りますが、最低でも三百万エリスは保証するそうです。この様な危険の高い任務をユキハさん一人にお願いするのは、私個人としてはあまり気が進まないんですけど……引き受けてくださいますか?」

 

 自分が手に入れた情報で討伐隊の力となり、結果としてアクセルの街でいつもどおりのクエストが行える様になることで仲間や冒険者達に活気が戻るのなら、こちらとしては願ったり叶ったりなので特に異論はない。

 それに、斥候は忍者である自分の十八番であり本業であると雪葉は誇らしげに胸を張ってみせる。

 

「ありがとうございます。今回のクエストはあくまで調査のみなので、戦う必要は全くありません。危険と判断したら決して無理はせず、すぐに逃げてください。場合によっては緊急クエストとして他の冒険者達へ協力を要請する予定となっていますので、絶対に一人で立ち向かうことだけはしないでください」

 

 ルナから注意事項についていくつか提示されると、雪葉は概ね把握したと二度頷く。

 

「いえ、全て把握していただきたいんですが……。とにかくあなたは何かにつけて危険に飛び込んだり、強いモンスターと戦いたがるとギルド内では専らの噂ですから、くれぐれも無茶だけはしないようにお願いしますね……?」

 

 雪葉の与り知らぬところで何とも出鱈目極まりない風聞が流布していることに雪葉は心外とばかりに仏頂面で苦言を呈す。

 そもそも、あんな被虐性癖持ちの狂人と一緒にしないでもらいたい。雪葉はただ己の実力を測らんが為にあえて身をやつしているだけであり、決してあのくっころせいだーの様に痛みや危険を求めている訳ではないのだ。断じてマゾネスさんとは違う。

 

「ええと……誰のことかは分かりませんが、いずれにせよ正面から殴り込もうなんていうのはやめてくださいね?いえ、これはフリではないですから、まるで言葉の裏を汲み取ったかの様な頷きはやめてください!本当にフリじゃありませんから!」

 

 何度も執拗に釘を刺してくるルナに、雪葉は十分伝わったので問題はない旨を伝えながら任せろと言わんばかりに親指を立てる。

 

「……これまで数え切れないほど冒険者の出発を見送ってきましたが……。私、今が一番心配です……」

 

 彼女の鬱屈とした嘆きが、雪葉の耳に届くことは無かった。

 

 

 ▼

 

 

 あの後、最後にルナからこのことは他の冒険者達にはくれぐれも内密にして欲しいとの要望が添えられた。

 なんでも首都側から、魔王の幹部を討伐した功績を是が非でも我が物にしたいという上層部たってのご希望があったらしく、報酬にはそういった口止め料としての意味合いも含まれているようだ。

 どうやらどの世にも利己主義なお偉方が付き纏うものかと雪葉は鼻で嘆息しながら最後の角砂糖を口に放り込み部屋を後にした。何度も言うようだが、砂糖は飴玉ではない。

 また、和真達には急用のお使いをギルドから頼まれたと嘘ではなくとも真実とは言い難い理由を伝え残して来たのだった。

 

 雪葉は現在、件の魔王幹部が根城にしていると思われる古城を目指しつつ、思わず坂道・トンネル・草葉っぱら、一本橋にでこぼこ砂利道を歩きたくなるフレーズの鼻歌を口ずさんでいた。

 まるでそのうちきつねやたぬきを後ろに連れだって林の奥まで探検し始めてしまいそうな曲調だが、これは雪葉のオリジナルである。繰り返すが、これは雪葉が独自に編み出した鼻歌だ。

 

 これから命の危険に関わる任務に身を投じるとは俄に信じ難い気構えで歩みを進める雪葉だが、道中辺りを見渡してもモンスターはおろか、生物一匹すらも姿を現さないというのはやはり魔王の幹部が近辺に住み着いた影響なのだろうか。

 いずれにせよ生物が姿を見せないのでは道草を食う必要も無い為、せっせと幹部が巣喰っている住み家へと向かった。

 

 

 とても静寂に満ちた道のりの末に辿り着いた廃城を見上げる雪葉は、日本の城とは全く異型な外観と佇まいにこれはこれで手入れが面倒そうと筋違いな感想を抱いていた。

 一体全体どのような目的でこんな辺鄙な場所に居を構えたのかは、極論主君と親友の存在だけあれば事足りる雪葉にとって心底興味が無いものの、先方へ提供する情報の一つとしてはかなり有益な部類に入るかもしれないと自身を無理矢理納得させてしばらく入り口の前で様子を窺う。

 念の為に標的の所在を確認するべく、城全体を領域対象に定めて気配を探ると……、階層のあちこちから似たような気配がうじゃうじゃと感じ取れる。

 どうやら城の一帯に配下と思われるモンスター達が(ひしめ)いており、ご丁寧に来訪者を歓迎してくれる体系を施しているらしい。何と雰囲気づくりに律儀な城主だろうか。

 そして、最上階から一際放たれる強大な気配。間違いない、本命は一番上にいるようだ。この気配から察するに、まず初心者の街の冒険者達では敵うはずもない実力の持ち主である事は確かなようだ。

 もっとも、あのぬるま湯に浸かり切った冒険者達が最下層を突破出来るかすらも甚だ疑問ではあるが。

 とはいえ、雪葉が隠密を行えば一戦も交えることなく頭目のもとまで辿り着けるのはまず間違いないだろう。

 

 だがそれでは面白くない。

 

 そう思い立つやいなや、雪葉は彼等の歓迎の姿勢に応える為、眼前に聳え立つ重厚な鋼鉄の扉を真っ直ぐに蹴破った。

 腹に響くような重々しい金属が凹む音と共に、入り口の扉が城内のつきあたりまで吹き飛んでいく。その際、正面を闊歩していた何十体かのアンデッドナイトが巻き込まれ、中心には真っ赤な鮮血で敷かれた血濡れの道が形成された。即席レッドカーペットの完成である。

 正々堂々と殴り込みを果たした雪葉へアンデッドナイト達の視線が集まり、唸り声と共に得物を振り上げながら襲い掛かってくる。あれほど口酸っぱく注意喚起を促したルナの努力は一体なんだったのか。

 ちなみに雪葉は初めから彼女の忠告を右から左へ聞き流しており、仮に理由を問い詰められた際はこう述べるつもりだ。

 

 把握したとは言ったが、守るとは言ってない。

 

 メインディッシュの前の準備運動には持ってこいの前菜を前に、雪葉は爛々と目を輝かせながらその細い手脚に秘められた剛力を存分に振るわんと晴れやかに大舞台を飛び回り、次々と彼等の首を刈り取っていきながら最上階を目指すのだった。

 

 

 ▼

 

 

 かくして辿り着いた最上階で待ち構えていたのは、全身に黒い鎧を纏う首無しの騎士であった。

 

