比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

52 / 101
お前を殺す――それが僕の戦争だ。


妖怪星人編――㊴ 王達の出陣

 

 自分達が結界内へ突入したのと同時に、空へと向かって飛んでいく龍を、その鬼女は呆然と眺めていた。

 

(これみよがしに強力な結界をこの屋敷周辺に張っていたのは、私達を誘き寄せる為だと思っていたけれど……まさか、視覚的かつ妖力的な仕掛けまで施してあったなんてね……。結界を破るまで、あんな存在がこんな傍に居たことに、全く気付かなかった。……恐ろしいことをするわね。あの龍が――『龍』なんて『高位存在』が、もし、ああして飛び立っていくのではなく、私達を迎撃する為に待ち構えていたならば)

 

 少なくとも、一撃で、自分達が引き連れた軍勢の殆どが消滅するだろう。

 不意打ちならば、自分すら――四天王たる、この鬼女紅葉(きじょこうよう)すらも危うい。

 

 そんな存在が、こうして結界内へと突入を果たした『鬼』を一顧だにすることなく、何処かに向かって飛んでいくということは。

 

 迎撃用ではなく、脱出用として用意された『龍』。あれだけの式神を――と、すれば、あの背に乗っているのは。

 

「恐らくは、あの龍に乗っているのは藤原道長ね。『転移』を使わない理由は分からないけど……道長を逃がした足で、あの龍をそのまま平安京の中で暴れさせるのかしら?」

「……………どうでも、いい」

 

 一斉に屋敷内へと殺到した『鬼』の軍勢が、一瞬で道を開ける。

 そのぽっかりと出来上がった道を、小柄の少女鬼が真っ直ぐに、ゆっくりと歩き進んでいく――その先には、待ち構えているのは。

 

 既に背後の虚空に転移の結界を開けている、平安最強の陰陽師――妖怪の天敵。

 

 安倍晴明(あべのせいめい)が、十年ぶりに、妖怪王の器である『鬼の頭領』・酒吞童子(しゅてんどうじ)と対面を果たした。

 

「――お久しぶりですね、鬼の王よ」

「…………」

 

 晴明の言葉に、酒吞童子は何の言葉も発さず――ただ、圧倒的な殺意を返す。

 

 幼き王が無自覚に、無遠慮に振り撒く妖気に、周辺を固める『鬼』の軍勢達が、一体、また一体と耐え切れずに意識を失っていく。

 

 紅葉の「――酒吞!」と己を窘める声も聞かえていないのか、酒吞童子は「――――晴明」と、一歩、大きく踏み出して、低く、強く、真っ直ぐに睨み据えながら問い詰める。

 

「――――茨木は……どこ?」

 

 その言葉に、晴明は微笑みながら、ただ一言を返す。

 

「……今のあなたには……()()()茨木を返すわけにはいきませんね」

「――――」

 

 カッ――と、酒吞童子はいつも眠たげな瞳を開き。

 

 五爪を立てて、激情のままに――振るう。

 

「――ッ! いけない――逃げなさい!!」

 

 紅葉の言葉は勿論、晴明に向けられたものではない。

 晴明を取り囲むようにしていた『鬼』の仲間――晴明を挟む形で、酒吞童子が手を振るう先に立っていた鬼達だ――が。

 

 紅葉の叫び空しく、彼等の身体は跡形もなく消失した。

 新土御門邸の屋敷が、鬼の手の形で抉り飛ばされるのと、同じように。

 

 しかし――安倍晴明は、影も形も残さずに、鬼の一撃が届くよりも前に、黒い闇の結界の中に消えていた。

 

「………逃げられたわね」

 

 平安京の各地で『狐』が火種を作り、頼光四天王を引き付ける。

 その間に、『鬼』の精鋭が『中心地』に強襲を掛け、安倍晴明を電撃的に討伐する。

 

(……やっぱり、そう、うまくはいかないか)

 

 それでも、安倍晴明が平安京の外に出ることは有り得ない。

 晴明という対妖怪最強戦力を、この妖怪大戦争において全く使わないということは有り得ないだろう。

 

 問題は、あの規格外の存在を、『人間』は果たしてどのように運用するつもりなのか。

 

(普通ならば、最大戦力は、最大戦力にぶつけるのが定石。つまり、酒吞か、あの『狐の姫君』にってことになるけど……。酒吞からは逃げ出した。狐の姫君は、わざわざ向こうから安倍晴明の相手をしてくれって頼んできたんだから、あっちの方から相手をしない……筈。なら――)

