比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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いい加減、覚悟を決めろ――馬鹿息子。


妖怪星人編――⑤ 戦争の火種

 瞬間――家屋の中を充満する莫大なる『力』、その渦巻く速度が急激に増した。

 

「何だっ!?」

「ッ!!」

 

 士弦が瞠目し、鴨桜はタイムリミットかと目を細めて再びドスを構える――が、その『力』の流れは、暴走というよりも、まるで一カ所に向かって収束しているかのようだった。

 

 その渦の中心点は、童女と抱き合うようにして座り込んでいる――ひとりの少年。

 

「へ、平太――」

「これって……」

 

 まるで少年に吸い込まれるように、『力』が一人の少年に注ぎ込まれていく。

 先程までも細い糸を辿るように繋がっていた流れが、まるで太く強い道になったかのように急速に勢いを増す。

 

 そして、莫大なる『力』が流れ込んでいくにつれ、少年のボロボロの身体がみるみる回復していった。

 

 腫れ上がった瞼が、折れ曲がった腕が、傷が、痣が消えていく。

 そればかりが、痩せ細っていた筈の身体までもが、健康そのものの肌艶を獲得していった。

 

「……どうなってる?」

「……………」

 

 士弦の呟きに鴨桜は何の言葉も返さなかった。

 だが、状況から推測するに――。

 

(……おそらく、平太が自分の幸せを願ったことで、不安定だった幽霊の状態から座敷童という明確な『形』を手に入れた。それによって、あの莫大な『力』を制御することが出来るようになったってとこか)

 

 この家屋の中に渦巻いていたのは、そもそもがとある座敷童(詩希)が蒐集した運命の流れだ。

 そして平太は、幽霊となる際に、そして座敷童となる際に、この『力』そのものから多大な影響を受けている。相性がいいというどころの話ではない

 

 奇しくも、この莫大な『力』を納める『箱』として最適な形を、平太は手に入れたことになる。

 

(……そうなると、それはそれで面倒な話にもなってくるんだが)

 

 少なくとも今すぐに暴走の危険性はなくなった。

 それを喜ぶべきかと、鴨桜は一切の笑みを浮かべていない顔で思考しながら、一歩、平太達の方へと近づく。

 

「――よう。ずいぶんと男前になったじゃねぇか、平太」

 

 さっと詩希が平太を庇うように抱き締めるが、それを苦笑して剥がし、平太は真っ直ぐに鴨桜と向き直る。

 

「……えぇ。まだ、なんだかふわふわしていますが……さっきまでよりはすっきりしてます」

「そりゃ結構。並の妖怪なら身体が内側から吹き飛んじまうような『力』を取り込んで、そんな水浴びしたみてぇな感想が出てくるたぁ、頼もしい限りだ」

 

 一見すると、問題のないように思える。

 だが、平太の頬は熱に浮かされたかのように紅潮している。そして、ふわふわするという言葉。

 

(……()()()()()? 妖力に酔うってのは聞いたことがないが……注ぎ込まれる、外部から与えられる『力』に限ってはあり得ることなのか)

 

 つまり、最適な『箱』たり得る平太でさえも、完全に我が物としているわけではないということか――それとも、平太が取り込んだ『力』が、鴨桜が知っている妖力とは根本的に異なるものなのか。

 

 妖怪になりたての平太が、これから先に妖怪として成長していけば完全に制御下に置けるようになるものなのか――だが。

 

(――それはそれで、やっぱりデケェ火種になりそうだ)

 

 鴨桜がそんなことを考えていると、その後ろから「――その通りだ」と、士弦の声が聞こえる。

 詩希が、そして平太が露骨に身体を強張らせたのを感じて、鴨桜は露骨に溜息を()いた。

 

「――士弦。童が怖がってるだろ」

「さっきまでその童にドスを突きつけてた奴の言うことか。……それよりも鴨桜、いいのか?」

 

 何がだ――と問うよりも前に、両手でピンと張るように鋭い糸を持った士弦が、鴨桜の前に、そして平太の前に立つ。

 

「コイツの中には、さっきの莫大な『力』が詰まってるんだろ。あれはどう考えても危険だ。にも関わらず、肝心の『箱』がこんなガキだという。安心しろっていう方が無理な話だ」

 

 何が言いたいと、今度は鴨桜は口に出来た。

 士弦は淡々と返す。

 

