比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

35 / 101
いつの世も少なからず存在するらしい。怪物に対する『力』を持って生まれてくる『人間』は。


妖怪星人編――㉒ 星人狩り

 

 まるで鍛冶師が灼熱の鉄塊を鍛えるような音が、薄暗い洞窟内に響き続けていた。

 

 ぶつかるのは無双の英雄の(マサカリ)と、暴悪の怪物の――六つの拳。

 

「――――っぐ!」

 

 言うまでもないことだが、戦闘において手数とは極めて重要な意味を持つ。

 手数が増えるということは攻撃の回数が増えるということであり、自分の攻撃時間(ターン)が長くなるということでもある。

 

 攻撃は最大の防御ともいう。

 自分の攻撃を無限に繋げ、敵に攻撃の機会を与えなければ、()()()()()()()()()()。ずっと一方的に攻撃を繰り出すことが出来る。

 

 だからこそ、戦士は手数を増やす為に、より速く攻撃を繰り出すべく、素早く動く。何故なら、振るえる武器は限られているから。人間の手は――二つしかないから。

 

 だが――土蜘蛛の拳は、六つある。

 

 金時の身の丈程もある巨大な腕が――六本。

 六腕の怪物・土蜘蛛。

 

「――――ぐ、っ、ちぃ!!」

 

 しかも、その一つ一つが、一発一発の拳が、金時の渾身の力で振るう鉞と同等の威力。

 普段ならばその剛力と俊敏さにより、自分の攻撃時間(ターン)で埋め尽くし、敵に攻撃する暇を与えずに圧倒する金時が、正にやり返されている。

 

 無理矢理に守勢へ回される。攻撃できない。そも――攻撃を防ぎきれない。

 

「足元が留守だぜ、人間ッ!!」

「ッ!?」

 

 そして、土蜘蛛はその最大の武器――六本腕に頼り切らない。

 巨躯を支える二本足、それも巧みに使いこなす。

 

 その巨体からはあり得ない機敏な動き。敏捷性すら金時に匹敵する。

 

 金時も意表を突く土蜘蛛の足払いを跳躍して反射的に避けるが――続いて地を這うように繰り出された、本命の三発同時の浮き上がる左拳を避けることは出来なかった。

 

「ぐぅ、はァッ!!?」

 

 遂にまともに受けてしまった、どてっ腹を貫く一撃――いや、三撃。

 

 大男といっていい金時の巨体は軽々と吹き飛ばされ、洞窟の天井へと叩き付けられる。

 

 そして、土蜘蛛はそんな金時に追い打ちをかけるように――()()()()()()()()()()

 

「な――!?」

 

 天井に激突すると同時に着弾したその糸の塊は、金時の大きな身体を天井に縫い付けるように固着する。

 三つの拳が叩き込まれたどてっ腹が、土蜘蛛の白い糸によってまるでペンキのように色付けされ、瞬間的に乾いたそれが固まり剥がれない。

 

(こんな飛び道具までもってやがるとは――それに威力も凄まじい。普通の人間なら、この糸の砲撃だけで身体が木端微塵に吹き飛んでるくらいの衝撃だ)

 

 金時は、己の真下で、ぐるぐると右の三腕を回し――その三つの拳に凄まじい妖力を溜めている妖怪を、大妖怪を眺めて、笑う。

 

 これが――妖怪・土蜘蛛。

 

「さぁ――どうする、人間」

 

 不気味な複眼で見上げてくる土蜘蛛に――金時は、獰猛な笑みを返し。

 

 天井に張り付いた、()()()()()()()()()()天井を破壊する。

 

「――ッ! ほう」

 

 ばらばらと破片が落ちてくるのも構わず、土蜘蛛は構えを解かない。

 このまま貼り付けの状態を享受するようならば自分からこの拳を届けに行くつもりだったが、やはりあの人間は自力で糸の拘束を逃れてみせた。

 

