比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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――これは、君が英雄になる為の贈り物だ。


妖怪星人編――㉕ 慿霊体質

 

 虎熊童子は――元々、白い体皮が特徴的な猛々しい『鬼』だった。

 

 獣のような獰猛さで、荒れ狂う感情のままに暴れ回り、茨木童子や星熊童子らと『童子組』と呼ばれる歴史上初めて徒党を組んだ鬼集団、その最古参の一人。

 

 やがて、そこに酒吞童子が来襲し、『鬼』という種族全体を纏め上げて、茨木童子や星熊童子と共に四天王として名を連ねた後も、虎熊童子は同じく最古参の童子組の一員だった金童子と熊童子を己が両腕として常に傍らに置き、『三童子』と称される程に人間達から恐れられていた。

 

 だが、かの『大江山の鬼退治』の折。

 頼光四天王である碓井貞光と卜部季武に窮地に追い込まれた虎熊童子は、その両腕をあろうことか――()()()()()()

 

 金童子と熊童子を己が躰へと取り込み、正しく三位一体の『三童子』という新たな妖怪へと化わったのだ。

 

 白い体皮は『熊』のような獣毛に覆われ、顔面の『虎』のような紋様はそのままに――そして。

 

 己に迫る脅威に対する激昂と共に、その獣毛が『金』色に耀く――全く新しい『鬼』へと。

 

 その『三童子』という恐ろしき羅刹は。

 

 かの碓井貞光と卜部季武を、瀕死の重傷へと追い込む程の――歴史に名を残す、正しく怪物であったという。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そんな大事なことを、僕はすっかり忘れていた。

 

「………………」

 

 なんて愚かなんだ――僕は、見ていた筈なのに。

 

 今と同じように――死の淵から。

 折り重なった死体の隙間から、漏れ出す曙光のように目を焼く――この黄金の輝を。

 

「オオオオオオオオオオオォォォォォォォォォオ!!!」

 

 何もかも遠く感じるような、死が近づいているという圧倒的な倦怠感の中でさえも――尚、恐ろしい。

 

 怪物――『鬼』の、恐怖。

 あの万夫不当の英雄達をも追い込んだ、最上級の――妖怪の、畏れ。

 

「…………もう、ダメだ…………」

 

 僕の横で、もはや自嘲めいた笑みと共に、そんな呟きが漏れる。

 彼だけじゃない。既に各員ばらばらに吹き飛ばされた僕の部下達は、みな一様に諦観の中にいた。

 

 それは勝利を諦めた、任務の遂行を諦めた――生還を諦めた、何もかもを放り出した、敗北の呟き。

 

 同感だ。ここまでくれば、僕達のような弱者に出来ることは何もない。

 

 必死に英雄になろうとして――やったことといえば、藪から蛇を出したことだった。

 

 逃げればよかったんだ。最初から。余計なことをせずに、怪物に背を向けて逃げ出せばよかった。

 先程までの虎熊童子が、己が脅威以外には反応しないというところまでは見抜くことが出来たんだ。だったら僕がすべきことは、あの鬼を遠回りして、放置し、目を背けて、何もかもから背を向けて、森を抜けることだった。

 

 どうせこの森には、僕達以外には既に人間は碓井様と金時様だけしか生き残っていないんだ。

 あの方達なら、『金色化』する前の弱体化した虎熊童子など歯牙にもかけなかっただろう。だったら、僕達のすべきことは、やっぱり逃亡だったんだ。

 

 現実からの、逃避だったんだ。

 

 弱者が、凡人が、一丁前に夢を見た。

 もしかしたら、一回くらいは、自分も――英雄になれるんじゃないかって。

 

 それが――この様だ。

 僕の余計な背伸びのせいで、見ろ――部下達が泣いているぞ。

 

 守るべき部下達が諦めているぞ。導くべき部下達が、全てを、放り出そうとしているぞ。

 

 でも――まだ。

 

 ()()()――()()()

 

「…………ッ」

 

 起き上がれ――立ち上がれ。

 せめて、僕だけは、放り投げるな。

 

 諦めるな――せめて、せめて、彼らの、命だけは。

 

 それが――僕の背負った、責任だ。

 

 夢を見せた、悪夢を見せた、責任を取れ。

 

 もう、死体を被って生き延びるような真似はしたくない。

 

 もう――誰にも、そんなことはさせないと誓ったんだッ!

