比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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この戦争に、どんな目的地を目指して、乗り込もうとしているんだ?


妖怪星人編――㉝ 盤面解説

 

 今夜――戦争が勃発する。

 

 そんな衝撃的な報せに、しかし、『百鬼夜行』二代目派閥の面々は――表面上は、動揺を見せなかった。

 

 昨夜、戦争の火蓋となる、大炎上の火種となる『力』の貯蔵庫となった少年と、その『力』を練り上げた童女を匿うと決めた時から、未来の二代目とその側近は覚悟を固めていたということだろうか。そして、白い少女妖怪と黒い少女妖怪も、あらかじめそれを知らされ、心の準備は終えていたということか。

 

 顔色を赤から青に変えたのは童女だけで――その火種の張本人である少年すらも、その顔色を一切変えていない。

 

 羽衣は、そんな頼もしい少年少女妖怪達を微笑ましく見遣りつつ、具体的な講義(れくちゃー)に移るのだった。

 

「これは古今東西、どんな戦争にも言えることですが、此度の妖怪大戦争においても、様々な者達の、様々な陣営の、様々な思惑が重なり、複雑に交差し、ぐちゃぐちゃに絡み合っています」

 

 無論、それぞれの陣営において、知っている情報、知らない画策が入り乱っているのですが――そう、前置きした上で。

 

「この国で唯一、その全てを見透かしている御方がいます。我が主、安倍晴明だけは――全ての陣営、全ての思惑、全ての画策――その全てを、見透かしている」

 

 だからこそ、こうして私があなた方に、戦争の全体図を講義(れくちゃー)することが出来るのです――安倍晴明が式神、十二神将が『貴人』・羽衣は、堂々と言い切って見せた。

 

 鴨桜は鼻で笑うが、士弦はその言葉を聞いて――更に重々しく、険しくその表情を固めてしまう。

 

(……その大言壮語が正しいのかなんて、ここでは問題じゃない。……そもそも俺達には、コイツ以外の情報源なんて、戦争の各陣営の情報を得る手段なんて存在しないんだ。故に、コイツの言葉が正しいと、そういう前提で受け取るしかない。……それに、何よりも恐ろしいのは)

 

 実態を知らない。実体を知らない。

 なのに、そんな自分達でさえ――()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 そう思わせることが出来ている時点で――その大言壮語は成立しているのだ。

 

 妖怪の天敵。伝説の陰陽師――安倍晴明。

 今まで漠然としか理解出来ていなかったその恐ろしさを、士弦は段々と、全身を包み込んでいく薄ら寒さと共に理解し始めていた。

 

 羽衣は、そんな士弦の心情に慮ることなく、次々と指を立てながら説明を続けていく。

 

「此度の妖怪大戦争――主な参加陣営は、大きく分けて五つです」

 

 酒吞童子率いる――『鬼』陣営。

 化生の前率いる――『狐』陣営。

 藤原道長率いる――『宮中』陣営。

 源頼光率いる――『武士』陣営。

 

「そして、あなた方『百鬼夜行』を主とする、他の四陣営からは存在すら認識されていない『その他』陣営」

「――ハッ。言ってくれやがるな、『貴人』」

 

 笑い飛ばしながらも、半ば本気で苛立っている(ことが士弦や雪菜や月夜にはバレている)鴨桜に、「しかし、事実でしょう?」と羽衣は笑みを向ける。

 

「それに、()()()()()()()()()()()――その意味を、ぬらりひょんという妖怪を父に持つあなたが、理解出来ていない筈がない」

 

 羽衣の、その笑みと、その言葉に、「……チッ」と鴨桜は舌打ちをしながらも、それ以上の言葉を発さなかった。

 

 白狐の女は、そんな若き半妖の反応を見て尚も微笑みながら、「そして、当然、それぞれの陣営に、それぞれの目的が――()()()()()()()があります。それを叶える為に、今宵の戦争へと臨むことになります」と、語り続ける。講義(れくちゃー)を続ける。

 

