比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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――――――――あぁ。恐ろしいな。


妖怪星人編――⑲ 最後の四天王

 

 その時――決戦場が震えた。

 

「「「「「――――――ッッッ!!!!」」」」」

 

 観客席の、そして闘技場にいる殆どの鬼は、反射的にその城の頂上を見上げる。

 

(これは――酒呑童子様の妖気ッ! 鬼ヶ城の玉座の間は、妖力を抑えることの出来ない酒呑童子様の為に結界が張られている筈……その結界を通しても尚……これほどの……一体、何がッ!?)

 

 鬼達が、その生唾を呑み下す。

 

 酒呑童子は、精神性は幼いが、決して凶暴な鬼ではない。

 好物の酒を吞んで酔っ払った時などは無邪気に暴れたりはするが、感情的に妖気を爆発させるような――そんな未熟な妖怪ではない。

 

 だが、しかし、この妖気の膨れ上がり方は、明らかに尋常ではなかった。

 

「お怒りだ。怒っているんだよ、あの方は――さっさと勝負をつけろって」

 

 瞬間――()()()()()()()()()()()

 巨大な身体の、更にその頭の上から、跳び上がった小さな少年鬼の拳で、力尽くに倒れ伏せられた。

 

「あと五体――いや、これであと四体か。一刻も早く終わらせよう。楽しい時間だけれど、あの御方を待たすなど万死に値する」

 

 優勝候補の一角――地に伏せた絡繰鬼・鎧将を足蹴にし、そう宣言する小さい青鬼。

 

 少年鬼・碧の不敵な言葉に、鎧将と熾烈な激戦を繰り広げていた金棒鬼・鑽鉄は顔を顰める。

 

「……随分と卑怯な真似をする。背後から攻撃するなど、四天王に名乗りを上げている鬼のすることとは思えぬが」

「卑怯? なにを言っているんですか、鑽鉄殿ともあろう方が。これは決闘ですよ。戦場でも同じ言い訳を抜かすんですか。油断する方が悪いに決まっているでしょう」

 

 それに、僕はあれだけの数を相手に同時に袋叩きに遭っていたんですよ――と、親指で背後を指差しながら言う。

 

 彼が示す方向には、無残な鬼の山があった。

 どれだけの者が息があるかも分からない、ゴミのように積まれた元強者達の成れの果て。

 

 それを見て鑽鉄は「……」と、何も言わずに、何かを言いたげに口を噤む――が、そんな彼の目の前で――鑽鉄と激戦を繰り広げていたとはいえ――たった一撃で戦闘不能に追い込まれた鎧将の頭に、更に鋭く足を振り下ろして、碧は言う。

 

「そもそも、戦場では複数同時に敵を相手にする状況など想定してしかるべきです。一々、敵対象を定めてからでないと攻撃に移れないような仕様のこんな玩具なんかが、四天王になれるわけがないでしょう」

「……彼は強い。とても強い鬼だった。それだけで彼が四天王の器と認めるのに十分だろう」

「強い? これが? 笑わせないでくださいよ」

 

 グシャ、と、不快な音を立てる。死体から作製されている絡繰鬼に対し、こういった表現が正しいかは不明だが――既に鎧将が絶命しているのは明らかだった。

 

 それでも、碧は鎧将を嗤うことを止めない――倒れ伏せた巨大な鬼から、継ぎ接ぎだらけの腕をもぎ取り、血を噴き出させながら言う。

 

「これが強いわけがないでしょう。そもそも弱くて死んだ鬼の妖力(のこりかす)から作られた玩具だ。たまたま目減りした雑魚戦力の補充に有効だったから重用されただけ――第一、ですよ。作られた理由からして、実力で四天王になれなかった天邪鬼が、出世したいが為に作った点数稼ぎの代物でしょう」

「――――そこまでだ、青二才が」

 

 少年鬼の減らない口を閉ざすように、金棒鬼は一閃を振るう。

 

 赤い金棒が、青い掌で受け止められ――至近距離で彼等は睨み合う。

 

「貴様の全てが、勇ましく戦った鎧将の、そして四天王として我等に尽くす天邪鬼様への侮蔑そのものだ。――四天王に相応しくないのは一体誰か、この金棒で貴様に教えてやろう」

「……こんなに喋る鑽鉄様を初めて見ましたよ。嬉しいなぁ、強い鬼と喋るの大好きなんですよ、僕。それじゃあ、僕からも一つだけ――」

 

 鬼と言えば金棒っていう発想からして、古いんだよ、オッサン――そう、餓えた少年鬼が、唾と共に吐き捨てた、その瞬間。

 

 赤い金棒と、青い拳が、強烈な勢いで激突する。

 

 

 

 そして、そこから少し離れた場所からは――暴風が吹き荒れていた。

 

 上空を舞う天狗鬼が繰り出す風の刃、その全てを地上で待ち構える老鬼の小さな杖が弾き飛ばしていく。

 

「しぶといな――この死に損ないめッッ!!」

「儂のような黄泉に片足を突っ込んどる老いぼれすら殺せぬ、己の未熟を恨めッ!」

 

 既に彼等の周辺には一体の鬼も立ってはいない。

 この二体の天災が如き戦闘の撒き添えとなって、この決闘から退場していった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 風頼天は肩で息をしながら睥睨する。

 既に無数の風刃を放った。今回の決闘における撃破数だけならば文句なしに風頼天が頂点に立つだろう。

 しかし、その内の一発たりとも、鬼壱のよぼよぼに衰えた身体に傷一つ負わせることは叶わなかった。

 

