比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

44 / 101
愛する人に、永遠に生きて欲しい――女ならば、男の人に当然、そう願うものでしょう?


妖怪星人編――㉛ 時を越えた英雄

 

 この国で最も夜空が美しく見えるその場所で、蘆屋道満は――呆気に取られていた。

 

「…………これは――」

 

 未だ刻限は来ていない。儀式は終了してはいない。

 

 しかし、まるでしかるべき時が来たかのように――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その様を見て、呆然としていた蘆屋道満は「……そうか。お主、既に『()』を用意しておったのか」と、厭らしく、笑う。

 

「葛の葉――お主、()()()()()()()()()()

 

 妖怪という生物の寿命は(なが)い。

 成体と呼ばれる、肉体的、異能的な成熟が完了した状態にまで成長した後は、まるで時が止まったかのように、若い状態で永い時を生きることになる。

 

 だが、種族としての後継――子を成し、生んだ場合、雄も、雌も、その個の体は時の流れを思い出す。

 まるで役目を終えたかのように、急速に老いていく――死に向かって、再び歩み出すのだ。

 

 葛の葉は、大粒の汗を流しながら、見る見る内に皺だらけになりながら――美しく、笑う。

 

「次なる転生体へと、生まれ変わるのか」

「いいえ……()はないわ。私はもう――ここで終わる」

 

 何故なら、ついに、全てを貰ったもの――やっと、全てを、あげられたもの。

 

 そう、己の下腹部を愛おしげに触れながら――妖狐は、紛れもない、母の笑みを浮かべる。

 

「……そうか。例え、無限の転生を繰り返す白狐といえど、後継たる子を産めば、その不死は効果を失うというわけかの。ならば、お主の肝を取り出したところで、ただ美味いだけの肉というわけか」

「ふふ。私の肝が美味しいかは知らないけれど、食べた所で栄養以外は何も手に入らないというのはその通りね。――『不死(それ)』も、もう……後継(たく)した後だもの」

 

 何――と、ここで初めて、蘆屋道満の顔から、笑みが消える。

 

 対して葛の葉は、その美しい笑みを、妖しく、艶やかに――不気味に、深めて。

 

 私も、初めて、理解出来たの――と。

 妖怪に相応しい、恐ろしき笑みを持って、言う。

 

「愛する人に、永遠に生きて欲しい――女ならば、男の人に当然、そう願うものでしょう?」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 確かに、その黄金の太刀は魔人を殺し得た筈だ。

 

 もはや肌色を探す方が難しい、漆黒の魔力に犯され呑まれた巨躯を、怪異殺しの太刀は完全に切り裂いた。

 

 その黒い躰からは漆黒の血が噴き出し、真っ二つにされた激痛に咆哮する魔人は死に逝く――筈、だった。

 

 ()()()()()()

 断末魔を上げた魔人は、三途の川を渡らずに、そのまま現世に留まり続ける。

 

 両断された身体が、ゆっくりと元通りになっていく――まるで、時が戻ったかのように。

 傷が、塞がる。命を、取り戻す。

 

 平将門――男は、既に、取り返しのつかない程に、後戻りなど出来ない程に、魔人となっていた。

 殺しても、殺しても――死ぬことすら許されない。

 

 この世でたった一人の――不死身の、魔人に。

 

「――――葛の、葉――――ッ」

 

 何故、こんなことになってしまったのか。

 

 坂東で乱を起こした、あの時か。

 親友の父親を殺した、あの時か。

 

 それとも、平安京の、あの神秘に包まれていた山小屋で。

 

 美しき――白狐に、魅入られた、あの時か。

 

 あの時か、それともあの時か、はたまたあの時か――あの時にはもう、こうなる運命(さだめ)だったのだろうか。

 

 分からない――だが、確かなことは――ただ、一つ。

 

 会いたい。逢いたい。

 

 真っ黒に染まってしまった自分だけれど、真っ黒に穢れてしまった魔人だけれど――どうか、死ぬ前に、もう一度。

 

「クズノハぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 どうか――どうか――もう一度。

 

 そう願い、そう叫びながら。

 

 新皇を名乗った魔人は、坂東を黒き魔力で覆い尽くしながら、未来永劫語り継がれる伝説となる『大乱』を起こし。

 