「まずは、『鬼』陣営。彼らの目的は、というよりも酒吞童子の目的は――『()()()()()()()』です」

 

 十年前の『大江山の鬼退治』によって、『安倍晴明』が、かの『鬼の頭領』の『右腕』を捥ぐ為に、自らの式神へと堕とした鬼の奪還。

 

 ()()()()()()()()()()()――それが、『酒吞童子』の今宵の戦争における勝利条件(ゴール)

 

「――すると何か? 『鬼』は『狐』を倒して妖怪の天下を取るってわけでも、『人』を滅ぼして日ノ本の天下を取るってわけでもなく、攫われた仲間を取り戻したいだけってことか?」

「ええ。鬼の下っ端たちはともかく、頭領たる酒吞童子は、その為だけに平安京へと侵攻してきます」

 

 鬼の頭領は――天下など望んでいない。

 

 今宵の妖怪大戦争を『鬼』と『狐』の天下争いだと思っていた前提が初手から覆されて、雪菜と月夜が呆然とし、鴨桜は眉間に深い皺を刻む。

 

 そんな中、士弦は羽衣に向かって「――だったら、さっさと返してやればいいじゃないか」とぶっきらぼうに切り込んだ。

 

「茨木童子を酒吞童子に返還してやったらいい。そうすれば、アイツ等は御山に帰るんだろう? 少なくとも、一旦は返してみせて――『狐』を狩ってから、『狐の姫君』を打倒してから、再び大江山に攻め込むっていうのも選択肢としてはアリな筈だ」

 

 少なくとも、日ノ本最強の二大妖怪を同時に相手取るよりはいいと、士弦は羽衣に進言するが、羽衣は「そういうわけにはいかないのです。我々には『茨木童子』を『鬼』の元には返せない理由がある」と首を振る。

 

 羽衣の言葉に「ハッ。強力な『鬼』を手駒にして、捨てるのが惜しくなったのか?」と鴨桜は吐き捨てるが、「まぁ、それもあるかもしれませんね。彼はとても便利なので」と羽衣は肩を竦めて――そして、表情から笑みを消して、言った。

 

「そもそも、十年前――何故、晴明様は大江山へ()()()()()のか。先んじて、虚を突いて、はっきり言って卑怯な手を使ってまで、『鬼』を滅ぼそうとしたのか。……そうしなければ、あの時点で、()()()()()()()()()()()()です」

 

 ()()()()()()()()()――そう、全てを見透かす男を、ずっと傍で見続けてきた女は言う。

 

「かつて、阿弖流為(アテルイ)という『鬼』がいました。その『鬼』は、『妖怪』を、()()()()()()()()()()()()()()()()程の『器』を持った『王』でした。……稀に生まれるのです。『鬼』だけではない。種族や住処の垣根を超えて、『妖怪』という大きな枠組みで纏め上げてしまう程の『器』を持つものが。――鴨桜(オウヨウ)。他ならぬあなたの父上が、小規模ながらそれを成し遂げているように」

「…………」

「阿弖流為や酒吞童子は、それを全ての妖怪、()()()()()()()()()()()()()()を支配下に置くことが出来るだけの『強さ』と『器』を兼ね備えている――規格外の怪物です」

 

 それでも、阿弖流為という『王』が生まれた時代では、未だ妖怪は蝦夷という地方に『国』を作る程度の規模の存在でした。無論、あのまま放置していたらどうなっていたかは分かりませんが――と、羽衣は語る。それ故に打倒し、滅ぼすことが出来たとも。

 

 しかし、酒吞童子は違った。

 酒吞童子という『王』の『器』が頭角を現した平安の時代は、既に妖怪の力は、畏れは全盛へと近付いており――人間を滅ぼし得る脅威となっていた。

 

「故に、晴明様は、大江山へと先んじて攻め込んだのです。酒吞童子が『王』として覚醒し、妖怪を纏め上げるだけの『器』を完成させてしまったら、その時は――平安京は勿論、人間という種が滅ぼされる危険性が十二分にあった」

