容疑者は男性、髪は茶、装備ガチガチ、偽善者気取りの石頭だ。
※前の話と矛盾してしまう描写があったので、一部修正してます。
ベルディアを倒した雪葉は念願でもあったレベルアップを果たし、1から2へと上がった。
1。たった1である。
以前受けたルナからの説明によれば、レベルが上がる毎に必要な経験値も増えていくと言うのだから酷い話だと雪葉は落胆を禁じ得ない。
最低でも魔王の幹部に相当する敵を倒さなければレベルアップが見込めないとは、恐ろしく気の遠い道のりだ。この先どんな強敵が待ち受けているのかも分からない以上、主人と親友を守る為にも雪葉にとってレベルアップは必要不可欠だというのに。
竜谷にでも赴いて竜狩りに身を投じるのも一興かもしれない。
そんな事を柄にもなく思い立つ雪葉だったが、自分の時間はこれから先一秒でも長く主人と親友の為に費やすべきだとかぶりを振って愚考を払いつつ、懐から冒険者カードを取り出す。
相変わらず能力値の記載が測定不能だったり心許ない数値だったりと非常に極端であるが、項目欄には新たに会得したスキルが一つだけ記されていた。
──【会得スキル】瞬間移動──
他に新しいスキルの記載も無い為、雪葉はギルドで更新したその場でポイントを割り振って習得を終えた早々試しに使ってみたが、かなり使い勝手がいいスキルであることが判明。
一度訪れた場所へ瞬時に移動が出来る所は転移魔法と同じだが、なんとこのスキル、気配を探ることが出来ればそれを持つ者の元へも移動が可能だった。和真達の協力を得て実証された為、まず間違いなさそうだろう。ただし移動出来る対象は、使用者である雪葉自身だけだが。
気配察知による移動は雪葉が探知する事の出来る半径5キロの範囲内に限定されるのであまり遠くまでの移動は不可能だが、そんな欠点は雪葉にとって瑣末の域を出ない。
余談だが、唯一職が覚えるスキルは魔力を消費しないようなので、雪葉としては新たなスキルの登場が今から待ち遠しい。だが同時にレベルアップがネック過ぎて既に雪葉は気が滅入りそうである。
哀楽入り混じった心境をリセットする為、雪葉は深呼吸がてらに空を仰ぐ。
真っ青な雲一つ無い空の中 、ピーヒョロと優雅に飛び回る小さな影を茫然と見上げる雪葉は、思えば空を仰いだのはいつ振りだろうかとふと気付く。
記憶を掘り出せば、浮かび上がるのは鬱屈によどんだ空から降り注ぐ雨粒と、濡れた服が肌に張り付く冷ややかな不快感。
自身の周囲に横たわる、地に落ちて流水となった雨と混ざる鮮血を止めどなく垂れ流す死体の山。
視線の先に広がる、見る影もなく崩落した無数の瓦礫。
全身に纏わりついた返り血が雨水によって伝い落ちようと、この罪まで洗い流される事は決して無いのだろう。
それは、雪葉が前世で請け負った任務の中でも最低最悪に残酷無比な仕事の記憶。
とある大名から拝命したその内容は、『敵領地の中心街である城と城下町の壊滅、及びそこに住む者達の殲滅。無論、老若男女全て抹殺、手段は問わない』と言うものだったように憶う。
当然、領主に出会う前は機械人形と相違なかった雪葉は一も二もなく大名の命令を実行に移すと、その要望を一夜にして叶えてみせた。
最後の一人の首を胴体から分断させた直後、
あの日、雪葉は人生で一番多くの者をその手に掛けた。性別、年齢、善悪の何れも問わず。
赤子の手を捻るが如しという言葉通り、首も座らぬ赤ん坊の頭を躊躇いなくひねり取った事も一度や二度の話ではない。
雪葉の数え切れない非道を耳にすれば、当時の雪葉が今よりも残忍且つ無慈悲であったことに誰もが総毛立つ事だろう。
別段思い出したからといって当時の行いを悔いたり心を傷ませる訳でもないが、流れ作業のように淡々と殺めていった彼等の断末魔の叫びや、死が迫る恐怖に染まった形相が今になって次々と目に浮かぶのは、以前と比べ報われなかった者達を気にかけるぐらいの人間性を身につけたからという事にしておこう。
命を奪うことへの抵抗など、雪葉は物心つく前からとうに捨てているのだから。
さて、そんな元殺戮天使の雪葉が赴いたのは、親友という堅固な絆で結ばれた貧乏店主の経営するウィズ魔法道具店。別名『廃品の吹き溜まり』である。
というのも、ウィズは回復ポーションを除けばそのいずれも価格だけは箔付きの不能品ばかりを並べたがるきらいがあり、招き猫のきたろう(命名は雪葉)のおかげか以前より客足は増えども、購入した客は雪葉が初めての売高、と言えば万人が苦笑いで察すること請け合いの魔道具屋だ。
されど聞いて驚くには時期尚早。
なんとこの店主、心の底から自分は素晴らしい商品を取り扱っていると信じて疑わないまでの節穴を超えた目利きと商才をお持ちで、この間受け取った火山王での報酬も既に新商品の入荷費用として使い切ったと言う。
当初耳にした雪葉が数瞬、瞠目結舌に襲われたのもむべなるかな。
異名を不死王から散財王に改名した方が良いのではなかろうか。
「あ、いらっしゃいませ! 今日はどんな商品をお探しですか?」
にも関わらず、素寒貧など気にもとめていない、まるで能天気を絵に描いたようなおっとりっちいは、柔和な笑みを浮かべながらいつもの様に雪葉を迎え入れる豪胆ぶりときている。
彼女から、週に三度は隣家から漂ってくる夕飯の匂いが一日のご飯という貧困どころの話では済まされないサバイバビリティー溢れる暮らしぶりを初めて耳にした際は、流石の雪葉でさえも背筋が凍ったものだ。
ちなみに、あの時出されたミルクティーに関しては専ら来客用であり、個人で飲む事は滅多に無いという。他人へ馳走を振る舞う前に、まずは己の私腹をある程度肥やして欲しいと思わずにはいられない。
こぼれ話ではあるが、そんなウィズの商才に頭を悩める雪葉は、彼女の扱う商品が全て無用の長物である事は重々承知していながらも、頻度は稀だが最近購入し始めた数少ない顧客の一人だ。というか雪葉しかいない。
和真達とのクエストをこなしては、少しの合間に高難度のクエストを一人で引き請け、凡そ十分で成果を上げて戻るという高レベルの冒険者も裸足で逃げ出す人外ぶりを垣間見せその報酬を殆どウィズのつっかえ商品に注ぎ込んでいる。
とはいえ、これは単に雪葉がトチ狂って買い漁りを始めたという事ではなく、雪葉にはウィズの生活水準を少しでも良くさせてあげたいという根底の願いがある故の敢行な訳だが。
しかし生活の質を向上させたいとはいえ、このおっとりっちいのことだ。理由もなく純粋に現金を渡せど、そのまま突っ返されるのは想像に難くない。
ならばと雪葉が思いついたのは、自身が顧客となってウィズの商品を購入し、堂々と彼女の手に渡せる大義名分を掲げる作戦だった。これならばあの善人リッチーも、正式な売買のやり取りとして気負うことなく雪葉からの金を受け取ってもらえるという寸法である。
されど如何せん。現在雪葉は例の震災騒動によって負債を抱えた身であり、暫くはパーティーの借金返済に奔走しなければならず、この店へ本格的に金を落とし込む鴨となるのは少し先の事になりそうだ。
だが今回雪葉がここに足を運んだ目的は買い物というわけではない。
「買い物ではない…………あ。じゃあ、その……あ、遊びに来てくださった……とか?」
訥々と語りながらもじもじする姿が微笑ましいウィズに対し、雪葉はそういった側面もあると僅かに頷く。
それにしても、親友と相なってから雪葉はかなりの頻度で遊びに訪れているにも関わらず、ウィズの反応が当初と一向に変わらないのは何故なのか。
気恥ずかしそうに顔の前で両指を合わせながら頬を染めてこちらを窺う姿は非常に愛らしく、思わず雪葉も頰が緩んでしまう程に大変魅力的で結構。
なんなら最近我が主から伝え聞いた写真だとかいうものに収めて日夜眺め続けたい所ではあるが、それとは別としていい加減慣れて欲しいと切実に思う。
「え、写真⁉︎そ、それはちょっと……恥ずかし過ぎて私、死んじゃいますから……」
何を言うかと思えば。ウィズはリッチーなので、死を迎える事など半永久的に有りはしない筈だ。
「うう……、確かにそうですけど……。ですが、そんな事されたら、恥ずかしさのあまり死にたい気分になります、絶対」
両頬に手をあてて茹で上がった顔を冷ますほかほかりっちいの姿を前に、今この瞬間も撮影の食指が動き始めている雪葉を誰が責められよう。
自分の子供やペットを撮ってアルバムにする人がいるように、雪葉もまた、ウィズの様々な姿を半永久的に一面として収めたいだけである。可愛いは絶対的正義だし、現在異論は受け付けてない。
とはいえ、別に雪葉は親友を揶揄いにわざわざ来た訳ではなく、つい先日雪葉の手で一矢報いることも許されずに葬られた魔王軍の幹部、ベルディアについての話を聴聞に訪れたのだ。
同じ魔王軍の幹部であるウィズは、ベルディアとの面識はあるのだろうか。
「え、ベルディアさんですか? 確かに知ってますけど、あの人がどうかしましたか?」
▼
「なるほど、そんなことが……」
雪葉から一連の説明を受けたウィズは、雪葉がベルディアを倒したことに対して特に表情を曇らせたり一言も咎める様子は無かった。
もしや冒険者時代にウィズ達を追いつめたという元怨敵の死は、願ってもないものだったのか。
「うーん……。確かに現役だった頃、彼の手でパーティーが死の宣告に晒された時は、物凄く怒りが込み上げてきましたけど……。ある人のお陰で沢山仕返しが出来たので呪いは解いて貰えましたし、リッチーとなった今では、特にそういったものは無い様な気がします……。ただ……」
おずおずと語るウィズの口ぶりから察するに、それ以外の何かがあるように伺えるが。
「はい。……私が魔王軍幹部となって、偶に魔王の城へ幹部が招集される定例会があるんですが……。それでベルディアさんと顔を合わせる度、その……彼、わざと頭を落としたように見せかけて、私のローブの中を覗こうとしたりして来るので……まあ、どちらかといえば苦手な顔見知り、という感じでした」
確かあのデュラハン、自分は誇り高い真っ当な騎士だったとか宣っていたようだが、その実ただのセクハラ野郎であった。
彼もダクネスも大まかな分類では団栗の背比べだろう。まったくもって嘆かわしいことこの上ない。
もしベルディアが不滅の体で、ウィズから話を耳にした後に彼と対面していれば、雪葉は死よりも恐ろしい苦痛を味あわせていたに違いなかった。
