比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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……何を、考えてるんだよ。


妖怪星人編――㊶ 同じ境遇

 

 坂田金時は、この戦争が勃発する直前、己が主である源頼光から告げられた言葉を思い返していた。

 

「妖怪大戦争は――今夜だ。『狐』と『鬼』は、今宵、平安京へと一斉に攻め込んでくる」

 

 その凶報がどのような情報源から齎されたものなのか、それを改めて問い返すことは、他の四天王――渡辺綱も、碓井貞光も、卜部季武もすることはなかった。

 

 恐らくは、それが全てを見透かす陰陽師・安倍晴明であると理解していたからだ。

 

 しかし、金時を含め、綱以外の三名の顔は僅かに歪む。

 

 先日の魔の森での決戦で遭遇した妖怪・烏天狗。

 かの妖怪が使用していた結界術――それは、平安京でも一握りの陰陽師しか使えない高度なものだった。

 

 陰陽師の中に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その最有力の容疑者は、言わずもがな、かの陰陽頭(おんみょうのかしら)であることは明らかだからだ。

 

 我らが棟梁は、京に戻るや否や、安倍晴明の元にその事実を追及しに向かった筈だ――だが、その答えは、未だ自分たち家臣団には齎されていない。

 

 それはつまり――そういうことなのだろう。

 だからといって、自分達には何も出来ない。

 

 この戦争間近の時機に、まさか、かの陰陽師を敵に回すわけにもいかない――それに。

 

(……晴明の旦那が真っ白なだけの男じゃないってことは、分かってたことだしな)

 

 既に金時も晴明とは十年以上の付き合いだ。

 かといって、あの全てを見透かす癖に、何も見透かせようとはしない男のことを、僅かながらも理解しているとは到底言えない。

 

 理解出来ない――ということしか、理解出来ない。

 一つ言えることは、あの男は生粋の善ではないが、純粋な悪でもないということ――だからこそ。

 

(……信じるしかねぇ。あの人の企みが、目指す先が――間違いじゃ、ねぇってことを……)

 

 信じるしかない――あるいは、信じたいだけなのかもしれないけれど。

 

 だからこそ、金時も頼光に、晴明のことは何も尋ねなかった。

 それは貞光も季武も、自分達が魔の森に行っている間に当の晴明と共に『前哨戦』を乗り越えたという綱も同様だった。

 

 故に、頼光は多くは語らず、ただ――今宵の戦争における、頼光四天王の配置と役割を伝えるのみだった。

 

 碓井貞光と卜部季武は、平安武者団全体の統括。

 渡辺綱は源頼光と共に、本丸に乗り込んでくるであろう『鬼』の主力部隊の撃破。

 

 そして――坂田金時は。

 

「――金時。お前は、『門』を守護(まも)れ」

 

 平安京を貫く主要道路にして大動脈――平安宮の正『朱雀門』。

 この門をぶち抜こうと正面突破を図る妖怪の主力の迎撃が、金時に与えられた妖怪大戦争における任務だった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 金時は、目の前に迫る妖怪軍に対し、鉞を大きく振りかぶって――落雷の雨を降らす。

 

「――くらいやがれっ!!!」

 

 平安京を囲う結界は破られた――これは長年積み重なった負荷(ダメージ)が閾値を超えた結果によるものであり、遠からず内に破られるだろうと前もって予想されていた事態ではあった。

 

 だが、結界にはもう一つ、常時展開されているものが存在している。

 それがこの朱雀門を起点として張り巡らされた、平安宮をぐるりと囲う結界だ。

 

 これも平安京を囲んでいたものと同じく、決して侵入不可能な強固な壁のようなそれではないが、妖怪がそれに触れ、潜るだけで侵入者に多大な負荷(ストレス)を与える効果がある。強い妖怪ならばともかく、『狐』の数だけが強みの下級妖怪はその身に大きな行動制限を受けるだろう。

 

 だからこそ、今、戦争が勃発したこの最中でも、平安宮内部では金時の目の前に広がるような地獄絵図は生まれていない。火柱も上がっておらず、妖怪の波に呑まれる事態にまでは至っていない。

 

 しかし、それは裏を返せば――金時が此処で敗れるようなことがあれば。

 