 

 そして、安倍晴明は源頼光や四天王と共に――大江山を崩壊させることに成功した。

 

 虎熊童子を殺し、星熊童子を呪い、鬼女紅葉を倒した――が。

 

「肝心の酒吞童子は――『妖怪王』の『器』を破壊することは、出来ませんでした」

「……それは、安倍晴明が、源頼光が――負けたってことか?」

「いえ。勝負には勝ちました。何度も、何度も、命は奪った。けれど――酒吞童子は、殺せない」

 

 あの鬼は、()()

 心臓を貫いても、全身を燃やしても、首と胴を引き離しても、バラバラの肉塊にしても――復活する。

 

 それが、酒吞童子という鬼の特性。

 どれだけ死んでも、何度だろうと蘇る鬼。

 

 鬼の頭領――酒吞童子。

 不死の権能――それが、かの少女鬼が、その小さな躰に背負った()()

 

「……そんなの、どうしようもないじゃん」

 

 月夜が思わずといったふうに独り言ちる。

 その言葉は、全員の心中の代弁のようだったが、鴨桜は「……それで? お前の主様はどうしたんだ?」と、続きを促した。

 

「――例え、何体もの鬼を殺そうと、大江山の四天王を削ろうと……『王』が健在では、何の成果も得られなかった戦争に等しい。ただ、犠牲だけを払った戦争となってしまう。けれど、それすらも、晴明様は見透かしていました。酒吞童子が殺せないのならば、せめて妖怪王としての器を完成させる為の――『(ぴーす)』を彼女から奪おうと」

 

 ぴーす? と、意味の分からない響きの単語に首を傾げる面々を無視するように、「酒吞童子――彼女はとても、子供なのです」と羽衣は続ける。

 

「彼女は恐ろしく強く、不思議な魅力に溢れた『鬼』ですが、あまりにも純粋で、そして幼い。そんな彼女が曲がりなりにも『鬼の頭領』として大江山の頂点に君臨することが出来ていたのは――彼女を支える『右腕』が、彼女を『王』として導いていたからです」

「……それが、『茨木童子』か」

「ええ。酒吞童子の右腕であり――半身。彼女が『妖怪王』となるには欠かせない存在であり……逆に言えば」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ、安倍晴明は――十年前の大江山で、標的を酒吞童子から、照準を王の器から、その『右腕』へと変えたのだ。

 

「故に、我々から『鬼』へ、茨木童子を返還することは出来ません。そんなことをすれば、十年前の大江山の鬼退治が、まるっきりの無意味の悲劇と成り果ててしまう」

「……だったら、何故、茨木童子を殺さずに、生かして式神なんぞにしておくんだ? そんな危険な火種ならば、さっさと殺しちまえばいいだろう?」

「ふふ、それをあなたが言うのですか?」

 

 戦争の火種となると分かっているのに、こうして少年と童女を匿っているあなたが――と、羽衣は平太と詩希に目を移し、詩希は平太の背中に隠れて、平太はそれを庇うように目を向ける。

 

 羽衣はそんな微笑ましい子供達に笑みを浮かべつつ、「先程も言いましたが――酒吞童子は、子供なのです」と続ける。

 

「彼女の精神はとても幼い。今は鬼女紅葉がうまくあやしているようですが、茨木を殺してしまえば――彼女の癇癪は、次の瞬間にも容易く爆発する」

 

 そうなれば、その莫大な力を無作為に振るい、ただただ激情のままに暴れ続けるでしょう。それこそ、平安京はおろか、日ノ本に草木の一本も残らない程に。その不死身性に身を任せて――と、そう語る羽衣の瞳は、口元とは裏腹に、微塵も笑っていない。

 

 何よりもその表情が、それが容易く実現してしまう未来予想図だと――未来地獄絵図だと、雄弁に語っていた。

 

「……ならば、どうする? 酒吞童子を殺すことは出来ない。かといって奴等の望みを叶える為に茨木童子を返還することも出来ない。ならばどうやって、お前達は『鬼』との戦争に決着を着ける気だ?」

