比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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よう、化物。ご機嫌麗しゅう。

初めまして、人間。あなたのことが嫌いです。


寄生星人編――③

 

 ポロロン、と。軽やかに音を鳴らす。

 人魚は優しい手つきで、再び凶悪な殺意を飛ばした。

 

 放つは、先程よりも更に範囲を広げた、雨のような不可視の斬撃の散弾。

 

 人魚は目を瞑って、崖の上から響く轟音に耳を傾ける。

 

 そして、目を開いて、あっけらかんとあっさり呟いた。

 

「――手応え、なしね」

 

 彼女の不可視の音色の刃は、基本的には矢と変わらない。純白のハープは、彼女にとっては弓なのだ。

 自動追跡(ホーミング)機能などは付いておらず、不可視の斬撃を飛ばせるということ以外は、命中率などはセイラという戦士の技術に依存する。

 

 基本的には普通の射撃手と同じように、目で標的を捉えて、狙って、攻撃をする。

 故に、姿が見えない敵に対しては、遠く離れていく敵に対しては、どうしても命中率が下がってしまう。それは仕方がないことだった。

 

 なので、彼女はあっさりと、自らの手で標的を始末することを諦めた。

 

 私情を持ち込まず、感情を瞬時に整理する。

 一つの群体を率いる器として、彼女は確かにリーダーの素質を備えていた。または、磨き上げていた。

 

 そう、これは戦争――その、イントロにも満たない序章の始まりに過ぎない。

 

 使えるものは何だって使う。こちらは、まだ何だって使えるのだ。

 

(アンコールよ、レヴィアタン)

 

 不敵に微笑んだ金緑の人魚姫は、純白のハープをそっと巌の上に置いて。

 

 両手を捧げるように広げて、大きく息を吸って、瞳を閉じて空を見上げて――真っ暗な海に向かって。

 

 高らかに、妖しく、美しく――その歌を、響かせた。

 

 

 

 

 

+++ 

 

 

 

 

 

 走る。走る。走る。

 

 豪雪は愛する妻の手を痛いくらいに握って、陽光は愛する娘を痛いくらいに抱き締めて、陽乃は愛する母の胸に痛いくらいにしがみ付いた。

 

『彼女』は、そんな愛すべき家族を、痛いくらいに、見つめ続けていた。

 

 必死に、必死に、海から離れ、教会に向かって走り続ける家族。

 その後ろ姿を、背後から守るようにして、『彼女』は家族を守り続ける。

 

 時折降り注ぐ不可視の斬撃を、必要最低限だけ弾き飛ばしながら、悲鳴を上げて振り向こうとする彼等を、しゃがみ込みそうになる家族を――「振り向かないで!」と、叫んで――「立ち止まらないで! とにかく逃げるのです!」と、鋭く諫めた。

 

 今は兎に角、逃げること。海から少しでも離れること。

 こうして分かり易い単純な行動指針を示して、混乱と恐怖に陥った心でも何も考えずに身体を動かせるようにする。

 

 そうして雪ノ下一家を誘導しながら、『彼女』はこれからのことを考えていた。

 

 知ってしまった。彼女達は、知ってしまった。

 裏の世界を。夜の世界を――世界の、裏側を。

 

 星人の世界を知ってしまい、化物の世界に巻き込まれてしまった。

 真っ黒な戦争に、戦場に――巻き込んで、しまった。

 

「……………………」

 

 これから、彼女達はどうなるのだろうか。

 少なくとも『彼女』の知識として、星人の存在を知っている人間は、星人狩りの連中の他には存在しなかった。

 

 理由は単純――死んだからだ。

 偶然、星人の存在を知った者は、偶々、星人の世界に巻き込まれた一般人は――残らず、たった一人も残らず、真っ黒な世界に飲み込まれて死んだからだ。

 

 星人達の争いの、星人狩り達との戦いの、巻き添えを食らって――または。

 

 隠し通された存在である星人が、隠れ遂せ続けた存在である星人が――口封じの為に、秘密保持の為に、殺し続けてきたからだ。

 

(――――ッッ)

 

 まだだ――まだ、やり直せる。やり過ごせる。

 

 人魚は首を断ち切った照子以外の雪ノ下家の存在に気付いていない。先程の崖上の攻防から、『自分』のことも寄生(パラサイト)星人だと、ちゃんと化物なのだと気付くことだろう。

 

 ならば、このままちゃんと逃げ遂せれば、後は――彼女達のメンタルの問題だ。

 訳の分からない現象で照子は死んだ。海面からとんでもない怪物が現われるのを目撃した。

 どちらも、一旦日常に帰れば、余りにも超常過ぎて、自分達の見た夢なのだと、幻なのだと、そんな風に自己処理してしまうに違いない。

 

 照子の死体は、きっと奴等が、または尋常ではない事件隠蔽能力を持つ"黒衣”辺りが、上手いこと処理してくれるだろう。

 

 死体が見つからなければ、この断崖絶壁というロケーションからして、照子は足を滑らせて不運にも崖から堕ちたのだと、そんな風に都合よく解釈して。

 