 夥しい犠牲を生み出して、数えきれない死を振り撒きながら――正しく『魔人』と呼ばれるに相応しい『畏れ』を見せつけた激戦の末。

 

 藤原秀郷という英雄に、首を刎ね飛ばされ――敗北を喫した。

 

 真っ黒に泣き叫ぶ程に求めた、愛する人の元に、辿り着くこと、叶わずに。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 竹林の奥にひっそりと存在する、みすぼらしい小さな山小屋。

 平安京の中に存在しながら、そこに住まう殆ど誰もが知り得ない――神秘の(さと)

 

 まるで世界から忘れ去られたかのようなその山小屋を、一人の白狐を抱えた少年と、一人の白い狐耳と尾を持つ少女が訪れていた。

 

 少年は、小屋の扉を開けると、その中に敷かれた畳の上に、一匹の白狐をゆっくりと寝かせた。

 

「――これでいいかい? お母さん」

「……ええ。ありがとうね、愛しい息子」

 

 少年の淡々とした声に、母と呼ばれた狐は、掠れた、絞り出したのようなか細い声で答えた。

 

 涙を堪えながら少年の服を掴んでいる少女を見上げて「……ふふ、泣かないの、愛しい娘。お母さんは……永い時を生きたけれど……一番の、幸せの中で――眠るのだから」と、白狐は力無く笑う。

 

「……それにしても……その年齢(とし)で……あの蘆屋道満(かいぶつ)の結界を破って……助けてくれるなんて……さすがは『星の英雄』……いえ、私の――私達の息子ね」

「……お母さんから『不死』の力が失われてるって分かった時点で、ヤツがお母さんから興味を失うっていうのは()()()()()から。――もういい? 師匠に言われたから、これから世界を救う為に動かなくちゃいけないんだ」

 

 少女は泣きながら少年の服を掴む。

 分かっていた。少女にとって、これが母との長い別れの瞬間になると。少年も分かっていた。

 

 そして、母も分かっていた。

 だからこそ、自分との別離に泣く妹に、淡々と終わらせようとしている兄に、力無く笑い、等しく愛しく思いながら――ゆっくりと、()()()()()()()()

 

「……お母さんが眠ったら、このままこの『山小屋(神秘郷)』は閉ざされるんだよね」

「……ええ。そうすることで、この空間の時は止まる。私は止まった時の中で、眠り続けることになる。……そうすれば、いつかここを訪れるかもしれないお父さんに、綺麗なまま見つけてもらえるでしょう?」

 

 これから息子は――世界を救う。

 それはつまり、彼のお父さんを、白狐が愛した男を、()()()()()辿()()()()()()()()()()()だということを、理解した上で。

 

「愛しい我が子。――最後に一つだけ、母と約束して頂戴な」

 

 そう母は、死に瀕した白狐は。

 

 最期の力を振り絞り――人間のような姿に、皺皺の老婆の姿に戻りながら、息子を己が下へと手招きして。

 

 無表情に、ゆっくりと母の元へと近付いてきた息子の――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……何の因果か、どういう意思によるものは分からない。まさか、妖怪である私の(はら)から……あなたのような『星の戦士』――それもとびっきりの『星の英雄』が生まれるとはね……それも、()()()()()()()()()()()()()()が」

「…………」

「ふふ。それでも、あなたは私の愛しい息子よ。だから、あなたが世界を救おうと、地球を守ろうと、母はあなたを応援するわ。――でも、これだけは、どうか約束して頂戴ね」

 

 そう言って、葛の葉はキュッと、息子の首を締めながら――呪いのような、遺言を遺す。

 

(この子)を――守って。何があっても、絶対に死なせないで。()()()()――()()()()()()()()()()。……()()()()()()

 

 お願い……『晴明(せいめい)』。

 

 そう、息子の首を締めながら、娘に向かって微笑みかける――母親に。

 

「……………それは、()の未来の名前だ。今の()()の名前は、()()童子丸(どうじまる)だよ。お母さん」

 

 結局、妹の名前は終ぞ、呼ぶこともなかった母親に。

 

 晴明――童子丸は、感情の篭らない瞳を向けながら。

 

 ゆっくりと、自分の首から妖怪の爪が離れるのを感じる。

 

