比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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――帰ろう。我らが暮らす、常夜の世界へ。


妖怪星人編――87 明け星

 

 ずっと、この時に、死ぬ為に生きていた。

 

 羽衣が『不死の鍵の生命』であることは、母である『葛の葉』がそのまま本人に伝えていた。

 

 あなたの生命はあの人の生命――だから、死んでも、死んではダメよ、と。

 

 死の直前まで、葛の葉は羽衣のことを、愛する人の生命の予備のように見ていた。

 

 己と将門との愛の結晶だと――文字通り、無機物のように、記念品のように扱っていた。

 

 いつか、自分は必ず殺される時が来る。

 それが母である葛の葉に取り込まれる時なのか、それとも魔人を殺す為に英雄に殺されるのか――その二つに一つだと。

 

 そんな自分の心を見透かしたように、救ってくれたのは――あの御方だった。

 

――私も、お前も、初めから使命を……使い方を定められた命として生まれた身だ。

 

 初めから最期が決まっている誕生。

 

 だが、それは、所詮、生まれてから死ぬまでの運命だと。

 

――待っていてくれ。その場所で。全てから解放された時、私達の自由が始まるのだ。

 

 そう――言ってくれた人がいる。

 

 だから、死ぬのは怖くない。

 

 私は、この世界で最も幸福な生命だ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 私を殺して下さい――そう言って、目の前で微笑む白き狐耳の美女に。

 

 鴨桜は、ゆっくりと目を開けながら、問い掛ける。

 

「――何で、俺なんだ?」

 

 睨み付けるように言う鴨桜に「いいではないですか」と羽衣は笑いながら言う。

 

「そもそも、あなた達の今回の戦争参戦の目的の一つに、実績作りがあった筈です。戦争の終止符をその手で打つというのは――この上ない、実績になりませんか?」

 

 確かに、総大将の息子ながら人間との半妖である鴨桜の百鬼夜行二代目襲名における実績作りとして、今回の妖怪大戦争を利用しようという声はあった。

 

 だが、実際に戦闘した幹部級の妖怪は鞍馬天狗のみで、かの妖怪を仲間に引き入れたのは総大将であるぬらりひょん自身だ。

 

 化生の前も止めを差したのはぬらりひょんであり、鴨桜率いる二代目派閥は、此度の妖怪大戦争において確固たる戦果は残せないでいる。

 

 だから、最後の美味しい所はお前にやると言われて「………ふざけんなよ」と、鴨桜は羽衣の胸倉を掴み上げた。

 

「そんなもんをテメェの命と一緒にぶら下げられて、ありがとうございますとでもいって俺がほいほい食いつくとでも思ってんのか……っ!」

「………そうですよね」

 

 あなたはそういう方ですよねぇ――と、羽衣は苦笑しながら言う。

 

 激昂する鴨桜に、「いや、この場面での適任はお前なんじゃ――鴨桜」と、宥める。

 

「儂ではない。犬神でも、士弦でもない。お主じゃ。お主じゃからこそ――狐の嬢ちゃんは、己を殺してくれと頼んどる」

「……どういうことだ。これが、お情け以外の何だってんだ」

 

 鴨桜は、此度の戦争で、自分自身の未熟さを、これ以上なく思い知っている。

 

 自分がいかに足りなかったか――そして、目の前の父親が、どれほどに偉大だったか。

 

 百鬼夜行の二代目にどうしてもなりたいなどとはこれっぽっちも思っていない。

 だが、それでも、この背中を継ぐ日が来るのだとすれば――それは、己の確固たる力で、成長して得た確固たる実績で、周りを納得させなければ意味がないと思っている。

 

 こんな、誰でもいいからやってと言われて手に入れる実績など、屈辱以外の何物でもない。

 

 そう吐き捨てる鴨桜に、ぬらりひょんは言う。

 

 優しい笑顔で――その黒と桜の斑髪を見詰めながら。

 

「今こそ、必要なのじゃ。お前の中に流れている――『人間』の」

 

 我が『愛』――『桜華(おうか)』の力がな。

 

 そう、ぬらりひょんは、本当に美しいものを眺める表情で言う。

 

「……母さん、の?」

 

 鴨桜は羽衣から手を離しながら、その目を真っ直ぐに見詰めて言う。

 

「我が兄にして我が主、安倍晴明(あべのせいめい)様は見透かしていました。……まぁ、そこの総大将殿が兄の下を訪れる度に漏らす惚気話から教わったことも多分にありますが」

 

 羽衣はそう苦笑しながら、笑みで応えるぬらりひょんと目を合わせて――再び鴨桜に向き直る。

 

「あなたの母君――『桜華』殿は、逝去した人の魂を極楽浄土へ送る異能をお持ちだそうですね」

 

 鴨桜の母にしてぬらりひょんの妻――桜華は、亡くなった人の魂を極楽浄土へ送る僧の一族に生まれた少女だった。

 

