比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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「ワタクシは、人間だ」
「そうですか。【私】は化物です」


寄生星人編――⑫

 

 白縫(しらぬい)雪華(せっか)は“化物”である。

 

 化物で化物で化物で化物で化物である。

 

 生まれたその時から化物で、死ぬその瞬間まで化物である。

 

 そんな当たり前のことを、『彼女』は知っていたようで、全然分かっちゃいなかった。

 

 これは、白縫雪華という名を分不相応にも賜った、一人の化物の物語。

 

 とある雪女の少女に寄生し、化物外れの知能を得て、何の因果か感情が芽生え。

 

 冷たい身体を持つ身にも関わらず、暖かい陽射しの下の世界に憧れてしまった、一体の化物の物語。

 

 誰よりも何よりも化物な、化物の中の化物である【彼女】が、己が化物であると思い知らされる物語。

 

 その終わりであり、始まりでもある――バッドエンドの一夜の物語。

 

 もうすぐ夜が明ける。

 

 夢から覚める時間だった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――イヤァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 一人の女性の胸が張り裂ける叫びが、真っ暗な夜に響いた時。

 

「――ギアハァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 一人の天才の腕が吹き飛ばされた叫びが、真っ白な氷を震わせた。

 

「……………な、たは………」

 

 女性の叫びは、『彼女』の胸にも響いていた。

 

 只の空気振動である筈にも関わらず、己を内側から破裂させられると錯覚する程に、激痛と共に響いていた。

 

 天才の叫びも、『彼女』の氷を震わせていた。

 

 否、氷だけではない。

 肩も、手も、唇も、まるで凍えているかのように震えていた。

 

 だが――『彼女』は、(おの)が冷たい身体が、ここまで熱く感じるのは、幕切れ間近な生涯で初めてのことだった。

 

 初めてだった――ここまで強く、(おの)が鼓動を強く感じたのは。

 初めてだった――ここまで強く、燃えるような何かを覚えたのは。

 

 感情というモノを理解出来ぬまま、これまで感情に振り回され続けてきた『彼女』にとって、初めてだった。

 

 真っ白な己を真っ黒に染め上げ、目の前の景色が真っ赤に染まる、この――感情――激情。

 

 これが――憤怒。これが――殺害衝動。

 

 燃えるような、怒りだった。

 

 熱い、熱い、殺意だった。

 

「――あなたは…………どこまでッッ!!」

 

 反射的に振り抜いた氷の刃を、この男は右前腕を盾にするような形で防いだ。

 

 勿論、只の人間の腕など、容易く『彼女』の氷の刃は斬り飛ばす。

 例え“黒衣”を纏っていたとしても、通常の寄生(パラサイト)星人の刃ならばまだしも、『彼女』が本気で殺意を込めて振り抜いた氷刃ならば裁断してみせるだろう。

 

 そして、あの時の『彼女』に油断はなく、当然殺意も込めていた。

 殺す気で振った一刀だった――が、寸前で心乱れたとはいえ、間違いなく黒衣を切り裂いたであろう刃を、レジー博士は盾で受けるわけでもなく、ボクサーのように腕のガードで止めてみせた。

 

 その()()が、これだった。

 

「ギャハハハハハハ!!! ギャハハハハハハ!!!!」

 

 一度、『彼女』の斬撃を受け止めたものの、すぐさま振るわれた第二刀で、右腕を肘から斬り飛ばされた――その切断面を押さえながら哄笑するレジー博士を、極寒の眼差しで見下ろす『彼女』。

 

 その両者から少し離れた場所に、銀色の腕が落下した。

 あのロボットアームとはまた違う、人間の腕の形をした、だが眩いばかりの銀色の文字通りの機械腕――接合部を的確に斬り飛ばされたその腕は、見るからに特別製と分かる完成度で、まるで本物の腕のようだった。

 

 だが、紛れもなく、人工の産物だ――改造品だ。

 

 レジー=ぺテルト=パルトマールは改造人間だった。

 

 数多くの兵装兵器を創り出した天才マッドサイエンティストは、狂気の科学者に相応しい所業を、己が身体にも施していた。

 

「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!!!」

 

 切断面を押さえたまま――グルリと。人間の眼球では有り得ない動きで己を見上げるレジー博士の左眼球に、『彼女』は氷の無表情を溶かされる。

 

 憤怒と――恐怖。

 殺意と――畏怖に、表情を染める。

 

 そして、心からの怒りと、心からの嘲りを込めて、レジー博士に吐き散らす。

 

「あなたは――どこまで化物なんですかッッ!!!!」

 

