比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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――始まりましたね。


妖怪星人編――㊱ 開戦の狼煙

 

 開戦の狼煙が上がった。

 

 それは巨大な手の形をしていて、平安京のとある地点から噴出するように伸び上がり、一直線に――真っ赤な月へと向かっている。

 

「――始まりましたね」

 

 ド派手に打ち上がったの戦争開始の号砲に、呪言が記された布を顔面に巻いている男が、ふふふと笑って言う。

 

「それでは、我々も参りましょうか」

 

 男の言葉に続くように、突如として飛び出した巨大な手に民衆が慌てふためくよりも早く平安京の――平安京のあちこちで連鎖的に“火柱”が立ち昇る。

 

 そして、ようやく――現実に気付いたように。

 遅れて伝播する――悲鳴、悲鳴、怒号に、悲鳴。

 

 遂に、平安京に暮らす人間達は、気付いた――否、認めた。

 目の前に迫る、己らを取り囲んでいる、濃密なる死の気配に、認めざるを得なくなった。

 

 戦争が――始まったのだと。

 

 自分達が浸かっていた温い平穏をぶち壊す――終わりが、始まったのだと。

 

「それにしても、本当に現れましたね。“手”――確かにあれ程の規模ならば、この上なく分かり易いですが……流石の私も、半信半疑でしたよ。あなた方の報告を聞いた時は、失礼な話、耳と正気を失いました。前者は私で、後者はあなた方の、ですが」

 

 顔面に布をぐるぐる巻きにしている男――妖怪・(サトリ)は、共に朱雀大路(すざくおおじ)を真っ直ぐに進んでいる巨大な髑髏(どくろ)に乗っている妖怪達にそう言った。

 

「……私はアンタなんかに何も言ってないわ。その不愉快な括りに含めないでくれる? 殺すわよ」

 

 覚を見ようともせず、ギラギラとした瞳で、ただ前だけを――聳え立つ巨大な門の向こう側である『平安宮(へいあんぐう)』だけを見据えて、そう吐き捨てながら。

 その意味不明な報告をアンタにしたのはコイツでしょ、と、ぶっきらぼうに親指だけで、疾走する髑髏の上に乗る、残る一体の妖怪の方を指差すのは――轟々と、もはや隠そうともせずに六尾の先端を燃やす、額に角を伸ばした女だった。

 

「……ふふ。そうでしたね。それにしても随分と不機嫌なご様子ですが、何か嫌なことでも遭ったのですか? 折角の、待ちに待った『戦争(おまつり)』の日だというのに。あ、ちなみに、その角、よくお似合いですよ――(すず)さん」

 

 覚がにやにやとそんな軽口を叩いた所で――覚と同じく『狐』陣営の大幹部の一角である妖怪・(すず)は、遂にそのギラギラと燃え盛っていている瞳を向けて、ギランッと鋭く、しっかりと殺意を込めて強く睨み据える。

 

 六尾を燃やす妖狐である筈の彼女、その額から生える角をあろうことかイジってみせた覚は、「怖い怖い、失言でした」と両手を上げて、大人しくその口の矛先を変えて。

 

 赤き満月に向かって飛び出す“手”を開戦の合図としようという、『()()()()()()()()()()()()()()、ここまで一度も会話に加わろうとしていない、この場に居るもう一体の妖怪に向かって尋ねる。

 

「悪路王殿――『人間』側から、()()()()()()()()()()()()()()()()情報(めっせーじ)は、他に何かございませんか?」

 

 悪路王(あくろおう)

 鬼女紅葉。天邪鬼。そして、先ごろ新たに四天王となった碧と同じく、『鬼』の四天王である妖怪は。

 

 覚からの言葉を受けて、鈴と同じく真っ直ぐに前のみを向きながら――思い返す。

 

 昨夜――今は既に消失した、あの貧民街での戦いを。

 

 安倍晴明が誇る十二神将が筆頭――『貴人』羽衣と。

 

 もう一体の十二神将――『勾陳(こうちん)』であり。

 かつての鬼の頭領が『右腕』であり、『鬼』の四天王最強の妖怪であったモノ。

 