(……流石は星熊童子。茨木童子と共に『鬼』を勢力として纏め上げた創設期から名を連ねる伝説の鬼。……かつての戦争で大敗し『()()()()()()()()()()()()負け犬と蔑まれても――その磨き抜かれた技量は未だ衰えを知らずか)

 

 このままでは埒があかないと、風頼天は羽扇を手放し、頭上で両手を構えて――風を集める。

 

「見事だ、鬼壱殿。醜く老いたとはいえ、その技は確かに伝説そのもの。四天王を再び名乗るだけの実力はあると認めよう」

 

 遥か高みから見下ろす天狗鬼は、今にも倒れそうな程にふらふらと杖に体重を預ける老鬼に言う。

 一発もその身に受けなくとも、ただ技を振るうだけで『老い』に蝕まれた骨は悲鳴を上げる。

 

 だが、風頼天は一切の油断なく――否。

 

「しかしながら、いくら貴様が伝説だろうと――空は飛べぬ。その身体ではこの高さまで跳ぶことも無理だろう。つまり、いくら風刃を防ごうと、貴様はこの身を斬ること(あた)わぬ」

 

 一発も攻撃を当てることが出来ていないのは、鬼壱も同じ。

 

 そして、ならば――こちらは攻撃の当たらない安全圏から、防ぐことの出来ない攻撃を放つまで。

 

「豪風弾――これならば、どれだけ貴様の技が優れていようと、その枯れ木のような腕では弾くことも出来ん。そうなれば、嫌でも認めざるを得ないだろう。かつての四天王よりも、この俺の方が『右腕』を受け継ぐに相応しいということをな」

 

 大柄な鬼である風頼天自身よりも、大きく育った風の塊。

 それを大砲のように、風頼天は小さな老鬼に向かって放つ。

 

「さらばだ――老いぼれ」

 

 鬼としての莫大な妖力。そして、天狗としての風を操る異能を併せ持つ。

 正しく新時代の妖怪としての、圧倒的な才能を持つ風頼天の前で。

 

 かつて伝説を作った老将は。かつて汚点となった敗北者は。

 

 旧時代を駆け抜け――本物の『右腕』を知るものとして。

 

「嘗めるな――若造」

 

 己を呑み込もうとする新たな時代の暴風の中に、強く地を蹴って、悲鳴を上げる己が老骨を飛び込ませた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 もう一度…………言う――と、少女は小さく呟く。

 

 そのか細い呟きを掻き消すように、強烈な破裂音が連発で響いた。

 

 殺気――それはきっと、攻撃しようという意思すらない、只の殺気。

 先程の鬼女紅葉のように、余りにも強力な妖力を込められた殺意は、物理的な破壊力を伴って対象を襲う。

 

 だが、鬼女紅葉のそれは玉藻の前の九つある尾の内の一尾によって防がれた――が。

 

「……なんで……それを…………あなた……たちに………言わないと――いけないの?」

 

 再び、二発、三発、四発と、破裂音が響く。

 一発毎に鮮血が撒き散らされる。吹き飛ばされているのは、狐の姫君・玉藻の前の九つ存在する尾だ。

 

 否――九つの尾が、既に残り三本にまで減らされている。

 

 鬼の頭領・酒呑童子の殺気によって。

 立ち上がった鬼の少女が、一歩、一歩と近付いてくる毎に、鬼女紅葉の殺気すら容易く防いだ大妖怪の妖力の源が弾き飛ばされていく。

 

(……馬鹿ね)

 

 紅葉は冷たく覚を見据える。

 彼にとっては、少しでも交渉を自分優位に運ぼうとして踏み込んだ物言いだったのかもしれない。

 

 だが、酒呑童子にとって、茨木童子は――古参である紅葉すらも容易く踏み込めない逆鱗だ。

 

 土足で足を踏み入れたら最後、酒呑童子自身すら自覚のない感情の乱れによって、ただそれだけによって跡形もなく消し飛ばされてしまう。

 

 それをここまで防ぎきっている化生の前も見事だが、いくら九つあるとはいえ――限りがある。

 

(死んだわね、此奴ら)

 

 紅葉がそう見限る中、覚は再び口を開く。

 末期の言葉らしく命乞いか――そう思った紅葉だが。

 

「否定――しないのですね」

 

 狐の尾に守られながら覚が放った言葉は、酒呑童子のその大事な領域の中を、更に一歩、踏み込む言葉だった。

 

 紅葉は目を見開く。本気で死にたいのかと絶句する。

 

 だが、心を読む妖怪・覚は、その心の中へ踏み込む言葉を止めない。

 

「そう――あなたの目的は人間ではなく、茨木童子だ。そもそもあなたが本当に人間を打倒し、この国を統べる妖怪の王になりたいのならば、十年間も雌伏する必要はなかった。()()()()()()()()()()()、他の妖怪をその力を持って屈服させ、配下として従えて数を持って、今度はあなた方の方から、平安京へと攻め込めばよい話だったのですから」

 

 酒呑童子という大妖怪ならば、それが可能だった。

 だからこそ、安倍晴明は源頼光らを率いて、十年前に自ら大江山へと攻め込んだのだ。

 

 かつての阿弖流為(アテルイ)のように――酒呑童子という妖怪は、日ノ本の妖怪を統べることが出来る、妖怪の王になれる存在だと恐れて。

 そして、かつての阿弖流為の時とは違い、今、国中で妖怪が溢れかえっているこの日ノ本でそれをされたら危ういと、そう判断されたことが、かの『大江山の鬼退治』に繋がるのだから。

 

