比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば


妖怪星人編――⑰ 黒い炎

 

 どれだけ『枕』を書き続けただろう。

 

 あの日――唯一無二の華を失い、魂も手放した抜け殻のようになっていた私に、その黒きの陰陽師は言った。

 

『貴女様には――才がございます。貴女様が己の全てを注ぎ込んで生み出したその『枕』は、このまま丹精に念を込め続ければ、いずれは立派な『触媒』とになりましょうや。その為の手筈は拙僧が整えます故――まだ、諦める必要はございませぬ』

 

 諦める? ――何を?

 

 私は、何を――諦めてなくてよいというの?

 

 全てを失った、この私に、一体、何をしろというのよ。

 

『果たさなくてよろしいので? ――その宿願を。貴女様の中で、轟々と燃え続けている、その願望を』

 

 宿願――願望。

 

 私の、願い。私の、望み。

 

 中宮様を失った私の――中で、轟々と燃えるもの。

 

 それは――。

 

『―――――――――憎い』

 

 憎い――憎い。

 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い――憎いッ!

 

 そうだ――私は、憎い。

 憎くて憎くて憎くて憎くてしょうがない。

 

 消えない。そうだ、私は憎い。

 私の中で、まだ燃えている。その憎悪は、今も黒く、轟々と燃え続けている。

 

『そうでしょう――そうでしょうとも。ならば綴るのです。あなたの『枕』を。白く美しいそれではない、貴女様の中の黒き憎悪を存分に込めた――黒き『枕』を。そうすれば――貴女様の、その燃え盛るような願望が叶う時が必ず来ると、そうお約束いたしましょう』

 

 この――()()()()がッ!!

 

 そう言い残して以来、全く姿を現さなくなった陰陽師の言葉が、いつまでも耳から消えずに残り続けている。

 

 

 私は――粛々と『枕』を綴り続けた。

 

 夫を捨て、娘を置いて、誰にも見つかることのない山の中にあった小屋を住処にして、いつまでも『枕』を綴り続けた。

 

 気が付けば、私に付いてきてくれた家人は一人だけになっていた。

 

 けれど私は、そんな彼女にお礼を言うこともなく、ただ『枕』だけを綴る日々を送る。

 

 あれだけ美しかった、中宮様との幸せな日々を綴っていた『枕』は――いつしか黒く汚れていた。

 

 中宮様が私に、しあわせになる為に使ってと贈ってくださった、この国でも最上級の白く美しい紙は――私が吐き出した黒き憎悪で真っ黒に穢れていた。

 

 ああ――ごめんなさい。ごめんなさい、中宮様。

 本来ならば、きっとこの『枕』が、いつまでも後世に、中宮様の美しさを残し続けた筈なのに。

 

 私はそれを、ただただ醜い、黒き願望を叶える為に穢し続けている。

 

『――憎い――憎い』

 

 だけど――消えない。

 この黒い激情が消えてくれない。

 

 憎くて憎くて憎くて憎くてたまらない。

 

 中宮様が亡くなったのに、今ものうのうと息をしている肺が、鼓動を続けている心臓が――憎くて憎くて堪らない。

 

『――死ね――死ね――殺してやる――殺してやるッッ!!』

 

 だから私は今日も『枕』を綴る。

 

 黒き陰陽師の何の信用も置けない予言だけを頼りに、黒い『枕』を綴り続ける。

 

 全てはこの黒い願望を叶える為。

 憎くて憎くて憎くて堪らない命を、最も相応しい形で殺す為に。

 

 為に――為に?

 

 

――それは、お前の心からの願いか? 清少納言よ。

 

 

 誰だ。私の夢に――土足で踏み込んでいるのは。

 

 ここは私の夢だ。ここは私の――中宮様との、思い出の世界だ。

 

 

――大変美しく、興味深い物語であった。だが、些かばかり長過ぎる。もう、夜が明けてしまうぞ。

 

 

 ……………やめろ。

 

 やめろ、やめろ、やめろ。

 

 やめて、やめて、やめて、やめて。

 

 

 お願いだから、私の――夢を、覚まさないで。

 

 

「美人の女の願いは出来る限り叶えてやりたいがのぉ――それ以上に、その涙は見ていられんわい」

 

 

 悪いが、力尽くで――その涙、拭かせてもらうとしよう。

 

 そんな気障な言葉と共に。

 

 黒き御簾が、ドスの白刃で切り裂かれる。

 

 

 一人の女の夢の世界が壊され――強引に瞼は開かれる。

 

 長い、長い、夢から覚める時間。

 

 悪夢が終わる、時が来た。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 黒き(ゆめ)が――砕け散る。

 

 それは夢であり、(ゆめ)であり、過去(ゆめ)であり――願望(ゆめ)であった。

 