「言ったでしょう。幾度となく申し上げたでしょう。我が主は全てを見透かしていると。十年前の大江山にて、茨木童子を誘拐した時点で、いずれ酒吞童子が彼を取り戻しに平安京へ攻め込んでくることは分かっていました」

 

 故に、十年を掛けて、安倍晴明は酒吞童子への対抗策を用意した、と、『貴人』は言う。

 

()()()()()()()――()()()()()()

 

 かつて、あの『魔人』に対してそうしたように――羽衣は、その言葉は口に出さずに、何も知らない少年少女妖怪達に向かって講義(れくちゃー)する。

 

 妖怪の天敵・安倍晴明が、妖怪王の器たる酒吞童子に対して、辿り着いた結論を明かす。

 

「酒吞童子は封印します。この平安京のとある場所に、かの大妖怪をも千年に渡って封じることが出来る、我が主・安倍晴明様の渾身の力作を用意しました。その封印を、酒吞童子に施すこと。それこそが、今宵の妖怪大戦争における、『鬼』陣営への我らの勝利条件です」

 

 殺せないならば――殺さない。

 生かしたまま、永遠に封じ込むという、羽衣の言葉に。

 

「……可能なのか? そんなことが」

「可能ですとも。我が主は全ての不可能を可能にします」

 

 そして、全てを見透かしています――そう語る羽衣は、そのまま『狐』への勝利条件も明かした。すなわち――。

 

「――用意した封印は、一つではありません」

 

 続いて羽衣は、二本の指を立てながら宣言する。

 

「『狐』陣営を率いる、()()()()の『妖怪王』の『器』――『狐の姫君』・化生の前も、同様に我が主の用意した封印で、千年に渡って封じ込めます」

 

 それこそが、我らが見据える、今宵の妖怪大戦争の終着点です――そう力強く語る羽衣の言葉に、大きく溜息を吐いた鴨桜は、その黒と桜の斑模様の髪を掻き毟りながら、大きく溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――分からん。一つ一つ、段階を追って説明してくれ」

「ふふ、了解しました。順序立てて丁寧に講義(れくちゃー)して参りましょう」

 

 ちゃぷたぁつぅです――と、鴨桜達は羽衣が時折漏らす意味の分からない単語に対する疑問すらさておいて、真剣な表情で揃って耳を傾ける。

 

 二つの指を再び立てて「それでは、『鬼』に次いで、続いては『狐』の話をしましょう。『狐の姫君』の此度の戦争の目的、その勝利条件からお話ししましょう」と語り始める。

 

「といっても、何のビックリもございません。『狐』の目的は、これまで散々噂されてきた通り――日ノ本の征服です」

 

 日ノ本征服。

 覇権を、支配権を――『人間』から奪い、日ノ本を妖怪の国にする。

 

 既に、この国に住まう全ての者が恐れ――けれど、それが目の前まで迫っていることからは全力で目を逸らしている、絶望の未来の具現。真っ暗で、真っ黒な闇に包まれた、悪夢の世界の実現。

 

 それが、『狐の姫君』・化生の前の目指す、今宵の妖怪大戦争の終着点。

 

「――ま、だろーな」

 

 鴨桜はそう吐き捨てる。

 元々の想定から外れないつまらない答えに、期待外れとも言わない。

 

 ただただ――己の故郷を侵そうとする外敵に、冷たい敵意を研ぎ澄ませるだけ。

 

「……確かに、鴨桜の言う通り、だろーなという感じだが――具体的に、奴等が思い描く日ノ本の征服とは、どのような形のことを言うんだ? 今の人間の朝廷を崩壊させたら終わりなのか……それとも、本気で人間という種を、根こそぎ滅ぼすつもりなのか」

「後者に至っては、流石の『狐』もそこまで考え無しではないと信じたいですね。妖怪である以上、人間からの畏れを供給源に自分達は成り立っていると、そう本能で理解出来ている筈です」

 

