比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

50 / 101
――やってきますよ。邪悪な妖怪を退治すべく、民衆の英雄の皆さんが。


妖怪星人編――㊲ 民衆の英雄

 

 悲鳴が轟く。絶叫が木霊(こだま)する。

 天に耀く赤い月に焚べるように、火柱が次々と突き上がっていく。

 

 平安京内のとある場所から、巨大な『手』が出現した、その瞬間――平安京を取り囲んでいた結界は、完全に破壊されていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 妖怪側の総合指揮官――『狐』・『鬼』連合勢力の司令官のような役割を担っている(サトリ)という男は、平安京内に忍び込ませた、とある内通者による情報提供によるものだと言っていた。

 確かに、かつては平安京を日ノ本で最も安全な場所としていたあの恐ろしい結界も、近年では経年劣化により有名無実の代物と化していたのも事実だ。毎晩のように『鬼』も『狐』も自陣営の妖怪を忍び込ませることが出来ていた。

 

 しかし、いくらその気になれば突き破れる程に劣化した壁とは言っても、それでも()の安倍晴明が張り巡らせた結界である。それがそこにあるというだけで、本能的に忌避感を覚える妖怪も未だ多かった。

 

 だが、今宵、遂にその結界は完全に、木っ端微塵に破壊された。

 それが意味することとは、つまり――目の前に繰り広げられている、文字通りの、地獄絵図。

 

 妖怪達が雪崩のように、四方八方から人間の京へと乗り込んでくる――終末の景色である。

 

「ぎゃぁぁぁぁああああああああああああああ!!!」

「いやぁぁ!! いやぁぁ!! やめてぇぇええ!!」

「誰か!! お願い誰か助けてぇぇぇええ!!!!!」

 

 平安京の至る場所で『火種』を撒く――戦場を、作り出す。

 その役目を負っているのは、主に『狐』勢力の妖怪だ。

 

 日ノ本における、およそ全ての妖怪種族をその配下においているとされる――『狐』。

 

 彼らはその特性故に、『鬼』のように戦闘に特化しているモノばかりというわけではない。所属妖怪の中には平安武者や『鬼』からみれば雑魚と称されるような下級妖怪も多いことだろう。

 

 しかし、およそ――戦争という舞台に置いて。

 兵力、つまり『数』は、それだけで全てを蹂躙せしめる圧倒的な『兵器』となり得る。

 

「ギィヤァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 そして――()()()()()、ただ、それだけで。

 只の人間にとって、無力な民にとっては、何よりも恐ろしい――『恐怖』となり得る。

 

 そして、その『畏れ』が、妖怪にとって――その腹を満たし、力を生み出す、何よりの『食糧(ごちそう)』となるのだ。

 

「なんだこりゃあ! 此処が人間達の言う所の()()って奴か! 力がどんどん漲ってくるぜ!」

「おい。分かっていると思うがやり過ぎるなよ。覚様が仰ったことを忘れるな」

 

 全身を満たすかつてない昂揚感に浮かれて人間を甚振る手を止められない同胞に向かって、比較的に冷静な妖怪が人間の首を引き抜きながら釘を差す。

 

 わぁっているよ、と答える妖怪も、無論、忘れていない。

 落ち着かなくてはと、転がってきた人間の頭部を踏み潰しながら、この戦争が始まる前に覚が全軍に伝えた言葉を改めて反芻した。

 

「――()()()()()()()()()()()()()。妖怪が人間を打倒して、この国を手に入れた後も、俺らの食糧となるもんだからな。絶滅させたら、俺らが絶滅しちまう」

「ああ。俺らがやるべきことは、こうして人間達に悲鳴を上げさせること。適度に甚振り、あちこちに戦場を作ることだ。そして――」

 

 そこに、()()()、と。

 一際大きな、足音が響き――彼らの遥か()()から、声が届いた。

 

「その通り。我らがすべきことは、こうして適当な地獄を作り――()()を、此処へ誘き寄せることです」

 

 彼ら『狐』の雑兵妖怪は、戦闘集団『鬼』から派遣された自分達の『将』を見上げる。

 

 それは決して大柄の鬼ではない。風流な着物を身に纏い、流暢に放たれる言葉はいっそ柔らかくすらあった。

 

