比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

51 / 101
――誓え。


妖怪星人編――㊳ 破れぬ誓い

 

 

 この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば

 

 

 一人の男によって紡がれた、その傲慢不遜な歌により――世界は滅亡した。

 

 藤原実資(ふじわらのさねすけ)は、そう心から確信していた。

 

 気に食わない男だとは思っていた。

 周囲の人間を常に見下し、頭角を現さず牙を研ぎ続けながら、ずっと何かを企んでいることを匂わせる男だった。

 

 しかし、そう感じていたのは自分だけだったようだ。

 どんなに周囲の人間に奴の危険性を熱弁しても、まともに取り合う者はいなかった――奴が雌伏を終え、頂点に立った後は、奴を恐れて誰も手を取ってくれなかった。

 

 何故だ。どうして理解出来ない。

 あの男は危険だ。この世で最も、妖怪などよりもよほど恐ろしい――『人間』なのだと。

 

 藤原道長を野放しにしてはいけない。

 あの男はきっと、いつか全てを破壊する。

 

 だからこそ、藤原実資は戦った。

 チャンスは一度しかなかった。一条天皇が退位し、その子であり、道長の孫である後一条天皇が即位するまでの間――道長と血の繋がりのない三条天皇が即位している、この僅かな期間だけが勝負だった。

 

 病に蝕まれている三条天皇が道長と対峙出来る時間は少ない。

 その間に、どうにかして道長を失脚させる。

 

 己の栄達の為ではない。

 全ては――平安京を、日ノ本を、この世界を守る為に。

 

 そう信じ、実資はたった一人、宮中をおよそ全てを支配する道長と戦い続けた。

 

 そして――敗けた。

 奮闘空しく、三条天皇は退位し、後一条天皇は即位された。

 

 その頃には実資は宮中で完全に孤立してしまっており、己が持つパイプも全て破壊されていた。

 

 分かっていた。理解していたとも。

 これまで完璧な手順を踏んで権力を我が物としていた道長が、どうして自分のような反乱分子をいつまでも野放しにしていたのか。

 

 どれほど上手く立ち回っても、反乱分子は、反抗の意思を持つ勢力は必ず発生してしまう――だからこそ、それを一ヶ所に集め、纏めて叩き潰すには、藤原実資(じぶん)は恰好の旗頭であったことだろう。

 

 己の奮闘は、己の戦いは、この胸に宿る熱き正義感すらも、全ては道長の掌の上だと突き付けられた時、この宮中にて最後まで反道長であり続けた実資の心も、遂に、折れてしまった。

 

 実資のこれ以上なく無残な敗北を目の当たりにし、抵抗はせずとも道長に協力的にはなれなかった僅かな勢力も、抵抗の意思を完膚なきまでに失って――道長の支配体制は盤石となった。

 

 全ては道長の思うままだ。

 己を摂政へと任じたと思ったら、たった一日で退任し――翌日には太政大臣となった。

 

 後一条天皇の即位の直後に、己が三女を中宮に据えて、一家立三后などという、国の私物化の極地のようなことまで成し遂げた。

 

 最早、やりたい放題だった。

 しかし、そんな暴挙を振る舞う道長に対して、既に何の抵抗心も湧いてこなくなった自分が、なによりも情けなかった。

 

 道長の三女・威子が後一条天皇の中宮となった祝いの宴――藤原道長の完全勝利を祝う華々しい宴の中で、道長は実資を誰よりも近い場所に座らせる。

 

 それは最後まで道長に抵抗した男に対する辱めか、それとも、そんな男をも屈服させたのだと他の貴族達に分かり易く示す為か。

 どちらにせよ、他ならなぬ実資自身も、道長に対する反骨精神は完全に失っていた。

 

 この男は――最早、人間ではない。

 

 実資は、そんな諦念と共に、盛り上がる祝いの席を呆然と見つめながら、ただ静かに酒を啜っていた――が、そんな宴もたけなわといった時だった。

 

 赤き月光を浴びながら、この世で最も傲岸不遜な歌と共に――世界が終わりを迎えたのは。

 