 そして、奴は思った通り、落下と共に自分へ一撃を食らわそうと目論んでくる。

 離れた安全地点への着地ではなく、土蜘蛛()が強烈な一撃の為に妖力を溜め(チャージし)ていることを分かった上で、自らも鉞に雷を纏わせながら――反撃を試みる心積もり。

 

 面白い――土蜘蛛は、金時の一挙手一投足を一つも見逃すまいと捉えながら迎え撃つ。

 

 射程距離。

 先に放たれたのは――腕長(リーチ)の長い土蜘蛛の拳だった。

 

 同時に放たれる――が、それぞれ違う着地点へ放たれる三拳。

 点ではなく面を制圧する攻撃。一発の拳は防げても、身体のどこかには重い一撃()を受けてしまうであろう大妖怪の必殺に――金時は。

 

「――ッ!?」

 

 両手で持っていた鉞を片手に持ち換えて――自由になったもう一方の片手で、土蜘蛛の拳を()()()

 

 どうしても躱し切れない拳を見極め、その拳を弾くことで、身動きの取れない空中での体勢移動を敢行する。

 

 そして、土蜘蛛の――背中へ、通り過ぎ様に。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これが――英雄・坂田金時。

 

「ぐぁっ――ッ!?」

 

 咄嗟に片手に持ち替えたことで、利き腕ではない左手での一撃となってしまったが、雷を纏うことで威力を増していた鉞は、土蜘蛛の背中を浅くではあるがしっかりと切り裂いた。

 

 ようやく決まった一撃(クリティカル)に、金時は笑みを浮かべるが――瞬間、表情が凍り付く。

 

「――――ッ!?」

 

 振り抜かれなかった左腕――三本の左腕が、背後の金時を迎撃に動いたのだ。

 

 まるで自動(オート)で敵を排除に動いたが如く。だが、それを認識するよりも前に、渾身の一撃を終えたばかりの金時もまた、バク転のような動きで危険地帯から抜け出していた。

 

 どちらも――化物染みている。

 そして、紛れもなく、彼らは妖怪(バケモノ)で、英雄(バケモノ)で――そして、強者(バケモノ)だった。

 

「「――テメェ、強ぇなぁ」」

 

 再び距離を取って睨み合う――笑い合う両者は、一度だけ、そう呟いて。

 

 言葉を交わし合う時間すら惜しいと言わんばかりに、再び拳を握り、再び鉞を構えて――そして。

 

 再び――激突する。

 

 熱い鉄塊を鍛えるような、灼熱の戦いを再開させた。

 

 妖怪と英雄は、引きつけ合うように――殺し合う。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして、この戦場でもまた、妖怪と英雄が殺し合っていた。

 

 辺り一面に撒き散らされた骨の残骸を――骨の獣が踏み潰す。

 

 この世ならざる怪物の咆哮を上げる骨獣は、それを――悲鳴のように、轟かせながら吹き飛んでいた。

 

「ゴォォォォォオオオオオオオ!!!」

 

 バキバキと木々を薙ぎ倒しながら、その巨体を倒れ込ませる骨獣に、それを操る傀儡師は、骸骨の面を呆然と固める。

 

「――馬鹿な」

 

 そして、そんな隙を――その大鎌が見逃す筈もない。

 

「――ッ!?」

 

 闇夜に閃くその斬撃を、狂骨は骨の杖で受け止める――が、その下から伸びるように迫ってきたその大鎌は、瞬間に何の支えもなくなかったように軽くなる。

 

 それに狂骨が戸惑っている間に――その僧兵は木の幹を駆け上がっていた。

 

「な――!?」

 

 碓井貞光――彼もまた、金時と並んでも遜色のない大男である。

 だが、その巨体に見合わぬ敏捷な動きでもって、僧兵は狂骨の後ろを――いや、上をとった。

 