 遺体のない葬式でも開いて、ある一定期間悲しみに暮れれば、また、きっと、すぐにでも、あの温かい世界が、日常が――きっと。

 

(…………………………あぁ。冷たい)

 

 そんな風に、醜く、滑稽で、悍ましい思考を繰り返しても――心は、頭は、既に、どうしようもなく冷え込んでいて、凍り付いていて、無表情で。

 

 こんな『自分』が、どうしても――化物に思えて仕方なかった。

 

 

 そして――再び、突き上がる、轟音。

 

 

「LUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」

 

 足が、呼吸が、止まる。

 

 止まらざるを得ない。それほどまでに、この雄叫びは――余りにも、怪物で。

 

 陽光が、膝が折れたかのように崩れ落ちて、振り返ることすら出来ず、倒れ込むようにして夫に抱きかかえられた、その胸の中で。

 

「――――い」

 

 やぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ――と再び決壊する、陽光の叫びを、搔き消すように。

 

 真っ黒な怪物は、天に向かって巨きく開けた口から、真っ黒な空を突き刺すように――()を放った。

 

 真っ黒な水柱が、真っ黒な怪物の口から天に向かって放たれる。

 

 それは、既に潮を吹くといった次元ではなかった。

 まさしく滝を、本来重力によって上から下に向かって降り注がれなければならない滝を、大いなる意思に逆らって突き上げているとしか思えないふざけた光景。

 

 だが、それでも、やはり重力は偉大で、地球は偉大で、そんな巨大な滝ですら――やがて重力に負けて。

 

 花が咲くように、花弁が開くように――水を滑らせる傘のように、滝が広がり、振り撒かれる。

 

 雨のように、一粒一粒が弾丸のように――陸地に向かって、散弾のように。

 

「――――ッッ!! 早く、逃げ――」

 

 人魚の不可視の刃と違って、はっきりと視認できる黒い弾丸は、正しく黒い雨だった。

 

 ダダダダダダダダダンと、大地が抉れる。

 それは最早、雨というよりは隕石といった有様で。

 

『彼女』が防御に回る前に、一際大きな“粒”が――雪ノ下家に向かって、真っ直ぐに飛来した。

 

 激突の瞬間――少し先で、何かが崩れ落ちるような音が響いた。

 

 

 

 

 

+++ 

 

 

 

 

 

 真っ暗な海の中、セイラは白いハープの背負いながら、輝く金髪をゆらゆらと靡かせて優雅に泳いでいた。

 

(…………少し遠かったかしら。まぁ、レヴィアタンは大事な切り札の一つなんだから、見せつけるって意味でわざと離れた場所に配置したんだけど)

 

 余りの巨大さ故にそうとは感じないが、実は真っ黒な巨大怪物――レヴィアタンは、かなり沖合で姿を現していた――それに気付いていたからこそ、『彼女』はあの異様な姿を確認してなお、悠然としていたのかもしれない。

 

 よって、先程の黒い雨ならぬ黒い滝は、雨粒のような残滓しか陸地に届かず、本体の滝は海を大いに荒れ狂わせるのみで、陸地を浸食することはなかった――それでも、わずかな粒のみで尋常ではない被害を齎したが。

 

(やっぱり強すぎる力は考えものね。……でも、だからといってリミッターを外し過ぎると、こちらもどうなるか分からないわ)

 

 セイラは自らが腰かけていた巌を呑み込む程の高波を生み、今も洗濯機の中の如く荒れ狂っている海中を溜息交じりに泳ぎながら、思考を素早く切り替えた。

 

(……まぁ、今はあの寄生(パラサイト)星人に拘っている場合ではないわね。同盟を断ったのであれば奴等も既に敵だけれど、所詮――()()()()()。今回の戦争相手は、一番の敵は、本命は――やはり人間なんだから)

 

 そして、セイラは一度ちらりと背後を――あの崖を振り返ると、そのままぐんぐんと海の中へと、真っ暗な闇の中へと消えていった。

 

 海上では、自らが荒れ狂わせた海の中へ、その巨大な背中から再び戻ろうとする、醜悪な黒鯨の雄叫びが地獄のように轟いていた。

 

 

 

 

 

+++ 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 うぇぇぇえええええええええええええええん――と、泣き続ける陽乃の声だけが響き続けていた。

 

 陽光と、豪雪は、ぐったりと意識を失って、『彼女』の背中から飛び出している第三の腕に――腕と称しつつもそれは背肉を裂かせて帯のような形にしたものだが――その悍ましき腕に夫婦仲良く纏めて包まれ、宙に持ち上げられている。

 陽乃は、『彼女』の人間のような両腕の中で、胸の前で抱きかかえられて、ただ只管に泣き叫んでいる。『彼女』は、そんな陽乃をあやすこともなく、ただ目の前の()()を眺めていた。

  

 

――幸せになれ。

 

 

 教会は、崩壊していた。先程の黒い雨によって、凄惨に。

 

 

「………………」

 

 無表情に、無感情に、無感動に、『彼女』は無言で立ち尽くす。

 

 ふと、化物の視力が、廃屋内に血溜まりを見付けた。それは神父の死体だった。

 