「そう、安倍晴明はそれこそを恐れた。だからこそ、十年前の戦争において、あなたを殺しきれないと判断したあの陰陽師は――あなたから『右腕』をもぎ取った! 茨木童子という『右腕』を!」

 

 再び大きな破裂音が響く。

 化生の前の尾は、残り二本。

 

 妖怪・覚は、その口を閉じるのを止めない。

 

「しかし、あなたは妖怪を纏めることをしなかった。茨木童子を失ったとはいえ、あなたはこうして健在だ、酒呑童子。やろうと思えば出来た筈。けれど、それをあなたはしなかった」

 

 結果、酒呑童子が妖怪王となる前に――化生の前という、新たなる王の器が日ノ本に出現した。

 

 そして、『鬼』ではなく『狐』が日ノ本中の妖怪を統べて、かつての妖怪最大勢力だった『鬼』と二分する力を手に入れて、二つの勢力が『京』を挟み込む構図が生まれている。

 

「元々日ノ本征服などに興味がなかったのか、それとも十年前にその志を折られたのか――私などには想像も出来ません。ただ一つ、確かなのは、今、あなたにはその意思がないということ――けれど、あなたはそれでも、今、かつてとは逆に、今度は己から、『人間』へと、平安京へと攻め込もうとしていること」

 

 狐の尾が弾ける。尾は――残り、一本。

 

 酒呑童子はその表情を、はっきりと――嫌悪に、変える。

 

 覚は額に汗を流し、唾を飲み込み――それでも、口元に、笑みを、浮かべて。

 

「その目的は、茨木童子――あなたの『右腕』を、取り戻すこと」

「…………黙っ……て」

 

 遂に――覚と、化生の前の眼前に辿り着いた酒呑童子は。

 

 その小さな手の届く所まで、歩み寄った鬼の頭領は。

 

 ゆっくりと、その少女の手を――何もかもを簒奪する、鬼の手を振り上げて。

 

 目の前の目障りな、心に土足で踏み入る不届き者を――。

 

「――十分。もうええやろ。限界どすえ、覚はん」

 

 その時、最後に残った一本の狐の尾が、今まで守っていた覚に巻き付いて――背後に向かって放り投げた。

 

 庇ったというには勢いよく壁に叩き付けられた覚は、そのままぐったりと倒れ伏せ。

 

 振り下ろされた酒呑童子の手は――いつの間にか()()()()()()()()()()が、包み込むように受け止めていた。

 

「瀬戸際を楽しむんのも大概にせんと。ここまでくれば明白やぁ。この子は些かも――衰えてへん」

 

 不快げに化生の前を睨み付ける酒呑童子に「……ごめんなぁ、お嬢ちゃん。いじわるして」と、狐の姫君は口元を扇で隠して微笑む。

 

 そして、震える身体をゆっくりと起こす覚は「……ええ。戯れが過ぎました。申し訳ございません」と、何度目かも分からぬ謝罪をし、言う。

 

「酒呑童子様。あなた様の目的が人間への勝利でもなく、日ノ本征服でもないというのなら……尚更、好都合なのです。我々の目的は同じではない。だからこそ、共に戦うことが出来るのです」

 

 初めに申し上げた通りなのです――覚は血を吐きながらも、手を差し伸べて言う。

 

「手を取り合いましょう。同じ妖怪同士、力を合わせて――人間と戦うのです」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そこは、日ノ本に幾つも存在する神秘郷の内の一つだった。

 

 ただ大きな山のみが存在するその空間は、異様なまでの妖気に満ちていた。

 霊峰の頂上には、その空間を巡る妖力の全てが集まるそのスポットには――とある大蛇がとぐろを巻いて眠り続けていたのだ。

 

 喉が渇いたら水を飲むように、ごくごくと、霊峰の噴口から妖力を摂取し続けたその大蛇は、いつしか神秘郷の外にまでその妖気が伝わり、時折迷い込む人間達からは神のように崇められる存在となっていた。

 

 体躯をみるみる成長させていった大蛇は、いつしか妖怪となり――やがては龍にまで至るのではないかと思われていた。

 

 とある男が――腕試しにと、その神秘郷に来訪するまでは。

 

 男と大蛇の戦いは数日にまで及んだ。

 

 件の神秘郷には朝日が上り、夕陽が沈み、夜が訪れる。

 そのサイクルが一体何度繰り返したかは分からない。目撃者は誰も居ない。ただ、一人の男と一匹の大蛇のみが存在する異空間で、両者は戦い続けた。

 

 そして、何度目かの朝日が上る時――立っていたのは男だけだった。

 

 持ち込んだ黒い金棒は、いつしか真っ赤に染まっていた。

 

 龍への階段を上り始めていた大蛇の血を吸い続けた金棒は――この世に一つしか無い妖器となり。

 

 妖力の篭った大蛇の血を浴び続けた男は――鬼となった。

 

 こうして金棒鬼・鑽鉄は誕生した。

 

 それからも鑽鉄は、武者修行とばかりに日ノ本中を旅し続け、いくつもの大物妖怪をその金棒で倒し続けていった。

 

 金棒鬼の勇名はいつしか大江山にも届き初め、四天王になる日も近いと、まことしやかに囁かれる程だった。

 

 つまり――金棒鬼・鑽鉄とは。

 

「あああああ―――ああああああああ――ああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 日ノ本最強妖怪集団・『鬼』勢力の中でも、屈指の実力者である。

 

「…………なぁんだ。がっかり」

 

 筈――――だった。

 

「――お前、()()()

 

 少年鬼の小さな掌が――真っ赤な金棒を握り砕いた。

 

 これまで数多くの大妖怪の頭蓋を破壊してきた妖器が、少年の小さな片手で容易く破壊された。

 

