比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

31 / 101
遂に、この時が来たなぁ。


妖怪星人編――⑱ 大江山の鬼ヶ城

 

 大江山(おおえやま)

 平安京から少し離れた地に存在する、雲の海に囲まれた霊峰。

 

 かつて、この地では『人間』と『鬼』による壮絶な戦争が繰り広げられた――それは平安京では『大江山の鬼退治』と呼ばれ、およそ千年先まで語り継がれるであろう伝説となっている。

 

 この白い雲の海が、血で赤く染まる程の死闘の末に――妖怪の代名詞として勇名と恐怖を日ノ本全土に振り撒いていた『鬼』は、敗北を喫した。

 

 種族としてもその数を大きく減らし、一時は絶滅も囁かれた『鬼』ではあったが。

 

 あの大戦(おおいくさ)から――およそ十年もの時が経て。

 

 今、この大江山は――再び、『鬼』の居城として息を吹き返しつつあった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 雲の海を眼下に収める、霊峰の頂上――この地で最も『龍脈』の力が集まるその場所に、その城は建てられていた。

 

 現在、日ノ本を二分する妖怪勢力の一つ――『鬼』。

 その『鬼』勢力を治める『頭領』が住まうの居城――『鬼ヶ城(おにがしろ)』である。

 

 禍々しい妖気に包まれるその城の頂上――玉座の間にて、今。

 

 四体の――大妖怪が、互いに向かい合っていた。

 

 部屋の中央に鎮座する荘厳なる玉座。その巨大な椅子に腰を掛けるのは、それに見合わぬ――小さな少女だった。

 背も低く、凹凸もない細い身体。しかし、その額から生える二本の角は鋭く、そして何より――息を吞む程、凄まじかった。

 

 少女の身体から発する妖気――それは、白い雲の海の中で、この城だけを黒く浮かび上がらせる程に、おどろおどろしいものだった。

 鬼ヶ城が黒き妖気に包まれているのではなかった。内部から発する、この少女から放たれている黒き妖気によって、真っ黒に浮かび上がっているのだ。

 

 何をするでもなく、ただそこにいるだけで、全てを呑み込むような漆黒を発する存在。

 

 生まれながらにして妖怪の王たる器。鬼の頭領。その少女の名は――酒吞童子(しゅてんどうじ)

 この小さな少女こそが、日ノ本を二分する妖怪勢力を率いる大妖怪である。

 

 しかし――と。

 その少女の傍らに控える、女の鬼は唾を飲み込む。

 

 酒呑童子とは違い、その体躯は成熟した女そのものである。

 長く伸びた燃えるような赤髪に大きな双丘は目を引くが、やはり何よりの特徴は――額に生えた、二本の角。

 

 紅葉(こうよう)――と、隣の酒呑童子からか細い声で呼ばれた女は、続く頭領の言葉に再び困惑することになる。

 

「――それで? …………こいつらは……なにをしに……ここに、来たの?」

 

 酒呑童子の言葉に、紅葉は何も言えずに口をつぐむ。

 何をしに、ここに――そんなことは、紅葉自身が誰よりも聞きたかった。

 

 酒呑童子と鬼女紅葉、その二人の前には一組の男女が座っていた。

 どう見ても恋仲のようには思えない二人組だ。見て分かる、見なくても――放っている、妖気で、分かる。

 

 女の方は、それほどまでの桁違いの妖気を放っていた。

 酒呑童子と違い、隠すつもりならば隠すことが出来るのだろう。事実、この者達がこうして玉座の間に現れるまで――紅葉はその存在に、まるで気付くことが出来なかったのだから。

 

 だが、こうして相対した今、彼女は意識的に妖気を放っている――己の前に座る、()()()()()()()()()()()を。

 

 今、この日ノ本において、『鬼の頭領』たる酒呑童子と匹敵する妖気を放てる妖怪など、たった一体しか存在しない。

 

 紅葉は、意を決して、その口を開いた。

 

「うちの頭領がこう言っているわ。……あなた自身の口から聞かせてくれるかしら。此度の訪問の目的を」

 

 どうなの? 『()()()()』さん――紅葉の言葉に、その九尾の狐は口角を裂いて笑った。

 

 狐の姫君。九尾の妖狐。

 数多くの異名を持つこの女は、その無数の噂話が広がる中でも、肝心の実態は謎に包まれていた大妖怪。

 

 彼ら『鬼』と日ノ本を二分する勢力――『狐』の頂点に君臨する『姫君』。

 

 その名は、化生(けしょう)(まえ)――輝く黄金の髪、見る者を魅了する豊満な身体、そして、妖しく眩く微笑む美貌。

 正しく絶世の美女。姫君と崇められるのも当然と思える程に、その大妖怪は――魂を潰さんばかりに美しかった。

 

(美しさという意味なら、うちの頭領も負けないくらいの美少女だけれど……うちの頭領が生物としての無駄のない美しさなら、この姫君は……なんというか……人を狂わせる俗物的な美しさね)

 

 もし、この『狐』がその尾と耳を隠して宮廷の中に潜り込めば、その美しさだけで人間達はたちまち狂い――容易く国が傾くだろう。

 傾国の美女。そんな危うい、暴虐的な美しさを――この化生の前は醸し出していた。

 

 何もかもを狂わせるような美女は「……目的……そうやねぇ……なんといったらよろしいんやろ……うまいこと説明出来たらええんやけど……ウチ、そういったの苦手なんよねぇ」と口元を隠しながらくすくすと笑う。

 

 玉藻の前のそんな些細な仕草すら、紅葉の中に簡単に恐怖を生み出した。

 