 天に向かって差し出す道長の腕の動きに呼応するように、巨大な『手』が赤き月へと伸びる。

 

 そんな、この世の終わりの光景を見て、狂乱する貴族達の声を、何処か遠くに聞きながら――実資は思った。

 

 ああ――やはり。

 

 藤原道長は――世界を終わらせる、怪物であったと。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 手が――月へと伸びていく。

 

 それは何度も夢想した光景。

 何度も、何度も手を伸ばして――夢見た、光景。

 

 その『手』は、まるで、夢を叶えるように――ぐんぐんと、止まることなく、伸びていく。

 

 遥かな月へ――かぐやの、城まで。

 

 ああ――やっと。

 そんな恍惚とした思いに沈み込もうとする道長の背中に、男の悲鳴が浴びせかけられる。

 

「これは――どういうことだ!? 道長!!」

 

 完全に抵抗の意思を圧し折った筈の男――藤原実資は、道長に続くように庭に下りて、月へと手を伸ばす男に向かって詰め寄っていく。

 

「あの『手』は何だ!? 続いて噴き上がった火柱は!? 民の悲鳴は!? 貴様は何か知っているのか!?」

「ふっ。勇ましいな、実資殿。流石だ」

 

 こうして、最後まで立ってみせるのは、貴殿だろうと思っていた――道長のその言葉に、再び怒声を放とうとした実資は気付く。

 

「―――」

 

 聞こえない。

 先程まで響いていた、この宴に集まった他の平安貴族の悲鳴が、気付けば一切聞こえない。

 

 実資は勢いよく振り返る。

 そこでは――。

 

「――――な!?」

 

 実資を除く、この宴に集まった、平安京のほぼ全ての貴族達――その全員が、意識を失い倒れ伏せっていた。

 

「こ、これは――!?」

「安心せよ。眠ってもらっているだけだ。夜が明けるまで、誰も目を覚ますことはないだろう」

 

 道長――ッ、と、実資が再び道長の方へと振り返った瞬間、ぐらん、と、脳が揺れるような感覚と共に、実資の身にも抗い難い睡魔が襲い掛かる。

 

「――これまで、よく戦った。褒めて遣わそう。実資」

 

 暴虐的に意識を刈り取ろうとする睡魔に、実資の足取りが乱れ、視界が攪拌される。

 

 駄目だ。止めなければ。やはり、自分は間違っていなかったのだ。

 

「だ――――ここで――――ま――――みち――――なが」

 

 実資は、朦朧としながらも道長に辿り着き、その襟元に縋りつく。

 だが、その力は弱弱しく――とん、と、道長が軽くその身体を押すだけで、ゆっくりと背中から倒れていった。

 

 実資が最後に見たモノは、赤き月を背に、真っ黒な顔を向ける――『人間』。

 

 やはり、自分は、何も間違ってなどいなかった。

 

 どんな魑魅魍魎よりも――この『人間』は、恐ろしい。

 

 そして――藤原実資は、眠りの世界へと真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そんな実資の背中を、間一髪で抱き留めることが出来たのは――藤原公任(ふじわらのきんとう)

 道長勢力で唯一、この宴に共に参加していた男だった。

 

「……どういうことだ、道長」

 

 その表情は険しい。

 背後を振り返り、倒れ伏せる貴族達を見る目も、再び振り返り、目の前で真っ黒な顔で実資を見下ろす――道長を、見る目も。

 

 思えば不自然だった。

 今宵の宴、名目上は公式な行事ではなく、あくまで威子が中宮となったことを道長に対し祝う席だが――それでも道長の自邸で行う以上、道長勢力の者は出来る限り同席する筈だ。

 

 しかし、道長が同席を許したのは公任のみ。

 紫式部は彰子の元に返し、妻・倫子に至っても同席を許さずに行成と共に別邸へと避難させている。

 

 避難――そう、紛れもなく、それは避難なのだろう。

 道長は知っていたのだ。今宵、戦争が勃発することを。平安京が――この平安宮の中でさえも、戦場になることを。

 

 知っていた――否。

 

 恐らくは、藤原道長という男こそが、今宵の戦争の発起人――勃発へと導いた、張本人なのだ。

 

