比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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……ああ、そうだな。出来ることなら――

――【俺】は、木になって死にたい。


寄生星人編――⑩

 

 レジー=ペテルド=バルトマールは“天才”である。

 

 知能指数は213を記録し、幼少期からその才覚を遺憾なく発揮した。

 数多くの奇跡を起こし、そして当然のように――人格を破綻させていった。

 

 明確なきっかけは存在しない。少なくとも本人は覚えていない。

 もしかしたら彼にも純粋な心を持っていた頃もあったのかもしれないし、美しい笑顔を振り撒いていた時代もあったのかもしれない。

 

 だが、レジー=ペテルド=バルトマールは、弱冠十三才にして世界最高峰学府より博士号を獲得し、レジー博士と呼ばれ始めた頃には、既に彼は完成していた――既に彼は崩壊していた。

 ニタニタと、あらゆるものを嘲笑うかのような笑顔のみを浮かべ、真っ黒な己を隠すように白衣を靡かせる、狂気のマッドサイエンティストとして。

 

 博士号を獲得した翌年、十四才となったレジー博士は――博士号を剥奪され、ただのレジーとなった。

 彼の天才児の名は、科学界に轟いた――蔑するべき、悪名として。

 

 科学界とは、人間という種族の進化の最先端が切り拓かれていく場所だ。

 人間という種族の強さが、人間という種族の恐ろしさが、人間という種族の醜さが――人間という種族の全てが、そこにはあり、そこに集結する。

 

 そんな世界で栄華を極めたレジー博士という天才は、まさしく人間という種族を体現していたのかもしれない。

 

 この世界で最も、人間らしい人間。

 この世界で最も、人間という言葉に相応しい存在。

 

 だからこそ――人間は天才を拒絶した。

 

 嫌悪した。蔑視した。恐怖した。

 彼という天才を、レジー=ぺテルト=バルトマールという存在を、人間とは認めなかった。

 

 同じ存在だとは認めなかった。

 ()の天才が、このような存在が、誰よりも人間だと――認められなかった。認めたくなかったのだ。

 

 人間という種族が――こんなにも恐ろしく、こんなにも醜く、こんなにも気持ち悪く、こんなにもおどろおどろしく。

 

 こんなにも化物なのだと、絶対に認めるわけにはいかなかった。

 

 弱冠十四才の天才少年は、誰よりも人間だったが故に、人間達から仲間外れにされた。

 

 

 

 そして――某年某月某日。

 

 とある真っ白な研究室が、何十人もの大人達の血液で真っ赤に染め上げられた惨たらしい事件が起きた。

 

 唯一残されていた手掛かりは、たった五秒間の監視カメラ映像。

 

 そこには、真っ白な白衣を真っ赤に汚した少年が、自らを映すカメラに向かって――ニタリと。

 

 まるで化物のような笑みを浮かべて、大きく、分かりやすく、こう伝えていた。

 

 

――『ワタクシこそが、人間だ』

 

 

 その日、一人の天才が、世界から姿を消した。

 

 レジー=ぺテルト=バルトマールという名は、どんな記録にも残されていない。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 無数の機械腕が、闇の世界から飛び出るように、闇の世界へと引きずり込むかのように、次々と陽光達に向かって襲い掛かって来る。

 

 だが、これまで幾度となく“無数の”という表現を使用しておいて申し訳ないが、当然ながらそれは無数に存在しているわけではない。

 レジー博士が背負うあの銀の立方体の体積から考えると物理的に到底有り得ないような本数の機械腕であることは間違いないが、それでも文字通りの千手とはいかないであろうことは明確だ。それどころか百にも満たないだろう。

 

 この『怪物兵装(エイリアンテクノロジー)』のモデルとなった、レジー博士が画面越しの情報のみしか得られなかったと嘆き、いつかこの眼で対面することを切望している千手観音の姿をした謎の星人も、文字通りの千手を携えていないことは、画面越しの粗い記録映像からも明らかだった。

 むしろ、単純な腕の数ならば、この機械腕の怪物兵装(エイリアンテクノロジー)の方がずっと多いだろう。

 

 だがそれは、あの千手観音が所持していた数々の摩訶不思議な、まさしく星人の異能としか思えないようなテクノロジーの武具に、それらを模倣した己の兵装(さくひん)が及ばないことを確信しているレジー博士の心の表れともいえるものだ。

