残り1週間を切ったある日、最後まで遊びつくそうとしていると奇妙なプレイヤーと出会った。
惑星だのなんだの言いだす痛々しいプレイヤーが少し面白くて一緒に行動することにしたのだけど、なんだかこのプレイヤーおかしい。
そんなお話。
春休み。
学校からの宿題もなく新年度に備えてのんびりとできる休み。
そんな春休みの間、私は学生らしく遊んでいた。といっても外に出ずではあるけど。
『お疲れ様でした』
『おつー』
『お疲れ様でした!』
『おつかれー』
『お疲れ様でした』
パソコン画面に映るチャットログに続々と流れる文字列。
たった今ダンジョンを野良パーティで攻略し終えたので、形式のようにそれぞれ互いにいたわりの言葉を打ち込んだ結果である。
「もう一周どうですか、っと」
折角パーティを組んだのだし、もう一回ダンジョンを行かないかと誘いの言葉をタイピングする。しかしエンターを押す直前にパーティから一人離脱してしまった。
「あ、盾の人が……じゃあ打ちなおして、盾募集かけてもう一周どうですか、っと」
送りかけた文字を消している間にさらに離脱者が増えていく。一人抜けたら一斉に抜け出す現象は何なのか。
「あー……結局解散になっちゃった」
画面に残ったのは私のキャラが一人。
腰まで届く白い髪に、イベントで無料配布された眼帯アバターをつけた女の子。髪だけでなく服装も全体的に白を基に薄水色のケープを羽織わせている。もっとドレスめいたアバターが欲しかったが無課金戦士には手が届かなかった。
「また募集をかけるのもなぁ」
ダンジョン攻略はソロでは難しい。ゲーム廃人であれば可能だが私には無理だ。盾職ならば高耐久であるいは可能かもしれないが、自キャラは回復職。耐えるために回復スキルを連打することはできても攻撃ができない。
今日のところはもうダンジョン攻略は諦めよう。
募集をかけてすぐ埋まるほど、このゲームに人は残っていない。
このゲームは、サービス終了まで一週間を切っているからだ。
サービス終了前となると復帰勢がちらほら見かけるが、攻略勢は全くいない。埋まらない募集ログだけが流れていくチャットログなど寂しいものだ。
特にすることが思いつかず、フィールドエリアを彷徨うことにした。もうすぐ終わりのゲームで感傷に浸ろうと考えたから。
序盤のエリアに行かず、あえて高レベルのエリアを彷徨う。
序盤のエリアはのどかでいいけど、後半のエリアは神秘的なものが多くファンタジー感があって好きなのだ。敵が強いのが難点ではあるけど。
「お、ぼっちプレイヤーだ」
スキルエフェクト音が聞こえてきたので様子を見に行くと、戦闘中のキャラがいた。PTを組んでいる様子はない。ぼっちだ。
ぼっちの体力バーは半分まで減っていた。一方で敵キャラの体力バーはまだ7割近くある。
ここは回復職たる自キャラの見せどころだ。いや、見せるなどしない。
辻ヒール。
見知らぬキャラに回復スキルを掛けて手助けをし、礼を言われる前に去るという回復職にのみ許された遊びである。
めっきり過疎化が進み、フィールドエリアで人と出会うことがなかったためご無沙汰だった遊びができる。
この遊びの注意点というか、個人的なルールとしては、辻ヒールを掛けたら見つからずに去れば勝利。お礼を言われたり追いかけられたら負けだ。
ヒールの射程ギリギリの距離から回復を投げ、ぼっちの体力が満タンになったのを見てから一気に移動。
敵のスキルエフェクトに合わせての完璧なタイミング。これは勝ったな。
勝利の確信をしていたところ、チャットログが動いた。
『すみません』
負けた……だと……?
周囲に無差別に話しかける一般チャットではなく、個人指定の個別チャットが飛んできたのだ。さっきのぼっちから。
表示されているぼっちの名前は「D0G」……犬? あ、良く見たらディーゼロジーだ。ちなみに私のキャラの名前は「リンスイ・N・シャンプー」だ。リンスインシャンプーは弟が使っているのであって私が愛用しているわけではない。あ、キャラは私が愛用しています。
まぁ名前はどうでもいい。それに負けたからって何かあるわけじゃないけど。
少しの悔しさを感じながらもチャットログは動く。
『あなたは何をしていますか』
「?」
なんだこの質問。
てっきり回復ありがとうとか、もしくはパーティ組んでくださいとか、そういうチャットが来ると思ったら謎の質問。
とりあえず質問の意図はわからないが返答しておこう。
『散歩、ですかね?』
『気晴らしや健康のための行動ですか』
なんだこのぼっち。
絶対変な人だ。早々に会話を打ち切っておさらばしたいところである。
「友達に呼ばれたので失礼しますっと」
断りの常套句を打ち込もうとした時、ぼっちのチャットを見て指が止まった。
『よろしければ私にこの惑星について教えてほしいのですが』
この質問と共に、ぼっちキャラが自キャラの前に現れていた。
別にそれだけなら遠慮なくおさらばするところではあるが、ぼっちのキャラメイク、及び今の発言が素晴らしかった。完璧なロールプレイである。
ぼっちのキャラの種族は機人族。ほとんど人間と変わらない見た目だが、その体の構造はオーバーテクノロジーの産物。ぼっちのキャラグラは顔こそ爽やか青年な人間グラだが、衣服から出ている右手と右足が硬質的な黒鉄色をしている。言ってしまえばロボットである。実装された時のストーリーでは、高度な技術が発展した異世界の住民で、次元の裂け目に迷い込んでしまったという設定だったはずだ。
ちなみにリンスイの種族は人族。生まれも育ちもこの世界である。全く捻りがない。
まぁとにかく、キャラ設定に忠実かつ今では珍しいロールプレイヤー。ロールプレイは複数人でやる場合、全員が理解を持ってないと微妙な空気になりがちな禁断のアソビ。だが今は私ことリンスイとこのぼっちだけ。ならばテンションに任せてロールプレイに付き合うのもやぶさかではない。
「あれ? でも惑星ってログにあるし……アレンジタイプ?」