 バサッッ――と、翼を開くように、背中を開いた。

 触手の如く牙を剥き出しにした食虫花のような『彼女』の背中は――背後から弾丸の如く迫っていた錫杖を食らい、バラバラに喰い砕いた。

 

 自動追尾(ホーミング)機能を誇った、あの千手観音の武具を目標に作り上げた己が傑作装備の一つが、キラキラと粉雪と共に輝きながら散っていくのを見上げて、レジー博士は――嘲笑う。

 

「ギャハ。……その言葉、そっくりそのままお返ししましょう――化物」

 

 パカ――と、大きく開けた口をレジー博士は『彼女』に向ける。

 銃口になっていた舌が発砲される前に、『彼女』は天才の口を強制的に閉じた。頭を踏み抜いて無理矢理黙らせた。

 

 天才は諦めない。

 ならばと次はランドセルを開けようとした。

 これまで無数の機械腕を原理不明に収納していた魔法のような銀色の立方体――は、『彼女』が目線一つで只の氷塊に変えた。もう二度と開くことはないだろう。

 

 だが――その瞬間に、天才は姿を消していた。

 氷塊と化した立方体に潰されたのかと思いきや、潰されていたのは黒衣だけだった。

 

 緊急脱出機能なる緊急脱衣機能でも備えていたのだろうか。

 普通ならば命綱となる黒衣を緊急的に脱衣することなど有り得ないのだろうが、天才は頭脳だけでなく肉体すらも普通ではなかった――尋常なく改造を施していた。

 

 天才は最後に正面からの対決を挑んだ。

 氷塊の脇から突如飛び出すように、裸一貫で美女に向かって突っ込んでいった。

 

 その裸は、およそ半色が銀色だった。

 最早肌色の方が少ないのではと思える程に、天才の身体は科学に侵されていた。

 

 まるで、思い思いに幼児が色を塗ったかのように無秩序に、思いついた傍から実験的にメスを入れたかのように無計画に――その身体は醜悪だった。

 

 醜く、傲慢で、何より気持ち悪い程に恐ろしい――人間の身体だった。

 

「ワタクシこそが――人間ダァぁぁああああああ!!!」

 

 天才の切り札は披露されずじまいとなった。

 レジー博士が己の機械体のどんな部位のどんな仕掛けをぶつけようとしたのかは分からない――『彼女』は、それがお披露目となる前に、レジー博士の心臓を貫いた。

 

 そして、そのまま、串刺しにする。

 

 凍り付いた大樹の幹に――かつての己の相棒と挟み込むように。

 

 冷たく、無慈悲に――氷のように、無表情で。

 

「死になさい。あなたはもう――終わりなさい」

 

 冷酷に、女王のように、裁く。

 

「……いいえ、死にません。ワタクシは、まだ……オワラナイ」

 

 だが――天才は抗う。

 死に反抗し、女王に最後まで抗戦する。

 

 心臓は確かに貫いた。だが、そこは既に銀色だった。

 天才は心臓を既に改造していたのかもしれない。だが、ゴフッと大きく血を吐いた。赤い血を。赤い生命を。

 

『彼女』の冷たい刃は、確かにレジー=ぺテルト=パルトマールの生命に届いている。

 

 だが、それでも天才は、戦うのを止めない。

 レジー=ぺテルト=パルトマールは、戦争を止めない。

 

 何故なら、彼は――人間だからだ。

 

「ワタクシは……絶対に化物には屈さない」

 

 己に突き刺さる氷の剣を、残された左手で掴み取る。

 ツゥ――と、赤い、人間の血が流れた。

 

「人間は――負けない」

 

 天才は、笑った。

 

 機械塗れの身体で、偽物の心臓を貫かれながら、それでもレジー博士は笑ってみせた。

 

 それは醜悪で、不気味で、禍々しくて、気持ち悪くて――そして――でも。

 

「――――ッッッッ!!!! ふざけるなッッ!!!」

 

 かつて氷の微笑女と呼ばれた『彼女』は――白縫雪華は。

 

 その天才の微笑みに、自称人間の不敵な笑みに。

 

 噴火するように、激昂した。

 

「あなたの、何処が人間だッ!! あなたのような醜い存在が――人間を騙るな!!!」

 

 ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――という泣き声が、下から悲しく聞こえてくる。

 

 そこには、胸を貫かれた大男の亡骸を、支えるように抱き締めている美女がいた。

 雪華の視力は――化物の視力は、彼女のぐしゃぐしゃな泣き顔も、彼の誇らしげな死に顔も、はっきりと目に映すことが出来る。

 