 

「――きみ、陰陽師だよね」

「え、あ、な、なにを――」

 

 幸か不幸か、先程の呟きを漏らしていた、僕の傍にただ一人だけ吹き飛ばされていた青年――僕と同い年くらいの彼は、陰陽師だった。

 

 白い法衣を身に纏った、この部隊の光。数少ない、呪力を操る才を持つ人材。

 

 坂田金時様の呪力――雷を宿した術符を預けられた者。

 

「ごめん、巻き込んで。悪いけど、もう少しだけ頑張ってほしい」

「な、何を言ってるんですかっ!? この期に及んで――もう、何をやっても無駄ですよ!」

 

 我々は死ぬんです――そんな言葉を言わせない為に、僕は懐から一枚の術符を見せた。陰陽師の彼なら――この札の意味が分かる筈だ。

 

 なんといったってこれは、全陰陽師の憧憬であり、現在の陰陽術――その全てを編み直したといっても過言ではない伝説の人物の、御手製の術符なんだから。

 

「――――ッ!? そ、それって――」

「僕の切札。これに呪力を流して起動して欲しい。それと、金時様の術符も、さっきの誘導みたいなのじゃなくて、本格起動で。そこまでしてくれたら、みんなを隠して、きみも逃げていい。後は――全部、僕がやるから」

 

 彼は優秀だ。研究肌の人間ばかりの陰陽師は誰もやりたがらないとはいえ、この若さで呪力を操作し、こうして最前線の戦場に駆り出されている逸材だ。僕のように、ただ生き残っただけで偉くなった人間とはわけが違う。

 

 そんな彼でも、晴明様のように外敵を弾き、他者を守る結界を張るのは至難の業だろう。一人二人ならまだしも、部隊の全員を守るようなものは不可能に違いない。

 

 でも、存在を隠すことなら、この規模でも可能な筈だ。

 ましてや――ただ一人、立ち上がり、これ見よがしに反撃を行おうとする愚か者がいるのならば、脅威に反応する虎熊童子の目は、僕に釘付けになる筈だから。

 

「悪いけど、急いで。『金色化』した虎熊童子は凶暴化する。我を忘れて暴れ回るんだ。今の状態の奴がどれだけ生前と同じかは分からないけど、ぐずぐずしてると誰か踏み潰されちゃうかもしれない」

「で、でも隊長! こ、この術符は――」

 

 僕は思わず笑ってしまう。本当に優秀だ――そして、優しい男だな、この人は。

 

 何も出し惜しみしていたわけではない。本当なら――出来ることなら、使いたくはない切札だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 でも――例え、僕という存在がなくなっても、みんなは助けなくちゃいけない。

 

 どうせこのままじゃあ死んでなくなる命なんだ。

 だったら――縋れるものなら、なんだって。

 

 ()()()()()()()()()()()()――()()()()()()()()()()()

 

「……ッ! ――ご武運を」

 

 そう言って、彼は影の中に消えていった。

 

 本当に――優しい人だな。

 

 全くもって――死なせたくない。

 

 静かに結界が発動する。

 僕以外の全ての人間を隠す結界。

 

 それが降りたと同時に、眩く光る金色を引き寄せるように――瞬く雷光を槍の穂先に纏わせる。

 

「――『鬼』さん、こちら」

 

 そして――僕は、手を鳴らす。

 

 両手で挟んだ、起動済の術符。

 伝説の陰陽師――安倍晴明様が、僕の為に用意してくれた術符。

 

 そこに込められた――奇跡が発動するのと同時に。

 

 金色の鬼が、姿を現す。

 

「グォォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 そして――僕の意識は、深く深く、深く――潜り。

 

 代わりに――浮かび上がるように。

 

 顔も名前も知らない、『英雄』の意識が――現出する。

 

 

『――――なるほど。コイツは――奇縁だ』

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 僕が安倍晴明様と――伝説の人物と初めて面会したのは、僕が部隊長という地位を得たばかりの頃だった。

 

 陰陽師を部下として預かる立場になったんだから一言挨拶くらいしとけ――金時様からそう言われて連れ出されたのだが、それは表向きの理由。

 

 本当の面会の理由は、かの伝説の安倍晴明様が、何故か僕という弱者(モブキャラ)に興味を持たれたからだそうだ。

 

――面白い運命をしているね。

 

 これは、その初対面時、安倍晴明という伝説が実在していたことに感動のようなものを覚えて呆然とした僕に、当の伝説がにやにやと笑いながら告げた言の葉だ。

 

 そして、更に続いて放たれた言の葉に、僕は感動も忘れて凍り付いた。

 

――君、怪異に取り憑かれたことはないかい?

 

 伝説は――安倍晴明様は、僕と出会う前から、僕という存在を、僕よりも深く理解していた。

 

 僕という人間の人生を――物語を、設定を、隅から隅まで見透かしていた。

 

 憑霊(ひょうれい)体質――僕という、何の見所もない弱者(モブキャラ)に、しいて挙げる特徴らしい特徴といえば、この特異体質だった。

 

 僕は、幼少期から幾度か霊に取り憑かれたことがある。

 自分ではない何か、この世の者ではない何者かが――躰の中に入り込み、()()()()()()()()()()、僕という存在を乗っ取っていく感覚。

 

 と、いっても、それで何か大きな悲劇が起きた訳ではない。

 しいて言えば寝ている間にうなされ、偶に街を徘徊する程度だった。

 

 だから僕は晴明様にそう説明されるまで、奇妙な悪夢を見ることがある程度の認識だった。

 