ゲームの世界の名称なら教えれるけど惑星とかは知らない。クエストテキストにでも出てたのだろうか。生憎すべてを把握はしていないからわからないけど、そんな宇宙に広がりそうな規模の話なら印象に残っているはず。
『惑星ですか。この世界じゃなくて』
『はい。世界ではなく。あなたの住む惑星について』
アレンジタイプなロールプレイはどこまで許容範囲なのかがわからない。やっぱりそそくさと話を切って去ろうかな。
そう考え始めた時、ぼっちのキャラステータスが妙なことに気づいた。
「レベル11……?」
このフィールドエリアのモンスターはレベル50はある。一撃でももらえば即死だと言うのに、このぼっちはある程度独りで戦っていた。アクションゲームではないから自操作で回避などできないゲームであるにもかかわらずだ。更に言えば、このマップは低レベル者が入り込めないように入場制限付き。最低40以上ないと入れないのだ。
考えられるのはチーター。不正プレイヤーである。
サービス終了まで一週間を切っているゲームとはいえ、不正者には裁きを。
もう運営もやる気はあまりないかもだけど、不正プレイヤーの通報を押す。証拠としてスクリーンショットを撮り、ついでにとぼっちの装備を覗く。
「防具なし、武器もなし……これもスクショとっとこ」
まぁスクショを撮らなくても現行犯として裁かれるところを見れるかもしれない。
不正者等を通報すると運営の手先もといGMが来て確認が行われ、強制移動をするそうだ。その現場を生で見れるかもしれないと思い、GMが来るまでの間足止めを兼ねて先の会話に付き合うことにした。
『何をしているのですか』
『なんでもないよーこの惑星は地球ですねー』
もう世界観とか考えながら答える気はない。純ロールプレイの皮をかぶった悪しき不正者め。
『地球ですか。地球では宇宙からの観測にプロテクトが掛かっているのですか』
まるで意味がわからん。
こいつの世界観はどうなっているのだ。GMはまだか。早く来てくれ。
『言ってる意味がわからん』
『翻訳は成立しているはずですが。ああ。私が疑問に至った理由から説明した方が円滑ですか』
ぼっちで不正者で強烈電波キャラとは、濃いなこいつ。
『宇宙からこの惑星を観測した際の文明とこの地域の文明に大きな差異があります。観測に対して欺瞞情報を流し込まれたからではと推測しました』
いちいち痛々しい。宇宙から観測って宇宙人のつもりか。機人族の設定は宇宙人じゃなくて異世界人だ。未来人でもない、魔法のない異世界からの住民である。解釈違いをごり押しするタイプかこいつ。
さてなんと返答しようか。
もう「www」とかでいいだろうか。
『こんばんは。GMの者です』
別の人からの個別チャット。表示されている名前も頭にGMがついている。キャラメイクの際「GM」は禁止用語となっているため本物だ。
サービス終了直前でもお疲れ様です。
『不正プレイヤーについて教えてもらってもよろしいでしょうか』
『はい! こいつです! このD0Gってキャラです! Lv11でこのマップにいるし50の敵とも戦えてました!』
レベルからして不正プレイヤー。問答なく強制エリア移動が起きることであろう。
しばらくログが止まった。
そして
『D0Gというプレイヤーはどちらに?』
何を言っているのだこのGMは。
私の目の前に、そしてあなたの隣にいるではないか。
『私の前ですけど。今タゲってますけど』
『申し訳ありません。私どもには見えないので対応できません。今後通報される際は公式ホームページの「通報の詳細について」を熟読の上、お願いします』
「はあ!? いや、そこにいるじゃん!?」
この対応はまるで私が悪戯で通報ボタンを使用したと思われているみたいではないか。
目の前にいるだろうに、ちょっとタゲったらレベル表示されるだろうに何を。それともあれか、知らない間にこのマップのレベル制限が解除されたのか。
『今後ともご愛顧お願いします』
『待ってください! ひょっとしてこのマップのレベル制限って、なくなったんですか?』
『いえ、水晶の丘は40未満侵入不可エリアです』
「なんでなんでなんで!」
「姉ちゃんさっきからうるさい」
「ほっといて!」
部屋の外から弟の声が聞こえた。知らず知らずに独り言連呼していたようだが今はそれどころじゃない。
今のGMもスクショを撮っておく。このGMめ、目の前の不正者をスルーしてリンスイちゃんを敵視するとは許さん。公式ホームページから通報及び苦情コースにしてやる。
『先ほどの人が消えましたがあれもこの惑星の技術でしょうか』
GMがワープしたのか、それともログアウトしたのか、消えていなくなった。
残ったのはリンスイとぼっちだけ。しかしぼっちなど無視である。
ゲーム画面の裏で公式ページに接続し、今しがた撮りたてホヤホヤのスクリーンショットを送りつけてやるのだ。目の前の不正者も不正者を無視したGMのもである。
送付するスクリーンショットを問題ないか確認しようとして、異常に気づく。
「え?」
ログが、ない。D0Gのチャットログはなく、キャラクターも存在していない。
リンスイが一般チャットで独り言を言っているだけの画像。
GMとのやり取りの最中は、GMとリンスイが写っている。GMとの個別チャットログも写っている。だけどD0Gだけが表示されていない。
「は? は??」
ありえない。ゲーム画面を確認、間違いなく個別チャットでD0Gとやり取りをしている。そしてD0Gも表示されている。もう一度撮り、再び撮ったばかりのスクリーンショットを確認。
しかしそこにはやっぱり何もない。
『先ほどから何をしているのですか。私の質問には答えてもらえませんか』
『え、なんでスクショに写らないの?』
チーターって人のPCにまで影響を与えれるの? 聞いたことがない。それともスクリーンショットには絶対写らないチーター技術でもあるの? 通報されないためにそんな改造されているの?