 

 紅葉は辺りを見渡す。

 事前に(サトリ)から齎された情報によれば、今日というこの日、この悪趣味に広い屋敷では、藤原道長への祝いの宴が行われていて、平安京の貴族が勢ぞろいしていた筈だ――だが、今は、このだだっ広い屋敷の中には、人っ子一人見当たらない。

 

 あの龍で逃がしたのだろうか。 

 いや、いくらあの龍が巨大でも、全貴族を背に乗せることは出来ないだろう。

 

 つまり、それならば――。

 

「……紅葉」

 

 未だ殺意を剥き出しに放ち続けている酒吞童子が、ちらりと紅葉を振り返る。

 

 多くの同胞をその手で無作為に殺したことなど微塵も意に介していない。

 その小さな体躯には、ただただ溢れんばかりの、たった一人の『人間』に対する憎悪で満ちている。

 

「……晴明は……どこに……いった、の?」

 

 ビリビリと、四天王である紅葉ですら肌がピリつくような殺気を受けて、背後の鬼の同胞がバタリとまた一体、意識を失ってしまう。

 

(……殺気を収めて……なんて。私が言っても、聞く筈もないものね)

 

 やはり、自分ではこの子の右腕にはなれない。

 そう溜息を吐きたくなるのを堪えて、紅葉は「……たぶん、安倍晴明は、帝を守りにいったのだと思う」と答える。

 

 帝――すなわち、天皇。

 この国に住まう『人間』の名目上の頂点。この国で最も貴い血と言われている存在。

 

 道長の支配力の増大により有名無実となりつつあるけれど、それでも天皇という存在が重要であることには未だ変わりない。天皇という光があってこそ、道長の権力は輝くのだから。それに、現在の天皇は道長の血を引く孫にあたる。晴明にとっても、十分に守る理由になる筈だ。

 

「それ……どこに、いるの?」

「恐らく、この平安京の最奥――」

 

 つまり、あっち――と、紅葉が指さそうとした瞬間。

 

 再び衝撃が走る――『鬼』の悲鳴と共に、その(さむらい)達は現れた。

 

『……餓鬼のように無遠慮な殺気。……仲間すらも意に介さない妖気。……相変わらずだな。子供の王様』

 

 面の奥から暗く響く怨声。

 それに続くように、再び――走る衝撃。

 左右から挟み込むように、屋敷を囲っていた『鬼』の軍勢に無理矢理に穴を開けて、逆に彼等の逃げ場を失くすように現れたのは、二人の妖怪退治の専門家だった。

 

「――紙のように軽い軍勢だ。一昨日の自称幹部といい……随分と弱くなったな。大江山の鬼共よ」

 

 現れたのは『鬼』の面を被った小柄の鎧武者と、艶やかな黒長髪の武士(もののふ)

 

 その二人の平安武者の手には、それぞれ、かつて金棒鬼と恐れられた鬼と、かつて天狗鬼と恐れられた鬼の首が握られていた。

 

「……全く、話が違う所じゃないわね。一番厄介な二人が野放しになっているじゃない。どうなっているのよ、『狐』さん達」

 

 四天王になれなかったとはいえ、また、その四天王決定戦で大きなダメージを負っていたとはいえ、鬼の中でも指折りの実力者を、正しく片手間に殺して現れたのは、安倍晴明と並ぶ妖怪の天敵の名を恣にしている存在達だった。

 

 平安最強の神秘殺し・源頼光(みなもとのらいこう)と、頼光四天王最強の男・渡辺綱(わたなべのつな)

 当初の予定では『狐』勢力が引き付けている筈の、平安京の治安維持を務めている筈の防衛戦力。

 

(……平安京のあちこちで発生する戦火の消火活動は、末端の兵士や他の四天王に任せて、自分達は主力狩りに出ているってことかしら。……最高戦力には、最高戦力を。……私達と同じ作戦――もしくは)

 

 自分達『妖怪側』の戦術が、奴等『人間側』に漏れている可能性――そこまでを紅葉は瞬時に検討したが、既に無意味とその思考を破棄した。

 

 漏れていたにしろ、そうでないにしろ――こうして目の前に源頼光と渡辺綱が現れたという事実は消えない。

 ならば、自分達がやるべきことは――原因の検討ではなく、現状への対処だ。

 

「お久しぶりね、人間の怪物達。積もる話もあるけれど――残念ながら、お呼びじゃないの」

 

 そこを退いていただけるかしら――紅葉の言葉に、綱は――そんなわけにはいくまい、と、微笑みと共に返す。

 