 鑽鉄は目の前の光景が信じられずに絶叫する。

 

(――有り得ない!? 有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない!? 霊峰の(ぬし)の血を吸った妖器だぞ!! これまでどんな妖怪の、どんな攻撃だって打ち返してきたんだ!! それが、こんな、こんな餓鬼に――)

 

 呆然と立ち尽くす鑽鉄に向かって、碧は金棒を砕いた拳を握りながら言う。

 

「こんな餓鬼を壊せない玩具が壊れたくらいで絶望ですか? だから――アンタは弱いんだ」

 

 青い少年鬼が振り抜いた拳は――鑽鉄の顔面の真ん中を貫いて吹き飛ばす。

 

「金棒が壊れたんなら、拳くらい握ってみろよ。それが出来なかった時点で、強かったのはアンタじゃなくて――金棒だったってことだ」

 

 アンタは、最強には相応しくない――吹き飛んだまま、仰向けで倒れ伏せたままピクリとも動かなくなった鑽鉄を見て、碧はそう吐き捨てた。

 

「――――ん?」

 

 そして――その背後では、もう一つの戦いが決着していた。

 

「ガ――はっ――ッ!?」

 

 渾身の力で放った豪風弾。

 切り裂きも弾き返しも出来ないと、そう豪語し放たれた一撃――それを、真っ二つに()り裂かれ。

 

 そして――豪風弾もろとも、空中に飛翔している風頼天をも斬り裂いた、小さな老鬼・鬼壱は。

 

「な――ぜ、だッ……」

「笑わせるでない、新時代。空を飛べるのがお主だけの専売特許であると思うたか。大江山の外におる妖怪共には、空を飛べる奴なんぞゴロゴロおるわい」

 

 それこそ、天狗と殺し合ったのも一度や二度ではない――そう呟きながら、刀身を露わにした仕込み刀を杖へと戻し、胴体だけでなく翼をも切り裂かれ、地に向かって落下していく天狗鬼を見遣る。

 

「妖力を飛ばすなんぞ高等な妖怪であれば無意識にでも出来ることじゃ。斬撃も共に飛ばすくらい容易く出来んと――四天王は名乗れんわい」

 

 修行不足じゃ。出直せ、若造――そう吐き捨てながら背を向け、天狗鬼が墜落した音を背にし、そして。

 

 そして――相対する。

 

「…………おい。嘘だろ」

「鎧将も、鑽鉄も、風頼天も――負けた。ってことは……四天王は――」

 

 どよめきが決闘場を包み込む。

 

 向かい合うは、かつて四天王を追われた老鬼と、人間から生まれ変わった青鬼。

 

 残すは――二体。

 

 鬼壱と碧。

 勝った鬼が――最強の名を受け継ぐ、最後の四天王となる。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんでした」

 

 覚はそれはそれは綺麗な土下座をした。

 

 紅葉が「えー」とドン引きする中、土下座したまま覚は釈明を続ける。

 

「大変失礼なことをしてしまいました。十中八九違うとは分かっていましたが、もし『鬼』勢力が日ノ本征服へと動かない理由が十年前の戦争時における酒呑童子様の弱体化であったなら、あわよくば吸収する形で勢力を乗っ取れないかと思い、試させていただきました」

「頭を下げれば何でも正直に言っていいってことじゃないわよ」

 

 余りにも清々しく開き直る覚に、紅葉が冷たく言う。

 だが覚は「しかし、殺気だけで化生の前様の尾を容易く吹き飛ばすあの妖力の凄まじさたるや! この覚、感動致しました!」と聞く耳を持たない。

 

 こいつ別の意味で最強の妖怪なのではと、紅葉が再びドン引きする中、覚は酒呑童子に言う。

 

「先程も言いましたが、我々は別の目的を持っている。それが故に協力し合えます。どうか、もう一度だけ、私の言葉に耳を傾けていただけませんか」

「…………」

 

 酒呑童子は、振り下ろした己の手を八本の尾で押さえ込む化生の前を見る。

 化生の前は何も言わず、ただニコッと笑みだけを返した。

 

 そして、続いて酒呑童子は紅葉を見た。

 紅葉は深く息を吐きながら「――好きになさいな」と言って、そして「――あなたが、私達の頭領なんだから」と微笑む。

 

「…………」

 

 酒呑童子は、しばらく立ち尽くし――そして、再び玉座へ戻った。

 

 覚は「ありがとうございます。寛大な御心に、深く深く感謝を」と恭しく言い、そして。

 

「此度の戦争――我々『狐』勢力と、皆様方『鬼』勢力は、共に手を取り合うことが出来ます」

 

 覚はどこから取り出したのか、大江山から平安京まで、広範囲を示す地図を取り出して、歌うように説明を始める。

 

「何故ならば、目指すものが異なるからです。我々『狐』の目的は、いわずもがな『日ノ本征服』。そして、『鬼』の――酒呑童子様の目的は、右腕たる『茨木童子の奪還』。ここまでは、よろしいですね?」

 

 今更誤魔化すつもりはないのか、酒呑童子は覚の言葉に異を唱えない。

 覚は一つ頷いて続ける。

 

「だからこそ、『鬼』の皆様は勢力としての戦力を削ぐような真似をしてでも、四天王の穴を埋めようとしている。なぜならば、『鬼』の皆様が目指すのは戦争としての勝利ではないから。恐らくは――少数精鋭での短期決戦。我々『狐』勢力が『人間』達と激突している隙を突いて、一直線に安倍晴明の元へと向かい、四天王を主とする精鋭のみを連れて戦いを挑み、茨木童子を奪い返す。いかがですか、この私の推理は?」