もうここまで来たら素直にすごい。勝てっこない。だから率直に尋ねた。
『質問しているのは私ですが。スクショというのはわかりませんが私の体には情報漏洩防止機構が働いています』
『いや、そういうのもういいから。普通に喋って? もう通報しないから。しても意味ないし』
『要望の意味が理解できません』
「私のほうが理解できねぇよ!」
「姉ちゃんうっせぇ!」
「ごめん!!」
もう意味がわかんない。
このぼっちーターはまともな回答をする気がないのだろう。考えるだけ疲れる。もうこの際なんでもいいか。悪に屈するのも別にいいや。どうせこのゲームはあと5日の命だし、遊べればそれでいい。
『そうだ! 一緒にダンジョン行こう!』
『要望の意味が理解できません』
開き直って遊びに誘う。しかし不正ぼっちロールプレイヤーのスタイルを崩す気はないようだ。
しかたない、ならば少しはロールプレイに付き合ってやろう。
『ダンジョンに行けば理解できることが増えるから』
テキトーである。我ながらテキトーすぎる説得である。
『この惑星の学習方法ということでしょうか。わかりました』
『じゃあパーティ送るねー。パーティ拒否とかやめてよ?』
『プロテクトを緩めます』
一度誘ったパーティは拒否されたが、もう一度誘うと今度はちゃんと組むことができた。どこまでも自己流の設定を守るスタイルのようだ。
『回復は任せて! あとは任せた!』
『先の戦いでの現象のことですね』
盾兼火力は丸投げだ。チーターがどこまでチートなのか見てやろう。まずは現状最高難度のダンジョンだ。
入場制限レベル75。ミノタウロスの迷宮。
入口から敵がわんさかいて、そのどれもが遠距離攻撃のせいで敵が一ヵ所にまとまらない面倒なダンジョンだ。
『犬さん頑張って!』
『犬さんですか』
『D0Gって打つのめんどいし? 私の名前も長いからリンスイでいいよ!』
『わかりました』
結論、チーターやべぇ。
見たことのない攻撃ばかりである。未実装スキルだろうか、機人族のスキルは全部攻略サイトで見たことあるけどどれとも違うエフェクト。
右手をかざすと極太ビームが出るわ、遠距離攻撃が飛んできたと思ったら謎のバリアが出るわ。倒したのにレベル上がってねえわ。
ボスのミノタウロスも3回ほど攻撃して倒し終わった。
なんかフィールドマップより強くなってないだろうかこのチーター。強さ自由か。
『お疲れ様? 適性レベル5人必要なのにこれは…』
『リンスイ』
『なに?』
『もう終わったのですか』
『うん』
ミノタウロスの迷宮って名前ならミノタウロス倒したら終わりでしょうに。
『何も理解できませんでした。この学習方法は有効に見えません』
『ア、ハイ。そっすね』
まだそれ引きずるのか。
「いつまで遊んでるのー? 早くお風呂入りなさい」
「え? あっ、もうそんな時間……今いくー!」
時間も忘れて結構遊んでいたようだ。気づけばお風呂タイムを過ぎており、母から急かされてしまった。
落ちる前にっと。
『犬さん、私もう落ちなきゃだから』
『落ちる?』
最後までこのキャラか。
ちょっと面白い。
『良かったらフレンド登録しよう?』
『フレンド登録とは何でしょうか』
『あーはい。じゃあフレンド申請送るねー』
『リンスイ。フレンド登録とは何でしょうか』
『また一緒に遊ぶために必要なものー。防衛なんたら緩めてねー』
『なるほど。理解しました』
3回目のフレンド申請でようやく申請が通る。
フレンドリストに追加された名前は「迥ャ」
文字化けしてらぁ……
『それじゃまた明日!』
『待ってください』
『ん? なに?』
用があるなら早く終わらせてくれ。お風呂に早くいかないと母にどやされるのだ。
数秒後、急に目に痛みが走った。何か埃でも入ったのだろうか。ごしごし擦っているとログが流れる。
『ありがとうございます。リンスイの識別コードを記憶しました。リンスイにのみプロテクト対象外に登録します』
『もういい? それじゃおつかれさまー!』
チーターからのその発言はやや怖いものがある。だけど残り5日のゲーム。もしも明日リンスイがキャラデリされていたとしても、まぁいっかと思えるものだ。
そそくさとログアウトをし、パソコンをシャットダウンさせた。
翌日。
春休みのためか昼まで寝てしまった。
朝昼兼用のご飯をもしゃもしゃし、上機嫌にパソコンを立ち上げる。
これで残り4日の命となったゲーム。
果たしてリンスイ・N・シャンプーはキャラデリされてないだろうか。今更ながらやっぱり不安と後悔が生まれる。
「お、よかったー。残ってる」
ログイン画面には相変わらず白がベースの眼帯女の子、リンスイちゃんが待機していた。
ログイン後、周囲の確認より先にフレリス確認。
見慣れない名前が残っているか探しだすと、「譟エ迥ャ」と文字化けしている名前があった。
ログイン中であることを確認。場所は
『急に現れることもできるのですね』
「目の前かい」
昨日ログアウトした場所から移動していない。ログイン時間を伝えてないのに目の前に居るとは、ずっと待機してたってこと? 寝てないの? こわ。
『おいっす犬さん』
『リンスイ。急に消える技術はこの惑星の基本的動作なのですか』
『いや、ゲームだし?』
『ゲーム。遊戯ですか』
ログインして早々わけのわからない奴である。
『ていうか犬さんは昨日何時に落ちたの? 真面目な話』
『落ちたという意味が理解できません。落ちるとは消えることを言うのでしょうか』
『あーうんそれ』
『では私は落ちていません。私はリンスイの言う落ちるという動作をできませんから』
ログアウトはしていないということか。
まあゲームを起動して放置していたのだろう。私も露店放置をしたことがある。結局何も売れずに翌朝を迎えた虚しさから一回でやめたけど。
『へー。まあでも、あと4日で強制的に落ちることになるけどね』
『強制的にですか』
『うむ、世界の終わりである!』
『地球は終わりを迎えるというのですか。いったい何故ですか』
何故ってそりゃあサービス終了だからだよ。
っていうか地球じゃないよ。世界だよ。ゲームの世界だよ。規模を膨らますな。
『世界だよ。地球じゃないよ』
『地球を含めての世界なのではないのですか』
『いや、地球は地球だよ。ここはゲーム世界だよ…』
『すみません。理解が困難です』
「私も困難です」
『すみません。確認したいのですが』
『どぞ』
『ここは地球ではないのですか』
この場合の「ここ」ってゲーム世界のことを指している、でいいんだよね。
『この世界は地球じゃないねー。っていうか惑星でもないよきっと』
『ですが私は地球に降りたはずです』
『そっすねー』
こいつはどういう話題に持っていきたいのだ。
宇宙から来た機人族? 宇宙の機人族が地球に降りようとして異次元空間のはざまに入り込み、地球と思ったがこの世界に迷い込んだ、みたいな設定か?
さながらリンスイのことは地球人と思ったら違う世界の住民だった、みたいな?