 一人の女が願い続け、逃げ続けて、彷徨い続けた、悪夢であり理想郷――この世ならざる完成された世界。

 

 浄土のような、別世界。

 

 長い、長い物語の終わりに――紫式部は、呆然と呟く。

 

「……何が、あったの?」

 

 藤原道長が放った弾丸は、自称死人の正体を露わにした――清少納言。

 

 紫式部にとっての憧憬であり、嫉妬の対象であった伝説の女房。

 正体を暴かれた彼女は――懐から黒き本を取り出し、そこに黒き術符を叩き付けた。

 

 すると、大悪霊・定子がこの世のものとは思えぬ叫びを上げ、黒き結界がこの部屋を包んだ。

 安倍晴明が道長達を守る為に張っていた結界を、まるで上書きするように急速に広がったそれが、この部屋を包み込んだ――その直後。

 

 ()()()――()()()()

 

 広がったのは、繰り広げられたのは、眩く華やかな絵巻のような光景だった。

 明るく、温かい世界が――黒き野心によって燃やされ、暗く冷たくなっていく物語。

 

(……あれは、清少納言様の記憶……? それとも、本当にあった過去――過去の世界?)

 

 それが誰かの記憶だったのか。それとも実際に存在した過去の世界を漂流していたのか。

 何年間もの時間が過ぎていたのか、それとも一瞬の内に過ぎ去った幻だったのか。

 

 紫式部はそれすらも確証を持てない。凄まじい早さで駆け巡ったような気もするし、同じだけの長い年月をずっと眺めていたような気もする。

 

 そう、見ていた。見させられていた。

 一人の女の人生を。とある一人の女が、耀く華に出会い、運命を変えられた壮大な物語を。

 

(……あれが、清少納言様の物語。……あれが、伝説の中宮様……藤原定子様の、壮絶なる人生)

 

 紫式部が絶句する中、世界は砕け散る。

 まるで映画の上映を終えたかのように、黒い暗幕のように何も映さなくなった結界が、ドスの白刃によって切り裂かれた箇所を境界に――現実世界を取り戻す。

 

 だが、取り戻した先の現実は――舞い戻った筈の現実も、紫式部が知っている世界ではなかった。

 

 

 土御門邸は――()()()()()()

 黒き野心で平安京を呑み込み続けた男の屋敷は、黒い炎によって物理的に燃え盛っていた。

 

 

「――ッ!!」

「な、なんだこれは――ッ!?」

 

 紫式部だけではない。

 藤原公任も、藤原行成も混乱している。

 

 黒き炎は既に周囲を取り囲んでいる。

 紫式部達は勿論のこと、狼狽えることなく屹立する道長や倫子、苦しむ定子の悪霊や膝を着いて項垂れる清少納言自身も――既に逃げ場のない炎の中だった。

 

 そんな中、黒き炎の中を、まるで暖簾でも潜るかのような気安さで、一人の男がその純白の直衣(のうし)に焦げ痕一つ作ることなく現れる。

 

「――これが、大悪霊・藤原定子様の権能である『黒き炎』。定めた対象を黒く燃やし尽くす穢れた業火。清少納言様が、長年の怨念を込めて定子様に授けた――悍ましき呪いですよ」

 

 平安最強の陰陽師・安倍晴明は静かに告げる。

 彼の登場に公任達は「晴明!」と目を見開いたが、道長は静かに目だけを合わせて「――来たか」と問い掛ける。

 

「お前が来たということは、外は片付いたのか」

「はい。『狐』と『鬼』の幹部は私と綱殿が無事に追い返してございます。しかし――決戦は近い。綱殿にはこのまま頼光殿と合流してもらうべく、礼と共に見送った所――黒き炎が土御門邸を包み込んだ為、こうして遅ればせながら救援に参上した次第」

 

 ご無事で何よりでございます――と、黒き炎が足元に広がっていながらも、一切の動揺も見せない晴明に、公任は声を張り上げる。

 

「晴明! この炎は何だ――何が一体どうなっているッ!?」

「初めに申しましたでしょう、公任様。これは大悪霊・定子の権能です。定めた対象を黒く燃やし尽くす穢れた業火で――」

「そういうことを聞いているのではない! これは、これは――」

 

 いつもは飄々としていながらも誰よりも冷静な公任が我を失っている。

 知らぬ間に長き幻想を見せられ、目が覚めたら先程までいた場所が黒く炎上しているのだ。混乱するのも無理ならぬことだが、そんな彼の様相を見たからこそ、紫式部は少し冷静になれた。

 

 公任が、行成が冷静さを失っている中で――道長と倫子は静かに状況を俯瞰している。

 紫式部の目が吸い寄せられるように道長に向かう中で、道長は晴明に再び問い掛けた。

 