 伝説の『茨木童子』と、相対し、対決した、その一夜の出来事を。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 妖怪戦争の『鍵』となるであろう、運命の流れの結集体である『箱』――その()()を、平安京中に放っている部下の一体から報告を受けた『鬼』四天王の()纏め役である鬼女紅葉(きじょこうよう)は、その回収を同じく現四天王である悪路王に命じた。同様に回収に動くだろう『狐』も、そして『人間』も、他勢力にそれを渡さんとすべく、最高戦力の一角を送り込んでくるであろうと想定したからだ。

 

(――だが、まさか……『十二神将』……それも筆頭である『貴人』と……まさか、『奴』もいるとはな)

 

 どうやら一歩出遅れたらしいというのは、問題の発生源たる『家』から、莫大なる『力』が消えていったことから察することは出来た――が、だからといって、このまま手ぶらで帰るわけにはいかない。

 

 出遅れたということは、先んじて『箱』を回収することに成功した勢力があるということだ。

 一体、どの勢力が回収したのか――同じく出遅れたようである『狐』は外すとして――それを確認し、場合によっては力づくで、更にそこから回収しなくてはならない。

 

 それほどのものであると、紅葉から聞いている。

 件の『箱』は、もしかすると、それを持っているというだけで戦争の勝者になれるかもしれないといった程の――大いなる『力』だと。

 

(――それを手に入れることが出来れば、俺の願いも、あるいは叶うかもしれないな)

 

 悪路王が、拳に力を入れると同時に――悪路王と同じく周辺家屋の屋根の上に立つ、()()()()()()()()()()()()()()()一体の天狗が声を張り上げる。

 

 問題の『家』から姿を現した、白い狐の女と、巨躯なる隻腕の鬼に向かって。

 

「――単刀直入に問う。『十二神将』が『貴人』、そして『勾陳』たる――妖怪よ」

 

 目の前の存在が、その狐が、その鬼が――かの最強の陰陽師が手先、つまり『人間』側の存在であると理解した上で、それでも貴様等は『同族(ようかい)』であると、そう呼び掛け、高圧的に問い質すは。

 

「――『箱』を、何処へやった。早急に答えるがいい」

 

 日ノ本を二分する妖怪勢力が一角――『狐』の最強戦力である大幹部が一体である『大天狗』。

 

「これは、これは。かつて京を支配していた妖怪――天狗一族が長、大天狗であらせられる鞍馬(くらま)殿ではございませんか。御機嫌よう。今宵は、『()()()()()()ですか?」

 

 かつて――京を支配していた妖怪の頭目に向かって。

 現在の京の支配者である『人間』側の手先であり、現在の天狗の支配者である『狐の姫君』と同じく妖狐である存在――羽衣は微笑みながら、そう鞍馬に向かって言い放った。

 

「――――ッ!! 貴様――!!」

 

 鞍馬の返答は、手に持つ軍配団扇を振るうことで繰り出した風の刃だった。

 しかし――二刃、三刃と痛烈に襲い掛かるそれらは、全て、羽衣の目前で微風へと変換される。

 

 それを涼しそうに浴びながら、天狗に向かって微笑み続ける白狐に――迫る、『鬼』の拳を、雷の如き速度で間に入った、もう一体の『鬼』が受け止めた。

 

 巨躯なる『鬼』に拳を止められた、その『鬼』は小柄だった。

 恐らくは人間の成人男性に紛れても平均身長に満たないだろう程の心許ない体躯。

 

 それでも――巨躯なる鬼の掌が受け止めた、その拳の重さは紛れもなく、『鬼』の中でも最高峰。

 新たなる大江山四天王――その一角であることに疑い無しの威力だった。

 

 故に、十二神将『勾陳』――かつて四天王筆頭であった『鬼』――『茨木童子(いばらきどうじ)』は言う。

 

「よう――『()()』」

 

 そして、その『先輩』の言葉に、小柄ながらも重き拳を振るう『鬼』――『悪路王(あくろおう)』は答えた。

 

「……なるほど。()()()()()()()

 

 最強――最強――『かの御方』を差し置いて、不遜にも最強を名乗る鬼の内の一体。

 

 この目で見た、真っ向から相対した――『酒吞童子』は、苦渋ながらも認めざるを得なかった。

 

 今の自分では到底敵わない――認めたくないが、この自分の目をもってしても。かの御方の傍で、ずっとその強さに憧れ続けた自分をもってしても――()()()()()()()と、()()()()()()()()()()()()、そう認めざるを得ない程に、奴は『最強の鬼』だった。

 

 だからこそ――だからこそ、だ。

 

 認めるわけにはいかない――ただ、()()()()()()()()()()()()()を。

 

 最強の名を受け止めるに相応しくない自分を。

 かの御方を差し置いて、最強を名乗り続ける鬼共を。

 

 もう、()()()()、認めるわけにはいかない。

 

 だから――ずっと。

 

「会いたかったぞ――自称、『最強』――!」

 

 オマエはどうだ――『茨木童子』。

 かの御方と、そして酒吞童子と同じく――最強を名乗るに相応しい『鬼』か?