 胸が痛んだ。今にも張り裂けそうだった。

 だが、それでも、思う。

 

――美しい、と。

 

 しんしんと粉雪が降る中、互いを心から思い合い、愛し合う姿。

 

 半血だろうと関係ない。

 凡庸だろうと関係ない。

 

 あの子達こそ、人間だ。

 この身が溶けてしまいそうなほどに暖かく、この目が潰れそうなくらい眩しく、この世の何よりも美しい。

 

 それこそが――人間だ。

 

 だから、許せない。

 この身が焼けてしまいそうな程に、この目から消し去りたくて堪らない程に、この世の何よりも忌々しい。

 

 その身で、その目で、その口で、その存在で。

 

「これ以上……人間を穢すな!! 化物ッ!!!」

 

 雪華が殺意を撒き散らす。

 花が咲き誇るように背中を開かせ、両手を禍々しい刃へと変えて、遂には頭部までもを恐ろしく裂かせた。

 

 真っ黒な殺意に呑み込まれ、真っ白な氷に蝕まれ、頭部の中に隠していた(つぶ)らな目の色を真っ赤に変えて――。

 

 レジー博士は――嗤う。

 

「――その言葉も、そっくりそのままお返ししましょう」

 

 

 化物――人間は、『彼女』に、そう言った。

 

 

 ギュイーン――と。

 

 甲高い銃声と、青白い閃光が。

 

 真っ暗な夜の戦場で――小さく響き、そして消えた。

 

 

 怪物は嗤った。『彼女(化物)』も無傷だった。

 

「――――あ」

 

 またしても。

 

 殺されたのは、()()だった。

 

 雪華は素早く見下ろす。

 

 陽光はゆっくりと後ろを振り向いた。

 

 

 そこに、見知らぬ黒衣が短銃を向けて立っていた。

 

 

 数瞬後――雪ノ下陽光は破裂した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 人間ではなくなった時、彼は神様に出会った。

 

 

 同族達から迫害され、お前は人間ではないと言われた。人間ではないことにされた。

 

 寄って(たか)って嬲られて、そしてみんな離れていった。

 

 だから殺した。

 

 そして、気が付いたら独りだった。

 

「――ギャハ」

 

 いつもまるで源泉のように湧き起こり続けていた奇想天外なアイデアが。

 どんな人間にも思いつかないような、口にするだけで誰もが顔を顰めつつも誰もが唾を飲み込まざるを得ないような、そんな止めどない発想が――あの日から、止まっていた。

 

 まるで時が止まったかのようだった。

 まるで世界が死んだかのようだった。

 

 感じるのは、あの日からずっと身に付けている、唯一手放せずにずっと握り締めている、既に元が何色だったのかも判別できない――白衣の感触だけ。

 

 分かっている。()めたのは自分だ。()めたのは自分だ。

 

 世界が動き続ける限り生まれ続けるから、世界を止めた。

 思考する度に、生まれ続けるから――考えるのを止めた。

 

 分からない。何がいけないんだ。何が恐ろしいんだ。何が悍ましいんだ。

 

 武器を生み出したのは人間だ。武器を手にしたから人は、動物よりも強くなったのだ。

 兵器を生み出したのは人間だ。兵器を創り出したから人は、地球よりも強くなったのだ。

 戦争を生み出したのは人間だ。戦争を始めたから人は、この世界の支配者となったのだ。

 

 何がいけない。何がおかしい。

 

 ワタクシはただ、これまで人間がしてきたことをしているだけなのに。

 ワタクシはただ、これまでと同じように、人間を進化させようとしているだけなのに。

 

 ワタクシは――ただ――。

 

「……ワタクシは……人間では、ないのか?」

 

 遂に――考えてしまった。考えてしまった。考えてしまった。

 止めようとしても、止めようとしても、どうしても自分は考えてしまう。思いついてしまう。

 

 誰も考えたことがないような武器を。

 誰も創り出したことのないような兵器を。

 誰も描いたことのないような、見たこともない――戦争を。

 

 それはとてもとても真っ黒で、この世の何よりも悍ましい――遊戯(ゲーム)

 

 きっとそれは莫大な利益を生むだろう。きっとそれは絶大な悲劇を生むだろう。

 

 でも――でも――でも――アァッッ!!!!

 

「ワタクシは……ワタクシはァッッッ!!」

 

 見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たいッッ!!!