 そして、振るわれる拳骨。

 呪力を込められた大鎌ではない――が、今の平安京でも数少ない、己の体内で呪力を練り合わせることが出来る人間の一人である碓井貞光の拳は、それだけで妖怪を屠ることの出来る『呪具』となり得た。

 

 狂骨は咄嗟に腕を上げて防御(ガード)を試みる――が、そんな骨の身体の盾を貞光の拳は容易く貫く。

 

 その僧兵の拳は、骸骨僧の右腕を破砕し――頭蓋骨に衝撃を届かせた。

 高枝から地に吹き飛ばされる、その直前に、立ち直った骨獣の背中に助けられた狂骨は。

 

 先程とは立ち位置が逆転し、いつの間に回収したのか、大鎌を手に取り戻している僧兵を見上げて、憎々し気に言った。

 

「――貴様。本当に、人間か?」

 

 人非ざる動きを可能にし、妖怪をも殴り飛ばす拳を振るう貴様は――()()かと。

 

 そう問う骸骨の妖怪に、貞光は淡々と答える。

 

()()()()()。多少、人間離れはしてい(特殊ではあ)るがな」

 

 貞光は、くるくると大鎌を手の中で弄びながら妖怪に言う。

 

「全てを見透かす男曰く、私達のような人間は、いつの世も少なからず存在するらしい。妖怪に――怪物に対する『力』を持って生まれてくる『人間』は」

 

 それは怪物を屠る剛力を持って生まれる者。

 それは化物を殺す呪術を編み出し操りし者。

 それは妖怪を祓う武具を鍛えて作り出す者。

 

 その『地』に巣食う魑魅魍魎が跋扈する時、まるで『世界』から『力』を授かるように、特異な才を持って生まれ落ちる――人間。

 

「『()()()()』――と、男は言った。星人という言の葉が何を意味するのかが不明故に、我々は『(あやかし)狩り』などと呼ばれるようになったがな」

 

 そして、それは『星人』――『怪物』に対する為に生み出される存在であるが故に、魑魅魍魎の存在が強大かつ、増大すればするほど、より強力な『星人狩り』が生み出されるということになる。

 

 安倍晴明(妖怪の天敵)や、源頼光(神秘殺し)が、誕生したように。

 

 そして――。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 貞光の言葉に、骸骨の僧は歯を食い縛るような表情を見せる。

 

 対して貞光は己の言葉を反芻するように、妖怪から目を外し――その同胞の死骸へと目を移した。

 

(……そうだ。もし、ここに残ったのが私ではなく、金時ならば。彼等を決して死なすことはなかっただろう)

 

 それは一目散に敵に向かって突っ込んでいった金時を責めるものではない。

 留守を預かったにも関わらず、預けられた部下を守れなかった己を責めるものだ。

 

 一括りに四天王だ、英雄だなどと呼ばれているが――そこには大きな隔たりが存在する、と、貞光は考えている。

 

 安倍晴明、源頼光は無論のこと。

 同じ四天王の中でも、人外の境地にまで『技』を極めた筆頭・渡辺綱や、その出生からして人外の領域の『力』を持つ英雄・坂田金時も、自分より遥かに強き者だ。

 

(季武はその辺りのことを随分と前に割り切り、その優れた『智』を持って、彼等に出来ぬことを成そうとしているが――)

 

 自分は、割り切れない。

 晴明や頼光ほどに振り切れてはいない。

 綱ほどに『技』が優れているわけでも、金時ほどに『力』を持っているわけでも、季武ほどに『智』に長けているわけでもない。

 

(歴だけならば、綱に次いで長くあの御方の下に仕えている筈だが――未熟。私は、奴のような『兄貴』にはなれぬな)

 

 だが、それでも――彼等には遠く及ばないとしても。

 

 自分の中には、流れている――妖怪を殺すことの出来る『呪力(ちから)』が。

 

 常人が持ち合わせない特異な力を持っている。

 そしてそれを操る術を、他の英雄と比べれば拙くも、この身は間違いなく会得している。

 