「よくぞここまで上り詰めたな。駆け出しの街の冒険者にしては中々骨のある……あ、あれ?」

 

 左手に抱えていた頭を手の平に乗せ、霞を拭い去るかのように右手でごしごしと擦られた緋色の双眸が戸惑いに揺れながら雪葉をまじまじと見つめている。

 

「な、なんで子供がいる?いや、そもそもどうやってここまで上がってこれた?」

 

 独り言のようにどもりながら擲たれた首無しの騎士の疑問に対し、そちらの配下を殲滅しつつ正面突破を図っただけと返す。現在、それぞれの階層には綺麗に区分けされた胴体と頭の山が積み上げられている、とも補足を添えて。

 

「ま、待て待て、頭の整理が追いつかん。えーと……つまり何か?堂々と正面から殴り込んできた挙句、俺の配下を全て亡き者にした下手人が貴様のような年端もいかぬ童女だと?」

 

 その推理で概ね合っているが自分は男であると雪葉が最後の部分に修正を付け足す。

 

「ふっ、まあいい。幼女だろうが小僧だろうが、お前が見どころのある冒険者なことに変わりは無い」

 

 だから自分は男だというのに。

 そう呟く雪葉へ耳も貸さず、不敵に笑う首無しの騎士は高らかに名乗り出る。

 

「俺はデュラハンのベルディア!魔王軍幹部の筆頭を担うこの俺の力、とくと──おい何をしてる⁉︎」

 

 唐突に怒気がこもったベルディアの呼びかけに雪葉が顔を上げて応じる。その手には一枚の紙とペンが把持され、紙面にはベルディアの全体像や今しがた述べた口上が箇条書きで記されていた。

 雪葉は単にベルディアについての情報を集めて記録に残しているだけだと、自分が任務中の身である事を素直に彼へ説明する。

 しかし尚もベルディアの憤慨は収まらぬようで。

 

「相手が名乗っている時はしっかりと顔を合わせながら話を聞け!というか貴様、それを俺自身に馬鹿正直に話すとか一体何を考えてやが──⁉︎」

 

 その時。

 鼓膜が揺れ動く程の爆音と共に、城全体が凄まじい激震を起こし外壁が繽紛(ひんぷん)たる豪炎に包まれる。

 心当たりのある熱風を浴びながら、雪葉は嬉々として撃ち込んだであろうとある人物の顔が頭に浮かんだ。

 

「この派手な音と爆発……!まさか、爆裂魔法か⁉︎」

 

 ベルディアの言うとおり、突如二人の対話を途切らせたのは他でも無い取扱危険人物の一人、めぐみんによる爆裂魔法だった。

 直撃はしていない為、お互い奇跡的に深手を負ったり命を落とすことも無く五体満足のままであるが、あまりの唐突な大規模襲撃にベルディアは冷や汗を垂らしながら驚愕の表情で狼狽えていた。

 

「魔王軍幹部である俺の城と知っていながらぶっ放してきたのか⁉︎しかも遠距離から城ごと破壊しようとか陰湿にも程があるだろ!撃ったやつ頭おかしいんじゃないのか⁉︎」

 

 ベルディアの感想もむべなるかな。

 めぐみんは確かに頭がおかしいが、今回この古城に向けて爆裂魔法を発動したのは、単に雪葉が乗り込んでいるとは知らなかった為だ。

 以前から雪葉は、彼女が爆裂魔法を一日一回使うのが日課との話を聞き及んで偶に帰りの運搬役を仰せつかっていた事もある為、今日もその日課をこなす標的に偶々この廃城がお眼鏡に叶ったのだろう。

 となれば雪葉の代役が必要な筈だが、ダクネスは性格柄めぐみんの日課ごなしに協力するとは考えにくいので、消去法的に主の和真かアクアのどちらかに違いない。

 妥当な人物像を推測しながらがなり立てるベルディアに対し、雪葉はどうも仲間の頭がおかしくて申し訳ないと代わりにお詫びを入れた。

 

「よりにもよってお前の仲間の仕業か……なんかもう驚き疲れてきたぞ。……というか、お前がいるにも拘らず撃ち込んでくるとか、そいつもはや人としてどうかしてるだろ。もしかして何か恨みでも買ってるのか?話ぐらいだったら聞いてやるが」

 

 何やら心外な哀れみを抱かれているようだ。

 先程こちらに対し非常識だと指摘していたようだが、そちらも勝手に人を加害者扱いするのは失礼に値すると抗議を示しながら雪葉はきっぱりと断りを申し入れる。

 

「そうか。お前がそう言うなら、これ以上俺は首を突っ込まん。ついでにその頭がおかしい仲間に言っておけ。今度撃ってきたら、直接文句を言いに行くとな」

 

 どこか人情味が見え隠れするベルディアからの伝言を授かった雪葉はとりあえず頷く。

 

「まあ、それはお前が生きてここから出られればの話だが」

 

 そう呟いた途端、ベルディアから放たれた途轍もない威圧と殺気が雪葉へぶつけられる。どうやら、魔王軍幹部としての役割を果たすことに切り換えたらしい。

 

「悪いが、魔王軍の幹部として、堂々と殴り込んできた挙句配下を全滅させた不届きな輩を見逃す訳にはいかないんでな。お前も冒険者なら、命を失う可能性は承知の上でここに来たんだろ?それに、少し退屈で仕方なかった所だ。──お前もそうだろ?」

 

 そちらがその気なら是非もなし。雪葉も受けて立つ姿勢を示す為、ベルディアに戦意を向けながら、腹に据えていた己の中で迸る戦闘衝動を一切の躊躇い無く解き放つ。

 

「っ⁉︎……まさか、これ程の奴に出会えるとは……!貴様、今までどれだけの命をその手にかけてきた」

 

 これは思いがけぬ巡り合わせと不敵な笑みを浮かべながら問い掛けるベルディアに対し、雪葉は自分が食事した回数を一々数えるのかと答えに等しい問いを投げ返す。

 今でこそ愛嬌に溢れている雪葉だが、元々彼は忍者稼業の中でも有数の一族の末裔。任務の中で奪って来た命は、領地が一つ滅ぶ規模とそう大差は無いだろう。

 

「ふ、ふははははは!良い、良いぞ!これは人生の中で最高の戦いになりそうだ!」

 

 ベルディアの真っ赤な双眸が更に輝くと同時に、彼を中心とした半径約1メートルの範囲は床へ亀裂を生じさせ、大気がぴりぴりと肌をひりつかせる程に振動していた。

 そんな彼からのプレッシャーを受けてなお、雪葉は戦意を失ったり恐れる事なく、静かに両脚へと力を溜め続けていく。

 

「改めて名乗ろう!俺は魔王軍幹部筆頭、ベルディア!我が全霊を以って貴様を排除する!」

 