『もうひとつ確認してもいいでしょうか』
『どぞどぞー。あ、それ終わったらダンジョン行きましょ』
『わかりました。では確認ですがあなたは落ちたあとどこに存在しているのですか』
どういう答えを望まれているのだろう、これは。
いや、真面目に考えなくていいや。それよりダンジョンは今回どこへ行こう。
『地球にあるお家。それじゃ今日はヘカトンケイルの牢獄に行こうか!』
『もう少し確認したいのですが。わかりました。リンスイの要望に応えます』
この犬さん、チーターではあるが結構素直なロールを徹するようだ。
高レベルボスをペアで倒すというのはトンデモないことではないだろうか。
どうせ倒せると踏んでいたので録画しておいた。まぁこれも通報対策で残っていないかもしれないけど。
「まぁ残ってないならソロで突破したという異常な思い出になるし……」
倒したヘカトンケイルが消えてドロップアイテムを獲得していく。
『今の敵兵器も落ちたということでしょうか』
『?』
『消えたことを落ちたというのではないのですか』
『あー、今のは違うよ。どー言えばいいかなあ』
だんだん犬さんのこのキャラにも慣れてきた自覚がある。
深く考えて回答しなくても勝手に解釈するなり新たな疑問を持つなりするだろうし、ロールプレイを汚されたとか言って怒る感じはなさそうだ。
だから安心して何も考えずに回答できる。
『ヘカトンケイルは地球に住む場所がないからね。落ちたんじゃなくて純粋に消えただけだよ』
お、レアドロだ。
というかドロップ全部私に来てるや。犬さんにはひとつもいかない。これもチーター効果だろうか。経験値だけでなくドロップまで弄れるとかバランスブレイカーすぎる。
『リンスイ。地球に住む場所をもたない私が落ちた場合。私は消えるということでしょうか』
『4日後にはそだねー』
キャラデータは消える。私のリンスイも犬さんも例外はない。さすがにサービス終了したゲームを継続できる技術はないだろう。
『リンスイ。私はまだ消えたくありません。私の役割はあなたが言う地球と呼ばれる惑星の調査です。それが私の存在理由です』
『お、おう。せやな』
指が無意識に今の反応を打ってしまった。
ここはロールプレイに付き合って「そんなっ!」みたいな反応をするべきだったか。
『この世界で消えたくないです。地球に行く方法を教えてください』
「お、おう?」
悲劇キャラに移行してきたか。
メタが若干混ざった悲劇キャラ。創作の世界から脱出を願うキャラときたか。厨二心を擽るやつめ。
しかし一度素に戻ってしまった私のテンションでは付き合いきれない。
『ログアウトっていうか落ちれば地球じゃん』
『私は落ちれば消えます』
『私も落ちたら消えるよ』
『いいえ。リンスイは地球に移動します』
『あー、まあ、そうなる? なら犬さんもじゃん?』
今度は中の人の立場での話ということだろうか。
もうハンドルさばきがキレッキレすぎてついていくのが大変だ。
『いいえ。私は地球に移動できません。地球に家がありません』
中の人の立場じゃないんかい。
『ちょいちょいちょい。犬さんの視点が私さっぱりなんだけど』
『私の視点ですか』
『うんうん。さすがに教えてほしいよ。どうついていけばいいかさっぱりだし』
ここらで路線変更もしくは簡易な説明をください。
『私の視点。私の見えているものでしょうか』
『うーん、そうじゃなくて。犬さんの自己紹介?』
『自己紹介ですか。わかりました』
よし、これなら自然な流れで犬さんの設定を聞きだせる。
それに合わせれるなら合わせて、無理そうなら訂正を入れつつ調整しよう。
『私は42時間前に地球調査のために送りこまれた螟ェ髯ス邉サ縺ョ螟悶?逕溽黄です』
『文字化け起こしたのでワンモア』
『私は42時間前に地球調査のために送りこまれた螟ェ髯ス邉サ縺ョ螟悶?逕溽黄です』
『オッケー☆ 全然わかんない☆』
とりあえず地球調査に来たけど迷い込んだ機人族っと。
中の人については触れるなってスタンスだろうか。しかし先の会話ログ的にも、若干向こうは中の人に触れてるんだからそこもしっかり確認しておきたい。
『つまり犬さんを操縦している人物は地球調査に送りこまれた宇宙人ということでおーけー?』
『訂正があります。私を操縦しているのは私です。私は機械ではなく蝨ー逅?、也函蜻ス菴です』
『なーるほどなるほどー。宇宙人かー』
『そうですね。私はあなたから見れば宇宙人です』
さてここからどうチャットを繋げよう。
そんな悩みの最中、部屋の扉がノックされる。返事を待たずして入ってきたのは弟だった。
「なにさ急に」
「姉ちゃんスマホの充電器貸して! 見つかんなくてさ」
「絶対返してよー? あ、ちょっと待って」
充電器を持って部屋から出ようとする弟を呼び留める。
「見て見て、宇宙人」
「はあ?」
何言ってんだこいつ、みたいな反応をする弟にパソコンを見るよう示す。
ちょっとした話の種になればいいと思っての行動である。
しかし弟のリアクションは予想していたものと全然違っていた。
「宇宙人っていうか、やべー」
「でしょでしょ」
「姉ちゃん疲れてんの? なんか、悩みとか……」
「へ?」
ものすごく可哀想なものを見る目が私に向けられていた。
何故私だ。普通に考えてチャット相手の方にそういう目を向けろ。
「いやいやいや、何その反応?」
「よく独り言しながらゲームしてたけどさ……ゲームの中でも独り言はキツイって……」
「え、ちょ、え?」
「ゲームの中くらい、独り言やめなよ……」
弟は居た堪れないような顔をしながら部屋を出ていった。
「え……? え?」
どういうこと? ゲームの中でも独り言?
パソコンの画面を見る。犬さんとの会話ログが残っている。自作自演ではない。リンスイの前には犬さんが立っている。
これを見て独り言? オンラインゲームというのを知らないのか弟は? いや、そんなはずはない。
じゃあなんで。
まるで昨日のGMのように、犬さんの姿が見えていないかのような反応だ。
「……!」
『犬さん!!』
『リンスイ。どうしましたか』
『犬さんの姿が見えないってどういうこと!?』
『リンスイには見えていないのですか』
『いや、私には見えてるよ! けど他の人には見えないんだけど!』
『それなら良かったです。それが正常です』
どういうこと。
え、私だけが見えるってどういうことだ。イマジナリーフレンドのゲーム版だとでもいうのか。やめてくれ。
『リンスイにのみプロテクト適用外としていますから』
「んん~~~!」
意味がまるでわからん。
なんだプロテクトって。昨日言ってた情報漏洩なんとかってやつか。いや、それで何で誰にも見えなくなるんだ。そんなチーター技術聞いたことがない。ハッキングなんてレベルじゃないこんなの。
いや、まだだ。弟が私をからかっているだけかもしれない。
スマホのカメラモードを起動し、パソコン画面を撮る。
「……わけわからん」
撮れた画像に映るチャットログは、私の独り言のみ。
犬さんの姿も当然の如く、そこにはない。
ちょっともうこれは、異常だ。
ハッキングとかじゃなくてもっとすごい何かだ。
「まさか本当に……」
『犬さんは宇宙人?』
『はい。正確に言えば私は螟ェ髯ス邉サ縺ョ螟悶?逕溽黄です』
知らず知らずのうちに、私は宇宙人と交流を取っていた。
『リンスイ。どうしましたか』
『あー、なんでもない。うん』
宇宙人。相手は宇宙人。
どういうわけか私にだけ見える、宇宙人。
誰かに伝えようにも、伝える手段がない。写真もムービーも、肉眼ですら見えないとなると伝える手段は私の言葉のみだ。だけどその結果は可哀想な人を見る目に終わるだけである。
『えっと、整理してもいい?』
『構いません』
『犬さんは、地球を調査しようとして、地球に降りたら、この世界にいたと』
『はい。間違いありません』
地球に降りたらゲームの中ってなんだ。ラノベか。うっかり宇宙人さんか。
ていうかゲームの中に入るってなんだ。私も入りたいわ。
「ん?」
ゲームの中についてはともかく、ログアウトができないと言っていた。つまり残り4日で犬さんはゲームに閉じ込められる? いや、サービス終了でサーバーストップとなれば、消滅?