 

 この俺が――乗り越えるべき、『壁』か?

 

「祭りには少し早いが、ここで会ったのも縁というものだ」

 

 ここで『茨木』を殺せば、『酒吞』が自分を殺しに来るかもしれない――が、その時は、是非もない。

 

 あの『最強』をも超えて、この『悪路王』が、真の最強の鬼となり――そして。

 

(その時こそ!! この俺が――『あの御方』の名を継ぐに相応しい『鬼』となったということだ――!!)

 

 悪路王は獰猛に笑いながら、そのまま細い腕の筋肉を、全身から放つ妖力を膨れ上がらせて――大きく足を上げて上段蹴りを放つ。

 

「今も昔も最強を自称した覚えなどないが――血気盛んな後輩が入ったもんだ。今の『(あいつら)』は、どいつもみんなこんな感じなのか?」

 

 悪路王の振り上げられた蹴りを、茨木童子は額から伸びる角で受け止めた――『(つの)』。鬼の力の象徴。悪路王の渾身の蹴りを受けても微塵も揺らぐことのない、その角の硬さに、悪路王の笑みは更に獰猛に深まる。

 

 そして茨木と悪路王が距離を取り、その間に再び羽衣へと迫ろうとしていた鞍馬を――制するように。

 

 羽衣は狐火の(とばり)を下ろした。

 それは一瞬の閃光のように、瞬く間に消失したが、場の空気を止めることには成功した――その上で。

 

「――話し合いをしましょう」

 

 白狐の女は、そう微笑みながら、天狗と鬼に――『狐』と『鬼』に向かって言った。

 

「そこにいらっしゃる『鬼』――四天王であらせられる『悪路王』さんが仰る通り、我々が戦うには、今はまだ尚早です。今夜は文字通りの前夜祭――祭りの本番は、明日です」

 

 妖怪大戦争の勃発――それは、明日の夜です。

 そう、羽衣は柔らかい笑みを浮かべながらも、力強く断言する。

 

 鞍馬は、団扇を力強く握り締め続けながら、「……やけに具体的だな」と、警戒心を露わにした表情のまま問い質す。

 

「その言葉の根拠は何だ? 今宵、貴様等が手に入れた『箱』を使って、我々を滅ぼす算段でも付いたか?」

「確かに我々は、何処の誰が『箱』を手に入れたのか、その現在地を把握してはいますが、残念ながら我々の手中にあるわけではありません。まぁ、そうは言っても信じてはもらえないとは思いますので、それに関して弁明をするつもりはありませんが――戦争の勃発日が明日である理由は、また別にございます」

 

 羽衣は、その細く美しい指を――真っ直ぐに、夜空へと向ける。

 

 爛々と輝く――月を、指し示す。

 

「明日は――満月です」

 

 月が満ち――時は満ちる。

 

 史上最強の陰陽師の、最強の式神は、ここに宣言する。

 

「満月が赤く耀く時、全ては始まり、そして終わります。一人の人間が、天高く佇む月へと、その手を伸ばし――届かせる。壮大なる御伽草子が完成する時が来る。平安京は大混乱に陥りるでしょう。その時こそ、あなた方『妖怪』が攻め込む最大の好機です」

 

 折角のお祭りです。どうせなら、ぱぁっと行きましょう――ニコッと、狐は微笑む。

 

 天狗は顔を顰め、隻腕の鬼は溜め息を吐き、そして、小柄の鬼は――。

 

(……どこにでも、いるもんだな)

 

 拳を、ゴキリと鳴らし――冷たい汗を一筋流しながら、ハッと吐き捨てるように笑って見せる。

 

「……そうかい。なら、その妄言――」

 

 楽しそうに、面白そうに――その『計画』を語る白狐に。

 

 そして、その裏にいる、その『御伽草子』の筋書きを描いた――『人間』に。

 

(――化物、ってヤツはよ!!)