 これは紛れもなく――妖怪と戦えと、『天』からそう命じられている、何よりの証だ。

 

「だからこそ、私は貴様を屠ろう――妖怪」

 

 例え、肩を並べる彼等には及ばぬとしても。

 英雄と呼ばれるには、役として不足している身なのだとしても。

 

「貴様は金時に任すには余りにも弱い――雑魚だ。故に、ここで掃除させてもらう」

「――――ッッ!!! 人間がぁぁぁぁあああああああああ!!!」

 

 骸骨の僧は、その骨の表情を憤怒へと染める。

 そして、自分が着地した骨獣へ――その両手足を突っ込んだ。

 

 骨獣と一体化した狂骨は、そのまま周囲に散らばる、貞光に粉砕された無数の骸骨の破片を――蒐集する。

 

 巨大だった骨獣の体躯が、より強大に、より醜悪に膨れ上がっていく。

 

 それを――冷たい、醒めた眼差しで眺めていた貞光は。

 

「醜いな。――まるで、自分を見ているかのようだ」

 

 骨獣は、より自分の身体を大きくしようと――大きく見せようと、無様に足掻く。

 

 それはまるで、届かないと分かっているのに、相応しくないと――身の丈に合わない願いだと、分かっているのに。

 

 止まれない。諦めきれない。手を伸ばさずにはいられない――誰かのようで。

 

「――終わらせよう」

 

 貞光は、その刈り取る形をしている道具を――伸ばしてくる手を、拒絶するように振るう。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 闇夜の魔の森に怪物の咆哮が轟く。

 

 木々が揺れる。地が震える。

 種々雑多の妖怪の包囲網を抜け出そうとしていた、僕らの足が、思わず止まってしまった。

 

 くっ――今度は何だッ!?

 

「隊長ッ! 妖怪が逃げますッ!」

「――――ッ!?」

 

 騒めく森に同調するように、僕達を追いかけていた妖怪達は逃げるように立ち去って行った。

 願ってもない状況の筈なのに――有り体に言って、嫌な予感が止まらない。

 

 あんな妖怪の集団なんかよりも、もっと恐ろしい何かが――近付いている。

 そんな僕の想像を裏付けるように――ずしん、ずしんと、森を揺らし、地を震わす、足音が響く。

 

「………た、………たい、ちょう――」

「――――ぁぁ……ぁぁぁあああああああ!!」

 

 そして、僕らを追っていた妖怪達が逃げ出す光景に目を向けていた僕は、僕の背後を――これから向かうべく足を向けていた方向を指差しながら、恐怖で震え、腰を抜かし、絶叫する部下の声を聞いた。

 

 僕は、ゆっくりと、緩慢な動きで振り返り――それを目にする。

 

 それは――『鬼』だった。

 四つん這いで歩く、体躯を筋肉で膨れ上がらせた、禍々しい妖力の塊。

 

 目を術符で覆われて、首と両手足に枷のようなものを施されている――しかし。

 

 その巨大な角は――紛れもない鬼の証だった。

 

 全身を覆い尽くす獣毛、二本の剣のように伸びる牙、顔面を彩る黒黄の斑模様の――鬼。

 

 まさか――まさか――まさか、まさか、まさか!?

 

「――――な、ん……で――」

 

 僕の脳裏に、あの悪夢の『大江山の鬼退治』が蘇る。

 

 嘘だ――確かに、今の情勢として、ここに二大勢力のどちらかの妖怪がいることは予想できた。

 でも、さっきの種々雑多な妖怪は明らかに『狐』の特徴だった筈だ。

 

 それに――それに。

 この――鬼は、有り得ない。有り得る筈がない。

 

 だって、この鬼は――()()()()()()()()()()()()()

 

 僕は目の前の現実が受け入れられなくて、決定的なその名を口にすることができない。

 