ウィズに害を成す者は、例え魔王だろうが神だろうが容赦はしない、全霊を以って排除する。雪葉にとってこれは絶対的優先事項なのだ。
「あの、何度も言うようですけどっ。そういうのは、せめて私の耳に入らない所でお願いします!」
ぱたぱたと両手で扇ぐウィズを前に、雪葉は然程悪びれる様子もなく軽めの謝罪を述べた。
「もう! わざとでしょうっ。今日は少しいじわるじゃないですかっ?」
詰問するウィズは遺憾とばかりに焼き上がった餅のような膨れっ面である。もし食べる事が可能だったのなら、さぞ美味に違いない。
「私は食べ物じゃありませんっ」
プンスカと聞こえてきそうなふっくらりっちいの姿に心を和ませる雪葉はクスクスと小さく笑う。
その時、ふと雪葉の目に見慣れぬ光景が飛び込む。
それは、カウンターの隅に佇む招き猫のきたろう。ではなく、そのきたろうが入れられた、如何にも頑丈そうな透明の箱型ケースであった。
一体、何故きたろうがあそこまで丁重な扱いをされているのか雪葉には不思議でならない。
「あ、ケースですか? あれはこの間、王都にある専門店から取り寄せて昨日届いた、とっても頑丈なものなんですよ。素材はミスリルを使っていて、中に入れたものが壊れたりしないよう内側には衝撃を吸収する魔法が施されていて……え? 価格ですか? ええと……確か、百二十万エリスぐらいだったような……」
衝撃の価格に、雪葉は思わず突いていた頬杖を崩しかける。
宝石でもないのに、何故そんなケースを購入するほどの厳重保管なのか。極め付けは、ケースが本体の二百倍以上も金額を超えている有様だ。
あれは大した値打ちにもならない、ただ招客を願うだけの置き物である。何もそこまでするほどの価値など無いというのに。
「何言ってるんですか! きたろうはあなたから貰った大切な宝物で、私にとって何よりも価値があるんです! お金なんかには代えられないぐらい大事な物なんですから! 寧ろ、アダマンタイト素材のケースが本当は欲しかったのに、どこにも売ってなくて……っ」
突然テーブルを両手で叩いて立ち上がりこちらの眼前まで詰め寄りながら熱弁したかと思えば、心底口惜しそうに嘆き始めるウィズの姿に思わず雪葉はたじろいだ。
さもありなん。まさか自分のプレゼントにそこまで愛着を持つなど、雪葉自身を含め誰が予想出来ただろうか。
思いがけぬ事実に対する喜びと気恥ずかしさのあまり、今度は雪葉の頬がほんのりと赤く染め上がる番だった。
思わぬしっぺ返しを受けた雪葉は火照った顔をすぐさま手で覆い隠す。
「ゆ、ユキハさんが照れるなんて、これはとても貴重な光景……! 今ならあなたが写真に収めたいと言っていた気持ちが、よく分かります……!」
違う、そうではない。雪葉がウィズへ真に汲み取って欲しいのはそちらではなく、貧困生活の改善についてだ。
なのでカメラを探しに店の奥へ消えようとするのは、雪葉にとって死体蹴り以外の何物でもないので止めてほしい。後生である。
はたして、からくも撮影地獄への入獄は免れたものの、ウィズの脳裏に雪葉の恥ずかしい一面が焼き付けられた事など、当の雪葉は知る由もなかった。
▼
さて、貧乏店主との朗らかなやり取りを終えて店を後にした雪葉は現在ギルドへと歩みを進めている途中である。
だがこのままのペースでは和真達との集合時間に些か早く到着してしまう為、雪葉は道すがら少々中央広場へと立ち寄ることを思い立ち足を向けた。
広場の目玉ともいえる噴水の前では小さい子供達が紙芝居屋と思しき初老の男性の前に座り込んでおり、読み聞かせが始まるのをガヤガヤと待ち侘びている姿は雪葉にとっても非常に微笑ましい光景だ。
ふと、そんな子供達を温かく見守る雪葉の背中に声が掛けられる。
「おや? そこにいるのは、もしかしなくてもユキハくんじゃない?」
振り向いた視線の先には、やあ、と片手を上げて気軽に挨拶をしてくるすらっとした細身と銀髪が目を引く少女。
確か、以前我が主人に窃盗試合を持ち掛けて悉く返り討ちにあった不憫な女盗賊。名前は、クリスだったか。
「覚えてくれていたのは嬉しいけど、あの時の話は掘り返さないで! 本気で泣きたくなるから!」
赤面ながらに懇願するクリスに雪葉は哀愁漂う笑みを返す。
雪葉としてはクリスに対する印象がそれしか浮かばぬ上、彼女と自身の共通するエピソードなど、今のところあの下着強奪事件ぐらいのものだ。他に何かあるかと問われても特には無い。
そもそも勝負を申し込んで負けたのはクリスの自業自得でもあると思うが。
「うっ……、それはそうだけど……」
それはさておき、クリスは一体こんな所で何をしているのか。
我が主人から毟り取られた有り金分を稼ぐ為、臨時パーティーと共にダンジョンへ出立したのを見届けたきりであったが、損失分は無事取り戻せたのだろうか。
「うん、それなら大丈夫だよ。あれから色んなクエストこなしたから、以前の倍は稼げたんだ。ほら」
自慢げに財布を見せつけてくるクリス。
盗賊職を名乗る者が不用意に財布を取り出すのは浅はか過ぎると雪葉は財布を仕舞うようクリスへ注意を促す。
「それもそうだね。キミの忠告通り、ちょっと軽率だったよ」
他の盗賊職が事に当たればどうなるかなど雪葉の知る所ではない。
だが雪葉であればクリスが懐から取り出したあの一瞬で財布の中身を全て抜き取ってから戻す事など朝飯前だ。
恐らく彼女は中身を盗まれたどころか、一度自分の手元から離れたことにすら気付かないだろう。
実際それほどまでに雪葉の奪取技術は磨き上げられている訳だが、生憎コソ泥を働くほど落ちぶれたつもりはないので、盗む気など雪葉には毛頭無いが。
「とまあ、あたしはただ何となく街中をフラついてただけなんだけどね。そしたら偶然ユキハくんの背中を見つけて、声を掛けたというワケさ。で、そう言うキミはどうしてここに? ギルドへ向かうにしては、この道遠回りだけど」
相変わらず潑刺とした調子で問いかけてくるクリスへ、雪葉は待ち合わせ時間の調整がてら此処へ寄り道してみた事を告げる。
「そっか。確かにその時間だと、まだ余裕あるしね。そういやダクネスがキミ達のパーティーに入ったんだって? 色々迷惑とか掛けてない?」
あえて言おう、愚問であると。
あの被虐性壁持ちが引き起こした迷惑行為など、雪葉が思い付くものだけでさえ枚挙に暇がない。主に主人の精神面で。
一度医者にかかる事をお勧めしたがきっぱりと断られたので、友人のクリスからも真摯な説得を試みて欲しいくらいだ。
「それについては本当に申し訳ないと思ってる。でもそれはあたしでも手の施しようが無かったんだ……。どうやったら治るんだろ、アレ」
どうやら雪葉だけでなく、ダクネスの友人的立場にあるクリスも同じ境遇で悩まされている被害者の一員のようだ。ダクネスを最早アレ呼ばわりである。
雪葉はほんの少し親近感を覚え、苦笑を浮かべながら相槌を打つ。
「でさー…………あれ? これってもしかして……絶好のチャンス? ……うん、そうだよ。彼と交流を深められるんだ。こんな滅多にない機会を、早々逃すわけにはいかないもんねっ」
会話がひと段落したかと思えば、何故かクリスはこちらに背中を向け、突然独り言に耽溺し始めてしまったではないか。
時折チャンスだの絶好の機会だのと呟きながら両手を握りしめている彼女だが、一体どのような思案を巡らせているのやら。
自問自答に耽るクリスを呼び掛けた雪葉の眉根が怪訝そうに顰む。
「へ? いや、な、何でもないよっ? そ、そうだ! 時間があるんだし、キミが良かったら……その、近くの店で……一緒に……お、お茶なんて……」
――さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! これより素敵で華麗で途轍もない、嘘のような本当のような紙芝居が始まるよお! さあさあさあ!
――やったやったー!
――早く早く!
――読んで読んでー!
――とんでもねえ、待ってたんだ
思い切ったようなクリスが何やら訥々と切り出し始めた直後、噴水前から男性と子供達の賑やかな声が聞こえ始め、興味をそそられた雪葉の顔がそちらへと向けられる。
どうやら紙芝居が始まるようだが、一体この世界にはどんな逸話や昔話が語り継がれているのだろう。純粋無垢な雪葉の好奇心がみるみる掻き立てられていく。
「……え、ちょ、タイミング悪すぎない? これでも運は良い方なのに、何で?」
腑に落ちない様子で項垂れているクリスへ、ちらちらと噴水の方を気にかけている雪葉は彼女が何か言いかけていたことを問い質す。
「はあ……何でもない。ていうか、紙芝居気になるんでしょ? 見に行って来たら?」
無論雪葉はそのつもりである。
そうではなく、クリスも一緒にどうかと雪葉は誘いをかけた。時間潰しに困っていた自分達には打ってつけとも付け加えて。
「あ、あたしも? いやー……、キミは年齢的に問題ないかもしれないけど……あたしはもうそういうの見るトシじゃないっていうか、あの中に混ざるのはかなり勇気がいるというか……ね?」
頰の傷跡を掻くクリスから雪葉へ何かを訴えかけるような視線が送られている。もしかして紙芝居が嫌いなのだろうか。
「いや、そういう訳じゃないんだけど……。だからさ、その……あたしぐらいの歳になると、もう紙芝居とかは……あんまり嗜まないと言うか、何というか……」
そんな収束の目処が立たない雪葉とクリスのやり取りなど御構いなしに、紙芝居の開幕は刻一刻と迫っている。それでも尚歯切れの悪い様子で迷い気に唸り続けるクリス。
ええい、じれったい。
「あ、ちょっと……」
いい加減痺れを切らした雪葉はクリスの手を取り、いそいそと噴水前に向かう。
どうやら雪葉の咄嗟な判断が功を奏したお陰で、紙芝居の開幕には間一髪間に合ったようだ。座り込む子供達は目を輝かせながら頻りに拍手を送っている。
安堵の息を吐いた雪葉はクリスと繋いだ方の手を引っ張りながら彼女にも座るよう促し、予め用意されていた敷物の上へと腰を落ち着けた。隣のクリスへ鼻息が聞こえそうなほどに雪葉の高揚はとどまることを知らない。
――あれ、姉妹かな? どっちも綺麗な顔立ち。
――どう見てもそうじゃね? 髪の色ぱっと見同じだし。
――ワガママな妹とそれに付き添う姉。微笑ましいわ……。
――信じられないだろ。あれ、俺の子供なんだぜ?