「お呼びでないのは貴様等の方だろう。大江山に篭っておれば、後数年は長生き出来たものを。こうして改めて殺されに山を下りたのは、ここで死ぬ覚悟があってのことだろうよ」

 

 そう言って、綱は名刀・『髭切』――天邪鬼という四天王の一角が、結局は圧し折る所か、傷一つ付けられなかった妖刀・『鬼切』を抜く。

 

 正しく鬼を殺す為に存在するような刀――その切っ先を向けられ、紅葉は綱を睥睨する。

 

「……酒吞。どうする? 大人しく道を開けてはくれないみたいだけど」

「…………どうでも……いい。綱は……茨木のだから……殺さなければ、倒していい」

 

 簡単に言ってくれると紅葉は笑う。

 そんな紅葉の隣から、一切の躊躇もなく真っ直ぐに――鬼の頭領は、平安最強の神秘殺しに向かって歩いていく。

 

「…………頼光は……興味ない。……どうせ……………殺すのは…………()()()

「――――ッ!!」

 

 その鬼の言葉に、空間を圧する鬼の殺気と互するほどの殺気が――鎧武者から噴き出した。

 

 奇しくも、最強の鬼と、最強の武士は、まるで狙いしましたかのように、同時に同じ言葉を互いにぶつける。

 

「「――――(コロ)す」」

 

 こうして、妖怪大戦争、勃発直後にして――早くも二つの最強が、その牙と刃とぶつけ、殺し合い始めた。

 

 激突と共に、周囲を吹き飛ばす衝撃が――破壊力を伴って伝播する。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 その尋常ではない衝撃は、遥か上空を飛んでいた『青龍』の元まで伝わった。

 

「な、なに、今の!?」

「計画通りならば、酒吞童子と頼光が邂逅し、ぶつかった頃だ」

 

 月夜の驚愕に、道長が振り返りもせずに淡々と答える。

 その道長の言葉に、今度は全員が驚愕し――揃って、絶句した。

 

(最強の鬼の頭領と、最強の神秘殺しが……戦争開始直後の、こんな序盤で激突するだと――)

 

 士弦はその事実もさることながら、そんなとんでもない筋書きを、こうしてあっさりと実現させる――目の前の『人間』の、その手腕にこそ恐怖する。

 

(……『鬼』は……『狐』は……『武士』は……そして、『その他(おれたち)』は。どこまで……この『人間(おとこ)』の掌の上なんだ……ッ)

 

 慄く士弦の傍らで、青龍の上でどかんと胡坐を掻いている鴨桜は、この不安定な足場、そして未経験であろう龍の飛翔という条件下でも、堂々と二本足で立っている道長の背中に問う。

 

「そんな綺麗に戦争を動かせるならば、あの『手』の元への移動も護衛無しで出来なかったのか? この『青龍』がいればそれだけで十分だろう。あの『転移』でもよかった筈だ」

 

 効率のみを優先するならば、そもそもの話――『手』を新土御門邸の広大な庭園内にて顕現させればよかった。

 にも関わらず、鴨桜達のような飛び入り参加の妖怪を巻き込んでまで、こうして無駄な移動時間を消費しているのか、その意図を問う鴨桜に。

 

 そういうわけにもいかんのだ――と、道長は尚も振り返らず、眼下の戦火を睥睨しながら答えを返す。

 

「まず、転移を使わず『青龍』を使うのは、この行程が儀式上において必要な工程であるからだ。あの新たな屋敷にて『呪文』を放ち、旧き屋敷に『手』を出現させ、そこに『龍』に乗って向かう。この順序に、この形に――奇跡を成す為の大きな意味がある」

 

 何もかもが初耳の公任だが、なるほどと思う。合理性の塊のような道長が、わざわざ『手』出現させてからその場所に向かうなどという非合理的なことを、何の意味もなく行うわけがない。

 

(……だが、そう考えると、あの定子様や清少納言の一件で旧土御門邸を失うのも、あの場所に新土御門邸を立てたのも、全部――道長と晴明の計画の上だったってことか)

 

 この二人のやることには、全て何らかの意味がある。それが果たして、どれだけ遡ってのことなのか。どこからどこまでが『計画(プラン)』の内だったのか――公任は、まるで見当もつかなかった。

 