――慿霊(ひょうれい)とは、蝦夷の霊山で修行している『イタコ』と呼ばれる術師などが生まれ持つ特殊な体質のことでね。死者の魂を己が身に堕とし、死者の生前に伝えられなかった思いなどを代弁するのだが、当然ながら特殊な力が必要となる。なにせ、自分以外の魂のその身に取り込むわけだからね。

 

 例え、特殊な体質を備えていても、否、備えているからこそ、その体質を使いこなすにはそれ相応の修行が必要になるのだと、晴明様は仰った。

 

 蝦夷のイタコとやらも、代々その体質を受け継いでいる一族が、その一生を懸けて積み重ねる修行を成し遂げて、実現することの出来る、体現することが許される――奇跡。

 

 それが――慿霊。

 自分以外の魂を、その身に取り込む外法の業。

 

――今までは、睡眠時など君という自我が薄れる時に体に入り込まれる程度だったみたいだけど、君が武士として、魑魅魍魎が放つ妖気の濃い場所に出向くことが増えれば、君の躰を意図的に乗っ取る妖怪が出てこないとも限らない。

 

 そう、自分以外の魂とは、何も人間だけとは限らない。

 死した霊は容易く妖怪となり得る。つまり、この身が妖怪に取り込まれる危険性も十分にあるということだ。

 

――だからこそ、私は君にお守りを授けたいんだ。それとついでに、切札も一緒に贈呈しよう。

 

 そう言って晴明様は、僕に晴明様の呪力の篭った槍を授けてくれた。

 晴明様の呪力が込められている物を身に着けるだけでも、並大抵の妖怪に対しては強い牽制になるという。

 

 そして、槍と共に授けられた――術符。

 これを手渡す際、にやにやと笑いながら――けれど、まるで笑っていないかのような目で、晴明様は言った。

 

――さっきも言ったけど、慿霊体質は本当に稀有なものだ。それはつまり、選ばれし才能ともいえる。

 

 本来は太い龍脈が流れ込む霊峰に、先祖代々住み続けて修行を重ねてきた一族にしか身に付かないような体質――才能だと。

 

 晴明様は、選ばれなき弱者である僕に言う。

 

――危険はある。碌な修行も積んでいない君には、とても使いこなせないものかもしれない。だけど、これから死地に向かい続ける君にだからこそ、敢えて言おう。その体質(才能)は、奇跡の力だと。

 

 奇跡すら――起こせる力だと。

 

 英雄にだってなれる――選ばれし武器なのだと。

 

――これは、君が英雄になる為の贈り物(ギフト)だ。

 

 僕は、その言葉を思い出して――笑う。

 

「――本当に、最低な人だ」

 

 伝説の陰陽師・安倍晴明様から授かった、贈り物を。

 

 両手に挟んで起動した術符を、僕は手の中でくしゃくしゃに丸めて――吞み込んだ。

 

「――――()()()()

 

 深く、深く――沈んでいく、僕の意識。

 

 代わりに浮かび上がってくるのは――僕の身体の中に入り込んだ、顔も名前も知らない英雄の魂。

 

 ()()()()

 かつてこの国に実在した、()()()()()()()()()()()()()()()()――()()()()()

 

 どう足掻いても、どれだけ頑張っても英雄になれない弱者が――全てを誇り高き英雄に丸投げする、最低の戦法。

 

 英雄になれないなら――せめて、英雄の『器』になるのだ。

 全てを投げ捨てる勇気がないのなら、全てを出来る人間に丸投げするのだ。

 

 僕の貧弱な躰――脆弱な命で良ければ、いくらでも貸しますから。

 

 だから、どうか――英雄様。

 

 僕の守りたい人達を――救ってください。

 

『――よかろう、強き者よ。この未熟者、文字通り全霊で手を貸そう』

 

 既に指一本も自分の意思では動かせない僕の口から、僕の声で、知らない心が語り出す。

 

 力を貸して下さるこの英雄様が、何時何処の誰かは、僕は知らない。

 どんな仕組みで晴明様が、妖怪になっていない、ずっと昔に亡くなった筈の英雄の魂を、僕の身体に引っ張り下ろしたのかも分からない。

 

 でも、初めて自分の意思で行った慿霊は、ひどく不思議な感覚で。

 

 一つだけ、確かなのは――この英雄が、とても優しく。

 

 そして――とても強い、英雄であるということ。

 

『――それにしても、不思議なものだ。死して相対するのが、まさか百目の鬼とはな』

 

 なるほど、コイツは奇縁だ――そう、英雄は言った。

 

 目の前の、悍ましい容貌となっている虎熊童子を見遣って――己の過去に思いを馳せる。

 

 朧気ながら――僕の魂にも、英雄の魂に刻み込まれているであろう、そのかつての光景が一瞬、映し出された。

 

 闇夜の森の中で、月明りのみに照らされる戦場で相対する――鎧姿の英雄と、全身に眼を持つ百目の鬼。

 

 輝かしい英雄と――醜悪極まる怪物。

 

 それはきっと、僕には生涯無関係であろう――伝説の光景で。

 