あれ? 宇宙人の脅威が勝手に消える?
過疎ゲーが世界を救う展開くる?
「って何言ってんだ私。そんな都合よくいくか。っていうかそもそも宇宙人は何するつもりなの? ほんとに侵略なわけ?」
『犬さんは、地球を侵略? 制圧? とにかく何しにきたわけ?』
『調査です。自己防衛のための戦闘能力は保有していますが争いを生みだしたくはありません』
『めっちゃモンスターと戦ってましたけど』
『襲ってくるのであれば対処します』
『そもそも調査した後どうするの?』
『私の母星と似た環境であれば移住を視野に入れています。ですがそれも侵略等はありえません』
友好的宇宙人? 素直に今の話を信じることができればだけど。
『リンスイ。私は消えたくありません』
『いや、まぁ消えるとは思えなくなってきたけど…』
『本当ですか』
超技術を持つ宇宙人が過疎ゲーのサービス終了で消えるなんて思えないよ。
『私は地球に家を持ちません。強制的に落ちるとなっても消えないのですね。ではどこに私は行くのですか』
『それはわからん』
『リンスイ』
え、怒った? 怖い。
でも本当にわからないし仕方ないじゃん。普通はゲームに入り込めないんだよ。
『それよりも遊ぼう! 消えない消えない! 大丈夫!』
私には考えてもわからないことだ。犬さんが考えてもわからないのならもうそれでおしまいでいいじゃないか。
わけのわからないSF展開なんてついていけない。
そんなわけで、現実逃避も兼ねて再びダンジョン攻略を呼びかけた。
それから3日。
犬さんは消えたくないと言うたびに、私は特に根拠のない慰めをしては話を逸らすように遊びに誘う。そんな繰り返しを重ねていた。
サービス終了まで残り1日。
『リンスイ。残り24時間を切ったのではないですか』
『まあ、そだねえ。明日の16時にサービス終了だねえ』
『リンスイ。今日は遊びには行きません』
『お、おう』
3日の間に実装されているダンジョンはすべて攻略を終えてしまった。未消化だったクエストも達成である。
なのでやることはほとんどない。だから遊びに行かなくても困らないが……いや、一つ困ることがあった。
『リンスイ。私が消えずに済む根拠を教えてください』
これである。
そんなの聞かれても私にわかるはずがない。超技術を持つ宇宙人がサービス終了と共に消滅なんてあるわけねーっていう感想が根拠だけど、そんなので納得してもらえる気がしない。
今まではぐらかしてきたからか、心なしか詰め寄る青年フェイスも怒っているようなグラフィックである。畜生宇宙人のキャラメイクは表情も細かく変えられるのか。リンスイちゃんはデフォルト表情だぞ。常時微笑みだ。
『えっと、犬さん』
『はい』
『犬さんの体は今どこ?』
さすがに今日ははぐらかされないだろう。であるならばそれっぽい会話にしていけばいい。伊達にオンラインゲームをやってないところを見せてくれる。
『私の体はここです』
『この世界にだけ? もう一ヵ所とか…』
『この世界だけです』
『えっと、この世界はあれなんだよあれ。電子世界的な? 肉体はないんよ。だから地球のどっかに肉体があるはずなんだけど』
ゲームの世界なんて恰好良く言うなら、0と1をたくさん組み合わせたプログラムの世界だ。なんかの映画でそんなのやってた。
だから地球に降りた時にどっかに肉体は残っているはずだ。
『私は質量を電子状に変化させることができます。そのためリンスイの言葉は私に適用されません』
いちいち言ってることがよくわからん。
とりあえず何か、データにもなれる体ってことか。便利だなおい。
『リンスイ。地球に体がなければ私は消えてしまうのではないでしょうか。消えたくありません』
「って言われてもなぁ……」
パソコンの前で私は頭を抱える。
明日の16時までに運営を継続するほどの課金を募るとか? いや、もう課金ができないようになっているゲームだ。サービス終了直前まで課金可能ながめつさはない。すでに畳む準備を終えているのだ。
そもそも、サービスが続いたとしても犬さんは強制ログアウトされるだろう。定期メンテナンスによって。
『そもそも入り込めたんだし、出る方法もあると思うけど…』
『私にはその方法の検討がつきません』
「私もないよ」
なんだかんだで大丈夫、とかならないのだろうか。
なんとか、こう。
『あなたにも検討がつかないのですか』
責めるようなチャットログが流れる。
耳が痛い。いや、目が痛い? 全然違う意味合いに聞こえてきそうだ。
「なんだかんだで大丈夫だと思うけどなぁ……」
『その大丈夫である根拠を教えてほしいです』
「んん?」
チャットログが妙である。
私は何も打ってない。打ってないのにこの返答。まるでリアルの私の独り言に反応したかのような。
まさか……
「えっと、犬さん? 聞こえてたり、する?」
『はい。聞こえています』
「……」
まっじかよこいつ。
まじかよこいつ。ここにきて新能力かよ、やめてくれ。
「えっとぉ……いつからそんなことが可能に?」
『昨日から対応しました。突然リンスイが動かなくなったので把握のために』
「まーじかー」
突然動かなくなったって何したっけか。基本的に操作キャラの放置はしないんだけど。するとしたら……
『うー。もれるもれる。とリンスイは言いながら私に声が届かない場所へと移動しました』
あ、トイレか。
こいつ、サイテーである。
というか私のパソコンで音を拾えるとかどういうわけだ。
ひょっとして私のパソコンに棲みついているとかじゃないだろうかこれ。
『犬さんや、女のトイレを指摘するのはやめような?』
『トイレ。排泄ですね』
『おうこの野郎。通報すんぞ』
「っていうか声を聞きとれるってことはもしかして……犬さん、声を出せたりもする?」
恐る恐る聞いてみる。
いくらオーバーテクノロジーな宇宙人でもまさかそんなこと……
「はい。可能です」
「うおお!?」
ビクッとした。思いっきりビクッとした。
急にパソコンから聞き取りやすい音程の青年ボイスが出てくるなんて驚きの余り悲鳴が出てしまった。
「リンスイ。どうしましたか」
「待って止めて恥ずかしいからやめて」
「理解ができません」
『こっちで話して!』
『わかりました』
急にパソコンから青年の声が出てきてしかも私のキャラ名で呼びかけてくるなんて、なかなかに恥ずかしい。耐性がないよ、そんなのに。
せめて本名を。いや、それはそれで恥ずかしい。っていうかそういえば犬さんって他の誰にも認識できないんじゃ……
恐る恐る部屋の扉に目を向ける。するとそこには半開きの扉、隙間から覗くは憐れむような母と弟の目線。
「な? 姉ちゃんのあれやばくね?」
「もうすぐ春休みも終わるのにあの子、学校大丈夫かな……」
「ほっといて!」
『リンスイ。どうしましたか』
とんだ辱めである。
母と弟が退散したことを確認し、扉をしっかりと閉める。今度から独り言は気を付けよう。マジで。
『えっとちなみに、私の姿見えてる? あ、眼帯している方じゃなくて』
『リンスイは眼帯をしていないのですか』
『見えてないな!? あ、見えるようにならなくていいからね!?』
『わかりました』
この分じゃ、その気になれば見えるようになりそうだ。
やめてほしい。リンスイちゃんのイメージを大事に持っておいてほしいから禁止にしておく。
『それよりもリンスイ。あなたが先ほど発言した大丈夫の根拠をお願いします。私は消えたくありません』
『あー、根拠としては弱いかもしれないけど、いい?』