 彼女は、父や兄がそうしていたように、亡くなった方がいると遺族と共に心から哀しみ、その魂が極楽浄土へ行けるように祈る日々を送っていた。

 

 そして、ある日――安倍晴明が、彼ら一族の元を訪れた時。

 

 少女であった桜華が祈りと共に送った『魂』が、()()()()()()()()()()()()()ことを見透かした。

 

「桜華殿が死者の魂を送っていた『極楽浄土』とは、『魂』だけが侵入(はい)ることを許される異空間だそうです。そういった空間を知覚し、接触することが出来る才を持つ人間が稀に現れると、兄は見透かしました」

 

 例えば、己の中に心の核のみが存在する精神空間を持つ異能力者もいるように。

 

 桜華の場合は、魂だけを異空間に送り込める異能を持っていた。

 

 その異空間は『極楽浄土』と呼ばれ、暖かく、穏やかで、静か――そして、一年中咲き誇る美しい桜の木が森のように広がっている理想郷だという。

 

「悪しき魂が入り込んだ場合は排除される、一度送り込まれると現世には戻れないなどの誓約があるそうですが――その『極楽浄土』では、悪霊になることなく好きなだけ時を過ごし、満たされたら成仏することを選べる……優しい世界だと」

「……それは、聞いたことはある。だが、母さんの家系でも、それは全員に受け継がれていたわけじゃない」

「いや、お前には受け継がれているさ」

 

 その髪の桜が――母譲りの桜が何よりの証拠だと、ぬらりひょんは言う。

 

 確かに、母の家系でも、極楽浄土へ送る力を持って生まれる者は――皆、桜色の髪を以て生まれてきたらしい。

 

「…………」

 

 鴨桜は、ゆっくりと瞑目し、そして開眼して――真っ直ぐに、羽衣を見詰めて言う。

 

「――――いいんだな」

 

 羽衣は、そんな鴨桜に「……優しいですね」と微笑んで。

 

「お願いします。ずっと、待ち続けたい人がいますから」

 

 だから、どうか、優しく殺してくださいね――と、羽衣は笑う。

 

「……分かった」

 

 そう言って、鴨桜は少しばかり、羽衣から距離を取る。

 

 ぬらりひょんは、そんな息子の姿を、ただじっと見つめていた。

 

(……そうだ。鴨桜。お前は――優しい。儂のように黒いだけじゃねぇ。桜華の桜色(やさしさ)も、しっかりとその『血』に受け継いでいる)

 

 鴨桜は、ドスの白刃――ではなく、桜色の脇差を取り出し、構える。

 

(儂はろくでもねぇ男じゃった。斬ることしか知らねぇ。戦うことしか分からねぇヤクザもんじゃ。だが、お前は違う。――弱え俺と違って、本当に強え、桜華の子でもあるんだからよ)

 

 そして、鴨桜がゆっくりと脇差に――母親譲りの、呪力を流し。

 

 羽衣が――その瞼を、静かに下ろす。

 

(今は弱くていい。――強くなれ。そして、いつか、お前ならなれるさ)

 

 桜色の斬撃が振るわれる。

 

 それは羽衣の身体を両断しながらも――傷一つ付けず、痛みも与えない。

 

 空間に、桜の花が咲き誇った。

 

 斬られた羽衣だけではない。

 

 その美しい斬撃を見た、この場にいる全員が――その桜の花吹雪を見た。

 

 (からだ)に傷一つ負わせず、魂だけを切り裂き――極楽浄土へと送る桜色の斬撃。

 

 死者を葬送する――優しい力。

 

(強きを知り、弱きを知る。――妖怪にも、人間にも、寄り添える器。初代(おれ)なんざよりも遥かにでっけぇ、偉大なる二代目に)

 

 羽衣は、最後に目を開き――美しい涙を流しながら、解き放たれた笑顔を向けて。

 

――ありがとう、英雄。

 

 使命から解放された女は、ゆっくりと、その身体を崩れさせていった。

 

 それは美しい桜吹雪に乗って、どこかへと飛び去って行く。

 

 脇差を振り抜いた姿勢で――涙を流しながら歯を食い縛る男を見て。

 

 ぬらりひょんは、思う。

 

(お前は――ぬらりひょん(おれ)と、桜華(かあさん)の息子なんだから)

 

 桜の幻覚が解けていき、何もかもが――終わりを告げる中で。

 

 ぬらりひょんは、ただ未来を、思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして――それを感じたように、魔人は動きを止めた。

 

「――――っ!!」

 

 だが、その急停止に京四郎の手は止まることが出来ず、手刀が魔人の腹部を貫く。

 

 否――既に、その男は魔人に(あら)ず。

 

 腹部の出血は止まらず、傷口はまるで回復せず――そこから噴出する黒炎は、ゆっくりと赤い血へと変化していった。

 