「――殺すべきだ。コイツはこの先、戦争の火種になる」

 

 平太という『箱』を巡って、一触即発状態の『鬼』と『狐』の、妖怪と人間の戦争勃発の切られる火蓋になってもおかしくないと、士弦は言う。

 

 再び平太の前に出ようとする詩希、だがそれを再び平太が止める。

 鴨桜は一度士弦の方を向き、そして再び平太と向き合って問い掛けた。

 

「お前はどうしたい?」

 

 その言葉に、平太は再び微笑む。「やはりあなたは優しい人ですね」と呟いて、自分を殺そうとした男と、自分を殺そうとしている男に向かって言った。

 

「……確かに、その方が言うことは最もです。僕は妖怪のことはよく分からないけれど、こんな風に夢を現実に出来る力を、僕みたいなものが持っているということがどれだけ怖いことなのか……漠然とですが、理解しているつもりです」

 

 ですが――と、平太は。

 自分の胸に手を当てて、幽霊なのに、座敷童なのに、どくどくと心臓が動いているのを感じて――笑う。

 

 笑って、堂々と、力強く言う。

 

「僕は死にたくありません。それよりもずっと――幸せになりたい」

 

 その言葉に、背後の童女は嬉しそうに微笑み、桜と黒の斑髪は――人でも妖怪でもないものは、人でも妖怪でもあるものは。

 

 口元を、小さく綻ばせた。

 

「子供の戯言だな」

「ええ、子供の戯言です。でも、いいじゃないですか」

 

 子供なんですから、戯言くらい言わせてください――そう言って平太は、笑顔のまま、背後の詩希を庇いながら囁く。

 

「僕は逃げるけど、詩希はどうする?」

「決まってる。ついていく。置いていくって言ったって離れない」

 

 そう言って平太の服を掴む詩希。

 士弦は「逃がすと思ってるのか」と見せつけるように糸を伸ばして、そして鴨桜は。

 

「……はぁ。いいか、テメェら――」

 

 と、斑髪を掻き毟りながら何かを言い掛けた所で――瞬間、背後を振り返りながらドスを投げつける。

 

 だが、投げつけた相手は平太でも詩希でも、ましてや士弦でもある筈もなく。

 

 家屋の玄関口に向かって投げつけられたそれは、容易く扇によって跳ね返された。

 

「……気付かれましたか。若くとも、あの妖怪大将を自称する男の息子というだけはありますね」

 

 鴨桜に続いて、士弦も、平太も詩希もその方向に目を向ける。

 

 そこに居たのは、真っ白な長い髪を尾のように一つに纏めた美しい女性だった。

 水色の羽織に、動き易さを重視したかのような、この時代の女性としては珍しい膝丈ほどの着物。

 

 そして、何よりの特徴は――美しい白髪から飛び出る、頭部に付いた二つの耳だった。

 

 士弦は瞬時に鴨桜を守るように前に出る。

 ドスを弾かれ愛用の得物を失った鴨桜は、それでも動じることなく懐に片手を突っ込みながら冷たい眼差しで問う。

 

「――『狐』か。狙いはこの小僧かよ?」

「勘違いしないでいただきたいです。確かに目的はそこにいる少年で、私は狐の妖怪の血を引いていますが――私は『狐の姫君』の手の者ではありません」

 

 そう言って、白い狐の女性は、殺気を向けてくる二人の青年に向かって、己が手に持つ扇を広げて見せつける。

 

 扇に描かれていたのは――五芒星の紋様だった。

 

「私は、陰陽頭(おんみょうのかしら)――安倍晴明(あべのせいめい)様の遣いです」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 安倍晴明――その言葉に、鴨桜や士弦は勿論、妖怪の世界に詳しくない平太もが瞠目した。

 

「……安倍晴明?」

「……大人達が話していたのを聞いたことがある。確か、平安京で一番強い陰陽師だって」

 

 後ろで(わらべ)達が話している前で、士弦と鴨桜は神妙に囁き合う。

 

「これまたとんでもない名前が出て来たな」

「……陰陽師が、妖怪を式神に?」

「式神といっても人形だけじゃない。練度の高い陰陽師が、倒した妖怪を式神にすると聞いたことがある。自分を倒した人間の人形にされるわけだ。さぞかし楽しい余生だろうさ」

 