 それでも、確実にそうだと言い切れないのが、『狐』の怖いところでもあります、と、羽衣は語る。

 

「どういうことだ?」

「古式ゆかしい『鬼』と違い、歴史に名高い『鬼』と違い、妖怪の代名詞とまで言われた『鬼』と違い――『狐の姫君』は、()()()()なのです」

 

 突然変異というのなら、あの『姫君』は、『阿弖流為』や『酒吞童子』よりも、よっぽど唐突に出現した変異種なのです――と。

 

 羽衣は、そこで突然に笑みを消し――ゾッとするような冷たい無表情を浮かべた。

 

 だが――それはほんの一瞬のことであり、鴨桜が、士弦がそれに対して口を開くのを防ぐように、間髪入れずに羽衣は語り続ける。

 

「かの『姫君』は、本当に突然、突発的に、変異的に現れました。そして、この十年の間に、()()()()()()()()、瞬く間に、この妖怪全盛期において、『鬼』以外のおよそ全ての妖怪勢力を纏め上げて、我々が恐れていた妖怪の種族化を成し遂げました。その上、我々が恐れた通り――人間を滅ぼすべく、人間を終わらせるべく、その大勢力の矛先を、この平安京に向けている」

 

 正しく、人間にとっての絶望の権化のような――妖怪。

 この時代の、この日ノ本に住まう者達の恐怖が――畏れが、そのまま形となって現出したかのような、新たなる『妖怪王の器』。

 

「……つまり、『狐の姫君』・化生の前に関しては、流石のお前の主様も、見透かすことは出来ねぇってわけか?」

 

 鴨桜の煽るような言葉に、羽衣は反射的にとばかりに間髪入れず、その表情に不敵な笑みを取り戻して断言する。

 

「いいえ。私の主は――その全てを見透かしています」

 

 ですから、狐の姫君の終着点も、日ノ本征服の定義も、きちんと暴き出しています――そう言いながら、羽衣は安倍晴明が見透かしたその答えを披露する。

 

「『狐の姫君』が目指すもの――それは、安倍晴明、源頼光、渡辺綱、坂田金時、卜部季武、碓井貞光、そして、藤原道長の抹殺です」

 

 それにより無力化した――()()()()()()()()

 この条件を達成した暁に、日ノ本征服を完遂したと、そう見做す目算だと、羽衣は語り聞かす。

 

「……つまり、平安京そのものを滅ぼすというよりは、人間の中枢たる、要たる、心臓たる重要人物を殺すこと。それが奴等の目的ということか」

 

 士弦はそう要約した。

 なんというか、思ったよりも優しい、というのが、率直な感想だった。

 

 無論、『人間』からしたら堪ったものではないだろう。

 これ以上ない絶望だと、そう天を仰ぎたくなる悲劇的な結末であろう。

 

 特に安倍晴明と源頼光。

 この両者がやられるだけでも、『人間』は『妖怪』への対抗戦力を半減させられるといっても過言ではない。

 

 妖怪の天敵足り得るこの二人の規格外がいるからこそ、人間への手出しが出来ないという妖怪も山のようにいるのだ。

 現代でいうところの核兵器のような抑止力となっている二大巨頭を失えば、例え今宵の戦争で『鬼』や『狐』を退けることが出来たとしても、その翌夜には残存勢力や野良妖怪に再び攻め込まれかねないくらいには、『人間』という勢力の畏れが失われる。

 

 そして、鴨桜や士弦には想像もつかないだろうが、対妖怪ではない、対人間という意味での――平安京という国づくりシステムとしても、現在の情勢において要たる藤原道長を失うということは、下手をすればそれだけで国が崩壊する未来を容易く引き寄せることにも繋がりかねない。妖怪大戦争という未曽有の戦後処理が残された状況であれば尚のことだ。

 ただでさえ終わりゆく(みやこ)だ――崩壊している情勢において、宮中を単独支配している左大臣を失うということは、正しく脳と心臓を破壊されるのと同義たる致命傷となり得る。

 