 

 謎の千手観音は、数多くの戦場で腕を鳴らし、数多くの戦争で名を轟かせた、勇者とも呼ぶべき歴戦の黒衣の戦士(ハンター)達を、たった一体で全滅させてみせた。

 一匹の犬(機獣)の視点で残されたその記録映像は、当然ながら作品としての体裁は保たれておらず、必死に逃げ惑い、恐慌で揺れ動き、ピントすら碌に合っていなかったが――その戦闘は、いっそ美しくもあった。

 

 それほどまでに、あの千手観音は強かった――その強さに、正しく化物に相応しい強さに、レジー博士は魅了された。

 

 黒衣の特殊繊維すら容易く断ち切る宝剣。

 肉も骨も残さず一緒くたに溶かす水瓶。

 自由自在に空中を飛び回る錫杖。

 光の速さで闇を切り裂く灯篭。

 そして――時を戻す鏡。

 

 どれもこれもが、余りにも情報が足りないということもあるが、現在の人間の科学力では、真似は出来ても模倣にすら届かない高みにあるテクノロジー。

 

 レジー博士も全力で挑んだが――結果。

 

 宝剣は量産品のガンツソードで応用し。

 水瓶は皮膚を溶かすのが限界の強酸で妥協し。

 錫杖は対象を捕捉した上での追尾機能を持たすのが精一杯で。

 灯篭はただ直線状に突き進む軌道のレーザーのみしか放てず。

 そして、鏡は――。

 

 勿論、兵装としての完成度の上昇を諦めたわけではない。

 クオリティで劣る分を数でカバーすべくありとあらゆる武具を持たせた腕を用意し、灯篭には切り札としてチャージ機能による威力の増大を可能にした。

 結果として、現在に至るまでに完成しているどの兵装よりも、戦闘力においては最強と自負出来る仕上がりにまで高めることが出来た。

 

 だが、それでも、この兵装が未完成品であることは、決して成功作品ではないことは否めない。

 これほどまでに、天才である己の能力をつぎ込んでも、未だ辿り着くビジョンすらも見えない。

 

 だからこそ、レジー=ぺテルト=バルトマールは、追い求める。

 

 誰よりも人間であるものとして。誰よりもまっすぐに、星人(ばけもの)に向かって手を伸ばすのだ。

 

 全ては、人間を愛するが故に。誰よりも――人間(おのれ)を真摯に愛するが故に。

 

「ワタクシは! 全ての星人(ばけもの)を超えてみせる! 人間として!!」

 

 無数の機械腕が陽光達に向かって襲い掛かる中――小さな人間の両手に。

 守るように抱きかかえていた、銀色の小さな黒い火を照らす、その小さな灯篭を。

 

 レジー博士は、掬い上げるように、宵闇の空に向かって放り投げた。

 

 くるくると回転しながら宙を舞うその灯火(ひかり)に、迎撃態勢を整えていた『彼女』達が一瞬目を奪われ――そして。

 

 

 一斉に、眩い破壊が振り撒かれた。

 

 

「ワタクシこそが!! 人間だッッ!!!」

 

 鳥から空を奪ったように。魚から海を奪ったように。

 

 動物から山を奪ったように。神から地球を奪ったように。

 

 他者の全てを学び、奪い――そして超える。

 

 全ての強さを手に入れる弱者。

 

 傲慢で、強欲な、醜き簒奪者。

 

 レジー博士は、笑う。

 

 

 我こそが――人間だと。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 火影(ひかげ)(かぶと)は“半身”である。

 

 ここでの火影兜とは、所謂“女王の番犬(クイーンガード)”という二つ名を所持する寄生(パラサイト)星人であり、『彼女』と――【彼女】と最も長く、最も深く、共に戦い、共に寄り添い、寄生(パラサイト)星人という名でカテゴライズされるまでに同族達を纏め上げた、いわば創設メンバーである古株の青年の名前である。

 

 当然、本名ではない。

 名前というものに執着しない寄生(パラサイト)星人の例に漏れず、数多くの名を使い分けて来た『彼』――【彼】にとって、少しだけ特別な名前ではあったが、それでも、【彼】にとっての本名でも、偽名でもない。