(……こうして相対するまで信じられなかったけど……本当に、いるのね…………生まれたのね……あるいは、現れた、のか)

 

 ちらりと、紅葉は己の横を見る。

 信じられなかった。けれど、こうして目の前にいるのならば信じざるを得ない。

 

 存在するとは思えなかった。

 我らが頭領――酒呑童子に、匹敵し得る妖怪など。

 

 酒呑童子は余りにも強すぎるが故に、その妖気を隠すことが出来ない。否――隠そうという発想がない。そんなことに頓着するような、大人ではない、子供なのだ。

 

 だからこそ、彼女と相対した全ての妖怪は、酒呑童子に恐れおののく。

 その世界を歪めるが如き妖気に、世界そのものから力を授かっているが如き妖気に――同じ妖怪といえど、否、同じ妖怪だからこそ、目の前の怪物は自分よりも怪物なのだと、上位の存在なのだと己の魂から警告され、恐れずにはいられないのだ。

 

 その恐怖の感情は、自分のような――『鬼』の幹部でも変わらずに感じるものだ。

 これまで酒呑童子と相対し、全く恐れずにいられたものなど――。

 

(……いえ、かつて、一体(ひとり)だけいたわね)

 

 紅葉は、自分ではなく、かつて頭領の隣に立っていた『右腕』を思い出しながら、目の前の化生の前を見据える。

 

 あの男以来、初めてとなる、酒呑童子に全く恐怖しない妖怪を。

 

「それでなぁ。その辺りのことは、うちの頼りになる幹部の『(サトリ)』はんにぃ、説明してもらうとするわぁ。ほなぁ、覚はん、よろしゅう」

「はい。仰せのままに、姫君」

 

 そう言って化生の前は、隣に座る男に話を振る。

 

 目の周りに包帯のような布を巻いている若い男――(サトリ)と呼ばれた妖怪は、恭しく酒呑童子や紅葉に向かって頭を下げた。

 

「お初にお見えに掛かります。鬼の頭領――『酒呑童子』様。そして大江山四天王であらせられる『鬼女紅葉(きじょこうよう)』様。当方は身の程知らずにも『狐の姫君』様の元で大幹部の一角を務めさせて頂いております、『覚』という木っ端妖怪でございます」

 

 覚――そう名乗る妖怪を、紅葉は細めた目で見詰めた。

 

 自嘲するように、自評するように、確かに目の前の男からは――大した妖力(ちから)を感じない。

 最高戦力の一角を務めているという割には、放つ妖気はとても頼りないものだった。

 

 正直、この男程度の妖力の持ち主ならば、紅葉のような四天王を除いても、今の『鬼』勢力にもぞろぞろいるだろう――だが。

 

(……そう。感じる妖力自体は大したことはない。けど――)

 

 この男からは、()()()()()()

 脅威も――そして、恐怖も。

 

 男からは――男からも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……どういうこと? 普通の妖怪であるのならば、頭領(この子)を恐れないということは有り得ないのに。多かれ少なかれどんな妖怪も、自分よりも上位の存在を――()()()()()()()()()()を……恐れないというのはあり得ないのに……なのに……覚……妖怪・覚って、確か――)

 

 紅葉は「――覚、と、そういったわね。あなた」と、恭しく、あるいはわざとらしく頭を下げたままの覚に向かって、問い質すように言う。

 

「こんな首脳会談の場に同席出来るだなんて、随分と信頼されているのね。『狐』といえば、今や鬼以外の全ての妖怪を支配下に置くなんて言われているほどの大所帯。さぞかし強い妖怪もたくさんいるのでしょうに」

「ええ。皆様、当方など及びも付かない程の大妖怪でいらっしゃいます」

「そんな中、そんな大妖怪等を差し置いて、あなたがこの会談に同席しているのは――あなたが、()()()()()()だからかしら?」

 

 紅葉は目を細めながら睨むように言う。

 覚は紅葉の言葉に、何も返さずに笑みのまま表情を変えない。

 

 すると、そんな紅葉に「――ええやないのぉ」と化生の前が返す。

 

「確かに覚はんは心を読む妖怪や。でも、無論、妖怪としての、()()()使()()()()()である以上、読めるもんと読めへんもんがある。力ぁある妖怪やったら、防ごう思えば防げる程度のもんやぁ。つまり――」

 

 つまり――化生の前はこう言っている。

 

 こちらが読もうと思って、読もうとして、()()()()()()()()()()()()、と。

 

 紅葉は「……それもそうね」と目を瞑って、肩を竦めて言う。

 

「そもそも私達は敵同士。こうして交渉の場に一番適した能力の妖怪を送り込んでくることは、当然の選択よね」

「いえいえ、当方がこうして同席する運びと相成ったのは、他の大幹部の方々にどうしても外せない用事があったから――()()()()()()()()()()ですよ、鬼女紅葉様」

 

 己が居るのは偶然だと、そう弁明する言葉の中に、まるで()()()()()()()()()()()()を付属させて返す覚。

 紅葉は「……」と無言で覚を見据え返す。己の心を読んだのか、それとも只の推理なのか、いずれにせよ、彼等が何かを求めて交渉してきているのは確かだ。

 

(……確かに、今、()()()()()()()()()()()()()()()()。――それを見据えて、あるいは読んで此奴らは、こうしてのこのこと乗り込んできたのだとしたら)

 

 今、ここで開戦するのも有り得るか――そう思い、紅葉が()()()()()()()()のを検討した、それを見越したように、覚は「――それと、もう一つ、訂正させていただきたいことがあります」と言葉を挟む。

 

「我々『狐』は、あなた方『鬼』に対し、敵として交渉に来たのではございません」

 