 黒い魔力に覆われていた姿は、罅割れ、殻が割れるようにポロポロと落ちていき――元の姿が、かつての人間だった頃の平将門(たいらのまさかど)が露出していく。

 

「…………終わった、ようだな」

 

 その声も、紛れもなく、百年前に、一度しかない筈の生命を謳歌していた頃の、只の平将門で。

 

「――――ああ」

 

 自分は、この日、この時の為に生きてきたのだと思っていた。

 

 だが、こうして将門が魔人から解放された、その時――自分こそが、新たなる魔に身を堕としているとは思いもしなかった。

 

 そして――自分を魔から解き放つに相応しい者は。

 

 既に、この世界の、何処にもいない。

 

 もう間もなく、その資格を持つ者は――いなくなる。

 

「…………世話を、掛けた」

 

 将門は、虚ろな瞳で、己を殺した京四郎の顔を探す。

 

 黒い炎ではなく、赤い血が滴るその手を――京四郎は同じく、魔人の黒炎ではなく、人間の血に塗れた、魔人を殺した手で掴む。

 

「我は……地獄へと堕ちるであろう。……それはいい。もとより、覚悟の上の叛逆であった」

 

 既に将門の瞳には、闇しか映っていない。

 たった一つしかなくなった命が、とくとくと赤い血として流れ出している。

 

「……それでも、一目だけでいい。愛する女に逢いたかったのだ。この愛が、全てを黒く燃やす……許されざるものだとしても……悍ましく……禍々しい……黒炎だったのだとしても」

 

 しかし、その悲願も叶わず――こうして、平将門の乱は失敗に終わる。

 

「あらゆるものを犠牲にして、たったひとつを求めた。……しかし、それも叶わなかった」

 

 百年生き続けた不死身の魔人は、死に逝く人間として、涙と血を流しながら――それを問うた。

 

「俺は……何の為に、生まれてきたのか」

 

 かつて新皇を名乗り、この国の全てを敵に回して――たった一つの為に、あらゆるものと戦った。

 

 朝廷と戦い、英雄と戦い。

 妖怪と戦い、人間と戦い――そして、吸血鬼に殺された男は。

 

 愛に生き――愛を、取り戻せなかった男は。

 

 生涯における最期の問いを、己を殺した吸血鬼に――ただ一人、己を追い続けてくれた英雄たる仇敵に託した。

 

「――俺は、忘れない」

 

 行き場を失くした将門の手を取り、抱き締めるようにして、京四郎は叫び続ける。

 

 死に逝く魔人に――戦い終えた英雄に。

 

「将門。お主は、歴史上に類を見ない大罪人として名を残すだろう。お主は、世にも恐ろしい大怨霊として名を残すだろう。誰も、お前の真実を知るものはいなくなる――だが」

 

 それでも、俺は覚えている――京四郎は言う。

 

 大罪人の平将門を。大怨霊の平将門を。

 

 英傑たる平将門を。そして――愛に生きた、愚かな男であった、平将門を。

 

「俺は不死身の鬼となった。だからこそ、いつまでもお前を覚えていよう。魔人を止める馬鹿な英雄が居たように――いつかこの怪物を、殺しにくる英雄がやってくる、その時まで」

 

 だから――お前は、消えないと。

 

 強く、強く抱き締めて――固く、固く誓う。

 

「この俺が、お前の生きた証を残す。平将門という男がいたことを。お前の生が、何の為にあったのか。それを世界に、この俺が、お前の代わりに問い続けよう」

 

 いつまでも、いつまでも――平将門という魔人の怪談を。平将門という英雄譚を。

 

 語り続けると、そう言って――滅びゆく男を、見送る。

 

 小さく、男は笑ったような気がした。

 

 瞬間――将門の身体が黒く発火する。

 

 それは仇敵に己が死顔を見られなくないという意地だったのかもしれないし、あるいは百年に渡って魔人であり続けた男として、不死の呪いが解けたからといって人間として死ぬのは許されないという自罰だったのかもしれない。

 

 だが、京四郎は、黒く燃える炎が、例え自分ごと焼いているのだと分かっていても――その手を最期まで離さなかった。

 

 将門を荼毘(だび)に付せた黒炎が消えると――そこには、黒い刀があった。

 

 黒炎を纏った、黒炎を凝縮したような――漆黒の刀身を輝かせる刀が。

 

「――――これは」

 

 呆然としながら、それを手に取る京四郎の背後に、リオンがゆっくりと歩み寄りながら言う。

 

「吸血鬼には、物質具現化能力がある。本来は影を媒体に一時的に物を作る力だけれど……君の、魔人くんの生きた証を残したいという想いと……そもそも君が黒炎に纏われながら吸血鬼となったことで……特別な繋がりが生まれて――こんな奇跡が起こったのかもしれないね」

 

 黒炎を纏う黒刀。

 

 太陽の輝きを放つ太刀を失って英雄でなくなり――吸血鬼という怪物となったことで夜闇のような黒刀を手に入れる。

 