 雪ノ下家が幸福に満ちていたあの瞬間。

 陽光と豪雪の結婚式も、厳冬の葬式も、共に見届けてくれたあの神父。

 

「………………」

 

 やはり、『彼女』には、その死に顔がどんな感情に満ちているのか、分からなかった。長年の友人である照子の時と同じように。

 

 それよりも、今、化物丸出しで背中から出した帯で娘夫婦を包んでいることや、容易く刃へと変わる両腕で孫娘を抱いていることの方が、『彼女』の心を蝕んでいた。

 

 しかし、あの時はこれが精一杯だった。

 気が付けば辺り一面が穴だらけで、娘夫婦は大きな傷はなかったものの意識を失っていて、孫娘はただ泣き叫んでいた。『自分』も、致命傷は受けなかったものの、少なくない傷を負っていた。

 

 どうやってあの黒い雨を凌いだのか、『彼女』自身もよく覚えていない。

 もしかしたら、見られたのかもしれない。

 化物丸出しの姿を、陽光と豪雪に――雪ノ下家の人間達に、見られたのかもしれない。

 

 もう、何も考えられず、何も考えたくなかった。

 

(――帰らなくては)

 

 それだけが――『彼女』の身体を動かしていた。

 

 ふと目を向けると、教会の近くの駐車場――そこは無傷だった。

 雪ノ下家が乗ってきた四人乗りの普通自動車も、奇跡のように無事だった。

 

 うぇぇえええええええんと泣き叫び続ける陽乃を、ゆさと、優しく揺らした。

 かつて陽光を育てた時に学んだ挙動、力加減で、無意識に。

 

 泣き叫ぶのを止めて、涙目で、自身を抱き上げる存在を見上げる陽乃。

 

『彼女』は、微笑んだ。氷の美少女――氷の微笑女。

 

 ボロボロに汚れた顔で、それは尚も――美しく。

 

 

――人を愛して、愛する人と、幸せになれ。

 

 

 己の背中から飛び出る化物が、この愛らしい、まだ世界を知らない無垢なる存在からは見えないように、隠すように――『彼女』は、凍るように綺麗に、見るに堪えない程に美しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

+++ 

 

 

 

 

 

 左右を森林で挟まれた真っ暗な山道で、『彼女』は自らハンドルを握り普通自動車を走らせていた。

 

 化物である『彼女』は、寄生(パラサイト)星人である『彼女』は、その気になればその身だけで常人離れしたスピードで走ることは可能だが、それは自動車には到底敵わない程度の常人離れ(スピード)でしかない。

 

 後部座席に夫婦を寝かせ、陽乃はそっと母親の腕の中に戻した。

 未だ不安そうにこちらを見上げる陽乃の頭にそっと手を乗せよう――として、ピタリと、止めて。

 不思議そうに首を傾げる陽乃に、『彼女』はやはり微笑みを向けて――

 

――その時、ギュッと、()()()、陽乃を抱き締めた。

 

 目は覚めていない。意識は覚醒していない。

 それでも母親は、娘を求めて、無意識下でも娘を守ろうとしている。

 

 陽乃は、母の腕の中に、母の温もりの中に戻れて安心したのか、嬉しそうに笑みを浮かべて――眠るように、意識を失った。

 

(…………………)

 

『彼女』は、そんな光景に微笑みを浮かべて――氷のように、無表情になって。

 

 前を向いて、ハンドルを握り、アクセルを全開で踏んだ。

 

 後部座席で横たわる家族の眠りを妨げないように静かに、けれど、普通自動車が出せる最大速度を維持しつつ、山道を全速で進む。

 

「…………………」

 

『彼女』は巧みにハンドルを操作しながら思考する。

 

 この地は既に戦場だ。

 

 敵は海の星人の中でもトップクラスの大物――半魚星人のマーメイド族。いや、もしかすれば、マーマン族を含めての半魚星人全てが出動しているのかもしれない。

 

 否――()()()()()()()()。それだけならば、あの黒鯨の説明がつかない。

 あんな怪物が半魚星人にいるのならば、間違いなくもっと広まっている筈。彼等にあんな特別変異体が生まれるなど聞いたことがない。吸血鬼族ではあるまいし。

 

 そもそも、あんな怪物の存在など、見たことも聞いたことも、全く――。

 

「――――ッッ!!」

 

 キキィ――と、ハンドル操作が一瞬遅れ、カーブをギリギリの形で曲がる。

 家族はまだ目を覚ましていないようだったが、『彼女』の額からは冷たい汗が流れた。

 

 もし――この推論が、正しければ。

 

 まだ材料が余りにも少ない、推論というよりも極論、最悪の事態の想定という奴だが――もし、正しければ。

 

 事は、半魚星人どころの話では収まらない。正しく――戦争となる。

 

 星人と、地球人の、かつてない程の大きな――世界を揺るがす、大戦に。

 

(――どう、すれば……このまま戦場を脱出出来たとして……この推論が正しければ、下手すれば千葉を……日本を……世界全体を巻き込む程の……最悪の事態に……ッ)

 

『彼女』は、そっと、一瞬――後部座席で眠る、家族を見遣る。

 

 どうする――どうすれば。

 

 もしかすれば、今日、世界は変わり――世界は終わる。

 

 そうなれば、彼女達は――そして『自分』達は。

 

「………………………ッ」

 

 ハンドルを握る両手に力が入り、唇を噛み締める『彼女』。

 

 分からない――どうすれば――どうしたら――。

 

 

(――『私』は…………どう、したいの?)