 ()()()()()――提案に来たのです。

 

 覚は、呪文のような文字によって黒く(よご)れた包帯のような布をぐるぐるに巻いた顔――その中で、唯一といっていい、剥き出しになっている口を、分かり易く歪めて言った。

 

「力を合わせて、共に手を取り合って戦いませんか? ――憎き、恐ろしき、人間共と」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 会場は熱気に包まれていた。

 

 酒呑童子が御座す居城、霊峰・大江山の(いただき)に築城された鬼ヶ城。

 その玉座の間から見下ろせる足下に、その闘技場は存在する。

 

 闘技場などといっても、実際はただの広い空間だ。

 周囲が壁に囲まれているだけで、特別なものは何も存在しない。

 

 用意されているのは、東西南北に四つだけ存在する扉のみ。

 だが、それは一度閉じられれば、中から開くことは不可能な術式が施されている。

 一歩中に足を踏み入れれば、自分の足で立ってそこを出ることが許されるのは――ただ一人の、勝者のみ。

 

 ここで行われるのは――ただ純粋な力比べ。

 鬼同士が、ただ己の力を見せつける為の殴り合い――決闘だ。

 

(……遂に、この時が来たなぁ)

 

 円形の闘技場を取り囲む観客席には、この日の為に全国から集結した無数の『鬼』達が集結している。

 

 常ならば、血気盛んな鬼達が、後腐れ無く雌雄を決する為の、いわば喧嘩場として使用されるこの闘技場だが――今宵に限っては、酒の肴として面白半分で野次を飛ばす鬼達は一匹たりとも存在しなかった。

 

 それも、その筈――今宵、鬼の頭領たる酒呑童子が見守る中で行われる決闘は、『鬼』勢力において、非常に重大な意味を持つからだ。

 

 酒呑童子は――言った。

 今宵、この決闘で、最後まで立っていられた、ただ一体の鬼を――()()()()()()()()()と。

 

 かつて、酒呑童子の右腕として、鬼達の纏め役として君臨してた最強の鬼――『茨木童子(いばらきどうじ)』。

 あの『鬼』が、かの『大江山の鬼退治』において勢力から失われて以降、ずっと空席だった、四天王の最後の椅子。

 

 それが遂に埋まる時が来たのだと、四天王最強だったかの鬼の後釜を、決める時がようやく訪れたのだと。

 

(……みんな、感じ取っている。あの酒呑童子様が、遂に茨木童子の後釜をお決めになる覚悟を固めた。……それはつまり、近いということ。……かつてのような、人間との大戦(おおいくさ)が……すぐそこまで近付いているということだ)

 

 だからこそ、急きょ、何の前触れもなく開催が決まった決闘にもかかわらず、全国各地から鬼達はこの大江山へと集結した。

 そして、野次も飛ばさず、酒も呑まず――固唾を吞んで、見守っている。

 

 かの大戦において――否、それまでも、どんな時もずっと、『鬼』の先頭に立ち続けた、あの鬼が腰掛けていた椅子に。

 唯一、鬼の頭領の隣に立つことを許された、文字通りの右腕の後継となるのは――四天王最後の席に座るのは、果たして、どんな鬼なのか。

 

 かの『茨木童子』の後を継ぐに相応しい鬼なのか――それとも、あの伝説の最強を上回る新星が現れるのか。

 

 そして、そんな鬼が、果たして存在するのかどうか。

 

(――するさ。存在する。あんな右腕を失った『右腕』など、既に大江山には必要ない)

 

 ぐっ、と――その少年は、小さな拳を握る。

 

 歓声が爆発した。

 入場が始まったのだ――我こそは、茨木童子を継ぐ者なりと、四天王最後の椅子の挑戦権を表明した鬼達が、四つの門から次々と姿を現していく。

 

 酒呑童子が告げた、この決闘のルールは単純明快だ。

 

 誰でもよい。どんな鬼でもいい。これまで挙げた手柄なども一切考慮しない。

 我こそは、四天王に相応しい鬼だと、そう自負するものは、この闘技場へと足を踏み入れよと。

 

 そして、その全ての鬼達を一斉に閉じ込め、最後の一体となるまで戦い続けよと。

 

 他の全てを薙ぎ倒し、最後まで立っていたその鬼が、勝利の瞬間を以て――鬼の頭領・酒呑童子が名を持って、四天王最後の一体と認めると。

 

「僕こそが、あの御方の新しい右腕だ」

 

 そして、その小鬼は、歴戦の鬼達が集結する闘技場へと足を踏み入れる。

 

 退路を塞ぐように――扉が勢いよく閉められる。

 

 歓声が爆発する。衝撃が伝播する。

 

 決闘が――始まった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 轟く歓声が、この鬼ヶ城の頂上――玉座の間にも届いている。

 

 妖怪・(サトリ)は、外へと顔を向けながら、口元だけが見える笑みを浮かべて。

 

「――面白そうなことをなさっていますね」

 

 紅葉達が何も答えないのも構わずに、彼女らへと向き直って続けて言う。

 

「茨木童子――かつて、酒呑童子様の右腕として、実質的に『鬼』達の纏め役として君臨していた大妖怪。その後釜を決める為の決闘大会ですか。これだけの『鬼』が一同に集結している様は、いやはや壮観ですね」

「……随分とお詳しいのね」

「私は――(サトリ)ですから」

 

 覚は悪びれずに言う。

 紅葉達の頭の中を読んだのか、それとも、外に集結している『鬼』達の中の誰かの頭を読んだのか。定かではないが、それは最早、どうでもいいことだ。

 

 この男の口ぶりからして、それよりも――重要なのは。

 