「そして『青龍』は、あくまでその儀式上の移動手段に過ぎない。晴明の『十二神将』はその殆どが自由意志を持った式神だが、こと『青龍』は『高位存在』であるが故に、晴明本人が与える命令のみを忠実に実行するという機構のみが残されている『龍』だ。そういった『縛り』を設けることで初めて式神とすることに成功した個体らしい。そして晴明も、『青龍』が己の手元から離して運用する際は、予め与えた一つの命令のみを実行させることしか出来ない」

 

 つまり、敵を殲滅せよと命じればどんな敵も排除させることは可能だが、『青龍』を送り出した後で、離れた場所からやっぱりアイツだけは殺すななどという上書き命令は、例え安倍晴明本人からの指令だろうが受理させることは出来ない。それを実行する為には、安倍晴明が『青龍』の元まで出向き、直接新たな命令を下すしかない。

 

「この『青龍』は今現在、『手』の元に私達を連れていけという命令を晴明に与えられている状態だ。その命令のみを『青龍』は着実に実行する。裏を返せば、その道中にどのような襲撃を喰らった所で、『青龍』はただ移動を継続するのみで、僅かながらも迎撃することが出来ないというわけだ」

 

 どんな命令にも従う代わりに、命令以外のことはどんなことも実行しない。

 あの安倍晴明ですら、そこまで融通の利かない『縛り』を設けることで、初めて式神とすることが出来る高位存在――『龍』。

 

 無論、それらもあくまで道長の語る言葉のみの情報であり、どこまで信用出来たものかは分かったものではないが、それが真実であっても納得せざるを得ない程の存在であるのが、『龍』だ。

 

(逆に、『龍』すらも、自由意志を持ったまま、何の縛りも制約もなく式神に出来るのではないかと思わせてしまうのが、安倍晴明という存在だが)

 

 士弦がそんな思考を巡らせている横で、鴨桜は「……ってことは、やっぱり、来るのか?」と呟きながら――立ち上がる。

 

「――ああ。新土御門邸と旧土御門邸はそれほど離れているわけではない。戦火の街道を牛車(ぎっしゃ)で向かうならばともかく、『青龍』に乗って飛んでいくならば、そう時間は掛からない。だが――」

 

 道長は、眼下に向けていた目を、ゆっくりと持ち上げ――平安の夜空を泳ぐ龍の目線の先、真っ暗な空を、真っ直ぐに見上げた。

 

「――どれだけの可能性(みらい)を探ろうとも、晴明の星詠みは、この空の路にて、この妖怪との遭遇は避けられないという答えを見透かした」

 

 だからこそ、君達の力が必要なのだ――そう言い放つ道長の目前に、瞬間、一体の天狗が現れた。

 

 空という絶対安全な航路を進む龍に、京の空は我々の縄張りだと、そう主張するように。

 

「――ここから先は通すわけにはいかん。神妙に致せ――若造共」

 

 瞬く間に戦闘態勢に入る。

 黒耳黒尾の黒猫は爪を立てて、青髪白装束の雪女は冷気を生み出し、首布の青年は弦を張り、貴族の壮年の優男は――この国で最も権力を持つ『人間』に引き留められた。

 

 その『人間』は、天狗に背を向け――真っ直ぐに、斑髪の半妖を見据える。

 

「彼は『狐』勢力の大幹部が一体。かつて京の都を支配していた天狗族が族長。名は鞍馬という大妖怪だ」

 

 君達は、彼に勝つことが出来るか? ――そう問う、『人間』に。

 

 半妖は不敵に笑いながら、懐から薄い桜色の白刃を抜いた。

 

「――俺達を誰だと思ってやがる。泣く子も黙る『百鬼夜行』を継ぐモノだ。京は全部、俺の庭よ。無論、空だって例外じゃねぇ」

 

 下がってな、と、乱雑に道長を押し退けて、その天狗の赤く長い鼻っ柱に――ドスの切っ先を向ける。

 

「道を開けやがれ、老いぼれ。ここはもう――俺達の(まち)だ」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 旧土御門邸――黒炎上跡。

 

 平安京に突如として出現し、妖怪大戦争勃発の号砲となった――赤き月へと伸びる巨大な『手』の根元。

 

 そこに、一体の隻腕の鬼がいた。

 彼の役目は、とある『人間』がここを訪れるまで、誰も傍に寄らせないこと。

 

 この『手』を使うことの出来る資格を持つ人間は、この平安京でただ一人なので、他の人間や妖怪が近付いても大きな影響は生じない。

 だが、ここは今宵の儀式上、最大級に重要な場所だ。何らかのイレギュラーが起きた時に対処できるように派遣された戦力が彼だった――というのは、表向きの話。

 