「この『黒き炎』が我が屋敷を包み込んでから、どれほどの時が過ぎた?」

「それほど時は過ぎておりませぬ。しかし、残された猶予は少ないでしょう。――急いだ方がよろしいかと」

 

 晴明のその言葉に、ようやく紫式部もそのことに思い至った。

 そうだ。訳が分からないことだらけだが、土御門邸が黒炎で炎上していることは間違いない。

 

 何をとっても優先すべきことは――道長夫妻をこの場から逃がすこと。

 

「道長様! お早く退去を!」

「……させると、思いますか?」

 

 紫式部の叫びを掻き消すように、静かに、けれどはっきりとその声が届く。

 

 面布が落ち、その白髪の混じったボサボサの癖毛を晒しながら、俯き両手を着いていた彼女は、ゆっくりと立ち上がって――道長を睨みつけた。

 

 清少納言は、血走った、涙の混じった瞳で、食い縛った歯の間から怨嗟の言葉を放つ。

 

「……そこの陰陽師様がお告げの通り、この大悪霊は――中宮様。私が長年、醜き憎悪を存分に込めて、こうして現世にお呼びした魂です。私が中宮様に、この『枕』を通じて願ったのは――憎き者を、この真っ黒な炎を以てこの世から燃やし尽くすこと」

 

 清少納言は立ち上がりながら、その真っ黒の本を抱える。

 この国で最も上等な白き紙で作られた、憎悪で黒く染まり切った――魔本。

 

「なるほど。その本が、かの有名な清少納言殿の『枕草子(まくらのそうし)』。あなたと藤原定子様との強い繋がりの象徴であるその本を『触媒』とすること、長年の憎悪を込めての執筆という形での呪の『練成』、そして、あなたと藤原定子様との繋がりを再確認する在りし日の『回想』――ここまで手順を踏み、手筈を整えることで、術士ではないあなたが、これほどまでの大悪霊を従えることが出来ているというわけですが」

「……ええ。まあ、概ねその通りです。私が中宮様を従えているという最後の言の葉だけは、訂正していただきたいですがね」

 

 私は、ただ――清少納言は何かを言い掛けて、だが、それ以上は口にせずに唇を噛み締める。

 

 それを見た紫式部が何かを言う前に「ですが、それほど条件を整えていても、これほどの大悪霊です。あなた如きが自由自在に操れる筈もない――たった一つ、ただ一つの命令を与えることくらいが精々でしょう。そして、それこそが恐らく――」と、晴明は滔々と、さらりと毒を混ぜ、笑みすら浮かべながら楽しそうに考察する。

 

 そして、言う。伝説の中宮が、世紀の大悪霊として蘇った――あの世から、この世へと引き戻された、その――目的とは。

 

「――――憎い」

 

 だが――それを陰陽師が明かす前に、地を這うような女の声が響く。

 

 白髪交じりのボサボサ髪を掻き毟り――その爪先には徐々に血の赤が混じって。

 血走った眼には見る見る内に涙が浮かんで――そして、放つ。

 

 この世で最も憎き者へ、黒く煮込んだドロドロとした思いを。

 

「憎い。憎い憎い憎い憎い。ああ――ああ――憎くて憎くて憎くて憎い! どうして――どうしてお前はまだ生きている? 息を吸って、息を吐いている? 言の葉を紡いでいる? 許せない許せない許せない許せない!! ちゅ、中宮様は! ……あの御方はッ! あの方……は――もう」

 

 死んで――しまったのに。

 

 清少納言は、この世で最も吐き出したくない言の葉を口に出したかのように。

 

 強く、強く、強く強く唇を噛み締めて――自らが呼び戻した大悪霊が見下ろす中で、そう吐き捨てる。

 

 公任が顔を顰め、行成が悲し気に見詰める中、清少納言は、その震える指先を――道長に、向けて。

 

「――憎い。……憎い。だから、燃やすの。あの方を焼いた黒い炎で。……お、お前が、宮中に広げた、この黒い炎で! 今度は、私が――お前をッッ、絶対にッッ!!」

 

 絶対に――絶対に、許さないと。

 

 何度も、何度も、言い聞かせるように口にする。

 

 その時――女が。

 

 ぽつりと、静かに呟く。

 

「――()()()?」

 

 それは、本当に静かに響いた。

 湖面に投じる一石のように、その波紋は瞬く間に広がり――清少納言を絶句させた。

 

「……本当に、貴女様は道長様が憎いのですか? 憎くて憎くて堪らないのですか?」

「……何? あなたは何を知っているの? 私はあなたのことを何も知らないけれど――あなたは私のことを知っているんでしょう? ――紫式部」

 

 清少納言は睨み据える。

 かつて、散々に己の著書で自分を批判した、清少納言がかつて伝説を残した女房ならば、今、正に、伝説を残し続けている現役の女房である――紫式部を。

 