 

 妖怪であり、鬼である己を差し置いて、()()がと、そう冷たく見下しながら、己の背筋を走る――恐怖を、誤魔化すように、再びその拳を振るった。

 

「夜が明けるまで――生き延びれたなら、信じてやるよ!!」

 

 悪路王の特攻に、合わせるように鞍馬天狗は団扇を振るう。

 

 白狐はきょとんとし、隻腕の鬼は呆れながら――それを受け流して。

 

 結果――夜が明ける頃には、前夜祭の舞台となった貧民街は十二神将と四天王と大幹部の前哨戦によって消失しながらも、その誰もが大きな手傷を負うことはなかった――まるで、本番に向けての調整試合であったかのように。

 

 鞍馬と悪路王は、夜が明けると共に忽然と姿を消した二体の十二神将から齎された情報を、それぞれの陣営に持ち帰ることになった。

 それこそが、あの白狐の――そして、その裏にいる『人間』の、『計画』通りなのだと知りながら。

 

 結局――悪路王は、己の背筋を流れる冷たいそれが、こびり付いたように消えていないことに、歯噛み、拳を握り締めることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――――ッ!!」

 

 そして、悪路王は。

 

 昨夜、あの白狐が語った『計画』――否、『御伽草子』の筋書きを思い出しながら、再び歯噛み、拳を握り、己の背筋に流れ続けるそれを振り払うように。

 

 巨大な髑髏の頭の上で勢いよく立ち上がり――それを指差す。

 進行方向に大きく聳え立つ朱雀門――そこから右奥の離れた場所から飛び出している、その巨大な『手』を。

 

「……奴は――『貴人』は、語っていた」

 

 赤き満月の夜、平安京から『手』が出現する。天高く耀く月に向かって、その『手』は伸びていき、遂にそれを届かせる――。

 

「――そして『男』は、『月』へと向かう。一人の『女』を手に入れる為に」

 

 そう――ただ、それだけ。

 これは、ただ、それだけの物語。

 

 たったそれだけの為に、その『男』は、儚き生涯を費やして、全てを黒く燃やし尽くした。

 決して選ばれない立場から出立し、あらゆる手段を用いて、日ノ本の頂点へと登り詰めた。

 

 狂っていると、素直に思う。

 妖怪などよりも、よっぽど化物染みていると。

 

 だが――しかし。

 

「――なるほど。実に面白い」

 

 そして――()()()

 妖怪・覚は、その一人の人間の物語(じんせい)に、そう素直な感想を漏らす。

 

 鈴は、まるで理解出来ないと、馬鹿な男達を心底から侮蔑するように見下しながらも、何も言わない。

 

 そんな女の見下げ果てるような視線もいざ知らず、覚は「しかし、それでは我々の目的は果たせません」と、笑みを浮かべながら言う。

 

「我々の此度の戦争における勝利条件は、『人間』側の主要人物の排除。当然、そこには、その物語の主人公たる『男』であろう――『藤原道長』も含まれています。『月』へ行ったまま帰ってこないというのならば別ですが、それが保証されていない以上、『月』へと逃がすことは、残念ながら我々の敗北に繋がる」

 

 つまり、我々がこれからすべきことは――と、指を立てながら覚は朗々と語る。

 

「一、藤原道長が『月』へと向かう前に排除すること。二、藤原道長を『月』に逃がしてしまった際には、彼が帰還してもどうにもならない程に、平安京を徹底的に壊滅させること」

 

 出来れば二はやりたくないですねぇ。『人間』は敵ですが、同時に我々の食糧でもあるわけですし。いたずらにその数を減らしたくはありません――と、あちこちから人間の悲鳴が轟く朱雀大路を突き進みながら、妖怪は言う。

 

「――どっちにしろ、その道長ってヤツの所に辿り着かなくちゃいけないんでしょ」

 

 さっさと進めと、鈴が髑髏の頭を鞭打つように踏みつける。髑髏は何の悲鳴もあげないが、覚は「ええ、その通りです」と鈴の言葉に返答する。

 

「本来、『狐』である我々の役目は平安京内で『火種』をばら撒いて平安武者を引き付けることですが、かといって誰も『中心地(心臓部)』を目指していなければ怪しまれます。それに、『鬼』が平安宮に攻め込む本命であるとはいっても、彼らの目的はあくまで安倍晴明。藤原道長など目に入ってはいないでしょう」