 しかし、彼ら『狐』の下っ端妖怪は、遥か高みから見下ろすその鬼に対し、更に頭を低くすべく膝を着いて閉口する。

 

 この『鬼』は、只の鬼ではない。

 幾つもに別たれた部隊に将として派遣された『鬼』の中でも――殊更に特別な『鬼』である。

 

 平安京を掻き乱す攪乱部隊の統括を任された、朱雀大路(正面ルート)を走る『本体(仮)』に配属された悪路王と同じ――()()()()()()()()()

 

 天邪鬼(あまのじゃく)

 青かった身体を赤く化えた鬼は、左腕が存在しない袖を靡かせ、更に失った右眼を押さえながら言う。

 

「私に頭を下げる必要はありません。あなた方は『狐』の妖怪――それぞれの目的を達する為に、一時的に手を組んでいるに過ぎないのですから」

 

 そう呟きつつ天邪鬼は、巨大絡繰鬼・鎧将(がいしょう)の肩に乗りながら、朱雀門の遥か先――平安京の中心地たる平安宮を見据える。

 

(……(あおい)の小僧によって機能停止させられていた鎧将。時間がなかったので失った腕と頭部は補充出来ませんでしたが、こうして私が直接操作することで何とか戦場に連れてくることは出来た)

 

 完全に『絶命』していた為、既に鎧将は自由に動くことは出来ない。僅かに残っていた意思も存在しない。今の鎧将は、天邪鬼によって操作されるだけの、文字通りの『絡繰(ロボット)』に過ぎない。

 

(鎧将を四天王へと押し上げ、更に勢力内の権力を高める筈が……共に片腕を失い、肝心の本番ではこうして最前線から追いやられて、平安京の隅っこで『狐』共のお目付け役とは。……情けないこと、この上ない)

 

 肝心な奥の手を『前夜祭』にて使い果たしてしまった天邪鬼単体では、頼光四天王には最早とてもではないが太刀打ちできない。膨張した身体も力も失われ、かろうじて体色に変化の名残があるに過ぎない有様だ――だが。

 

「――鎧将。共にこっぴどく負けた身の上ですが、負け鬼同士、力を合わせれば――もうひと暴れくらいは出来るでしょう」

 

 天邪鬼は、まだ諦めたわけではない。

 自身の任務は平安京のあちこちで『火種』を起こし、平安武者や陰陽師を引き寄せること。

 

 そして――集まってきた人間共を潰し続ければ、いずれ、『奴等』は必ず現れる。

 

「共に、『人間』を――頼光四天王を殺しましょう」

 

 天邪鬼は、そう言って、火柱が次々と噴き上がる、真っ赤に燃える真っ黒な空に向かって手を伸ばす――駆けつけてくる四天王が『奴』とは限らないが、関係ない。

 

(現れるまで――蹂躙するのみ)

 

 殺し続ければ、必ず再び相まみえる。

 

 必ず滅ぼすのだ――あの鬼の天敵を。

 

 そして、示すのだ――『鬼』という存在の、圧倒的な恐怖を。

 

 我ら『鬼』が――日ノ本の頂点に君臨すべき種族であるということを。

 

 それが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()、と、時折思考に紛れる()()()を無視するように、天邪鬼は邪悪に微笑みながら呟く。

 

「――やりなさい。鎧将」

 

 頭部を失った鎧将の、目となり、耳となり、そして『頭』となった天邪鬼が、失った右眼の代わりに己に埋め込んだ義眼を赤く輝かせる。

 

 それに呼応するように、既に叫び声すらも上げられなくなった鎧将が、残された巨木が如き右腕を振り上げ――振り降ろした。

 

 振り撒かれる破壊。

 倒壊していく家屋が、伝播する民衆の悲鳴が、彼らの望むモノを――此処へ連れてくる。

 

 膝を着いていた『狐』の妖怪の下っ端達に向かって、天邪鬼は「さぁ、祭りの本番です」と、嬉しそうに微笑んだ。

 

「――やってきますよ。我ら邪悪な妖怪を退治すべく、民衆(せいぎ)英雄(みかた)の皆さんが」

 