(平安宮を囲う結界は、平安京を囲う結界のように長年積み重なった負荷を受けているわけでもない。そんな結界を無力化するには、この『朱雀門を妖怪が真正面から潜って通り抜ける』ことで、結界の術式的条件を無効化するか、結界の起点であるこの『朱雀門を物理的に破壊する』しかない)

 

 妖怪を拒絶するという意味の結界である以上、この門を正面から妖怪が抜ける――すなわち、正式な客人として妖怪を認めるようなことが事態が発生すれば、結界の術式的意味が否定され、結界は効力を失う。それは結界の起点である『門』を物理的に破壊されても同様だ。

 

 だが、あくまで術式効果の主軸を『結界内の妖怪の否定』に重きを置いている以上、現在晴明が『内裏』にて天皇や貴族ら要人を守護すべく囲っている結界と違い、物理的に侵入者を拒絶する――すなわち弾くようには出来ていない。

 

 通ろうと思えば潜ることが出来る結界なのだ。

 晴明の結界というだけで恐怖を覚える下級妖怪ならばいざ知らず――幹部クラスの大物妖怪であれば。

 

 だからこそ――『門番』が必要だった。

 我が物顔で門を潜ろうとする幹部クラスの妖怪を、力づくで追い返すことが出来る強力な門番が。

 

「…………チッ」

 

 そんな大役を仰せつかった門番――坂田金時は、強く舌打ちした。

 

 己が挨拶代わりに振らせた『雷の雨』――それはあくまで、振るいだった。

 

 朱雀大路を真正面から突き進んできた『本隊(仮)』は、巨大な髑髏を先頭におよそ百体の妖怪を伴って進軍してきた――が、そんな有象無象を全て相手にすることは、流石の金時といえども骨だし、何より無駄であった。

 

 物理的に弾く結界ではないとはいえ、『門』を潜れるのはそれなりに位の高いクラスの妖怪のみ。

 

 だからこそ、その要注意妖怪を見極めるべく、放ったのが『雷の雨』だ。

 質ではなく数に重きを置いた攻撃であった為に、見た目の派手さと比べて一発一発の威力はそうでもないそれではあったが。

 

 それでも数合わせの妖怪相手ならば十分だろう――だからこそ、この振るいの一撃を、難なく突破してくる妖怪こそが、要注意の幹部妖怪。

 

 結果として――雷の雨を突破してきた妖怪は、三体だった。

 

「――嘗めているのか」

 

 小柄でありながら筋肉質な――『鬼』。

 

「無粋な『雨』ね」

 

 六尾と双眼に火を灯す――『狐』。

 

「ですが、我々の武器である数を無効化する先制としては、よい選択かと」

 

 そして、顔面を術符で覆う――謎の妖怪。

 

(……クソ。予想より多いな)

 

 戦火を致命的に広げるには、この平安宮を囲う結界の無効化は、妖怪側にとって必要不可欠な工程だ。

 だからこそ、この門の正面突破を図る『本隊(仮)』には、敵も主力級を送り込んでくることは予想出来ていた。

 

 故に、頼光は自陣からも主力を――頼光四天王である坂田金時を配置したのだが。

 

(そんでもって、予想よりも――強ぇ)

 

 威力を押さえたとはいえ、金時の雷を、『鬼』は拳で易々と弾き、『狐』は尾で軽々と払い、そして謎の妖怪は、おそらくは易々と、躱した、のだろう。雷が落ちた場所から、この謎の妖怪は、スッと影のように現れた。

 

(あの『鬼』と『狐』は、恐らくは俺が一対一でも苦戦するくらいの強さ。そんであの顔面術符野郎は……得体が知れねぇ。……それを三対一で――)

 

 厳しい戦いになる。だが、やるしかない――元々、それを覚悟で請け負った任務。強敵を相手にするのは分かり切っていたことだ。だからこそ、無闇に部下を巻き込むことを憂い、この場を一人で任せてくれと啖呵を切ったのだから。

 

 実際の所、このレベルの妖怪の相手ならば、それこそ四天王クラスでなければ物の数にならないだろう――犠牲が増えるだけだ。

 

 しかし、それは――この門が抜かれた場合でも変わらない。

 平安京全土に広がっている地獄が、金時が失敗した場合、この門の内側でも広がることになる。

 

「考え事とは余裕だな」

 