 己を知った風に批評し、今も知った風なことを言う――この年下の女房を、その血走った眼で睨み据える。

 

 お前は、私の――何を知っているんだと。

 

「……何も。何も知りませんでしたよ。私は、貴女様のことを。ただ貴女様と較べられ続けた私は、私には出来なかったことを、成し遂げ続けていた貴女様に――分不相応な嫉妬心を抱き続けていただけ。貴女様の一表面を聞き齧って、貴女様は自分とは違う御人なのだと、そう知ったつもりになっていただけの女です」

「……そう。でも、少なくともこれだけは知っているでしょう。知らないとは言わせないわ。あなたの主――いえ、あなたは彰子様の女房でしたね。ならば、そこの男が――あなたの主の父君が、中宮様にどんな仕打ちをしたのかを!!」

 

 その真っ黒の野心で、どのように中宮様を焼き殺したのかを!! ――清少納言の絶叫に、尚も紫式部は悲しげな瞳で憂うのをやめない。

 

「その上で! その上で!! あなたは尚も言うの!? どうしてこんなことをしているのか分からないと!」

「……ええ。分かりません。どうして、そこまで道長様を憎むのか。どうして、あなたがこんなことをしているのか」

「――ッッ!! あなたは――」

「だって!」

 

 紫式部は、清少納言の声を掻き消すように、涙を浮かべて胸に手を抱き、言った。

 

「だって――()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょう!?」

 

 悲痛な、女の叫びに――女は。

 

 無意識に、一歩――後ずさる。

 

「…………何を――」

「……私は知りません。何も知りません。ですが、彰子様は――私の主は、私にお聞かせて下さいました。自分は()()()()()()()()()()()()()()()()……それに過ぎないと。本当の中宮は、一条帝の中宮様は、今も、昔も――たった、御一人だと」

 

 たった一度、たった一晩だけ、顔を合わせ、言葉を交わしただけだった。

 それでも、父の勝利より、あの方の勝利を願ってしまうくらいには――魅力溢れる人だったと。

 

 彰子は、それこそ自慢するように、藤原定子について腹心の女房に語っていた。

 

「……そんな方が、こんな姿になってまで、復讐を望むとは考えられない。……何より、他でもない貴女様が、定子様をこんな姿に――貶めることを……そんなことで許容するとは、私には思えません」

「――そうだな。香子、お前の言う通りだ」

 

 だから、これ以上、虐めてやるな――そう言って道長は、再び前に出て、清少納言と向き合う。

 

 清少納言は額にどろどろの汗を掻きながら「ッ! 近寄るなぁ!」と腕を振るう。

 瞬間、定子の腕が連動するように動き、清少納言と道長の間に黒炎の壁が生まれた。

 

 だが、それをいともたやすく、晴明が掌を向けて吹き飛ばす。

 

「ッ!?」

「――今も、私を燃やし尽くすことが目的ならば容易かった筈だ。何故、やらなかった?」

「ち、近寄るな! 来るな――来ないでッ! もう、口を開かないで! 私は、私は――」

「答えは単純だ。()()()()()()()()()()()()()()。ただそれだけのこと」

 

 道長は言う。まるで銃口を突き付けるように。

 

 陰謀策謀渦巻く宮中を、その身一つで伸し上がった、唯一の武器――その弁舌を、たった一人の女に向けて。

 

「確かに、私は定子様を排する為に数々の策略を巡らせた。外道に手を染めたことも否定しない。だが、お前は見た筈だ。誰よりも定子様の傍に居たお前は――見て見ぬ振りを決め込んでいたとはいえ、決定的な場面に居合わせたのだからな。お前こそ――知らぬとは言わせぬ」

 

 その男は、何一つ頭を垂れることはないと、その胸を張ってはっきりと言う。

 

()()()()()()()()()()()

 

 この世の栄華を極め、月へと手を届かせた男は。

 

 その時、はっきりと――己が敗北を口にした。

 

「定子様は、私に完膚なきまでに勝利してこの世を去った。そもそもあの御方は、私如きに恨みを抱き、復讐の為に現世に蘇るような御方ではない。あの御方は最期まで、一条帝の為に、愛の為に生きて、死んだのだから。だからこそ――私はあの御方に敗北を喫したのだ」

 

 あの御方を、侮辱するな――道長は冷たく、清少納言に言った。

 

 中宮の番人を自称した女が、この世で何よりも美しいあの華を――穢すことは許さないと、真っ黒な、冷たい炎が如き敵意を込めて。

 

「ならば、お前が憎悪する対象とは何か。黒く燃やすと定めた対象とは、誰か。それは、あの輝かしい華であった定子様を――そんな醜き姿に貶めてまでも」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――道長は、一切震えていない指先で、真っ直ぐに、撃ち抜くように、その者を指差した。