 随分と、皮肉な運命だと、京四郎は目を堕として。

 

「――将門は、天に昇っただろうか。まさか、この刀が将門ですなんて話じゃねぇよな」

「……それは大丈夫だよ。あくまでその黒刀は、魔人としての力の継承みたいだし。彼の人間としての魂は、きちんと成仏出来たんじゃないかな」

 

 そうか――と、京四郎は振り返ることは出来なかった。

 

 背後まで近づいてきたリオンは――京四郎の後頭部を殴打し、そのまま気絶させて意識を奪った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 適当な民家――廃屋の中に辿り着くと、リオンは背負っていた京四郎を下ろした。

 

「ごめんね。最期まで何にも断りもなく進めちゃって。本当は色々と説得する文言を考えていたんだけど――時間が来ちゃったからさ」

 

 時間が――時間切れが。

 

 夜が明けて――朝が来る。

 

 太陽が昇る、時間だった。

 

「もう、僕の故郷も見えなくなっちゃった」

 

 正確にいえば、昼間でも月は見えるかもしれないけれど、それは太陽と戦うことが条件になる。

 

 それは、吸血鬼にとっては死刑も同じだった。

 

「まぁ――これから、その死刑に行くんだけどね」

 

 そうひとりで笑いながら――リオンは、京四郎を影の檻に包み込む。

 

「基本的なことも、何にも教えて上げられなかったからね。まあ、太陽が完全に昇れば、吸血鬼の本能で陽光は避けると思うから、これは念の為に」

 

 日の出のとばっちりを避ける為に。

 一応は屋根が健在で、扉も壁も損傷が少ない民家を選んだつもりだったけれど、何分時間がなかったから、セキュリティが万全とは言い難い。

 

 それでも――自分に出来るのは、ここまでだから。

 

「さて――逝こうか」

 

 そして、死のうか。

 

 吸血鬼の死因の最大割合を占める――近年、他ならぬリオンの手によって大幅にその数値を減少させていたけれど、それでも累計でいえば未だにランキング一位に健在のチャンピオン。

 

 自殺――陽光自殺。

 

 箱入り姫たる引きこもりだった自分の死因としては、最高にジョークが効いている。

 

 リオンは最後に、己の最初で最後の眷属となった男が閉じ込められた影の檻を見詰めて。

 

「――ありがとう。君に出逢えてよかった」

 

 図らずも、吸血鬼一族最後の一体の座を押し付けてしまったけれど。

 

 どうか――長生きしてね、と、そんな言葉を遺しながら。

 

 リオンはそのまま屋外に飛び出し、蝙蝠の翼で、空高く飛んで。

 

 その全身で以て――朝の到来を出迎えた。

 

 日の出の時間だ。太陽が昇る。

 

 そして、リオン・ルージュは、生まれて初めて、その身に日光を浴びて――景気よく、それは見事に燃え上がった。

 

 焼身自殺が――始まった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 見る見る内に燃えていき、黒焦げになり――そして、再生する。

 

 黒炎を纏っていた時の京四郎も同じような状況だったが、吸血鬼の天敵たる陽光は――魔人の黒炎とは比べ物にならない痛苦を、吸血鬼に与える。

 

「がぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!

 

 紅蓮の髪が、豊満な胸部が、妖艶な臀部が、細い腕が、肉付きのいい太股が、傾星の美貌が――燃える。

 

 燃えて、燃えて、燃えて、見るも無残に燃えて、どろどろに溶けるように燃えて――そして、また、再生する。

 

 火達磨になる。

 いつまでも消えない炎で、いつまでも消えない苦痛が続く。

 

 こんなものを――父は、何回も、何十回も、何百回も、味わっていたのか。

 

 妹は――こんな、地獄の中で、死んだのか。

 

(僕が――――殺したのか)

 

 痛くて、痛くて、痛くて、痛い。

 

 苦しくて、辛くて――だけど、もう。

 

 殺さなくて――いい。

 

 食べなくて――いい。

 

 だからこそ――僕は。

 

(今度は――僕を、殺すのだ)

 

 朝陽と共に、平安京に轟く悲鳴。

 

 そして――燃やされ続ける、吸血鬼の灰は。

 

 風に乗って、ゆっくりと、世界中に広がっていく。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 リオン・ルージュの傍迷惑な自殺は、生存者が限りなく少ない戦場跡で実施された。

 

 そして、その限りなく少ない――生存者の中に。

 

 心を壊し、人形のように動けない。

 

 馬鹿みたいに大口を開けて、天に向かって両手を伸ばしながら、突っ立ていた、名も無き端役の青年がいた。

 

 そして、彼にとって、それは幸か不幸か――リオンの自殺場所は、青年の正しく直上で。

 

 自殺に勤しむ吸血鬼の、太陽によって焼かれる身体が――皮膚が剥がれ落ち、流れる血液の一滴が、大量の灰と共に降り注いできた。

 