 気が付けば、好戦的に飛び出してきた『鬼』が肉薄していた。

 髑髏から跳び出し、雷を弾き飛ばし、そのまま地に足を付くことなく金時の元まで辿り着いた小柄な鬼の拳が、空を切りながら振り降ろされる。

 

 金時はそれを反射的に腕でガードし――後ずさり――――吹き飛ばされた。

 

「――――がッ!?」

 

 空中で踏ん張りが効かない体勢から放たれた拳。

 その上、道中にて落雷を弾き飛ばしておいて――この威力。

 

 見た目の小柄さに油断したわけではない。だが、巨漢と呼ぶに相応しい体躯である金時と比べて、目の前の『鬼』は一般的な人間の成人男性と比べても小柄と呼んで差し支えない身長だ。

 

 その体重差を物ともしない一撃。金時は門前まで大きく吹き飛ばされた。

 ガードした筈なのに、今も尚、ビリビリと金時の太い腕に痺れを残している。

 

(――土蜘蛛の一撃を彷彿とさせる……間違いなく、コイツは新たな大江山四天王の一角……)

 

 十年前の大江山にはいなかった。

 この十年で酒吞童子が新たに手中に収めた――『鬼』。

 

「――――ッ!?」

 

 金時が『鬼』の一撃に戦慄している間に、横を『狐』が通り過ぎようとしている。

 

 そうだ――敵は、『鬼』だけではない。

 

「通らせるかよッ!」

 

 金時は左腕を振るい、『雷の壁』を作り出す。

 一瞬、目を剥いた『狐』だったが、すぐに表情を険しくしながら。

 

「しゃらくさいっ!」

 

 金時の『雷の壁』を、六尾を振るうことで生み出した『狐火』で吹き飛ばした。

 

「ッ!?」

 

 確かに、咄嗟に進行を止めようと生み出したものなので、雷の密度は決して高くない壁だった――だが、それでも、稼げた時間がたったの一瞬、たったの一撃で紙のように吹き飛ばすとは。

 

「俺を前に余所見とは――馬鹿なのか」

 

 瞠目する金時。

 その懐に一瞬で潜り込んだ小柄の『鬼』は。

 

「俺との戦いに集中しろ」

 

 ドガン、と、金時のどてっ腹に重い拳を叩き込んだ。

 

「っ!? カハッ……ッ!」

 

 まともに喰らった、体内の酸素を全て吐き出させられたような一撃。

 視界に火花が瞬く。

 

「もう一度、言う」

 

 続いて『鬼』は、己の短い足でも届く位置まで下がった――膝を着かせることで下げた金時の頭に向かって。

 

 その踵を、断頭刃(ギロチン)が如く――振り落とす。

 

「俺に――集中しろ」

 

 瞬間――金時は、発光した。

 

 己の身体――全身から雷を発したのだ。

 

「――ッ!?」

 

 目を焼く光に、皮膚を焼く熱に――『鬼』は咄嗟に行動を封じられる。

 

 金時は雷を操ることは出来るが、纏わせることに慣れているわけではない。

 普段、雷の発射口となっている掌はともかく、他の体皮は、己が呪力を変換して生み出した雷に焼かれることになる――が。

 

 これで、一瞬は稼げた。

 

「――待ちやがれっっ!!」

 

 金時はそのまま――後退する。

 門前まで吹き飛ばされて、尚、そんな己よりも門へと近付いている者への壁となる為に。

 

「――しつこい!」

 

 六尾を燃やす『狐』は、現れた門番に向けて蒼い狐火をぶつける。

 対して、門番は己が雷を赤く染めて、それを目の前の妖怪に向けて放った。

 

 蒼炎と対する赤雷。

 爆発を起こす二つの異能の激突――その横を。

 

 妖しい影が、スッと音もなく通り過ぎようとする。

 

「――!? ――させるかッッ!!」

 

 それに気付けたのは、金時の並外れた第六感がなせる業だろう。

 

 全力で蒼い狐火に対抗する中で、半ば無意識に、その影に向けて右の掌を向けた。

 

 そして放つは、真っ直ぐに標的を射抜く伸びた雷――『雷の槍』。

 

 金時はあまり雷を変形することを好まない。

 それは単純な性格の問題もあるが――そのままぶつけた方が早えだろ――それよりも更に単純な解答として、変形させることが、難しいからだ。

 

 己の体内を巡る『呪力』を、『術式』を通して、水や雷や炎に変える『技術』を、この時代の人間は体系化することに成功している。無論、そこには前提条件として、才能を必要としているが。