――お前と似てるとこなんて精々人間ってとこぐらいだけどな。
「……うん。まあ、そう見えるのが普通か……何となく分かってはいたけど。……でもやっぱり僕はツイてるよね、うん」
徐にしんみりと呟き、繋ぎ合わせた手を見下ろして笑みをこぼすクリス。一方当の雪葉といえば、そんなことは意にも介さずひたすら目の前の紙芝居へと視線が釘付けのまま最早手を繋いでいる事すら忘れていた。それ程の集中力である。
もはやクリスが幾ら呼び掛けたり肩を揺すろうと、紙芝居の閉幕まで雪葉が意識を逸らすことも無さそうなのは一目瞭然だ。
「はあ……ま、いっか。少しでも長く居られるなら、この際何でも」
自分を納得させ、クリスも渋々紙芝居へと目を向ける。
今回初老の男性が読み聞かせてくれる話は、王道中の王道とも言える、遥か昔に存在していたとされる、ある勇者の物語。
この世界に住む者達なら一度は耳にした事があるとても有名な話だ。無論、クリスも例に漏れず。
二人は静かに、始まりを告げた紙芝居へと耳を傾ける。
晴れやかな空の下。アクセルの街には、今日も人々の長閑な喧騒が飛び交っていた。
▼
ーー知ってるか? 最近、川や水源のあちこちで珍種が確認されてるらしいぜ? 何でも十年以上も前に他の国へ旅行に出かけた貴族の奴らが一興で飼ってきた生き物を捨てたのが原因だとよ。面倒見れねえならはじめから飼ってくんなっつうの。
ーーその話知ってるぜ。あの時は奴等の間じゃあ空前の水棲ペットブームだったからなあ。今じゃあ捨てられたペットはデカくなって大暴れ。そんで、貴族共のケツを俺ら冒険者がクエストっつう名義で拭かされてるってわけだ。ったく、つくづく笑えねえ話だよな。
後ろのテーブルで愚痴を零し合う冒険者達の会話を適当に聞き流しつつ、雪葉はパーティーメンバーが議論し合う姿を静かに見守っている。
あの後、感動的な紙芝居に感銘を受けて子供達と共に盛大な拍手を送った雪葉はいつの間にやらご機嫌が有頂天に達していたクリスと分かれ、ギルドで和真達と合流していた。
何故先程まで溜息の連続だったクリスが二十分足らずの経過で気分上々していたのか真相は不明だが、大方何度も目にしてきたというあの紙芝居の話がお気に入りだからだろうと雪葉は帰結した。
とはいえ、クリスが雪葉の的外れな推測を聞いていたなら、十中八九遺憾の意を示したであろうが。
「クエストだ! 多少キツくてもいいから、金になるクエストを請けるぞ!」
「「おー……」」
「うむ、望むところだ」
和真の宣言にアクアとめぐみんのやるせない声が同時に漏れた後、ダクネスが胸に拳を当てながらいつもより揚々とした声音で応えたのを見届け、雪葉も黙ったまま頷く。
現在雪葉達一行はベルディア討伐の際に街を倒壊させた事で、多額の借金を抱えた身である。
五億もの報酬は丸々街の補修費用として徴収され、手元に残ったのは基本報酬のみ。まだ数千万エリスの借金を返さねばならない。
以降のクエスト達成時、報酬から天引きされることを鑑みて最低でも数十万以上の報酬が見込めるクエストをこなさなければ早々この負債を解消させられない事は誰の目にも明らかな金額だ。
無論雪葉は当初ギルドの職員へ自身が元凶の全てなのだから一人で残りの借金を担う旨を伝えた。
それならば数千万以上の高難度クエストを容易にこなせるし、手っ取り早く債務を終わらせられると思ったからだ。
しかし、ギルドからは『あくまでパーティーとして達成したクエストの報酬からでなければ認められない』と無情な返答を突き返されしまい、雪葉はほとほと困り果てている。
だがある冒険者曰く、これがまさにパーティーの醍醐味らしい。
一人はみんなの為に、みんなは一人の為にクエストへ臨み、例えそれが失敗や成功のどちらに転んだとしても、それを全員で等しく分かち合えるのがパーティーの特権だ、とも。
そう雪葉へと熱く語ってくれたその冒険者は、これまでずっとソロのままクエストをこなして来た、紛う事なき筋金入りの独り法師であったが。
余談だが、当時床に崩れ落ちて癲狂に駆られた己の行いを悔やみ嘆いた雪葉の絶望は、この先お目にかかるであろう地獄の公爵が一柱の愉快な悪魔が居合わせていたなら、「フハハハハハ! 飛び切りの悔みに染まりし悪感情、誠に美味である!」と哄笑するのは想像に難くない。
無論今の雪葉は自身の命を脅かしかねない程の実力を秘めた悪魔との遭遇に直面する事など知る由もないが。
その為、事の発端である雪葉としては主人を始めとしたパーティーを力の限り守り抜く所存だ。
「だけど魔王の幹部が倒された今でもまだ影響は残ってるみたいよ? 殆どが凶暴モンスターの討伐とか捕獲とか、高難易度ばっかりだし」
「……なあ。火山王の時みたいな、高額の素材採集とか無いのか?」
アクアの話を受け、和真が先程までの威勢を失くした様に項垂れながら誰に言うでもなく零した問いを見兼ねためぐみんが拾い上げる。
「そんな都合の良いクエストが転がっていたら、みんな我先にと飛びついていますよ。仮にその様なクエストがあって、引き請けたとしましょう。素材採集と一口に言っても高額である理由を考えてみてください。絶対道中や目的地は、えげつないモンスターの巣窟に決まってますよ」
「だよなあ……」
「私はそれでも一向に構わないが」
「金の前に命散らしたら元も子もないだろ、このドM騎士」
「んくっ! なんの前触れも無く罵倒を入れてくるとは……やるな、カズマ……っ!」
今回の討論会からダクネスを離席させたい主人は冷ややかな視線を注いだ。
ふと、席が埋まっているべき雪葉達のテーブルで、一つ空席の椅子がある事に和真が気付く。
「あれ。そういえばアクアの奴、どこ行った?」
「アクアなら、掲示板の方に行ってしまいましたよ。カズマがダクネスと話している間に、『だったらこの私が手頃なクエストを選んであげようじゃない』とか息巻いて」
忽然と姿を眩ませたアクアの所在を尋ねた和真に対し、めぐみんが説明しながら行き先を指差す。
主人と同様に雪葉も辿るように視線を向けると、丁度クエストボードへ意気揚々と跳ねて行くアクアを捉える。
「あんっのアホ女神!」
気ままに振る舞う女神様に業腹な主人の背中を追うように雪葉も掲示板へと急行。
追いついた先では何やら難しい顔で請け負うクエストを吟味しているアクアが決められなさそうに唸っており、雪葉と和真は彼女の後ろに立つ。
やがて、背後に佇む雪葉達に気付く事もないアクアは一枚の紙を掲示板から剥がして手に取った。
「……よし」
「よしじゃねえ! お前、何請けようとしてんだよっ‼︎」
和真がアクアの持っていた依頼書を取り上げる。
『──マンティコアとグリフォンの討伐──マンティコアとグリフォンが縄張り争いをしている場所があります。放っておくと危険なので、二匹まとめて討伐してください。報酬は五十万エリス』
「アホか!」
怒鳴る和真が張り紙を元の場所に貼り直す。
「何よもう。二匹まとまってるとこにめぐみんが爆裂魔法食らわせれば一撃じゃないの。ていうか雪葉に任せればいいのよ。そもそもこうなったのはこの子のせいなんだから」
「おまっ! そんな事いったら……」
むべなるかな。雪葉は言い返す言葉も無く、その場で迅速な土下座を敢行した。
――おい、あれあれ。カズマの奴、またやってるよ。
――あの子も可哀想だよなあ。あいつの命令で、魔王軍の幹部とタイマン張らされたって噂だろ?
――まだ幼い子供よ? なのに、あの子にだけ戦わせて自分は高みの見物決め込んでたなんて。
――クズマが。
――カスマめ。
――ゲスマね。
「ほうら、やっぱりこうなった! 毎度毎度余計な事を言わなきゃ気が済まないのかお前は! 結果的に俺が悪者扱いじゃねえか!」
「いひゃいいひゃい! はのむはらひっはららいれー!」
「ユキハ、こいつの言うことは気にするな! あとこのままだと俺が社会的に死にそうだから早く頭を上げてくれ!」
アクアの頬を引っ張る主人の切迫した要求を聞き受けた雪葉はすぐに頭を上げて立ち上がる。
その後、数分程和真とアクアの不毛な言い争いが続いたが、やがて馬鹿らしくなったのかどちらからともなく引き下がり、からくも閑話休題の運びとなった。
ちなみに、先程一方的な批難を和真に浴びせていた冒険者達の顔をしかと目に焼き付けた雪葉が後日闇討ちに赴いたのは言うまでもない。
「……まあいいや、取り敢えずコレを請けよう。だが今日はもう一つ請けるぞ。と言っても俺たちじゃなく、アクア。お前がちゃんと活躍出来るクエストな。今んとこ大した成果上げてないんだから、今回こそはまじで役立ってもらうぞ、元なんとか」
そう溜め息を零した和真が戻した張り紙を再び剥がし取り、アクアへと胡乱な視線を向ける。
「元なんとかって何よ! ていうか何度言わせれば気が済むわけ⁉︎私現在進行形で女神なんですけど! 清廉潔白で聡明と名高いアクア様なんですけど! いーわよ! そこまで言うなら、私が華麗に素敵に活躍する勇姿を見せてあげようじゃない! そして、崇高なるこの私の前にひれ伏し、崇めて甘やかすがいいわ!」
女神である事実はともかく、清廉潔白と聡明の箔付けは満場一致でダウトと見抜けるぐらいに信憑性が低い。
アクアが日頃から主人に酒を寄越せだの自分を甘やかせだのと私欲に溺れた痴態を晒している姿以外雪葉は目にしていないし、ましてや彼女の言動から知性を感じた事など一度たりとて記憶に無いのだが。
そんな雪葉の独白も露知らず、自身に最適なクエストを見つけたらしきアクアが興奮しながら和真の袖を引く。
「ちょっと、これこれ! これ、見なさいよっ‼︎」
言われて、アクアが剥がした依頼書の内容を雪葉と和真が確認する。
『──湖の浄化──街の水源の一つの、湖の質が悪くなり、ブルータルアリゲーターが棲みつき始めたので水の浄化を依頼したい。湖の浄化が出来ればモンスターは生息地を他に移すため、モンスター討伐はしなくてもいい。※要浄化魔法習得済みのプリースト。報酬は三十万エリス』
「……お前、水の浄化なんてできるのか?」
「バカね。私を誰だと思ってるの? と言うか、名前や外見のイメージで、私が何を司る女神かぐらい分かるでしょう?」
「宴会の神様だろ?」
「助けてユキエモン! このヒキニートが私のこといじめてくるのよお!」
立ち振る舞いが女神と信じ難いのは確かであり、和真のアクアに対する手慣れたあしらい方は、雪葉にとって目を見張るものがある。
現に先程まで自分に対し悪因扱いだったにも関わらず、ころっと鞍替えを図る横着な女神アクアから助けを請われたこの状況は、雪葉としても苦言を呈したくなる虫のよさだとは些か思う。
されどもそんな図々しいアクアに雪葉は怒りや不満をおくびに出す事も無く、目尻に涙を浮かべて抱きつきながら頭を差し出す彼女の要求を承り、優しく頭を掻き撫でた。望み通りの待遇に、水の女神様は鼻を鳴らして御満悦の様だ。
とは言え、雪葉の行為はわがままな愛らしいペットに対する飼い主に似た心情によるものであり、決して女神としての敬意を表するものでは無いが。
「じゃあ別に構わないから、それを請けろよ。ていうか、浄化だけならお前一人でもいいんじゃないか?」
だがそんな和真の提案に、ユキハセラピーで立ち直ったアクアは臆面もなく苦い表情を顕にする。