 

 故に、藤原道長を排除するのは、我々の役目です。まぁ、()()()は、ですが――覚はそう言って、鈴を、そして悪路王を見遣る。

 酒吞童子ら『鬼』の本命部隊が藤原道長など眼中にないように、彼と彼女の目的もまた道長にないことを――()()()()()上で。

 

「……まぁ、平安宮に辿り着いた暁には、あなた方は自由に行動して構いませんよ。安倍晴明は『鬼』の皆さんがお相手してくださるでしょうし、『人間』側の実質的な頭とはいえ、道長自身に戦闘力はありません。私一人でも十分に排除できるでしょう」

 

 特に悪路王さんは、『鬼』であるにも関わらず、こうして我々の部隊の『将』をやっていただいたのですから。それだけでも感謝してもしきれません――と、そう語る覚に。

 

 悪路王はその背中を見せながら「――礼はいらねぇ。俺の目的は、藤原道長でも、そして安倍晴明でもなかっただけだ」と言い――そして。

 

「俺は、『最強』になる、ただそれだけの為に戦う。その相手が『狐』だろうが、『陰陽師』だろうが、『鬼』だろうが、『武者』だろうが――『人間』だろうが、『化物』であろうが、誰でもいい、何でもいい」

 

 そう宣言し――冷たい背筋を、震える心を、黙らせるように。

 

 どん、と、己の胸に拳を叩き付けながら。

 

 全部倒して、最強になるだけだと――そう呟き、そして、小柄の『鬼』は。

 

 胸の上で、その拳を――強く、握る。

 

「――それに、単独行動云々も、()()を突破出来ての話だろう?」

「……ええ。この正門には、当然ながら門番を配置しているとは思いましたが――」

 

 まさか、あちらも――()()()とは。

 

 覚の呟きに、鈴も臨戦態勢とばかりに尾の先端の狐火をより強く燃やし始める。

 それを横目で一瞬見遣り――鈴と目線が合いながらも、お互いに何も言わず、悪路王は再び正面を向いた。

 

「――――――」

 

 一人の男が、立っていた。

 

 あちこちから轟く悲鳴に、噴き上がる火柱に、己の腕に血が滴る程に強く爪を立てて、唇が切れる程に噛み締めながらも――手を出さず、腕を組みながら。

 

 男は――待っていた。

 

 己が任じられた役割を遂行すべく、必ずやって来ると言われた、四天王(おのれ)でなくては倒せない妖怪の到着を。

 

 たった一人で。

 巨大な門を背に――その金色の髪の武者は。

 

 地面を這いながら進む髑髏の上に乗ってやってきた大妖怪達を見据えると、その背から鉞を抜いて――叫ぶ。

 

「――ここを通りたくば」

 

 頼光四天王が一角――坂田金時(さかたきんとき)は。

 己に迫りくる妖怪に向かって、力強く鉞を振り降ろした。

 

「俺を、殺してみなッッ!!! 妖怪共っ!!」

 

 振るわれる鉞と同時に、振り降ろされる落雷――それを、髑髏から跳び立ち、振るう拳で弾き飛ばすのは。

 

 大江山四天王が一角――()()()()()()()()()()・悪路王。

 

「ならば――そうさせてもらおう」

 

 閃光と轟音と共に邂逅する四天王同士――その、衝突を。

 

 後ろから、妖狐・鈴――()()()()()()()()()()()()()()()鈴鹿御前(すずかごぜん)は、感情の無い瞳でもって見詰めていた。

 




用語解説コーナー㊱

平安宮(へいあんぐう)

 別名大内裏(おおだいり)
 平安京の北辺中央――最奥に位置する宮城である。

 天皇が住まう内裏(だいり)や、中宮が住まう後宮(こうきゅう)も、この平安宮内に存在している平安京の中枢であり、基本的に宮中(きゅうちゅう)とは、この平安宮内を指す。

 平安京全体を囲う結界に加え、更にもう一重、より強固な結界で、この平安宮は囲われている。

 その結界の基点となるのが、平安宮の正面玄関である、平安京を真っ直ぐに貫く朱雀大路と面する――金時が守護する、この朱雀門である。

 
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