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 

 碓井貞光(うすいさだみつ)卜部季武(うらべすえたけ)は、平安京内を駆け回りながら妖怪を退治し続けていた。

 

「殺しても、祓っても、次から次へと湧いて出るな」

「……キリがない」

 

 坂田金時が門番となり、源頼光と渡辺綱が『本命』へと向かった結果、貞光と季武はこうして『人間』軍の最前線の指揮官として駆り出されていた。

 

「それにしても、こうしてまた季武と組むことになるとは。大江山を思い出すな」

「大江山を思い出したくないから、僕は貞光さんとは組みたくなかったですよ」

 

 彼らは軽口を叩きながらも、引き連れた平安武者や陰陽師の一軍の総計を遥かに上回るペースで、たった二人だけで妖怪の屍を積み上げ続ける。

 

 だが、他の戦士達が遭遇する妖怪に後れを取っているのかと言えば、そんなことはなかった。

 頼光四天王には劣るとはいえ、彼らも妖怪という怪物と命を懸けて戦う道を選んだ英傑たちだ。それに――。

 

「コイツ等一体一体は大したことはないな。大江山の鬼共には遥かに劣る」

「それでも、いかんせん数が多いですね。……結界が完全に破られたのが痛い。時間の問題だとは思っていましたが」

 

 しかし、平安京全体を覆う結界ともなると、張り直すのは安倍晴明といえども年単位の事業となる。

 今のこの状況で、晴明をそれだけに専念させるような余裕はとてもではないがなかった為、結界の劣化は放置せざるを得なかったのだが――。

 

(……それでも、『鬼』と『狐』が潰し合ってくれれば、これほどまでの状況にはならないと予想していた。……しかし――)

 

 それは余りにも甘い目算だったと言わざるを得ない。いや、目算ではなく――希望的観測だった。

 戦争において、決して抱いてはいけなかった、無責任な願望であったのだろう。そうなってくれたらいい、が、通用するような相手ではなかったのだ。

 

 結果として、『狐』は『鬼』と手を組み――こうして目の前に、考え得るべき最悪の地獄が創り出されている。

 

「数の『狐』、力の『鬼』。奴等が手を組むと、ここまで面倒くさいことになるんですね」

「いや、敵は最早『狐』や『鬼』などと区別できるようなものではない――『妖怪』。我々は正しく、妖怪という種族、そのものと(いくさ)をしているのだろう」

 

 これは、人間と妖怪、まさしくその雌雄を決する戦い――最終決戦だ、と、貞光は鎌を振るいながら季武に言う。

 

「我々が今すべきことは、過去を悔いることではなく、未来を繋げるために戦うことだ」

「分かっていますとも。その中でも、僕たち四天王が果たすべき責務は――」

「ああ――大物狩り。幹部妖怪の退治だ」

 

 季武が放った矢が数体纏めて妖怪の額を貫く。

 そうして出来た隙間に一般の戦士達が突っ込み、次々と妖怪を殺していった。

 

(数は脅威だが、ただ数にしかならない妖怪共ならば、一般戦士(かれら)でも十分に対処できる。問題は『士気』だ。倒しても倒しても湧いてくる、民衆の恐怖によって強化されている妖怪共。現状はどうしても奴等に流れが向いている。ならば、我々が示すべきは――人間が妖怪に勝利できるという分かり易い可能性(きぼう))

 

 晴明の結界を破り、平安京の各地で同時多発的に発生した、発火した戦火――先制攻撃。

 これにより勃発したばかりの戦争の流れは、完全に妖怪に向かって流れる一方的な激流となっている。人間は成す術なく防戦一方――ならば、まずはそれを変えなくてはならない。

 

 その為に一番手っ取り早く、分かり易い効果が期待できるのは――反撃の証となる戦果。

 

 敵勢力の支柱――中心戦力の撃破だ。

 

「いくら結界を破って平安京の四方から同時に攻め込んだとはいえ、ここまで短時間で大きな戦火をいくつも、この数だけの妖怪共が発生させられるわけがない。――必ず、存在する筈だ。中心地たる平安宮へ攻め込むのではなく、こうして在野で戦場を作り続けるように命じられている、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が」