(……つまり、この二体(ふたり)は……今、この大江山には全国の『鬼』達が集結している。それを承知の上で――たった二体で乗り込んできたということね)

 

 事前にそれを知っていたのか、それとも大江山に足を踏み入れて知ったのかも、またどうでもいいことだ。

 

 どちらにせよ、今、敵地でたった二体で孤立しているこの状況を――この二体は、そのどちらも、全く恐怖していないのだから。酒呑童子に恐怖していないように。

 

(いえ、それも、コイツの言葉を信じれば――私達は、敵ではないようだけれど)

 

 敵ではなく――味方として。

 

 交渉ではなく――提案しに来たと、そう言った覚は。

 

「それにしても――今、ですか」

 

 呟くように、投げかけるように言った。

 

 紅葉は「……今、とは?」と、相手が求めているであろう言葉を返す。覚は「いえ、何故、今なのかと思いましてね」と、流暢に、喋り出した。

 

「あなた方『鬼』が、かつて人間と、かの安倍晴明や源頼光一行と大戦を行ったのは、既に十年も前のこと。その際に、大江山四天王で残ったのは鬼女紅葉――貴女様と、存命ですが四天王の座を退かれた星熊童子様のみ。四天王の内、三つもの席が空いた。そして、その内の二つの席は早々に後釜をお決めになったと聞いています。四天王が不在となれば残された勢力の維持も難しくなりますからねぇ」

「……本当に、よくご存じで」

 

 紅葉は溜息を吐きながら言う。その辺りのことは、『鬼』勢力のものならば誰でも知っていることだ。この覚に今更、なんで知っていると問うのも時間の無駄だろう。

 

 だからこそ、覚は、今、問うている。心を読むのではなく、言葉で問うている――「だからこそ、疑問なのです」と。

 一介の『鬼』では知り得ない、目の前の紅葉のような四天王、いや――酒呑童子だけが答えられることを。

 

 鬼の頭領にしか、答えられない疑問を。

 

「他の三つの席は早々に埋めていた貴女が――いつまでも埋めようしなかった最後の椅子。茨木童子の後釜を」

 

 何故、今になって、急遽、この時機に。

 

 明確に誰かを指名するわけでもなく、誰でもいいと言わんばかりの決闘方式で。

 

 その、代え難い、代わりなどいないとばかりに空けていた椅子を――埋めようとするのかと。

 

「…………」

 

 紅葉はちらりと酒呑童子を見る。

 

「――――」

 

 鬼の頭領は、この国で最も強い妖怪である少女は。

 

 何も読めない瞳で、ただ真っ直ぐに――何処かを、呆然と、見詰めていた。

 

「――昨夜のことです。我らが『狐』勢力の末端の妖怪から、平安京のとある貧民街で、莫大な『力』が渦巻いているとの情報が上げられました。当然、そちらもご存じでしょう? 我らは今宵、その現場にとある最高幹部を送り込みました」

 

 覚は急に話を変えるように言う。

 だが、それがまるで脱線していない本線であると、紅葉は理解していた。

 

 彼ら『狐』が、その貧民街に最高幹部を送り込んでいるように――我ら『鬼』もまた、()()()()()()を、その現場に送り込んでいるのだから。

 

「続いて、こちらも昨夜のこと。我らは数日前に平安京のとある()()()()()から、ある文を受け取りました。そこには、藤原道長が摂政に任命されるその日の夜、彼の住まう屋敷である土御門邸を襲撃する手筈を整えたという趣旨の内容が記されていました。かの安倍晴明が張った結界を破る手段を用意したとも。罠の可能性もありましたが、ここで『人間』側の長とも言える男を殺すことが出来れば我々に大きな益となる。故に、少ない手勢ではありますが、念の為に――最高幹部の一体を送り込みました」

 

 結果、安倍晴明と渡辺綱によって撃退されてしまいましたが――藤原道長の屋敷を炎上させることには成功した。

 

 そう覚は滔々と語るが、紅葉は何も言わない――が、覚は、確信しているのだろう。その黒き陰陽師は、この大江山にも文を送っていた筈だと。

 

 何故なら、あちらが四天王の一角である鈴を送り込んだのと同じように、こちらも――四天王が一体である天邪鬼を送り込んだことを、彼らはとっくに知り得た上で、こうして語っているのだろうから。

 

 気付いている――「気付いているのでしょう」と、覚は言う。

 

「今宵――切られるのです。いいえ、既に切られている。――決戦の火蓋は」

 

 目を覆うように巻かれた布――それでは隠しきれない興奮を滲ませ、その妖怪は言った。

 

「始まるのです! 始まるのですよ、遂に! 十年前、この山で行われた大戦(おおいくさ)――それを遥かに超える、日ノ本全土を揺るがす、妖怪大戦争が!!」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 激闘は続いていた。

 

 この場に集まった全ての者が、この闘技場に閉じ込められた全ての鬼が、全国津々浦々から集結した、我こそは伝説を受け継ぎし鬼であると手を上げた歴戦の強者達。

 

 そんな強者達が、より強大な鬼に倒されていく。そして、その鬼もまた敗北し、強者から弱者へと堕とされて、勝ち残ったより強い鬼のみが立ち上がり、目の前の未だ強者たる者に立ち向かっていく。

 

「……すげぇな。あんなデケぇ鬼達がみるみる内に倒されていく。……地獄とは正にこのことだ」

「……ああ。面白半分で参加しなくて正解だ。命までは奪わない決まりとはいえ、それはあくまで奪わなくてもいいってだけだ。死んだら死んだで自己責任。中途半端な強さで調子に乗って飛び込んでたら、あっという間に首が吹き飛ばされて終わりだぜ」