 そして、それは、青年が怨嗟の叫びと共に開けっ放しにしていた――口の中に、落ちて。

 

 砂漠で飢えに苦しむ民の舌の上に、奇跡の雨が降り注ぐように。

 

 壊れた青年の口の中に――吸血鬼の雫が、届いた。

 

「――――ッッ!!!」

 

 目が覚めた――強制的に、目覚めさせられる。

 

「――――ぁ――――ぁぁ――――ぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 たった一滴の血が、全身に降り注いだ灰が、青年の全てを創り変える。

 

 壊れていた心も、満身創痍だった身体も――何もかもを、造り変える。

 

 一滴の血が大量の灰と共に瞬く間に全身を巡る。

 心臓を、肺を、脳を、神経を、根本から全く違うモノへと――作り変える。

 

 人間から――吸血鬼の――()()()()の、それへと。

 

(何だ――何が――――何が起こっている――――ッッ!?)

 

 当然ながら、青年自身は何も分からない。

 

 自分の口に何が入ったのか、自分の身に何が起きているのか。

 

 何も分からず――何も知らないまま――青年は死亡しようとしていた。

 

「――――ッッ!!!」

 

 リオン・ルージュという吸血鬼の血液に、脆弱な青年の身体が耐えられない。

 

 本来であれば、オニ星人のそれはリオン・ルージュという『始祖』の灰を取り込み、適応することで生まれるというメカニズムになっている。

 

 だが、青年は長い時間をかけて漂った灰の一粒ではなく、発生したてのそれをダイレクトに大量摂取し、しかも灰だけでなく、一滴とはいえ血液までも取り込んでしまった。

 

 これはもはや、オニ星人というよりも吸血鬼そのものに近い。

 

 そして、リオン・ルージュがこれまで眷属作りをしてこなかった理由は、単純明快――『器』が、耐えきれないから。

 

 京四郎という星に選ばれた英雄クラスの人間だからこそ、リオンの眷属となることが出来た。

 

 吸血ではなく輸血、それも一滴だけとはいえ、英雄でも何でもない、只の壊れかけの端役人間に、耐えられるようなそれではない。

 

 元々、死んでいたような人間に――止めが差された。

 ただ、それだけの悲劇として幕を閉じる――。

 

 そう――()、だった。

 

 青年の人生はここで終わる。

 

 端役としてはドラマチックな物語の末路として、それは十分過ぎる程の演出だったけれど――。

 

 それでも――続くのだ。

 

 悲劇は――更なる悲劇として、続いていく。

 

「がぁぁああああああああああああああああああああ!!!」

 

 青年が天を仰ぐ。

 

 先程まで仇敵の首を砕いていた両手を、今度は己の首に添えて、まるで毒を呷ったかのように。

 

 夜が明けた空で、太陽のように燃える美女を見上げながら――がっぽりと、口を開けていると。

 

 そこに――(カラス)が飛び込んでくる。

 

 一羽の烏。

 それは、烏天狗が死の間際、己の羽を無様に羽ばたかせて逃がした、己が妖力の塊。

 

 だが、その悪足掻きは実らず、一羽の烏のみ形成するに留まったけれど――そこに意志は移せなくて。

 

 結果的に、残せたそれは、只の妖力塊としての烏でしかなくて。

 

 このまま時を経て、只の烏としての生涯を終える筈だった妖烏は――しかし。

 

 意思は継げずとも――執念は引き継いだのか。

 あるいは、それは妄念だったのかもしれないけれど――なにはともあれ、その烏は、導かれた。

 

 烏天狗が追い求めた、青年の精神空間――その占拠への妄念に。

 

 大口を開けていた青年の口の中に、吸血鬼の血液に次いで――烏天狗の妖力塊が放り込まれる。

 

「――――ッッ!!!」

 

 壊れかけていた精神を、吸血鬼の血液で無理矢理に造り変えられて――ぐちゃぐちゃになっているどさくさに紛れて――その烏は、辿り着いた。

 

 青年の異能――『慿霊(ひょうれい)』。それを可能にしている、心の核が置かれた空間――『慿霊空間』に。

 

 そして、既に壊れかけているそれに、一目散に飛び込んでいく。

 

 心の核に――意思のない妖力が吸い込まれていく。

 

 結果――ぐちゃぐちゃに掻き回された、青年の身体は――本能を選び取った。

 

 生物として、最も強き本能を優先する――すなわち、生存する為の唯一の道を模索する、生存本能を。

 

 吸血鬼の血液に耐える為の身体が必要だ。それは貧弱なままの人間では不可能。

 

 つまり、青年の身体は心の核の侵食を受け入れ、心の色に合わせての肉体の変化を許容することになる。

 

 この時、青年は、人間から――烏天狗(からすてんぐ)となった。

 