「え、ええー……。多分、湖を浄化してるとモンスターが邪魔しによってくるわよ? 私が浄化を終えるまで、モンスターから守って欲しいんですけど」
アクアの躊躇いがちな打診は最もだ。
己の棲処に不届き者が侵入して来ただけでは飽き足らず、剰え湖を浄化されて追い払われる暴挙を黙って甘んじる筈もないだろう。奴さんらが全力で食って掛かるのは想像に難くない。
多少命の危険を伴う任務ともなれば、アクアの反応は推して知るべし。渦中に飛び込むと同義である。
「ちなみに浄化ってどのぐらいで終わるんだ? 五分くらい?」
恐らく短時間であればめぐみんの爆裂魔法でなんとかなると考えた主人の問いに、アクアは小首を傾げながら告げた。
「……半日くらい?」
「長えよ!」
無論ブルータルアリゲーターなど雪葉の聞き知らぬ名前ではあるが、響きから察するに決して穏やかな気性では無さそうだ。
それにしても、半日近く危険と隣り合わせの湖でひたすら浄化に当たって報酬三十万とは、依頼主は存外鬼畜なのだろうか。
本当にこの街が初心者に相応しい場所なのか、甚だ疑わしく感じ始めた雪葉は誰に対するものでもない軽い溜め息を零す。
増してや住民に至っては、無知能女神、爆裂紅魔娘、被虐性騎士の表面だけは一端の三竦みに、商才皆無の不死身店主と容量過多も甚だしい顔触ればかり。
ここアクセルは、肩書きを駆け出しの街からキワモノの巣窟に改名する事を雪葉個人は是非ともお勧めしておく。
「ああっ! お願いっ、お願いよおおっ! 他に活躍出来そうなクエストが無いの! 協力してよカズマさーん!」
黙考していた雪葉の前では、取り上げた張り紙を掲示板に戻そうとする和真の右腕に縋るアクアが嫌々と泣きついていた。
やがて、和真が何かを思い付いたのか徐にアクアへ問い掛ける。
「……なあ、水の浄化ってどうやってやるんだ?」
「……へ? 水の浄化は、私が水に手を触れて浄化魔法でもかけ続けてやればいいんだけど……」
「おい、アクア。多分、安全に浄化ができる手があるぞ。これなら名誉挽回のチャンスもあると思うんだが、お前、やってみるか? ……と、その前にまずは害獣退治だな。行けるか、ユキハ?」
主人からの期待に満ちた視線を受け、雪葉は大きく頷いてみせた。
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「いやあ、本当に一瞬だったな」
「魔王の幹部すら手すさびの様なものでしたからね。たかがグリフォンとマンティコア二匹なんてワケもありませんよ」
「カズマもめぐみんも自分のことの様に自慢げだが、奴らを倒したのはユキハだろう」
にこやかに談笑している和真とめぐみんの会話へダクネスが無粋に水を差すと、二人は突然顔を顰めてダクネスに詰め寄る。
「真っ先に突っ込もうとした誰かさんを止めたの誰だと思ってんだよ!」
「そうですよ! ユキハ以外の三人がかりで何とか止めたはいいものの、あの子が一瞬で仕留めなければ数秒と持たずに私たちを振り払ってあなた飛び込みそうな勢いでしたよ! 死にたいんですか⁉︎」
「わ、私はただユキハを手助けする為に、囮スキルが有効な距離まで近付こうとだな……」
「嘘つけマゾネス!」
一つ目のクエストは雪葉が二匹を瞬時に縊り殺し、恙無く達成。
その際、息も荒々しげに特攻しようと走り出したダクネスの足止めに追われる他のメンバーが必死に団結していた姿は、とても雪葉の記憶に新しい。
五体満足で絶命した二匹はギルドから借りた荷馬車に積んで運んだが、荷重の増えた事へ不満を漏らす様にブルルと鼻を鳴らした馬のやる気を促す方が雪葉には手間であった。
現在雪葉達がいるのは、街から少し離れた所にある大きな湖。
街の水源の一つとされており、湖から小さな川が流れそのまま街へと繋がっているようだ。
湖のすぐ傍には山がある。その崩れた斜面から土砂と入り混じるように、そこから絶えず湖へと川が流れ込んでいた。
どうやら雪葉の奮撃による余波がこんな所にまで及んでいたらしい。雪葉は悩ましそうに右頰を掻く。
依頼の内容通り水は汚濁しており、お世辞にも湖とは少々呼び難くどちらかと言えば沼と呼んだ方がしっくり来そうな有り様だ。
そんな湖を眺める雪葉達の背中に、おずおずと声が掛かる。
「……ねえ……。本当にやるの?」
それは凄く不安気なアクアの声。
彼女は一体我が主人の考えた作戦の何が不安だと言うのか。
「……私、今から売られていく、捕まった希少モンスターの気分なんですけど……」
希少なモンスターを捕獲しておく鋼鉄製のオリの中、三角座りでアクアがボソリと呟く。
本作戦の内容。それはオリに入れたアクアを湖に投入し、浄化するというもの。
なんと水の女神アクアは水に浸かるどころか湖の底に沈められても、呼吸に困る事はなく不快感も皆無らしい。また本人曰く、浄化魔法を使わずともアクア自身が湖に浸かり続けるだけでも浄化の効果があるそうだ。
なんと清い女神なのだろう。性格は淀んでいるというのに。
アクアが入ったオリは、当然メンバー随一の腕力を持つ雪葉が湖の際まで担いで運んだ。
触れているだけで浄化できる彼女は少し浸かる程度の位置に置けば十分だと言っていたが、表情は『何かあったらすぐに離れられる所がいい』と訴えていた為、雪葉は顔から明け透けなアクアの真意を快く汲み取る事にした。
それに万一の場合に駆け付けやすいという確かな利点もあり、雪葉としても距離が近いに越した事はない。
ついでに保険を重ねてオリには頑丈な鎖が繋がれており、緊急の際には雪葉が担ぐか引っ張り上げる手筈となっている。
しかし本クエストはアクアの汚名返上が目的であるとの事で、余程の事態に陥らない限り雪葉による介入は許されていない。
アクアを入れたオリを湖の際に沈め、雪葉達は少し離れた距離から待機して湖の様子を伺う。
後はこのまま、四人は離れた所で待ち惚けである。
「……私、ダシを取られてるティーバッグの気分なんですけど……」
静かな湖の畔で、女神の微かな呟きが聞こえた。
▼
出涸らしの女神様を浸け始めてから二時間が経過。
未だにモンスター襲来の気配も無く、雪葉達はアクアから二十メートル離れた陸地で彼女の様子を見守っていた。
「おーいアクア! 浄化の方はどんなもんだ? 湖に浸かりっぱなしだと冷えるだろ。トイレ行きたくなったら言えよ? オリから出してやるからー!」
「浄化の方は順調よ! 後、トイレはいいわよ! アークプリーストはトイレなんて行かないし‼︎」
大方嘘に違いない。
何故そんな意味のない嘘をつくのか雪葉には理解し難いが、女として譲れない部分なのだろう。過度な詮索はやめた方が良さそうだ。
「何だか大丈夫そうですね。ちなみに、紅魔族もトイレなんて行きませんから」
それをこちらに告げてどうしろというのか。するしないに拘る必要も無いだろうに。
仕様のない虚勢を張る暇があるなら、湖で真摯に浄化を行なっているアクアを励ますなり背中を押しながら見守るべきだと思うが。
雪葉は呆れた様に肩で息を吐いた後、湖に浸り続ける出涸らしアクアへと視線を戻す。
「私もクルセイダーだから、トイレは……トイレは……。……うう……」
「ダクネス 、この二人に対抗するな。トイレに行かないって言い張るめぐみんとアクアの二人には、今度、日帰りじゃ終わらないクエストを請けて、本当にトイレに行かないかを確認してやる」
流石は雪葉が認める主人。
オリの中からティーバッグ作戦に始まり、他の者には思い付かない奇策を発案し、平然と即決即断してのけるその非情ぶり。
正に上に立つべき者に相応しい機転と決断力を兼ね備える和真に感服した雪葉は絶賛の拍手をこれでもかと打ち鳴らす。やはり自分の目に狂いはなかったのだ。
「や、止めてください。紅魔族はトイレなんて行きませんよ? でも謝るので止めてください、ユキハに悪影響ですから。……しかし、ブルータルアリゲーター、来ませんね。このまま何事もなく終わってくれるといいのですが」
めぐみんがそんな事を呟いた矢先、湖の一部に小波が走ると水面から無数の影が姿を現わす。
主人和真から伝え聞いたワニとは多少見た目に違いがあるものの、大きさは殆ど変わらない様だ。しかし、こちらのワニが群れで襲う光景を、和真は感慨深そうに眺めていた。
気になった雪葉が問い掛けてみたところ、どうやら雪葉達が元いた世界のワニは、狩りに於いて単独気質な生態との事。
互いの世界で似通った生物を比較するのは中々趣がありそうだ。雪葉の旺盛な好奇心がとてもくすぐられる。
「なんか来た! ねえ、なんかいっぱい来たわ!」
目尻に涙を溜めながらオリの鉄格子を掴んで揺らすアクアそっちのけで。
──浄化を始めてから四時間が経過──
当初はただ湖に浸かり、水の女神が備え持つ浄化能力だけを頼っていたアクアも、今は一刻も早く浄化を終わらせんと一心不乱に浄化魔法を連発している。
「ピュリフィケーション! ピュリフィケーション! ピュリフィケーションッ!」
アクアが入っているオリは大量のワニ達に囲まれ、鋭利な歯で食い破らんとひたすら齧られている。
オリのアクアが何やら喚き立てている様だが、唯一助け舟となり得る雪葉はまだ許可を受けていないので静かに棒立ち中だ。
「アクアー! ギブアップなら、そう言えよー! そしたら雪葉が鎖引っ張ってオリごと引きずって逃げてやるからー!」
とは言え、先程から主人和真がこう繰り返しているのでいつでも雪葉は救援態勢が整っているにも関わらず、一向に駆け付けられないのは偏に怯え続けるアクア自身が理由だ。
彼女は未だオリの中で震えながらも頑なにクエストのリタイアと救援を拒み、自身の力でやり遂げる事に拘っていた。
愚直なまでの勇姿は誠に感心だが、やはりアクア単独に任せておくことに不安が拭いきれないのも仕方がないのだろうか。
場合によっては今後英霊としてアクシズ教徒達に祀り上げられる未来が待ち受けていそうで、流石にそんな末路を迎えるのは、アクアでなくとも甚だ不憫でならない。
「イ、イヤよ! ここで諦めちゃ今までの時間が無駄になるし、何より報酬が貰えないじゃないのよ! 『ピュリフィケーション』! 『ピュリフィケーション』ッッ! ……わ、わああああーっ! メキッていった! 今オリから、鳴っちゃいけない音が鳴った‼︎」
毅然と一人で立ち向かう意志を示したわりにはわあわあと泣き叫ぶアクア。
彼女を取り囲むワニの群れは雪葉達傍観組など目もくれず、オリの鉄格子を噛み砕く事へ躍起になっている様だ。
そんな不遇に見舞われている四面楚歌のアクアを見ていたダクネスがほんのり頬を染めて呟く。
「……あのオリの中、ちょっとだけ楽しそうだな……」
「……行くなよ?」
大方ダクネスの被虐心が唆られているのだろうが、雪葉においては何処か回顧の念を催させていた。
それは、昔任務中に雪葉が見舞われた様々な窮地の中の一つだったように憶う。
雪葉の周りを囲む数十の敵忍者。その者達の猛襲をひたすら躱し続けた後、御礼がわりに全員の首を斬り飛ばしたのは、雪葉にとって今でも感慨深い思い出の一つだ。
ああ、何だか体が少し疼いて来てしまったらしい。ワニ達の元へ剣呑な視線を向ける雪葉は、もどかしさのあまり何度も両手を握り直す。
「まあ、この調子なら何とかなりそうですね。あれ以上にヤバいモンスターが出なければ恐らくいけますよ」