 

 

「――清少納言。お前だ。お前は、お前自身が、どうしても憎く、許せなかったのだ」

 

 

 ああ――そうか、と。

 清少納言はようやく理解した。

 

「……………………」

 

 血走った目を見開き、涙が真っ直ぐに落ちる。

 全身から力が抜け、膝から文字通り――崩れ、落ちた。

 

 ずっと憎かった。憎くて、憎くて、たまらなかった。

 

 消えなかった。この黒い憎悪が。

 道長の黒き野心の炎を全身に受けても、威風堂々と、美しく散った中宮定子――そんな、定子と道長、二人だけが互いを理解していた戦いを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 守りたかった。それが出来ないならば、せめて、一緒に苦しみ、一緒に死にたかった。

 

 なのに、何も出来ず、どこまでもずっと部外者で――あなたが死んだ後も、のうのうと息をしている自分が、何より許せなかった。

 

 そして、誰よりも美しく生きて、誰よりも美しく散った――あの御方に。

 

 ただ、もう一度、もう一度――そう、醜く、願ってしまった。

 

「わたしは、あなたに――もういちどだけ……あいたかった」

 

 こんな醜いわたしを叱って欲しかった。

 こんなどうしようもない番人を、あなたの手で、同じ所へ連れて行って欲しかった。

 

 あなたに、わたしを――殺して欲しかった。

 

「―――――――――――――――!!!!」

 

 突如として、大悪霊・定子が叫ぶ。

 

 定子の不安定な霊体を、()()()()()()()()()()()

 

「清少納言が、本来の憎悪の対象を認識した。それにより、術者が焼却対象であるという矛盾に――契約が、一瞬、揺らぐ。そこを突くように、()()()()にはお願いしておきました」

 

 晴明が言う。

 大悪霊・定子を貫いた白刃は、そのまま定子の巨大な体を切り裂く。

 鮮血の代わりに黒炎が噴出した。

 

 その黒炎は、間近に居た清少納言に降りかかろうとして。

 

諾子(なぎこ)!」

 

 行成は思わず駆け出そうとする。

 そんな行成に――彼女は、穏やかに微笑んだ。

 

 黒炎に呑み込まれる瞬間、清少納言は――包み込まれた。

 

 醜く細い腕。希薄な身体。

 おどろおどろしい不気味な大悪霊は、黒く燃えるその身体で、自分の身体から噴き出した黒炎よりも早く――優しく彼女を包み込んだ。

 

「……ああ。貴女様をこんなにも醜い御姿に貶めた私までも……包み込んで――救ってくださるのですね」

 

 あの時の――ように。

 

 自分の身体から噴き出した黒炎から守るように、定子は清少納言を抱き締める。

 

「ごめんなさい。アナタを――こんなにも醜く、愛してしまって」

 

 

 愛していた――だから、あなたに、愛されたかった。

 

 誰よりもあなたを愛していた――だからこそ、誰よりもあなたに、愛して欲しかった。

 

 

(許してください。あなたを守れなかった番人が、こんなにも――満たされて、しあわせに逝くことを)

 

 屋敷が崩れる。

 

 黒く炎上した土御門邸が、いつかのどこかの屋敷と同じように、見るも無残に破壊されていく。

 

 逃げ惑う中、紫式部は、はっきりと見た。

 

 暴虐的な黒炎の柱に貫かれるよりも前に、一人の哀れな女が、醜い大悪霊の優しい黒炎に燃やされて、散っていく瞬間を。

 

 愛する人の腕の中で、清原諾子(きよはらのなぎこ)が――清少納言として、愛する人の元へと旅立っていく、その終焉を。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 土御門邸が黒く炎上した――その翌日。

 

 藤原道長は、就任した翌日に――摂政を辞任した。

 

「――これも全て、道長様の筋書き通りなのでしょうか」

 

 生家を失った倫子は、晴明の勧めで源頼光があらかじめ用意していた屋敷に逃げ込んだ。そこには家財一式が新品で用意されていて、すぐに移住してもこれまで通り――あるいはこれまで以上の生活が可能な環境だった。

 

 それでも引越しとして細かな作業はあった為、陽が昇ってからゆっくり休む間もなく働く羽目になった道長勢力の貴人達は、それらをようやく終えた後、新居の見事な庭園を眺めながら、腰を下ろす。

 

 そんな中、ぽつりと、紫式部が呟いた言の葉に。

 

 公任と行成は、やはり庭園の方に目を向けながら言った。

 

「……我々も全てを知っていたわけではございません。ですが、これまで頑なに摂政や関白になるのを拒んでいた道長様が、此度に関しては大人しく宣下を受けた」

「かつての道隆様の時とは違う。後一条天皇は道長の孫だ。何往復ものやり取りなんて必要ない。こうして翌日には辞めたいといって辞められる――だからこそ、今回の一日摂政は、やっぱり」