 

 茨木童子の後継を、四天王最後の椅子に座るものを選別する決闘。

 この戦いのルールはただ一つ――最後まで立っていられた鬼が勝者。

 

 倒れ伏せたまま起き上がってこれなければ、それが失神であろうと気絶であろうと、あるいは死亡であろうと同じ――失格。

 

 逆にいえば他者を殺さなくとも勝利ではあるが、これだけの強者が一同に閉じ込められ、一斉にバトルロワイヤルへと押し込められれば、そんなことに一々構っていられないだろう。

 

 ただ――目の前の相手を全力で打倒する。手加減など施そうとすれば真っ先にやられる。

 

 故に、開始から数刻が経った今、あっという間に夥しい程の血が流れて、闘技場は真っ赤に染まっている。

 この血の海に沈む者の中には死者も多数含まれているだろう。

 

 場外などの救済措置も存在しない。例え観客席まで吹き飛ばされても、再び他者の手を借りずに己の力で立ち上がり、己の足で闘技場内へと戻れば失格ではない。

 

 これは、誰が最も強いのか――それだけを決める、それだけの決闘なのだ。

 

「だけど、段々とめぼしい候補は絞られてきた」

 

 とある観客は呟く。

 隣に座る鬼も、その言葉に頷いた。

 

 いくら全員一斉に戦うバトルロワイアル方式とはいえ、開始からそれなりの時間が経過すれば――徐々に島が出来上がってくる。

 

 頭角を表し始めた強者を中心に、一つの大きな戦場が――五つに分割され始めていた。

 

「……あれが、近年の最高傑作といわれる『絡繰鬼(からくりおに)』か」

「確か……付けられた名は――鎧将(がいしょう)

 

 一口に『鬼』といっても、その出生は様々だ。

 

 妖力が外的要因によって歪な形に変質して鬼となったもの。

 鬼の血を取り込んでその血によって支配されて鬼となるもの。

 鬼同士の雌雄が交配し子を成して鬼として生まれたものもいるだろう。

 

 しかし、三番目を除き、その殆どの発生が偶発的なものだ。

 いくら血を取り込んでも鬼にならないものもいるし、その鬼の血が毒となって死んでしまうものもいる。

 そもそも三番目に至っても、鬼同士ではなかなか子は生まれない。

 

 故に『鬼』はその数を年々減らしていた。

 そんな状況にあって更に追い打ちをかけるように、十年前の『大江山の鬼退治』によって、鬼は劇的にその数を一気に減らされた。

 

 このままでは日ノ本最大の妖怪勢力でいるどころか、勢力の――否、種としての存亡すら危うい。

 

 そんな状況に追い込まれて――とある一体の鬼が、狂気的な発想を持ってこう言ったのだ。

 

――生まれないのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 天に邪する鬼は――そう言って、鬼を手製した。

 

 妖力の容れ物として『死体』を用意し、そこに死に瀕した鬼の妖力を雑多に詰め込んで。

 

 最早、鬼と呼べるのかも怪しい――けれど、()()()()()()()()()()という、鬼の定義だけはかろうじて外れない妖怪を、彼はその手でこの世に誕生させた。

 

 言葉を発することは出来ない。言語を解しているのかも不明。

 角は一応と言わんばかりに歪に生えていて、皮膚の色は見苦しいドブ色だ。

 体中を奇病のような斑点が這っているものや、腕や足が変形しているもの、牙は一本一本が長さの違うもの、無数の眼球を全身に持つもの、その全てが――醜き化物。

 

 だが、その()()が生み出した()()は、終わりかけていた『鬼』という種族の息を吹き返らせた。

 

 人間に一度、完膚なきまでに敗北した『鬼』という妖怪を、日ノ本最強で在り続けさせた立役者の一角である――『絡繰鬼』。

 

「……そういう意味では、あれが最後の四天王の椅子に座っても、何もおかしくはないのかもしれねぇ」

 

 窮地の鬼を救った兵器。

 その紛れもない――最高傑作の一体。

 

「鎧将だぁぁあああああ!!! 鎧将を止めろぉぉぉぉおお!!!」

 

 全国から腕自慢の、無論、体躯の大きさもトップクラスの鬼達が多数集まった闘技場の中においても――正に、別格。

 

 頭一つ分なんてものではない。

 周囲よりも一回りも二回りも大きいその巨体は――自らを抑える理性を持ち合わせていない。

 

「ガぁぁぁあああああああああああああああ!!!!」

 

 ただ、その巨木が如き腕を――振るう、振るう、振るう。

 通常であれば巨大といえる鬼を一体、二体、三体と纏めて吹き飛ばす。

 

 無数の眼球は標的を悟らせず、牙から漏れ出す腐った息は相対する者の背筋を凍らせる。

 

 化物――そう、鬼である筈の自分たちを棚に上げて、彼らは思った。

 目の前に(そび)える化物は、自分を食らうものだと――まるで、我らが頭領と相対したときのような錯覚を起こさせる。

 

 コイツは、自分を食らうもの、自分を餌とするもの――自分を、問答無用で支配する、上位種なのかもしれないと。

 

(――ッ!! ふ、ふざけるなッ! コイツは酒呑童子様ではないッ! コイツは『絡繰鬼』! 数年前までは『出来損ないの鬼』だと馬鹿にされていた玩具ッ! 数合わせにしかならなかった、ただの都合のいい武器の一つでしかなかった――紛い物の鬼ではないかッ!!)