 

 しかし、金時はそのように、術式として論理的な技術を持って、己が呪力を雷として変換しているわけではない。

 それは金時にとっての『雷』が、才能や術式という技術で操るそれよりも、坂田金時という生物に宿った権能というそれに近いからだ。

 

 高位存在からの『遺伝(ギフト)』。赤龍から受け継ぎし『雷』。

 

 故に、金時は雷を、()()()()()()()操っているに過ぎない。

 そして、そうして放たれる雷がそれ単体で余りに強力であるが故に、変形などの工夫を試すことすらせずに、必要とせずに、ここまで数多の妖怪を屠り続けてきた。

 

 だからこそ、『雨』や『壁』などの単純なものならばいざ知らず――『槍』などは生まれて初めて成功した変形であった。だが、それは金時の戦士としての才能ゆえか、この土壇場で、これ以上なく強力な武器として、完璧に錬成された。

 

 それは――貫いたのだ。

 確かに、その妖しげな影を、不気味な妖怪を――その胴体を、心臓に近い中心を、確かにこの手で、この『雷の槍』で貫いた、その手応えがあった。

 

 が――妖怪は死ななかった。

 死なずに、滅びずに――『(カラス)』になった。

 

「――――な――――に?」

 

 それは、何処かでも目撃した光景。

 

 数日前に、あの魔の森の戦いの、その最終決戦の場となった洞窟で――その最終局面で。

 

 突如として現れた烏天狗が、消えていった、その去り際に、脱出方法に――酷似した、光景。

 

 全く同じ――逃走術――『術』。

 

 陰陽師の、息がかかった――妖怪。

 

「――――」

 

 パリン、と、何か――罅が、入った音。

 

 割れる。破壊される。崩壊する。

 平安宮を囲う――安倍晴明が作成した結界が、消える。

 

 ()()()()()――()()()()()()()()()()

 

(……何を、考えてるんだよ――旦那)

 

 あの謎の妖怪は、安倍晴明の息がかかった妖怪だった――あの烏天狗と、同じように。

 

 少なくとも、金時はそう思ってしまった――確信した。

 

 だからこそ――金時は、あの妖怪の後を、追えなかった。

 

(……本当に……裏切ったのか? 人間じゃなく、妖怪の方に……ついちまったのか? 晴明の旦那)

 

 そのふざけた答えを、金時は――()()()()の金時は、一蹴することが出来なかった。

 

 自身と同じ、人間ではないものの血を、その身に半分流す存在――安倍晴明。

 

 あの、自分と同じく――あるいは、自分以上に、人間ではない『人間』の心中が、金時には想像も出来なかった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 呆然と立ち尽くす坂田金時の背中を、消えていく平安宮を囲う結界と共に眺めながら、『狐』と『鬼』は――『狐』大幹部・鈴と、『鬼』四天王・悪路王は、言葉を交わし合っていた。

 

「……覚の奴、あんな異能を持っていたのね。……でも、心を読む妖怪に過ぎない筈のアイツが、なんであんなことが出来たのかしら」

「どうでもいい。()()()()()()()()()()()()()奴には、興味はない」

 

 そう覚が消えていった方向を見ながら吐き捨てて、悪路王は立ち尽くす金時を見遣る。

 立ち尽くし――けれど、その拳が強く握られるのを見て、戦士の戦意が消えていないのを見て、その口端を楽しげに吊り上げた。

 

 鈴は、そんな鬼を横目に「……とにかく、これで、結界は壊れた」と、目線を前に戻しながら呟いた。

 

「これでもう、別に正面突破に拘る必要はなくなった。どこからでも自由に中に攻め込んで、弱体化もなく万全の体勢で戦うことが出来るわけだけど、アンタはどうするわけ?」

「それこそ、どうでもいい。俺は帝だの、藤原道長だの、安倍晴明にも興味はない。俺はただ、強い戦士と戦いたいだけだ」

「――そ。なら、アイツの相手はアンタに任せるわ」

 

 私は先に行かせてもらう――と、そう一歩、踏み込んだ、その女の背中に。六本の尾を生やした――変わり果てた、その背中に。

 

 悪路王は、かつての女の姿を知る、鬼は言った。

 

「――言っておくが。もう、あの中に、田村麻呂はいないぞ」

 