「おまっ、めぐみん! また変なフラグ立ちそうな事を……」
和真がめぐみんの不用意な発言を咎めた直後、湖面の奥で揺らめく一瞬の発光を雪葉は見逃さなかった。刹那、間髪入れずに雪葉の五感が危険信号を報せ始める。
正体はまだ掴めていないが、あれがブルータルアリゲーターなど比較にならない強さであることは明白だ。気配の格がまるで違う。
そう分析を終えた雪葉の行動は迅速だった。
すぐさま鎖を手にすると、そのままアクアが入ったオリごと陸地へと引っ張り上げる。
一度空中に打ち上げられたオリの中で、何やらアクアが涙で顔を濡らしながら癇癪を起こしている様だが、緊急事態につき文句は後で幾らでも雪葉が聞き受ける所存だ。
オリが雪葉達の側へと落下して間もなく、耳を劈くような甲高い雷鳴と共に青白い雷光が湖一面を迸り、のたうち回るブルータルアリゲーターの群れが次々と焦がされていく。
「な、なんだ⁉︎」
「水の中から、雷が……!」
「どういうことだ……?」
ブルータルアリゲーター達が一瞬で絶滅していく様子から察するに、かなりの高電圧の様だ。常人ではひとたまりも無い威力だろう。
「あんな数の群れが、一瞬でやられたのか……?」
「どうやらとんでもないモノを起こしてしまった様ですね……。全員、気を引き締めてください」
「あの電撃……一体どれ程の威力が……」
突如湖を駆け巡った雷光に和真とめぐみんが冷や汗を流す中、一人温度の違う汗を滲ませながら喉を鳴らしたのは、いうまでもなく我等が不朽の盾を自称するダクネスである。
こんな時に欲情など勘弁願いたい。彼女は分別を弁える理性を母親の胎内にでも置き忘れてしまったのだろうか。
それはさておき、あのまま放置していれば世にも珍しい女神の丸焼きが出来たであろう未来が雪葉の目に浮かぶ。
アクシズ教徒が目にすればどんな反応を示したのかという興味がほんの少しだけ唆られたのは、雪葉だけの秘密にしておこう。
だがどうか許容願いたい。決して雪葉に悪意は無く、今のは単なる好奇心に駆られた思い付きなのだ。
やがて、湖面に浮かび上がるワニ達の焼け焦げた死体。
その中心から搔き分ける様に湖の際へ姿を現したのは、全身に電気を帯びた体長がゆうに3メートルを超える巨大な黄金のシャコ。
胸部から生えた一際目立つ、見るからに堅固な捕脚を銃弾の様に撃ち出す姿は、自分がこの湖の王者だと言わんばかりの自信に満ちた風格を示していた。
雪葉は無事を確認する為、引っ張り上げたオリの中のアクアへと目を配る。彼女は何やら念仏を唱えながら震えており、ダクネスが外から声を掛け続けて精神の介抱を行なっている最中の様だ。
アクアほどのアークプリーストでも、どうやら自分の心を癒すようスキルや魔法は持ち合わせていないらしい。この世界も全てが都合の良いように出来ているわけでは無いという事だろうか。
取り敢えず怪我も無く重畳と判断した雪葉は新手の来訪者へ視線を戻す。シャコは近くに浮かぶブルータルアリゲーターの群れの死体へ次々とパンチを打ち込んでおり、風船が割れた時の様な耳障りも甚だしい破裂音だけが辺りに反響している。
まるでサンドバッグの様な扱いに、雪葉はほんの少しだけブルータルアリゲーター達の不憫さを愁いて合掌した。
「……何かヤバそうなのが出てきたぞ。身体中電気走ってるし、危険極まりないだろ、アレ」
生唾を飲み込む和真に、いきなり目を輝かせためぐみんが彼の袖を引っ張りながら昂ぶった声音でシャコを指差す。
「カズマ! カズマ! これは思い掛けないラッキーですよ! まさかこんな珍しいモンスターに会えるなんて! 今日はツイてましたね!」
「いやいや、見るからに物騒なモンスターとのエンカウントだぞ。誰がどう見ても不幸に見舞われてないか?」
「何を言ってるんですかこの男は。あれは世にも珍しい世界三大珍味食材の一つであるシャコミソの持ち主、『オウゴンハナシャコ』に決まってるじゃないですか! シャコミソには全身が痺れる程の麻痺毒が有りますが、それ以上に絶品な旨味が凝縮されたとても希少な食材なんですよ! 食べれば死ぬほどビリビリしますが、それでも一度は食べてみたいと求めるグルメ達が後を絶たない超高級食材と言われています。おっと、想像しただけでお腹が空いてしまいました」
懇切丁寧な説明を終え、可愛らしい音で空腹の合図を報せたお腹を押さえるめぐみん。
すると、先程までアクアの慰労に専念していたダクネスが聞き捨てならないとでも言いたげな表情で顔を上げる。
「めぐみん! 今、シャコミソと言ったか⁉︎あの死ぬほど身体中が痺れる事で有名な拷問食材だろう⁉︎ああ……っ! 一体どれほど凄いんだろう……んんっ!」
「お前、さては痺れてみたいだけだろこの淫乱」
「んくっ……! ま、また前触れも無い罵り……! お前はどれだけ私を苛め抜けば気が済むというのだ……!」
「ダクネス、頼むからもう黙ってろ」
今度主人を悩み相談所にでも連れて行くべきか。雪葉はそう密かに心で嘆く。
「とは言え、爆裂魔法では跡形も無く消えてしまいますから、残念ながら私の華麗な活躍は見込めそうにありませんね。アレ自体ギルドに買い取って貰えれば二、三百万はくだらないというのに。というかミソが食べたくて仕方ありません」
報酬より食欲が優先とは、如何にもめぐみんらしい。
「めぐみんじゃ消しちまうもんなあ……。となると……」
「ええ」
「ああ」
やがて、未だブツブツ呟き続けるアクアを除いた三人の視線が雪葉へと注がれる。どうやらパーティー総意による御指名のようだ。
攻撃の当たらない被虐趣味のクルセイダー。戦闘面における身体能力が心許ない最弱職の冒険者。継戦手段が皆無の一発屋アークウィザード。虚ろな目で座り込んだまま遠くを見据えるアークプリースト。
目の前の敵が持つ実力や特性を含め、誰が見ても雪葉に白羽の矢が立つのは推して知るべしと思わざるを得なかった。
雪葉はこくりと頷き、躊躇うことなくゆっくりとオウゴンハナシャコとの間合いを詰めていく。彼我との距離が残り五メートルとなったところで、相手が雪葉の存在に気付き、傲岸不遜にシャドーボクシングを繰り返しながら雪葉との対峙を果たす。
シャコは逃げるつもりも投降の意志も無いらしい。ならば雪葉が手を下さない理由など最早何処にも見当たらなかった。
恨みは無いが、大人しくパーティーの舌を肥やす糧となって貰おう。
挑発を兼ねた雪葉の挨拶が通じたのかは不明だが、シャコは野郎・オブ・クラッシャーとでも言わんばかりに両方の捕脚を打ち鳴らす。
それとも単なる威嚇行為だろうか。どちらにせよ、相手もやる気は満々の様だ。
二者はどちらからともなく攻撃の姿勢を構えた。
数分後。
和真達の目の前には気絶したまま痙攣するオウゴンハナシャコが転がっており、その半分にも身長の満たないまだあどけなさの残る小柄な男の娘が、鼻歌を口遊みつつシャコを縛り上げていた。
言うまでもなく雪葉の勝利だ。
余談だが、他のメンバーは後にこう述懐している。
「あれは戦いとすら呼べなかったな。シャコパンチが掠りもしてなかったし」
「知ってましたか? あの子曰く誰でも訓練さえ積めば、雷より速く動くなんて造作もなくなるらしいですよ。あれはきっと子供の皮を被ったナニカでしょう」
「せめて一瞬だけでもあの電撃を代わりに味わってみたかった……っ。本当に残念でならない……! くそっ、くそぅ……っ!」
「オリ……湖……ワニ……うっ……、頭が……!」
閑話休題。
余裕綽々で雪葉が討ちのめしたシャコは、現在和真のフリーズによって鮮度を保つ為に冷凍保存され、先に積まれたマンティコア達と共に荷台へと載せられている。
余計な荷物を加えられたせいか、頗る不機嫌な荷馬の嘶きが静かな湖畔に響く。
その姿に自責の念を感じた雪葉は、馬の眉間を撫でながら帰路の途中で人参を買い与える事に決めた。
また、湖面に浮かんでいたワニ達の群れは、雪葉が近くの地面に大穴を掘った後まとめて埋葬。その間、僅か三分の作業である。
「さて、思わぬトラブルもあったが、これで漸く安全に浄化を続けられそうだな。アクア、続き頼んだぞ。……おーい、アクアー?」
返事のないアクアに和真が再度呼びかけるも、彼女から一向に言葉が返ってくる事は無く、ただ静かに焦点を失くした目で膝を抱えたまま、遠くを見つめるばかりであった。
「どうしましたアクア。浄化をしないとこのクエストは達成出来ないんですから、早くオリから出てちゃっちゃと浄化を済ませてしまいましょう。そして、ギルドに戻ったらこのシャコの金ミソをみんなで頂こうではないですか」
「それに、このクエストはお前がやりたいと言い始めたクエストだろう。ワニ達に襲われてなんと羨まし……恐ろしかったのは分かるが、冒険者なら最後まで責任を持ってやり遂げるべきだと私は思うぞ」
めぐみんとダクネスからも催促を受けたアクアは、一度二人へ視線を寄越すと再び真っ直ぐ何処かを眺めながらゆっくりと小声で呟く。
「………………て……」
「え?」
「…………ままてって……」
「なんだって?」
「……オリの外の世界は怖いから、このまま湖までもう一度連れてって」
聞き返した和真を始め、アクア以外の四人が一斉に口を噤む。
どうやらアクアは以前のカエル討伐に続き、今回もトラウマを植え付けられてしまったようだ。
「……ねえ、お願い」
囁やく様に乞うアクアの要求をこくりと承諾した雪葉が再びオリごと担ぎ上げ、静かに湖へとアクアを浸す。
「……ピュリフィケーション……ピュリフィケーション……ピュリフィケーション……」
未だ嘗て、これ程弱々しい魔法の詠唱を聞いたことがあるだろうか。
無心で浄化魔法を唱え続けるアクアの背中に、声をかける者は誰一人としていなかった。
結局、アクアが浄化を終えたのは開始から約七時間後。
あまりの姿に痛ましさを覚えたメンバーの議論により、本クエストの報酬は全てアクアのものとする運びとなったものの、尚も彼女はオリから出ようとせずこのまま街へ連れて行けと薄弱に訴え続ける為、四人は仕方なくその意思を尊重した。
ステータスが軒並み高いにも関わらず、この世界はとことん女神アクアに厳しい気がしてならない。
まるで、アクアに不満や恨みを抱いている何者かがこれ幸いと苦行を強いているのではないかと疑う程に。
雪葉はこの日、二度目となる空を仰いだ。
――わ、私は何もしてませんからね⁉︎
何気無く雪葉の頭に浮かんで来た脳内エリス様があたふたと無実を主張していたのは、一体何を伝えたかったのだろう。
雪葉の問い掛けに対し、エリス様の幻はそれ以上何も答えることは無かった。
▼
「きーっとーこーのーまーまー……売られてゆーくーよー……」
「おいアクア、もう街中なんだからその歌は止めてくれ。ボロボロのオリに膝抱えた女を運んでる時点で、人の注目集めてるんだからな? というか、いい加減出て来いよ」
「嫌。この中こそが私の聖域よ。外の世界は怖いからしばらく出ないわ」
無事にクエストを終え、街の正門で補修作業を監督中だったギルド職員に荷重なモンスター三体を預けた雪葉達は、ギルドへ向かう道中で生温かな衆目に晒されている。
頑なに
そんな時。
「め、女神様っ⁉︎女神様じゃないですかっ! 何をしているのですか、そんな所で!」