 そして――烏天狗となった身体にて、吸血鬼の血液による肉体改造が再開する。

 

 妖怪の身体は、吸血鬼の血液の一滴に――耐えきった。

 

 こうして、烏天狗となった青年は――烏鬼(からすおに)となった。

 

 人間ではなくなり、烏天狗でもなくなり、けれど正しい吸血鬼ともいえない存在。

 

 ぐちゃぐちゃにされた身体は、ぐちゃぐちゃにされた心は、極度の混乱状態に陥り、訳も分からず自分を攻撃した。

 

 背中から翼が生えた。

 烏のような真っ黒な翼。辛うじて人間の面影を残す顔は、涙や何やらでぐちゃぐちゃに歪んでいて。

 

 そのまま一直線に、空に浮かぶ太陽のように――燃え盛る美女へと突っ込んでいく。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 混乱していた。訳が分からなくなっていた。

 あの美女に攻撃を仕掛けた所で、何がどうなるというわけでもないのに。

 

 それでも――何かにぶつけたかった。

 

 このぐちゃぐちゃで、めちゃくちゃな――自分に降り注ぐ、意味の分からない現状への混沌を。

 

 殴られた。

 痛みと苦しみで暴れ回る美女の、振り回した拳が青年に直撃する。

 

 リオンはきっと、何かを殴ったことにも気付いていない。

 

 そして、虫けらのように吹き飛ばされた青年は、何処とも分からぬ廃屋の中へと突っ込んでいく。

 二軒、三軒と貫いていく内に――何もかもが、もう、どうでもよくなった。

 

 闇の中へと強制的に堕とされた。太陽に八つ当たりをしようとした男の末路としては相応しい。

 

 しばらく、壊れたように笑い――やがて、疲れ果てて、気絶するように、眠りに着く。

 

 どうか――全て夢であって欲しい。

 

 そうでなければ――どうか、そのまま死んで、目覚めないで欲しい。

 

「――――どうして」

 

 こんなことになったんだ、と、遺言のように呟き、青年は目を瞑った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 夜が明けて、朝陽が差し込む。

 

 その瞬間――源頼光(みなもとのらいこう)が、己が四天王に指示を出した。

 

「――日の出だ。発動しろ!」

 

 妖怪は夜に強く、朝に弱い。

 

 とりわけ日の出の陽光を浴びる瞬間は、妖怪の力が最も薄れる瞬間と言われている。

 

「――――ッッ!!!」

 

 酒吞童子を封印の中心に寝かせ、五色の呪力を流し込み、円形の壁で囲む。

 

 ゆっくりと、壁の中に呪力を流し込みながら時を待ち――日の出の陽光が差し込んだ瞬間、その光を閉じ込めるように『蓋』をして、そのまま千年の封印へと入る。

 

 これが――『酒吞童子封印計画』の全容。

 

 長かった戦いも――その最終盤へと至っていた。

 

 そして、これから、永い、永い――戦いが始まる。

 

 仕上げの『蓋』が形成される。

 これが閉じた瞬間、結界は完成し、外部からの干渉は不可能となり、内と外で時間の流れが変わる。

 

 内部での一日は外部での一年となり――頼光と四天王は千日間、呪力を流し続けて結界を維持することになる。

 

 当然、酒吞童子は動けない。

 結界を外部から破壊することは出来ず、内部でも結界を維持する術者以外は動けない。

 

 そう――どんな怪物でも、何体もの鬼であろうとも、だ。

 

 だからこそ、彼のその行為には、何の意味もない筈だった。

 

 結界の蓋が閉じる瞬間――影が差した。

 

 妖怪を最も弱らせる日の出の陽光――それを一身に浴びながら、結界の中に飛び込んでくる影があった。

 

 頼光や四天王に、それを防ぐ手段はなかった。

 既に術式は発動の段階に入っていたし、陽光が差すこの瞬間に結界を閉じてこそ、この封印は最大の効力を発揮する。

 

 故に、頼光は――。

 

「――狼狽えるな! このまま封印を完成させる!!」

 

 己が四天王にそう指示を出し、術式はそのまま――完成に至る。

 

 完全に蓋が閉じられる。

 

 これでもう、誰も外には出られなくなった。

 

 酒吞童子は勿論、術者たる頼光も四天王も――そして。

 

 自ら檻の中に飛び込んできた――その隻腕の赤鬼も。

 

「…………どう…………して」

 

 酒吞童子に覆い被さるように――茨木童子は落下してきた。

 

 その登場に、四天王は――誰よりも、渡辺綱(わたなべのつな)は、絶句していて。

 

「……………はッ。言っただろうが……」

 

 茨木童子は、酒吞童子に覆い被さったまま動けない。

 

 赤鬼の身体は満身創痍だ。右腕を失い、妖力も底を尽きかけている。

 いつ死んでもおかしくない――というよりは、死んでいない方がおかしいくらいの無残な有様。綱が勝負は着いたと、そのまま放置しても納得の仕上がりで。

 