 故に、『狐の姫君』が標的とする者達、その全てを失えば、間違いなく『人間』は終わるだろう。

 

 しかし、それでも、これほどの規模の大戦争だ。

 誇張なく、平安京に住まう人間達の全てを皆殺しにし、平安京そのものを火の海に変えると、そんな事態になっても何もおかしくないと士弦は思っていた。

 

 そう言った意味で――優しいと、温いとすら思った士弦に対し。

 

「ええ。何もおかしくないと思いますよ。あなたが想像しているそれは、今宵の戦争において、かなり高い確率で実現する未来だと思われます」

 

 主直伝の見透かしを行ったかのように、羽衣はそう笑顔で断じた。

 

 何――と、目を見開く士弦に、羽衣は尚もこう断言する。

 

「妖怪・化生の前。彼女ははっきり言って未知数です。我が主は全てを見透かしていますが、何故か主は、彼女に対しては多くを語りません。それでも、一つ言えることは――彼女は『妖怪王』となるに足る『器』を持つ大妖怪であるということ。……そして」

 

 彼女は『酒吞童子』と違い、()()であるということです――羽衣は、この場に居座る百鬼夜行の二代目派閥の少年少女妖怪達を。

 

 そして、未だ大人になりきれない、未来の百鬼夜行の主を、真っ直ぐに見据えながら言った。

 

「彼女は本気でこの日ノ本を征服するつもりです。そして、だからこそ、彼女は()()()()()()()()()()。安倍晴明様を、源頼光様を、頼光四天王を、そして、藤原道長様を、決して見誤ってはいない。既に日ノ本を真っ暗に染め上げた己の大勢力をもってしても、全力で掛からなければ勝てない相手だと、まるで油断していない。だからこそ、七名の人間を殺す為に――平安京を滅ぼすことを、十分に留意した上で、戦争に臨んでくるでしょう」

 

 化生の前は、平安京を滅亡させることを、躊躇したりしない――と。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――と。

 

 たった七つの命を奪う為に、一つの都を火の海へと変えることを恐れないと、そう断言する羽衣に。

 

 士弦は「……奴等は人間を滅ぼすつもりはないんじゃなかったのか?」と、静かにそう問い返す。

 

「俺ら妖怪は、人間の畏れを糧に生きている。それを奴等も理解している筈だと」

「それも恐らくですし、これも恐らくの話ですが――例え、この国で最も人口が多い都市をまるごと滅ぼしたとしても、全国津々浦々にぽつぽつと残った人間の畏れだけでも生存は可能だと、そう判断しているのかもしれませんね」

 

 もし、狐の姫君の思惑通り、日ノ本の征服を完遂した暁には――化生の前は紛れもなく妖怪の王と見做される存在となる。

 それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを意味している。

 

 畏れを抱く人口そのものが大きく減少しても、一人一人が妖怪へ抱く畏れは、昨日までのそれとは比べ物にならない程に膨れ上がるだろう。

 

 なにせ、曲がりなりにも人間のものだったこの国が――妖怪の国となり。

 自分達は支配する側から――支配される側へと、名実共に上下が入れ替わるのだから。

 

 例え、既に現状が限りなくそれに近い状況であるとしても。

 逃げてる現実から、目を逸らしている現実から――逃げきれなくなり、受け入れざるを得なくなる。

 

 その恐れは――畏れは、計り知れない。

 

「――なるほど。奴等がイカれているというのは、よーく分かった」

 

 鴨桜が膝を叩き、重い沈黙に包まれそうになっていた空気を一蹴する。

 そして「んで、だ。全てを見透かす陰陽師様は、そんなイカれ女に対する策を、きちんと練っているというわけだよな?」と、羽衣に問い掛ける。

 

「――ええ。それはもう。これまで語ってきた通り、『鬼』と『狐』の目的は必ずしも一致しない。けれど、部分部分では一致している。つまり、分かり易く言えば――『鬼』と『狐』は共闘してくるでしょう。共同戦線を張って、手を結んで、手を取り合って、力を合わせて、呼吸を揃えて、平安京へと乗り込んでくる筈です」