 力無く、息を引き取るように眠る葛の葉を、泣き続ける妹を抱き締めながら、童子丸は見遣る。

 

 彼女の目が閉じられると共に、妖怪・葛の葉の妖力の象徴だった、転生を繰り返した妖力の塊だった八本もの尾が――眩い光となって膨れ上がる。

 

 その強烈な光によって目を焼かれた兄妹が、再び目を開けた時には――老婆は小さな白狐となっていた。

 

(――これで、妖怪・葛の葉は死んだも同然だ。転生妖怪・葛の葉の『転生』の異能は、『不死』の力として――お父さんと妹に繋がれる形で継承された。時が止まった神秘郷で仮死状態で文字通り『永眠』しようとも、葛の葉の代名詞であった『転生』は叶わないだろう)

 

 幾度も転生を果たしてきた妖狐――妖怪・葛の葉は『死』を選んだのだ。

 あれほど莫大な妖力を誇っていた大妖怪が、その殆ど全てを手放して、こうして小さな白狐になってしまった有様が、それをこれ以上なく如実に表している。

 

 愛する男を永遠に生かす為に、自らの命を捧げて――愛する男を、不死身の魔人にして。

 

 童子丸は、自身の母と、自身の父の――『愛』の末路に、その無表情であった眉間に子供らしからぬ皺を、一度だけ寄せて。

 

「……行こうか、羽衣(うい)。ぼくは世界を救わなくちゃいけない」

 

 そう言って、小さな白狐に背を向けて、童子丸は『山小屋』を後にした。

 

 兄妹が神秘郷の外に出ると、入口の時空が歪み、やがてそこには小さな『祠』が現れた。

 これは誰にも破れず、誰にも見付けられない――資格を持たないもの全てを排除する結界。

 

 この結界を潜れるのは、この『祠』が認めるのは――自身の主たる白狐の妖力を持つ者と、彼女が求める、たった一人の魔人だけ。

 

 そして、その魔人を滅ぼすことが、少年が託された――英雄としての使命だった。

 

 こうして少年は、母と父の逢瀬を邪魔する為、世界を救う戦いに向かうことになる。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 この数か月後、少年は平安京へと凱旋した、魔人を殺した英雄と接触することになる。

 

 自分の父親を殺した男に、少年は残酷な二択を突き付けた。

 

「平将門は不死身です。あなたが持ち込んだ『首』は、晒し台の上で覚醒し、坂東にて立ち上がっている『胴』へ向かって飛び去って行くことになる」

 

 少年の言葉を疑っていたわけではなかった。

 だが、表面上は感謝し持て囃そうとも、魔人を殺した己に対する隠し切れない怯えを向ける貴族の内心を悟った秀郷が、さっさと下野へ帰ろうとしている中――それは起きたのだ。

 

――クズ……ノハ……クズノハァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

 天下の逆賊として晒し首にされていた将門の『首』が開眼し、そのまま平安京中を飛び回ったのだ。

 

 阿鼻叫喚となる京の中で、たった一人の少年――童子丸は気付いていた。

 闇雲に飛び回っていたわけではない。ましてや帝や貴族連中が畏れたように彼らを探し回っていたわけでもない。

 

 魔人の『首』は、ただ一人――ただ一体の妖怪のみを探していた。

 だが、それは決して見付けられるわけがなかった。

 

 他でもない少年が、()()を隠したからだ。

 流石の童子丸といえど、あの『山小屋』と『祠』を消すことは、そしてそれの『鍵』を変更し魔人を通過不可能にすることも出来なかった。

 恐らくは、あの神秘郷を創り出した製作者である葛の葉が、他でもない英雄の息子を警戒してのことだろう。

 

 だからこそ晴明はそれを逆手に取り、あの『山小屋』は、そしてその入口の結界たる『祠』は、()()()()平将門でなければ見つけられない設定として上書きしたのだ。

 魔人と白狐――その二色しか受け入れない設定を強調することで、セキュリティを強化することで、母が求めた父を拒絶するようにした。

 

 互いを求め合う男女が、すぐ傍にいるのに出会えない――そんな状況を、他でもない息子がセッティングした

 

 やがてそれに気付いたのか、将門の首は平安京の結界を突き破り、そのまま坂東へと飛び去って行く。

 