 

 そう思ってしまう自分は。そう思わずにはいられない自分は。

 

「ワタクシは……化物……なのか?」

 

 

――そんなわけがないよ。あんまり思い上がらないで。アナタ程度、化物に値しない。アナタは、人間。只の、人間。

 

 

 見上げたら、神がいた。

 

 レジー=ぺテルト=パルトマールという死に損ないは、後にそう語った。

 

 一目で目を奪われた。一目で心を奪われた。一目で全てを奪われた。

 

 それは少女だった。

 

 セーラー服に赤いマフラー。

 銀色の髪は編み込んでいて、銀色の眼鏡を掛け、手には文庫本を持っていた。

 

 一見すると通りすがりの文学少女に見えるが、サファイアのような透き通り過ぎた無機質な青色の瞳と、何故か羽織っている青色のジャージが、そのイメージに反していた。

 

 少女は真っ直ぐにレジーを見下ろす。否、まるで見ていなかったのかもしれない。

 手元の開いたままの文庫本の文字列を追っていたのかもしれない。それ程に、少女のサファイアのような瞳は、何も映していなかった。

 

 だが、そんなことすら、レジー博士にはどうでもよかった。

 

 邂逅の一瞬で己から全てを奪い去り、既にレジー博士にとっての全てとなっていた少女の言葉に、レジーは臆面もなく縋りついた。

 

「……人間。ワタクシを、人間だと――そう言っていただけるのですね」

 

――当たり前。だって、アナタ人間だもの。むしろ、人間そのものと言ってもいいくらい。人間の権化のような人間。すっごく気持ち悪い。

 

 無表情で、無感情でそう言う少女は、言葉とは裏腹に何も感じていないようだった。

 何も映していないサファイアのような瞳は、その整い過ぎている容姿と相まって、まるで人形のようだった。

 

 氷ですらない、人の形をした人形。

 だからこそ少女は神秘的で――神のように、人間離れした美しさだった。

 

 そして少女は、ぱたんと、綺麗な指で文庫本を閉じて。

 

――アナタこそが、人間。レジー=ぺテルト=パルトマール。

 

 何故、初めて出会った見知らぬ少女が、あらゆる記録から抹消された己の名前を知っているのか。そんな無粋な疑問は当然抱かなかった。

 

 ただ、その唇が、その喉が、その声帯が、その息が、我が名を紡いでくれたことにレジー博士は歓喜していた。

 

 信仰心が膨れ上がる。少女の為に死にたいと思った。

 

 そして、そんなレジー博士を見下すように少女は。

 

 神が人に与えるように、目の前の人間に赦しを与え。

 

――アナタの欲望を叶えてあげる。アナタはアナタのままでいい

 

 神が人に与えるように、目の前の人間に天命を与えた。

 

 

――思う存分、人間をやりなさい。

 

 

 そして、レジー博士は、戦争を起こした。

 

 彼がずっと思い描いた、思い焦がれていた最悪の戦争を。

 

 その戦争(ゲーム)はきっと、人間という生物の全てを曝け出す。

 

 多くの血が流れるだろう。多くの死で溢れかえるだろう――だが、それがどうした?

 

 それが戦争だ。それでこそ戦争だ。ずっと人間がやってきたことじゃないか。

 

 戦争に戦争を重ねて、戦争と戦争を積み重ねて――人間は進化してきた。

 

 技術を、産業を、経済を、世界を――進歩させてきた。

 

 この一歩は悍ましい一歩だが、世界にとっては大きな一歩だ。

 

 鮮血が舞い、絶叫が轟き、理不尽が溢れ返り、不条理に噎せ返り、反則が罷り通り、卑怯が幅を利かせ、腐臭が充満し、復讐が蠢き、裏切りが連鎖し、謀略が張り巡らされ、流れ弾で巻き添えを食らい、殺害しなければ殺害され、死人の死体で視界が――世界が、埋め尽くされる。

 

 連日連夜、繰り返される。世界中の何処かで。世界中の何処であろうとも。

 

 日が落ちて、夜が更ければ――さぁ、今日も戦争だ。

 

 楽しい楽しい、遊戯(ゲーム)の時間だ。

 

 あぁ。

 

 人間は、素晴らしい。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 バンッ――と、呆気ない音と共に。

 

 肉が弾けて、血が舞って――膝から崩れ落ちる。

 

 豪雪の亡骸を抱き締めながら。縋り付くように抱き付きながら――崩れ、落ちる。

 

 そして、絶叫が轟いた。

 

「YAHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!! レアキャラぶっ殺したぜぇええええええええええええええ!!!!!!!」

 

 

 

 今更だが――本当に今更だが、今は戦争の真っ最中だ。

 