 もう一方で、彼はこの戦争における、『箱』や『道長』に並ぶ大きな火種の一つであり、一つの勢力の『目的』でもある。

 故に、こうして戦火の中心になると思われる新土御門邸や朱雀門から離れた場所に、ある意味で隠れ潜んでいるわけであるが――。

 

 そんな彼の元に、一体の小柄な『鬼』が訪れていた。

 

「……お前も、俺の後輩か? 晴明から聞いた話だと、戦争前に急遽補充された四天王らしいが……こんな所で単独行動をしていていいのか? 部隊を率いる立場であろうに」

「ああ、大丈夫ですよ。僕の部隊は――既に全員、皆殺しにしてきましたから。単独行動は問題ありません」

 

 その言葉通り、夜闇から現れたその鬼は――全身に返り血を浴びていた。まるで水を被ったように、頭から爪先まで血を被っていた。青鬼である彼が、茨木童子と同じく赤鬼に見える程に。

 

「…………そうか。それは、自由で何よりだ」

 

 なかなかイカれた奴が入って来たな、と茨木は思う。

 鬼なんて妖怪はどいつもこいつも碌な出生ではない為、そもそもがまともな精神性を求める方が間違っているのだろうが。

 その出自故に、暴力的な奴も、精神的に螺子の一本や二本外れたぶっ飛んだ奴も多い――が。

 

(――少なくとも、大江山に入った時点で、伸びきった鼻の一本や二本は圧し折られて大人しくなる奴が大半だが)

 

 この鬼は、そうではなかったらしい。

 圧し折られなかったほどに強かったのか、それとも、圧し折られ、歪みながらも――強く、なっていったのか。

 

 茨木童子は、そんな風に目の前の血塗れの青鬼を観察していると――途端、その全身に浴びた血を吹き飛ばすかのように、高速で移動し、茨木の懐に入り込んだ青鬼が、拳を巨躯なる隻腕鬼のどてっ腹に向かって振り抜いてきた。

 

 それを茨木は――己に残された左腕で掴み、受け止める。

 

「……先輩に対し、随分とご挨拶な後輩だ」

「自由! 自由! 自由! ええ、僕は自由ですよ、先輩! 不自由! 不自由! 不自由! 陰陽師の式神なんかに成り下がり、不自由に縛られているアナタなぞよりは!!」

 

 至近距離で青鬼は、隻腕の赤鬼を見上げ――笑う、笑う、笑う。

 

 血塗れのように真っ赤に――笑う。

 

「先輩!! 先輩!! 先輩!! ええ、僕はアナタの後輩ですよ! 後輩! 後輩! 後輩です!! この意味が分かりますか、先輩! 僕は四天王になった――アナタの代わりに!! ええ、代わりです! 穴埋めです!! 代替品です!! つまり――つまり――つまり!! 僕が居る限り、アナタはもう――必要ないんですよ!!」

 

 青鬼は掴まれていた拳を剥がし、逆に茨木の一本しかない腕を掴む――そして、そのまま己の身体を持ち上げ、渾身の膝蹴りを茨木の顔面に叩きこむ――が。

 

 その膝蹴りを、茨木童子は、己の額から生える角で受け止めた。

 青鬼は固執せず、距離を取り――尚も茨木に向かって凄絶に笑う。

 

 茨木童子は、そんな青鬼に向かって「……酒吞は、俺を殺すことを許可しているのか?」と問い掛ける。

 

 その言葉に対し、青鬼は心底侮蔑するように、吐き捨てるように笑った。

 

「――ハッ! 自分で捨てた癖に、いなくなった癖に、未だに自分の穴は誰にも埋められないと――酒吞童子には茨木童子が必要だと、そんな風に思ってるんですかぁぁあああああ!?」

「………………」

 

 ははははははははははははは――と、腹を抱えて笑った青鬼は、ピタリと、その笑いを止めて。

 

 無表情で、大江山を裏切った鬼に向かって。

 

 己がいないと何も出来なかった――小さな(こども)を見捨てた、『鬼』に向かって、言った。

 

「――思い上がるな。そんな資格は、既に貴様にはない」

「――――」

 

 何も答えることもせず、ただ目を逸らさない茨木童子に、青鬼はその目を突き刺すように――真っ直ぐに人差し指を突き付けて、宣言する。

 

「――僕は、オマエを殺す。例え、そのことで酒吞童子様が御怒りになろうと、僕はなってみせる。あの方にとっての『右腕』に。新たなる『茨木童子』に」

 