 

 

 その時――化物の視力が、()()()()()()()()()()()()()を捉えた。

 

 

「――――ッッ!?」

 

 反射的にブレーキを踏む。

 

 最大速度で疾走していた普通自動車は急激に停止しようとして、ゴムが擦れる音と共に車内に慣性が働く。

 

 シートベルトをしていた『彼女』、そして同様の後部座席の家族の身体が揺さぶられる中――ギリギリで、その人影ギリギリで、車体は停止した。

 

「――――っ! ……………っっ!!」

 

 悲劇は何とか防がれたかと思われたが、『彼女』の表情は晴れず、更に曇る。絶望を、見つけたように。

 

 その人影は黒かった。

 頼りないチカチカと照らされる街灯が、その黒い影を照らしても――やはり、黒かった。

 

 真っ黒な光沢を持ち、身体に張り付く独特の全身スーツ。

 今、世界中で、星人と呼ばれる化物を猛烈な勢いで狩り尽している――謎の星人狩りの集団のユニフォーム。

 

 人影が纏うは――“黒衣”だった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 星人とは、つまりは異星人で、宇宙人である。

 

 こんな表し方をすると、まるで地球人のような、人間のような、二足二腕で言葉を操る生命体か、または両手を吊るされるように連行される頭が大きなかの有名な正体不明か、まさか今どきはタコのような火星人を思い浮かべるものはいないと思うが、まぁ、そのような存在をイメージし易いだろう。

 

 だが、ここで言う星人は、裏の世界で使われる星人という言葉は、いわば地球外生命体その全てを指す。

 

 人間とは別の知的生命体は勿論、お伽話に出てくるような怪物や、妖怪変化に至るまで――この地球上の至る場所に、奴等は様々な形で存在している。

 

 基本的に、星人は表の人間社会では隠し通され、そんなものはいるわけがないということになっているが――だからといって、人間達の全てが、地球人の全てが彼等の存在を知らなかったかと言えば、そんなことはない。

 

 星人という惑星規模の部外者に、人間ではない化物達に――目を逸らさず向き合い、立ち向かい、戦い続けてきた者達は、確かに存在する。それも、人間という生物が生まれた、太古の昔のその瞬間(とき)から。

 

 彼等は――星人狩りと呼ばれた。

 星人という化物と、命懸けで戦うことを使命とした、怪物退治の専門家(スペシャリスト)達。

 

 そもそも、星人達が今の地球上に置いて、その姿を潜め、隠れるように暮らしているのは――彼等がその昔、星人達との争いに勝利したからだ。

 

 かつて、地球由来ではない外来生物が、この地球の支配者であった時期も存在していた。

 

 つまり星人の全てが、自分達は外様の部外者だからと遠慮して暮らすことを選ぶような、謙虚なモノ達ばかりではなかったというわけだ――勿論、全ての星人達が新天地への野心を露わにしていたわけではないが、地球を侵略すべくやってくる宇宙人は、SF映画で描かれるような遙か未来ではなく、太古の昔から存在していた。

 

 そんな侵略心を抱えた星人達に対し、我らが地球を守るべく、奴等と戦う為の人間達が必要となったというわけだ。

 

 勇敢な星人狩り達の英雄譚は、基本的には星人達の存在と共に、その雄姿諸共、闇の中に葬り去られているが、その一部は、お伽話や神話として、今も世界中の人々に語り継がれている。

 

 人間達が、時代を経るごとにその支配力を強めていくにつれ、星人狩りの存在もまた、星人と共に世界の裏側へと消えていき。

 

 今では、各国の上層部のほんの一部と、星人狩りの特殊な技能を受け継いでいくほんの一部の後継者達に語り継がれていくのみとなっていた。

 

 星人達もその殆どが、地球に順応し、各々の居場所を見つけて、表面上は目立った動きも見せなくなり。

 

 人間同士の大きな戦争も終わりを告げて、世界全体が、地球全体が平和への道を歩き出し始めた――そんな、今日。

 

 

 とある、噂話が、裏の世界に流れ始めた。

 

 

 曰く、人間達が眠りにつき始める、怪物達も眠り伏せる、そんな丑三つ時に。

 

 真っ暗な夜の世界を、真っ黒な衣を纏った者達が、怪物を始末するべく動き出す、と。

 

 全く見たことのない新進気鋭の集団。

 技術も何もなく、ただ在り得ない程の性能を持つ不可思議な武具を乱雑に振り回して。

 

 次々と、次々と――容赦なく。

 

 対話もせず、命乞いも聞かず、星人達の集落を唐突に襲い、一切合財を駆逐していく。

 

 伝統も格式も無く、規則も密約も意味を為さず、誓約も制約も通用しない。

 