「こっちを見ないで。気持ち悪いわ」

 

 紅葉は冷たく、きらきらとした笑顔の覚をこき下ろす。

 覚は些かも堪えていないが、紅葉の言葉は本心から出たものだった。

 

 気持ち悪い。気持ち悪いくらいに――正鵠を射ている。

 覚の推理は見事に正解だった。戦争の火蓋が切られようとしていると分かった時、酒呑童子はこの計画を四天王の三体のみに話した。

 

 悪路王と天邪鬼は、この計画が『狐』側に悟られないように、恐らくは『狐』側の大幹部が来るであろう、戦争の火蓋となり得る『力』の発生源である貧民街と、黒き陰陽師が誘う土御門邸へと向かった。

 

 そして、その間に鬼女紅葉は全国の鬼達に四天王最後の椅子に座る者を争わせる決戦が開かれることを酒吞童子の名を以て伝え、大江山に戦力を集結させる。例え、鬼達のこの動きだけが悟られても、遂に戦争に備えて戦力を集めさせたのだという風にしか映らない。外から見るだけなら。

 

 こうして中にまで入り込む者がいなければ。

 

(……なのに、まさか中に飛び込んできただけでなく、ここまで詳細に計画を推理出来る妖怪がいたなんて)

 

 心を読む妖怪・覚。本当に心を読んでいるかのようだ。

 だが、この計画は酒呑童子と四天王の三体しか知らない。ならば、先に平安京に潜り込んでいる天邪鬼か悪路王のどちらかの心を読んだのだろうか。

 

 しかし、化生の前の言葉通り、妖怪の能力ならば相手を上回る妖力がなければ通じない。この覚が、あの二体の鬼よりも強い妖力を秘めているというのだろうか。

 

(……それとも――)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 紅葉がそんな思考に囚われている中、覚は流暢に計画を話し続ける。

 

「その計画、大いに結構。我々を存分に囮にしてもらって構いません。『狐』はあなた方の茨木童子奪還を全力で応援(さぽーと)致します」

「(さぽ……?)――いいの? ずいぶんと簡単に言うけれど」

「この計画は我々にとっても得しかないのです。鬼女紅葉殿」

 

 覚は地図上に小さな青い種火を生み出した。そして、平安京の心臓部である平安宮、更には()()()()()()()()()()()()()()()()、黒い種火を、花が咲くように次々と生み出していく。

 

「我々『狐』は、鬼以外の、およそこの国全ての妖怪種族を配下に治めています。しかし、この国では元来、()()()()()()()()()()()()だった。それほどまでに鬼という妖怪は強い。我々は数こそ膨大に保有していますが、突出した力を持つ個の妖怪はそれほど多くないのです」

 

 そんな我々でも、木っ端陰陽師や下っ端武者などとは十分に戦えます――と呟きながら、一際強く、大きく燃える黒火を地図上に出現させる。

 

「――しかし奴等『人間』の中にも、突出した『個』は存在する」

 

 その大きな黒火の数は、六つ。

 平安最強の神秘殺し――源頼光。

 頼光が抱える四天王――渡辺綱、卜部季武、碓井貞光、そして、坂田金時。

 

 そして、平安最強の陰陽師であり、妖怪の天敵――安倍晴明。

 

「奴等はそんじょそこらの妖怪では物の数にもなりません。我らが誇る大幹部でも、一対一ですら正直危ういと私は考えています。間違っても彼らの前では言えませんが」

「…………」

 

 紅葉はその言葉を弱気だと笑うことが出来ない。

 何故ならば、他でもない、自分達が――自分が、その身を持って知っているからだ。

 

 源頼光、頼光四天王、そして安倍晴明――彼等の強さを、その人間達の恐ろしさを。

 

 自分達は、実質的に、彼等――たった六人達の人間達に。

 

 十年前――徹底的に敗北しているのだから。

 

(私達は、あの日、種族として半数以上の同胞達を失った。四天王も、半分やられた。……それに比べて……雑魚はそれなりに屠ったとはいえ……奴等六人は、その数を一つたりとも減らせなかった)

 

 だからこそ――だろうか。

 牙は折れていない。闘志も失っていない。今度遭ったら、今度こそはその首を必ずやへし折ってやると心に決めている。

 

 だが、それでも――『鬼』として、種族として、戦争で『人間』に勝とうなどとは、もう思えなくなっている。

 

 復讐に燃えるわけでもなく、ただ奪われた仲間を救い出すことだけを考えている。

 妖怪たる、怪物たる、化物たる――鬼である、我等が。

 

(私は――私達は、怖がっているの?)

 

 人間を。奴等を。

 あの日、あの時――そう、それは、まるで、鬼のように。

 

 自分達の同胞達を、殺して、殺して、殺して、殺して、殺した――あの、人間達を。

 

 私は――そして。

 

 紅葉は、そっと、隣に座る酒呑童子を見遣ろうとして。

 

「それでよいのです。あなた方は、それでよいのです」

 

 覚はそう言いながら、地図上に新たに赤い火種を灯す。

 

「あなた方は奴等の強さを知っている。だからこそ、あなた方には奴等の相手だけをお願いしたい」

「……どういうこと?」

 

 紅葉の言葉に、覚は笑みを浮かべながら、赤い種火と青い種火を操作する。

 

「戦争において必要な『数』は我々が用意します。あなた方は強い鬼を数体『将』としてお貸し頂けるだけでいい」

 

 もちろん、派遣していただける数は多ければ多いだけ嬉しいですが――そう言いながら、覚は赤い種火を一つと、青い種火が数体で構成されるチームを作っていく。

 