薮から棒な大声に一体何事かと後ろを振り向いた雪葉達の先で、オリに引き篭もるアクアの側に駆け寄った男が鉄格子へと手をかけるや、事もあろうにそのまま躊躇なく捻じ曲げたではないか。
男の素性を知らないこちらからすれば、彼が鉄格子を破壊した事は血迷った蛮行としか思えない。とんだ傍迷惑である。
ブルータルアリゲーターが囓り付いても壊れなかった鉄格子を容易く曲げてみせた男の腕力に皆が瞠目する中、雪葉は借りて来たオリの補修費用を一体誰が持つ事になるのか憂慮を覚えていた。
ただでさえ多額の借金を抱えているというのに、仮に自分達があの見るも無残なオリを弁償する事になれば泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目も同然の仕打ちだろう。
それは非常に勘弁してほしい。これ以上我が主人の精神へ負担となるような懸案は持ち込まないで貰いたいのだが。
唖然としている和真とめぐみんを尻目に、見知らぬ男はアクアへと手を差し伸べる。
「おい、私の仲間に馴れ馴れしく触るな。貴様、何者だ?」
その間際、アクアの手を取ろうとした男の身勝手な振る舞いに、腹を据えかねたダクネスが呼び止める。
ワニ達に集られるアクアを羨んでいた先程とは見違える様な聖騎士ぶりは、正しく仲間を守る盾としての使命に燃えるクルセイダーの鑑と言って相違無い姿で思わず雪葉は心の中で密かに拍手と称賛を送った。同時に、いつもこの様に頼もしい姿を見せられないのか、との口惜しさも感じたが。
それはそうと、何やらきな臭い雰囲気に変わり始めたせいかいつもは我先にと好き勝手に振舞うめぐみんも、何故か今は借りて来た猫の様に大人しい。彼女にも場の空気を読めるぐらいの分別がつけられたとはかなり驚きだ。けれどしつこいようだが、それは今のみならず、めぐみんも常日頃から心がけるべきではないだろうか。
しかしいくらダクネスやめぐみんの悪癖について雪葉が思慮を巡らせようとも、本人達に改善の意思が見られないので最早暖簾に腕押しと諦めるしかないのかもしれない。
ダクネスが見知らぬ男を怪訝に誰何する一方で、和真がオリへ入り浸るアクアにそっと耳打ちする。
要約すると、女神としてのお前の知人なんだから早くなんとかしろとのお達しだ。
そんな和真の囁きに一瞬疑問の色を浮かべた女神アクアが思い出した様に目を見開く。
「そう、そうよ! 女神よ私は。それで? 女神の私にこの状況をどうにかして欲しいわけね? しょうがないわね!」
十中八九自分が女神である事は頭の片隅にすらなかったのだろう。
雪葉は割と本気でアクアを調教してくれるテイマーをクエストとして募集する必要がありそうだと思い始めていた。
いずれ我が主と検討すべきだろうか。
もぞもぞとオリから出てきたアクアは、自分の知り合いと言い張る男を目にした途端、徐に首を傾げる。
「……あんた誰?」
どちらの言い分が正しいかは一目瞭然だった。何故なら男が真に迫った様な瞠目ぶりだから。大方アクアが忘却しているだけに違いない。
彼女の印象に残る自分達は余程強烈な曲者揃いの様だ。そんな事を考えつつ、仲間の顔を順繰りに眺め終えた雪葉は自嘲めいたように軽く鼻で笑った。
「何言ってるんですか女神様! 僕です、御剣響夜ですよ! あなたに、魔剣グラムを頂いた!」
「え?」
「へ?」
自身が下賜した神器を見せられてさえ、アクアには毛程も男の顔に覚えがないらしい。
一方の雪葉においては、ミツルギと名乗った男の発言から、自分や和真と同じ日本人の転生者である事を確信した。
些か異風な名前ではあるものの、先程の彼の言からして転生前にアクアから神器を授かった日本人の一人であり自分や和真より前に転生した先駆者なのだろう。
正義感が強そうなきりりとした目つきと茶髪。
風貌に至っては、雪葉の生まれた時代から見ても色男として持て囃されたであろう整いぶりだ。年齢は主人と変わらないくらいか。
全身は鮮やかに輝く蒼の鎧を身に着け、腰には黒鞘に収まった剣を下げており、あれが例の魔剣グラムだろうと雪葉は当たりをつけた。
佇まいから、ある程度身の引き締まった程良い筋肉をつけていることは、雪葉の目を以ってすれば容易に窺い知れる。
神器の恩恵によるものかは不明だが、なるほど身体的にもかなり恵まれている様だ。見方によっては彼も生来の幸運持ちとも言えるだろう。
その点一体我が主人和真の高い幸運値は、この先窃盗スキル以外のどこで振るわれるのか。雪葉はこっそりと、同じ日本人であるにも関わらず全く違う境遇に置かれた二人の少年を見比べつつ、そんな事を慮った。
よくと目を凝らせば、後ろには槍使いの戦士風な少女と革鎧を身に纏う腰にダガーナイフをぶら下げた少女を引き連れている。和真も雪葉と同じく二人の少女を視界に捉えた様だが、再びミツルギという男に視線を戻した主人の目が先程よりも遥かに温度が下がった様に映るのは、雪葉の気のせいだろう。気のせいに違いない。
「ああっ! いたわね、そういえばそんな人も! ごめんね、すっかり忘れてたわ。だって結構な数の人を送ったし、忘れてたってしょうがないわよね!」
逆に問いたいが、女神アクアは和真以外のこれまで送り込んだ日本人達の中で、一人でも覚えている人物はいるのだろうか。いや、考えるまでもなく愚問だろう。
彼女は中身が杜撰で構成された様な適当ぶりである。
大方綺麗な外面を張り付け、転生する人の顔などどれもジャガイモ程度の認識で芋洗いの様にほいほいとこちらの世界へ送り込む光景がありありと雪葉の目に浮かぶ様だ。オフの時は椅子の手摺に肘をついて凭れながらお菓子を貪っていた事だろう。
でなければミツルギのアクアに対する陶酔ぶりは、アクシズ教徒に負けず劣らずの奇人変人か度の過ぎた聖人君子かのどちらかとなる訳だが、彼が頰を引き攣らせている姿から察するにアクシズ教徒ほど彼女を狂信的に崇拝しているわけでもなく、かといって聖人と言うまでの器量を持ちあわせている様にも思えない。
故に、アクアの猫被り説が有力だろうと雪葉は結論づけた。
「ええっと、お久しぶりですアクア様。あなたに選ばれた勇者として、日々頑張っていますよ」
その後も嫌味を感じさせない自然な口調で、職業はソードマスターだのレベルは37まで上がりましたなど、ここぞとばかりに途中経過を報告しているミツルギ少年。
隣から聞こえてくる舌打ちや怨嗟の主が、雪葉の敬愛する主人のものでない事を祈るばかりだ。
「……ところで、アクア様はなぜここに? というか、どうしてオリの中に閉じ込められていたのですか?」
ミツルギとやらは、ちらちらとやさぐれた様な和真の顔を伺いながらアクアに問いかける。
どうやら雪葉の見立ては正しかったらしく、アクアはこの男に、あなたには選ばれた勇者としての活躍を期待していますよ、だとか場当たり的な言葉を掛けてこの世界へと送り込んだようだ。とはいえ、そんな言葉を鵜呑みにしているミツルギ自体も雪葉としてはかなりどうかと思うが。
仮に雪葉を転生させる担当の女神がアクアであったなら、雪葉はその薄っぺらな真意を見抜き、有無を言わさずただちに天国へと送らせていた事だろう。
要らぬたられば話はさておき、ミツルギが主人和真へと度々視線を寄越す姿は、アクアをオリに閉じ込めた下手人が我が主だと誤解している様にも見える。
あのアクアに対する入れ込みっぷりからして、本人の意思による閉じ籠りと弁解した所で、到底受け入れそうに無いのは想像が容易い。
しかし現状それ以外に疑心で満ちた彼を納得させるような方法も無いと判断したらしく、主人和真が自分と一緒にアクアがこの世界に来る事になった経緯や今までの出来事をミツルギに説明すると。
「……はあ⁉︎女神様をこの世界に引き込んで⁉︎しかもオリに閉じ込めて湖に浸けた⁉︎君は一体何を考えているんですか⁉︎」
待って欲しい。それでは主人の説明にあった、アクアの度重なる自業自得な愚しい行為の数々が悉く抜け落ちているではないか。
都合の良い部分だけを抜粋して和真へと当たるのは不愉快極まりないので、雪葉としてはすぐさま撤回を求めたい。
いきり立って和真の胸ぐらを掴むミツルギをすぐにでも地面に組み伏したい雪葉だが、以前ダクネスへ仕掛けた後、和真からなるべくそういった揉め事になる様な行いは避けて欲しいとの命を仰せつかった手前、軽率な振る舞いを極力起こさぬよう雪葉は自身に厳しく科しているのだ。
二律背反の心境に立たされたもどかしさのあまり、雪葉はこれでもかという程に強く握りしめた拳を打ち震わせる。
「ちょちょ、ちょっと⁉︎別に、私としては結構楽しい毎日送ってるし、ここに一緒に連れてこられた事は、もう気にしてないから!」
「……アクア様、こんな男にどう丸め込まれたのかは知りませんが、あなたは女神ですよ? それがこんな……」
初対面で言いたい放題とは、この男生来の石頭なのか。そもそも丸め込まれた愚かな単細胞はミツルギの方だろうに。
アクアの素性を碌に知らないでよくもまあぬけぬけと雪葉の崇高なる主人を貶してくれたものだ。
「ちなみに、アクア様は今どこに寝泊まりしているんです?」
「え、えっと、みんなと一緒に、馬小屋で寝泊まりしてるけど……」
「はあ⁉︎」
ミツルギが胸ぐらを掴む手に力が込められ、苦痛に顔を歪める主人。
駄目だ、この男は殺そう。そうだ、今ここで息の根を絶つのが良い。
我が主に愚行を働く蒙昧など、生かしておく理由が雪葉には到底見当たらなかった。
ベルディア以来の虐殺天使ユキハちゃんへと変貌を遂げた雪葉が、目の前の愚蒙な標的を見据えながら、ゆっくりと腰の愛刀を抜いていく。
「おっと、それはいけませんよ」
しかし、それは奇しくもめぐみんが愛刀を引き抜こうとした雪葉の手を掴んだ事により阻まれてしまう。
自分は今よりあの軽忽な輩の首級を主人へと捧げなければならないのだから直ちに解放するようめぐみんに告げる。
「どーどー……ユキハの気持ちはよく分かりますよ。現に私も、少しあの男に爆裂魔法を撃ちたい気分ですから。ですがよく考えてみてください。今ここであなたが犯罪者になれば、ただでさえ悪評があちこちに広まっているカズマは、一層他の人からの風当たりが強くなるかもしれません。それはあなたの望むところではないでしょう?」
めぐみんの指摘はむべなるかな。それは雪葉や和真にとって全く好ましくないどころか、悪戯に主を精神的に追い詰めることにしかならない。
彼女の手で優しく頭を撫でられる雪葉は、抜きかけの小刀を渋々鞘へと収めた。
だが勘違いをしないでもらおう。
今度あの男が再び同じような暴挙に踏み出ようものなら、雪葉は直ちに取り合うことなくミツルギの命を斬り捨てる所存だ。
次に不敬な愚行を犯すその時まで、精々後悔のない人生を歩むが良い。月夜の晩だけでは無いのだから。
そんな雪葉の怒りをほんの少し代弁するかのように、ダクネスが和真へと詰め寄るミツルギの腕を横から掴む。
「おい、いい加減その手を離せ。初対面だというのに、礼儀知らずにも程があるだろう」
基本的に被虐的言動を起こす以外は物静かなダクネスが、珍しく怒っている。
隣を見れば、先程まで雪葉を諭していためぐみんもあろうことか新調した杖を構えて今にも爆裂魔法の詠唱を始めそうな勢いだ。
――本当は私があの男に爆裂魔法をぶち込みたいだけでした!