 

 清少納言を、都へと呼び戻す為の――茶番(ままごと)

 

 きっと彼女はずっと機会を伺っていたのだろう。自分自身への憎悪を、彼女はずっと持て余していた。

 その正体に見て見ぬ振りをしながらも、世界で最も大事な中宮を貶める真似を続ける自分を許せなくて――それでも、ただもう一度会いたいという思いを捨てられなくて。

 

 だから彼女は、その矛先を道長へと向けた。

 自分は中宮の仇である道長を憎んでいるのだと――これは、中宮様を苦しめた道長へと復讐なのだと、そう自分自身を騙し続けていた。

 

「……そして、道長が権力の頂点を極めた分かり易い機である、摂政就任。それを聞いて、清少納言は行動に出た。……何か、上手く行き過ぎな気もするが」

「何故、清少納言は道長様が摂政になったことを行動の機にしたのか。……そして、それすらも道長様の思惑通りなのだとしたら――そもそも何故、道長様は、この機に、清少納言を京へと呼び戻したのか」

 

 公任と行成の言葉に、紫式部は眉を顰めて思考する。

 

 もし、今回の土御門邸黒炎上が――全て、道長の掌の上だったとするならば。

 

 何故、この機にそれを実行させたのか。

 どうやって、清少納言をここまで巧みに操ったのか。

 

(――全てを、知っているのは――)

 

 紫式部は勿論、藤原公任も、藤原行成も、全てを知らされることはなかった。

 渡辺綱も全てを知っている様子はなかった。

 

(……昨夜、倫子様は一切、動揺している様子は見られなかった。……晴明様も、恐らくは全てを知っているだろう)

 

 道長の指示の下、全ての手筈を整えたのはあの男だ。

 大悪霊・定子の権能すら、奴は一目見ただけで言い当ててみせた。もしかすると、清少納言が初めて『枕草子』に呪を込めたその日から――定子の魂を悪霊としてこの世に呼び戻す、その仕組み自体も、あの男が把握していたというのなら。

 

「………………」

 

 あの純白の陰陽師が、ただ白いだけの男ではないことは、一応の弟子である紫式部はよく知っている。

 かの大陰陽師の性根が、決して善人ではないことも。――黒い血が、流れていることも。

 

 そして――黒い炎に、魅入られていることも。

 

「――あの御方の、黒き炎は……果たして、どこまで燃え上がるのでしょう」

 

 紫式部は、ぽつりと呟いた。

 それに対し、公任も、行成も、何も答えることはなかった。

 

 何も言わずに、昼の青い空に浮かぶ、薄く見える月を眺めていた。

 

 あの御方が欲しいもの。あの御方が目指すもの。その為に、あの御方が歩んでいる――道。

 それを全て理解しているわけではない。その道がどれほど長いのか、それすらも理解しているとはいえない。

 

 それでも、理解しているものはある。

 もう――自分達は、後戻りはできない。

 

 何故なら、昨夜の土御門邸を炎上させ、自分達をも呑み込もうと広がっていた――黒い炎を見て。

 

 恐怖よりも、混乱よりも、何よりもまず――()()()、と。

 

 そう、思って、しまったのだから。

 

「……………」

 

 黒い炎に魅入られている――それは何も、かの陰陽師だけではない。

 

 この黒い炎が、果たしてどこまで燃やし尽くすのか。

 大きくなり続けるこの穢れた業火が、果たしてどこまで届くのか。

 

 見てみたいと――その物語を見届けたいと、そう願ってしまっているのだから。

 

 女は、そっと――昼の月へと手を伸ばす。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 真夜中の月へと――男はぐっと、手を伸ばす。

 

 黒い炎に焼かれ、何もかもが黒く燃え尽くした場所。

 土御門邸黒炎上跡に――藤原道長は立っていた。

 

 灯りすら手に持たず、従者すら連れず、たった一人で。

 

 月明りのみが照らす中で、道長は瓦礫の中を進む。

 

 そして――黒炎上の中心地。

 かつては倫子と道長の寝室があった場所にて――空間が歪み、何者かが姿を現す。

 

「――お待ちしておりました」

 

 それは――女だった。

 年は二十代後半から三十代か。華やかとはいえない和服に身を包んでいる彼女は、どこかの家に仕える女中にみえる。

 

 しかし彼女は、道長に仕える女中でなければ、黒炎上する前の土御門邸に仕えていた家人でもない。

 

「――ご苦労だった」

「……はい。例のものは、そこに」

 

 彼女が指さす先の空間が歪んだ。

 ベールのようなそれが消え――黒い種火が現れる。

 

 何もかもが黒く燃え切った中で、それだけが、未だ往生際が悪く、縋りつくように黒い炎を消せずにいた。

 