『彼女』が、『彼』が、彼女が、彼が、そして彼が、戦い争っていたように。

“化物”が、“半身”が、“半血”が、“人間”が、そして“天才”が、殺し殺され殺し合っていたように。

 

 この千葉のとある岬周辺地では、化物と人間が戦争をしている。

 

 海の覇者である半魚星人。

 弱小種族である寄生(パラサイト)星人。

 そして――黒衣を身に纏った星人狩りの人間達。

 

 三つの種族。三つの勢力。三つの軍勢による三つ巴の戦争が。

 

 濁眼の黒衣と醜男の黒衣が呟いていた通り、これはこれまでの黒衣の狩り(ゲーム)と比べても極めて異質な戦争だった。

 レジー=ぺテルト=パルトマールという天才が用意した、未だかつてない規模での――世界大戦だった。

 

 前代未聞のこの大戦において、この『黒い球体の遊戯』の生みの親であるレジー博士は、今回限りの特例措置を行った。

 

 一つは、戦争エリアの拡大。

 此度の戦争は文字通り、世界の三分の一を敵に回した世界大戦。当然、敵の規模も文字通りの軍勢となるだろう。それにより、戦闘エリアもより広大なものが必要となる。

 

 一つは、制限時間の撤廃。

 今回の敵は、その数も、そして強さも今までの星人とは桁違いだ。

 例えこの天才の頭脳が生み出した超兵器を用いても、一時間で駆逐出来るなど、レジー博士も考えてはいない。

 

 これまでの小規模な戦争ならば黒衣が全滅しようとそれはそれで一興ではあったが――今回ばかりは、負けられない事情があった。

 ゲームオーバーでは困るのだ――これは、まだ()()()()()()()()のだから。

 

 そして、もう一つは――協力プレイの解禁。

 これまで各地域別に分かれ、それぞれの“黒い球体黒い球体(プレイヤー)”によって育成されてきた“戦士(キャラクター)”達の、一斉投入を強行した。

 

 敵は軍勢だ。ならば――こちらも軍勢をぶつけるのみ。

 未だ同国内のみしか“転送”を行えない為、全戦力投入とまではいかなかったが、いざとなれば“本部戦力”を送り込む手筈であった。

 

 つまりは――今宵、『彼女』が目撃したのは、この“千葉決戦”のほんの一部に過ぎず、地獄のほんの一端に過ぎない。

 戦争は、『彼女』から見えなかったところで、ずっと繰り広げられ続けていた。

 

 そして何度でも述べるが、今更だが――本当に今更だが、今は戦争の真っ最中だった。

 そして――そして。ほんの一端でも、隅の端っこでも、此処は――戦場だった。

 

 この山林は、この道は、この闇は、この地は――戦場だった。

 

 黒衣の戦士(キャラクター)達が放り込まれた、黒い球体の遊戯盤の上(ゲームエリア内)だった。

 

 星人という化物を殺す為に徘徊する黒衣の――狩り場だったのだ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 鬼怒川千三郎という栃木県の地名性を持つ東北育ちの少年は、九州エリアを支配する黒い球体の部屋の戦士である。

 

 苗字を使った「こんな名前ですが、実は鬼怒川温泉には浸かったことすらありません」という掴みネタを何度言ったかすらも覚えていない程に転校を繰り返した彼は、二十一才にして訪れた名湯でガイドブックを作れるのでは(勿論、鬼怒川温泉を除く)と思える程に日本全国を渡り歩いていた。

 

 子供の頃は転勤族の父親に憎悪すら抱いたものだけれど、思春期を過ぎた頃には、自分程に彩り豊かな青春時代を過ごした人間はいないのではと思えるようになってきた。

 

 テレビで流れるような美しい景色、美味しい郷土料理などは、その殆どがこの身で体験したことがある。

 あの景色も観た。あの料理も食べた。あの雪山に登ったこともあるし、あの海で泳いだこともある。

 関西弁も九州弁も東北弁も沖縄弁も喋れることが出来る。残念ながら栃木弁は今でも喋れないが。

 

 そう考えれば、自分という人間ほど、日本という国の魅力を学べた子供もいないのではないか――そんな風に考えた時、今度は自分の足で、自分の意思で、日本中を旅するようになった。

 

 転勤族の父親から自立し、九州の地で一人暮らしをしながら大学へと通い始めた鬼怒川青年は、だがようやく手に入れた安住を享受するのではなく、バイトを幾つも掛け持ちして趣味の旅行に生き甲斐を感じるようになった。

 

 そして、全国津々浦々を三年間見て回り、写真を撮ったり絵を描いたりしながら沢山の光景を切り取って、やがて将来の道を考えるようになった時――温泉ライターになろうと決意した。