 そう言って狐の女を嘲るように言う鴨桜に、女は「流石はお詳しいですね」と涼やかに流し、その青い瞳を細めながら返す。

 

「我が主から聞かされたことを――お父様からお聞きになったのですか?」

「――――ッ」

 

 鴨桜は軽薄な笑みを消し、無表情で懐に入れていない拳を握る。

 士弦は「――鴨桜」と言って諫めるが、鴨桜は険しい顔のまま「……分かっている」と返す。

 

(……親父のことを知っているということは、コイツは間違いなく陰陽頭の式神だ。『十二神将(じゅうにしんしょう)』かどうかは分からんが……こうして戦闘の可能性のある場所にお遣いに出される時点で、かなり強力な妖怪上がりには違いない)

 

 それでも――自分と士弦の二人がかりなら、と鴨桜は思うが、この狐の女は、あの安倍晴明の遣いだ。

 万が一、ここでこの女を退治(ころ)した場合、『百鬼夜行』が平安最強の陰陽師に目をつけられかねない。

 

「……親父め。人間の陰陽師なんぞと関わりを持つからこういうことになるんだ」

「総大将を恨むのは筋違いだ。この状況にあの方は何も関係ないだろう」

 

 鴨桜と士弦の言葉に、狐の女は「その通りです。お父上は関係ありません。先程も言ったとおり、我が主の目的はあなた方ではなく――そこの少年です」と、青い瞳を彼等の後ろの童女と少年に向けた。

 

「妖怪大将の息子殿の側近であらせられる、たしか士弦殿と仰いましたか。あなたは先程、その少年を殺すことで憂いをなくそうとしていたご様子ですが、それはやめておいた方がよろしいでしょう」

「……それは、この小僧を陰陽師が回収したいからか?」

「可能ならば是非もありませんが、それが『鬼』や『狐』に露見すると、あなた方が懸念するように戦争が起こります。それでなくとも秒読みといった情勢ですが、わざわざ新たな火種を持ち込むこともないでしょう」

 

 それに、彼の中に貯蔵されているのは、そんな便利な『力』ではありませんからね――という、狐の女の呟きに、鴨桜は目を細めたが、そんな相棒に気付かず士弦は尚も言い募る。

 

「火種……そう、火種だ。分かってるじゃないか。コイツは戦争の火種になる。ならばさっさと消しちまいたい、そう思うのは間違っているか?」

「間違ってはいません。ですが、その消火方法が問題なのです」

 

 狐の女は、ゆっくりと彼らに歩み寄りながら、その青い瞳から感じる冷たさそのままの声色で語る。

 

「彼は、正しく『力』を溜め込んだ蔵が如き状態です。ですが、ただ殺すだけでは、溜め込まれている『力』は彼という『箱』を失うことでそのまま爆発的に溢れ出し、結果として甚大な『霊災』を発生させかねません」

「……ならば――どうすると言うんだ、陰陽頭の遣い」

 

 鴨桜達に並び、そしてそのまま追い越して、平太達の前に立った狐の女。

 あっさりと自分達に背中を見せた女に、士弦が糸をちらつかせるが、鴨桜はそれを手で制しながら問うた。

 

 狐の女は「決まっています。陰陽師らしく、術を使うのです」と、一枚の札を取り出しながら言う。

 

「平太殿。これよりあなたの中に溜め込まれた『力』を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 淡々と、事務的に告げられた解決案に、誰よりも真っ先に反応したのは、張本人の平太ではなく詩希だった。

 

「ざ、座敷童の能力と共にって、どういうこと!?」

「この家屋内に充満していた『力』は、あなたがこの家に手繰り寄せた、膨大なる運命の流れでしたよね、座敷童・シキ。それを平太殿は、不安定な幽霊の状態から、座敷童という明確なる形の『箱』を得ることで己の中に取り込みました。故に、我が主は、こういった解決策を用意したのです」

 

 狐の女は――平安最強の陰陽師の遣いは、その札を見せつけながら淡々と言う。

 

「この札によって、平太殿、あなたが取り込んだ莫大なる『力』を、あなたが獲得した座敷童という形の『箱』ごと、共に封じ込めることが出来るのです」

 

 その言葉に絶句する詩希を尻目に、鴨桜は瞳を細めた。

 

(……()()()()()()()。昨夜の時点で、警邏の式神からこの家の情報を得て、その札を準備したのだとしたら……安倍晴明は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――見透かしていたことになる)