 

【彼】は、名前を持たない。自らに名前を付けることをしない。

 だが、どうでもいいとどんな名前でも許容することはしない――明確に、只唯一の名を持つことを禁じている。

 

 火影兜は、雪ノ下家に潜入する際に【彼女】より贈られた、最も使用歴の長い名前ではあるけれど、それすらも、仕事時以外は【彼女】にすらその名前で呼ばれることを拒んだ。

 

 それは、ただ一つの敬意に他ならない。

 

『彼女』にとって――【彼女】にとって、[彼女]が余りにも特別な存在であるように。

 

『彼』も――【彼】もまた、[彼]を一つの生命として認め、尊重している、余りにも珍しい寄生(パラサイト)星人の一人だった。

 

 

 

【彼】の宿主となった[彼]は――死んでいるかのような浮浪児だった。

 

[彼]には何もなかった。

 親も、家族も、名前も――生も。

 

 宇宙から飛来し、宿主を本能で探していた【彼】が体内に入り込んだ時点で、[彼]は既にその身体機能の殆どが停止していた。

 

 このまま死亡すれば、死因は餓死と診断されるだろう。

 瘦せ細り、殆ど骨と皮しか残っていないかのような有様の少年は、じめじめとした不衛生な路地裏で、生ゴミの詰まったポリバケツに向かって手を伸ばした体勢で這いつくばったまま死に掛けていた。

 

 既に思考機能は停止していて、恐らくは只の本能故の行動だったのだろう。

 知性に引き寄せられる筈の寄生(パラサイト)星人であるにも関わらず、こんな個体を宿主に選択してしまった『彼』は、恐らくは“失敗”したのだろう。

 

 今はまだ本能による行動の最中であるが故に気付かないが、このまま脳を乗っ取り、知性が芽生えたその瞬間に、己の失敗に気付くに違いない。

 そして、その死に掛けの身体をどうにか動かして路地裏を飛び出し、生存本能の働きに身を任せるがままに、すれちがった人間(どうぞく)達を貪り尽す羽目になるに違いない。もし、飛び出た先に人間がいなければ、そのまま余りにも短い生涯を終える羽目になるだろう。

 

 そう――その筈だった。ただそれだけの、愚かな“失敗”談で終わる筈だった【彼】と[彼]の邂逅は、二つの大きな特異点があった。

 

 一つは――【彼】が普通ではなかったということ。

 それは寄生(パラサイト)星人という化物だということではない――普通ではない寄生(パラサイト)星人の中でも、【彼】は群を抜いて普通ではなかった。

 

【彼】もまた、化物の中の化物だったのだ。

 

 見知らぬ名も無き少年の耳から侵入した【彼】は、そのまま本能に導かれるがままに脳を食らい、死に掛けの少年を呆気なく絶命させた。

 死に掛けの少年は、あっさりと、ゴミ捨て場で生ゴミに向かって手を伸ばしながら死んだ――最終的な死因は餓死ではなかったけれど、およそ人間として限りなく惨めな死に様ではあった。

 

 そして、【彼】はそのまま脳を乗っ取り、首から上を完全に己の細胞と置き換えて――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これは極めて異例であり、本来ならば有り得ざる異常事態だった。

 

 本来の寄生(パラサイト)星人は、頭部を――正確には脳を乗っ取ることで、その宿主に寄生し、明確な生を得る。

 そして、首から上の頭部を己の細胞と置き換えて同化し、全身を操る権利を強奪し、宿主の生命を乗っ取り――化物として完成する。

 

 つまりは、首から上は化物だが、首から下は宿主の身体のまま――人間のままの筈なのだ。

 

 もう二度と自らの意思で動かせないのだとしても、脳を乗っ取られることで痛みも殆ど感じないとしても、リミッターも外され己を破壊するような性能を引き出されるのだとしても、それでも、人間のまま、化物に使われていく筈だった。

 ただ栄養を頭部へ送る為の器官として、化物を生かす為の装置として使用されていく――筈だった。

 

 だが――【()()()()()()()()()()()()

 

 首から肩へ、肩から胸へ、胸から胴へ――。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 肺も、胃も――心臓も。

 

 化物へと――生まれ変わっていく。

 

 死んでいた人間の身体が、化物の産声を上げていく。

 

