比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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残念だが――お前じゃ、無理だ。



妖怪星人編――㊻ 泣いた赤鬼

 

 それは――まだ都が奈良の地にあった頃。

 

 朝廷の支配が及びきらない遠い蝦夷の地に、一体の『妖怪王』が誕生しようとしていた。

 

 かの鬼の名は大嶽丸(おおたけまる)

 突如として現れたその妖怪王は、日ノ本の歴史上初めて、生まれも育ちも、見た目も能力も、性格も習性も、言語も肌の色も異なる妖怪達を、一つの勢力として纏め上げ――蝦夷を一つの『国』にした。

 

 蝦夷の地に、妖怪王国を立ち上げたのだ。

 

 王となった大嶽丸は、自らを阿弖流為(アテルイ)と名乗り、平城京から送られてくる勢力を幾度となく追い返した。

 

 やがて、朝廷が無視出来ないどころか、脅威を――恐怖を覚える程に巨大化していった蝦夷を、そして阿弖流為を何としても打倒する為に。

 

 平城京は、とある武将を蝦夷へと送り込んだ。

 朝廷が初代征夷大将軍の座を与えた、その男こそが――坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)である。

 

 この世紀の邂逅を皮切りに、数々の壮絶なる物語が繰り広げられることとなるが。

 

 それは今宵の本題ではない為、早々に結論だけを語ると、その物語の結末として、妖怪王と初代征夷大将軍は――殺されることなった。

 

 阿弖流為も、そして、坂上田村麻呂も。

 怪物も、英雄も、揃ってその首を落とされた――『人間』の手によって。

 

 英雄を失った平城京は、やがて一人の僧によって混乱の極地に陥り、都を長岡へ、そして京へと移すことになり。

 

 王を失った蝦夷は、それを再び纏め上げる新たなる王が終ぞ現れることはなく――ゆっくりと勢力を失い、再びそれぞれの種族がバラバラに暮らすだけの僻地と化した。

 

(……そう。俺はなれなかった。あの方の後を継ぐことも。あの方を失った蝦夷を纏めることも。……俺は――『阿弖流為』にはなれなかった)

 

 田村麻呂と共に、京へと出頭することを決意した大嶽丸は、当然――覚悟していた。

 

 己の死を――だからこそ、託していたのだ。

 

 誰よりも懸命に自身の背を追っていた、小さな鬼に。

 決して自分のような生まれながらの最強ではないが、誰もが自分を崇めるだけの中で、ただひとり――()()()()()()()()()()()と、そう無邪気に口にした、未来ある子鬼に。

 

 頭を撫でで、背中を向けながら――呪いを残した。

 

『――阿黒(あくろ)よ』

 

 後は頼む。俺のようにはなるな。

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(――ああ。分かっている)

 

 だから――なると誓ったのだ。

 

 あの鬼神魔王すら超える鬼に。

 

 新たなる阿弖流為に。誰もが認める妖怪王に。

 

 だから――俺は。

 

 

 強くならなくては、いけないのだ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 振り下ろされる鉞と、振り上げられる拳が激突する。

 鉞の刃を横から叩くような軌道で振るわれた拳は、鬼を縦に両断しようとしていた鉞を真横に弾く。

 

「――ちっ!」

 

 だが、鉞を振るう武者――坂田金時は、弾かれたその勢いを利用して体ごとぐるりと一回転させ、螺旋の力を上乗せした横凪ぎの一撃で、今度は横に真っ二つに両断しようと再び鬼に向かって鉞を振るう。

 

 小柄の鬼――悪路王(あくろおう)は、咄嗟に後方に跳んで躱そうとするが、空中で自身の体に裂傷が生じているのに気付く。

 

 躱しきれなかった――傷は深くはないが、自身の体外に撒き散らされている鮮血を見て。

 

「はは――!」

 

 笑う――金時の柔軟な対応力に、その類稀なる戦闘センスに対して、思わず浮かび上がったという風に、楽しそうに笑う。

 

「素晴らしいな。まさしく戦う為に生まれたような男だ。正直、あっさりと(さとり)の突破を許したときは落胆したが、一対一の戦いは楽しいぞ! どうやらごちゃごちゃと難しいことを考えるのは向いていないとみえる」

「うるせえ! 余計なお世話だ!!」

 