 文字通りのルール無用。

 今、世界中の星人達はおろか、世界中の星人狩りの組織すらをも、その支配下に治めようとしている、荒唐無稽の星人狩り集団。正体不明の――人間共。

 

 ()の殺戮集団の、名前など誰も知りはしない。

 

 ただ、こう呼ばれている。

 ユニフォームのように件の星人狩りが揃って身に着けている、機械仕掛けの黒い衣から。

 

 

――“黒衣”の星人狩り、と。

 

 

 

 

 

+++ 

 

 

 

 

 

『彼女』は、痛恨の思いだった。

 

 優秀なる『彼女』は、これまでの人生――化物生に置いて、失敗という事象自体の経験そのものが少なく、またそれらの失敗も、確実に糧として成長してきたので、この短時間に明らかな失敗を、何の糧にもならず、時を逆行出来るのであれば確実になかったことにしたいという痛恨の思いを、二度も連続してしまうことは、正しく痛恨の極みだった。

 

『彼女』は、当然、“それ”は居ると思っていた。例え居なくても、すぐにでも、この地に現われるだろうとは思ってはいた。

 

 摩擦力が働けばそれと反対の方向に慣性が働くのと同様に、星人が動けば、抑止力のように星人狩りも動き出す。

 

 そして、今日の世界的な情勢を考えれば、こんな事態に即座に動き出す星人狩りは――奴等に決まっている。

 

 黒衣。

 最近では動かない星人相手にすら働く抑止力として、星人達の間ではもっぱら評判の殺戮集団が、こんな事態で出張らない筈がない。

 

(……むしろ、彼等の過剰労働が――過剰な抑止力が、逆にこんな事態を招いたのではと言いたくなるけれど)

 

 思わず目の前の正義の味方にそんな恨み言を言いたくもなけれど――『彼女』は口を開かない。

 こんな痛恨の極みの愚行を犯した後では焼け石に水であるとは理解しているが、それでも愚行は重ねれば相殺されるというわけではない。焼け石を更に加熱するだけだ。

 

 今は、ただ祈るしかない――目の前の黒衣が、『彼女』の犯した愚行に気付かない愚物であることを。

 そんな思いを込めて、普通自動車の運転席からハンドルを握り締めつつ件の黒衣をただ見詰めるが――その黒衣は。

 

 ニヤニヤと、ニタニタと、およそ正義の味方とも、人類の希望とも思えないような、悪人丸出しな笑顔を浮かべている。

 

 絶対に性格が悪い。間違いなくクズ野郎だ。

 そんな、およそ『彼女』が初めて抱くような種類の感情を、『彼女』は無自覚に抱く。

 

 コイツは――嫌いだ。

 

「おいおいおいおい、どうしたんだよ美人さんよぉ。人一人轢き殺しかけといて、その態度はないんじゃないんですかぁ? あるでしょ。一言何かあるでしょうよぉ。ほら。いつまでもそんな風に固まってないで。ショックなのは分かるけど。とりあえず車降りて話しましょうよ、話。大人の話。あ、別の意味の大人な話でも可。フヒ」

 

 イラッ。『彼女』は思わずハンドルを握り締める両手に力が入るのを感じる。

 

 目の前の黒衣は、年齢は豪雪と同じくらいの男だった。

 ボッサボサの髪。アレ絶対リンスとか使ってない。シャンプーをガーッドライヤーでガーッではい終わりって感じの髪。モテる努力しない俺マジ自然体カッケェとか思っている典型的なモテないタイプ。ピョンと一房だけ飛び出ているアホ毛がマジうざい。生理的に嫌い。身長はそこそこ。顔もまあ整っているが、あのニタニタ笑いがその全てを台無しにしている。ていうかマジで嫌い。生理的に嫌い。そして目だ。何といってもあの目。この世の全てを舐め腐っているかのような色の濁りきった瞳。嫌い。もうマジで嫌いだ。生理的に大ッ嫌い死ねッ――以上、『彼女』の中に現在進行形で渦巻いているモヤモヤを、言葉として表すと大体こんな感じだった。

 

 生まれて初めてだった。初対面の誰かを、僅か数秒でここまで嫌いになったのは。まるで天敵に出会ったかのような気分だった。

 

 だが、今の『彼女』には、そんな初めての感情に戸惑うことも、自分が生まれて初めて、 “嫌悪”と、間違いなく、たった一言で、明確に言葉で表することの出来る感情に出会ったことを自覚することも、出来なかった。

 いっそあの時に轢き殺していれば――そんな思考に、そんな後悔に、そんな痛恨に囚われていた。

 

 それは、この目の前の黒衣憎しという思いだけでなく、単純に失策という意味での後悔――痛恨。

 腹立たしいことに、憎々しいことに――この黒衣は、愚物ではない。

 

 気付いている。奴は、『彼女』の痛恨の失策に。

 

「はぁ……晴空(はると)。あなたがクズ野郎なのは今に始まったことじゃないけれど、そういうのは無駄に事態をややこしくするだけなんだから止めなさいよ」

「そうだよ、はるるん。あの女の人がかわいそうじゃん。それに、いきなり車の前に飛び出すなんて危ないよ?」

「こちとら昨日も今日も残業残業であぁやっと帰れるって思ったら、真夜中にこんな戦争(こと)に駆り出されて正直ダルいの。帰って寝たいの。分かる? だからさっさと終わらせましょ」