 通常の寄生(パラサイト)星人が、何故、脳のみを乗っ取るだけで収まるのか。

 

 これより後――寄生(パラサイト)星人の長となる【女王】は、数々の仮説を挙げることになる。

 脳を乗っ取るだけで精一杯なのか、はたまた脳による随意筋の筋組織の操作方法を学習することは出来るが内臓などの不随意筋までは掌握することは出来ずに栄養補給の為に残すのか――だが、少なくともそれらの仮説を、【彼】だけはこの時、覆してみせた。

 

 脳を乗っ取った勢いそのままに、首から下へと侵食の手を伸ばし、頭部のみならず随意筋や不随意筋の取捨選択すらせずに筋肉や内臓をそのまま寄生細胞体へと塗り替えて、頭から順々に「考える筋肉」へと変貌させていく。

 

 この時――もし、という、可能性が、一瞬の刹那のみ、確かに生じた。

 

 この時までに、そしてこれから先に、数多くの寄生(パラサイト)星人が地球という惑星で誕生した。

 他の星に寄生(パラサイト)星人のような化物がいるかどうかは定かではないが、少なくとも地球においては、寄生(パラサイト)星人は寄生(パラサイト)星人しかおらず、そして、後にも先にも、【彼】のような存在は、存在しなかった。

 

 首から下を侵食する寄生(パラサイト)星人。内臓をも化物の色に染める寄生(パラサイト)星人。

 それは【彼】が、あの【女王】にすら不可能だった偉業をも成し遂げられる可能性を秘めた、寄生(パラサイト)星人という化物の根底を揺るがす才能を持った特別体であるという何よりも証拠だった。

 

 そう――()()()

 だから、これは――()()、だ。

 

 もし、【彼】が選択した宿主が――[彼]ではなかったら。

 

 ゴミ捨て場で、骨と皮に近い痩せ細った状態で、生ゴミに手を伸ばしながら這いつくばった体勢で死に掛けていた、[彼]という人間でなかったのなら。

 夢も、希望も、思い出も、名前すらも無かった[彼]という人間でなかったのなら。

 

 もしかしたら――生まれていたのかもしれない。

 

 内臓すらも化物の色に染めることの出来た[彼]が、そのまま下半身も――生殖器官も化物に、寄生細胞体へと塗り替えることが出来ていたのなら。

 寄生(パラサイト)星人という遺伝子を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが――そんな可能性が、生まれていたのかもしれない。

 

 これは只の可能性に過ぎない。

 例え生殖機能を塗り替えられたとしても、生まれてくる子供はやはり混血種(ハイブリッド)の半端ものに過ぎず、雌の個体に寄生した【彼】のような特別体が生まれない限り、寄生(パラサイト)星人の完全なる子孫は残せず、そのまま衰退していく運命から逃れられない欠陥種族のままだったのかもしれない。

 

 そして、この――もし、は。そのまま、もしという可能性のままで終わった――消えた。

 

 この【彼】と[彼]の邂逅が、只の“失敗”談で終わらなかった、もう一つの理由。

 

【彼】が、普通の寄生(パラサイト)星人ではなかったように。

 

[彼]もまた――普通の人間ではなかった。

 

 骨と皮に近い状態に成り果てるまで瘦せ細り、餓え藻掻き、苦しみ悶えて、遂には湿った薄暗い路地裏で、誰にも見られることなく、ゴミ捨て場の生ゴミに向かって、這いつくばりながら手を伸ばして――最終的にはあっさりと死んだ、救いようもなく惨めな少年は。

 

 寄生(パラサイト)星人に唯一生まれかけた希望を。人間にとっては悪夢に等しい絶望を。

 

 打ち砕く、強さを秘めていた生命だった。

 

 ()()()――()()()()

 

 化物に創り変えた上半身を起こした――『彼』は。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 後に【彼】は、【彼女】にこう語る。

 

 恐らくは、【俺】は[(コイツ)]に、負けたんだ――と。

 

 名も無き[彼]は。

 秘めた強さを終ぞ発揮する機会も与えられないままに、惨めに呆気なく死亡した[彼]は。

 

 己が身体の全てを奪おうとした化物を。何も残せなかった己の、人間としての死すらも踏み躙ろうとした許されざる侵略者を。

 