 踏み出した一歩が止まる。

 後天的に生えた――生やした六尾が、蒼き狐火を燃やしながら、揺れる。

 

「一昨日の夜、それを思い知らされたのだろう。お前が求める男は、お前が探し求めた男は、今や只の――哀れな残骸だ」

 

 拒絶するような衝撃が走る。

 蒼き炎を燃やす狐の尾が、鬼に向かって振るわれる――それを鬼は小さな拳の甲で受け止める。

 

 泣きそうな女の瞳を、無表情で――受け止める。

 

「……知った口を聞かないで。あなたが、何を知っているの? ……私の三百年の、何を知っているというの」

 

 ずっと逃げて、ずっと山に篭り続けていた――あなたが。

 青い狐は――その額から生える角を妖しく輝かせながら。

 

 張り裂けるように、叫ぶ。

 

「……あの人がいない。あの人は、もういない。そんなことは――三百年前から分かってる!!」

 

 狐の耳が生えても、燃える六尾を生やしても――変わらぬ角を、変わらぬ愛を残し続けた女は、それでも――と、胸に残った、(こいごころ)を語る。

 

「あなたは知らないでしょう! 山に篭り切りのあなたには分からないでしょう! 阿弖流為(アテルイ)が、そしてあの人が――どんな最期を迎えたか。……この(みやこ)の人間に――『あの男』に! どんな風に悍ましく殺されたか!!」

 

 ああ――分からないと、悪路王は無言で肯定する。

 悪路王は知らない。あの鬼に、偉大なる阿弖流為に――後は頼むと、そう蝦夷を託された鬼は。

 

 結果、何も守れず、こうして単身で世に出るまで三百年も掛かった――そんな弱者は、そんな卑怯者には、何も言う資格などないと分かっている。

 

「……私は許せない。絶対に許せなかった! だから生きた! こうして生き延びてきたの! いつか……この京に戻って、あの人を――取り戻すと! もう死んでいても、もうどこにもいなくても! あの人の――誇りを! 必ず取り戻すと、そう誓って――生きて……きたの……」

 

 鬼となっても――そして、狐になっても。

 どれだけの化物になっても。どれだけの屈辱に塗れても。

 

 それでも――その胸に、愛を燃やして生き続けてきた。

 

 鈴は――否。

 

「――鈴鹿御前(すずかごぜん)

 

 悪路王は、かつての彼女の名を――彼女の真名を、再び背を向けた彼女に投げ掛ける。

 

「……その名を呼ばないで。もう、その名を呼んで欲しい人は――この世のどこにもいない」

 

 彼女はそれを理解している。この世の誰よりも――あの人はどこにもいないということを。

 

「それでも、あの人は未だに……平安京に――この(ばしょ)に、縛られている。私はそれが許せない。必ず、解放する。必ず――取り戻す。……そして――」

 

 鈴鹿御前は――六尾を燃やす。

 己の中の愛を――そして、憎悪を燃やすように。

 

「あの男は……和気清麻呂(わけのきよまろ)は! ――()()()()()()()()()()()()! ()()()()()()()!! ()()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 許せない――許せるものかと。

 鈴鹿御前は妖怪らしく、化物らしく、禍々しく轟々と殺意を燃やす。

 

「――だから私は行くのよ。あの門の中へ。愛する人の仇を取って、愛する人を救う為に」

 

 あなたはどうなの――と、鈴鹿御前は振り向かずに言う。

 

「阿弖流為は――大嶽丸(おおたけまる)は、もうどこにもいないのよ」

 

 その燃え盛る女の言葉に、「……どうでもいい」と、悪路王は冷たく答える。

 

「俺はお前のように、復讐に燃えているわけではない。――俺は、あの方の遺志を継ぐ、ただその為に生きている」

 

 無様にな――と、悪路王は自嘲する。

 

 蝦夷を頼むと託された、その遺志を継ぐことは出来なかった。

 あの偉大なる妖怪王を失った蝦夷を、悪路王は纏めることが出来なかった――その『器』を、悪路王は持っていなかった。

 

 結果、孤立し、更に奥に篭ることになり――三百年の時を経て、里を下り、大江山を登った。

 

 せめて、もう一つの遺志は、継がなくてはならないと思ったから。

 

 俺に出来なかったことをしろ、と、阿弖流為は言った。

 

