プロローグ
大昔のこと。エルフはクロッゾという魔剣貴族に森を焼き払われた。
クロッゾの先祖が精霊を助けたことにより、クロッゾ一族は魔剣を打てるようになった。それからは人間の醜い部分が段々と現れ、魔剣を私利私欲のために使う。エルフの森はその一件に過ぎない。
戦争の引き金になったり、逆に戦争での兵器として使われたり。
だからこそ僕みたいなのが産まれたのかもしれない。
目には目を歯には歯を、そして──
──魔剣には魔剣を。
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全ての武器を魔剣に変えてしまう力が僕にはあった。
本来ならそれは強力で、そして崇められる力だっただろう。国から護られて、他人は崇め、民草は献上する。それこそ神に近い存在になれただろう。
僕がエルフでなければ。
初めて受けた感情は怒りだった。
物心着いた頃から殴られ続ける僕。子供の頃から続いていたので、僕は殴られるという行為が悪感情などとは思わなかった。
痛いけど仕方ない、僕は殴られるのは仕方ない。そう思うようになった。
次に貰った感情は慈悲だった。
多分同い年のエルフが傷だらけの僕を見て労わってくれた。少女はレフィーヤと言うらしい。レフィーヤは「そんなの絶対おかしいです!!」と言ってくれたけど僕はどうでもよかった。
そして僕は何も持ってなかった。
残っていたのは空っぽの自分、僕にはほんとうに何も無かった。ただ一日を怠惰に過ごす毎日。
殴られ、蹴られ、石を投げられ。それでもレフィーヤは僕を離さなかった。それでも、と助けてくれた。
何か返してあげたいと思ったが、僕はどうしようもなく空っぽで空気のような存在だった。何も持っていない、手にしたものを魔剣に変える。それ以外、僕は何も持ってなかった。
そんなどうしようもない自分が情けなかった。
誰かを守る、僕を守ってくれるレフィーヤのような存在と比べてしまい何か心の中で凝りが産まれた。
だが僕はその感情の名前を知らない。
僕には本当に何も無かった。
手にしたものは全て砕け、与えるものは何もない。辛うじて触れるのは生きている動物、そして武器としてみられない物質のみ。
話をしてくれるのはレフィーヤだけ。
僕を産んだ家族?という存在は、早々に僕を捨てて森を出た。別にそのことに関して思うことは無い。顔も思い出せない人達のことを恨んでも仕方ない。何より僕には恨むという感情すらない。
レフィーヤは森にきた移動学校『学区』へと入学したので、僕は森から出ることにした。
勿論移動学校に入学した訳では無い、そもそも僕は移動学校にすら入れてもらえない。
だからレフィーヤに提案された。
「オラリオに行った方がいいよ!」
名前も知らないその土地。
レフィーヤ曰く、焦がれるほどの夢を見られる場所。
名声を、夢を、全てを手に入れられる。そう聞いてもいまいちピンと来なかった。
結局森を出た。レフィーヤから座標を聞いたので、方角に従えば辿り着くだろう。
エルフ達からは非難された。散々な扱いを受けたが、魔剣という力が無くなるのは大きな歪みになるからだそうだ。
全てを無視して森をでた。
レフィーヤと軽く挨拶を済ませて。
そして僕は、嬲られ半殺しにされた。
森のエルフ達から一斉に魔法攻撃をされ、数に為す術もなく嬲られた。死ななかったのは奇跡ともいえる重症を負ったのは間違いない。そこら辺はエルフ達が何とかしてくれたのかもしれない。
何せ僕は『魔剣を産み出す為だけの存在だから』。原則として僕の力は僕が触れていなければ発動しない。手元を離れたら魔剣ではなくなる。
だからエルフ達は僕を見逃しはしなかった。
この時、僕は初めて怒りという感情を理解した。
特殊な首輪を付けられた。
エルフ達曰く、森から離れようとするとエルフの森に警報を鳴らす魔道具らしい。それを付けながら生活を余儀なくされた。日中は拷問を延々と繰り返される。そしてモンスターが現れたら必ず駆り出されるようになった。一人見張りがいるがモンスターを倒し終えたら、必ず僕を攻撃してくる。
反抗しようものなら首輪を通じて首に激痛が走るようになっていた。
エルフの言うことを信じていた自分が腹立たしかった。いつか、この種を……。
森の僕の住処で、一番端であり一番危険な場所で生活をしていた。レフィーヤはもう居ない、もしかしたらあの時、オラリオに向かう時、もしかしたらレフィーヤが森のエルフ達に教えたのではないか…そう思ってしまう自分がいる。
そんな自分がどうしようも無く情けない。
不幸とか可哀想とか思うだけなら今までも多少なりとも思えるようになった。
だが僕は狂気に堕ちてしまいそうだ。
それこそ狂ってしまうように、いや狂えるのならどれだけマシなのだろう。全てに当たり散らし、何も無かったかのようにすればどれだけ楽なのだろう。
レフィーヤのことも忘れて、森のことも忘れて、一人ずつエルフを殺せたらどれだけ楽になるのだろう。
僕のその問は誰も答えてくれなかった。
森の湖で精霊に出会った。
湖の乙女は、優しかった。それは昔のレフィーヤの様に。
楽しかったのだと思う。湖の乙女はとても綺麗だった、手に取れば透けてしまうような、自分の手で壊してしまいたいような。
だけど湖の乙女は赦してくれた。それは貴方にとって必要な感情であると言われ。
だけど僕は殺すことが出来なかった。
唯一無二の友人
湖の乙女はそれを咎める訳でもなく、責める訳でもなくて、ただ黙ってこちらを見続けた。
そして湖の乙女は僕という器を見極めた上で、黄金に輝くモノを与えた。
それは僕の胸に入り、湖の乙女は静かにこういった。
『貴方に加護を与えましょう。だから貴方は我々の悲願を──【風】を探しなさい。【風】と共に歩み、竜を討ちなさい』
僕の胸には刺青のようなものが浮かび上がった。
詳しくは分からない、だが一つだけ分かることがある。それは剣の出し方。そしてその剣はとてつもなく強大であり強力であるということ。
『【風】の名前はアリア、彼女と……』
湖の乙女はそう言って霞んでいき消えた。
湖の乙女が何を伝えたかったのかは分からない。だが、それでも森から出なければならないということが分かった。ずっと切っ掛けを探していただけなのかもしれない。
湖の乙女との約束があるが、それは殆ど僕には分からないこと。なのでそれは無視しよう。大切なのは、レフィーヤとの約束。
オラリオに向かうこと。
森の木々を手に取る。
やることはただ一つ。木々を魔剣に変えて振るうだけ。
それだけの簡単な作業。
僕は数百の枝を手に取って、エルフに、森に、全てに。
火を氷を風を雷を……。魔剣を振るった。
そしてこの時僕は初めて───人を殺した。