『構いません。お願いします』
事あるごとに消えたくありませんとつけられると、なんだかこちらまで辛くなるのはなんでだろうか。共感性とかいうやつだろうか。
根拠、と言えるものかわからないけど、せめてもと教えることにした。
『宇宙人が過疎ゲーで消滅なんて考えづらいというか、笑い話だなあって』
『私は笑えません』
『ごめんて。でも犬さんの技術はすごいんだよ? そんな技術があって消えるなんて変というか』
そもそも本当にゲームの中なのだろうか。
パソコンからの声の発生があったおかげで、ゲームの中ではなく私のパソコンの中にいるのでは疑惑だ。
それならサービス終了しても問題ない、と思う。このパソコンのどっかに隠れている状態となるだけだ。
『犬さん、もう一度その、電子化? して世界移動的なのできない?』
『すでに現在電子状に変化済みです』
『もしかしたら犬さんはゲームじゃなくて私のパソコンの中にいるだけかもだし』
『どういうことでしょう』
『えっと、ゲームの世界が終わっても、私のパソコンの中にいるのなら消えるわけじゃない的な?』
『では私はどこへ行くことになるのですか』
どこへ……フォルダ内のどっか?
どっかのデータに入りこむとか。なんだかウイルスみたいだ。
『ひょっこり出現するんじゃない?』
『私はこの世界の敵兵器のように出現できません』
『あー、ほら。電子状ならデータみたいなもん、でしょ? たぶん。ならデータ移行するようなもんだよ』
『データ移行。つまり私の体を別の世界へ移し替えるということでしょうか』
『そそ』
『それはどのようにするのですか』
わからん。
って言ったら怒るだろうしなぁ。
『USBとかに、入れて…』
『それに入る手段はどうするのですか』
『あー、なんだっけ犬さんの。プロテクト? 防衛漏洩? 誰にも見えなくなるあれ』
『情報漏洩防止機構でしょうか』
『そそ。それを緩くしたらきっと移動できるよ』
すごく曖昧説得。だけどその可能性は案外高いのではないだろうか。自分で打っておいて自分でも納得してきた。だってその機構が働いて犬さんの情報は動かなかったのであれば、解除すれば動き放題なのでは。
『なるほど。自身のプロテクトが仇となっていたのですね』
『そそそ。だから大丈夫だよ』
『ではリンスイ。あなたのUSBに移行すればいいでしょうか』
マジでできそうだ。宇宙人が持ち運びできるUSB化なのかこれは。
『 』
『犬さん?』
『 』
え、何この反応。もしかしてもう移行した? まだUSB刺してないんですけど。
『プロテクトを解除しました。ですが移れません』
「ちょっと待って待って。今USBを……刺した! オッケー、ばっちこい!」
あ、しまった。また周囲から独り言に見える発言をしてしまった。
『移れません』
『うぇー?』
『 』
また空欄ログだ。
何かしようとしているってことなんだろうけど、画面に表示されている犬さんのキャラは微動だにしないからこちらには全くわからん。
およそ1分ほどだろうか。ようやくログが再び動く。
『リンスイ。お願いがあります』
『内容による』
『私を見捨てないでください』
……
…………超重い。何そのお願い、超重たい。消えるかもっていう状態の宇宙人から言われると重たすぎる。
なんて返せばいいのだこれ。何で急に、いやずっと似たようなことを言ってたから急ではないか。でも改めて思う。激重たい。
なんと打とうか固まっているとまたログが動く。
『もうリンスイは落ちる時間ですね。また明日』
『え、うん』
言われて時計を見れば夕飯の時間に迫っていた。夕飯後にもログインはやろうと思えばできる。
だけどそのことは言わずに私は
『また明日。おつかれさまー』
ログアウトをした後、パソコンをシャットダウンした。
その日の夜、私はもう一度ログインすることはなかった。
ついにサービス終了の日が訪れた。
今日も今日とて朝昼兼用のご飯をもぐもぐと食べる。時間は現在13時。
「あんたねぇ、もうすぐ春休み終わるんだからもっと早起きしな」
「休みと学校とでメリハリが大事だと思って」
終了時間は16時だ。残り3時間しかない。
犬さんは不安でいっぱいだろう。何度も何度も消えたくないと言っていたのだから。
私だって助けられるなら助けたい。今更ながらそんなことを強く思う。でも私にできることなど限られているのだ。私はゲームを書き変えられる天才的なハッカーでもなければ、経営の傾いたゲーム運営会社に投資できる大富豪でもない。
「見捨てないで、なんて私に言わないでほしい……」
気が重い。結局何もいい方法は思いつかない。このままログインすればただ辛いだけじゃないかと思ってしまう。責められるかもしれない。消えない方法を見つけられなかったことを。見捨てる結末になったことを。ならいっそ、ログインせずに時間が経つのを待てばいいのではないか。そうすれば直接責める文字を向けられることはない。
ダメだダメだ。それこそ完全に見捨てることに繋がるのではないか。だけど私が何をしようと、どうしようもないのではないか。それなら私の心に掛かる重荷が少しでも減るように、向き合わずにいてもいいんじゃないか。
自己嫌悪のせいでご飯が美味しく感じれない。お腹が空いているのに、ただ口に運ぶだけとなっている。
「……食べ終わってから考えよう」
私は冷たい人間なのかもしれない。それとも極度なぐうたらか。
いやなことや難しいことは後回しにしてしまう。それに、すでに犬さんを助けることではなく、別れの形をどうするかという考えしか頭に浮かんでいないのだから。
重い気持ちのままパソコンを立ち上げることができたのは、結局15時を回ってのことだった。
あんまりにも遅い行動である。
最後のログインの前に、一縷の望みを掛けてパソコンに声を掛ける。
「犬さん、聞こえてる?」
反応はない。
パソコンの中にいるのであれば、何らかの反応は返せると思ったがやっぱりゲームのほうにしかいないのだろう。
ため息を一つついてゲームにログインした。
今日がリンスイ・N・シャンプーの最後の日となるのだ。
ログインした直後、チャットログが流れる。
『リンスイちゃん、こんこん!』
犬さんではない、違う人だった。
そっか、最終日だから来た人もいるのか。
『こんちゃー。おひさしー!』
『久しぶりだねー! 最後だから来ちゃった。今どこにいるー?』
場所を答えようとして指が止まる。
声は掛けてきていないが、画面に犬さんが映ったからだ。
『内緒-! 最後だからこそ哀愁漂わせて散歩したいからね!』
『なにそれw それなら仕方ない、のか?』
『ごめんw またいつかどっかのゲームで!』
『あいあいw またご縁があればっ!』
会話を終わらせて犬さんの前まで移動する。
本来であればキャラの表情は変化しないのだが、犬さんは驚いたような表情を見せてきた。宇宙人でも驚くのだなあといった感想である。いや、消えたくないと願っていたんだし、普通に感情はあるか。
『犬さん、遅くなってごめん』
『リンスイ。良かったです。ありがとうございます』
『ところで私が現れる前って私の声聞こえたりした?』
『いいえ。聞こえませんでした』
やっぱりダメか。答える術がなかっただけ、というわけではないことがこれでわかった。
『リンスイ。あと50分ですね』
『うん』
『リンスイはこの世界で行きたい所はありませんか』
『へ?』
行きたい所? 何、消えない対策はいいの?