「あなた方には、我々が貸し出す妖怪を率いていただきたい。戦争全体の指揮は私が取ります」

「急にこれまで敵だった鬼が現れて、自分達を率い出しても、そっちの子達は言うこと聞かないんじゃない?」

「雑魚ならばそうでしょう。しかし、先程も言ったとおり、妖怪とはすなわち鬼のことであるという認識は妖怪ならば誰もが持っています。そして、鬼と同じく、妖怪とは強さが全てという風潮は我々『狐』にも共通です。力を示せば大概は素直に言うことを聞きますよ」

 

 そして覚は、一際大きな赤い種火を、地図の上に出現させる。

 

「我々が平安京の各地で戦場を作ります。源頼光や四天王が討伐の為にちりじりになったら――あなた方は、真っ直ぐに安倍晴明の元を目指してください」

 

 紅葉は、地図の上に広がる仮想戦場を眺めて、呟くように言った。

 

「――さっきも言ったけど、いいの? これじゃあ、私達が一番おいしい所をもってっちゃうんじゃない? あなた方の負担だけが随分と大きいように見えるんだけど」

「先程も言いましたが、この作戦は我々にとって得しかありません。敵の中でも最も恐ろしい安倍晴明の相手を買って出て頂いているだけでなく、同時に相手取らなくてはならないと考えていた酒呑童子様までもが、言ってしまえば潰し合ってもらえるのですから」

 

 簡単に考えましょう――覚は指を立てて言う。

 

「あなた方は元から我々を囮に安倍晴明を狙うつもりだった。それを我々は分かった上で買って出る。だから代わりに安倍晴明を倒してください。あ、ついでに頼光や四天王に対抗出来る戦力を貸して頂けると助かります」

 

 我々が言いたいのは、つまりはこういうことですと、覚は言う。

 

 紅葉は思う――(……悪い話じゃない)と。

 

(元々、平安京全体を相手取る戦力は私達にはなかった。だからこそ『狐』と『人間』が潰し合っている隙を見て平安京へと侵入し、安倍晴明を叩くつもりだった。そのお膳立てを『狐』自ら買って出てくれる。……確かに『狐』からしたら安倍晴明と酒呑童子が潰し合ってくれるんだから益しかない。……強いて言えば、酒呑と一緒に突っ込むつもりだった四天王が離されるのが懸念といえば懸念だけと……話が違えばさっさと見捨てて酒呑の元に駆け付ければいい話。そもそも元の計画がバレている以上、ここで私達に断るという選択肢は――)

「分かった……それで……いい」

 

 何と返すか熟考していた紅葉の考えが纏まるのを待たずに、酒呑童子はさっさと返事をする。

 

 そのままぴょんと玉座から再び立ち上がって、すたすたと覚の――いや、化生の前の元へ歩み寄った。

 

「――よろしいんどすえ? 安倍晴明から茨木童子を取り戻した後に、やっぱり日ノ本欲しいとか言うのはなしやんね」

「日ノ本とか……どうでも……いい。……好きに……すればいい。でも――」

 

 鬼の頭領は真っ直ぐに、狐の姫君に向けて――杯を向けた。

 

「使えなかったら、殺すから」

「ふふ、それはこちらの台詞どすなぁ」

 

 そして、狐の姫君は、その小さな腕と自らの細い腕を組ませ、同じく手に持った杯を口に運ぶ。

 

 日ノ本を両断する二つの勢力の両巨頭――鬼の頭領と狐の姫君が、その杯を交わした時。

 

 決闘場から、その日一番の歓声が、大江山中に響き渡った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 元四天王。元星熊童子。

 元伝説であり、元童子。そして、四天王を降りる際にも、童子の名を捨てる際にも、酒呑童子から『鬼』の名を冠することを許された戦士――鬼壱。

 

 その経歴が語るまでもなく、鬼壱という鬼は――鬼勢力の中でも屈指の実力者である。

 

「――ここまでじゃ、小僧」

 

 現在空白となっている四天王最後の椅子。

 十年前まで、誰もが認める四天王最強であった鬼が、頭領たる酒呑童子の唯一隣に立つことが許された鬼が腰掛けていた、文字通りの『右腕』たる席。

 

 最後の椅子を懸けた、最後の勝負。

 残った二体の鬼の対決――それは観客席で見守る誰もが息を吞むような激戦となった。

 

 斬撃と衝撃が飛び交い、闘技場は粉々に割れた。

 互いに致命傷に近い、重く響く攻撃を何度もその身に浴びながらも、老鬼と少年鬼の小柄な二体の鬼の激闘は、これまで繰り広げられたどんな勝負も霞む程の凄まじいものになった。

 

 彼等の強さは、この場に居合わせた誰もが認めるものであろう。

 

 しかし――彼等の心は一つだった。

 確かに、鬼壱は落伍者だ。かつて手痛い敗北を喫し、『老い』という、妖怪にとっては最大級の屈辱的な呪いを受けし者だ。

 

 強さこそ全ての鬼にとっては、決して尊敬に値しない鬼だ。

 

 だが――それでも。

 

 彼等はただ、鬼壱の勝利のみを願っていた。

 

 誰もが――碧という、異端者の敗北のみを願っていたのだ。

 

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」

 

 だからこそ、この結果に会場は沸いた。

 

 倒れ行く若き青鬼に。立ち続ける老いた赤鬼に。

 

 前のめりに倒れてゆく碧を見ながら、この結果に、鬼壱は静かに思考する。

 

(……許せ、若鬼(わこうど)。確かにお主は強かった。しかし――)

 