 その悲劇を演出した息子は――飛び去る生首を無表情で眺めながら、再びその歩みを――父を生首にした英雄へと向ける。

 

「ご安心を。流石の将門といえど、あなたという英雄との戦いの傷は大きい。そして、我が師匠が張った平安京の結界を突き破るという追い打ち……長くは持ちません。首を斬るという、あなたの選択は正解だった。いくら不死身といえ、首と胴が離れれば、無尽蔵に動き続けることは出来ない」

 

 少年の予言は、またしても的中した。

 

 それから首は坂東まで飛んでいき、胴もゆっくりと首と合流する寸前まで動き続けたけれど、やがて力尽きたかのように、首は地に落下し、胴も野に倒れ伏せて――『首』と『胴』の再会は叶うことはなかった。

 

 愛する男と女の、魔人と白狐の、父と母の再会が――叶わなかったのと同じように。

 

「しかし、魔人は死んだわけではない。葛の葉という妖狐の『不死』を後継(たく)された平将門という男は、必ずや未来で復活します。彼の『首』も『胴』も、現時点での平安京では、()()()()()では滅ぼす手段はありません。それは我が師匠でも、ぼくでも――かの蘆屋道満でも、です」

 

 まるで少年の言葉を裏付けるように、あるいは少年の言葉を実現させるように――現実は進んでいった。

 

 平安京中の陰陽師が、日ノ本中の能力者が力の限りを尽くしても、『首』も『胴』も滅ぼすことは出来なかった。

 

 そして、やがて諦めたように、『首塚』と『胴塚』には結界が張られ、何も出来ない代わりに誰も手出しはさせないようになった。

 

 だが、それでも、少年は言う。

 遠からず未来――魔人は、将門は、必ずやこの世に復活を遂げると。

 

「――お前は、一体、何者なんだ?」

 

 藤原秀郷は少年に問う。

 

 感情のない青年の言葉に、感情のない少年は、無感情に答えた。

 

 妖怪と魔人の子である童子丸ではなく――目の前の青年と同様に、()()()()()()()()()()()()()()としての名を。

 

「――安倍晴明(あべのせいめい)。ただのしがない――陰陽師ですよ」

 

 その言葉を聞いて――秀郷は決心した。

 

 この少年の口車に乗ることを――つまり。

 

 俵藤太を捨てたように、藤原秀郷を捨てることを。

 

 持ち得る全てを捨て去り、一振りの怪異殺しとなることを。

 

 安倍晴明と共に――世界を救うことを。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして、秀郷は晴明と共に下野を訪れた。

 

 生まれ育った地こそが、その儀式の成功を最も高めると言われ、そういうものかと秀郷はあっさりと納得した。

 

 藤原秀郷という名は、彼が生涯で唯一取った弟子に譲ることにした。

 秀郷は流浪人だった為に家族はいない。両親も既に先立ったし――だからこそ秀郷は流浪人を止めたのだが――妻も娶らず、子もいなかった。

 

 だからこそ、民からの信頼も篤い弟子に、全てを譲ることにしたのだ――歴史の辻褄を合わせる為に、晴明がそう進言した。

 

「師匠の自由奔放ぶりは誰よりも知っていたつもりでしたが、まさか時すらも越えることになるとは。まぁ、今更、師匠が何をしようと驚きません。……僕に藤原秀郷という名は重すぎますが、それでも弟子として、俵藤太を継いだ時のように、師匠に出来る最後の奉公と思って――全力で務めさせていただきます」

 

 晴明は、そんな()()()()()()()に対し「――あなたもまた、英雄です。あなたの覚悟が、世界を救う大きな一助となるでしょう」と、その覚悟に敬意を表した。

 

 そして、俵藤太を、藤原秀郷を捨て――何者でもなくなった男は。

 

「お前が覚悟を持って藤原秀郷の名を貰ってくれるというのなら、俺もまた覚悟を持って――お前の名を受け継ぐことにしよう。魔人を滅ぼした暁には、俺は偉大なるこの名と共に、お前に負けぬよう、誇り高く生きていくことを誓う」

 

 そう言って、生まれてからずっと男を見守り続けてきた故郷の神社の中で、眠るように目を瞑る。

 