「え? またあおのん残業だったの? 赤ちゃん生んだばっかりなのに大丈夫? ちゃんと食べてる? 今度ごはん作りに行こうか?」

「それだけは止めて。疲れ切った私の身体に止めを刺す気?」

「ひどっ!?」

「あーもう、うっせぇぇぇ!! 両側からやいのやいの言うな! それから痴女! 俺のことは二度とはるるんと呼ぶなって言ったよなぁぁぁぁあああ!」

「ちょっ!? 誰が痴女だし!? っていたいいたいやめて離してぇぇええ!!」

 

 濁った眼の黒衣の後ろから、その両側に更に二人の黒衣が現われた。

 

 二人とも女性。

『彼女』から見て右側、切り立った断崖側に立つのは、艶やかな黒髪に眼鏡を掛けた、落ち着いた雰囲気を持つ、均整の取れたスタイルのスレンダーな女性。

『彼女』から見て左側、鬱蒼とした山林側に立つのは、明るく茶色に染めた髪をお団子に纏めた、落ち着きのない賑やかな、豊満なボディの発育のいい女性。

 

 そんな、明らかに美女と称されるであろう女性達に、あんなクズ野郎が挟まれているという現実が、何故か無性に『彼女』の癇に障った。

 

 濁った眼の男が、お団子髪の女の顔面を片手で掴み上げて吊るしているのを、眼鏡の女性と、更に三人の後方にいる醜悪な容姿の男の黒衣が溜め息を吐いて眺めている。

 

 この場にいる黒衣は、全部でこの四人。

 

(――四人)

 

 黒衣――今だからこそ、世界で最も恐ろしい星人狩り集団と呼ばれる彼等ではあるが、ほんの少し前までは、彼等は全く無名の集団だった。

 

 彼等には、歴史も、ノウハウもない。

 全くのゼロから始まった集団だということは、誰が見ても明らかなことだった。

 

 その前例や慣例を全て無視したかのような伸し上がり方も勿論だが、一つに、彼等の戦闘スタイルに、技術というものが全くの皆無だったことが挙げられる。

 彼等は、明らかにズブの素人集団だった。

 

 はっきりと記録に残っているわけではないが、数々の有力星人組織を壊滅させてきた黒衣の初陣は、片田舎の辺境の村を食い物にしていた野盗のような無名の星人グループとの戦いだったらしい。

 敵の数も十に満たるかどうかという程の、小規模というにも少ない数。

 それでも――黒衣達は、あわや壊滅といった境にまで追い詰められてしまったらしい。

 

 これは、始まりの黒衣達が弱い人間だったのかと言えば、そうとは言い切れないだろう。

 より正確に表するなら、()()()()()()()()()だったのだ。

 

 星人という存在を、化物の実在を、何も知らず、知らないまま――化物退治に、星人狩りに挑んだのだ。

 それがどういう背景を持った無謀なのかは知る由もないが、それでも黒衣達は、まるで懲りることなく愚かに無謀を重ね続けた。

 

 そして、いつしか、誰しもが恐れる、星人にも人間にも忌み嫌われる――殺戮集団と成り果てた。

 それでも、どれだけ規模を大きくしても、何故か全く変わらない悪習があるらしい。

 

 唐突に戦闘を仕掛けてくる、戦争をすべく襲い掛かって来る、黒衣の集団の襲撃には、決まって、一定数――何も知らないズブの素人が紛れ込んでいる。

 一般の人間が放り込まれている。

 

 同じように黒衣を纏いつつも、化物をまるで化物を見るような目で見上げて、怯え、恐怖し、震え出す――普通の、人間が。

 囮として用意しているのか、それとも、今も尚、新たな戦力として育てるべく新人育成というには余りに惨い教育を強いているというのか。

 

 どちらにせよ恐ろしく、悍ましい、どちらが化物なのか分かったものではない鬼畜の所業だが――だからこそ、人間達の同職の星人狩り達も、黒衣に対して嫌悪感を隠そうとしないのだろうが――それは、その悍ましき悪習は、ここでの『彼女』にとっては最後の希望ではあった。

 

 四人の黒衣。四対一。

 

 だが、それでも、もしかしたら。

 彼等が何も知らないズブの素人であったなら。無理矢理こんな状況に放り込まれた哀れな一般人なのだとしたら。

 

 そんな希望は、そんな儚い希望は、あの濁った眼の黒衣が只者ではないと分かってしまった時点で、潰えたようなものだったけれど――案の定、世界は、現実は、やはり氷のように冷たかった。

 

(………………そう、甘いわけがなかったわね)

 

 これは現実で、既にここは裏の世界、真っ暗な夜の戦場だ――この期に及んであわよくば逃げられるかもしれないなどと考えていた己の愚考を、『彼女』は吐き捨てるように内心で嘲笑った。

 