 

 現代の陰陽頭であり――歴代最強の陰陽師・安倍晴明。

 妖怪の天敵であり、『大江山の鬼退治』や『菅原道真公の大禍』といった、数多くの伝説を誇る英雄の一人。

 

 かの大陰陽師様は、一体、どこからどこまで見透かしているのか――と、鴨桜が、狐の女の向こう側にいる『人間』に対して思考を巡らせていると。

 

「そ、そんなことをしたら、平太は!? 平太はどうなるんですか!?」

「ご安心を。平太殿自身が消失するわけではありません。あくまでも封印です。ただ――」

 

 狐の女は、童女から少年へと視線を動かす。

 狼狽える童女とは違い、張本人の少年は――鋭く、冷静に、唐突に現れた陰陽頭の式神を観察していた。

 

「平太殿。この封印を施した場合、あなたは座敷童としての形を失います。あなたは再び、幽霊へと戻ることになる」

「それは、僕はまた、不安定な状態になるということですか? ――つまりは、悪霊になる可能性が、再び発生すると」

 

 詩希が再び息を吞む――が、肝心の平太は、己の未来のことにも関わらず、その目はあくまで狐の女の観察を続けていた。

 

 狐の女は(…………なるほど。()()が気に掛けるだけのことはありますね)と、自身もまた平太を深く観察しながら「いえ、ご心配には及びません」と返す。

 

「あなたは既に一度、座敷童としての形を得ている。この札は、あなたの中にある座敷童としての材料(パーツ)の効力を封じるだけなので、あなたの魂は座敷童となることが確定している状態のまま幽霊へと戻るのです。進むべき路が確定している以上、あなたは不安定な状態にはなりません。いうならば――」

 

 狐の女は言う。少年は、それをただ、真っ直ぐに受け止める。

 

「――少年。あなたは、おそらくはこの国でたったひとりの、()()()()()()()()()()となるのです」

 

 平太は「…………ただの、幽霊」と呟く。それは己の未来を受け止めるというよりは、ただの単語としての意味を理解しようとしているだけに見えた。

 そんな少年を、狐の女が、そして斑髪の青年が静かに見詰める。

 

「……無論、座敷童としての能力を封じるので、何の力もない只の幽霊ですが、少なくとも悪霊などに化けることはないことを、我が主の名において確約致します」

「いえ、他の誰かに迷惑を掛けることがないなら十分です。ありがとうございます。正直、逃げるといっても宛てはありませんでしたから。すごく助かります」

 

 平太はぺこりと頭を下げた。

 そして、「それで、僕はこの札を使ってどうされればいいのでしょう? おでこにぺたりと貼られるんですか?」と狐の女に笑顔で詰め寄った。詩希が「ちょ、そんな簡単に――」と服を引っ張って制する。

 

 狐の女は、そんな畏れを知らない少年に――その実、笑顔の裏でどこまでもこちらを観察している少年に向かって「……ええ。使用方法は簡単です」と言いながら札を差し出した。

 

「この札を吞み込んでください。そうすれば――」

「分かりました。はい、ごくん、と」

 

 最後まで言い切らせず、平太はその札を呑み込んだ。

 途端、平太は己の中で何かが強く脈打つのを感じる。

 

 どくん、と。

 それはまるで怪物の鼓動のようで。

 

(……なるほど。幽霊になった時と、座敷童になった時はそれどころじゃなかったから感じる余裕はなかったけど――これが、自分という存在が()えられる感覚なのか……)

 

 平太は、その口端を歪ませる。

 そして――()()()()()()()()()()()()()

 

「――太ッ! 平太っ!」

「……し……き……? あれ? 僕、倒れてた?」

 

 己にしがみつくようにして身体を揺さぶっていた涙目の童女に、平太は己が無意識に掻いていたであろう大量の脂汗を拭いながら尋ねた。

 

 その問いに答えたのは「ほんの一瞬だがな」といつの間にか平太の傍に歩み寄っていた鴨桜だった。

 

「札を呑み込んだ瞬間に倒れ込んだから、普通に毒でも吞ませたのかと思ったぜ」

「この状況でそんなことはしませんよ。あなたも感じるでしょう――いえ、感じないでしょう。あれだけ荒れ狂い、世界を歪ませる存在感を放っていた、莫大なる『力』を」

 