『良き槍だ。しかし、かつての躰ならばまだしも、この躰では――あの鬼を貫くには、ちと弱いか』

 

 英雄は、僕の貧弱な体では本来不可能であろう、軽々とした動きで金時様の雷を灯している槍を回すと――それに拙者は、剣や弓ならばまだしも槍は不得手でなと、そう呟きながら。

 

 咆哮を上げる金色の虎熊童子を前にしても飄々としながら――地面に置いていた弓を拾った。

 

『軽いな――しかし、撃てなくもないか』

 

 そして、英雄は――槍をそのまま、拾った弓に、矢のように番える。

 

「ウォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

『安心せよ。伝わっておる。そなた程の鬼が、そのような姿に貶められておるのは――さぞかし無念であろう』

 

 今、終わらせてやる――そう呟いた後、僕は、意識の底で、きっと、震えた。

 

 この躰は呪力が練れない。生まれてから修行三昧だったわけでもない。だから筋力も相応にしかない筈だ。

 

 それでも、僕が両手で振るっていた槍を、軽々と矢の代わりに番えて、微塵も揺らすことなく――その照準を、真っ直ぐに定めている。

 

 圧倒的な殺気を迸らせながら猛接近してくる――悍ましき怪物を前にしても。

 

 英雄は――畏れない。

 

『――その宝玉を、砕けばよいのだろう』

 

 そして、放たれる一射。

 

 雷光を纏った槍は、真っ直ぐに敵の顔面の――。

 

『――――未熟』

 

 ()を――貫いた。

 目の位置に埋め込まれていた宝玉ではなく、目標を僅かにずれて槍は命中した。

 

 原因は――間違いなく、僕の躰。

 僕が両手で持った槍でどれだけ攻撃しても弾かれていた体皮を、英雄はその一射のみで完全に貫いてみせた。

 

 でも、この僕の貧弱な躰は、既に致命傷を二度に渡って受けている。

 立っているのもやっとの筈だ。弓もそこら辺に落ちていた常人仕様の情けないもの。英雄仕様としては――余りにも、軽すぎた。

 

『言い訳にはならんさ。拙者はそれを把握した上で――終わらせると、そうほざいたのだから』

 

 やはり師匠のようにはいかないか――と、英雄は、自嘲するように、笑う。

 

『だが、安心しろ、強き者よ。情けない話、拙者の手で終わらせることは出来なかったが――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 頭の半分を失いながらも、再び動き出そうとした虎熊童子。

 

 その鬼の背後から――()()()()()()()()()()()()()()

 

 首を吹き飛ばされて、宙を舞う宝玉。

 そして、残った身体を三つに切り裂くように、複数の斬撃が同時に虚空を駆ける。

 

「――よくやった、若人」

 

 お陰で、()()()()()()()()――その言葉が聞こえた瞬間、英雄の意識が遠ざかっていく。

 

 代わりに僕の意識が浮上する――こともなかった。

 既に限界だった僕は、薄れゆく視界の中で、最後にそれだけを見た。

 

 崩れゆく虎熊童子。

 その傍で宝玉を拾い上げる弓を背負った――英雄。

 

 そして、妖刀・『童子切安綱』を鞘に戻す――伝説。

 

 僕は自分の役目が終わったことを悟りながら、安堵と共にその意識を――真っ暗の中に沈めていった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして、その上空で――その烏は、笑っていた。

 

「――面白い。実に面白い。期待以上でしたよ、青年」

 

 烏天狗は中身がなくなった巻物を夜空にはためかせながら、眼下を眺めて呟く。

 

「援軍も無事に到着したことですし、私も最後の戦場へと向かうこととしましょう」

 

 今宵の前座も、間もなく――幕が下りる。

 

 残すは一番の目玉。最大のクライマックス。

 

「さて。期待していますよ――『赤龍の子』よ」

 

 この戦いは、アナタの為に開かれた祭りなのですから。

 

「どうか、最高の――落雷を」

 

 そして――烏天狗は己を目掛けて放たれた矢を受け、どろりとその姿を消した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 六腕から四腕となった大妖怪・土蜘蛛。

 しかし、それはやはりというべきか、妖怪の弱体化を意味しなかった。

 

 失った二腕、それを補って余りある程に、土蜘蛛は――強くなった。

 その拳はより重く、その挙動はより俊敏に。怪物は――より、怪物となった。

 

 当世でも指折りの英雄――頼光四天王を二人同時に相手取ることが可能な程に。

 

「――――ッ!?」

「――――チッ!」

 

 貞光と金時、両者が完璧なタイミングで双方向から放った拳を、土蜘蛛は二本の腕を交差するようにして受け止める。

 

 そして、防御に回さなかった、残りの二腕で拳を振るう。

 金時はそれを龍の右腕で、貞光は大鎌で受け止め――吹き飛ばされる。

 

「くっ!?」

「ならば――金時ッ!」

 

