比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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不味いですね……。


妖怪星人編――㊵ 白狐の子守り

 

 正に、地獄絵図だった。

 

 轟音と共に雷が落ち、木造建造物が容易く炎上する。

 火柱が噴き上がり、阿鼻叫喚の悲鳴が木霊する。

 

 そんな平安京の中を、僕達は必死に舌を噛んで、零れそうになる叫びや弱音や絶望を堪えながら、ただ只管に駆け回る。

 

 うじゃうじゃと、まるで虫のように無限に湧き続ける――妖怪を殺し回りながら。

 

「ぎゃぁぁぁああああああ!!」

「隊長! キリがないです!」

「泣き言を言う暇があったら手を動かせ! 一体でも多くの妖怪を狩り、一人でも多くの民を救え! 忘れるな! ここは戦場でも、地獄でもない――僕達の日常……守るべき故郷なんだぞ!!」

 

 僕の言葉で、弱気に陥っていた隊の皆の士気が、僅かながらも復活するのを感じる。

 そして、何よりも自分が、己の言葉に再び槍を持つ力を取り戻していた。

 

 忘れるな――そうだ、逃げるな。真っ直ぐに向き合え。

 

 この地獄絵図は、何処か遠い彼方の光景じゃない。

 日々の仕事で向かう結界外の郊外でも、あの十年前の大江山でも、そして先日の魔の森でもない。

 

 平安京だ。

 僕が――そして、家族が、暮らしている、故郷(まち)だ。

 

 逃げられない。逃げるわけにはいかない。

 

 僕は――このような日の為に。

 

 家族を守る為に、こうして武器を取ったんだろう。

 

「――ちょう! 隊長!」

「ッ!? どうした、陰陽師くん!」

 

 先日の魔の森の戦いで隊員達を救い出したことで一気に隊の戦士達の――無論、僕もだ――信頼を獲得し、今やこの隊の副隊長のような立場となっている陰陽師くん。

 

 彼が指さした、その先には――。

 

「あそこ! 子供達が妖怪に襲われてます!」

 

 小さな男の子と女の子、そして若い女性が妖怪に襲われている場面だった。

 

「――! ――? 分かった! すぐに行く」

 

 僕はその光景に妙な違和感を覚えながらも――すぐに彼らの救助に向かう。

 

 一刻も早く、この戦争を終結させる。

 それこそが平安京を――家族を救う、最短の道。僕が出来るただ一つのこと。

 

 僕達の戦争なのだと、そう心に言い聞かせて。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「不味いですね……」

「どうするんですかっ! だから言ったんですよ、表世界の京の中を突っ切るなんて無謀だって! 『外』がこうなってることくらい予想出来たことでしょう!」

「仕方ないでしょう。まさか戦争が勃発して早々いきなりの初手で『狐の姫君』が怪異京に乗り込んでくるなんて予想出来なかったのですから」

 

 女性の右足を盾にするようにしながら慌てるボロ衣の少年に、顔を隠すように布で頭部を覆う女性は、自分達に近づいてくる妖怪を見ながらも淡々と言う。

 

「ちょ、ちょっと! あなた強いんでしょう!? こんな奴等、ぱーんとやっつけちゃって!」

「……いえ、無論ぱーんとやっつけることは可能ですが……まだこんな戦争の序盤で、『狐』の妖怪に『貴人(わたし)』の居場所と行動を把握されたくないといいますか。『計画(ぷらん)』が狂ってしまうといいますかなんといいますか……」

 

 女性の左足を盾にするように怯える和装人形のような童女に、顔と比べて殆ど生足を剥き出しにしている女性は、さてどうしたものかと無表情で考える。

 

 どうして、こんなことになったのだろう――と。

 

(……『狐の姫君』を少し嘗め過ぎていましたか。……彼女は私が思っていた以上に、『箱』の――()()()()()()()()()()()()()()()()。……もしかしたら――いえ、今はそんなことよりも)

 

 狐の姫君――化生(けしょう)(まえ)

 彼女に対する考察も勿論重要だが、喫緊の重大事はこの場をどう切り抜けるかだ。

 

 本来であるならば――『箱』の少年と『鍵』の童女を、怪異京の外へ連れ出して『表』の京へ引っ張り出すつもりなどなかった。

 

 その為に、『貴人』である彼女は、少年と童女と行動を共にすることを、半妖の青年相手に交渉したのだから。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「平太と詩希を――預けろ、だと?」

「ええ。これが最善であると、私は提言します。未来の二代目様」

 

 妖怪大戦争勃発を間近に控えた怪異京――『百鬼夜行』の本拠地たる『妖怪屋敷』にて。

 

 粗方の講義(れくちゃー)を終えた後、『貴人』は『半妖』にそう提言し――場の空気は、凍り付いた。

 

「何もおかしなことは言っていないでしょう? あなた方は左大臣様――いえ、今はもう太政大臣になっていますか――の随身として護衛に付く。そうなると、戦闘力のない平太少年と詩希童女とは別行動となる。ならば、そこに護衛役は必要でしょう? なにしろ、彼らは、正しく戦争の鍵を握る少年童女なのですから」