 だけど、ここにいる僕以外の隊員はみんな、『大江山』を伝説でしか知らない。

 

 故に――口にしてしまう。

 その伝説でも、はっきりとその容貌が伝わっている――正しく、目の前の鬼と合致してしまう特徴を持つ、かの『鬼』の名を。

 

 かつて、あの『大江山の鬼退治』で殺された筈の――()()()()()()()()()()()()()()()、その伝説の『鬼』の名を。

 

「――虎熊、童子――ッッ!?」

 

 虎熊童子(とらくまどうじ)

 鬼女紅葉、星熊童子、そして茨木童子と並んで、十年前、大江山四天王として君臨していた伝説の鬼が。

 

 大江山の鬼退治において、我らが頼光四天王に退治された筈の、鬼の中の鬼が。

 

 何の脈絡もなく、理不尽に、魔の森からの逃避行中の僕達を、唐突に強襲した。

 

「…………逃げろ」

 

 必死に絞り出した声は、あまりにもか細く、率いるべき、導くべき隊員たちの誰にも届かなかった。

 

 だけど、続いて腹の底から出した絶叫も――目の前の怪物の咆哮に搔き消されてしまう。

 

「逃げろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「ゴォォォォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 僕の叫びに、怪物の咆哮に、新参者たちは一目散に駆け出す。

 だけどそれは進むべき前にではなく、深い森の中へと逆戻りする絶望の逃走。

 

 だから――僕は。

 震える歯根を必死に食い縛り、膝に拳を入れ、無理矢理に動かす力を手に入れた。

 

「……………………くそっ…………ちくしょう……ッ!」

 

 示すんだ。あの背中には遠く及ばなくても。

 それでも――この壁は、貫ける壁なんだって。

 

 僕達が逃げるべき進路は、背後の闇ではなく――真っ暗な、前方なんだって。

 

「後ろに下がるなッッ!! 前に逃げろッッ!! 僕らが生き残る希望は、この鬼の背後にしか存在しないッッ!!」

 

 だから僕は、あの妖怪の包囲網を突き破れたように。

 

 その呪力の篭った穂先を――『鬼』へと向けて。

 

 爪先に力を入れて、地を蹴って、全力で突き出し――。

 

「――――え」

 

 

 次の瞬間――僕の視界は、真っ暗に染まった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 青年が軽々と吹き飛ばされて、指揮官を失い混乱する人間達を――その妖怪は、上空の高みから見下ろしていた。

 

「虎熊童子――十年前の『戦争』において、()()()が封じることに成功した『鬼』」

 

 妖怪・烏天狗は、中身を失った開かれた巻物を手に、眼下に向かって笑みを浮かべながら呟く。

 

「既に命を失っている『骸』では有りますが、我が主が作っただけはあり、狂骨殿の傀儡などよりも余程生前の強さを保っている。それも、かつて四天王に追い込まれた時の、()()()()()()()()()()()()()()()()()のままの姿で。『心』はなくとも『体』は正しく全盛期」

 

 元四天王であった茨木童子や星熊童子、そして虎熊童子と同じ古参組。

 四天王に並ぶ実力者として名高かった同胞である熊童子と金童子をその身に取り組み、頼光四天王に戦いを挑んだ伝説の鬼。

 

 その白き体に、『獣毛』と『黄金』の妖力を取り込み――碓井貞光と卜部季武が二人がかりでなければ倒せなかったとされる化物となった虎熊童子。

 

「とても貴重な『駒』でしたが、あの方も『いつかどこかで使えるかもしれないから一応取っておいただけ』と言っていましたし……まぁ、ここで使ってしまっても構わないでしょう」

 

 英雄の可能性(たまご)に宛がうには、少しばかり大駒かもしれないが――既に、決戦(リミット)は近い。

 多少は強引(スパルタ)でも、ここで片鱗くらいはみせてもらわなければ――到底、間に合うことはないだろう。

 

「――さて、本来の登場人物(きゃすと)表には名前のなかったアナタですが……どんな物語をみせてく青れるのでしょうか」

 

 少しは、楽しませてくださいね――烏天狗は、名もなき青年(かのうせい)に向けて、そう歪んだ応援(エール)を送った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 バチ、バチ――と、雷が(またた)く。

 

(まだだ……まだ、足りねぇ――ッ!)