「――道長。これは――どういうことだ!!」

 

 何も知らない――何も知らされていなかった公任は、先程の実資と同じく道長を大声で問い詰める。

 

 それに返したのは、道長ではなく――真っ暗な奥から現れた、真っ白な陰陽師だった。

 

「遂に、辿り着いたということです。手を伸ばし続けた月へ――我々の、最終目的地へと」

 

 声に振り返ると、そこにいたのは紛れもなく。

 平安京最強の陰陽師にして、藤原道長の野望の全てを把握していたであろう男――安倍晴明(あべのせいめい)だった。

 

「……晴明」

 

 晴明は姿を現すと同時に術符をばら撒き――無数の人形(ひとがた)の式神を召喚する。

 そして、式神達は倒れ伏せた貴族達を何処かへと運び去っていく。

 

「おい! 何処へ連れていくのだ!」

「ご安心を。彼等は帝がおわす、この平安宮の中でも最も強固な結界の中へと運び込みます。そこに私の全力の結界を張り、帝を含めた皆様を全力でお守りいたす所存です」

 

 つまり、平安京の要人達を一ヶ所に纏め、それを晴明という最強のセキュリティが守るというわけだ。

 

 恐らくはきっと、ずっと前から段取りとして決めていたのだろう。

 今日、この日、この夜に――戦争を起こすと、決めていたのだろう。

 

 公任は、もう一度、真っ直ぐに――道長を見る。

 道長はそんな公任の目を、真っ向から受け止めて、言う。

 

「かぐやを手に入れる。その夢を叶える――それが、今だ」

 

 道長の、余りにも短い、その言葉に。

 

 公任は――あぁ、と、全てを納得してしまった。

 

(――かぐやを手に入れる。……確かに、あの日、お前はそう、俺に言ったな)

 

 若き日、同期の出世頭だった公任が、いつしかその栄達に陰りが見え始めた時――目の前の男に、藤原道長という男に、二人きりで酒を呑み交わした、美しい月夜にてその野心を明かされ、己が右腕になれと、そう誘われた。

 

 かぐやを手に入れる。その夢を叶えるのだと――公任は、その時、自分は帝が出来なかったことを成し遂げると、そういった決意表明だと受け取った。

 

 他の貴族に聞かれたら不遜極まりないのだろう。実資辺りが聞いたら卒倒しそうだ。

 だが、そんな傲慢を――公任は面白いと思った。

 

 何より、その野望に懸ける道長の熱意は本物だった。

 決して綺麗ではない。正しくもない。禍々しく黒く燃える傲慢な野望。

 

 だが、その黒炎を――美しいと、公任は見惚れてしまった。

 

 故にこそ公任は、同い年のライバルの下に着くことを――右腕となり、縁の下で支えるという、本来ならば死んでもごめんだと思えるポジションに付くことをよしとした。

 隣で支え、道長が拓く道を、広がる景色を、この目で見てみたいと、そう思ったのだ。

 

 だから、一緒に――戦ってきた。

 

 そして――此処が。

 今日というこの日が、その終着点だという。

 

「…………」

 

 赤き月が浮かび、何本もの火柱が上がり、貴族達は倒れ伏せ、民衆の悲鳴が轟く――この、地獄が。

 

 この戦争が――自分達が戦い続けた、その果ての景色なのか。

 

「――――道長」

 

 話が違うと、そう激昂するつもりはない。

 聞いていないと、そう泣き叫ぶつもりもない。

 

 全ては、己が選んだ道だ。己が選んだ、男なのだ。

 

 それでも、何も言葉は出ずとも、道長に縋るような目を向けてしまう公任に。

 

 道長は、そんな男の横を通り過ぎ様に、その肩に手を乗せ「――大丈夫だ、公任」と、そう短く告げる。

 

「――俺は、この夢を叶える為に、この野望を果たす為に生きてきた」

 

 それは全てに優先される。

 この日、この時の為に――邪悪にも手を染めた。呪いも掛けた。民を見捨て、帝を蔑ろにし、己の娘達すらもその手段とした。

 