 そう高らかに宣言し、ベルディアは自身の腰に携えていた身の丈程もある大剣を右手に掴んで肩へと剣の腹を預け、迎撃の準備を整える。どうやら先手を譲ってくれるらしい。

 

「さあ、いつでもかかってこい!だがこの鎧には魔王様のかっ────ごぶぁっ⁉︎」

 

 なので、雪葉は遠慮なく挨拶がてらにベルディアの懐へと瞬時に潜り込み、いつだかジャイアントトードに放った掌底を打ち込む。

 直後、盛大に吹き飛んだベルディアの体が壁へと叩きつけられ、そのまま床へと倒れ伏す。

 かなり手は抜いた筈だが、相手はどんな出方に踏み切るのだろうか。それを予測しながら戦うのも、雪葉の嗜む戦法の一つである。

 

 ………………。

 ……………………可笑しい。

 

 何故かベルディアに全く動く気配が感じられない。

 それどころかあれほど滾らせていたただならぬ威圧や殺気が、嘘のように一瞬で消失してしまった。

 一向にビクともしないベルディアに怪訝な視線を送りつつ、ゆっくり近づいてみると。

 

「………………」

 

 完全に意識を失っているのか、地べたに投げ出された胴体の傍に転がる頭は泡を吹きながら瞳が剥いており、なんど小突いても一向に意識が戻る様子は見られず。

 なんという肩透かしであろうか。ウィズと同じ魔王軍幹部を名乗る者の実力へ期待に胸を躍らせていたというのに、蓋を開けてみればこんな手抜きの小手調べを喰らった程度でこのざまとは。あまりに張り合いが無さ過ぎて稽古台にも値しない。

 拍子抜けした雪葉は呆気なく伸びているベルディアに対し大きな嘆息を吐きつつ、静まり返った廃城から何の憂いもなく早々に辞去するのだった。

 

 

 ▼

 

 

 その後、ギルドへ戻った雪葉に渡された情報を事前確認したルナはその内容に疑問を顕にする。

 

「あの……これは一体……?」

 

 問われた意図が分からない雪葉は、首を大きく傾げた。

 

「これ、恐らくユキハさんの母国で使われている文字ですよね?お手数ですが、こちらの国の文字で書き直して頂けますか?」

 

 どうやらうっかり日本の文字で書いていたようだ。

 この世界へと転生を果たしてから、雪葉は不自由無く会話を交えたり文字を読む事が出来ていたため特に気にしていなかったのだが、思えばこの世界の文字を書いた事はまだ一度も無かったことに気付く。

 冒険者カードに登録する際も、主人である和真が一から修正していたことを雪葉は思い出す。

 ルナに指摘された事で目から鱗が落ちた雪葉は新しい紙を貰い受けると、再び集めた情報を記すためテーブルと向かい合う。

 

 しかし、新たな紙へペン先をつけたところで雪葉の動きが止まった。

 なんと、この世界の文字を書くことが出来ない。

 ペンを手から離すと頭の中に該当する単語や文字は浮かび上がるのに、いざ筆を走らせようと紙に接触させると、この世界の文字の記憶が一瞬にして飛んでしまう。

 

 この時、雪葉は転生前に女神エリスがこちらの世界の言葉を理解出来るよう脳へ施す前に、何かしらの副作用が残る可能性があると補足していた事を思い出した。

 どうやら彼女が幸運の加護を与えるより先に脳へ負荷を掛けてしまった些細な手順ミスにより、雪葉は本来書ける様になる筈であっただろうこの世界の言葉を文字で表せなくなってしまったらしい。

 

 十回ほど書き直しを試みたが、一文字も書けない不甲斐なさに内心臍を噛みつつ、ルナへこの国の文字をまだ理解しきれていない為だと真実を煙に巻きながら、申し訳無くも代筆を頼み込む。

 

「そうですか。なら、ご要望にお応えして私が代筆を務めさせて頂きますね。何と書けばよろしいでしょう?」

 

 そう雪葉からの言葉を待つルナへ、彼はつらつらと集めた情報を伝えていく。

 

「えっと……名前は……ベルディア。種族は……デュラハン。魔王軍幹部。武器は……両刃型の大剣。戦闘形態……近接型。となると、保有スキルは『死の宣告』などですね。貴重な情報提供、ありがとうございます。他に留意事項などはありますか?」

 

 再び問い掛けるルナへ、ベルディアを一時的に無力化した為現在は沈黙している事を明かす。

 

「………………は?」

 

 その後、無謀な暴挙に踏み出た経緯を雪葉から耳にしたルナは卒倒し、三日ほど寝込んだという。

 

 

 ▼

 

 

 その後大した活動を行うこともなく、火山王のクエスト報酬で新商品を取り寄せた絶賛ご機嫌週間中なおっとり店主が迎えてくれる閑古鳥が忙しない魔道具店へ、雪葉は連日足繁く通い詰め歓談に華を咲かせる日々を送っていた。

 そんな幸せに溢れた日常をウィズと満喫しながら、一週間がたったその日の朝。

 

『緊急!緊急!全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっ!』

 

 街中に、お馴染みの緊急アナウンスが響き渡った。

 そのアナウンスを耳にした雪葉達も入念に装備を整え、現場へ向かう。

 街の正門前に多くの冒険者が集まっており、到着した和真達がその凄まじい威圧感を放つモンスターの前に呆然と立ち尽くす中、雪葉はその姿を捉えた途端、面倒くさそうに顔を顰めながらなるべく気配を絶ち、人混みの中に紛れ込んだ。

 

 そこにいたのは、先日雪葉に一撃で伸され惨めな敗北を喫したあのベルディアであった。

 街中から駆けつけた冒険者達の視線が集まる中、ベルディアは自分の首を目の前に差し出すとくぐもった声を放つ。

 

「……俺はつい先日、この近くの城に越してきた魔王軍の幹部のものだが……」

 

 やがて、首が堤を切らしかけているように小刻みに震え出す。

 

「出てこい、頭のぶっ飛んだ冒険者あああああ!もう一度俺と戦ええええええー‼︎」

 

 予想どおりの御来訪に、雪葉は盛大な溜息を吐いた。

 

 

 あれからどれぐらい気絶していたのかは定かではないが、あのベルディアの怒りと鬼気迫る口ぶりから察するに、ここ一日前か今日目を覚ました様に見えると雪葉はあたりをつける。

 努めて平静を装おうと堪えていた怒りが、冒険者達の姿を見て何かを思い出した様に切れ始めたベルディアの叫びに、周りの冒険者達がざわつく。

 恐らく、雪葉以外その場の誰もが、一体何が起こっているのか理解が追いついていない。

 もっとも、自分達が急な呼び出しを受けた理由が目の前の怒り狂ったデュラハンである事は把握出来た様だが。

 まさか首無し馬に乗ってまで直接街へ乗り込んで来る程執念深いとは、雪葉は夢にも思わなかった。そもそも、雪葉としてはあれで決着がついたつもりだったので、ベルディアの存在など目にするまで記憶の片隅にすら残っていなかったというのに。