 そんな茨木童子が、妖怪を最大限に弱らせる、日の出の陽光を浴びながらも、逃げ場のない結界の中に飛び込んできた理由とは――。

 

 決まっている――茨木童子は、ずっと、その為に戦い続けてきたのだから。

 

「――ごめんな。来るのが遅くなって。……助けることが、出来なくて」

 

 茨木童子は、覆い被さったまま動けず――けれど、せめてと、残った左手で、同じく動くことの出来ない酒吞童子の小さな体を、精一杯に抱き締めて。

 

 心からの――愛を伝える。

 

「もう――ひとりにはしない。ずっと――――いっしょだ」

 

 結界を閉じる音がする。

 

 封印が始まる。けれど――酒吞童子は。

 

「……………うん」

 

 瞳から、生まれて初めて――涙を流した。

 

 それは――この戦争に、酒吞童子が勝利した瞬間だった。

 

 ずっと、この『右腕』を取り戻す為に、少女は戦い続けたのだから。

 

「…………ずっと……いっしょ」

 

 結界内が、闇に包まれる。

 

 これから術者たる頼光や四天王同士とも、視線を合わせることすら出来ない孤独な戦いが始まる――そんな中で、金時が最後に観た光景は。

 

 初恋の少女が、己が家族と再会し、抱き合いながら――眠りに着く姿で。

 

「…………っ」

 

 金時は、己が救えなかった少女が、最後の最後で、己以外の男に救われた光景に。

 

 ほんの少しの、救われた気持ちと――ほんの僅かな、嫉妬を覚えた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 こうして――妖怪大戦争は、終戦した。

 

 めでたしめでたし――――とは、決して言えない、苦い結末。

 

 癒えない傷を負った者もいる。帰らぬ者となった者もいる。

 

 誰しもが犠牲を伴った。得たものは何一つとしてないだろう――どんな戦争にも共通するバッドエンド。

 

 それでも――終わりはやってきて。

 

 夜が明けて――朝はやってくる。

 

 赤い月も黄金の輝を取り戻し――そして、太陽は、また昇る。

 

「……ここは、『祠』の外か」

 

 いつの間にか、百鬼夜行の面々は全員が神秘郷の外へと放り出されていた。

 

 領域の主たる葛の葉の妖力が消えたことで、あの空間はなくなったのか、それとも新たなる主が現れるまで開かれないのか。

 

 ちらりと、士弦が振り返ると、『祠』は何の光も放たれておらず、ただのボロボロの祠にしか見えなかった。

 

「……終わった、のでしょうか?」

 

 雪菜がぽつりと呟く。

 

 戦い続けた夜が明けて。強大な敵もいなくなって。

 

 これで、本当に――戦争は終わったのかと。

 

 それは――誰も教えてくれなくて。

 

 終わりは新たな戦いの始まりかもしれなくて。

 

「………………」

 

 命を奪った感触は、いつまでも消えてくれはしなくて。

 

 鴨桜が、その桜色の脇差を、手の中でじっと見つめていると。

 

「――――分からん。じゃが、儂らがすべきことは決まっておる」

 

 ぬらりひょんが、一同を見渡す。

 

 誰ひとり欠けることのなかった百鬼夜行――己が家族を見渡して。

 

 それでも、失ってしまったモノを思い、顔を俯ける者の顔を上げるように――自身も空を、夜が明けた証の太陽を見詰めて。

 

 明るい星を見上げて。

 

「――帰ろう。我らが暮らす、常夜の世界へ」

 

 人間が、起きるよりも前に、と。

 

 彼らは妖怪らしく、そう今宵を締め括った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして、これは戦争が終わった――その後の話。

 

 誰も知らない場所で、誰も視ていない場所で、ひっそりと行われていたエピローグ。

 

 あるいはとあるふたりの馴れ初め。後日談というか、今回のオチ。

 

 その美女は燃え続けていた。

 

 否――既に美女は少女であり、あるいはもはや幼女であった。

 

 あれから何日経ったのか。何日も、何日も経ったのか、リオンには分からなくなっていた。

 

 自殺の日々が続いていた。

 

 日がな一日中、日光浴ならぬ陽光自殺に勤しみ――夜は泥のように眠り、朝は太陽の光を浴びて火達磨になることで目を覚ます。

 

 バッドエンドは続いていく。

 

 みんなが不幸になった、その後の話。

 

 いつまでもいつまでも終わらない私的な死刑。

 

 勢いで死ねると思ったけれど、思い詰めたけれど、不死身の身体は燃え続け、いつまで経っても死ねやしなかった。

 

 悶え苦しみ、暴れ狂う内に、いつの間にか平安京の外に出ていて。

 

 ここが何処かも分からず、今が何時かも分からず、ただ一心不乱に焼身自殺を続ける毎日だった。

 