 赤き月に手を届かせるには、帝を超える必要があったからだ。

 

 もし、世界を滅ぼさなくては月へと辿り着けないというのなら、藤原道長という男は迷わず世界を滅ぼすだろう。

 

「――だが、私とて、平安京を忌み嫌い、好き好んで地獄に変えたいわけではない」

 

 確かに、この戦争の絵図を描いたのは道長だ。

 月を赤く染め、平安京を火の海にし、妖怪との戦争を勃発させた。

 

 だが――これも全ては、掌の上。

 

 全てを見透かす陰陽師――安倍晴明は、既に星を詠んでいる。

 

「これこそは、人間が時を進める唯一の道なのだ。この戦争で妖怪に勝利した暁には、日ノ本は新たな歴史を作ることとなる」

 

 故に、これは、その第一歩だ――そう呟き、道長が公任から一歩離れる。

 

 その時、ズシン、と、大きく地が揺れ、衝撃が走った。

 

「っ!! 今度は何だ――」

「道長様。想定よりも少し早いですが――来ています。『鬼』が。既に目前まで」

 

 この新土御門邸にも、当然ながら晴明は結界を張っている。

 ズシン、ズシンと響く衝撃は、その結界を『鬼』達が攻撃している衝撃だという。

 

「確かに想定外だな。奴等は帝がおわす御所に真っ直ぐ向かうと思っていたが」

「私が帝よりも道長様を優先すると察してのことでしょう。茨木の後釜である現在の酒吞童子の保護者は、それなりに頭が回る鬼のようです」

 

 なるほどな――と、動じることのない道長に、公任は問い掛ける。

 

「これからどうするつもりだ?」

「決まっている。我々の計画に変更はない」

 

 そう言って、道長は見上げる。

 

 天高く耀く赤き月に、真っ直ぐに伸びる巨大な『手』を。

 

「『月』へと向かう。あの『手』を辿って――私はかぐやの城まで行く」

 

 公任が絶句するのも構わず、道長は「――終わったか、晴明」と問うと、晴明は「はい。貴族の皆様方や使用人の方々は、既に転移完了いたしました。この屋敷に残っている『人間』は、我々のみでございます」と返答した。

 

 よし――と、道長は、再び真っ直ぐに、公任を見据えて。

 

「――来るか? 公任」

 

 端的な道長の問い。公任はゴクリと唾を呑み込む。

 

 きっと、これが最後の分水嶺だ。

 ここで道長の手を拒めば、自分は他の貴族達と同様に眠らされ、箱に詰められるように結界へと送られるだろう。目が覚める頃には恐らく朝で、きっと全てが終わっている。

 

 公任はそんな未来を創造し、ハッと、鼻で笑う。

 ()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 ああ、認めよう。この男が怪物なことはずっと分かっていた。その道の先が、きっと地獄であるということも――その上で。

 

(俺は、美しく――面白いものが見たいから、怪物になろうと決めたんじゃねぇか!!)

 

 公任は道長の手を力強く叩きながら応える。

 

「ふざけるな! 人をこんな道に引き摺り込んどいて、いまさら途中退場なんて有り得るものか!」

 

 付いて行くとも。

 例え、その先が地獄だろうと、月であろうとも――どこまでも。

 

 この黒い炎が耀くその道を歩み続けるのだと、自分はそう――呪いを刻み込まれているのだから。

 

「だが、具体的にどうするのだ? 既にこの屋敷は『鬼』に取り囲まれているのだろう? 供が俺だけじゃあ、お前を確実に『手』のとこまで運べるか……保証は出来んぞ」

 

 それとも、使()()()()――と、公任は己の胸に手を当てたが、それは今じゃないと道長は首を振る。

 

「ご安心を。こんなこともあろうかと、随身は用意してございます」

 

 その言葉と同時に、晴明は軽やかに指を鳴らす。

 

 すると、さきほどまで貴族が倒れ伏せっていた広間の一部の空間が、蜃気楼のように歪み始めた。まるでベールが剥がされるように、()()()()()()()()()()が明らかになる。

 