 

「頭のぶっ飛んだ奴って言ったら……」

「頭がおかしいって言ったら……」

 

 和真と雪葉の隣に立つめぐみんへ、自然と周りの視線が集まった。

 周囲の視線を寄せられためぐみんは、フイッと自分の隣にいた魔法使いの女の子を見るが、その女の子もめぐみんを凝視している。

 やがて、周りの視線の先と意図を理解しためぐみんが慌てて口を開く。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!異議ありです、異議しかありません!というか、あのデュラハンとは初対面ですから!」

 

 心外とばかりに異論を唱えるめぐみんだが、皆の視線が動くことはない。

 そんなめぐみんから救援要請の目配せを受けた和真がおそるおそるベルディアへと問いを擲つ。

 

「あ、あの……もう少し色々特徴とか、印象とか、無かった……ですか?」

「可憐で慎ましい人形みたいな奴だ」

『じゃあこっちか』

 

 ベルディアからの返答に、めぐみん以外の全員が得心を得たようにすぐさま雪葉へと一斉に注目する。

 

「おい、今こそ私に視線が集まるべきだと思うんだが」

 

 誠に遺憾と主張するめぐみんに対し、周りの冒険者が口々に言い返す。

 

「いや、どうみても可憐つったらこの子だろ」

「黙ってたらまじで人形みたいだし」

「てか、こっちの魔法使いが慎ましいのなんて精々む──んぐっ」

「ばっかお前!なに口走ろうとしてんだ!」

「ほう……、私の何が慎ましいのか聞かせてもらおうか。返答次第では、我が自慢の爆裂魔法が炸裂しますよ」

 

 口は災いの元ならぬ、口は爆裂の元という訳なのか。

 口もとをヒクつかせるめぐみんの目は今までにない程真紅に輝いており、場合によっては爆裂魔法を本気でかますつもりのようだ。

 

「おい貴様ら、何をごちゃごちゃやっている!あいつはいるのか!いないのか!」

 

 どうやらあのデュラハン、雪葉と再戦を交えるまでこの場を去るつもりは無いらしい。

 面倒な相手に目をつけられたと肩を竦めて嘆息しつつ、雪葉は人波を潜り抜けながらのそのそと前へ進み出す。

 正門から少し先の平原でベルディアは佇み、その彼から十メートル程離れた場所に、雪葉が立ち止まって対峙する。

 それに続くように、和真やめぐみん、アクアにダクネスも雪葉の横に立つ。

 アンデッドを見つけると、まるで親の仇のように襲いかかったアクアもこれほどまでに怒り狂うデュラハンが珍しいのか、興味津々で事の成り行きを見守っていた。

 

「やはり来ていたか……!何をしたのかは分からんが、あんなもの勝負と呼んでたまるか!もう一度だ!もう一度俺と、小細工無しで正々堂々と戦え!」

 

 そう宣言しながら雪葉へ指を差すベルディアに、めぐみんがフッと小さく笑い、肩のマントをバサッと翻し前に進み出る。

 

「我が名はめぐみん。アークウィザードにして、爆裂魔法を操る者……!」

「いや、誰だお前。雑魚に用は無いんだが。というかめぐみんって何だ。バカにしてんのか?」

「ちっ、違わい!」

「ん?そういや、今お前爆裂魔法って……」

 

 名乗りを受けたベルディアに突っ込まれつつ素気無くあしらわれためぐみんは気を取り直し、尚も出しゃばりだす。

 

「我は紅魔族の者にして、この街随一の魔法使い。我が爆裂魔法を放ち続けていたのは、魔王軍幹部のあなたをおびき出す為の作戦……!こうしてまんまとこの街に、一人で出て来たのが運の尽きです!」

「やっぱりお前か!あの時俺の城に爆裂魔法をぶっ放してきた魔法使いは!俺だけならまだしも、殴り込んできた仲間のこいつ諸共消し飛ばそうとかなに考えてやがるんだ!ほんとに頭おかしいんじゃないのか⁉︎」

「え」

 

 再び雪葉へ指を向けながら、めぐみんに文句をぶつけるベルディア。

 一方のめぐみんは、憤慨するベルディアの口から発せられた思いがけぬ事実を受け、まるで古ぼけた絡繰人形の様にぎこちない動作で雪葉へ振り向く。

 

「も、もしやあなた……私が城に爆裂魔法を撃った初日、あのデュラハンと中にいたのですか?」

 

 動揺する視線を送りながら躊躇いがちに問いかけるめぐみんへ雪葉はこくりと頷き、特に大きな負傷も無かったので気にしないよう付け加えた。

 

「……ま、まあ怪我も無かったようで何よりです」

「思わぬ横槍が入ったせいで話が逸れたな……。まあいい、名乗りを受けたからには、こちらも名乗るのが筋というもの。俺はデュラハンのベルディア。魔王軍の幹部筆頭である」

 

 生唾を飲んで尻込みする冒険者達へ目を向けることも無く、ベルディアは雪葉を睨みながら話し続ける。

 

「あの時はうっかり聞きそびれたな。貴様の名を聞こう」

 

 耳を澄ます様に首を前に掲げるベルディアへ、自分の名を明かす。

 

「そうか。貴様の名前、しかと聞き届けた。では、今一度この俺と全力で──」

「我が爆裂魔法はあらゆるものを砕き、なにものをも超越した唯一にして究極の攻撃魔法……。その威力、しかと己が身に焼き付けるがいい……!」

「さっきから何なんだこの娘は!いくらアレな紅魔族とはいえ、少しは空気を読めないのか⁉︎」

「おい、我が部族に文句があるなら聞こうじゃないか」

 

 話の腰をへし折る空気の読めない目立ちたがりに、和真やダクネスが申し訳無さそうな視線をベルディアに送っており、雪葉も思わず苦笑いが浮かぶ。

 これにはさすがの疲れ知らずな体を持つベルディアも、精神的負担を感じたのか項垂れた様に肩を落とす。

 

「……はぁ、まあいい。さっきも言ったが、俺はお前ら雑魚にちょっかいかけにこの地に来た訳ではないし、今はそいつとの再戦が目下の懸案事項だが、本来この地にはある調査に来たのだ。ていうか小娘。貴様さっきの口ぶりからするに、あの日以降も城へぶち込みに来てた様な言い方に聞こえたんだが」

「そう言ったはずですが」

「これからは城へ放つな。つうか爆裂魔法使うな。いいな?」

「それは、私に死ねと言っているも同然なのですが。紅魔族は日に一度、爆裂魔法を撃たないと死ぬんです」

「お、おい、聞いたこともないぞそんな事!適当な嘘をつくな!」

 