 

 昔から温泉は好きだった。初めは「趣味は温泉巡りです。でも鬼怒川温泉には入ったことないです」というネタを使う為に言った方便が切っ掛けだったが、気が付いたら何よりも好きなものになっていた。ちなみに、自立した今も鬼怒川温泉には行ったことはない。ここまで来たら何か特別な切っ掛けがない限り、気軽に行ったら負けな気がするのだ。

 ずっと、転校続きの自分の伝家の宝刀だった自己紹介ネタに禊を捧げているというわけでもないが――まあ、楽しみを残しておくというのも、人生においては大事なことだろう。

 

 なんて。

 

 豊富な人生経験を積んだ十代を過ごしたからか、そんな達観したようなことを言うくせに。

 けれど、でも、どこかそんな自分は特別だと思っていて。周りの同級生達を、きっとどこか見下しているような、子供の部分を捨てられずにいる。

 

 そんな、子供でもない、大人でもない、不思議で自由な時期を過ごしていた、旅行好きの温泉ライター志望の大学生は――自宅の風呂場で死亡した。

 死因は出血多量。頸動脈をカミソリで切られて殺された。

 

 犯人は見ず知らずの五十代のホームレス。近所の銭湯で見掛けた、老人相手に将棋を指していた時の見下すような目が気に食わなかったらしい。

 むしゃくしゃしてやったらしい。後悔はしていないらしい。

 

 夕方のワイドショーで一瞬報じられたが――直ぐにテレビにノイズが走り、老人が誰もいない他人の部屋の風呂場に侵入し、奇声を上げたという事件内容に改変された。

 

 誰も気に留めずに、聞き流した。

 

 よくある日常の一部であるかのように。

 

 

 

 そして――今。

 

 温泉を愛した青年は、返り血を全身で浴びている。

 

 洗い流すこともせずに、乾いた上から上塗りをして。

 

 人並み以上に色々な経験をしてきたと自負していた青年は、見たこともない景色に壊された。

 

 見たこともない。

 聞いたこともない。

 嗅いだこともない。

 触ったこともない。

 味わったこともない。

 

 青年は、初めて知った。

 

 これが――地獄。

 

 今までたくさんの美しいものを見てきた――それが全て壊された。

 

 あの日――あの時――あの瞬間から、果たしてどれだけ月日が経っただろう。

 自分が、あの、無機質なワンルームに囚われてから、果たしてどれだけ経ったのか。

 

 初めて目の前で人が死んだあの日から。

 初めて化物を見たあの日から。初めて化物を殺したあの日から。

 初めて黒衣に袖を通したあの日から。初めて銃を持ったあの日から。初めて剣を持ったあの日から。

 初めて恩人を失ったあの日から。初めて親友を殺されたあの日から。初めて恋人を――殺してしまった、あの日から。

 

 初めて――100点を取った、あの日から。

 

 震える手で、震える声で、涙を流し――笑いながら。

 

『二番』――と、答えた、あの日から。

 

 果たして、どれだけ経ったのだろう。

 

 あの時、思った。

 ああ――俺はもう、死んでいるんだ。

 

 それはそうだ。だって俺はあの時殺されたんだから。死んでるに決まってるじゃねぇか。

 

 だから――これは夢だ。夢だ。夢だ。夢だ。夢だ。夢だ。

 

 なら、死んでいるなら、好きに生きなきゃ、損だろ?

 だったら好きに生きてやる。好き勝手にやってやる。思う存分生きてやる。

 

 だから――思い通りに、生きてやるから、頼むから。

 

 どうか、死ぬまで――覚めないでくれ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「ヒャッハァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!! 化物ぶっころぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!! ざまぁぁぁぁぁぁああああああああああああアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

 血に肩まで浸かった男が、まるでひとっ風呂浴びてきたかのように血にぐっしょりと濡れた男が、人間を殺してはしゃぎまくっている。

 

 鬼怒川千三郎は、この千葉決戦に収集された戦士の中でも、数少ない100点獲得者(ホルダー)として戦力の一角に数えられる猛者だったが、実はこの男は逃亡兵だった。

 

 地獄に壊されたこの男が、戦場に狂わされたこの男が、戦争に殺されたこの男が――逃げた。

 別格だった。恐怖でしかなかった。今までに、見たことのない景色だった。

 

 化物と化物と化物と化物と化物と化物しかいなかった。

 これまで自分達が殺してきた化物とは一体何だったのかと思える程に、格が違う化物揃いだった。

 