「『鬼』と『狐』が、手を取り合う――だと?」

 

 士弦の驚愕に、月夜、雪菜も共に続いた。

 日ノ本を支配する二大妖怪勢力――それが共闘し、一つの勢力として平安京へと攻め込んでくる。

 

 その悪夢のような話に「――まぁ、そうなるだろうな」と、鴨桜は受け止め、「どうせ、どっちもぶっ倒すんだ。固まってもらった方が、手間がない」と吐き捨てる。

 

「つまり、安倍晴明を『鬼』が、源頼光一行を『狐』が倒す、そんな計画ってとこか? 二大巨頭を失えば、藤原道長とやらは裸の王様だろうからな」

「恐らくはそういう形になるでしょう。平安京を警邏する役目を持つ源頼光様達を誘き寄せる為に、『狐』が平安京のあちこちで火種を起こす。そして、その隙に晴明様の元に『鬼』が向かう。これが、今宵の戦争の基本的な図になると思われます」

 

 悪夢のような未来図に動じることなく、冷静に戦局を予想する鴨桜に。

 士弦をはじめとした二代目派閥は落ち着きを取り戻し、羽衣は思ったよりも頼もしいじゃないですかと少なからず感嘆する。

 

 そこで――。

 

「…………それで、羽衣さんが鴨桜さん達にさせたいことは、藤原道長様の護衛ですか?」

 

 ただ一人、静かに脳内で戦局図を描いていた平太は、そう羽衣に向かって唐突に問い掛けた。

 

 唖然とする少女妖怪達、目を細める少年妖怪達にも構わず、真っ直ぐに――いっそ冷たくすらある眼差しを向ける幽霊少年に「……何故、そう思われたのですか?」と、羽衣は問い返す。

 

「安倍晴明様、源頼光様ご一行は、僕のような存在でも知っているくらいの有名な怪異殺しの方々です。そんな彼らと、恐らくはそんな彼らを殺せると狐の姫君が判断し送り込まれた勢力が争う戦場に、鴨桜さん達のような『その他』勢力は向かわせられない。誰にも気付かれない、気付かれていない勢力を使うなら、裸の王様を影から守る方が、よほど有用な使い方だと、そう思っただけです」

 

 違いますか? ――と、戦争(ウォー)の火種たる、戦争(ゲーム)の景品たる、世界の理を歪める力を内包する少年は。

 

 昨夜まで、この平安京にありふれた死の中にいた、何の力も持たない幽霊少年は――この国で最も強い陰陽師の、最も強い式神に対して、そう真っ直ぐに問い掛ける。

 

 鴨桜と士弦が静かに見据える中で、白い狐の女は「――正解です。少年・平太」と、微笑みと共に、その推理を認めた。

 

「基本的に我々は、源頼光様ご一行には、それぞれに宛がわれるであろう妖怪との一騎打ちに専念してもらうつもりでいます。晴明様にも、あの方にしか務まらない大事なお役目がございます。しかし、そうなるとどうしても、左大臣様の周辺が手薄になってしまう」

「だからといって、どうして俺達がそんなお偉い様の――貴族様の随身の真似事みたいなことをしなくちゃいけないんだ?」

 

 鴨桜は露骨に眉間に皺を寄せて、噛みつくように、白い狐に牙を剥く。

 

「勘違いするな。俺は平安京を守りたい――だが、間違っても、『人間』を守りたいわけじゃない」

 

 鴨桜がこの戦争に身を乗り出す覚悟を決めたのは、単純に生まれ故郷を守るためだ。

 

 ぬらりひょんと人間の半妖である青年は、この平安京で生まれ育った。

 彼にとって世界とはすなわち平安京だ。だからこそ、この京を滅ぼそうとする『鬼』と『狐』と戦う覚悟を固めた。

 

 だが、この平安京を脅かすという意味では――滅ぼすという意味では。

 彼にとって『人間』は、『鬼』よりも『狐』よりもよほど身近な――紛うことなき、敵だった。

 