 誰でも分かる虚言を宣うめぐみんへ雪葉はそっと五感を研ぎ澄ます。

 脈拍、汗、目の動き、呼吸、動揺、声音。彼女は嘘をつく際に現れる筈の著変が何れにも見られていない。

 まるで生理現象のように言い放っためぐみんの図太さに、雪葉はどこか薄ら寒さを感じつつ他の仲間を見渡す。

 主人である和真やアクアは、ベルディアに噛みつくめぐみんの言動に胸を馳せているのか、興味深そうに眺めている。

 一方のダクネスは沈黙したまま冷静に状況を把握しつつ、いつでも敵の攻撃に迎え撃てるよう適度な緊張感を保ちながら警戒を固めているようだ。ここだけみれば、確かに聖騎士として相応しい人格を持つべき者と雪葉は内心で称賛を示す。

 ベルディアは右手の上に首を載せ、そのまま器用に肩を竦めた。

 

「どうあっても、爆裂魔法を撃つのを止める気は無いと?俺は魔に身を落とした者ではあるが、元は騎士だ。弱者を刈り取る趣味は無い。だが、これ以上城の近辺であの迷惑行為をするのなら、こちらにも考えがあるぞ?」

 

 剣呑な雰囲気を漂わせてきたベルディアの威圧を受け、めぐみんがビクリと後ずさった。

 だが彼女は不敵な笑みを浮かべ、ベルディアを指差して高らかに告げる。

 

「迷惑なのは私達の方です!あなたがあの城に居座っているせいで、私達は仕事もろくにできないんですよ!……フッ、余裕ぶっていられるのも今の内です。こちらには、アンデッドのスペシャリストがいるのですから!先生、お願いします!」

 

 何ということか。あれだけ盛大に啖呵を切っておきながら、他人に丸投げした挙句めぐみん自身は高みの見物を決め込むらしい。

 清々しいまでの他力本願っぷりに、雪葉は今一度上級職になれる条件を見直すべきではなかろうかと心で嘆く。

 

「しょうがないわねー!魔王の幹部だか知らないけれど、この私がいる時に来るとは運が悪かったわね。アンデッドのくせに、力が弱まるこんな明るい内に外に出てきちゃうなんて、浄化してくださいって言ってるようなものだわ!あんたのせいでまともなクエストが請けられないのよ!さあ、覚悟はいいかしら!」

 

 固唾を呑んで成り行きを見守る冒険者の視線を浴びながら、アクアがベルディアに片手を突き出す。

 それを見たベルディアは、興味深そうに自分の首をアクアに向けて掲げ、じっと目を凝らし始めた。

 

「ほう、これはこれは。プリーストではなくアークプリーストか?この俺は仮にも魔王軍の幹部の一人。こんな街にいる低レベルのアークプリーストに浄化されるほど落ちぶれてはいないし、アークプリースト対策は出来ているのだが……。しかし、今回の目的はそこの白髪の小童だけだ。貴様等をのんびり相手にしている暇は無い。面倒な雑魚共には、一つ面白いものをくれてやろう」

 

 アクアの魔法詠唱が遂げられるよりも疾く左手の人差し指を雪葉以外のパーティーメンバーへ差し向けたベルディアが、間髪入れず高らかに告げる。

 

「汝等に死の宣告を!お前達は一週間後に死ぬだろう‼︎」

「『デコイ』‼︎」

 

 直後。めぐみんたちを庇う様にベルディアの前に立ちはだかったダクネスが囮スキルを使い、彼が発動させた暗澹たる靄は全てダクネスへと軌道を変え、彼女の体を一瞬黒い光で包み込む。

 

 死の宣告。

 文字通り、発動者によって余命を宣告された者は指定された日時が訪れた途端、生命活動が一瞬にして停止してしまうデュラハン特有のユニークスキル。今まで何人もの神器持ち勇者を亡き者にしてきた、ベルディアの十八番だ。

 

「なっ⁉︎ダ、ダクネス⁉︎」

「ダクネス、大丈夫か⁉︎痛い所とかは無いか?」

 

 泡を食った様な和真の憂慮を含んだ呼び掛けに、ダクネスは自分の両手を確認するかの様にわきわきと何度か握り。

 

「……ふむ、なんとも無いのだが」

 

 特に外傷もなく、本人の言動にも不可解な箇所は見受けられない為、どうやら至ってへっちゃららしい。

 しかし、ベルディアは確かに一週間後に死ぬと告げたのだ。死の宣告が発動したのはまず間違い無いだろう。

 このまま何もしなければ、ダクネスは必ず命を落とす。

 呪いを掛けられたダクネスをアクアがぺたぺたと触る中、ベルディアは勝ち誇った表情で話しだす。

 

「その呪いは今はなんともない。若干予定が狂ったが、仲間同士の結束が固い貴様ら冒険者には、むしろこちらの方が応えそうだな。……よいか、紅魔族の娘よ。このままではそのクルセイダーは一週間後に死ぬ。ククッ、お前の大切な仲間は、それまで死の恐怖に怯え、苦しむ事となるのだ……。そう、貴様の行いのせいでな!仲間の苦しむ様を見て、自らの行いを悔いるがいい。クハハハッ、素直に俺の警告を聞いておけばよかったものを!」

 

 ベルディアの言葉にめぐみんが青ざめる中、ダクネスが慄き叫ぶ。

 

「な、なんて事だ!つまり貴様は、この私に死の呪いを掛け、呪いを解いて欲しくば俺の言う事を聞けと!つまりはそういう事なのか!」

「えっ」

「くっ……!呪いぐらいではこの私は屈しはしない……!屈しはしないが……っ!ど、どうしようカズマ!見るがいい、あのデュラハンの兜の下のいやらしい目を!あれは私をこのまま城へと連れて帰り、呪いを解いて欲しくば黙って言う事を聞けと、凄まじいハードコア変態プレイを要求する変質者の目だっ!」

「……えっ」

 

 大勢の前で突然不名誉極まりない烙印を押し付けられ、思わずベルディアが素の声を漏らしてしまったのも無理はない。

 

「この私の体は好きにできても、心までは好きにできると思うなよ!城に囚われ、魔王の手先に理不尽な要求をされる女騎士とかっ!ああ、どうしよう、どうしよう、カズマっ‼︎予想外に燃えるシチュエーションだ!行きたくはない、行きたくはないが仕方がない!ギリギリまで抵抗してみるから邪魔はしないでくれ!では、行ってくる!」

「ええっ⁉︎」

「止めろ、行くな!デュラハンの人が困ってるだろ!」

 

 尚もベルディアの反応を気に留めず、身勝手にも己の願望と思わしき妄想をつらつらと述べ終えるや、彼のもとへ嬉々として駆け出そうとするダクネスを和真が羽交い締めにして引き止めた。