 晴明の一週間にも及ぶ儀式の末――男は、時を駆け、未来へと飛んだ。

 

 

 

 

 

「――ここは、どこだ」

 

 そして、百年後――全てを失った男は、全てを過去に置いてきた男は、目を覚ます。

 

 魔人を滅ぼす――ただそれだけの使命を持って。

 

 後継(たく)した名である藤原秀郷――その前任者として、やり残した最後の仕事を成し遂げる為に。

 

 

 

『―――――――邪魔だ』

 

 

 

 そして、百年の時を経て、蘇った魔人は。

 

 

 時を越えて、再び立ち塞がった英雄を踏み越え――愛する者が待つ京へ向かって、漆黒の闇の中を駆けていった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして、カッコつけて立ち塞がった割にはあっさりと魔人(ヴィラン)に突破されてしまった英雄(ヒーロー)は、仰向けに倒れて真っ暗な夜空を見上げながら、お決まりの台詞を恥ずかしげもなく呟いた。

 

「ここは――どこだ?」

「いや、それは通らないでしょ」

 

 続いて体を起こし、頭を押さえながら「――俺は、誰だ?」と再びテンプレ展開に持ち込もうとしたが、「だから無理あるって」と吸血鬼に一蹴される。

 

「瞬殺じゃん。ダサ。さっきまでの根性はどこ行ったのさ」

「……誰のせいだと思ってるんだ」

 

 英雄は悔し紛れに呟き、吸血鬼は「はぁ? 僕のせいだっていうのかい」と頬を膨らませて抗議したが、英雄はじろっとリオンを睨み付ける。

 

 半ば以上は負け惜しみで呟いた台詞だったが、よくよく考えてみれば遠くない答えだったのかもしれなかった。

 

 自分が既にリオンとの戦いで満身創痍で、記憶を取り戻した直後というバッドコンディションであったこともそうだが、それを踏まえても――()()()()()()()()()()()()()()

 

 生前の平将門も、覚醒後は正しく魔人と呼ぶに相応しい強さと恐ろしさで坂東を暴れ回ったものだが、それでも――藤原秀郷を一蹴、瞬殺というのは、全盛期を超えた埒外の強さだった。

 

(……埒外……規格外……異常――異分子)

 

 だからこそ――英雄は吸血鬼を見つめた。

 

 そして、何よりもの証拠は、魔人が黒馬と共に生み出し、己が進む道の障害を吹き飛ばすのに使用した――()()()

 

 黒炎。

 生前の漆黒の魔人は、黒き魔力の奔流を使うことはあっても――漆黒の炎を操るなどという異能は持ち合わせていなかった。

 

(……それはつまり、『首』と『胴』の再会の場が――あの『紅蓮』の炎の中だったからこそ獲得した、新たなる魔人の力……というわけだな)

 

 更に、英雄が知らない情報を付け加えるならば。

 

 そもそも魔人の『胴塚』の封印を吹き飛ばしたのもリオンだし、蝦夷の妖怪を食べ尽くしたことで日ノ本の『怪異』を刺激する力を得てそれを無作為にばら撒いたのもリオンだし、挙句の果てには英雄との戦いで『紅蓮』という『異星の力』を振り撒いて現地の『怪異』を刺激、および坂東という地に危機を齎して坂東の守護者たる魔人の復活および強化に貢献したのもリオンだ。

 

 つまり、大まかに言うならば、だいたいリオンのせいではあった。

 

 それに対し、流石は天才というべきか、全てを把握せずともだいたいは理解しているのか、英雄の冷たい視線からそっと吸血鬼は目を逸らす。

 

 だが、英雄はそんな吸血鬼に対してそれ以上、何も言うことはなかった。

 リオンの力が周囲の怪異を刺激するということに気付かなかったのも失態だし、それをいうならば無様に『時駆けの儀式』の後遺症で記憶を失っていたことも失態だし、失った記憶をこれまで取り戻せなかったことも失態だし、リオンの紅蓮をここまで広げてしまったことも失態だし――なにより。

 

 満身創痍だろうと、記憶喪失だろうと、なんだろうと――魔人の突破を許してしまったこと、無様に敗北を喫したこと、それこそが最大の失態だ。

 