「…………なるほど。随分とまぁ、ご親切に色々と御教授下さると思ったら――これが狙いか。――狐め」

 

 鴨桜が吐き捨てた言葉に、羽衣は小さく不快げに眉を顰める。

 それに平太のみが気付いたが、鴨桜は気付かずに「――だが、その提言は却下だ、『貴人』様よぉ」と睨み付ける。

 

「コイツ等は、俺が引き取ると決めた――俺のモンだ。んで――俺は、俺のモンを無防備に預けられるほど――テメェのことを、信用していない」

「あなたに信用されようとは思いませんが――それでは、どうすると? この場に同席しているお仲間方は、当然、()()()()戦争に連れていくのでしょう? ならば、他の組の――大人妖怪達に、この子達を任せるのですか? ()()()()()()()()()()()を、あなたは自分のもんを無防備に預けられるほど、信頼していると?」

 

 羽衣の言葉に、鴨桜は少し口を噤む。

 そして「……戦争には、俺と士弦だけでいく。この二人の護衛は、月夜と雪菜に――」と言い掛けたところで、黒猫の待ったが入った。

 

「却下よ、鴨桜。戦争には私と雪菜も行くわ」

「――ッ! 月夜――」

「悪いけど、これは譲れない。あなたが戦争に行くのは止めないけれど、当然、そこが地獄になることを覚悟していくのよね? 陰陽師だとか武士だとか、鬼だとか狐だとかでぐちゃぐちゃの混沌の中に飛び込む『頭』を――黙って見送れるわけがないでしょう」

 

 鴨桜の「だが――」と言い返す言葉も、月夜は首を振って拒絶し、言い切ることすらさせない。

 

「これはごく単純な、優先順位の問題。平太と詩希をあなたの下にいれることも、もちろん私は何も言わないし、あなたがそういうのならば私も全力を持って守るけれど――あなたかこの子らを選ばなくてはならない状況ならば、私達は迷わずにあなたを守るわ。そして、その状況が、正しく今なの」

 

 鴨桜は月夜を、そして堪らずに横の雪菜を見るが、月夜は頑として、雪菜も鴨桜に、そして平太や詩希に申し訳なさそうにしつつも、やはり強く鴨桜の目を真っ直ぐに見返した。

 

 羽衣は「決まったようですね」と鴨桜を見据える。

 鴨桜は右手で頭を抱えながらも、それでも決定的な言葉は口にしようとしない。

 

 そんな鴨桜に対し、平太本人が口を開こうとするが――それよりも早く、部屋の襖がスッと開いた。

 

「なら――俺が子守りをしようじゃねぇか」

 

 現れたのは、この屋敷の主であり、鴨桜の父であり――彼ら『百鬼夜行』の、家族の杯を交わした全員の父ともいえる男。

 

 不遜にも妖怪大将を名乗り、百年前に人間全盛だった平安京へと乗り込み、この怪異京を見つけ出し、あろうとこか己が住処とした妖怪。

 

 最強の人間である安倍晴明と秘密裏に通じ、我が友と呼ばれる程に親交を深めた――この世で、ただ一体の怪異。

 

「あら、帰っていたのですか、ぬらりひょん。お邪魔しています――あなたの『世界(いえ)』に」

 

 そう言って気軽に応じたのは羽衣。そんな『貴人』に、黒い清流のような髪に埋もれる男は「おう、『貴人』の嬢ちゃん。いらっしゃい。ゆっくりしてけや」と笑顔で持って応じる。

 

 妖怪大将・ぬらりひょんの登場に、むしろ慌てふためたのは、家族である『百鬼夜行』の面々だった。

 

「お、お頭! どうしてここへ――」

「はッ。おいおい、士弦。どうしたも何も、さっきこの嬢ちゃんが言ってたろ。ここは俺の『世界(いえ)』だぜ。我が家に俺が居て何がおかしいんだよ」

 

 そう言って己の手にぶら下げたひょうたんの中身を煽る男に――父に、息子は。

 

 目の前の男の血を己の中に半分流す男は、父に向かって半ば睨み付けながら問うた。

 

「――朝帰りの分際で偉そうにすんじゃねぇよ、クソ親父」

「おう、反抗期真っ盛りのクソ息子。んで? テメェは今から夜遊びの相談かい?」

 

 反抗期らしく剥き出しの嫌悪をそのままぶつけるように睨み付ける息子に。

 放蕩親父は「ははは。睨むな怒るな――別に、俺は止めやしねぇよ」と酒を呷りながら言う。

 

「夜遊び――実に結構じゃねぇか。実にいい――()()()()()()、な」

 

 尚も強く――何よりも憎むように睨み付ける息子に、父は――目を細めて「……テメェが本気でそれを選ぶっつうんなら、むしろ俺は積極的に、今夜の夜遊びを応援するぜ、息子よ」と言う。

 

「ほ、本当ですか、お頭!」

「『狐』と『鬼』が総力を結集してくる戦争だ。そこで幹部の一人でも倒せば、うちのお堅い頭の奴等も納得させるだけの実績になるだろうよ――」

 