 茨木童子の呪縛から、酒吞童子(あの御方)を解き放つ――そう宣言して、血塗れの青鬼は。

 

 深く腰を落とし、構え――伝説の鬼に向かって宣戦布告する。

 

「――僕の名は、(アオイ)。あの御方の血を与えられ、人間から鬼となった者。酒吞童子様のただ一人の眷属であり――家族だ」

 

 青鬼は涙を流しながら、その涙が血と混ざり、赤く頬を伝いながら――殺意を以て、宣言する。

 

「僕は貴様を許さない。お前を殺す――それが僕の戦争だ」

 

 茨木童子は、何も言わなかった。

 

 古巣からやってきた刺客に、全てを呑み込むように――大きく息を吐く。

 

 向けられる敵意に。向けられる憎悪に。向けられる失望に。向けられる軽蔑に。

 

 隻腕の鬼は、残された一本の腕を広げて。

 

 いっそ微笑みすら浮かべながら、堂々と、その胸を貸すように。

 

「――――来い。俺は、その全てを受け止めてやる」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 それは、神秘的な光景だった――神を秘しているが如き光景だった。

 

 吹雪のようにはなびらが舞う中で、その枝垂《しだ》れ桜は満開に咲き誇っている。

 

 怪異京――平安京の裏側。

 

 常夜の世界。

 いつも空に浮かぶ満月は、だがしかし――今宵は、血のように赤く染まっていた。

 

「――この神秘郷は、表の京と表裏一体の都。それは、あの月で繋がっている」

 

 桜の木に話し掛けるように、その『狐』は言った。

 表の世界の月が赤く染まるのに呼応するように――怪異京の満月も真っ赤に染まる。

 

 それは、本来、世界から隔絶している筈の神秘郷が――この怪異京に限っては、表の世界と繋がっていることを意味している。

 決められた入口――世界の『穴』だけで行き来できる筈のそれが、月という、大きな共通項を得てしまっている。

 

「故に、この神秘郷の存在強度はとても強いけれど、それはある意味で、とても危険。だって、表の世界の京が滅べば――この神秘郷も滅ぶということだものね」

 

 くすりと、『狐』は笑う。

 妖しく、恐ろしく、おどろおどろしく。

 

 そんな『狐』に――桜の中から、声が届いた。

 

「――聞いていたのと、随分と口調が違うじゃねぇか。晴明曰く、()()()()()()、だったか。それは、もういいのかい? 狐の御姫さんよ」

 

 男の声に、『狐』の女の笑みが消える。

 

 一際強い風が吹く。

 その桜の花の中から現れたのは、清流のように艶やかな黒長髪の男だった。

 

 まるで波に呑まれるように、黒髪に溺れるかのように、男の顔は髪に隠れて見えなかった。

 枝の上で足を乱雑に組み、酒の入った盃を片手に――黒い髪の中から女を見下ろしている。

 

 妖しく、怪しいが――桜に紛れる黒い男は、けれど、とても美しかった。

 

 そんな男に――『狐の姫君』・化生の前は言う。

 

「……おじゃましますぅ、妖怪大将はん。『(おにもつ)』、受け取りにきましたえ」

 

 そんな女に――『妖怪大将』・ぬらりひょんは言った。

 

「知らねぇ。帰りな。――怪異京(ここ)は、儂の――『百鬼夜行(おれたち)』の縄張り(シマ)だ」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 こうして、満を持して開戦した妖怪大戦争は、早々に妖怪の王の器達も出陣する異常事態となり――平安京は混沌と化す。

 

 人間が、妖怪が。

 騙し、戦い、殺し合う。

 

 幾つもの戦場が生まれ、幾つもの戦闘が始まり。

 

 戦争は、更に、うねり――加速していく。

 




用語解説コーナー㊴

・王の器

 妖怪は人間と比べて遥かに強い戦闘力を誇るが、その特異な性質上、各種族毎に独自の生態を持っている為、妖怪星人全体としての統率に欠けている。

 その為、妖怪よりも遥かに脆弱な人間を支配しきれずにいるが――ごくまれに、各種族の妖怪を全体で纏め上げる『器』を持つ、『王』の素質を持つ個体が現れる。

 妖怪王の誕生――それは、『星の意思』すら恐れる事態であり、それを阻止する為に、特別な『戦士』を送り込む程である。

 そして、とある陰陽師の星詠みは――見透かしている。

 今宵の妖怪大戦争において、星すら恐れるその未来が――妖怪王の誕生、その恐ろしき未来が実現する可能性を。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。