 魔人を滅ぼす――平将門を止める。

 

 それこそが、怪異殺しとして、全てを捨て去って、何もかもを押し付けて――こうして『時駆け』などという許されざる反則(チート)を使ってでも、魔人が蘇る未来へやってきた、最大の使命なのだから。

 

「おや? どこに行くんだい? 僕が言うべきことじゃないかもだけど、それなりの怪我なんだからもう少し寝てたらいいじゃないか。一日に二度も負けたことだし」

「本当にお前が言うべきことじゃないな。後、お前には負けていない。……それに、寝ている場合じゃないんだ」

 

 思い出したからな、やらなくちゃいけないことってやつを――そう言って、英雄は、傷つき果てた体を無理矢理に起こし、立ち上がる。

 

 再び、魔人の前に立ち塞がる為に――立ち上がる。

 

「……あの真っ黒と戦う為かい? やめておいた方がいいと思うけどな。僕ともそれなりにやり合えた君だ。万全の状態ならいい戦いも出来るかもだけど、その身体じゃあ、また瞬殺されるんじゃないの? その傷を負わせた僕が言うのもなんだけど」

「本当にお前が言うのもなんだけどだが、忠告はありがたくいただいておこう。しかし、それでも――聞き入れることは出来ない。ここで立たなきゃ、ここで動かなきゃ、本当に……何しに来たんだって話だからな」

 

 本当に――何をしに。

 

 時を越え――未来にまで、やってきたのか。

 

 決まっているだろう。藤原秀郷として、やり残したこと――たった一つの、使命を果たす、その為に。

 

「怪異を、殺す。魔人を、滅ぼす。将門を――止める。俺は、その為に、こうして無様に息をしている」

 

 汗を拭うように――男は、首に流れた血を拭った。

 

 そして、一歩、また一歩と、魔人が向かった、最早とっくに影も形も見えなくなった方角へ向かって――英雄は、歩き出す。

 

「…………」

 

 英雄は止まらない。

 ゆっくりと、ゆっくりと、ぽたぽたと汗のように血を流しながら進む。

 

 そして、そんな背中を眺めていた紅蓮の美女は、たたたと男の前に――立ち塞がり。

 

 えい、と

 男の首を――血を、嘗めた。

 

「うおっ!」

 

 ここまで魔人に対してしか感情を見せなかった男が、初めて女に対してリアクションを取る。

 それに対しことのほか嬉しそうに笑い――そして、男の血を、嚥下すると。

 

「――――ッ!!!???」

 

 リオン・ルージュは、頬を紅潮させ、身体を捩らせ震わせた。

 

 さきほど男が太陽を斬ったときと同じがそれ以上に――瞳を爛々と輝かせる。

 

「美味いっ! なにこれ、美味しいっっ!! こんなに()()()()血は生まれて初めてっっ!!」

「……それは喜べばいいのか? それとも怖がればいいのか? それとも気持ち悪がればいいのか?」

 

 当然、喜べばいいとも!! ――そう言って、リオンは男に向かってビシッと指をさす。

 

 強さ。生き方。感情。性格。そして――血。

 そのどれもが、これまでリオン・ルージュという吸血鬼が出会ってきた者達とはまるで異なる生命体。

 

 そんな彼を、リオンは――はっきり言って、()()()()()()()

 

 今まで味わった中で最高の血を前にして――()()()()()()くらいには。

 

 この面白い人間を、もっと、もっと――楽しみたいと、そう思うくらいには。

 

「僕は君が気に入ったよ――英雄君」

 

 そう、まるで物語の英雄のような男の――人生という物語を、特等席で眺めたいと、そう思うくらいには。

 

「だから君の、そのふらふらの背中を押してあげよう」

 

 そう言って紅蓮の美女は――己の背中から、翼を生やした。

 まるで飛び出すように現れたそれは、蝙蝠のような醜悪な翼だった。

 

 それがこの世の美の権化とも思える、美という概念の具現化とも思える女の背中から生えていることに、流石の英雄も呆気に取られていたが――その隙を見計らったかのように、女は男を攫った。

 

 搔っ攫い、そして、そのまま――さきほど首にしがみ付けて空中飛行していた忠常のように。

 

 男は気が付けば、美女に抱えられながら、真っ暗な空を、飛んでいた。

 