とでも言いたげなしたり顔を向けてくるめぐみんに、雪葉はよくも騙してくれたものだとばかりに仏頂面で返して見せた。
ダクネスの制止を受け、手を放したミツルギが興味深そうに順繰りと雪葉達三人を観察してくる。
「……クルセイダーにアークウィザード? ……それに、随分綺麗な人達だな。……おや? …………え、あれ? こ、子供の……アイエエエエ! ニンジャ⁉︎ニンジャナンデ⁉︎」
出会った当初、和真からも今のミツルギ様な驚きの視線を向けられた雪葉だが、彼等の時代において雪葉達忍者の存在は頗る珍しいようだ。
和真曰く、男なら誰でも一度は夢見る憧れの存在らしい。
「君! ただでさえパーティーメンバーが上級職の人達で恵まれているというのに、こんな幼い女の子を誘拐しただけじゃなくクエストにまで連れ回すなんて、一体どういうつもりなんだ⁉︎しかもこんな忍者のコスプレまでさせて! 挙げ句の果てに馬小屋で寝泊まりさせるなんて、自分が恥ずかしいとは思わないのか⁉︎さっきの話じゃ、就いている職業も、最弱職の冒険者らしいじゃないか」
ミツルギの言い分だけ聞けば、和真は凄く仲間に恵まれた環境にいるだけでは飽き足らず、幼女を攫って連れ歩く外道者の様な言い草である。
荒唐無稽なミツルギの独り善がりを改めさせるには、やはり生まれ変わってもらうしかないだろう。
つまるところ、殺るしかないのだ。
苛立ちを隠そうともしない雪葉が腰の愛刀をカチンカチンと手持ち無沙汰に挿抜する中、雪葉の隣で憮然な表情を浮かべている和真がアクアへと耳打ちする。
「なあ、この世界の冒険者って馬小屋で寝泊まりなんて基本だろ? こいつ、なんでこんなに怒ってるんだ?」
「あれよ、彼には異世界への移住特典で魔剣をあげたから、そのおかげで、最初から高難易度のクエストをバンバンこなしたりして、今までお金に困らなかったんだと思うわ。……まあ、能力か装備を与えられた人間なんて、大体がそんな感じよ」
臥薪嘗胆を毛ほども知らずに生きてきた輩に、なぜ一から苦労を積み重ねてきた我が主が上から目線で説教を強いられなければならないのか。
雪葉としても腑に落ちないどころか、甚だ不服である。
雪葉達一行の不快そうな雰囲気を微塵も察していないミツルギは、同情でもするかのようにアクアやダクネス 、めぐみんに対して憐れみの混じった表情で笑いかけた。
「君達、これからは、僕と一緒に来るといい。もちろん馬小屋なんかで寝かせないし、高級な装備品も買い揃えてあげよう。というか、パーティーの構成的にもバランスが取れていいじゃないか。ソードマスターの僕に、僕の仲間の戦士と、そしてクルセイダーのあなた。僕の仲間の盗賊と、アークウィザードのその子にアクア様。まるであつらえたみたいにピッタリなパーティー構成じゃないか!」
身勝手なミツルギの誘い文句に、こちらの女性陣達三人は互いにひそひそと囁き出す。
性格に身勝手な側面が見受けられるミツルギ少年だが、待遇としては確かに悪くない提案だ。
かなりの好待遇を前に当然アクア達も鞍替えを図らない道理は無いはず。そうなれば、主と雪葉二人きりの新しい人生が幕を開ける瞬間はすぐそこまで迫っている。
これは誰にとっても、正に重要な人生の分岐点に他ならない。
だがまだだ、まだそうと決まったわけではない。
となれば、確信を得る為に彼女達の会話を伺うのが手っ取り早いだろう。
雪葉はそっと三人の会話に耳を澄ます。
「ちょっと、ヤバいんですけど。あの人本気でひくぐらいヤバいんですけど。ナルシストも入ってる系で怖いんですけど」
「どうしよう、あの男は何だか生理的に受け付けない。攻めるより受けるのが好きな私だが、あの男だけは何だか無性に殴りたいのだが」
「撃っていいですか? あの苦労知らずの、スカしたエリート顔に、爆裂魔法を撃ってもいいですか?」
なんだ、全然効果無いのか。
甚だ遺憾な雪葉は、人知れず嘆息をついた。
すると、ミツルギが今度は雪葉へと近付き、目線を合わせるようにしゃがみながら語り掛けてくる。
「君、どこの子? 知らないお兄さんに無理矢理連れ回されて、怖かったよね。良かったら僕が君の家まで送り届けてあげよう。大丈夫、僕はそこの怖いお兄さんみたいに嫌なことなんてしないから、ほら」
まさに今、無理矢理嫌な事をされていた。独り善がりもここまで来るといっそ狂気の沙汰としか思えない。
雪葉は心底不快な表情を浮かべ、じりじりとミツルギから後ずさった。
直後、手を差し伸べたミツルギからより遠ざけるようにめぐみんが雪葉を抱き寄せて迅速に後退を続ける。
続け様に雪葉達二人とミツルギの間を壁のように阻んで佇んだダクネスがいつになく眉を吊り上げてミツルギを睨んで見据え、そのまま追撃とばかりにめぐみんと共にミツルギへと向けて口を開く。
「人の話を聞かないばかりか、事もあろうに私達の前で堂々と仲間を誘拐宣言とは、ある意味見上げた度胸ですね。幾らそういう趣味とは言え、小さい子供を拐かそうだなんて、恥を知るべきなのはあなたの方です。撃ちますよ? 本気の爆裂魔法撃ちますよ?」
「へ?」
「全くもって同感だな。年端もいかぬ子供に初対面で気安く近付いたばかりか、剰え公衆の面前でその手に掛けようとは……冒険者の風上にも置けぬ嘆かわしい奴め。盾を担う聖騎士として、貴様のような犯罪者予備軍をこれ以上仲間へ近づけさせはしない」
「いやいや、そんなつもりは無いよ! 僕はただその子を親御さんの下まで送り届けようと──」
「それは誘拐犯がよく口にする常套手段の一つであることは分かっています。大人しく諦めてください」
「この期に及んでまだ自分の犯行を認めないつもりか。こんな奴が同じ街に住む冒険者とは反吐が出る」
いつになく真剣な眼差しの二人。まさか自分がミツルギに近付かれた事にここまで過剰な防衛線が張られるなど、雪葉は夢にも思わなかった。
少し彼女達に対する見方を改めてみてもいいかもしれない。
険しい表情のまま、ミツルギの言い訳を聞く耳など持たないめぐみんとダクネスは毅然とした態度で間髪いれずに言い放つ。
「あなたに私の弟兼子分は渡しません!」
「貴様に私のお仕置き係を渡すものか!」
前言撤回。雪葉は少し前の己に怨嗟の声をぶつけたくなった。
なんという戯言を宣ってくれたのでしょう。
辺りの空気が凍りつき、賑やかな通りが一瞬で静寂に包まれたではありませんか。
「…………は?」
当のミツルギに至っては、理解の及ぶ範疇を完全に飛び越えてきたた二人の発言を前に、口が開いたまま困惑している有様だ。甚だ不本意ではあるが、その反応には雪葉も大いに同調したい心境である。
「ねえカズマ。もうギルドに行きましょう? 私が魔剣をあげておいてなんだけど、あの人には関わらない方がいい気がするわ」
さもあらん。ここはアクアの助言に従って即刻立ち去るべきだろう。いつまでもこんな偏屈者を相手にしていては、雪葉の苛立ちを抑えているなけなしの理性が音を上げてしまい、ミツルギの首から先が血の花を咲かせる惨劇にもなり兼ねない。
なるべく面倒ごとを避けたいという主との約束を含め、一刻も早くこの場から脱却して安寧の心を取り戻したい雪葉も、和真を見上げて催促するように頷く。
「えーと。俺の仲間は満場一致であなたのパーティーには行きたくないみたいだし、この子もすすんで自分から俺についてきてるだけなんで。ていうかそもそも女の子じゃなくて男だし、この子も俺やあなたと同じ境遇って言えば伝わりますよね? とまあそんなわけで、俺達はクエストの完了報告があるから、これで……」
馬を引く和真の挨拶を皮切りに、パーティーが立ち去ろうとした。
………………。
「……どいてくれます?」
すぐさま気を取り戻すとこちらの進路方向に立ち塞がったミツルギに、主人がイライラしながら告げる。
どこまでも人の話が通じない堅物ほど面倒な者はいない。
流石の雪葉もここまで煩わしさを覚える輩は見た事がなかった。
「悪いが、アクア様をこんな境遇においてはおけない。……君は、この世界に持ってこられるモノとして、アクア様を選んだという事だよね?」
「……そーだよ」
「なら、僕と勝負をしないか? 僕が勝ったらアクア様を譲ってくれ。君が勝ったら、何でも一つ言う事を聞こうじゃないか」
「よし乗った‼︎じゃあいくぞ!」
言うが早いか、和真は一も二もなく小剣を引き抜き襲い掛かった。
先手必勝。基本職と上級職の圧倒的優位の差を覆す為にはなりふり構ってなどいられないのだ。
和真が取った行動は、対人戦を練達している雪葉から見ても極めて絶賛の英断である。
そもそも、まともに闘えば目に見えている様な勝負を躊躇い無く仕掛けてきた奴に、卑怯などと非難される謂れは何処にも無い。
まさか持ちかけた話の返事と同時に斬りかかられるとは微塵も予想していなかったであろうミツルギがたじろぐ。
「えっ⁉︎ちょっ! 待っ……⁉︎」
しかしそこは流石の高レベル冒険者。
咄嗟の反応でグラムを抜剣したミツルギは、和真の攻撃を防ごうと手にしたグラムを自分の前へと水平に翳す。
この時雪葉は確信した。
勝利の星は我が主君の手にある、と。
「スティールッッッッ!」
和真が叫んだと同時、その左手に把持されている大きな魔剣。
ここに来て、先程和真の将来性に対して抱いていた雪葉の憂慮は、杞憂へと変わった。
和真の小剣を受け止めようとしたミツルギの手からは、掲げていた魔剣が綺麗さっぱり姿を消している。
これで勝敗は既に決したも同然だろう。
「「「はっ?」」」
その間の抜けた声は誰が発したものだったか。
和真や雪葉以外全員の声だったのかもしれない。
窃盗スキルを組み込んだ主人の巧みな双撃に、ミツルギは成す術も無く奪われた魔剣の腹で頭を強打され、その場で倒れ伏しのだった。
「卑怯者! 卑怯者卑怯者卑怯者ーっ!」
「あんた最低! 最低よ、この卑怯者! 正々堂々と勝負しなさいよ!」
ミツルギの仲間である二人の少女から浴びせられる罵倒を甘んじて聞き入れる和真の顔は、レベル差が凡そ十倍近い格上の相手から勝利を収めたにも関わらず信じ難い程に虚しそうな表情であった。
さて、一方の雪葉といえば完全にのびているミツルギを見下ろすその表情は極めて爽快に満ちた笑みを浮かべている。
いくら高レベルの冒険者と言えど、神器の刀身で頭を殴られてはひとたまりもなかった様だ、ざまあない。話すら通じぬ様な苦労知らずの独善脳筋には、かなり良い薬になっただろう。
ここぞとばかりにミツルギを鼻で嘲笑した雪葉はスキップで主人の下に向かった。
「じゃ、俺の勝ちって事で」
そう言い残し、魔剣を引きずりながら持ち帰ろうとする和真を引き止めるように一人の取り巻き少女が文句を擲つ。
「なっ⁉︎グラムを返しなさい! その魔剣はキョウヤにしか使えないんだから!」
自信たっぷりな少女の言葉に、和真がアクアの方へ振り向く。
「え、マジで?」
「残念だけど、魔剣グラムはその痛い人専用よ。装備すれば人の限界を超えた膂力が手に入り、石だろうが鉄だろうがサックリ斬れる魔剣だけれど。カズマが使ったって普通の剣よ」
神器というだけあり中々見上げた恩恵が与えられるようだが、持ち主ありきの性能では、所詮武器は武器の域を出ないという事なのだろう。
そもそもそんな膂力程度、態々グラムの恩恵を受けずとも雪葉直伝による鍛錬法をひたすら積み重ねれば誰でも身につけられる。
但しその間は人としての生活など捨て去ることになるので、己の身を捧げる覚悟と絶対に揺るがぬ信念を持参の下で門を叩くことが前提になるが。
雪葉の小刀は名うての鍛治師によって造られたものだが、当然刀自体に神器のような恩恵は何も備わっていない。