 

 だが、自分は間違いなく――その紛い物に恐怖している。

 あの無数の眼球に睨まれ、巨木が如き腕を己に向かって振るわれても――足が竦んで動けない。

 

 我こそは茨木童子を継ぐ者だと、意気揚々と大江山へやってきた筈の、強者たる自分が――為す術なく殺されようとしている。

 

(俺は――何を――)

 

 呆然と、ただ恐怖だけに包まれて死を待つだけだった――そんな鬼を。

 

 巨木よりも先に――()()が吹き飛ばした。

 

「邪魔だ――臆病者」

 

 その金棒を振るった鬼は、強靱な腕力で得物を強引に引き戻し――それを再び逆方向に振るう。

 

 屈強なるその鬼の、身の丈以上の大きさを誇る金棒は、巨木が如き鎧将の拳と、強烈な勢いで激突した。

 

「――――ッッ!!」

 

 両者――動かず。

 金棒も、巨木も、激突した位置から一歩も譲らない。

 

 その激突の余波の衝撃で、周囲にいた数体の鬼が吹き飛ぶが――その二体は動かない。

 

 最高傑作の絡繰鬼――鎧将と。

 

 身の丈以上の深紅の金棒を振るう鬼――鑽鉄(さんてつ)

 

 両者は互いに一歩引き、睨み合う。

 

「……あれが、鑽鉄か」

金棒鬼(かなぼうおに)の鑽鉄――返り血を拭うよりも早く新たな血を吸わせ続けて深紅に染まった、身の丈以上の金棒を振るうという……噂で聞くよりも細いな」

「だが――強え」

 

 すらりとした鬼だった。

 醜悪な見た目の個体が多い鬼の中で、人間の貴族のように整った容貌。

 

「……絡繰鬼・鎧将。私は貴公の出生についてどうこういうつもりはない。私も誇れるような生まれではないからな」

「グゥゥゥウウ」

「私が興味があるのは、貴公が私の金棒で潰せるのか、それとも私が貴公の巨木のような腕によって潰されるのか――それ、のみだ」

「ァァァアアアアアアアアア!!!」

 

 だが、彼が肩に担ぐ金棒が全ての印象を上書きする。

 これまで数々の敵をすりつぶしてきたであろう、そしてこの決闘でも多くの鬼を吹き飛ばしてきたであろう、血がポタポタと垂れる真っ赤な金棒。

 

「とある霊峰の主を三日三晩の死闘を持って打倒し、その妖怪の血を持って『妖器』と化した金棒――実物を見ると禍々しいことこの上ないな」

「鎧将とも互角に渡り合えている。むしろ、二体の戦いの余波で――他の鬼達がどんどん減ってってるぜ」

 

 二つの島の主がぶつかる。

 巨木の腕と、深紅の金棒――両者が再び激突し、周囲の無関係の鬼達がどんどんと吹き飛んでいく。

 

 

 そして、今――別の場所でもやはり、二つの島が衝突しようとしていた。

 

 闘技場のとある場所で、風が渦を巻いて突き上がる。

 

「あれは――竜巻か!?」

「見ろッ! あそこ――鬼が」

 

 飛んでいる。竜巻を背に、一体の鬼が飛んでいる。

 

 真っ赤な身体に、一対の漆黒の翼を生やして――長い鼻を天に向けている。

 

()()!? なんでここに天狗がいるんだよ!?」

「知らねぇのか。あれは()()()だ。額に角が生えてんだろ」

 

 前述の通り、鬼が生まれる方法は実に様々だ。

 鎧将のように研究の成果として生み出された鬼がいるように――他種族に鬼の血を妖力と共に流し込む、『鬼化』の実験が進められたことがある。

 

 天狗鬼(てんぐおに)――風頼天(ふうらいてん)は、その数少ない成功例の一つだった。

 

「――何故、今になって表舞台に戻ってきた?」

 

 風頼天は、上空から竜巻を背に、漆黒の羽扇を振るいながら問い掛ける。

 多数の鬼を吹き飛ばしながらも――風頼天の見据える先にいるその鬼は、荒れ狂う暴風の中で静かに佇んでいた。

 

 小さな鬼だ。

 がっしりとした風頼天や、体躯としては細身だった鑽鉄などよりも格別に小さい。鎧将などと比べたら猛獣と小動物のようだろう。

 

 しかし、その小動物は、髭によって顔が見えない老鬼は、己よりも遥かに大きい鬼達が舞上げられ、竜巻に呑み込まれていく中で、たった一本の杖だけを頼りに、己の二本足で屹立している。

 

 風頼天は、そんな老鬼に驚くことなく――当然だと言わんばかりに続ける。

 

「これは、四天王の最後の椅子を掛けた決闘だ――四天王を自らの意思で降りたお主がここにいることは、理が通らんとは思わんか?」

 

 羽扇が再び振るわれる。

 生まれた刃のような突風は、老鬼との間にいた複数の鬼をすぱすぱと面白いように切り裂いて――老鬼の杖によって受け止められた。

 

「――――ッ!?」

 

 観客席の鬼が絶句する。

 否――老鬼は受け止めたのではない。切り裂いたのだ。

 

 老鬼がいた場所を境に、真っ直ぐに伸びていた風刃の軌跡が、分かれるように二筋となって、老鬼の背後の鬼達を切り裂いているのだから。

 

「――だから、こそよ」

 

 小さく、(しゃが)れた声だった。

 だが、その声は何故か、上空にて老鬼を睨み据えている風頼天の元にも届いた。

 

「既に四天王たる資格を失った、この老いぼれにすら勝てぬような未熟者を――茨木童子の後継と認めるわけにはいくまい」

「……最強を名乗るのなら、ここで打倒してみよと。かつての四天王、伝説の星熊童子を」

「分不相応にも『童子』を名乗っていたくせに、あのような醜態を晒した愚か者は、あの大戦で死んだよ。今の儂は、ただの老いぼれ。無様な死に損ないじゃ」

 