「な――ま、待て! 俺は――」

「あの真っ黒を追いかけるんだろう? だったら、さっきの赤子のような足取りでは、それこそ夜が明けてしまうよ」

 

 どれだけ夜が明けても辿り着けないぜ――と、そう言うリオンの言葉に、男は「……」と、何も返せない。

 

「僕はそんな何のイベントも起こらない移動パートをスキップもせずに眺めているほど気は長くないんだ。なにより太陽はもっと嫌いなんだ。だから、夜が明ける前には辿り着いてもらうよ、目的地へ」

 

 大丈夫、墜落事故を起こす前に大気圏から眺めることは出来た。この程度の大きさの島だったら、この翼でも何処にでも行けるからさ――そう豪語するリオンは、くいっと覗くように腕に抱える男の顔を見る。

 

「心当たりがあるんだろう? あの真っ黒が向かう場所に」

 

 そう言って楽しそうに笑う吸血鬼に抱きかかえられている英雄は、大きく溜息を吐き、初体験であろう足が付かない上空などという状況にも微塵も動じることなく、ふてぶてしく言った。

 

「――ご期待に沿えるような、面白いものが見れるかは保証しないぞ」

「いいよ。僕にとっては初めての星出だ。旅行なんてものも初体験な僕にとっては、それだけでわくわくどきどきなんだぜ」

 

 よろしく頼むよ、フジワラノヒデサト――そう、先程名乗っていたのを聞いて女が一度で覚えたその名を、男は鋭く咎める。

 

「……生憎だが、それは捨てた名だ。譲った氏名で、押し付けた使命だ。藤原秀郷としての最後の仕事として、魔人相手にはそう名乗るが、それ以外では名乗るつもりはない。だから――その名前はもう、二度と口にしないでくれ」

「めんどうくさいなぁ。じゃあ、君のことは何て呼べばいい?」

 

 美女に荷物のように抱えられながら、真夜中の平安の空を飛びながら――英雄は、言う。

 

 己が時を駆ける前、名を譲った弟子に、己が全てを押し付けた弟子に貰った――新たな名を。

 

 この名に恥じぬよう、誇り高く生きると、そう誓い、己に刻んだ――新たな、名を。

 

 初めて明かす――時を駆けた怪異殺しが、その初めての相手に選んだのは、息が凍る程に美しい紅蓮の吸血鬼だった。

 

「――京四郎(きょうしろう)。それが、俺の――新しい名前だ」

「リオン・ルージュ。それが僕の、今も昔もこれからも名乗る、唯一無二の名前だ」

 

 よろしく、人間。

 こちらこそ、吸血鬼。

 

 そんな風に笑いながら――あるいは、利用し合いながら。

 

 夜の空の旅を楽しみながら――英雄は、そして吸血鬼は。

 

 妖怪が、人間が、陰陽師が、鬼が、狐が、武者が、そして魔人が。

 

 蠢き、企み、欺き、戦い、殺し合う――地獄の平安京へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 斯くして――漸く。

 

「役者は――揃ったようじゃの」

 

 場所は平安京の――どこかの闇の中。

 

 そこは表の平安京のどこかなのか、それとも妖怪達が住まう怪異京なのか、はたまた、誰も知らない神秘郷のどこかなのか。

 

 誰も知らない――誰にも見えない溜まり場(エアスポット)

 

 ただ一つ確かなのは、そこが座標上は日ノ本の平安京のどこかであり。

 

 最も妖気に満ちた地脈の穴――その真上であるということだけだった。

 

 ここは偉大なる太陽の恩恵すら寄せ付けない、よくないものの吹き溜まり――そこで。

 

 ただ一人の老爺が、不気味にふぇふぇふぇという笑いを響かせていた。

 

「此度の祭りには間に合わんかと思ったが、最高の時機に蘇ってくれた。吸血鬼が来星した時は流石に肝を冷やしたが、こうなると――月からの最高の贈り物と言えるかもしれんのぉ。あの英雄まで時を駆けるとは」

 

 最悪の陰陽師の『星詠み』では読めなかった『来訪者』の存在――それを、かの最強の陰陽師の『星詠み』は、見透かしていたのだろうか。

 