 ()()()()()――()()()と、大嶽丸という一体の鬼は言ったのだ。

 

 だから――ならなくてはならない。

 

「俺は――最強になる。()()()()()()()――()()()()()()()()()

 

 だから、ここは俺に任せて先に行け――と、悪路王は、かつての主の妻の背を押した。

 

「…………そう。お互い、また無様に、生き延びられたらいいわね」

 

 鈴鹿御前は、そう吐き捨てて駆け出した。

 

 そして、悪路王は、こちらを再び振り向いた金時に向かって走り出す。

 

 坂田金時は――覚悟を再び固めたようだった。

 

 任務は失敗した。戦争が始まって早々に妖怪の侵入を許し、平安宮を囲う結界は解除された。

 目の前の『本体(仮)』の下っ端構成妖怪達は、金時の雷の雨によって動けなくなっているが、結界が解除された以上、これより四方から平安宮への妖怪の侵入を許すことになる。

 

 平安京に広がる地獄絵図が、平安宮の中にまで、広がることになる。

 

(――だが、だからといって、目の前の二体の妖怪を野放しには出来ねぇ)

 

 大きな失態を犯したからと言って、更なる失態を重ねていいことにはならない。

 汚名は返上し、名誉は挽回しなくては。

 

「――これ以上は、通さねぇ!!」

 

 その金時の威勢に――応えるように。

 

 突破されたが、物理的には破壊されていない朱雀門が――揺れた。

 

「…………なに?」

 

 そう静かに呟いたのは悪路王か、あるいは金時か。

 

 ゴゴゴゴゴ、と音を立てながら、()()――()()()()()()

 

 それは瞬く間に、一体の巨大な鎧武者となった。

 果たしてどこにそのような意匠が隠されていたのか、それは翼の生えた蛇に全身を巻き付かれた不気味な武将だった。

 

 そして、その鎧の左肩には、こう記されていた――『騰蛇』、と。

 

(翼の生えた蛇に纏われた――式神。十二神将の『騰蛇(とうだ)』か!)

 

 金時はその正体に気付く。

 恐らくは結界が破壊されることがトリガーとなって発生する仕掛け――保険。隠された防衛機構。

 

 無論、誰が仕掛けたものなのかは言うまでもない。

 

 金時は――歯噛む。

 

「…………本当…………何を考えてんだよ……旦那」

 

 安倍晴明――あの人は、人間の味方なのか、それとも妖怪に肩入れしているのか。

 

 あるいは――だが。

 

 理解出来ないと眉根を寄せる金時の背後で、こちらもまた、憎々し気に、その式神を睨み据えていた。

 

「……安倍晴明……和気清麻呂……どこまで――私の邪魔をすれば気が済むッッ!!!」

 

 鈴鹿御前は『騰蛇』に向かって飛び掛かる。

 

 そして、金時の前に、一体の鬼が向かい合った。

 

「さあ――続きを始めようか」

 

 鬼の目は武者に語り掛ける。

 

 戦争はまだ、始まったばかりだと。

 




用語解説コーナー㊶

・半血

 妖怪と人間の血を、その身に半分ずつ流すもの。
 基本的には人間の身体に妖怪の異能を併せ持つ存在となるが、その配分は様々。

 人間に妖怪が混じった程度の者もいれば、妖怪に人間が混じったような者もいる。
 その寿命においても様々であり、人間と同じように歳と取る者もいれば、妖怪のように永い時を生きる者もいる。それぞれどちらに近いかによって、その生態は変わってくる。

 しかし、遥か未来において混血種とも呼ばれる、星人と人間のハイブリッドであるそれらは、この時代の日ノ本においても、そもそも個体数が非常に限られている。

 生まれることすら奇跡であり、その存在は例外なく――数奇な運命を歩むこととなる。
 故に、人間と妖怪の混ざり子は災いを生むとして、ただそれであるというだけで迫害を受けることもある。

 この妖怪大戦争においても、それは例外ではない。

 妖狐と魔人の子である――安倍晴明、そして羽衣。
 赤龍と一時的に人間に戻った山姥の子である――坂田金時。
 そして、ぬらりひょんと人間の子である――鴨桜。

 彼らは、この妖怪大戦争においても、非常に数奇な運命を辿り、重要な役割を背負い――そして。

 劇的な、結末を迎えることとなる。
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