 事実――それは確信を突いていた。

 坂田金時という男は間違っても頭脳派ではない。山育ちで碌な教育など受けていないというのも勿論だが、なまじ強力な力を生まれ持ったばかりに、大概の戦闘は力押しでどうにかなってきたので、ごちゃごちゃ考える前にとりあえず殴ってきた。

 

 だからこそ、先ほどまでの三対一の戦闘では、彼の本領は発揮されなかったことだろう。

 ごり押しで力任せに一掃することが出来る状況ならばまだしも、それが通用しない多対一は、彼の苦手分野といっていい。

 

(そんなのは失態を犯した言い訳にすらなりはしねぇが――結果的に、やることは単純になった)

 

 覚が突破したことで、この朱雀門跡にて立っているのは、坂田金時と悪路王、鈴鹿御前と式神・『騰蛇(とうだ)』の、一人と三体。

 

 状況は二対二だが、悪路王も鈴鹿御前も各々が協力し合う体制には見えない。こちらも『騰蛇』とは初対面だ。その能力も戦闘スタイルも理解していない。

 

 ならば、それぞれ一対一で、目の前の敵を倒すことに全力を注ぐことが出来るというもの。

 

(どうやら『貴人』や『勾陳』みたいに言語による意思疎通ができるわけじゃなさそうだが、俺には一切襲い掛かってこないところを見ると、敵味方の判別はついてそうだ)

 

 ちらりと金時は、騰蛇と鈴鹿御前の戦いを見遣る。

 巨大な身体に似合わない敏捷性を持って暴れる騰蛇を、それを上回る敏捷性を持って躱しながら、鈴鹿御前は鎧武者に立ち向かっている。

 

 一撃一撃が必殺の重さ。

 身に纏う鎧は鈴鹿御前の狐火を、まるで無効化するように弾き飛ばす。

 

「――――くっ!」

 

 鈴鹿御前の美貌が険しく歪む。

 安倍晴明最強の式神――『十二神将』が一角・『騰蛇』。その看板に偽りはないらしい。

 

「――言ったそばから考え事か?」

 

 目を、意識を逸らしたのは一瞬――だが、四天王同士の戦闘において、それは余りに大きな隙となり得る。

 

「ちっ――」

 

 金時は咄嗟に鉞を盾にするように構える。

 瞬間、その鉞に腰の入った拳が激突した――。

 

「かっ――ッ!?」

 

 金時は肺の中の空気を吐き出すように呻く。

 走った激痛――その出所は、拳を防いだ正面、()()()()()()()()()

 

 受け止めた拳は間違いなく全力の一撃だった。

 だが、その鉞を盾のように構えたことで生じた、僅かな視覚的隙――それを突くように、小柄な体を生かした悪路王は、低く伸びあがるような蹴りを、金時の左脇腹へと突き刺していた。

 

「――――っ!」

 

 だが、それで膝を折るような金時ではない。

 むしろ、そのまま己の脇腹に突き刺さった足を――挟むように。

 

「ぬ!?」

 

 己の肘で悪路王の足を固定し、逃がさぬようにして――発雷する。

 

 瞬く閃光。

 先程身に付けた、己の身体全体から発する雷。

 

 己の身も焼く諸刃の剣だが、雷に愛された金時と、呪力の性質変化が出来ない鬼――どちらが雷に耐性があるかなど比べるべくもない。

 

「ぐぁぁあああああああ!!!」

 

 悪路王は雷に全身を灼かられながらも、片足で跳び上がり、その足で金時の身体を蹴るようにして拘束から脱し、距離を取る。

 

 金時はすぐに追撃を行おうとするが、先程の脇腹への一撃によるダメージが思ったよりも重く、一瞬ふらついてしまった。

 

(――っ。……鬼は妖力によって肉体性能に差が生まれる。デカければデカいほど強いってわけじゃねぇ。その身に込められた妖力こそが全てだ。だから、あの鬼がいくら小柄だろうと、その一撃が軽いってわけじゃねぇことは分かる――が)

 

 なんだ、これは――と、思わず脇腹を押さえながら金時は眉を顰める。

 

 重い――重さ、という意味では、これよりも重い攻撃を食らわしてくる妖怪は数える程だが相対してきた。

 茨木童子。土蜘蛛。それに――。

 