 頼光四天王は基本的には単独で行動する。

 一人一人の力がずば抜けて強い為に、殆どの妖怪を単独で撃破可能な彼らは、纏まって行動する意味があまりない為だ。

 

 しかし、今回のように討伐対象、任務難易度によっては複数人が派遣される場合もある――その中でも、金時と貞光は、比較的にコンビを組む頻度は多かった。

 

 それは、大きな力は持っていたが、『人間』としての社会経験が余りにも欠如していた金時の教育係――否、父親代わりを務めてきたのが、この碓井貞光であったからだ。

 

 重ねてきた時間は、言の葉なしでの意思疎通を可能にする。

 両者ともに瀕死となる程の凄惨な『決闘』から始まった義父子(おやこ)関係は、戦闘という極限世界において、阿吽の呼吸のコンビネーションを実現させる。

 

「――――ふっ!」

 

 土蜘蛛を挟むように、それぞれ逆方向に吹き飛ばされた金時と貞光。

 

 すかさず、着地と同時に貞光は、地を這うように低い軌道で大鎌を振るい――地面を覆い尽くすような斬撃を飛ばした。

 

(――ッ! そりゃあ、頼光四天王ともなれば斬撃を飛ばすことも出来るか。『鬼』にもそんなことが出来る奴もいるらしいしな。だが――)

 

 これがただ斬撃を飛ばしただけなら、正直恐れるに足りない。

 四腕となった今の土蜘蛛(じぶん)ならば、ここまでに見た貞光の大鎌程度の攻撃は突っ立っているだけでも弾くことが出来る――だが。

 

「――――っ」

 

 土蜘蛛は直前で、受けて立つのではなく、跳躍して回避することを選択した。

 

(――チッ。これまでの斬撃で目測を誤らせた上での、切断力を増した満を持しての本命だったのだが、直感で避けるか。これだから()()()()()は恐ろしい)

 

 貞光は舌を打つが、構わない。

 自身の本命が避けられようとも――()()()()()()は、既に土蜘蛛の背後を取っている。

 

「――――ッ!? 狙いはこっちか!」

「気付いた所で、もう遅ぇ――ッ!!」

 

 土蜘蛛が振り向いた先には、既に帯電(チャージ)を完了させ、両手で鉞を振りかぶった金時がいた。

 

 これだけ全力の振りかぶり、満タンの帯電、そして踏ん張れない空中という条件が揃えば――。

 

「さすがのテメェも――受け止めきれねぇだろ!!」

 

 食らいやがれっ!!! ――と、繰り出された金時の渾身の一撃を。

 

 土蜘蛛は筋力を膨れ上がらせた――二腕で。

 

「ハッ――嘗めんじゃねぇ!!」

 

 両の掌を焦がしながらも、ジャギジャギと己が肉を抉ろうとするその刃を――挟み込むように。

 

(――――受け止め……やがっただとッ!?)

 

 間違いなく、六腕の時の土蜘蛛ならば受け止めきれず、致命傷を与えられただろう一撃。

 

 だが、あろうことか今の土蜘蛛は、四腕どこか、たった二腕で、金時の渾身の一撃を完璧に捕らえてみせた。

 

 強くなっている――二本の腕を妖力塊として取り込んで変異したという、だけじゃない。

 

 強敵との戦い――まさにその最中に、その天賦の戦闘スキルを、刻一刻と磨き上げている。

 

 しかし――それは、この男も同じ。

 

「この――バケモノがよぉ!!」

 

 金時は、そう吠えながら――笑みを浮かべて。

 受け止められた鉞、それを起点に――空中で己が躰を、持ち上げる。

 

 己が巨体を、己が巨力で、強引に浮かび上がらせて。

 そして、残されたフリーの二腕で土蜘蛛が反撃を放つ、それよりも前に。

 

 持ち上げた勢いそのままに、土蜘蛛のどてっ腹に向けて――遠心力を込めた両足蹴りを放った。

 

「――――カッ!」

 

 土蜘蛛も、笑みを浮かべながら――それを防ぐ。

 攻撃に回そうとしていた二腕を咄嗟に十字に構えて、その両足蹴りに対する盾とした。

 

 しかし、その勢いまでは殺せない。

 重力を思い出したかのように、そのまま地面に向かって吹き飛ばされる。

 

 そして――その着地点では、再び大鎌に呪力を込めて待ち構える貞光がいた。

 

(第二、第三の決め技を次から次へと用意する――どれだけ戦闘慣れしてんだ、コイツらは! たまらねぇぜ!!)