 死して尚、理不尽と戦い――そして、遂に、勝利したのだ。

 

 故に――火影兜は、“半身”である。

 

【彼女】の――『彼女』の片割れとして、右腕として――半身として、戦い続けてきた【彼】は――『彼』は。

 

 化物の上半身と、人間の下半身を持つ、雪ノ下陽光(ひかり)や『彼女』とはまた違った形の――この世に一つしかない『混合種(キセキ)』なのだ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 闇夜を漂い、くるくると回りながら、銀色の灯篭は三百六十度に破壊の閃光を放つ。

 

 それはまるで、閃光の豪雨。

 頭上から降り注ぐ眩いレーザー光線群に、『彼女』達は目を見開き、息を呑んだ。

 

 が――『彼女』と陽光は、雪女の血を引く冷たい頭脳を持つ母娘は、一瞬の硬直の後に直ぐに気付く。

 

 これは、悪手だ。

 確かに強力無比な恐ろしい攻撃だが、これでは自分まで等しい危険に晒されてしまう。

 あれは三百六十度に向かって放たれるからこそ脅威となり得るが、三百六十度逃げ場を失くせば、今度は己もレーザー光線を浴びるリスクを被ることになる。それならば、自分の手元から固定砲台として、こちらに向かって一発一発を狙い撃つか、横一面に掃射する方が余程脅威だし、何より一方的に捕食者になれる。

 

 にもかかわらず、あの天才は天からの無差別攻撃を選んだ。

 

「!?」

 

 そんな二人の疑問に答えるように、降り注ぐレーザーの弾幕の向こう側に、『彼女』達は垣間見た。

 

 一斉に攻撃に向かってきたと思っていた無数の機械腕――そのおよそ半分が、レジー博士を取り囲むように、ドームを作るかのように奴の手元に戻っていた。

 自らの手であんなにも分かりやすく灯篭を打ち上げたのは、『彼女』達の意識を逸らす為――そうして圧倒的な攻撃手段の構築と共に、己への確実な防御手段の構築を同時に進めていた。

 

 横からの平面掃射ならば、恐らくは再びあの氷の盾で防がれると踏んだのだろう。それ故に、自慢の一品である機械腕の怪物兵装(エイリアンテクノロジー)――その半分を失うことを覚悟しつつ、超短期決戦を選択したのだ。

 

 頭上を守るには、氷の盾ではなく氷のドームが必要だ。

 死に瀕した混合種と、半端ものの混血種にとって、どちらがより負担になり、死期を早めることになるかは自明の理――極限まで追い詰められている『彼女』等にとってそれは、正しく致命的な負担となるだろう。

 

 それは偏に、レジー博士がそれ程までに『寄生女王(パラサイトクイーン)』を評価していたということに他ならない。

 こと戦闘力においては、寄生(パラサイト)星人としては上位個体ではあっても、決して上位種族には比べるべくもない存在であった『彼女』は、それでも、一個体としてはそれなりにその名は星人界では轟いている。星人について誰よりも熱心に調査を続けていたレジー博士の耳に、幾つもその逸話が届く程に。

 

 それは、レジー博士にリスクを孕んだ短期決戦を選択させ得るに値する奇跡の数々だった。

 裏世界にどっぷりと浸かり、表の世界で死んでから、裏の夜の世界で生き続けてきたレジー博士は、知っている。

 

 この世界には、いるのだ――“特別”な存在が。

 特別な役割を与えられ、特別な役どころを演じる能力(ちから)を持つモノ達が。

 

 物語を歩み、物語を紡ぎ、物語を生きるモノ達が。

 

 誰しもが誰かにとっての特別だ。みんな違ってみんないい。

 そんな素敵な言葉の外側の住人達が、世界には、確かにいるのだ。

 

 誰しもにとっての特別で、みんなよりも明らかに格上の、この世界にとっての重要度が違う存在が、その他大勢で括れない重要登場人物(ネームドキャラクター)になり得る素質を秘めた存在が、世界には明らかに存在する。

 

 己は世界で最も優れた人間だと、この世で最も価値ある存在だと、そう心の底から自負していた天才は、ある日それを思い知った――()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ、レジー博士は殺し急ぐのだ。