 星熊童子。

 かつて鬼女紅葉や、かの茨木童子と共に大江山四天王として、安倍晴明や源頼光と戦い――生き残ってしまった敗北者。

 

「元・四天王!? あの爺さんが――」

「確か、あの戦いで星熊童子の名前を返上して、四天王を辞めて……鬼壱(きいち)って名前を酒呑童子様に貰って……死に場所を探すみたいに戦場を渡り歩いてたって聞いていたが――まだ、生きてたのか」

 

 観客席で決闘を眺める鬼達は、伝説の登場にどよめきを隠せないでいた。

 元・四天王。だが、だからといって彼を見るその目が尊敬一色であるかといえば、そんなことはない。

 

 鬼とは、力こそが全て。

 出生はバラバラで、鬼となってからの年月も千差万別。

 

 血統なんてものが殆ど何の意味も持たない鬼にとっての序列を決定する唯一の物差しは――強さのみだった。

 

 だからこそ、強い鬼は尊敬を集め――弱い鬼は侮蔑される。

 

 星熊童子はかつての戦いにおいて、それまでの尊敬を掻き消す程に――余りに無様な敗北を喫した。

 

 それを自覚していたからこそ、生き残ったにも関わらず自ら四天王を降りて、誰よりも厳しい戦場に老いたその身を投じていた。

 

 一度見せてしまった醜態は、弱さは、どれだけ年月が経とうと拭いきれない。

 風頼天の天災が如き猛攻を一本の杖のみで捌ききっている、往年以上の強さを見せても――彼を応援する声は聞こえなかった。

 

 だが、観客席の一角からは、応援とは真逆の――罵倒の声が轟いていた。

 

 それは元四天王、元星熊童子――鬼壱(きいち)に向けられたもの、ではない。

 

 

 残る最後の一つの島。

 

 百体以上の鬼達が――たった一体の鬼を取り囲む処刑場。

 

 響き渡る罵倒の声は、小さな少年鬼を、寄って集って嬲るように数の力で押し潰そうとしている大人げない鬼達へのもの――でもない。

 

 その盛大なブーイングは――その中心に居る、一体の青き少年鬼へと向けられていた。

 

「あれは――」

「アイツ――まだ生きていたのか」

 

 これまで四体の強豪鬼を解説してきた彼らも、それに気付いて顔を顰める。

 

 無論、その少年鬼に向けられたブーイングに――ではなく、未だ、あの少年鬼が呼吸していることに、だ。

 

「鎧将。鑽鉄。風頼天。そして、鬼壱。この中の誰が四天王になってもおかしくない。が――」

「――ああ。駄目だ。アイツだけは有り得ない。有り得ちゃ、いけない」

 

 その少年鬼は、既に満身創痍だった。

 開始直後から徹底的に狙われ、数の力で袋叩きにされた。

 

 だが、死なない。

 殴られても、蹴られても――折られても、捥がれても。

 

 立ち上がる。何度でも、立ち上がる。

 

 傷を塞ぎ、骨を繋ぎ、腕を生やして――蘇る。

 

「ああ――楽しいなぁ。楽しいなぁ」

 

 少年は笑う――鬼のように、禍々しく。

 

 彼を取り囲む鬼達が、恐怖で震える。

 何度も何度も叩きのめした。コイツだけは駄目だと、何としても殺さなくてはと。

 

 だが――積み上がるのは、少年の背後の死体だけ。

 

 少年は笑う。子供のように――邪気を零して。

 

「強くなった! 僕は強くなった! ああ――見てますか、酒呑童子様! 僕はこんなにも強くなった! あなた様の貴き血を! 受け継いだ! この僕が!!」

 

 青き少年鬼の言葉に、周囲の鬼が震える。

 

 少年の言葉に嘘はない。彼は酒呑童子の血を流し込まれて鬼になった、唯一の存在。

 

 日ノ本最強の妖怪の、鬼の頭領の唯一の眷属。

 

 そして、ただ一人の――人間から、()()()()()()、鬼になった存在。

 

「俺は――お前を認めないッ!!」

 

 少年鬼を囲む中の一体が、そう吠える。

 そして、次々と、少年を否定する言葉が飛び交っていく。

 

「お前だけは――お前だけは認めてなるものかッ! 人間がッ!!」

「鬼になれなかったお前がどうしてここにいる! 人間を捨てられなかった分際で、何故、のうのうと息をしているッ!!」

「鬼でもないお前が――()()()()()()()()()()()()()()()ッ! 四天王になる? 茨木童子様の後継にだと!? 誰が、誰が認めるものか!!」

 

 少年鬼は、己を包み込む、己を否定する言葉に――より深く、邪気に満ちた笑みを浮かべた。

 

 その凄惨な笑みに周囲の鬼が恐怖する中、少年鬼は高らかに笑い――そして。

 

「なるほど、僕を認めない――結構、結構、大いに結構! 恐怖されることこそ鬼の本分! 妖怪の本懐!! ならば!!」

 

 少年鬼は、己を否定した鬼に――瞬時に到達し、そして、その腕を捥いだ。

 

 血が噴き出し、悲鳴が飛び交う。それを掻き消すように、少年鬼――(あおい)は笑った。

 

「ならば僕を殺してみろ! 僕より強いことを証明してみせろッ!! 僕より恐ろしいことをその身をもって示すがいい!! 強さこそが!! 恐ろしさこそが!! ――鬼の正義だッッ!!!」

 

 決闘は、徐々に終わりへと向かっていく。

 