 

 金時は土蜘蛛の怒涛の連撃(ラッシュ)の嵐の中に飛び込みながら、鉞に雷を充電(チャージ)する。

 

(土蜘蛛(コイツ)の恐ろしさは、その六腕の攻撃力だけじゃねぇ。最大の防御たるその攻撃(ラッシュ)を潜り抜けても、その先の()()――これも立派に呪具染みた防御力を秘めている)

 

 そもそもの話。

 妖怪という化物自体が、何の力も持たない人間が呪力も何も篭っていない只の刀や弓矢を当ててもビクともしない硬質な皮膚を持っている。

 

 それは妖怪が人の『畏れ』を糧に存在しているが故に、その妖怪に対する『畏れ』を克服しなければ、祓うことはおろか、傷つけることも出来ないという(ことわり)でもあるが――こと、存在力がずば抜けている『大妖怪』とも呼ばれる段位(クラス)になると、その皮膚自体が盾の如く攻撃を弾く防御力を持つようになる。

 

 かの日ノ本最強の妖怪の一体でもある酒吞童子に至っては、その強靭な皮膚(防御力)を乗り越えて与えたそばから、その傷すら瞬く間に『再生』するといった理不尽(チート)ぶりを誇るが――。

 

(この土蜘蛛の理不尽(チート)っぷりも、それに匹敵するな。さっき入れた背中の一撃も、既に出血が止まってやがるし。コイツは酒吞(ヤツ)のように再生(かいふく)してるっていうわけじゃなく、筋肉を盛り上げて傷を塞いでいるって感じだが……いかんせん、()()()())

 

 ならば――と、金時は目を細める。

 

 いくら堅固な皮膚(防御力)を誇るとはいえ、土蜘蛛は酒吞童子と異なり、『なかったことにする(ダメージ)』には許容範囲がある。

 少なくとも、先程のような浅く裂く攻撃ではなく――鉞を深々とその皮膚の中に刻み込むことが出来れば。

 

(どデカい傷を負わせることは出来る。だが、それはただ鉞を振るえばいいってもんじゃねぇ。生半可な攻撃じゃ、あの皮膚に簡単に弾かれる。……だったら――)

 

 だからこその――充電(チャージ)

 より強い雷を鉞に込めて、切れ味を存分に上げての渾身の一撃を叩き込む。

 

 呪力を雷に変換することの出来る金時ならばこその一撃(クリティカル)

 これまで数多の妖怪を圧倒してきた身体能力(タフネス)という武器で上を行かれても、金時にはまだこの雷の呪力が――『呪い』がある。

 

「何か、企んでやがるな――人間」

「ッ!」

 

 距離を取った金時に、土蜘蛛は両手を――六本の腕を、大きく広げた。

 

「――打ち込んで来いよ」

 

 不気味な複眼と牙だらけの口を――笑みの形に変えて。

 

 六腕の怪物は、右の三つの手を拳に変えて、左の三つの掌に打ち付けて、言う。

 

「久しぶりに――本当に久しぶりに、楽しい戦いが出来てるんだ。俺の凍りそうだった血を熱くしてくれたお前に対する褒美として、その小細工を真っ向から受け止めてやる。全力で――来い」

「…………」

 

 土蜘蛛の、強者しか口に出すことの許されない――その、傲慢に。

 

 金時は「――ハッ」と、笑い――そして。

 

「――後悔するなよ」

 

 鉞に充電(チャージ)していた雷をこれ見よがしに強烈に発光させて、一直線に土蜘蛛に向かって駆けていく。

 

(雷は十分ッ! 後は、思い切り待ち構えている土蜘蛛(あのヤロー)に、どうやってこの一撃をぶち込むかッ!)