 とんでもない暴走機関車の緊急停車措置が断行されたことにより、かなり困惑していたベルディアが胸を撫で下ろす。

 

「と、とにかく!これは見せしめだ!貴様等がこの決闘に水を差すなら、俺は容赦無く呪いを掛ける!それが嫌なら大人しくしていろ!…………ふん、どうやら歯向かうものはいない様だな。ならば、漸くお前との再戦に臨むと……ん?」

 

 自身のスキルの目の当たりにし、怖気ついたまま沈黙している冒険者を横目にベルディアが再び雪葉を見据えると、雪葉は顔を俯かせたまま拳を震わせ立ち尽くしている。

 

「ククククッ、クハハハハハハハッ!どうした?この俺のスキル、死の宣告を前に恐れを成したか?それとも、大切な仲間へ呪いを掛けた事に腹が立ったのか?いずれにせよ、お前に戦う以外の選択の余地はない。潔く俺と戦え。まあ、勝負の結果次第では、そこのクルセイダーに掛けた呪いを解いてやらんでもないがな」

 

 そう哄笑しながらベルディアが語る中、雪葉は俯いたままゆっくりと彼のもとへと一歩ずつ歩み寄って行く。

 やがてベルディアの目の前で立ち止まり顔を上げたその目は冷酷な迄に据わっており、光を失くしつつも瞳の中にベルディアの姿をはっきりと捉えていた。静かな怒りの焔が雪葉の心に立ちこめる。

 

「ほう……、いい目をしているな。この間と違い、今は戦意だけでなく明確な怒りと敵意を覚えている目だ。となれば、こちらも心置き無く本気を出せるというもの。──決闘開始だ‼︎」

 

 始まりを告げる号令と共に、ベルディアが雪葉へ向けて勢い良く大剣を振り下ろす。

 

 しかし、頭上へと振り下ろされた刃を雪葉は片手で剣の腹を摘むように掴んで容易く止める。

 

『へっ?』

 

 思いもよらない光景に冒険者のみならず、まさか片手で止められるなどと微塵も予想していなかったベルディア本人も、素っ頓狂な声を漏らしつつ冷や汗を垂らす。

 

「な、中々見た目によらず腕力があるようだな。おまけに動体視力と反応速度も申し分ない……。しかし今度はそうもいかっ、っと、このっ………………あ、あれ?」

 

 だがすぐに気を引き締め直し、雪葉の手から大剣を引き戻そうとするがうんともすんとも動かない。まるで固い大岩に深く突き刺さり、尚且つ固定魔法を掛けられたかのように微動だにしなかった。

 尚、指だけでベルディアの猛威を受け止めている雪葉は何処吹く風とでもいうように涼しい顔をしている。

 

「え、嘘っ、あれ、何でっ、ちょ、ふんぬうううううううううっ‼︎うるああああああっ、と、っと──ゔふぇっ‼︎」

 

 懲りずに力を込め続けるベルディアの反動を利用し、雪葉は大剣から手を離すと、不意に力の釣り合いが失われた事で体勢を崩したベルディアの鳩尾に肘打ちを食らわす。

 見事にがら空きの急所を突かれたベルディアは必死に痛みを堪えているのか、体が震えながらも声を抑える為に頭の口部分を塞ぐように持ち変えてその場に蹲った。

 だがそこはアンデッドであるデュラハン。体からすぐに痛みの消えたベルディアは再び立ち上がり、大剣を構え直す。

 

「ふっふっふ……ど、どうやら大分お前の力を見くびっていたようだ。だが今度こそ容赦はせん、全力で貴様を倒す!」

 

 高らかな宣言を述べたベルディアは左手に持っていた頭部を空高く放り投げ、得物を両手で握り締める。

 打ち上がったベルディアの首は、顔の正面を地上へと向けながら宙を舞う。

 

「逃げろ!ユキハァアァァア!」

「おそいわああああ!」

 

 それを見た和真が何かを察したのか、雪葉へ叫び知らせる。

 だが、そんな和真の英断も振るわず、ベルディアの大剣が雪葉目掛けて横一閃に斬り払われた。

 

「なっ」

 

 その間際。

 雪葉の姿が一瞬にして消え去り、ベルディアの大剣は虚空を斬り裂く。

 再び起こった予想外の事態に、信じられない光景を目撃した全員が慌ただしく辺りを見回すが、周辺のどこにも雪葉の姿は無い。それは、上空から見下ろしていたベルディアでさえも雪葉の動きや消えた移動先が全く掴めていなかった。

 

「ど、どこだ⁉︎どこに行った⁉︎あいつは魔法使いではない、転移魔法なんて使える訳が無い筈だ!必ず近くにいる!」

 

 なるべく滞空時間を利用し、必死に目を動かしながら地上を探し回すが、やはり影すら見当たらない。

 

「一体どこへ──」

 

 《お、おい!あそこ見ろ!上だ!》

 《は?上?いやいや、お前何言って……うわ、いた!》

 《上だわ!デュラハンの頭の上よ!》

 

「……ふぁ?」

 

 果たして、地上の冒険者からの響めきを耳にしたベルディアの頭上へ雪葉は跳躍していた。その高さ、約15メートル。

 またしても人外じみた絶技を難なくやってのける彼の姿に、ベルディアが困惑と疑問が入り混じった声を上げたのも無理からぬもの。

 そんな狼狽に陥るベルディアの姿など目もくれず、雪葉は動揺に染まった彼の顔をボールの様にがっしりと引っ掴む。

 

「え?え?なっ、ちょっ、へ?」

 

 尚も混乱したままのベルディアの思考を置き去りにしつつ、雪葉は頭を握りしめた右手を振りかぶり、遥か地上で棒立ちする彼の胴体へ視線を移す。

 やがて雪葉のやらんとする意図を理解したベルディアの顔が青ざめると共に、雪葉へ思いとどまる様必死の形相で矢継ぎ早な説得を試み始める。

 

「ま、待て待て待て!ほんとに待て!この高さから投げ落とされたら、俺の頭も体も溜まったもんじゃないぞ⁉︎死にはしないが死ぬほど痛いぞ!考え直せ、まだ他に方ほ──いやああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 無論怒りに燃えている雪葉にはベルディアの言葉など一言も耳に届く訳も無く、無慈悲に彼の頭が胴体目掛けてぶん投げられた。

 直後、頭が地上へと真っ直ぐに投げ落とされ、盛大に叩きつけられた落下音と共に砂埃が舞い上がり落下地点を中心に地表へ亀裂が走る。

 数秒後、雪葉も軽やかに地面へと着地を果たし、ゆっくりとベルディアのもとに近づいて行く。

 

 雪葉の中には、ベルディアに対する殺意のみが支配していた。だがそれは仲間であるダクネスが死の呪いに掛けられたからではなく、主人である和真も危うく呪われそうになったからだ。