 どうしても死にたいのに。死にたくて死にたくて堪らないのに。生きているのが辛くて恥ずかしくて堪らないのに。

 

 それでも自殺は終わらず、それでも生命は終わらず――やがては、心が先に、ゆっくりと死んでいって。

 

 太陽に――手を伸ばす。

 

 美しい太陽。届かない太陽。圧倒的な太陽。

 いつか倒してやると、そんな風に息巻いていた宿敵――太陽。

 

 ああ――綺麗だな。ああ――敵わないな。

 

 ああ――――怖いなぁ。

 

 吸血鬼という生物のDNAには、太陽への畏れが刻み込まれている。

 

 どんな怪物よりも、十字架よりも大蒜よりも銀の弾丸よりも――吸血鬼は、太陽が怖い。

 

 何の説明もなしに吸血鬼にされた存在でも、吸血衝動よりも先に太陽への恐怖を覚える。

 

 引きこもりの吸血姫にとっても、あるいはだからこそ、それはそれは――恐ろしかった。

 

 痛くて、辛くて、苦しくて――怖い。

 

 永劫に終わらないと思える地獄の中で――弱り切った、豆腐メンタルは。

 

 遂に、その言葉を――口にして、しまった。

 

 死にたいと思っていた筈なのに。無様にも、そんな弱音を口にした。

 

――たすけて……きょうしろう。

 

 瞬間、であった。

 

 まるで、その言葉を、ずっと待っていたかのように――それは劇的な救出だった。

 

 リオンの身体を包んでいた、火達磨にしていた紅蓮の炎が――黒炎に包まれて焼失した。

 

 炎が、炎によって焼き消された。

 

 消火された――前代未聞の方法で。

 

 黒い炎によって上書きされている中、自身は火達磨になりながら、一人の男が幼女を抱き締める。

 

 そして、雨に濡れた小動物を抱えるように「……ったく。面倒を掛けさせるな」と言いながら、そのまま陽光を遮る山の中へと逃げ込んでいく。

 

「…………なん、で?」

 

 何でここにいる? 何で助けに来た?

 

 何で――そんな顔で、僕を見る、と。リオンが色々な何でを凝縮したよな「なんで」を問うと。

 

「お前の影の檻は、あれからしばらくしたら壊れた。その後にすぐに外に飛び出してみたんだが――まさか太陽の光がこんなにきついものとはな。俺もかなり寝過ごしてしまったのか、お前も平安京にはいなくて、探すのに随分と手間取った」

「い、いや、そうじゃなくて」

「正直、この眷属同士の繋がり、っていうのか。お前の居場所が何となく分かるこの感覚がなければ間に合わなかったかもしれないな」

 

 眷属同士の繋がり。

 そんなものがあるのかと、眷属を作るのも初めてで、自殺に夢中で気付けなかったリオンは驚いたけれど――でも、聞きたいのはそんなことではない。

 

「なんで!!」

 

 幼女姿になったリオンは、日陰でその身体をゆっくりと再生させながら問う。

 

「なんで――僕を、助けたの?」

 

 幼女と同じく全身もれなく爛れさせた男は、同じくその身体を再生させながら、腕の中の幼女に応えた。

 

「――『助けて』って、そう言ったのはお前だろう」

 

 それもまた、眷属同士の繋がりというものなのだろうか。

 テレパシーというのか――言葉にせずとも聞こえてしまう、心の声。

 

「お前がどれだけ死にたいのかは、痛い程に伝わってきた。ずっと、ずっと、何日も、何日もな。――勝手に化物にされた恨みも、憎しみも、憤りもあるさ。もしかしたら殺意も。いくらでも聞くって言いながら、全く聞く耳持たずに逃げ出しやがったことに対するふざけんなもな。だが、まず、何よりもお前に言いたいことはだ」

 

 木々の間の陽光が差し込み、ふたりの身体が再び燃え上がる。

 

 痛い筈なのに、苦しい筈なのに、辛い筈なのに。

 

 死にたくて――堪らない筈なのに。

 

 リオンには、そんな陽光を黒炎で上書きしながら己を守り――見詰めてくれる、男の顔と言葉しか届かなかった。

 

「勝手に人を吸血鬼にして救っておいて、自分だけ死んで楽になろうなんて許さねえよ」

 

 責任取って、俺と一緒に永遠を生きろ――その、真剣な顔で告げられた、男の熱い言葉に。

 

「…………もはや、プロポーズじゃないか……ッ」

 

 炎の中で顔を真っ赤にした幼女は、プロポーズという言葉の意味が分からず首を傾げている男の、首に手を回して思い切り抱き着いた。

 

「――分かったよ。責任を取ろう。僕は――君が死ぬまで死なないよ」

 

 一緒に今日を生きていこう――そう、この宇宙でふたりきりの吸血鬼は誓い合った。

 




用語解説コーナー最終回

・妖怪大戦争

 『妖怪大戦争』って、結局なんだったの?


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