 そして、また――奴等に立ち向かう、人間達の正義の味方もまた――化物だった。

 九州ではトップクラスの戦闘力を誇り、同じ部屋の住人達から化物だと恐れられていた、この男から見ても、同じ人間には見えなかった。

 

 そして、何よりも、恐ろしかったのは。

 

 奴等が――人間だったことだ。

 

 自分よりも遥かに強く、きっと自分よりも遥かに地獄を見て来た筈なのに――奴等は壊れていなかった。狂っていなかった。殺されていなかった。

 

 死んで、いなかった。生きていた。

 前を向いていた。今に生きていた。未来の為に――戦っていた。

 

 それが――無性に、怖くなった。

 そして逃げた。逃げた。逃げた。

 

 戦場から逃げた。戦争から逃げた。

 敵に背中を向けて、味方を置き去りにして――逃亡した。

 

 誰も、追いかけてはこなかった。

 

 鬼怒川は知っている。

 実際の戦場では殺されてしかるべきの敵前逃亡も、この戦争ではある程度は許される。

 

 戦場にいればいい。エリア内から出なければいい。

 

 でも――このままでは、逃げられない。

 戦争から逃げれば、この遊戯(ゲーム)にまで背を向けたら――自分はもう、()()()()()()()()()()()()

 

 駄目だ。駄目だ。駄目だ。

 逃げなくちゃダメだ。逃げなくちゃダメだ。逃げなくちゃダメだ。

 

 逃げなくては――覚めてしまう。

 目を瞑れ。光を見るな。夜に逃げ込め。

 

 だから、暗い暗い、山の中へと逃げた。海から少しでも遠くへと逃げた。

 

 辺り一面を転がる死体を見ていくにつれ、少しずつ彼に笑顔が戻った。

 

 そうだ。これだ。

 此処が――俺の居場所。俺の逃げ場所。

 

 殺すんだ。殺して殺して殺して殺せ。

 

 もっと、もっと、血を浴びろ。

 汚せ。穢せ。俺を堕とせ。

 

 今更――俺に、光を見せるな。

 鬼怒川は、マップを見て、山中の赤点の明かりを一つずつ消していった。

 

 どれだけの血を流し、どれだけの血を浴びたのか。

 やがて、辺り一面の動いている存在を殺し尽くした時――山が揺れた。

 

 大樹が――生えた。

 

 驚愕と共にマップを見ると、そこは一つの青点と――()()の赤点。

 

 化物がいる。それだけを確認すると、鬼怒川は一目散にその場所へと向かった。

 

 そして、開けた空間に出た。

 辺り一面が凍り付いていることに一瞬目を奪われたが――すぐに彼の目は、巨大な大樹と、その根元にいる二つの人影を真っ直ぐに捉えた。

 

 ぐったりとした大柄の男と、それを支える美しい女性。

 鬼怒川は直ぐに気付いた。男は死んでいる。胸に穴が開いているし、死んでいる人間など無数に見て来た。

 

 マップを向ける。大樹の根元――そこに化物がいると示す、()()()()()が光っている。

 

 

 これは、レジー博士が今回のミッションにおいて施していた、特別処置の一つだった。

 そもそも戦場ではなく研究室を住処とするこの男が、何故、わざわざこうして黒衣を纏いながら戦争へと繰り出したのかといえば――『寄生女王(パラサイトクイーン)』をこの手で鹵獲し、己の研究材料とする為だ。

 

 つまり、レジー博士はこの戦争以前から、『彼女』に目を付けていたということで――当然、事前調査として、雪ノ下家のこともある程度は調査済であった。

 この一家が、『彼女』にとってどれだけの意味を持つ居場所であるか――そして、何の因果か、この戦争の日、彼等が揃いも揃って、この戦場に勢揃いするという巡り合わせに、レジー博士は笑みを歪ませながら一計を案じた。

 

 雪ノ下家の人間達――彼等もまた、ミッションのターゲットとして設定し、排除させること。

 そうして、『寄生女王(パラサイトクイーン)』の表世界での居場所を徹底的に破壊し――心を折る、ただ、それだけの為に。

 

 故に、陽光も、豪雪も、陽乃も――生きていれば、照子にも、初めから、星人も黒衣もその姿が見えていた。声も聞こえていた。戦争に、初めから、関係者として巻き込まれていた。

 

 故に――黒衣の戦士のマップには、彼等もまた、赤点として表示されていた。

 

 

 だから、この瞬間、雪ノ下陽光は、ミッションのターゲットとして、ハンターである黒衣に発見された。

 