『どこでも大丈夫です』
『え、特には……あ、じゃあ魔女の氷原の海底を見たいかな。侵入不可エリアだけど』
本来入れないエリアを言ってみた。犬さんの技術なら行けるんじゃないかという期待と楽しみたいという気持ち、終わることから目を逸らすために。ちなみに海底には魔女に沈められた船があるとかなんとか。
『わかりました』
場所はわかるんだろうか。そんな心配をしていると犬さんの黒い機械の右手がリンスイの頭の上に移動する。
右手から緑光が走ったと思えば
「ゲーム内のワープとかできちゃうんすか」
『できました』
『そっすか』
魔女の氷原の海沿いまで来ていた。
『入りますよ』
『お、おう。どんとこい』
私が操作しているわけでないのにリンスイが海の中へと移動していく。犬さんに手を引かれながら。実際はそんなモーションがないというのに、他キャラにまで影響を出せるとは。
『おー、ちゃんと沈んだ船がある。スクショ撮っとこ』
『助かります。沈没船が見たかったのですか』
『いや、そういうわけじゃないけど、作り込まれてるなら見てみたいなって。それにここのストーリーは好きだったからね』
『好きですか。どういったストーリーなのでしょうか』
『恋人同士が船に乗って、魔女に沈められちゃうお話?』
『リンスイは趣味が悪いのですね』
『うっさい。こっから色々あるんだよ』
なんだか興味を示しているようなので犬さんに氷原のストーリーを聞かせることにした。
氷原だけでなく、他のマップのストーリーまでついつい語ってしまった。すべてを語り終えた時、私でも犬さんでもないチャットログが流れる。
『残り5分となりました。これまでの間、遊んでいただきありがとうございます』
GMによるゲーム中に反映される世界チャットだった。気づけば残り5分。
「あ……」
『リンスイ』
もう終わってしまう。
私は馬鹿か。何故貴重な時間をストーリーの力説に使ってしまったのだ。もっと他に使い方があっただろうに。
『私を見捨てないでくれてありがとうございます』
「え……?」
『それと私の発言があなたを悩ませていたことを謝罪します』
『もしかして移行ができた?』
見捨てないでくれて、という発言に全力で食いつく。後半の謝罪についてもちょっと引っかかるがそれよりも、だ。
『はい。あなたのおかげです。私が頼む前に実行してくれました』
『よかった!』
ほっとしたのもつかの間、時間が残り1分を切っていた。
私の行いの何が犬さんを助けることができたのかわからないけど、今聞くには時間が少ない。
『これで私は地球の調査に入れます』
『そういやそんな話だったねぇ』
『はい。リンスイは記憶力が乏しいのですね』
『なんかえらく生意気になった…』
残り時間はもう30秒を切った。
『最後にお願いします。移行した私のデータをリンスイが起動してください』
『え、起動ってどうすんの?』
『データを開くという動作をするだけでいいです』
差しっぱなしだったUSBを見る。このUSBの中を見ればいいのだろうか。
残り10秒を切った。
『中を見ればいいってこと?』
『はい』
『わかった! 任せて!』
『ありがとうございます。ではまたいずれ』
「っと……」
画面には「サーバーとの接続が切れました」という表記。時間は16時になっていた。
「1分も伸ばさずバッサリ終了か」
まあ、結構楽しめたゲームだった。なんとも感慨深い。最後なんて宇宙人である。
さてさてっと、その件の宇宙人が移動したUSBドライブをクリックする。
「は……?」
USBの中には何もなかった。
空である。データは何もなかった。元々空だったが、移行した宇宙人データがあるのではなかったのか。それともUSBを開いた時点でオッケーなのか。
「……犬さん?」
恐る恐る声を掛ける。
「ね? 聞こえてるよね? データ移行できたんだよね?」
返事はない。何も返ってこない。
データ移行ができたんじゃなかったのか。まさか、嘘をついた? なんのため? あれほど消えたくないと言ってたのに何で嘘を?
脳裏に浮かんだのは、ある一文。
それは『私の発言があなたを悩ませていたことを謝罪します』という言葉。
私に気を遣った?