(……そうだ。この重さ。……嫌な、重さ。これは、土蜘蛛や茨木よりも――)

 

 はははと、笑い声がした。

 見れば、全身に雷を浴びた悪路王が、ゆっくりと立ち上がろうとしている所だった。

 

 全身に焦げ臭さを漂わせながらも、その笑みは正に――狂喜に染まっている。

 

「……いいぞ。実にいい! 流石は――()()()()()()()()()()だ」

 

 悪路王は――瞳を赫く耀かせながら、笑う。

 

 金時は違和感を覚えた。

 自分が酒吞童子のお気に入りという言葉にもだが――悪路王が、酒吞童子と、そう敬称を付けずに名を言ったことに。

 

 大江山の支配下の鬼の中で、それが許されていたのは――少なくとも金時が知る限りでは――『右腕(茨木童子)』と、『(鬼女紅葉)』の二体だけだったからだ。

 

 思わず、金時は疑問の言葉を口に出した。

 

「……酒吞の?」

「ああ。源頼光や安倍晴明は殺してもいいが、坂田金時(おまえ)は殺すなと、そうお触れが出ているくらいだ。お前は自分の手で殺したいらしいぞ。愛されているなぁ、色男よ」

 

 かははと悪路王は顔に手を当てながら笑う。

 その言葉に金時は一瞬、口を閉じるが――すぐにまた、口を開ける。

 

「――はっ。お前は頭領の御言葉に逆らっていいのか? 後で怒られるんじゃねぇの?」

「どうでもいい! 俺の(かしら)は――今も昔も、()()()()だけさ! 大江山には、酒吞童子の元には、強い鬼が集まるから籍を置いているに過ぎない!」

 

 俺は、強くなる為に、ここにいる!! ――と、悪路王は、己の身体を赫く耀かせ、赤鬼の本性をこの上なく露わにしながら叫ぶ。

 

「お前の雷を浴びて確信した。お前と戦えば、俺は強くなれる。お前を殺せば――俺はようやく、次の段階へと進むことが出来るだろう!」

 

 だからお前を殺すぞ。坂田金時――と、悪路王は真っ直ぐに、金時に向かって指をさす。

 

「例え、酒吞童子の言いつけを破ることになろうとも。例えそれで『鬼の頭領』の怒りを買った所で、その時は、その時だ――下克上の時だ。俺は、怒り狂う酒吞童子すらも、この手で殺してみせよう」

 

 そして、俺が最強になる――そう、首を掻っ切る動作をしながら、不敵な笑みを浮かべる悪路王という赤鬼に。

 

 金時は――表情を消し。

 

 静かな声で――言った。

 

「残念だが――()()()()()()()

 

 赤い――怒りのような雷を、掌から迸らせて。

 

「面白い!! ならば俺を止めて見せろ、坂田金と」

 

 きっっっ!!!?? ――と、悪路王は最後まで言葉を発せられず、顔面を殴打された。

 

 赤い雷を纏った、坂田金時の右拳によって。

 

「ぐぶっ!?」

 

 小柄な身体は大きく吹き飛ばされ、受け身を取る間もなく、背中から地に打ち付けられる。そのまま勢いは止まらず、ぐるりと回転し、バウンドし、ようやく両足が地面に付いた時。

 

 目の前に――右腕を龍と()けた金時が接近していた。

 

「――――!!?」

 

 赤龍化。

 土蜘蛛戦でも踏み込んだ、坂田金時にとっての禁断の領域。

 

 金時は一時的に人間へと戻った山姥(やまんば)と、高位存在たる赤龍の子である。

 彼の中には、赤雷と共に龍の血が受け継がれていて、その力を引き出そうと『奥』に手を伸ばせば伸ばす程――その身は着実に龍へと近付いていく。

 

 だからこそ、金時にとって赤雷は奥の手、切札、秘中の秘である。

 これまでにその雷を赤く染めたのは数度――しかし、此度は前回の赤龍化から、まだほんの数日しか経っていない。

 

 金時としても、まさか僅かこれだけの力の引き出しで、右腕が龍へと変わったことに戸惑いを覚えていた。

 

(……段々、身体が赤龍化に慣れてきてやがるってことか。禁断の力に頼り過ぎれば、いつか必ずしっぺ返しを食らう。――分かってるよ、これが易々と触れていい力じゃねぇってことくらい)

 

 だが――今は、と。

 

 どうか――もう少しだけ、と。

 

(酒吞を――()()()()――殺す――までは――!!)