 それに気付かないままに、陽光は、抱き締めている己が夫に手を翳す。

 美女の手に氷が生まれ、男の亡骸の胸の穴を塞ごうとしているかのように凍り付かせた。

 

 その光景は――鬼怒川千三郎という死人の瞳には、余りにも美しく映った。

 

 足が止まり、腕がだらんと下がり、手に持っていた短銃を手放しかけた。

 

 心が――洗われてしまうかのようだった。あれほど血に塗れた心が。

 

 殺害衝動が消えかかる。暴かれる。曝け出される。

 

 それに気付いた瞬間――鬼怒川は銃を向けた。

 殺意ではない。ただただ醜い、燃えるような憎悪で。

 

 目障りだった。眩しかった。

 

 だから殺した。

 

 

「ザマァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!! ヒャーーーーーーーーーハハハッハッハハハハハハハッハッハハ!!!!」

 

 笑った。笑った。笑った。

 

 必死に、必死に、はしゃいでみせた。

 

 何かから目を逸らすように。何かを自分に言い聞かせるように。

 

 これでいい。これでいい。これでいい。

 

 これでまだ、俺は暗闇の中にいられる。

 

 壊れていられる。狂っていられる。死んでいられる。夢に――浸れる。

 

 だから、笑え。笑え。笑え。

 

「ヒャーーーーーーーーハハハハハッハハハハハハッハハハハハハッハハ!!!!」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 その笑い声は、大樹の天辺まで届いていた。

 

 まるで、心地よいクラシック音楽に耳を傾けるが如く、レジー博士は目を瞑りながら穏やかに聞き入っていた。

 

(……あぁ。素晴らしい。なんと素晴らしい人間の叫び声なのでしょうか)

 

 全身が凍り付くような恐怖に怯えて。

 全身に粘り着くような欲望に侵されて。

 全身に燃え盛るような憎悪に狂わされて。

 

 必死に、必死に、自分を守って。

 必死に、必死に、他者を傷つけて。

 

 浅ましく、悍ましく、禍々しく、恐ろしい。

 

 醜く、醜く、醜く、醜く、醜い。

 

(あぁ! あぁ! あぁぁああああ!! 人間! 人間! これこそが人間(ワタシ)! これでこそ人間(ワタクシ)!! あぁ、素晴らしきかな、人間よ!!)

 

 霞み始めた右目。機能停止した左目。

 痛みも熱さも寒さも感じなくなってきたレジー博士は――静かな心で、祈りを捧げた。

 

(浅ましく悍ましく禍々しく恐ろしい、醜くて醜くて醜くて醜くて――とても哀れな、我らが人間達に――どうか、精一杯の幸あれ)

 

 右目の視界が滲んでいく。

 

 己が前に立ち、己が命を奪う化物の姿が――あの日の少女()に変わっていく。

 

(……ワタクシは、人間らしく、生きたでしょうか?)

 

 その答えは、決まっていた。

 

 だから、恥ずかしげもなく、何度でも言おう。

 

「ワタクシは、人間だ」

「そうですか。【私】は化物です」

 

 首を握り潰した。

 後、数分も持たずに死亡していたであろう生命を、一足早く刈り取った。

 

 全身のあちこちが機械だった男も、首は人間のままだったので殺すのは容易かった。

 

 そうだ。人間はこんなにも脆いんだ。こんなにも簡単に死んでしまうのだ。

 

 対して――【私】の、なんとしぶとく無様なことか。

 

 死は感じる。間近まできている死期は感じる。

 

 だが、結局、生き残ったのは【彼女】だった。

 

 誰よりも早く、誰よりも長く死に瀕していたくせに、結局、見苦しく生き永らえている――他の生命の全てを奪って。

 

 ゆっくりと、【彼女】は人の形を取り戻していく。

 

 背中も、両腕も、そして頭部も、元の美しさを取り戻していく。

 

 だが、空を見上げ、降り注ぐ雪を見上げる、その姿は。

 

 まるで、氷のように冷たい無表情で。

 

 余りにも冷たく、余りにも美しく――余りにも、怖くて。

 

 とてもではないが、人間のようには見えなかった。

 




 死んだ。

『彼』は死んだ。彼女も死んだ。彼も死んだ。――彼も死んだ。

“半身”が死んで、“半血”が死んで、“人間”が死んで。――“天才”も死んで。

 人間のような化物が死んで。
 化物のような人間が死んで。
 人間のような――人間が死んで。

『彼女』だけが生き残った。“化物”だけが、死に損なって。

 だけど、ちゃんと――白縫雪華も、間もなく死ぬ。

 そして、『彼女』の――物語も、終わる。
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