あくまでそこらの刀より少しばかり上等なものという、単にそれだけである。要は力と技術を持つ者に敵うものなどないということだ。
この二つがあれば、どんな鈍を用いても、鉄だろうが世界一硬い鉱石だろうがスパッと一刀両断なんて誰でも朝飯前のお茶の子さいさい間違い無し。
雪葉も太鼓判を押しているし、確かな品質を約束しよう。
とは言え、されど神器。
他者の手に渡ればあの魔剣はただの剣と成り下がってしまうが、剣自体は恐らくこの世界でも指折りの武器として重宝される筈だ。
元より使われている素材のレベルが違うのだから。
「まあ、せっかくだし貰っておくか」
要するに、主人和真が貰い受けても然程損はしないと言う事になる。
「ちょちょちょ、ちょっとあんた待ちなさいよっ!」
「キョウヤの魔剣、返してもらうわよ。こんな勝ち方、私達は認めない!」
いまだ食い下がる二人の少女。
それを受け、和真は手をワキワキと動かしながら彼女達に向けて見せつけた。
「真の男女平等主義者な俺は、女の子相手でもドロップキックを食らわせられる公平な男。手加減してもらえると思うなよ? なんなら公衆の面前で、俺のスティールが炸裂するぞ?」
更に彼女達の気勢を削ぐべく、雪葉が和真の言葉を端的に解説する。
我が主は男女関係無く叩きのめすし、当然容赦はしない。この場で身包み全部剥がされたくなかったら、さっさとそこで伸びている阿呆を連れて立ち去れと仰せだ。
因みに雪葉も二人相手に酌量の余地など与えないし、主人の許可さえあればその腑抜けた頭を蹴り飛ばしてやる事も吝かでは無い。
無論飛んで行くのは頭だけなので、しっかり腹を括る事を雪葉からもお勧めしておく。
一頻り説明を終えた雪葉が警告の証明とばかりに爪先を軽く地面に小突くと、路面に敷き詰められた煉瓦がピシリと音を立てながら半径十センチ程の範囲に亀裂を生じさせた。
これは迂闊。どうやら雪葉の手加減が足りなかったらしい。
「「ひ、ひいぃ!」」
抱き合いながら震え出す二人の少女から、何やら覚えのあるような刺激臭が漂い始めたのはきっと雪葉の気のせいだろう。
取り巻きの少女達の太腿から伝い落ちる透明な何かも、それが地面に溜まり落ちて出来た水溜りから立つ湯気も、恐らくは雪葉の錯覚に違いない。
「「「うわあ……」」」
背後から感じる仲間の女性メンバーの冷ややかな視線は、一体主人と自分のどちらに向けられたものなのだろう。
雪葉の疑問が終ぞ晴れる事は無かった。
▼
雪葉達は借りていたオリを運んで、ようやくギルドへと帰ってきた。
浄化クエストの報酬は全部アクアに譲渡すると決まったので、諸々のクエスト達成の報告はアクアに任せ、和真と雪葉は馬を返すついでに、一度戦利品の魔剣を携えてある場所へ立ち寄った後、皆より遅れて冒険者ギルドへとやって来たのだが。
「な、何でよおおおおおっ!」
ギルド内を喧しいアクアの叫びによる反響が包み込む。
あの泣き虫女神様は、一々癇癪を起こさねば気が済まないタチなのだろうか。
雪葉と和真が受付カウンターに目を向けると、そこでは涙目になったアクアがルナの胸倉を掴んで頻りに揺らしていた。
ひとどおりルナとやり取りを交わしたアクアはやがて諦観した表情で報酬の入った小袋を受け取り、和真達のテーブルへトボトボとやって来る。
「……今回の報酬。まずマンティコアとグリフォンの討伐クエストは、半額借金への天引きで二十五万エリス。オウゴンハナシャコはなんか別のクエストで張り出されてたみたいで、まるごと買取と合わせて臨時報酬二百万エリス。これも天引きされてこの報酬だって。で、問題の浄化クエストだけど……壊したオリのお金と天引きで、五万エリスだって……。あのオリ、特別な金属と製法で作られているから、二十万もするらしいわ……」
しょんぼりと肩を落としながら小分けされた袋を雪葉達に渡すアクアの虚ろな姿は、流石に同情を禁じ得ない。思わず雪葉の顔から苦笑いが零れるほどに。
オリの件に関しては、アクアはとんだとばっちりだ。
「あの男、今度会ったら絶対ゴッドブローを食らわせてやるわっ! そしてオリの弁償代払わせてやるから‼︎」
アクアが席に着いてメニューを握り締めながら歯軋りをする。
なるほど、どうやらその迅速な決意が功を奏したのかもしれない。
存外その未来は然程遠くないとアクアに告げた雪葉は、彼女の視線を導く様にギルドの入り口へと指を差す。
「ここにいたのかっ! 探したぞ、佐藤和真!」
そうら、鴨が葱を背負ってお出ましだ。
雪葉が示した先には、ちょうど話題に上がっていたミツルギが取り巻きの少女二人とともに立っており、遠目からでもはっきりと分かるぐらいにかなりの剣幕である。
名乗った覚えもない和真のフルネームをいきなり叫んだミツルギは雪葉達の方へズカズカと怒肩で歩み寄ると、テーブルへ叩きつけるように手を置いた。
「佐藤和真! 君の事は、ある盗賊の女の子に聞いたらすぐに教えてくれたよ。ぱんつ脱がせ魔だってね。他にも、女の子を粘液まみれにするのが趣味だとか、小さい女の子を奴隷にして引っ張り回しているとか、色々な人の噂になっていたよ。鬼畜のゲドウカズマだってね」
「おい待て、誰がそれ広めたのか詳しく!」
盗賊とは、大方クリスのことだろう。
この機を逃すまいと意趣返しを図ったことは容易に想像がつく。
数時間前に出会ったクリスは、その話を蒸し返さぬよう入念に雪葉へと頼み込んでいた憶えがあるが、その割には彼女自身に相当な執着が残っているように雪葉は思えてならない。
あの時は座り込んで咽び泣くクリスの姿があまりに痛ましくて金を譲渡したが、ぱんつを盗むことは現代における首級を手にする事だと主人からの言を受けた雪葉が今になって思えば、彼女は名誉な敗北にあやかる事が出来たと言うのに何故そこまで根に持つのか不思議で堪らなかった。
余談だが、クリスは決闘で負けた悔しさの余り泣いてしまった、と今も尚気付かぬまま雪葉の中ではそんな誤解が続いている。決して彼女がぱんつを盗まれた恥辱で泣いていたなどと、雪葉は夢にも思っていない。
クリスの件はともかく、噂が噂を呼ぶとはよく言ったように散々な悪評が街を飛び交っているみたいだが、如何せんそれが全て我が主人のものである事は雪葉にとってかなりの大問題だ。
雪葉にとってこれは到底看過など出来ない懸念事項な上、誠に遺憾であると抗議を示したい程に、理不尽な仕打ちも甚だしい。
ひょっとして我が主に対する宣戦布告のつもりだろうか。もし喧嘩を売っているつもりなら、代わりに雪葉が喜んで買わせて貰うが。
仮に下手人共が街全体におよんでいるとしたら、雪葉は例え相手が誰だろうと一切手心など加えるつもりはないし、場合によっては一帯を更地にすることもやむを得ないと考えている。
無論親友であるウィズは例外だ。
そもそもウィズが他人の風潮に惑わされてしまうような盆暗では無いことなど、彼女との親交に勤しむ雪葉自身が身を以て知っている。何せ死の呪いにかけられた仲間の為、人としての人生など躊躇いなく捨てられるほど意志が強い女性なのだから。
命に代えても守りたい。そう雪葉が突き動かされた程の女性など、ウィズをおいて他には誰一人としていなかった。
とまあ、一の不条理に対し十以上の不服を申し立てたい雪葉だが、徐にミツルギと和真の間を阻むようにゆらりと立ち塞がったアクアの姿が見えたので、今から訪れるであろう痛快劇の幕開けを予感した雪葉は期待に胸馳せながら静かにその瞬間を待つ。
「……アクア様。僕はこの男から魔剣を取り返し、必ず魔王を倒すと高います。ですからこの僕と同じパーティー──」
「ゴッドブロォォォォ!」
「ぬはあぁぁあんっ⁉︎」
「「キョウヤ!」」
アクアの叫びと共に放たれた女神の聖拳が、ミツルギの右頬を見事に撃ち抜きながら盛大に吹っ飛ばした。
床へと転がるミツルギに、慌てて仲間の少女達が駆け寄る。
触らぬ神に祟りなし。
その諺を体現するが如く、女神アクアの怒りと悲しみが拳に宿った正に会心の一撃である。不届き者に神の裁きが下ったのだ。
雪葉はちゃんちゃら可笑しいあまり、思わず笑いが込み上げそうになるのをなんとか堪えた。
もしこの場にアクシズ教徒が居合わせていたなら、自分達が崇拝する女神アクアに殴られるという奇跡体験を味わったミツルギをさぞかし羨んで歯噛みすること請け合いである。
雪葉の記憶では、確かミツルギはアクシズ教徒ではないにせよ、彼等と同様アクアを敬信している一人だった筈だ。となれば、敬愛なる女神に殴られた事へ感謝こそすれ、ミツルギはオリを壊した張本人なのだから、アクアが彼に咎められる謂れは何処にも無いだろう。
一先ずミツルギはすぐにでもアクアに謝罪の意を示した方が良いだろうが、散々っぱら和真を非難した無礼者へ助言を与えるほどお人好しな雪葉ではない。寧ろもう二、三発ぐらいアクアから神罰を受けて、自分の愚かさを存分に悔やむがいいとさえ思っている。
何故殴られたのか不思議そうな表情のミツルギに、ツカツカと詰め寄ったアクアが彼の胸倉を掴み上げた。
「ちょっとあんた! 壊したオリの修理代払いなさいよ! 四十万よ四十万!」
先程雪葉が聞いた限り、アクアは間違いなく二十万と申告していた筈だが。
元値の二倍をせしめようとする、つくづく強情豪気な女神様に対し本来ならば咎めたい所である雪葉だったが、ことミツルギが相手においては、話が全くの別物となる。
そうだ、思う存分取り上げてしまえ。そんな腑抜けに情けをかける必要なぞ露ほどもありはしない。
そんな詐欺師アクアの剣幕に気圧されたミツルギが、尻餅をついたまま素直に財布から金を取り出す。彼から金を手荒に抜き取ったアクアは雪葉達のテーブルに戻ってくるとすっかりご機嫌な笑顔でメニューを吟味し始め、やがて片手を上げつつ高らかな声で店員を呼んだ。
気を取り直して立ち上がったミツルギは、一度深呼吸を行った後、徐に和真へ頭を下げる。
「……あんなやり方でも、僕の負けは負けだ。それでこんな事を頼むのは虫がいいのも理解している。……だが頼む! 魔剣を返してはくれないか? 代わりに店で一番良い剣を買ってあげても──」
頼み込むミツルギの言葉を途切らせたのは、ミツルギのマントを引っ張るめぐみんだった。彼の注意を引いためぐみんは、そのまま和真の腰の辺りを指し示す。
「……まず、この男が既に魔剣を持ってない件について」
「⁉︎」
めぐみんからの指摘を受けたミツルギの表情が、次第に青ざめていく。
「さ、佐藤和真! ぼ、僕の魔剣はどこへやった⁉︎」
「売った」
「ちっくしょおおおおおおお!」
「キョウヤアアアア!」
ミツルギは泣きながらギルド飛び出し、取り巻きの二人も続いて立ち去る。
「……さて、この虚しい金をギルドに出してくるか」
そう呟く和真は受付窓口へと向かっていった。
ちなみに、魔剣グラムの買取価格は三百万エリス。
今回の返済金額、しめて五百二十五万エリス。
残り、あと三千四百七十五万エリス。
返済の満了にはまだまだ程遠い。
溜め息を吐いた雪葉は、親友の笑顔がふいに恋しくなった。
その後、雪葉達はアクアの支援魔法で状態異常の強化を行い、ギルドの食事処で調理してもらったシャコミソにありつく。
皆が絶品の旨さに舌鼓を打って盛り上がる中、若干一名はこの世の終わりとでもいうように影を落としながら、細々とシャコミソを味わっていた。
「……美味い。……美味いのに、全然嬉しくない……っ!」
カズマ「魔剣は貰うと約束したな」
ミツルギ「そうだ佐藤……だが返して……」
カズマ「あれは嘘だ」(金の入った小袋を見せつける)
ミツルギ「うわあああああ‼︎」