 

 金時は龍となった右腕に赤雷を迸らせながら、小柄の鬼に向かって振り下ろす。

 

「ぐぁぁあああああああああああああああああ!!!!!」

 

 赤雷に包まれた鬼は、絶叫を迸らせながら全身を赤く灼かれた。

 

「…………」

 

 金時は、仰向けに倒れる悪路王を見下ろす。

 

 しばし沈黙が包むが――()()()、と。

 再び動き出す心臓に無理矢理起こされるように、悪路王は上半身を跳ねさせながら――起き上がった。

 

「…………」

 

 金時は無言で睨み付けながら、龍の右手の拳を握り、赤雷を瞬かせる。

 

 全身をこんがり灼かれた赤鬼は、「は……はははは………はははははは」と。

 

「はははははははははははははははは!!」

 

 と――笑って。

 

 そうか――お前も。

 

「お前も――()()()()か!! 坂田金時!!!」

 

 全身を赤く染め上げられた赤鬼は――血と、雷で、赤く、赤く染まった、赤鬼は。

 

 真っ赤な瞳から、真っ赤な血を流しながら、血塗れに笑う。

 

「――いい! いい! 実にいいぞ! お前の赤雷は! その超常なる力は、実に体に染み渡る! 相性がいい! ()()()()()()()! ()()()()を! ――目覚めさせてくれる!!」

 

 ああ――やっと、目覚める、と。

 

 うっとりと、まるで夢の中で微睡むように。

 

 悪路王は呟く。穏やかな顔で――全身に巡る超常たる力に。

 

 頂上から――()()()()()()()に。

 

「……どれだけ修行を重ねても、届かなかった力。馴染まなかった異能が、ようやく巡り始めた感覚だ。……感謝するぞ、坂田金時。だから、もっとだ。もっとその赤雷を、俺に浴びせろ」

 

 金時は――目を見開く。

 

 赤く染まった悪路王の身体が――更に赤く、染まっていく。

 

 血のようにどす黒い赤に――真っ赤な妖力が溢れ出し、悪路王の身体を包み込んでいく。

 

「感じる……感じるぞ! ようやくだ! 遂に引き出すことが出来た! この超常たる異能を! 頂上たる、阿弖流為の――神に通ずる力を!!」

 

 ()()()()、『神通力』を!! ――そう歓喜の叫びと共に、両腕を広げた悪路王から、凄まじい突風が吹き荒れる。

 

 そして、雨が降り始めた。

 瞬く間に豪雨となり、それは金時と悪路王の直上のみに降り注ぐ。

 

 更には豪雨の中で鉄火が発生し、雷の鳥が舞う。悪路王は、そんな超常の中で、己の手に氷の剣を創り出しながら――笑った。

 

「もっとだ――もっと戦おう、金時。俺は、もっと、もっと強くなれる」

 

 俺は――ようやく、阿弖流為になれる!!

 

 そう、真っ赤に笑いながら分身していく悪路王に。

 

 左で鉞を、右で龍の拳を握る金時は――無表情で、冷たく告げる。

 

「……()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()――どこか哀憫を込めながら、金時は超常たる異能が暴れ狂う暴風雨の中に突っ込んでいった。

 




用語解説コーナー㊻

・阿弖流為の異能

 悪路王は、阿弖流為との別れの時に、自らの末路を察した阿弖流為により、自らの異能を受け渡されている。

 酒吞童子と同じ、この日ノ本で――否、この地球でたった二体だけでの黒鬼の異能を。

 真なる外来種たる黒鬼の異能――『黒鬼の神通力』を。

 悪路王は、今日に至るまで、その異能の真価を発揮することは出来なかった。

 不幸か――幸か。

 そして、遂に、『赤龍の赤雷』という、『黒鬼の神通力』と同じ、『高位の異能』をその身に浴びたことで、悪路王へと受け継がれた、阿弖流為の異能は目覚めることとなる。

 豪雨を、鉄火を、落雷を、氷地を、分身を――この世を滅ぼす力たる、禁じられた異能を。

 その力が齎す末路を――赤鬼の戦士は笑い、赤雷の武者は哀れむ。
 
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