 

 死神のように、冷たい眼差しで鎌を振りかぶる貞光は、いつも通りの仕事をこなすように、最高のタイミングで――命を刈り取るべく、刃を振るう。

 

「――――終われ、妖怪」

 

 その冷酷な殺意に額に汗を滲ませながらも、土蜘蛛は二腕を背後に構えて――十指を広げて。

 

「終われねぇな――人間!」

 

 その指の先端から――糸を射出する。

 

 網目状に空間に張り巡らされた糸は、落下する土蜘蛛の巨体を宙空で受け止めた。

 

 そして、受け止めた衝撃を――そのまま反撃の為の反発力へと変える。

 

「何――ッ!?」

 

 貞光の渾身の決め技(フィニッシュ)は空を刈り、土蜘蛛は再び貞光の元から――今、正に着地しようとしている金時の元へと射出された。

 

「ッ!」

 

 妖怪の着地の瞬間を狙った英雄の一撃を躱し、妖怪は英雄の着地の瞬間を狙う。

 

 糸を防御や攻撃だけでなく、回避手段として利用する。

 

(やればできるもんだ)

 

 ()()()()()()だったが、戦闘の天才はそれを容易くものにする。

 今、正に殺されようとしている瞬間に、正に、今思いついたアイデアを躊躇なく試すことが出来る度胸も兼ね備えている妖怪は、そのアイデアを更に瞬間的にアレンジする。

 

 落下している金時の着地地点の背後の壁――そこに向かって糸を射出し、それを掴んで引っ張ることで、己が巨体を()()()()()()()()()()()

 

 つまり、より高速に――己が巨体を移動させる、()()()()()()()()()()()()()

 

 その獲得した勢いを――己が拳に更に上乗せする為に。

 

「――こうだ!」

 

 金時は、急速に向かい来る、その土蜘蛛に対し。

 己に残された最後の選択の時――落下し、地に右足を着けた、その一瞬で。

 

 着地の勢いのまま――右膝の力を抜き、沈むように折った。

 そして、そのまま前傾姿勢を取り。

 

 向かい来る土蜘蛛を――向かい討つように、己が躰を射出させる。

 

 つまり――激突。

 真っ向から、その巨体をぶつけて――離れない。

 

(――ッ!? 動かない!? こちとら助走もつけた上に糸の加速まで加えたんだ。勢いは間違いなく俺の方が上だった。なのに、たった一歩の踏み込みで受け止められただと!)

 

 土蜘蛛の腰に手を回し、その強烈な一撃を、踏ん張った足で地に轍を描きながらも受け止めきった金時は、土蜘蛛の身体に顔を付けながら獰猛な笑みで、見上げながら言う。

 

「――相撲、って、知ってるか?」

 

 自分よりも遥かにデカい相手と組み合うのは慣れている――今よりもはるかに小さいガキの頃から、見上げるような大熊と相撲を取ってきたのだから。

 

 上体が浮きながら突進してくる相手には、低い軌道でかち上げるようにぶつかる。

 そして――。

 

「――捕らえた腰は、絶対(ぜってぇ)離さねぇ……ッ!」

 

 己を押し出そうと、あるいは抜け出そうと、土蜘蛛の剛力が腕の中で暴れ回る。

 だが、金時は絶対に離さない。己よりも遥かに強き獣に対する為に磨き上げたのが――金太郎の相撲なのだから。

 

「……だが、己の腕は――四本あるんだぜ!」

 

 金太郎が己の両腕を回し、動きを封じているのは――二腕のみ。

 つまり、残る二本の腕は自由。土蜘蛛はその両手を組み合わせて振り下ろそうとするが。

 

「――いいのか? そんなことしたら――」

 

 背中が、がら空きだぜ――金時の言葉に、土蜘蛛が背後を振り向く。

 

 そこには、念仏を唱えながら、大鎌を逆手に持ち替え――鋭い石突を真っ直ぐに、まるで槍の穂先を向けるように、土蜘蛛を狙っている貞光がいる。

 

 碓井貞光は――僧兵だ。

 

 この日ノ本には呪力という力を操る才を持つ人間が存在する。

 妖怪という『星の外敵』が勢力を増すごとにそれを扱える人間が増えるとは、とある陰陽師の言葉ではあるが、正に妖怪大国と呼ばれるに相応しいこの平安の時代においても、その才を持つ人間は一握りしかいない。

 

 そして、呪力を操る才を持つ人間は、大きく三つの職に就くことになる。

 一つは陰陽師。一つは武士。そして、残る最後の一つが――僧だ。

 

 呪力を研究の為に磨くのが陰陽師。呪力を戦闘の為に伸ばすのが武士なのだとすれば、呪力を救世の為に広めるのが僧だった。

 

 そして――この平安の世において、仏教とは特別な立場にあった。

 

 かつて平城の時代、仏教はとある僧によって大きく政治的に力を持つことになった。

 それを恐れたとある天皇が、平安へと都を移す際に、仏教の力を大きく削ぐことに執心した。

 

 結果、仏教は政治と切り離されたが――それでも、仏教は未だに救いの教えとして根強く残り、京とはまた別の一大勢力として不気味に息を潜めている。

 

 そして、そんな勢力が戦う力を整えない筈がない。

 僧兵――戦う僧はそういった経緯で生まれた。

 

 碓井貞光は、その中でも特筆すべき力を持つ男として大きく名を轟かせていた。

 

 そんな彼に目を付けた、とある平安武士が彼を己が四天王へと導いたのだが――それはまた、別の物語である。

 