 そう言って父は――妖怪大将・ぬらりひょんは、息子の前に立ち塞がり、座る『半妖』を――見下ろしながら、言う。

 

「――俺の後を継ぐ――『百鬼夜行』の二代目となる上での、デケェ実績にな」

 

 何も言わず、ただ強い意志の篭った眼で、聳え立つ父を睨み――見上げる、息子に。

 

 父親たる妖怪は、口端を吊り上げ――笑いながら、言った。

 

「だから――子守りは俺に任せろ、鴨桜。テメェは、命を懸けて――『外』の世界を見てきな」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

(まぁ、そんな風にカッコつけた結果――ぬらりひょん(あのおとこ)はここにおらず、子守りは私が押し付けられているわけですが)

 

 羽衣はそう回想を打ち切るが、これは何もぬらりひょんだけが責められる問題でもない。

 前述の通り、羽衣も予測することなど出来なかったのだから――まさか、戦争勃発直後に、脇目もふらず、『狐の姫君』が単独で怪異京に乗り込んでくるなんて。

 

(むしろ、そちらの対処を押し付けたことに罪悪感を覚えますが……)

 

 結果として、ぬらりひょんが化生の前の相手をしている間に、羽衣は子供達を連れて怪異京を脱出することに成功した。

 

 化生の前がいる怪異京内を移動するより、次の目的地まで表の京を移動した方がいいだろうという羽衣の判断だったのだが――結果、こんなことになってしまったとなると、平太の言う通りに少し無謀であっただろうか。

 

(……しかし、化生の前(あの狐)羽衣(わたし)は、()()()()()()()()()()()。怪異京に住まう一般妖怪は、前もってぬらりひょんが避難させてしまった為に、あの場所には余りに妖気の数が少なかった。直接顔を合わせなくとも、あの世界にいては私の存在を気取られてしまう。だからこそ、こうして『狐』の雑兵共で溢れ返っている表の京の方が、私の気配(妖気)は紛れられると踏んだのだけれど――)

 

 どちらにせよ、こうして『外』に出てしまった以上、後はどうにかして次の『目的地』まで辿り着かなくてはいけない。

 出来れば、『化生の前』に己の存在を感知されることなく――更に出来れば、彼女の配下である『狐』の妖怪の誰にも見つからずに。そう思っていたのだけれど――。

 

(――でも、それは何だか、出来そうにないなぁ)

 

 子供達は、目の前の妖怪が近付いてくるにつれて、段々と強く羽衣の足を揺らしながら喚き続けている。

 考えに耽っていたせいで、気付けば目の前の『狐』の配下であろう妖怪が、顔を真っ赤にして怒りながら(元々そういう体色なのかもしれないが)、無視するなと言わんばかりに武器を振り降ろそうとしている。

 

 やはり、ぱーんとやっつけるしかないか。でも目立っちゃうなーと、溜息を吐きながら羽衣がその妖怪を排除しようとして――。

 

――妖怪が、背中から血を噴き出しながら倒れ伏せた。

 

「あら?」

 

 羽衣はサッと術を纏わせたその手を背に仕舞って、妖怪の鮮血の後ろから現れた――その男の顔を見遣る。

 

「――大丈夫ですか!」

 

 戦争真っ盛りの平安京において、どこにでもいる平安武者の一戦士である青年。

 

 しかし、羽衣はその顔を――この武者の顔を、見たことがあった。

 

 他でもない――己が主の住処である『晴明屋敷』にて。

 

「――ええ、大丈夫です。助けてくれてありがとう」

 

 白い狐の女は、その獣の――化物の耳と尾を隠しながら、微笑んだ。

 

 この男は――使える、と。

 




用語解説コーナー㊵

・怪異京と平安京

 平安京と怪異京は、『表』と『裏』の関係性であり、本来の現世と神秘郷のそれよりもずっと強く結びついている。

 その分かり易い証左が『月』であり、怪異京の月はずっと満月だが、今宵は表の平安京のそれに紐づくように赤い満月となっている。

 その為、通常の神秘郷とは異なり、複数の出入口が用意されており、また侵入条件も実はかなり緩い。表の京に住まう民達も、実はそれなりの頻度で怪異京に迷い込んだりしている。

 今回のケースでは、化生の前が奇襲のように怪異京に侵入してきたのと入れ替わるように、別の出口から羽衣が平太と詩希を連れて怪異京を脱出していた。

 また、怪異京は平安京よりも実際の面積はかなり狭く、またぬらりひょんが今宵の妖怪大戦争に備えて住民たる一般妖怪を怪異京から、そして平安京からも脱出させていた為、化生の前が侵入してきた時には、妖怪が暮らす街としては皮肉にも、文字通りのゴーストタウンとなっていた。

 その為、あと少しでも脱出が遅れていたら、化生の前が羽衣の妖気に気付いていた危険性は高かった。羽衣としては、それは何としても避けなければならなかった。

 羽衣と化生の前は、『計画』の関係上、決して出遭ってはならないのだから。

 今は――まだ。
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