 会場を包み込む大歓声。老鬼である自分の勝利に歓喜する彼等を眺めて、鬼壱は思う。

 

「――お主では、『茨木童子』になれぬ」

 

 今、懸けているのは只の椅子ではない。

 かつて、只の力の塊であった妖怪・鬼を種族として纏め上げ、()()()()()()()である酒呑童子の隣に立ち続け、誰よりも尊敬を集めて、鬼という種族の代表者となった『最強』の後継者だ。

 

 いくら強くとも、これだけ同胞達に忌避される存在では――その後釜は務まらない。

 

(……そもそも、今の儂に負けるようでは、その強さも不十分じゃがな)

 

 無論、自分が相応しいとは思わない。

 かつて勢力に敗北を齎し、四天王を自ら辞退した自分が、あの男の後継など務まるわけがない――が。

 

(それでも、こうなってしまった以上、責任は取らねばなるまい。先陣を切り、盾となるくらいなら、この老体にも使い所があろう)

 

 未だもう少し、彼女の右側には紅葉に立ってもらわなくてはならない。あの娘にも負担を掛けることになるが――仕方ない。

 

 後継者は――現れなかったのだから。

 

「……あの男の代わりなど……やはり、現れぬか――」

 

 

 その時――再び、地響きが響いた。

 

 

「――いる――わけ――ないだろう」

 

 歓声が、止む。静寂が、襲う。

 

 大江山全体が揺れたかのようなその地響きは――少年が、一歩を踏み出した音だった。

 

 青い少年鬼が、倒れ行く己の身体を支えるべく、踏み出した小さな一歩だった。

 

 血を吐き、足元を青く汚しながらも、少年鬼は――鬼のように、笑う。

 

「いるわけが、ないだろう……あんな男の代わりなんて。……いらない……だろう……あんな裏切り者の……後継なんざ」

 

 小さな身体に大きな刀傷を負った少年鬼は、それでも、更に一歩、大きく踏み出して――笑う。

 

 刀傷を急速に修復させながら――楽しそうに、嬉しそうに、鬼のように笑う。

 

「どいつもこいつも……勘違いしてさぁ。これは茨木童子の後継を決める戦いじゃない。茨木童子じゃ務まらなかった、あの裏切り者が逃げ出して、放り出した――あの御方の『右腕』。それに相応しい、今度こそ相応しい鬼を選ぶ為の――決闘なんだよ」

 

 少年の右拳が振るわれる。それは満身創痍の身で放たれたにも関わらず、これまでで最も速く、鋭く振るわれた一撃だった。

 

 鬼壱は反射的に杖を盾のようにして防ぐ。致命傷ではない――が、確かに、仕込み刀に罅が入ったことを感じた。

 

「僕が、『茨木童子』になれないぃ? 結構、結構、大いに結構! 僕はあんな鬼よりも遥かにあの御方に相応しい鬼になる! アイツが出来なかったことを、僕はやり遂げてみせる! 僕は――今度こそ、本物の! あの御方の右腕になるんだよぉぉおおおおおお!!」

「…………なるほどのぉ」

 

 茨木童子――その鬼の偉大さを、誰よりも知っているが故に、鬼壱では決して出てこない発想。

 

 伝説を受け継ぐのではない。伝説を――超える。

 

 本物を知らない。だからこそ――放てる。その大言壮語というにも青い、誇大妄想に。

 

「――若い」

 

 鬼壱には決して認められない。

 

 しかし、だからこそ――鬼壱では計れない、未知なる器。

 

(……それが大器なのか。それともただの歪な器なのか)

 

 それを見極める眼が、計れる器が、自分にはない。

 自分が持つ定規は、古く錆びた、何の面白みもない――老いたこの身に残った、使い古した技だけだ。

 

「では、それを証明してみよ。この老いぼれを、旧時代の遺物を、乗り越えて見事、その未来を示してみせよ」

「言われなくても。僕は年寄りに席を譲るような出来た鬼じゃなくてね。問答無用で退いて貰おう。――せめてもの手向けとして」

 

 面白いものを、見せてやるよ――そう言って、()()()()()()()()を見て。

 

 観客席は悲鳴に包まれる。我先にと逃げ出す者で溢れかえる。

 

 そして、それを見た――老鬼は。

 

「――――――――あぁ。()()()()()

 

 正しく、鬼を見たような言葉と共に。

 

 笑って――この世を去った。

 

 

 そして、地獄には、ただ一人の鬼が残されて。

 

 四天王最後の鬼が決まった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 会談を終えた、鬼ヶ城頂上・玉座の間でも、その結果は見届けられていた。

 

「……決まったようですね」

 

 覚は思わず冷や汗を流しながら呟く。『鬼』は――とんでもない化物を隠していたものだと。

 

(この決闘も、まるでこの鬼を披露する為に用意されていた舞台であったかのようだ……披露? ()()。彼を迫害していたらしい他の鬼にか? 有り得るかもしれない。強さ第一主義の鬼とはいえ、こんなものを見せられたら一つにならざるを得ない。()()()()()()())

 

 それとも――と、覚は背後をちらりと見遣る。

 

 披露した対象は――恐怖を、植え付けられたのは。

 

(……いや、それはないでしょう。我々が今日、ここに来ることは知らなかった筈。――それとも)

 

 こうして今日、『(アオイ)』という化物の披露の場に、『狐』の妖怪が立ち会っているのも――もしかしたら。

 

(阿弖流為が――かの妖怪王の器がいなくなってから、この国の妖怪の頂点で在り続けた少女。……可憐な見た目で判断しては、容易く呑み込まれるということですか)

 