 現れたのは――四体の妖怪。

 黒耳黒尾の猫娘。

 青髪白装束の雪女。

 茶髪に首布の青年。

 

 そして、黒と桜の斑髪の――半人半妖の青年だった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 その半妖は問うた。『人間』の――目的は何だと、

 

 白狐の女は、口端を吊り上げ、微笑み、言った。

 

 

――未だかつて、この世の誰も辿り着いたことのない、果てなき大地。

 

――かぐや姫がお帰りになった……遠い、遠い――お月様ですよ。

 

 

 言葉の意味を――今、半妖の青年は、これ以上なく理解し。

 

 そして、己にも半分流れる、その血を――畏れるように、吐き捨てる。

 

 目の前の――『人間』に向かって。

 

「…………この――」

 

――化物(バケモノ)め。

 

 その『人間』は、『半妖』からの、その言葉に。

 

 ふっ――と。

 

 不敵に、笑った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 相対する、『人間』と『妖怪』。

 

 黒と桜の斑髪の半妖――妖怪任侠集団『百鬼夜行』の二代目候補・鴨桜(オウヨウ)は、その『人間』の微笑みを真正面から受け止めた。

 

「そうか――君が、ぬらりひょんの息子か」

 

 藤原道長の言葉に、鴨桜は思わず唇を噛む。

 

(……落ち着け。安倍晴明とクソ親父の仲が良いことは分かっていたことだ。なら、晴明の主であるこの『人間』と親父が知り合いだろうと、何もおかしなことはねぇ)

 

 そんな小さな動揺、そして小さな畏れを押し殺すように、鴨桜は道長に対し、意識的に見下ろすようにしながら言葉を返す。

 

「……ああ。左大臣様に知ってもらえて光栄だな」

 

 実際には今日、道長は左大臣から太政大臣になっているのだが、そこは道長も訂正せず「こちらこそ、会えて光栄だ」と淡々と返し、「――それで」と速やかに話を進めようとする。

 

「君達が、あの『手』まで、私を護衛してくれると、そういう理解でいいのかな?」

 

 道長は晴明の方には目を向けず、真っ直ぐに鴨桜だけを見据えて問う。

 

 まるで、自分で決めろと、そういうように。

 

「……今ならまだ間に合うぞ、鴨桜」

 

 鴨桜に囁きかけるのは、隣に立つ首布の青年・士弦(しげん)

 側近であり右腕である男は「『貴人』の口車に乗ってここまで来てしまったが、ここで奴と同行しなければ、俺達はまだ――この戦争の部外者でいられる」と言う。

 

 そう――部外者。

 無関係の傍観者。背景のエキストラ。役名すら与えられない、その他大勢に紛れることが出来る。

 そうだ、本来ならば、自分達は今宵の大舞台において、そんな立ち位置に過ぎなかった筈なのだ。

 

 何の因果か、戦争の行く末を左右すると言われる運命の流れの結集体である『箱』を手に入れてしまったことから、ずるずるとこんな所まで来てしまったが――今、ここで道長と深く関わらなければ、まだ引き返すことが出来る筈だ。

 

「……平太と詩希は、『貴人』が安全な場所で秘匿すると言っている。ならば、後は俺達が部外者を貫けば――俺達はまだ、この戦争から降りることが出来るんだ」

 

 士弦の言葉に、青髪白装束の雪女・雪菜(ゆきな)は不安げに、黒耳黒尾の猫娘・月夜(つきよ)は全てを委ねると信頼の目で、自分達『二代目組』の長を――鴨桜を見遣る。

 

 鴨桜は、そんな配下達に背中を見せるべく「――冗談じゃねぇ」と一歩を踏み出し。

 

「――部外者? 御免だ。俺はこの戦争を止める! その為にこうして――関係者になりに来たんだよ!」

 

 そう叫び、鴨桜は庭に下りて、真っ直ぐに――同じ目線で、道長を睨みつける。

 

「藤原道長! 俺はテメェが気に食わねぇ!!」

 

 鴨桜は懐からドスを取り出し、それを道長に向かって振るう。

 咄嗟に公任が道長を庇い掛けるが、道長はそれを目だけで制して止めた。

 