「そもそもの話――『鬼』よりも、『狐』よりも、誰よりも積極的にこの国を滅ぼそうとしているのが、テメェの主をはじめとする『人間』だろうが。にもかかわらず、いざ、自分たち貴族様の命が脅かされそうになったら、『その他』の妖怪にすら助けを求めるってのは……いくらなんでも虫が良すぎるってもんだろうが」

 

 鴨桜は、その時、ちらりと平太を見遣った。

 人間が――貴族が、いうならば他でもない藤原道長が何の手も打たなかったからこそ失われた命が、正しくここにいる平太だ――平太をはじめとする、平安京に蔓延している『ありふれた死』だ。

 

 そんな幽霊(いのち)の前で、あろうことかその藤原道長を守れという羽衣に――そして、自分からそんな可能性を提示した平太に、ただならぬものを感じていると。

 

 羽衣は「ならば、あなたはどうしたいのですか。百鬼夜行二代目()()・鴨桜」と問い掛ける。

 

「平太少年の言うように、晴明様や頼光様ご一行と、『鬼』や『狐』の幹部、ましてや『頭領』や『姫君』との戦争に、あなた方の入り込む隙間などないことは理解しているでしょう? それでも戦争の第三者ではなく参加者でいたいのであれば、その他といえど参加勢力の一角でありたいのならば、左大臣様の随身というのは悪くない立ち位置なのでは? 一体、何がご不満だというのでしょう」

「何が不満だと聞かれれば不満だらけだ。……が」

 

 と、鴨桜はそこで、歯切れ悪く言葉を途切れさせる。

 

 彼も、論理の上では分かっていた。

 そういう形でしか、自分達はこの戦争の深部には辿り着けない。ただ闇雲に戦闘現場に首を突っ込んだ所で、何も出来ずに流れ弾に撃たれておしまいだと。

 

 しかし、それでも――己の中で処理できない感情を持て余す。それを見詰める羽衣の瞳が、それこそが()()だと、そう告げてくることにも苛立ちが増していく。

 

 そして鴨桜は、そんな苛立ちをそのままぶつけるように「……せめて――これだけは、聞かせろ」と、羽衣に向かって詰め寄った。

 

 鴨桜は、片膝を着いた体勢で、鋭く白い狐を睨みつけながら「……『鬼』の目的は分かった。『狐』の目指す場所も分かった。……だが、まだ聞いてなかったよな」と、真っ直ぐに、感情のままに突き出した人差し指を向けながら、問う。

 

「――『人間(テメェら)』。他でもない、テメェらは……この戦争に、何を求めてる?」

 

 人間は、この戦争に、どんな目的地(終着点)を目指して、乗り込もうとしているんだ? ――と、妖怪大将の息子に、百鬼夜行を継ぐ者に、そう真っ直ぐに問い掛けられ。

 

 白い狐の女は――「目的地と、聞かれれば……こう答える他ありませんね」と。

 

 怪物のように、口端を吊り上げて笑い。

 

「……未だかつて、この世の誰も辿り着いたことのない、果てなき大地――」

 

 己も一本の指を立てて、それを鴨桜にではなく天井へと――『天』へと、向けて、答えた。

 

「かぐや姫がお帰りになった……遠い、遠い――お月様ですよ」

 

 それは正しく、とある男が、手を伸ばし続けた。

 

 夢のような――物語(はなし)だった。

 




用語解説コーナー㉜

・『その他』陣営

 鬼からも、狐からも、武士からも、民からも認識されていない第三ならぬ第三者陣営。

 本来、戦争に参加義務などない、誰からも参戦を望まれていない乱入者達。

 それでも、若き妖怪達は、ただ己の住まう故郷を守る為に立ち上がる。


 そして――望まれない、予想外の参加者は、『その他』陣営は、彼らだけとは限らない。

 種々雑多の魑魅魍魎が乱れ狂う戦争は、もう目前まで迫っている。
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