 道長は笑う――本当に、()()()()()()()()()と。

 

 ボンッと、女は煙と共に姿を消した。

 彼女が居た場所には人形(ひとがた)の術符があり、それはひらひらと――黒い炎の中に消えた。

 

「……晴明も見事な式神を作ったものだ。我らの(めい)であったとはいえ、長年仕えた主と共に消える忠を見せるとは」

 

 清少納言の元に唯一残り続け――正確には、自分以外の家人を排除し、清少納言唯一の家人として、長年に渡って清少納言を支え続けて。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと、彼女の憎悪に薪をくべるように彼女の黒い火を燃やし続けて――『黒い炎』を育て続けて。

 

 こうして然るべき時に、主を京へと――道長の元へと送り届けた式神に、道長は敬意を表しながら、それを拾い上げる。

 

 黒く燃える魔本――『黒い炎』を宿す魔本を手に取り、道長は笑う。

 

「――ようやく、全ては整った」

 

 黒い本に向けて凄絶な笑みを向ける道長――その背に向かって、黒く燃え尽きた、今にも崩れそうな柱の上に寝転がるような体勢の黒い男が声を掛けた。

 

「それが――今回の盛大な茶番劇の成果というわけかの? ――人間」

 

 道長が声の届いた方を見上げると――そこには妖怪がいた。

 

 黒い影の中に紛れ込んだ、目を離すとすぐにでも消えてしまいそうな存在感の黒い男。

 真っ黒な衣を真っ黒な帯で結んでいる、真っ黒な髪を全身を覆い尽くすように伸ばした――腰に真っ黒な鞘のドスを差す男。

 

「いつの間にやら他人の家に土足で上がり込む――なるほど、貴様が妖怪・ぬらりひょんか」

 

 道長の言葉に、黒い男・妖怪ぬらりひょんは不敵に笑い――黒い影の中から現れた真っ白な陰陽師が「――ご名答。流石の御慧眼でございます、道長様」とその言を認めた。

 

「彼こそは妖怪・ぬらりひょん。この平安京にて『鬼』にも『狐』にも属さない第三者にして第三勢力・妖怪任侠組織『百鬼夜行』の長たる妖怪です。彼はそれなりに長きに渡って懇意にしておりまして。妖怪大戦争が間近に迫った今、道長様にもご紹介したく、昨夜の祭りに参加していただいた次第」

「……そうか。昨夜、黒き暗幕を破り、定子様の悪霊に止めを刺した白刃の正体は主か。ご苦労であった」

 

 見上げながらも、一切不遜な態度を崩さない道長に、ぬらりひょんは再び笑う。

 確かに妖怪・ぬらりひょんは()()()妖怪なので、『鬼』や『狐』のように分かり易い迫力があるわけではないが――それでも、この距離で、しかも姿を隠していない状態で相対すれば、普通ならば恐怖に震えて然るべき妖気を放つ妖怪である。妖怪大将の異名は伊達ではない。

 

(……まあ、()()()()()()()()とはいえ、昨夜もあの大悪霊を前にして堂々と揺るがなかった男じゃ。人間側の実質的な頭――流石の面構えじゃの)

 

 人間に理解がある方の妖怪とはいえ、あの安倍晴明を従える男がいると聞いて半信半疑であったが、道長は無事に妖怪大将のお眼鏡に叶ったらしい。

 

(――これだから、人間は面白い)

 

 道長の方は、早々にぬらりひょんから視線を外して――そのことによって、再び見失う危険性があると理解した上で、だ――晴明へと向き直り、言う。

 

「晴明も、ご苦労であった。お陰で大筋が狂うことなくここまで辿り着いた。……伊周まで蘇るというのは些か余分であったがな」

「かの御仁も執念深さは一流であったということでございましょう。清少納言殿が定子様を呼び戻す上で利用したのは、彼女の宮中での思い出です。そこにかの御仁の無念のエピソードも含まれたていたこと、そして、定子様とは異なり、かの御仁の魂自らが蘇りを熱望していたことが作用した上でのイレギュラーであると考えられます。伊周様自身の魂の核が定子様には遠く及ばぬ故、清少納言殿も上手く扱えたようですが――こちらの計算違いであることには変わりなく。我が身の不徳の致すところでございます」

「……エピソード……イレギュラー……お前は時折、意味の分からぬ言葉を使うが、要するに、あの男の無様さが死して尚健在であったが故の計算違いであったということは理解した。馬鹿は死んでも治らんということが証明出来ただけでも有用だ。計画に大きな狂いは生じなかった。気にするな」

 

 お前にはそうでなくとも多くを任せ過ぎたからな――道長はそう言って頭を下げる晴明に言う。

 