 

 真っ向から受け止めるとは言うものの、あの六腕に真っ向勝負を挑むのも簡単な戦いではない。

 溜め込んだ一撃をぶつけるという意図(コンセプト)である以上、襲い掛かるであろう六腕をいかに搔い潜り、避け続け、あの懐に潜りこ――。

 

 その時――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――ッ!?」

 

 突如、唐突に、何の前触れもなく――()()()()()()()()()()()()()()

 

(――――な――これは――――()!?)

 

 金時の身体に出現した、何本もの走る裂傷。

 全力で駆けていた身体に生まれる、まるで壁のような抵抗感。

 

 その正体は、いつの間にか目の前に張り巡らされていた――()()()()()()()()()()()()

 

(いつの間に、こんなもんが――――ッ!!? あの糸の弾丸も、真っ向勝負宣言も、()()()()()()()()()()()――)

 

 卑怯とはいわない。これは決闘だ。互いの命を奪い合う殺し合いだ。

 敵は――妖怪だ。そう、妖怪――化物――怪物。

 

 そんな相手に卑怯だなんだと叫ぶことは愚か者、間抜けのすること。だが、しかし――。

 

(いつの間にか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だが、それも、全部――)

 

 全部が全部、演技とは思えない。

 しかし、土蜘蛛という妖怪が、こと勝利においては搦手をも許容し、罠も張り巡らせる妖怪だということを金時は見抜けなかった――いや、()()()()()()()()()()()()

 

 否――土蜘蛛にとっては、頭を働かせ、こうして敵の裏を取るべく策を講じることも含めて、戦闘だと。自分が愛する闘争だと、そう妖怪は楽しんでいる。

 

「――――ッ!?」

 

 全身を裂かれ、動きを止めた金時に――土蜘蛛はすかさず、今度は糸を弾丸として吐き飛ばす。

 

 その糸の弾丸は、先程貫けなかったどてっ腹ではなく――金時が土蜘蛛を抉るべく雷を溜め込んでいた鉞を弾き飛ばした。

 

 これが、妖怪最盛期である平安の時代において、『鬼』と『狐』の二大勢力から『脅威』と認識されながらも、その強さのみで孤高に生き残ってきた――()()()()()

 

 身体能力。妖力。そして――知力。

 全てにおいて規格から外れる大妖怪の――力。

 

 だが――しかし。

 

「――――ッ!?」

 

 土蜘蛛は知らなかった。

 金時が土蜘蛛という妖怪の本質を見抜けなかったように――土蜘蛛もまた、この時点ではまだ、計り切れていなかった。

 

 坂田金時――この英雄も、また。

 戦闘という極限世界において――『天』から『才』を与えられた者だということを。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 全身から血を噴き出しながら――金時は咆哮する。

 そして、身動きを奪われた糸の拘束を、力づくで引き剥がして突破する――否。

 

(力技じゃねぇ! ()! この人間、俺が鉞を飛ばす直前に、()()()()()()()()()――()()()()()()()()()ってのか!?)

 

 信じられない御業。だが、金時の全身を覆い輝く雷光がその証拠。

 

 呪力で全身を強化する人間は存在する。その上で、呪力が雷に変換可能な金時は、その要領で全身から雷を薄く発し、己に巻き付いた糸を吹き飛ばしてみせた。

 

 そして、雷を纏った足で地面を踏み抜き――雷光の如き高速移動で、土蜘蛛の懐まで一瞬で肉薄する。

 

(ッ!? 速ぇ!! だが――)

 

 そう――()()

 例え、糸の拘束を抜け出せた所で、高速ならぬ雷速の移動で懐に潜り込んだ所で――鉞に溜め込んでいた刃を全身へ移動させた、全身へ()()()()()今の状態の金時では、土蜘蛛に重傷を負わせることは出来ない。

 

(痛ぇだろうが――耐えられる! むしろ、そのまま反撃(カウンター)をぶち込むことも可能!)