 ぴたっ、と、首筋寸前で止められた白刃に――瞬き一つしなかった道長を、睨み付けながら鴨桜は言った。

 

「――テメェはずっと、平安京(このまち)を見殺しにし続けた。その上、お月様だがかぐや様だが知らねぇが、テメェの野望を叶える為だけに、今度はこんな戦争をおっぱじめやがった!」

 

 ふざけるんじゃねぇ――チャキ、と、刃を立てて、この国の頂点に立つ人間に、地下暮らしの底辺半妖は言う。

 

 ()()()()()――と。

 

「テメェで始めた戦争だ。全部、テメェが何とかしろ」

 

 散々に好き勝手やって、自分の願いが叶ったらはいさよならなんて許さない。

 他の誰が許そうとも、この国で最も権力を持つ人間だろうと何の関係もない。

 

 怪物だろうと、化物だろうと――そんなことは、通さない。

 

 筋を――通せと、半妖の青年は言う。

 

「お前が滅茶苦茶にした平安京を、お前の手でどうにかしろ。ここは、お前の(みやこ)じゃねぇ。俺の――俺らの――此処に暮らす(モノ)達の為の(まち)だ!」

 

 鴨桜の叫びに、いつでも間に入ろうとしていた公任の身体が解けていく。

 

 道長は、首元に刃を添えられながらも――笑う。

 妖怪の血が混ざった半妖の、青い、若者の愚直な言葉を受けて、言う。

 

「それを約束すれば、君は憎き私の願いを叶えるべく、月まで連れて行ってくれるのか」

「約束なんて甘いもんじゃねぇ――()()。お前の命に代えても、この平安京を滅ぼさねぇと。それを果たさなければ、俺は例え――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()――その言葉に。

 

 藤原道長は呆気に取られ、そして――爆笑する。

 

「はっはっはっはっは!!」

 

 これが笑わずにはいられるか。

 まさか、こんな場面で、初めて会う半妖の青年から。

 

 

 あの日――月に向かって誓った言葉を、まさか吐き返されることになろうとは。

 

 

「何がおかしいんだ、テメェ!!」

「いや、済まぬ――絶対に、反故に出来ぬ誓いだと思ってな」

 

 なんと卑怯な取引か。

 その誓いを、道長だけは破ることは許されない。

 

 何故なら、ずっと、その誓いを果たす為に――全てを捧げ、ここまで辿り着いたのだから。

 

「――誓おう。妖怪大将を継ぐ者よ。この藤原道長の名と、そして命を懸けて」

 

 その言葉と笑みに、鴨桜は「…………は。信用したわけじゃねぇが――ここは信じといてやるよ」と、白刃を引く。

 

 鴨桜が背後の配下達に「そういうことになった」とだけ言い、三者三葉の反応(リアクション)を頂いている中、道長は晴明の方を見た。

 

 晴明は言っていた。

 この若き妖怪達こそ、自分達が望む結末へと導く為の――最後の欠片なのだと。

 

 その時は、いかんせん何の前情報もなかった為、あの晴明の星詠みといえど半信半疑ではあったが。

 

(――なるほど。実に楽しみな才能だ)

 

 そう、道長が彼等に微笑みを向けていると――再び結界が大きく揺れ、そして遂に罅が入る。

 

「事前に()()()()細工を施していた定子様のように瞬殺ではなかったが、流石の晴明の結界も『鬼』の総攻撃を受け続ければ長くは持たないか」

 

 晴明――と道長が呼び掛けると、「――御意」と晴明は懐から巻物を取り出す。

 

 その巻物には――『青龍』と書かれた札が封として貼られていた。

 

 晴明が巻物を開く。

 開かれた巻物は黄金の光を放ち――そこから『龍』が現れた。

 

 平安京一の敷地を誇るといっても過言ではない新土御門邸。その広大なる庭を埋め尽くすかのような巨大な龍であった。

 その鱗は青白く輝き、見る者を遍く畏怖させる美しさを誇っている。

 

 鴨桜も、士弦も、月夜も、雪菜も、初めて見る公任も絶句し、反射的に膝を着きそうになる。

 妖怪も人間も関係ない。生物としての本能が、目の前の存在を己よりも上位――『高位』の存在であると反射的に認識してしまう。

 