「――お前にはこれから、()()()()()()()()()()()()()()()()、これまで以上に動いてもらうことになる」

 

 道長の言葉に、頭を上げた晴明は、その純白の衣を――漆黒へと変える。

 

 まるで妖怪のように、変化する。

 

 その浮かべる笑みの色を、白から黒へ――反転させる。

 

 昨夜は落雷があったそうだな――そう言って、一度、破壊された天井から夜空を見上げた道長は呟いた。

 

「ええ。土御門邸が黒炎上した、その同時刻に――()()は飛来して参りましてございます」

「なるほど、お主が()()()()()通りだな。――『箱』の方はどうだ?』

「今宵、完成するでしょうな。既に()()()羽衣(うい)』と『茨木(いばらき)』を送り込んでおりますじゃ」

「――そうなると、明日だな」

 

 藤原道長は――黒く燃える本を月へと掲げる。

 

「全ての手筈は整った。火蓋も切って落とされた。ならば、後は――幕を開けるだけだ」

 

 月へと手を伸ばし続けた男は、その黒き炎と月を重ねる。

 

「明日は、美しい――満月となるだろう」

 

 黒き妖怪と、黒き陰陽師が見詰める中――黒く炎上した廃墟の中で、黒き本を掲げる男は、魔本から発火する黒炎を見詰めながら言う。

 

「さあ――戦争の時間だ」

 

 

 

 

 

 翌日、藤原道長は――太政大臣となった。

 

 長男・頼通(よりみち)が摂政に任じられ、三女・威子(いし)は中宮となり――藤原氏は全盛となった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 それは、正しく浄土の世界のような華やかさだった。

 

 宮中の主だった全ての貴族が集まり、その男を褒め称えている。

 

 源頼光が用意した新たなる道長の邸宅にて――祝宴が開かれていた。

 現帝・後一条天皇に嫁いだ、藤原道長が三女・威子が中宮となった祝いの宴だ。

 

 これにより、一条天皇、三条天皇、そして後一条天皇――三代もの天皇の皇后を、自らの娘で占めたことになる。

 

 太皇太后――藤原彰子。

 皇太后――藤原妍子。

 そして、皇后――藤原威子。

 

 三后全てを、己が娘で独占した。

 

 一家立三后。

 それは、これまで誰も成し遂げたことのない、未曽有の栄誉。

 

 まさに、およそこの国の人間が成し遂げられる偉業の頂点、栄華の極みであった。

 

「……ん? 道長殿?」

 

 三条天皇に与し、そして敗れた右大臣・藤原実資は――突如として立ち上がり、庭園へと降り立った道長に声を掛けた。

 

 宴もたけなわ。長く続いた宴は夜まで続き、空は黒く染まり――見事な満月が浮かんでいた。

 

 だが――。

 

(……今宵の月は、どこか不気味だ)

 

 どこか禍々しく、血のように赤く見える月に実資が恐怖を抱いていると。

 

 そんな不気味な月光を浴びた道長が、その月に向かって手を伸ばした。

 

 先程までにあれほど騒いでいた他の貴族達も、宴の主役の奇妙な行動に静まり返る。

 

 そして、道長は、そんな静寂も意に介さず――(うた)った。

 

 

「この世をば――」

 

 

 

この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば

 

 

 

 そして、この夜――月に手を伸ばし続けた男は。

 

 

 遂に、その悲願を叶えることに成功する。

 

 

 

 最後の戦いが――今、幕を開けた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして、土御門邸が『黒炎上』した、その次の日。

 

 そして、貧民街で座敷童が『箱』となった、その日のこと。

 

 この、藤原道長の一家立三后を祝う宴が行われる、その前の日に――とある会談が行われていた。

 

 

 場所は――平安京の外である、霊山・大江山。

 

 

 血に酔う『鬼』達の本拠地であるこの場所で――妖怪達もまた、終わりの戦いに向けて動き出していた。

 

 

 

 

 

 第二章――【土御門邸黒炎上】――完

 




用語解説コーナー⑰

土御門邸(つちみかどてい)

 土御門殿(つちみかどどの)とも呼ばれる、藤原道長の主要邸宅である。

 道長の正室である倫子の父である源雅信によって建てられた屋敷であり、倫子と道長が結婚した際に道長の居所となり、道長の権力が増していくにつれ、それを表すように拡張工事が行われていった、道長の栄華を象徴する邸宅であった。

 史実でも1016年に火事で焼失しているが、道長に恩を売ろうと諸国の受領たちがこぞって屋敷再建の品物を届けたことによって、以前より立派な屋敷が再建された。

 この物語では、道長は黒炎上したまま放置し、別の場所に新たな邸宅を建て、その屋敷にて一家立三后を祝う宴を開いた。

 そして、その祝いの席にて――月に向かって、『手』を伸ばすことになる。
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