 ニヤニヤニタニタと笑うあの濁り眼の黒衣だけではない。

 彼の右側に佇み、いい加減放してやれと彼の左耳を引っ張る眼鏡の女の黒衣も。

 三人の少し後方で佇みながら、左腕の何か四角い画面のようなものを見る醜悪な容姿の黒衣も。

 

 濁り眼の男と同じく、鋭く、険しく――全くの油断なく、こちらの動きを観察している。

 あの二人も、愚物ではない。只者ではない黒衣が――少なくとも、三名。

 

(…………あのお団子髪の子は、分からないけれど)

 

 濁り眼の男のアイアンクローから解放されて、「うわーん! あおのーん!」と眼鏡の女性に抱き付いている彼女は、果たして気付いているのか不明だが――これだけの面子の中に紛れているということは、気付いていることをこちらに気付かせていないだけのかもしれないと思わせる。怪しくなさ過ぎて逆に怪しい存在のようにも感じて来る。

 

(……考え過ぎ? いえ、彼等は黒衣。考え過ぎて、恐れ過ぎて過剰ということはないわ。……少なくともあの三人は……認めたくないけれど、最低でもあの濁り眼の男は、()()()()()()()()()()()

 

 団子髪の黒衣に抱き付かれてうっとうしそうな顔をするが、眼鏡の黒衣は引き剥がそうとせず、どうしてくれるんだとばかりに濁り眼の黒衣にジト目を送る。

 

 だが、濁り眼の黒衣は既にそんな女性陣に見向きもせず――ニヤリと。

 

 この上なく腹立たしく、そして、この上なく恐ろしい――笑みで。

 

 凶悪で、攻撃的な、捕食者の笑みを――人間が、化物に対して向けていた。

 

『彼女』を、化物だと、確信した上で向けられる、宣戦布告の笑みだった。

 

「さぁて。化物が化物の癖に往生際が悪いので、この俺様が、若干一名の事態を把握していないアホの子への説明を兼ねて、徹底的に逃げ道を塞いでやろう。あんまりにも見苦しい自分への恥ずかしさに耐え切れなくなったら、潔く車から降りて来い。殺してやるから」

 

 まぁ――そう言いながら、濁り眼の男は、車内の『彼女』に向かって、異様に銃身の短い機械的な銃を向ける。

 

「――降りなくてもどっちみち殺すけどな」

「……………」

 

 濁り眼の男は見下すような笑みを崩さず、『彼女』もまた無表情を崩さない。

 

「……ねぇ、はるるん。アホの子ってもしかしてあたしのこと?」

「しっ。大人しくしなさい。後でクッキー作ってあげるから」

「あおのんあたしのことバカにし過ぎだからぁ!」

 

 うるさい左右に対し「うぉんへん! ごほぉへんらぁ!」と下手糞な咳払いを漏らす濁り眼の男。そして額を押さえて大きなため息を吐く醜男の黒衣。

 

「………………」

 

 もしかしたら普通に逃げられるじゃないだろうか、と『彼女』は真剣に検討したが、ぐっとかなりの精神力を使って堪えた。

 

「まぁ――降りなくてもどっちみち殺すけどな」

 

 と、何事もなかったかのように編集点を作って、濁り眼の男は短銃の銃口を『彼女』に向けたまま続ける。

 

「実を言うと、俺達は正義の掃除屋なんだ。主に真夜中にこっそり化物退治なんてことを生業としてる。そんで驚くべきことに、ここら一帯は化物出没注意報発令中の、ま言っちまえば戦場ってわけなんだが――色々と特殊な細工をしてはいるが、道を塞いで交通規制とか掛けてるわけじゃあない。こんなド深夜の、あッ郊外の、あッ山奥に、うっかりどっきり何の罪もない無知でむっちむちな一般人が紛れ込んでいても……まぁ、おかしかぁ、ない。実際、これまで何度かそんなことがあったわけだしな」

 

 濁り眼の黒衣の言葉に、団子髪の黒衣はうんうんと首を縦に振って頷く。

 そして――眼鏡の黒衣は、気怠げにどこからともなく漆黒の刀身の刃を取り出し、醜男の黒衣は身に着けている黒衣を筋肉質に膨れ上がらせた。

 

 濁り眼の黒衣は尚も挑発的な笑顔で語り、『彼女』は氷のような無表情で聞き続ける。

 

「だがな、情報の隠蔽工作なら定評のある俺等だ。当然、そんな一般人対策は講じてある。……あんな顔をしてたんだ。薄々、辿り着いてはいたんだろう?」

 

 そして濁り眼の男は、更にその挑発的な笑みを――挑戦的な笑みを深めて、言った。

 

「――()()()()()()()

 

 無表情で、無感情で、無感動――のように、見える。

 

 氷の表情の、中で――『彼女』は、歯噛む。

 

 ()()()()()()と。

 

 濁り眼の男は続けた。

 

「そう――それが、俺達の圧倒的な科学力(ちから)だ。テメーら化け物共を討ち滅ぼす力だ。そうだ、そうだよ、そうなんだよ美人な化物ちゃん」

 

 ダンっ――と、車のボンネットに足を乗せ、見下すように男は続ける。

 