 この局面で重要となるのは、碓井貞光は僧兵である――ただ、それだけの事実に過ぎない。 

 

(――なんだ、コイツ……ッ! どんどん力が膨れ上がって――)

 

 僧は、読経によって呪力を練り上げる。

 金時や頼光のように特別な出生であるわけでもなく、綱や季武のように特別な技能があるわけでもない。

 

 ただ、普通の人間よりも多くの呪力を持って生まれた。

 ただ、普通の人間よりも上手く呪力を練ることが出来た。

 

 ただ――ただ。

 普通の人間のように、困っている誰かを救いたいと思った――ただ、それだけで、英雄になった男は。

 

 誰かに与えられたわけでもない、ただただ、愚直に修行して獲得した、その力のみで――妖怪と戦う。

 

「今度こそ――終われ、妖怪!」

 

 貞光は、駆け出し――撃ち抜くべく、繰り出す。

 その念仏を込めた、呪力を込めた石突を。妖怪の心臓を貰い受けるべく――放つ。

 

「まだまだ――終われねぇんだよ、人間!」

 

 土蜘蛛はやむを得ず、金時を潰そう組み上げていた二腕の拳を解き、その石突を受け止める。

 

「――――っっっ!!! あぁ……重ぇなぁあああ!!」

 

 その貞光の一撃は、先程の金時の渾身の鉞に勝るとも劣らない威力があった。

 石突に込められた念仏の呪力は受け止めた土蜘蛛の掌を焼き焦がす。

 

 これで土蜘蛛は四腕全ての掌を焦がすこととなったが――それでも、決してその手を離さない。

 

 正面に金時。背後は貞光。

 英雄に挟み込まれながら――土蜘蛛は、それでも決して――。

 

「――諦めろ。観念したらどうだ、妖怪」

 

 金時は土蜘蛛に囁く。

 額から汗を流しながらも、二腕を拘束したまま腰から手を離さず――押し出そうとする。

 

 背後から迫る貞光の石突。それを持って串刺しにしようと、その巨力を持って巨体を動かす。

 

「テメェの四腕は封じた。六本ありゃあオレを殴れたかも知れねぇがな。いくらテメェといえど、このままいつまでも持ち堪えられねぇだろ」

 

 覚悟を決めて串刺しになれと、そう笑う金時から目を逸らすように背後を向く土蜘蛛。

 そこには、金時のように無駄口を叩くことすらせず、あの冷たい殺意の篭った眼差しのままで石突を押し出そうとしている貞光がいる。

 

 正しく、絶体絶命の中。

 土蜘蛛は――それでも。

 

 笑う――笑う――笑う。

 

「諦めねぇ……俺は、終わらねぇさ」

 

 土蜘蛛は、金時に封じられた二腕、そして、貞光の石突を掴む二腕を――さらに、強く、膨れ上がらせる。

 

「オラぁ、『土蜘蛛』! 『まつろわぬもの』!! 何処の誰だろうと! 『鬼』だろう『狐』だろうと!! 『朝廷』だろうと『英雄』だろうと!!」

 

 そして土蜘蛛は――『天』に向かって、吠える。

 

「『土蜘蛛(俺様)』を!! 『服従』させることは出来ねぇ!!!」

 

 瞬間――土蜘蛛は、強烈に全身を発光させた。

 まるで己が躰を爆発させたかのようなそれは、至近距離でそれを受けた金時と貞光の目を焼き、衝撃を持って吹き飛ばす。

 

「――がッ!」

「――ぐっ!」

 

 その凄まじい衝撃は、金時や貞光をもってしても、すぐさま起き上がることの出来ない程だった。

 

 視界に色が戻り、ゆっくりとその身を起き上がらせた時――彼等が目にした光景は。

 

 最凶の大妖怪・土蜘蛛が、己が躰から更に二腕を毟り取り――それを頬張る瞬間だった。

 

「――『夜明け』が、近ぇ」

 

 ゴクリと、それを呑み込む。

 身体が更に一回り――小さくなった。最早、金時や貞光と同じ――『人間』と同じようなサイズ。

 

()()()()()()()()である俺様でも、妖怪という枠組みからは逃げられねぇ。妖怪である以上、日が昇ると弱体化する。いつか、このつまんねぇ法則もぶっ壊してみせるが、今はまだ力が足りねぇ」

 

 だからこそ――俺は強くなる。

 その呟きと共に、土蜘蛛は尾を生やした。全身の金色発光はそのままに、失った二腕の代わりとばかりに、土蜘蛛は――複眼の代わりに二つとなった血色の眼で、英雄たちを見据えて笑う。

 

「決着と行こうか、人間。楽しい戦闘(まつり)もそろそろ仕舞いだ」

 

 金時は、己の足が勝手に後退ったのを感じた。

 龍の力を持つ英雄が、天井知らずに強くなる妖怪に――恐怖した。

 

 身体は小さくなったが、先程までの四腕の時とは比べ物にならない。

 同じくらいの大きさになったのに、腕も同じ二本なのに――まるで別次元の生物のようだ。

 