 鴨桜は「ああ、見事なもんだ」と呟きながらも、狐の女と目を合わせる。彼女もそんな鴨桜に細めた目を合わせた。

 

 二人とも、確実に見たのだ。

 己の存在が書き換えられる――描き化えられる感覚。それを味わっていたであろう瞬間、間違いなく浮かべていた――()()()()()()()()を。

 

「……大丈夫、なんともないよ、詩希。……ありがとうございます。これで、なれたんですよね、僕は。……誰にも迷惑を掛けない、無力な只の幽霊に」

「……ええ、そうですね」

 

 無力な、只の幽霊。

 そう自称する、事実そうであろう、自分が持ち込んだ、この世界で誰よりも信頼する己が主によって作成された霊験あらたかなお札によって、そう堕とされた無力な少年に対し―――狐の女は。そして、鴨桜は。

 

「…………」

 

 戦争の火種になる筈だった少年。終わりを齎す筈だった少年。

 それを回避した筈なのに、それでも――どうしてだろう。

 

 自分達は、()()()()()()()()()()()()()()――そこまで考えて、事の成り行きを見守っていた士弦の言葉に、両者は思考を戻した。

 

「――それで。この後はどうする気だ、この小僧は? 野山に放逐でもするのか?」

「……いえ。『力』は封じ込めたとはいえ、昨夜、この家に目をつけたのは無論、我々陰陽師だけではありません。『狐』も『鬼』も、少年の存在は把握しているでしょう。我が主の封印を奴等が解けるとは思いませんが――」

 

 それでも、使い道がないわけではない。

 世界を改変する『箱』としては『鍵』が掛けられた為に使えないかもしれないが、少年という『箱』ごと破壊しての爆弾としてでの使用方法ならば、十分に切札になり得るポテンシャルを、今の平太は、変わらずに秘めている。

 何よりも、今、この平安京は戦争一歩手前の状態なのだ。

 

 目の前に核爆弾があったとして。例え自陣にそれを有効活用する術がないのだとしても、むざむざと敵陣に持って行かれることを由とするだろうか。

 それに封印を施したのは陰陽師陣営だ。すなわち、陰陽師陣営に持ち帰られたら、彼等はその莫大な『力』を有効利用出来る術を持っていると推測できる――他の陣営からしたら、それだけは避けなければならない最悪のシナリオだ。

 

「だからこそ、陰陽師(われわれ)が彼を保護するわけにはいきません。奴等を引き付ける餌にしかなりませんからね。故に――少年は、あなた方『百鬼夜行』に引き取って頂きたい」

 

 狐の女は鴨桜に言った。

 それに対し、反射的に苦言を呈したのは士弦だ。

 

「戦争の各陣営が血眼になって手に入れようとしている火種を、ウチが抱えろっていうのか?」

「これは、あなた達の総大将――あなたのお父上のご意思ですよ」

 

 前半の言葉を士弦を見据えて、後半の言葉を鴨桜を見据えて、狐の女は言う。

 

「そもそも、この少年に関係なく、近い内に戦争は間違いなく勃発するでしょう。そしてそれは、全てを巻き込んだ大きな戦争になる。怪異京も決して安全地帯ではありません。あなた方のような第三者陣営も、傍観者ではいられない。……いいえ、いるつもりがないのでしょう? 妖怪大将を継ぐとされる、二つの色の血を流す者」

「…………」

 

 怪異京――それは、鴨桜ら『百鬼夜行』のような、この平安京に穏やかに暮らすもの達が住まう神秘郷。

 人間達にも、『狐』や『鬼』といった外様妖怪達も知り得ない、裏の京――だった、筈。

 

 しかし、その存在を、名称も含めて、この陰陽師の遣いの式神はあっさりと口にした。

 

(……親父がバラした? いや、そんなことを親父がするわけがない。……だとすれば、怪異京の存在は、陰陽師――少なくとも安倍晴明からすれば秘密でも神秘でも何でもないということ。……そして、ここでそれを仄めかすということは……それは、『狐』や『鬼』にとってもそうだということか)

 

 それは、狐の女からの、お前達も決して安全圏にいるわけではないというメッセージ――または、脅し。

 鴨桜の、そして士弦の目線が鋭くなることも構わず、狐の女は尚も続ける。

 