 その真偽は掴めないが――よい、と、老爺は笑う。

 

 お陰で『祭り』は、最高に盛り上がるキャスティングでド派手に開催することが出来る。

 

 妖怪大将の後継者たる若頭。

 

 家を失った迷子の少年。

 運命を手繰り寄せる座敷童。

 

 月へと手を伸ばす天下人。

 全てを見透かす陰陽師。

 

 百鬼夜行を率いる長。

 右腕を取り戻すべく山を下りる鬼。

 妖しく統べようと企む狐。

 

 神秘を殺すべく戦う鎧武者。

 英雄になるべく笑う武士。

 

 愛する女の元へと辿り着きたい魔人。

 魔人を滅ぼすべく時を越えた英雄。

 そして、全てを狂わす異星からの来訪者。

 

 幾人もの主人公たちが、それぞれの物語を紡ぐべく、糸を持ち寄り絡ませて――結ばれ、あるいは断ち切られることとなる。

 

「ああ――楽しみじゃ、楽しみじゃ」

 

 老爺は笑う。

 

 誰の目も届かない場所から、誰によりも近くで――この国で最も大きな、星人戦争を特等席で眺める。

 

「妖怪大戦争の――始まりじゃ!!」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 斯くして、役者は出揃い、それぞれの前哨戦(プロローグ)を終えて――遂に、舞台の幕が上がる。

 

 

 およそ千年間にも渡り、誰にも語られることもない、けれど確かに、この国で最も大きな星人戦争であり続けた――

 

 

――伝説の、『妖怪大戦争』が。

 

 

 人間の、妖怪の、そして――英雄の。

 

 長い長い夜が――やってくる。

 

 この国に、夜明けをもたらす、その為に。

 

 

 

 

 

 第五章――【魔人と英雄と吸血鬼】――完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第終章――【第一次妖怪大戦争】――開幕

 




用語解説コーナー㉛

俵藤太(たわらのとうた)

 本名を藤原秀郷。
 今昔物語集などで俵藤太という異名が残っているが、詳しい使い分けは分かっていない為、本作では若い時は流浪人として全国津々浦々を徘徊しており、その際に立場などを捨て自由を謳歌する為に名乗った名前としている。

 生まれながらにして最強の力を与えられた男は、『藤原』を捨てて『俵藤太』を名乗り、各地で遭遇した怪異を殺して回ったのだ。

 俵藤太は、藤原の始祖たる藤原鎌足から受け継がれた黄金の太刀を以て、数々の妖怪変化を退治した『怪異殺し』として伝説を残している。

 三上山では『龍』を害する程のイレギュラーである『大百足』を、自身最高の得物である黄金の太刀を用いることもなく、唾を吐き付けた一射でもって射殺し。

 宇都宮では百体もの鬼を取り込んだ『百目鬼』を人に戻して埋葬した。

 いつしか俵藤太は、怪異殺しの英雄として全国にその名を轟かせることになり、中央の貴族の反感を買うようになったが、彼は意に介さずに放浪を続け――やがて、一人の弟子と出会うことになる。

 生まれながらにして最強であった為に、それと引き換えにあらゆるものが欠落していた彼に――ただ一人、心に言葉を届けることに成功した少年に諭されることで、俵藤太は藤原秀郷となり、退魔の英雄――俵藤太は、その名も無き少年に継がれることになった。

 やがて、遂には藤原秀郷の名も捨て、魔人を追い掛け時を駆けることにした師に、弟子は呆れながらも、今度は藤原秀郷という名も受け継ぐことになる。

 平将門を討ち取ったという功績を以て、出世を遂げることになった『藤原秀郷』は、その子々孫々を繁栄させることに成功し、彼の子孫は広範囲に分布する。現代において最も多い苗字である『佐藤』も、その多くが彼の子孫であるとされている。

 見事に、彼は師の代わりに、俵藤太と藤原秀郷という人物の影武者を全うしたのだ。

 そして、俵藤太も、藤原秀郷の名も捨て――かつて名も無き少年であった弟子に自らが贈った名である『京四郎』を受け継いだ師は。

 誇り高きその名に恥じぬ為に、己が為すべき使命を果たす為に――今、百年ぶりに、怪異殺しとして、その黄金の太刀を振るうことになる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。