 

 恐らく雪葉は他の者だけに向けられていれば怒る事もなくただ静観したまま、ベルディアとまともに取り合う気など無かっただろう。

 しかしベルディアは和真の命をも手にかけようとした事で図らずも雪葉の怒りを買ってしまい、彼の戦意を焚きつけたのはいいが、ベルディアの描いていた理想像とは全く異なる展開を招く結果となった。

 こうなった雪葉は最早誰にも止められない。主人の命を脅かそうとする不届き者がいれば、雪葉は確実に息の根を止めるまでその手を休めることのない冷酷な殺戮人形と化す。

 

 主人の命を狙った、殺す。主人の不穏分子に成り得る者は殺す。何者だろうと関係ない、殺す。

 

「ふ、ふふ……問答無用で投げつけてくれたな。アンデッドなのに危うく走馬灯が見えかけたぞ……。しかし、ここからが本番だ。今までの俺はまだほんの一部の力しか出し──お、おい。俺の剣を拾って何するつもりだ。それも魔王様の加護が掛かってるんだぞ、そんなもんお前の腕力でぶん回されたらひとたまりもな──ぶへぇ‼︎おい、まだ話の途ちゅ──んでぇ‼︎ちょ、ちょっとタンマ……うぎぇ‼︎」

 

 雪葉は先程ベルディアの胴体が頭との衝突で手放した大剣を拾い上げ、何度も振り下ろす。

 雪葉が大剣をベルディアの腹目掛けて容赦無く叩き込む度に地面へ亀裂が走り、壮絶な地鳴りと共に大地が大きく揺れ動く。

 もはやそれは自然災害にも及ぶ規模となり、傍観していた冒険者達が立っていられない程の震度まで増大して行くと、彼等の背後に聳え立つ正門と外壁がみるみる内に崩れ落ちていった。もはや雪葉の力は生ける災害だ。

 

 冒険者達の戸惑う声やこちらを静止させようとする呼び掛けなど耳にも入らず、雪葉は無心でベルディアに大剣を叩き落とす。

 その度に鎧が砕け散り、やがて露わになった胴体へ太い刃が叩きつけられると天高く噴水のように血飛沫が舞い上がり、雪葉の全身へ雨のように降り注ぐ。

 やがて、大剣を振り下ろされるたび悲痛な叫びを上げていたベルディアの声は途絶し、彼の血肉が斬りつけられる不快な音だけがグチャグチャと周辺に響き渡っていた。

 

 数分後。

 血煙と悲鳴を上げていたベルディアの絶命を確認した雪葉は留めに彼の頭部へと刃毀れの凄まじい剣を真上から突き刺し、遠目から悲惨な末路を見届けていた和真達の元へ踵を返す。さっきまでの怒りが嘘の様ないつもの無表情で勝利のピースサインを掲げた。

 先程の震動で腰を抜かしていた和真達が、苦笑いで雪葉を見ながら立ち上がり、言葉をかける。

 

「お、おう……まじで凄いなお前……、まじで……いやもう色んな意味で凄いわ……。もしかして、勇者よりも魔王の方が向いてるんじゃないか?」

「私、アンデッドは全部滅ぶべきだと思うぐらい大っきらいだけど、あなたそれ以上に容赦ないわね……エリスったら、ちゃんと勇者適性の判定したのかしら?」

「先程のあなたの華麗な動きに一瞬憧れを抱きましたが……今ので冷めました。多分、あなた程ぶっ飛んだ冒険者は他を置いていないと思います」

「功績としては大変素晴らしいが……手段としては、あまり褒め難いな。それはそうと、さっきのあれが私に耐えられるか、今から試してみてはくれまいか?いやなに、あくまでクルセイダーとして自分がどれだけの苦痛に耐えながら皆を守れるのかが知りたいだけで……んくっ!べ、別に他意など無いんだからな⁉︎」

 

 例外一名を除き、仲間たちから口々に告げられる皮肉を理解出来るはずもない純粋無垢な雪葉は首を傾げる。

 そんな中、ふと思い出しようにめぐみんが口を開く。

 

「って、それどころじゃありませんよ!ダクネスにかけられた呪い、デュラハンが死んでしまったのにどうやって解くんですか!」

「そういやそうだった!おいダクネス !デュラハンには解いて貰えなくなっちまったが、なんとか他の方法を絶対に探してやるからな!だから、安心……」

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 ダクネスを元気付けようと、和真が声をかける最中。

 それを遮る形でアクアが唱えた魔法を受けて、ダクネスの体が淡く光り、発動を終えた事を確認したアクアが嬉々として告げた。

 

「女神であるこの私にかかれば、デュラハンの呪い解除なんて楽勝よ!どう、どう?私だって、たまにはプリーストっぽいでしょう?」

「それが毎回出来ないのかお前は。そんなんだから一向に活躍出来ない駄女神なんだよなあ」

「確かに今のはファインプレーでしたが、だからと言って何かにつけてあまり自分が女神と吹聴するのは、いい加減やめた方がいいと思いますよ」

「ちょっと、何で褒めてくれないのよ!私活躍したんですけど!人の為になることやったんですけど!」

 

 和真とめぐみんから称賛どころか誹りを受けてアクアが憤慨する中、彼女の裾を雪葉は引っ張った。

 

「……なによユキハ。あなたまで詰るつもり?」

 

 いじけたように振り向いてくるアクアに、そうではないと雪葉は首を振る。褒める褒めないの云々はさておき、一先ずあの死骸を浄化して欲しいと伝えながら見るも無惨な亡骸へ指を差す。

 

「え、あれ消すの?うーわ……肉片の浄化とか、凄い気が引けるんですけど……。はぁ……、『セイクリッド・ターンアンデッド』!」

 

 嫌々ながら発動させたアクアの浄化魔法により、ベルディアの死体は飛び散った血を一滴も残さずに白い光に包まれ消えていく。

 

 こうして、魔王の幹部は本来の目的を告げるどころか、年端もいかぬ子供一人の手によって惨たらしく討伐され、冒険者達は自分達の出動を無意味にした血塗れの殺戮者をただ黙って見つめている他無かった。

 

 

 ▼

 

 

 ベルディア討伐の翌日。

 雪葉と和真は、二人でギルドへと赴いていた。

 その道すがら、和真が雪葉に向けてとある話を持ちかけてくる。

 

「なあ、もしかしてまた報酬を寄付しようとか考えてるのか?だったら一つ提案があるんだが」

 

 どうせ使い道も無いので再び街へ寄付しようと考えていた矢先、崇高なる主人からのお達しは雪葉にとってまるで地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸のような希望であった。

 もちろん主人の言葉に雪葉が耳を貸さない理由は無く、どんな提案も聞き入れんとする姿勢で和真を見上げる。

 

 