「こう考えてはいかがでしょう。少年は火種ではなく、場合によっては『狐』や『鬼』、そして使い方次第では陰陽師(われわれ)に対しても有効的な切札になり得ると。この少年をどう使うのか、全てはあなたに掛かっています。百鬼夜行を継ぐ資格を有する可能性よ」

「……それも、親父からの言葉か」

「ええ。()()()()()()()()と。そして、もう一つ、言付けを承っています」

 

 狐の女は真っ直ぐに、若き半妖に向かって言った。

 

「――『いい加減、覚悟を決めろ、馬鹿息子』……と」

 

 鴨桜は、父からの、自分達を率いる妖怪大将の言葉に。

 

 奥歯を噛み締め――不敵に、笑う。

 

「……上等だ」

 

 そして少年の元へと歩み寄る。

 真っ直ぐ見下ろし、その笑みのままに、頭を鷲掴みにして問う。

 

「平太――俺の下に来るか?」

 

 只の幽霊の少年は、斑髪の青年の目を、ぶれずに見返し――ふてぶてしく笑ってみせた。

 

「……ええ。それが一番、()()()()()()です」

 

 よろしくお願いします。とぺこりと頭を下げる。

 鴨桜はそのまま隣の詩希を見るが、詩希はきっと睨み付けながら平太にしがみついていた。離れるつもりはないと示すように。

 

「だとよ」

「……はぁ。相変わらず厄介な展開に進みたがる奴だ。だがまぁ、お前が決めたことだ、もうとやかく言うつもりはない」

 

 そう言って溜息を吐いた士弦は、そのまま表情を鋭くし「……なら、次の問題は、どうやって家に帰るかだ」と両手で持っていた糸をピンと鋭く張る。

 

「おや、流石に気付いていましたか」

「うちの側近をなめるなよ。殺気を隠しちゃあいるが――お前さんの言葉にもあったしな――陰陽頭がお前を寄越したように、『狐』も『鬼』もお遣いを寄越したってことだろ」

 

 囲まれてる――と、鴨桜は呟く。

 この家の周りに、少なくとも二体の妖怪。

 

 いつまで経ってもいつものように両陣営の下っ端妖怪が暴れ出さないと思っていれば、それなりのクラスの妖怪が派遣されてきたようだと悟る。

 

 存在を隠しているのか強い妖気は感じない――が、もし、『狐の姫君』と『鬼の頭領』が安倍晴明と同じ位に、この家の危険性を昨夜の時点で感じ取れていたのならば、狐の女と同等以上の妖怪を寄越しているだろう。

 

 ならば、それなりに厄介な戦闘になると鴨桜と士弦が戦意を漲らせた所で――。

 

「――ご安心を。我が主は全てを見透かしています」

 

 狐の女が呟いた時――()()()()()()()()

 

 そう称する他ない光景が広がっていた。

 先程まで何もなかった筈の虚空に、真っ黒な穴が開いていたのだ。

 

「――――な」

 

 これには鴨桜も士弦も、平太も詩希も絶句することしか出来なかった。

 空間に、虚空に、世界に穴が開いている。

 その場所だけ()()かれたかのような、違和感しか覚えない暗闇が、開いた、というよりは、まるでそこにあった、そうであったかのように突然に、その場所に唐突に出現したのだ。

 

「ど、どういうことだ、これは!?」

「言ったでしょう。我が主は全てを見透かしていると。こうなることを我が主は予め見透かしていました。故に、あなた方の帰宅手段も、私はあの方から預かっています」

 

 そう語る狐の手には、平太の座敷童としての能力を封じた札とはまた別の、異なる呪文のようなものが書かれた札を手に持っていた。

 

(……まさか、そんな札一枚で、空間に穴を開けたってのか!? それも自らの手で行うことすらせず、遣いの式神が使えるような札一枚に……こんな世界をねじ曲げるような術式を!?)