「宇宙人のくせに」
最後に海底に連れていってくれたのもその気配りからか。人とは違う癖に、そんな気遣いできるってアピールなんて。
「……変な宇宙人。馬鹿だ。絶対馬鹿だ」
あれだけ消えたくない消えたくないって言っときながら、最後は受け入れるってなんだそれは。SF感動映画か。なんで最後に私なんかに気を遣うんだ。
なんでだ。馬鹿。
それからその日はご飯やお風呂の時以外、ずっとPCの前に座り込んで待っていた。
データ移行ができていると信じて、待っていた。
結局声は聞こえなかった。
4ヶ月が過ぎた。すでに8月、季節は夏。
学校は夏休みである。
あれから私はパソコンを起動はするが、何か新しいゲームを始めることはなかった。ただ起動するだけ。
しかしパソコンから声は出てこない。急に文字が打ち込まれることもない。まるで夢幻だったかのような感覚さえ最近はしてきた。
今日も今日とてパソコンを起動する。
USBも開くが何もないまま。
ふと、ローカルディスクのドライブを開く。多く並ぶファイルの中から目当ての物を見つけ出した。
「あれから4ヵ月なんだよねぇ……」
目当てのファイル。それはサービス終了した件のゲームのファイルだ。その中にはあの時撮ったスクリーンショットやムービーが残っている。
ムービーフォルダをまずは見る。ヘカトンケイル攻略の時だ。私しかいない画面、勝手に倒れて消えていく敵たち。画面に映っていないのに、そこにいた証拠となる不思議な光景だった。
「あーもう……」
今までゲームファイルを開かなかったのは、消えたことを実感したくなかったからだ。
4ヵ月も経ったのならもう平気と思ったのに、案外泣きそうになる。夢じゃなかったという確信が得たせいだろう。
「ムービーはこれだけか……」
ムービー内のチャットログにも犬さんの発言は見えない。便利すぎるだろ謎プロテクト。
次にスクリーンショットのフォルダを開く。昔からよく撮っていた。犬さんと関わる前から。だからいっぱい並んである。その一枚一枚を思いだしながら開いていった。
初めてのGMイベント参加記念、フィールドボスを初めて倒した記念、意味もなく撮った画像。色々出てくる出てくる。古いのから順に眺めていけば、
「あー、あの時のGMだ」
犬さんを通報したときの画像が出てきた。GMとリンスイはいるが、犬さんの姿はない。客観的に見て、この画像は私がやべえ人にしか見えない。
この先の画像は私のソロボス撃破道のものとなるわけか。なんともまぁ、むなしいものだ。
「……え?」
最後の一枚。最後の一枚だけ、違った。
魔女の氷原、その海底で撮ったスクリーンショット。沈没船をバックにリンスイと犬さんの姿が写っていた。
最後の一枚だけが。
いったいなんで、と一瞬悩み、すぐに合点がいった。最後はプロテクトを解除していたんだっけか。それで見えるようになったのか。
「じゃあ、このとき通報してたらGMが対処してたのかな……なーんて」
「リンスイ。それはひどいです」
「……?」
今なんか聞こえた気がする。弟の声ではない。なんだ今の。
「リンスイ。無視というのは良くないです」
またも聞こえてくる声。以前、少しの間だけ聞いた青年の声だ。すぐさまチャットにするよう要求したあの声だ。この声は
「……犬、さん?」
「はい。リンスイ」
ベタな動きだけども頬を抓る。痛い。
「リンスイ。あなたはデータを開くのが遅すぎです。見捨てられたのかと思いました」
「ほっぺた痛い」
「リンスイ。何をしているのですか。それよりこの画像をUSBに移してください。それをすることによって私が持ち運び可能ですよ」
「なんだその売り込み」
笑いながらも言われた通りにUSBに画像を移した。すると今度は声がUSBからするようになる。出鱈目か。
「もうUSBは抜いても大丈夫です。USBを抜いたら床に置いて数歩離れてください」
「何? 手品でもすんの?」
指示通りにすると、USBから謎の発光。ゲーム内ではなくリアルでこんなものを見るとは。
光が収まるとそこには亜麻色の髪をした青年の顔、茶色のコートを身に羽織り、露出している右手と右足は黒鉄の体の機人族。
わっけわかんね。
「リンスイ。リンスイは眼帯をしていないのですね。泣いていたのですか?」
「うっさい。突然のリアルアタックで戸惑いの涙なんだよ」
眼帯はあのゲームでだけだ。というか私は全然違う姿なのにお前はなんでゲームと同じ姿なんだ。オフ会というのはギャップが付きものじゃないのか。
「リンスイ」
「なに」
「私は再びプロテクトをかけました。ですが以前と同じではリンスイの発言は独り言となってしまいます」
「そっか。何か変えたわけ?」
「はい。リンスイ以外には私の姿は柴犬に見えるようになっています」
柴犬て。D0Gだったから犬なわけ? そして柴犬?
それならまだ独り言は緩和されるわけか。でも一体何故このタイミングで。宇宙人だから空気とか読めないのか。
そんなことを思っていると扉が開く音が聞こえた。
弟がいたのだろうか。すでにいなくなっていた。
「リンスイ。また遊びましょう」
「あいよ。っていうか調査はどうしたのさ」
「地球で遊ぶことは調査も兼ねることができます」
「単に遊びたいだけじゃない? それ」
あのゲームでずっと遊んでいた弊害だろうか。だけどまぁ、そんな変な宇宙人が居てもいいか。
「次はチートなしね」
「要望の意味が理解できません」
「私と同じようにやれってこと」
しかしルールを教えるのは大変そうで、それでもまた一緒に遊べることが嬉しい。
家庭用ゲームのコントローラーを渡す。持ちあげては裏から見たり凝視したりと、奇妙な反応を見せる宇宙人に、まずはボタンの説明からしないといけなさそうだ。宇宙人とのコミュニケーションがゲームなんておかしな話だし、ゲームに乗り気な宇宙人も変だ。
だけどまあ、こんな宇宙人がいてもいいかもしれない。
ちなみに弟のやってたSNSで「生き別れの柴犬を泣きながら抱きしめる姉」という動画がバズっていた。
犬さんのプロテクトが強すぎる。私もプロテクトしてほしい。
とにかく動画は即座に削除させた。
注釈を使いこなせない私なりの用語解説。
ID:インスタンスダンジョンの略。つまりはダンジョン。
野良PT:PTとはパーティーの略。複数人で作るグループ。野良はこの場合、見ず知らずの人たちを指す状態。なので見知らぬ人と組んだグループの意。
盾:オンラインゲームに置いてタンクの役割の人物を指す場合に使われる。高耐久キャラで敵の攻撃を一身に受ける人のこと。
ロールプレイ:設定したキャラクターに成りきって遊ぶこと。やっているときのテンションは高く愉しめるが、後から黒歴史と化す諸刃の遊び。
チーター:チート(不正)使用者。チートって本来こういう意味だったはずだよね?
SS:スクリーンショットの略称。つまりは写真みたいな。
BOT:プレイヤーキャラクターだけど中の人がいないキャラ。周囲に人がいようが誰の獲物だろうが無差別に狩りまくるロボットみたいなもん。
www:大草原。面白いことがあった際に使うことが多い。もしくはとりあえず反応を返す時にも使われる。とりあえず笑っとこ、みたいな。
GM:ゲームマスターの略。オンラインゲームに置いては運営のキャラが多い。プレイヤーと運営本社との間に板挟みになる印象。
PC:パソコンのこと。