「お前の絶望通り、あの時――()()()()()()()()()()()()()()()()で、お前は自分が化物だって自白したんだ。そもそもあんだけのスピードでこうしてピッタリ止まり切れてる時点で、どんだけの距離で俺を発見したんだって話だけどな」

「……はぁ。まぁ、だとしても、いきなりあんなスピードの車の前に飛び出すとか、こっちの心臓が保たないから止めて欲しいんだけど。ホント、その自己犠牲っぷりはいつになったら治るんだか」

「かっ。このスーツ着てりゃあ、俺様の才能なら自動車程度のスピード躱すくれぇわけねぇっての。それ以前に、自己犠牲なんてするわけねぇだろ」

 

 濁り眼の男は、横に並ぶ眼鏡の黒衣の肩を掴み――短銃を構えていない左手で、胸の中に彼女を押し込んだ。

 

 そして、濁った眼は『彼女』に向け続けながら、挑発的な笑みはそのままで、不敵に言う。

 

 まるで他の誰でもない――己自身に刻み込むように。

 

「俺はもう――家族を守る、父親になったんだからよ」

 

 男の腕の中の女は、眼鏡の黒衣は――ふん、と、頬を少し朱色に染めながらそっぽを向き、ぼそぼそと、小さく呟く。

 

「……父親らしいこと、何一つしてないくせに。……さっさと終わらせて帰るわよ。家に帰ったら、あの子に少しは愛情を注ぎなさいよね」

「あー。でもなー。アイツ、赤ん坊の癖に可愛くねーんだよなー。全く、誰に似たんだか。親の顔が見てみたいぜ」

「間違いなくアナタの子よ。今から将来が不安で仕方ないわ」

 

 眼鏡の黒衣は、キュッと唇を噛み締めて――濁り眼の男の腹に肘を入れ、男が「ぐふっッ」と悶絶している間に距離を置いて、ニヤけているような白けているような団子髪の黒衣と純度一〇〇%で呆れ返っている醜男な黒衣の視線を無視して、漆黒の刀を構え直す。

 

 そして、濁り眼の男が、再び胸を張って『彼女』を見下し、若干涙目のままで言った。

 

「つまり! ネタは上がってんだよ、速やかに投降しろ! 俺よりもいい車に乗りやがって、免許持ってんかよ、コノヤロー!」

 

『彼女』は大きく息を吐いて――ハンドルから手を離し、シートに身体を預けるように倒れ込んだ。

 

 濁り眼の男は、不敵に、挑戦的に――殺意を覚える程の、ドヤ顔で言う。

 

「人間ごっこはしめぇだ――寄生(パラサイト)星人。……いつまでも、偽物に縋ってんじゃねぇ。お前が逃げているのは――」

 

 シートに体重を預けて、後部座席を、先程の急ブレーキを受けても未だぐったりとしている雪ノ下家の家族の姿を見ていた『彼女』を――殺すように。

 

 その男は、その黒衣は――ナイフのような、現実を突き付ける。

 

 

――只の欺瞞だ。化物め。

 

 

「――――」

 

 その、濁った眼の黒衣の男が、挑発的な笑みで、嘲笑するような言葉で、放った言葉は。

 

『彼女』の――氷のように凍った心を、アイスピックのように、鋭く突き刺した。

 

 瞬間――氷の美少女が、氷の微笑女が。

 

 微笑みを忘れて、顔を真っ赤にして――憤怒に表情を歪めて、沸騰する。

 

「――お前――――なんかに――――ッッ」

 

 ダンっ!! ――と、運転席のドアが勢いよく吹き飛んだ。

 

 瞬間――濁り眼と醜男の黒衣は後ろに跳んで距離を取り、眼鏡の黒衣も団子髪の黒衣を抱えてそれに続く。

 

 そして、眼鏡と団子髪と醜悪の黒衣は、緊張に身体を固くするが。

 濁り眼の黒衣は、隣の眼鏡の黒衣に「――雨音(あお)、下がってろ」と告げ、一歩、前に出る。

 

 吹き飛んだドアに続いて、ゆっくりと優雅に車を降りて来たのは、妖しい程に美しい、黒い礼服に身を包んだ、氷のような美女だった。

 

 髪色はしっとりとした、烏の濡れ羽色の漆黒。瞳の色は少し水色がかったアイスブルー。

 人形のような、氷のような無表情だったが――この時、『彼女』は生まれて初めて。

 

 燃え盛るような、激しく熱い怒気を――噴火するかのような憤怒を、その身に纏っていた。

 

 眼鏡の黒衣は、団子髪の黒衣は、醜男の黒衣は――揃って警戒を露わにする中。

 

 この人間は、悪魔のように嗤う。

 

「よう、化物。ご機嫌麗しゅう」

 

 その化物は、人形のように答えた。

 

「初めまして、人間。あなたのことが嫌いです」

 




その人間は、化物のように嗤った。

その化物は、人間のように怒った。


■■■■は、その日、この夜――生涯の天敵と遭遇した。

夢から醒めた寄生星人は、闇よりも濁る瞳の黒衣との戦争に挑む。
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