 

 故に、当初の宣言通りに真っ向から受け止めるという選択を土蜘蛛が選ぼうとした――その瞬間、土蜘蛛の複眼は目撃する。

 

 坂田金時が――戦闘において、『天』賦の『才』の持ち主であるという意味を。

 

 金時の()()()()()()――()()()()()()

 

 代わりに、坂田金時の()()()()()――闇を切り裂くように、『()()()()()耀()()()()()()

 

「――――ッッッ!!!」

 

 振り抜かれる、英雄の右拳。

 坂田金時の渾身の一撃は、土蜘蛛の巨体を弾丸のように吹き飛ばした。

 

 金時は――顔を顰め、舌を弾く。

 

(――()()()()()())

 

 本来ならば、土蜘蛛のどてっ腹を貫くつもりだった。

 それがこうして巨体を大きく弾き飛ばす結果となったということは――つまり。

 

(あの一瞬で、オレの右腕を見たアイツが――()()()()()()()()防御(ガード)したってことかよ……ッ!)

 

 加えて、その尋常ではない脚力で咄嗟に後ろに跳んで、威力(ダメージ)を減少させる小細工も並行して行っていた。

 

 これらを、土蜘蛛は反射的に、本能的に行っていた。

 金時が攻撃の瞬間(インパクト)で、全身の呪力()を右腕に集中させたように。

 

 類い稀なる戦闘の天才同士の決闘――それは、更に熱く、上の階位(ステージ)へと進出する。

 

「――――()()()!」

 

 洞窟の壁へと吹き飛ばされ、土煙の中、再び姿を現した土蜘蛛は――変身していた。

 

 否――()()していた。

 

 薄黒く、冷め切ったように薄汚かった全身の体色を――()()()()()()()()()()()()()()

 

「熱い! 熱い! 熱いぜ、いつ以来だ、こんな燃えるような戦闘は! あの『茨木童子』と()った以来か!? いずれにせよ――お前は、最高だ、『人間』!」

 

 ようやく、()()()()()()()()()――そう叫ぶ土蜘蛛に、金時は額から汗を一筋流しながらも、笑って見せる。

 

(……ってことはなにか? 今までは鈍ってた(ブランク明け)ってことか――赤色(こっから)本性(本番)ってことかよ)

 

 笑えねぇ――そう言って笑う、英雄に向かって。

 

 土蜘蛛は、三つある内の一つの右手で、真っ直ぐに――金時を指差す。

 

「――お前も、そっちが『本性』か?」

 

 妖怪の指摘に――『人間』は答えない。

 

 だが、最早、隠そうとはしなかった。

 

 金時はゆっくりと歩き出し、鉞を拾う。

 これまでのように右手ではなく――まだ『人間』の左手で。

 

 代わりに――右手は、拳を握った。

 

 赤く変色し――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を目撃して。

 

 土蜘蛛も――また、笑う。

 

「――なるほど。そういうことか」

 




用語解説コーナー㉒

・星人狩り

 地球外生命体『星人』に対抗すべく『力』を与えられた者、あるいは身に付けた者の総称。

 この時代の日ノ本では妖怪に対抗すべく、特別な力を持って生まれた『英雄』達が、『妖狩り』と呼ばれている。

 未だ『星人』という存在を、この時代の日ノ本の民は知る由もない。
 だが、全てを見透かす陰陽師は、星人を知っている。妖怪が星人であるということを知っている。

 そして、彼こそが、この時代の日ノ本において――誰よりも星人狩りとしての使命を与えられた存在である。

 星人狩りとして、星人から星を守護する使命を以て生まれた――星に選ばれし英雄である。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。