 ()()()()()によりその莫大な妖力に恐怖しない覚ではあるが――だからこそ、心がけなければならない。

 

 ここにいるのは、紛れもなく――日ノ本最大の妖怪、最強の鬼なのだと。

 

(……勝ったのね、(アオイ))

 

 そして、同じく決闘の結末を見届けた紅葉は、勝者の少年鬼を見遣る。

 恐怖で逃げ出した観客、倒れ伏せる敗者のみの決闘場で、ただ一体。

 

 ()()姿()()()()()少年鬼は、見下ろす紅葉の姿に気付いて、全身で勝利をアピールする。

 

 そんな碧に手を振り返しながら、紅葉は複雑な笑みを浮かべて。

 

(……これで、碧は――)

 

 思考に囚われそうになった紅葉に「それでは、我々もそろそろお暇させて頂きます」と覚が言う。

 

「とても激しい戦いだったようだ。動ける鬼は限られておられるでしょう。無理にとは申しません――それでも、少しでも手練れの鬼を我々に貸し出していただけると助かります。無論、悪意のない運用を約束しましょう。大戦(おおいくさ)となるでしょうから、絶対に死なせないと確約することは出来ませんが」

「……分かっているわ。こっちとしても、そちらの働き次第で成功確率が大きく変わるのだから。変な出し惜しみはしないわよ」

 

 助かります――そう言って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()へと向かう覚は、振り向き様に、紅葉と酒呑童子に向かって。

 

「どうか――よい(いくさ)をしましょう」

 

 そして、黒い空間の亀裂の中に消えていく覚を見て。

 

(――()()()。……やっぱり、そういうことね)

 

 紅葉は眼を鋭く細めて確信する。

 

 そして、「――あ、そうそう」と。

 覚に続いて黒い亀裂の中に消えていこうとしていた化生の前は。

 

「そういえば、自分ら――随分と因縁があるみたいやけどぉ」

 

 紅葉へ――いや、真っ直ぐに酒呑童子に向かって。

 

 にやぁ、と。その傾国の美貌を、悪意たっぷりに歪ませて。

 

「源頼光さんら、御一行。足止めちゅう約束やけど――殺してしまっても構いませんかぁ?」

 

 狐の姫君――化生の前の、その言葉に。

 

 鬼の頭領たる、酒呑童子は。

 

 息を吞んで自分を見る鬼女紅葉の方を、一度たりとも見遣ることなく。

 

 暴虐的に膨れ上がった妖気の中で、淡々と言う。

 

「……頼光は……どうでもいい…………綱は……駄目……きっと…………茨木が……殺したい……筈だから…………そして――」

 

 そして、その名を、口にする時。

 

 酒呑童子は――無表情だったこれまでが嘘のように。

 

 鋭く眼を細めて、はっきりと。

 

 揺るぎなく――ただ一体の鬼として、宣言した。

 

「金時は――私のもの」

 

 手を出したら、殺すから。

 

 そんな莫大な殺意を持って放たれた言葉に。

 

 化生の前は、悪意で歪んだ笑みだけを残して――真っ黒な闇の中に消えていった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 こうして、人知れずに、妖怪たちのみぞ知る首脳会談は終わり。

 

 最後の四天王が決まり――再び四体揃った大江山四天王が、鬼の頭領と共に、遂に大江山からの下山を始める。

 

 傾国の美女率いる魑魅魍魎と共に――人間達の京への侵攻を開始する。

 

 

 

 そして、そんな妖怪と戦う武士(もののふ)たちもまた、とある場所で前哨戦を繰り広げていた。

 

 平安京から僅かに離れた――通称『魔の森』。

 

 妖怪退治の専門家――平安武者。

 

 人間達の『四天王』が――遂に、動き出す。

 

 

 

 

 

 第三章――【大江山首脳怪談】――完 




用語解説コーナー⑲

・大江山

 京都府丹後半島に位置する山。
 標高832m。雲海の名所であり――酒呑童子伝説で知られる霊峰。一度は行ってみたい。

 実際は連峰である為、大江山と呼ばれる頂上をもった峰があるわけではないが、ここでは雲海の上に頂上があり、そこに城があるという設定。鬼ヶ島ならぬ鬼ヶ城。十年前の『大江山の鬼退治』においてもこの場所で最終決戦にして頂上決戦が行われた。

 古くから伝説が残る土地で、三つもの鬼退治の伝説が残されている。
 一つは、『古事記』に記された、崇神天皇の弟の日子坐王が土蜘蛛の陸耳御笠を退治した話。
 一つは、聖徳太子の弟の麻呂子親王が三上ヶ嶽(大江山の古名)にて3匹の鬼を討ったという話。

 そして、残る一つが、源頼光と頼光四天王が酒呑童子を退治したという伝説だ。

 大江山は鉱山として有名で、それに富を蓄積していた族がいて、それを都の勢力が収奪し支配下においた経緯を正当化するために、族を鬼ということにして伝説として広めたという説もあるが――何が真実かは誰にも分からず、一つ確かなのは、大江山という舞台は幾度となく伝説の舞台となってきたということ。

 この作品においては、個人主義だった鬼という妖怪を、酒吞童子という怪物を旗頭に、一つの勢力として纏め上げたとある『右腕』が――鬼達の住まう『家』としたのが大江山であるということ。

 そして、そんな『家』に人間たちが攻め入り、『右腕』を強奪してから――十年が経ち。

 遂に、鬼達は、自分達の同胞を救い出すべく、今度は自分達から、人間達の『(いえ)』へと攻め込もうとしている。

 これは――とある鬼が、己の右腕を取り戻そうとする物語だ。
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