 

 鴨桜は改めて絶句する。

 日ノ本最強の陰陽師――この国において、妖怪変化に対する最強の防衛存在。

 

 安倍晴明――その人間の、底知れぬ力量に、確かに自分は今、ごくりと生唾を呑まされた。

 

「この門は、怪異京へと繋がっています。ここを潜ればあなた方は外で待ち構える『狐』や『鬼』の手の者と遭遇することなく、家に帰ることが出来るというわけです」

 

 その言葉に安堵だけを覚えることが出来る程、鴨桜は間抜けになれなかった。

 つまりそれは、安倍晴明はいつでもどこでもお手軽に、鴨桜達の家に――怪異京に攻め込むことが出来るということだ。

 

(――覚悟を、決めろ……か)

 

 鴨桜は士弦と目を合わせる。

 

「…………」

 

 近づいている。そして、始まっている。

 

 いや、既に終わろうとしているのだ。

 

 昨夜――そして、今夜を機に、それは急激に加速する。

 

 清流のような黒と、目も眩むような桜をなびかせ――青年は、精一杯に強がりながら、その真っ白な女に向かって、不敵に笑う。

 

「――また会おう。そう、お前の主にも伝えてくれ」

「ええ、また会いましょう。そう伝えてくれと、予め我が主から言付かっています」

 

 鴨桜は、その言葉を聞くと、真っ先に己がその漆黒の闇の中へと足を踏み入れた。

 続いて平太が、恐る恐ると詩希が続き――最後に士弦が、狐の女と、そしてその奥を睨み付けるように一瞥してから続いた。

 

 そして、四者全員が通った直後、空間に開いた黒き門は、何もなかったかのように消失し――世界の理を歪ませる特異点となりかけた民家には、狐の女と、()()()()だけが残った。

 

「……あの二人は、俺の存在にも気付いてたみたいだな」

「あくまでも、何かいる、程度みたいでしたけどね。あなたの気配遮断に勘付けるだけでも将来有望というものです」

 

 そして、徐々に夢が醒めていく。

 一人の少年が、一人の童女の為に見た夢――原料の『力』と、術者となった少年が消えたことで、元の見るも無残な、倒壊した民家へと姿を変えていく。

 

「あれが、『百鬼夜行』の跡継ぎか」

「ええ。将来は有望そうでしたが、父親に比べればまだ未熟……しかし、彼等には酷な話ですが、無理矢理にでも成長してもらう他ありません。それこそが、我が主が見透かした、我が主が求める未来へと繋がる唯一の可能性なのですから」

 

 そして、それは、私が求める未来でもある――と、狐の女は己が胸の中で呟きながら、自身の周囲に青白い狐火を浮かべる。

 

 隻腕の男は仄暗い妖気を放ちながらその巨大な掌をぼきぼきと鳴らして、彼女と共に屋外へと出る。

 

 既に空には大きな月が浮かんでいた。

 そして、その月光を背に、『狐』と『鬼』の妖怪達は、高みから彼等を見下ろしている。

 

「俺が『鬼』をやる。お前が『狐』をやれ。お誂え向きだろ」

「あら? 代わってあげてもいいですよ? 古巣と刃を交わすのは気不味いでしょう?」

 

 抜かせ、と吐き捨てながら、隻腕の男は駆け出した。

 轟音が響く中で、狐の女は自身が担当する敵方と向き合いながら、誰にとも無くぽつりと呟く。

 

「……期待していますよ。ぬらりひょんの息子」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして、この日、平安京の片隅にひっそりと存在した一つの貧民街が消失した。

 

 昨夜、ここで失われ、今夜、ここで『箱』となった小さな少年の命が、この国に千年にも及ぶ因縁を齎す大きな戦争の小さな始まりとなった。

 

 そして、この日、この夜――ここではない、また別の場所においても、終わりは始まっていた。

 

 

 場所は――宮中・土御門邸。

 

 この時代の覇者たる『人間』が住まうこの場所で、第二の『前夜祭(前哨戦)』が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 第一章――【貧民街の座敷童】――完

 




用語解説コーナー

・神秘郷

 この世界の各地に存在する異界。
 規模、性質は神秘郷によって様々であり、条件を満たさなければ入り込むことが出来ないものもあれば、いつの間にか迷い込んでいるものも存在する。

 多くが、それぞれの星人種族のテリトリーとなっており、現代では星人郷ともいわれている。一つの神秘郷に複数種族が共存している例は稀れである。

 怪異京は平安京の裏という形で存在し、ぬらりひょんが平安京へと潜り込んだ際に発見し、己らの住処(テリトリー)とした。常に夜の世界であり、満月が浮かび、満開の桜が咲き誇る。
 百鬼夜行だけでなく、争いを好まない野良妖怪たちもぬらりひょんに招かれることで定住しており、みな穏やかに暮らしている。
 
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