「――間もなく、結界は『鬼』共によって破壊されるでしょう。その破壊と同時に、皆様はこの『青龍』の背に乗って、旧土御門邸跡地より伸びる『手』へと辿り着き、『赤き月』を目指してください」

 

 晴明の言葉に、誰もが呆然として耳を傾けられない。

 ただ一人、道長だけは「よし。では向かおう」と、一早く青龍の背に上るべく、その穢すのも畏れ多い鱗に足を掛ける。

 

 それがひどく罰当たりな光景に見えた公任は「……いや、いっそのこと、この龍に乗っていけるとこまで飛んで、そっから『手』に飛び移った方が早いんじゃねぇか」と軽口を叩くが、晴明が「それはなりません」と断じる。

 

「あの『手』は、『回廊』なのです。手の根本から『入る』ことで、『月』へと行くことが出来る。実際に触れることは出来ない、只の『術』なのです。入口はただ一つだけ。ショートカットは出来ません」

 

 しょーとかっとという言葉の意味は分からなかったが、公任も何も本気で言った戯言ではない。「分かったよ」と、覚悟を決めたように青龍の上に乗り込む。

 

「――しょうがない。ここまで来たら後戻りは出来ないだろう。……行くぞ」

 

 そう言って『二代目組』の足を進めたのは士弦だった。

 自ら先陣切って一歩を踏み出し、『青龍』に足を掛ける。咄嗟にまだ味方認定されていないかもしれない自分達が近づいたら反射的に迎撃されるのではないかという恐れもあったが、それは杞憂だった。士弦、月夜、雪菜の順で『青龍』への騎乗に成功する。

 

「…………」

 

 鴨桜は、真正面から、『青龍』の顔と対面していた。

 つぶらな瞳だ。蛇のようにも見えるが、鱗は細かく鋭く輝き、髭や角も生えている。

 

 美しい。何という美しい存在だろう。

 こんなにも美しく、尊い生物を、式神として使役している――『人間』。

 

「……………」

 

 鴨桜は、こちらに向かって微笑みかけている晴明を見据えていると「何をしている! 早く乗れ、鴨桜!」という士弦の声に従い、「………ああ」と、ゆっくりとその背に乗った。

 

 道長、公任、鴨桜、士弦、月夜、雪菜を乗せても青龍の背はまだ遥かに余裕があり、その身体を軽やかに浮かせ始めた所を見ても、なんら問題ないようだった。

 

「結界が破られたら、この屋敷は(から)になるので、私も転移します。その後の『妖怪』の討伐は頼光様達にお任せましょう」

「――ああ。後のことは頼む、晴明」

 

 龍の背の上で立ち上がり、地上にいる晴明に向かって言う道長。

 そんな道長に、晴明はゆっくりと跪いて、頭を下げた。

 

「――――割れるぞ」

 

 公任の言葉に、士弦、月夜、雪菜の目が結界へと移る。

 二日前の夜と同じように、ビシ、ビシッと、波紋が広がるように宙空に線が走り、それらが繋がり――そして。

 

 そして――晴明と、道長の最後のアイコンタクトを、鴨桜だけが目撃していた。

 

 パリンッ、と。

 氷が張った湖面が割れるように、結界が破壊される。

 

 それと同時に、青白く輝く龍が、一直線に空へと飛び立っていく。

 

 瞬く間に『鬼』の軍勢がなだれ込んでくるが、龍はそれを一顧だにしない。

 

 まるで突き上がるように離陸し、戦場を置き去りにして自由に空を駆けて行った。

 




用語解説コーナー㊲

・青龍

 安倍晴明十二神将が一角。
 羽衣と同じく十二神将発足時からずっと『青龍』の座に君臨している古株。

 その正体は正真正銘の『龍』であり、紛うことなき『高位存在』。

 大陸において伝説を残した龍であったらしいが、そんな存在がどうして安倍晴明の式神となったのか――それを知る者は、羽衣や晴明を含めてごく僅かしか存在しない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。