 無数の鬼達は、その数を――五へと減らしていく。

 

 弱者は死に、強者のみが生き残る。

 

 それこそが鬼だと、そういわんばかりに。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 失礼、少し取り乱しました――そう言いながら、覚は立ち上がり、眼下の闘技場で繰り広げられる決闘を眺める。そして「それにしても――凄まじいですね」と、四天王最後の椅子を奪い合って戦う鬼達を褒め称えた。

 

「流石は我こそが四天王に相応しいと名乗りを上げる鬼達だ。皆様、とてもお強い。そして――その中でも、五体……凄まじい鬼がいますねぇ」

 

 高みから見下ろす、目を布で覆っている妖怪は、何が見えているのか――そう言ってしみじみと、紅葉達に背を向けて呟く。

 

「あの五体ならば、例えどなたが勝利しても四天王に相応しいと言えるでしょう。今や構成員の数だけならば『鬼』を超えたと自負している我々『狐』勢力の中でも、あれほど強い妖怪は数える程しかいないでしょうね。……だからこそ、もう一度、言わせていただきたい」

 

 覚は振り返り――不敵な、不遜な、笑みを持って言う。

 

「何故――今なのです? 酒呑童子」

 

 これまでのような様付けでもなく、紅葉には目もくれない名指しで、覚はまっすぐに――鬼の頭領に問うた。

 

 何故、今、こんなことをしているのか――と。

 

「今になって、四天王最後の椅子を埋めようとしている。それは、あなたが気付いたからだ。決戦の火蓋が、今宵にでも切られると。明日にでも――戦争が勃発することになると。だが――」

 

 これは、()()だ――覚は、今、正に、強者達が潰し合っている闘技場を、指差しながら吐き捨てる。

 

「これが決戦の一年前ならば意味もあるでしょう。衆人環視の中で、強さを示して地位を得た四天王ならば、一定の統率力も得られる――しかし、戦争はもう目前にまで迫っているのです。妖怪といっても一晩寝ればダメージが回復するわけではない。怪我が瞬時に治癒したりしないし、欠損した手足が気軽に生えてくるわけでもない」

 

 普通の鬼は、あなたとは違うのです。酒呑童子――酒吞童子の血を受け継いだ碧を指差しながらの、覚のそんな言葉にも、鬼の少女は表情を変えない。

 

 紅葉は、そんな両者を見ながら、言葉を挟んだ。

 

「つまり、あなたは――戦争を間近に控えた今、こんな風に身内で削り合うようなことをするなと、そう言いたいのね」

「不遜ながら。確かに四天王の存在は重要でしょう。しかし、こんな突発的に用意する四天王ならば、少なくともこれから始まる戦争には不要です。いえ、不要とまではいいませんが――それよりも、今、傷つけ合いながら戦っている、腕に覚えがある強き鬼達を、万全の状態で備えさせておく方が、少なくとも勢力としての戦力を保つという意味では、よほど正しい」

 

 今、必要なのは、強き一体の四天王ではなく――少しでも多くの強い鬼。

 こんなバトルロワイアルという形で貴重な強い鬼を潰し合わせるような真似は、戦争前夜に行うようなものではないと、覚は言う。

 

「お聞かせください、酒呑童子。あなたは何故、こんなことをしているのです」

「……それを……あなたに」

 

 ここで初めて、酒呑童子は覚の言葉に返した。

 

「…………言う………必要が……あるの?」

「それを聞きに、うちらはここへ参ったんどす」

 

 鬼の頭領の言葉に、狐の姫君が返す。

 

 覚は、己が勢力のトップの言葉を背に、日ノ本最強の妖怪に真っ直ぐに問い掛けた。

 

「酒呑童子様。あなたは()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その言葉に、射貫くような殺気を放ったのは、酒呑童子ではなく――鬼女紅葉だった。

 

 自分達の長を、鬼の頭領を揶揄するような言葉に対する混じりけ無しの殺気は、そのまま物理的な殺傷力を伴って覚を射貫こうとして――九尾の妖狐の、九つある尾の一本で弾かれるようにして防がれる。

 

 覚は笑みを崩さずに、そのまま恭しく頭を下げて「――失礼致しました。私としたことが、言の葉を誤ってしまったようです」と謝罪する。

 

「私が申し上げたかったのは、酒呑童子様――ひいては『鬼』勢力が、此度の戦争において、人間を打倒することよりも重要視していることがあるのではと尋ねたかったのです。戦争において、勢力としての勝利ではなく、別の勝利条件を目指しているのではないか、と」

 

 だからこそ、勢力としての戦力を低下させるような真似と分かっていても――四天王最後の椅子を埋めようとしている。

 

 五体の強力な鬼ではなく――より強い一体の鬼を選別しようとしている。

 

 鬼女紅葉も、酒呑童子も答えない。化生の前は優雅に微笑み――妖怪・覚は、その言の葉を口にした。

 

「鬼の頭領・酒呑童子よ。あなたの目的は、かつての戦争で奪われた、己が右腕――」

 

 ()()()()()()()ですね――酒呑童子は、覚のその言葉を聞いて。

 

 ゆっくりと、玉座から腰を上げ、立ち上がった。

 




用語解説コーナー⑱

・妖力と妖気

 妖怪が持つ異能の力の源。
 体内を巡る妖力を用いることで、種々様々な異能を扱うことが出来る。

 より強大な妖怪ほど、より強力な妖力を持ち合わせており――それが体外に漏れ出したものが妖気である。

 当然、強力な妖力ほど妖気として体外に漏れやすいが、妖力のコントロールに長けた強者は、この漏れ出す妖気を最小限に抑えて偽装することも出来るものもいる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。