「ソイツの目的は、正しく僕達――頼光四天王を、己の元へ引き付けることでしょうね。僕らはまんまと敵の思惑に乗るわけだ」

「ああ。だが、行くしかない」

 

 それが例え敵の思惑通りだとしても――件の幹部妖怪を野放しにしておけば、ますますこの絶望的な戦火は広がっていく。

 

 地獄絵図が、平安京全土を、呑み込んでいく。

 

 そんなことをさせない為の頼光四天王――民衆の英雄だ。

 

「――我々は幹部を叩きに行く。ここはお前達に任せたぞ」

 

 貞光の言葉に頼もしい気勢で応えた部隊を置いて、貞光と季武は平安京内を勢い良く駆けていく。

 

「それで? 何処かに目星が?」

「……あそこに見える、これみよがしに巨大な『鬼』。奴も間違いなく幹部、もしくはそれに近しい、『妖怪』軍の大きな戦力なんだろうが――」

 

 貞光は、駆けながらも近くにいる妖怪を殺し続けながら、同じように周囲に矢を放ちつつ追随する季武に言う。

 

「季武。お前はどう思う?」

「……『火柱』のことですか?」

 

 そうだ――と、貞光は、高い建物が少ない平安京の中で、殊更に目立つ巨大な『鬼』を、そして何処かから出現した巨大な『手』を見上げながら、季武の言葉に返す。

 

「突然、赤き月に向かって巨大な『手』が出現したと思ったら、平安京のあちこちから火柱が上がった。そして、()()()()、結界が破れ、妖怪の軍勢が一斉に押し寄せてきた」

「……つまり、あの火柱は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、おそらくは()()()()()()()()()()。それに……『手』の出現の衝撃に紛れてはいたけれど、火柱が上がる前には――閃光と轟音があった」

 

 閃光、そして轟音。それにより発生した火柱。

 

 貞光と季武は、同時に足を止め――見上げる。

 

「……まぁ、分かるよなぁ」

「……まぁ、僕達にとっては――()()()()()()ですから」

 

 それはつまり――()()

 平安京中に雷を落とし、火の海へと変えた妖怪が存在する。

 

 そう、それはきっと、正に今、二人の頭上を()()()()()――真っ黒な雷雲に乗っている、異様な怪物なのだろう。

 

「いやぁ。全く――分かり易い」

 

 それは――雲に乗っていた。

 黒く、小さな、雷瞬かせる不気味な雲。それに一体の妖怪が座り込んでいた。

 

 一見すると鬼のような容姿だ。

 焦げ付いたような癖毛の中に小さく二本の角が生えている。赤い体皮を隠そうともしていない上裸に、黄色地に黒の縞模様の腰布。

 

 そして、背中から複数の太鼓が円周上に付いている円形の飾りが生えている。俗にいう――『雷神太鼓』。

 

 つまりは、奴こそが――妖怪・雷様(かみなりさま)

 

 落雷と共に剥き出しの(へそ)を掻っ攫うという――雷の化身。

 天候を操る、天災が如き大妖怪。

 

 貞光は、神妙に呟く。

 

「間違いない。あれが――幹部だ」

 

 その仲間の言葉に、季武が弓を構えて、矢を番えた――瞬間。

 

 彼らの近くの家屋が破壊された。

 現れるは、破壊された家屋よりも巨大な――絡繰の鬼。

 

 肩に乗る隻腕隻眼の――鬼は、笑う。

 

「――みーつけた」

 

 二人の四天王と、二体の幹部妖怪が。

 

 平安京の片隅の最前線で――今、凄絶に殺し合う。

 




用語解説コーナー㊲

・『人間』軍

 平安京が誇る対妖怪戦力の一団。

 基本的には『平安武者』と『陰陽師』で構成されている。
 より稀少で数の少ない陰陽師一人に対し、複数名の平安武者で一個隊が構成され、それを様々な規模や形で戦場に配置させている。

 頼光四天王は、その実質的な指揮官の役割を果たしているが、今回の妖怪大戦争では綱と頼光が単独行動による敵勢力の最高戦力の撃破に動いていて、金時が最重要拠点の一つである朱雀門の門番として単独配置されている。

 それ故に、軍全体の指揮は貞光が執っており、季武はそのサポートを行っている。


 

 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。