 それは――感じているから。

 この死に掛けの化物に。雪女と寄生獣の血が混じった虫の息の怪物に。

 

 追い詰め過ぎてはならない。殺すなら一息に容赦なくだ。追い詰められれば追い詰められる程、万物は“奴等”に味方する。奇跡が、物語が、世界が――“奴等”を生かそうとする。

 

 真偽などどうでもいい。そうかもしれない――そう思わせる程の可能性だけでも十分に危険だ。

 その片鱗だけでも、自分のような凡人(モブキャラ)にとっては、殺したくなるほどの羨ましい――才能なのだから。

 

「……死ねッ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!」

 

 だが――見逃していた。

 

「――社長」

「……え?」

 

 レジー博士は、その光を見た時から、『彼女』達の輝きに目を奪われていた。

 

 雪女の身体に寄生し、これまで数々の奇跡を引き起こしてきた傑物である『寄生女王(パラサイトクイーン)』の二つ名を持つ『混合種(ミックス)』。

 そんな『彼女』の血を引く実娘であり、人間と雪女の半血(ハーフ)である、雪ノ下陽光(ひかり)という『混血種(ハイブリッド)』。

 

 共に生まれながらにして奇跡の存在であり、世界にとっても特別な存在となり得る才能と可能性を持っていた――目を潰さんばかりの輝きを放つ、眩い太陽のような原石。

 

 

「先に()くぜ」

 

 

 だからこそ――見えなかった。

 

 その存在は知っていた。その脅威も知っていた。

 例え『彼女』の影に隠れていたとしても、その逸話が『彼女』の伝説の添え物のような扱いだったとしても――決して、『彼女』の輝きに打ち消される程度の存在ではなかった。

 

 どれほど眩い光の傍でも、常に影は寄り添ってきた。

 

「死ねッ!! 死ねッ!! 死ねッッ!! 死ねぇぇええッッッい!!!!?」

 

 光の背後――陰から、光を背に浴びて――影へ。

 

 まるで光を守るように。まるで光から守るように。

 頭上から降り注ぐ閃光を防ぎながら――影は真っ直ぐに伸びていく。

 

 機械腕の森を、縫うように――枝分かれし、伸びて、伸びて、敵を捕らえた。

 

 それは――()()()()()

 

 人間の下半身から伸びた、化物の上半身が変化した、一本の大樹だった。

 

 まるでたっぷりの光を浴びて伸び伸びと成長したかのような、樹木のような男が作り上げた、化物が成り果てた奇跡の大樹だった。

 

 寄生(パラサイト)星人は、己が細胞と――寄生細胞体と同化した部位を変形させることが出来る。

 通常の個体は頭部。寄生部位を失敗した個体は各々の寄生した――右手などの――部位を、変形させることが出来る。

 

 一部の――【彼女】のような――例外を除いて、寄生部位以外の肉体は変形させることは出来ない。【彼】の場合、変形出来るのは上半身だけだ。

 

 そして、“変形”にも、限界がある。

 寄生部位を伸ばしたり、裂かせたり、鋼鉄のように硬くしたり――といった“程度”だ。そして、あくまでも身体の形を変えているだけなので、本体と切り離すことも出来ない。

 腕を刃に変えたり、翼を作ったりすることは出来るが、全く見知らぬモノに変形することは出来ず、またそれが複雑かつ大規模になればなるほど、変形のクオリティは寄生(パラサイト)星人本体の資質に依ることになる。

 

 早い話、規格外の変形を行う為には、規格外の莫大なエネルギーが必要となる。

 

 正しく、命を削るほどの死力を振り絞り――()()()()()()()()()()

 

「――ッ!? あなた……火影(ひかげ)……ッ! (カブト)!!」

 

『彼女』が――【彼女】が叫ぶ。

 普段は呼ぶことを禁止されている『彼』の名前を――自分が贈った、【彼】の名前を。

 

 ガスッ、ガスッと火影の両足が勢いよく地面に埋まった――まるで根のように。

 

 その間も上半身は、すくすくと、伸び伸びと成長を――生長を続ける。

 機械腕のドームの間に枝を滑り込ませ、銀色の半球を内側から破壊した。

 

 その中から飛び出したのは、不気味な大樹に――【彼】に捕らえられた白衣の黒衣だった。

 

「グァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 四肢を(つる)で縛り上げられ、やがてその蔓は伸びてきた大樹の幹と同化した。

 それに巻き込まれるかのように、レジー博士の身体も幹の中へと沈んでいく。

 

 既に大樹の先端は、山林を上から見下ろす高度となっていた。

 灯篭が回っていた地点よりも、ずっと高い場所まで成長した大樹の、天辺付近にレジー博士は晒されている。

 

 気が付いたら、大樹の成長が――生長が止まっていた。

 周囲の山林と比べても、まるでそれらの木々の王であるかのように、別格の巨大さで君臨する不気味な大樹。

 

 それを支えているのは、決して筋骨隆々ではない人間の青年の下半身。

 およそ滑稽ですらあるこの不可解な光景を、呆然と眺めていた豪雪と陽光だったが、やがて陽光が恐る恐る、『彼女』に向かって声を掛ける。

 

「……あ……これ……庭師、さんが? すごい、けど……とりあえず……戻って、アイツが死んでるのか、確認――」

「――無理よ」

 

 娘の言葉を遮って、『彼女』は――【彼女】は、大樹と変わり果てた上半身を――ずっと影として己に寄り添い続けた【彼】を、労わるように、そっと触れた。

 

「もう、死んでるわ」

 

 触れた幹は、まるで植物のように冷たかった。

 

 

――【私】が氷のようならば、あなたはまるで樹木のようね。

 

 

 昔、とある日。

 

 庭師の職務中の『彼』の元を不意に訪ねた『彼女』は、ぼんやりと自らが世話をする桜の木を見上げていた『彼』に向かって、こんなことを言った。

 

 その時『彼』は、背後から近づいてきた『彼女』の方を振り向いて一瞥した後、再びぼんやりと無表情で木を見上げて、こう呟いたのを、『彼女』はこんな時に思い出していた。

 

 

――……ああ、そうだな。出来ることなら、【俺】は木になって死にたい。

 

 

 太陽が昇り、くっきりと大木によってできた影を浴びながら、『彼』は――【彼】は、そう言っていた。

 

 

――どっかの誰かが、安らげる影を作る。どっかの誰かの、寄り添える支えになる。ほら、木って素晴らしいじゃねぇか。

 

 

 そう言って、珍しく、あの【彼】が、微笑んでいた。

 

 やっぱりそれは、温かい――樹木のような笑みで。

 

「…………バカ」

 

 娘に見せないように背中を向ける【彼女】の声は、肩は、小さく震えていた。

 

「……もういいわよ。……お願いだから、もう休んで」

 

 いつだって、どこだって、【彼】は傍にいてくれた。

 

 初めて出来た仲間だった。それ以来ずっと一緒だった。

 

 相棒で、副官で――ずっと、【私】の、“半身”で。

 

「――――」

 

 そっと、幹に額を付けて、口付けをした。

 

 すると、大樹はゆっくりと傾き始める――根を張っていた下半身が、まるで腰を下ろすかのように、座り込んだのだ。

 ちょっとだけ休むと、そう言うように。【彼女】はクスリと微笑んだ。

 

 尻餅をつくかのように座り込んだことによって、大樹は斜めに傾いたが、それでも倒れ切ることなかった。

 

 まるで発射台のように――死刑台のように。

 大樹の天辺、登り切った先に。

 

 殺すべき人間が――そこいる。

 

 目を上げた【彼女】の――『彼女』の、その視点の先に――磔の人間の、口元から血を流すレジー博士の、それでもニタニタと笑う天才の、その手元に。

 一本の、生き残った機械腕が――眩い灯篭を届けていた。

 




 その男は――影だった。

 眩く輝く光の傍で、常に寄り添い続けた影だった。

 その男は影だった。樹木のような男だった。

 相棒で、副官で、番犬で、右腕で――“半身”だった、その男は。

 己を照らし続けた太陽を、己を生かし続けた女王を。

 守り、支える――影となる為に。

 男は、大樹となったのだ。


――……ああ、そうだな。出来ることなら、【俺】は木になって死にたい。

 
 温かい――樹木のような笑みを浮かべていた男は。

 愛する女を守る為、大樹となって死んだのだ。

 太陽のような雪女と、ずっと傍に居る為に。
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