 負ける――金時は、生まれて初めてそう思った。

 

(……いや、初めてじゃねぇ。俺は、前にもこんなことを思った)

 

 金時が現実から逃避するように過去を回想しようとして。

 

「恐れるな、金時」

 

 その時、震えを抑えるように――貞光が金時の肩に手を置いて、彼の前に己が身を出す。

 

「お前は強い。お前の赤雷(ちから)ならば、あの怪物を必ずや滅ぼせる」

 

 その為の時間は、私が稼ごう。

 貞光はそう言葉少なく呟き、手招きする怪物の元へと大鎌を携えながら歩いてく。

 

「――なんだ? お前一人か?」

「ば、馬鹿か、旦那!」

 

 死ぬぞ――その叫びを言わせる前に、貞光は顔だけ振り返って言う。

 

「なら、お前が私を救けてくれ」

 

 誰かを救ける英雄になりなさい――己に刻み込まれた(ことば)が、金時の胸をうずかせる。

 

「限界まで溜め込め。これまでで最強の赤雷をお見舞いしろ。それで倒せない妖怪なんて、この世界には存在しないさ」

 

 貞光は、微笑む。

 それは全てを――命すら預けきった者へ贈る、絶大な信頼。

 

「英雄に――なるんだろ」

 

 坂田金時は、あの日の言葉を思い出す。

 

 初めて会った、自分よりも強い存在。

 母を殺した男。世界の全てだった足柄山から連れ出した者。

 

 そいつは、半殺しにした青年へ、血だらけの笑顔を持って言った。

 

――なれるさ。お前なら。

 

 誰もを救ける、最強の英雄に。

 

「……やってやる。やってやるぜ」

 

 金時は天に向かって右手を掲げる。

 

 真っ赤な鱗の龍の手を――そして、その手に、眩い赤雷を纏わせる。

 

「俺が救ける。だから――死ぬなよ」

 

 クソ親父――そうエールを送る息子に。

 

「誰に言ってやがる。バカ息子が」

 

 背中を見せながら、大鎌を携え――怪物へ向かって貞光は特攻する。

 

「一人ずつでも構わないぜ。どうせ二人とも殺すんだからな」

 

 土蜘蛛もビリビリと感じていた。

 身体が変異していくにつれ、高みへ上り詰めていくにつれ――分かるようになってきた。

 

 あの()()が、どんな意味を持つ『力』なのか。

 だからこそ、分かる。今から引き出される最強の赤雷――より純度の高い赤龍の雷。

 

 ()()()()()()()()()()()()()――それをまともに受ければ、この最終形態であろうとも、塵一つ残らず土蜘蛛という妖怪は消滅するだろう。

 

 だが、だからといって、貞光をやり過ごして金時を優先的に潰すなどという真似をするつもりもなかった。

 そんな真似を目の前の男は許さないだろう。この男もまた、全力を持って相手をしなければこちらが殺されることも十分に考えられる英雄だ。

 

 それに――。

 

「――()()()()()()()()

 

 これが己の寿命を縮める選択だという自覚はあった。

 自分でも分かる程に浮かれている。それほどまでに強くなった――この強さに酔っているのか?

 

 それとも――。

 

「――まぁいい。()()()()

 

 ごちゃごちゃ考えるのは性に合わない。

 とにかく今は――殴り合おう。

 

 この英雄達との、最後の戦いを堪能しようではないか。

 

 どうせ夜が明ける頃には――。

 

――生き残っているのは、勝者だけなのだから。

 




用語解説コーナー㉕

・相撲

 言わずと知れた日本の国技。
 現在のような大相撲の形となったのは江戸時代らしいのですが、古墳時代には既に相撲人形があったりと、相撲というものはそれよりもはるか以前からあったようです。まあ、力比べのようなものですから、大昔から男が腕っぷしの強さを比べるにはちょうど良かったのでしょう。似たような格闘技も、世界中に遥か昔からあることですしね。

 この平安時代にも無論、相撲は存在していて、むしろ宮廷でも儀式で行われ、天皇が観戦する天覧相撲も行われているような、神聖な一面もあったようです。

 金太郎――坂田金時にとっては、妖怪たちとのコミュニケーションの一つでした。
 足柄山は龍脈の関係上、強力な妖怪が集まる霊峰でしたが、そこを牛耳る一体の大熊によって、異例なことに、多くの種族の妖怪が共同で生活をしていました。
 無論、争いも絶えませんでしたが、致命的な崩壊をしなかったのは――そして、そんな魔の地で、ひとりの男の子がすくすくと育つことが出来たのは、ひとえにその大熊の大きな器によるものでしょう。

 そして、そんな足柄山は――その大熊が狂い始めたことで終わりを迎えました。

 かつての楽しい相撲ではない――本気の命の奪い合いの末、すくすくと成長した男の子によって、大熊は討ち取られました。

 いずれ英雄になる男の子が、初めて退治した妖怪は――父のような、友達でした。
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