 冒険者ギルドの入り口に手をかけると、人の熱気と酒の臭いで充満した空気が外に向かって流れ出してくる。

 中では一心不乱に酒を呷る冒険者達の喧騒で賑わっているが、実際は魔王幹部の討伐で僅かな貢献も果たせなかった腹いせの自棄酒である事など、雪葉は知る由もない。尚、真実を察した和真に関しては、苦笑いを浮かべながら憐れみの視線を送っていた様だが。

 

「あっ!ちょっと遅かったじゃないの!もう既に、出来上がってるわよ!」

 

 ギルドに足を踏み入れた雪葉達に、アクアが上機嫌で笑いかけてきた。

 

「ねえ二人とも、お金受け取って来なさいよ!もうギルド内の冒険者達の殆どは、魔王の幹部討伐の報酬金額貰ったわよ。もちろん、私も!でも見ての通り、もう結構飲んじゃったんだけどね!」

 

 何とも嬉しそうに報酬の詰まった袋を開けてこちらに見せつけ、たはー、と頭をぽりぽりと掻きながら、アクアが楽しそうにケラケラと笑う。恐らく溜まっていたツケの分も解消される為、尚更気分が舞い上がっているのだろう。

 酔っ払いをさておき、二人はカウンターへと向かう。

 

 そこには既に、ダクネスとめぐみんの姿があった。

 

「やっと来たか。ほら、お前達も報酬を受け取ってこい」

「待ってましたよ二人とも。聞いてください、ダクネスが、私にはお酒は早いとどケチな事を……」

「いや待て、ケチとは何だ、そうではなく……!」

 

 こちらの二人もアクアほどではないが、幹部討伐の報酬を前にどこか浮ついた様子が見て取れる。

 そんな彼女らの姿を微笑ましく見守りつつ雪葉と和真はルナの前に立つ。

 しかし、ルナはこちらを目にするや何やら微妙に引き攣った笑みを浮かべており、違和感を覚える雪葉としては報酬を受け取って一件落着で終わらなそうな気がしてならない。

 

「あの……。まずはそちらのお二方に報酬です」

 

 ルナは小さな袋をダクネスとめぐみんに手渡した。

 何故かそれ以上小袋を取り出す様子の無いルナに、和真は疑問の表情を見せている。

 やがて、おずおずとルナが話を切り出す。

 

「……あの……。ですね。実は、カズマさんのパーティーには特別報酬が出ています」

「え、何で俺達だけが?」

 

 和真の疑問に、誰かが答えてくれた。

 

 《おいおいMVP!そこの小せえのがいなきゃ、デュラハンなんて倒せなかったんだからな!》

 《そうだそうだ!そこの小さいののインチキスペックがあったからこそ救われたようなもんだぜ!》

 《おうよ!小さいのがチート過ぎて誰一人何も出来なかったのは少し遺憾だが、報酬が貰えたからどうでもいいわ!》

 

 若干名やけっぱちな応答が聞こえたものの、雪葉達への特別報酬に不満を漏らす輩は一人もいないようだ。

 報酬を受け取るため、和真が五人の代表としてルナの前に進み出る。

 ルナがコホンと咳払いし、改めて口を開く。

 

「えー。サトウカズマさんのパーティーには、魔王軍幹部ベルディアを見事討ち取った功績を称えて……。ここに、金五億エリスを与えます」

「「「「ごっ⁉︎」」」」

 

 雪葉以外の仲間達は思わず絶句していた。

 それを聞いた冒険者達も、シンと静まり返る。

 そして……。

 

「おいおい、五億ってなんだ、奢れよカズマー!」

「うひょー!カズマ様、奢って奢ってー!」

 

 冒険者達から上がり始める催促の嵐。

 しかし、そんな彼等の喚声に応えること無く、和真は一度深呼吸を行うとダクネスとめぐみんに向き合う。

 

「おいダクネス、めぐみん!お前らに一つ言っておく事がある!これはさっきユキハにも伝えたが、俺は今後、冒険の回数が減ると思う!大金が手に入った以上、のんびりと暮らしていきたいからな!」

「おい待てっ!強敵と戦えなくなるのはとても困るぞっ⁉︎というか、魔王退治の話はどうなったのだ⁉︎」

「私も困りますよ、私はカズマに着いて行き、魔王を倒して最強の魔法使いの称号を得るのです!」

 

 冒険者の風上にもおけない和真の腑抜けた宣告に、二人の顔が困惑の色を示したのは言うまでも無い。

 無論、主人の意向に何ら異論があろう筈もない雪葉は、転生直前に決意した、魔王を討伐し願いを成就させる事などすっかり頭から抜け落ちた様に、和真の宣言を受けてうんうんと頷いていた。

 この者、とことん主に対して甘やかす駄目人間製造機である。

 

 そんな中、申し訳無さそうな表情を浮かべるルナが、和真に一枚の紙を手渡す。見たところ、どうやら小切手の様だ。

 酔っ払ったアクアが上機嫌で和真の隣へやって来ると、彼の手元の紙を横から覗き込む。

 

「ええと、ですね。今回、カズマさん一行の……、その、ユキハさんが戦っていた際に起こした大規模な地震により、正門やその周辺の外壁が全壊し、街の入り口付近の家々や公共施設が一部倒壊するなどの被害が出ておりまして……。……まあ、魔王軍幹部を倒した功績もあるし、全額とは言わないから、一部だけでも払ってくれ……と……」

「で、でも……この間ユキハが街に寄付した五億エリスがあるなら、それを使えばいいんじゃ……」

「実は、数日前からユキハさんに寄付して頂いた五億で、街の様々な施設や設備を改修していたんですが……。その矢先に、こんな事態に見舞われたと言えば、ご理解頂けますか……?」

「…………あ、はい」

 

 ルナはそう告げると、そっと目を逸らしてそそくさと奥に引っ込んで行く。

 和真の手元の紙を見て、まずめぐみんが逃げ出した。

 次いで、逃げ出そうとするアクアの襟首を和真が素早く掴む。

 和真達の雰囲気で請求の額を察した冒険者達が、そっと目を逸らす。

 請求を見ていたダクネスが、和真の肩にポンと手を置き……。

 

「報酬五億。……そして弁償金額が五億四千万か。……カズマ。明日は金になる強敵相手のクエストに行こう」

 

 ダクネスは心底嬉しそうに良い笑顔で笑っていた。

 

 最早先程まで高らかに宣言した時の興奮が冷め切った和真の落胆振りを前に、怒りで我を忘れていたとは言えこんな事態を引き起こしてしまった己の不甲斐なさに内心で怨嗟を嘆きつつ、雪葉はこの世界で二度目の土下座を和真に向けて敢行した。




何気、主人公の副作用は後の伏線になりやがります。
この段階で解を得た人は私の事好きにちげえねえです。

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