比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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そーですか。非常に、残念です。


さらば。哀れな化物よ。


寄生星人編――⑦

 

 前述の通り、この地球には現在――現代に至るまで、絶滅したり新たに来訪したりを繰り返した結果、種々雑多な数多くの星人が暮らしている。隠れ潜んだり、紛れ込んだりしている。

 人間という、人類という、何代目かの地球人の座を獲得した種族が支配するこのブループラネットには、この地球原産ではない他の星々からの外来種である化物が跋扈している。

 

 そして、各々の特性に合わせて各地に分散し、住み分けを始めた星人達は、大きく三つに分類(カテゴライズ)された。

 

 空の星人。海の星人。陸の星人。

 

 空の星人は総じて、陸や海の、つまりは他の星人達との交流は断絶に等しい状態となっており、その存在は星人界の中ですら伝説の存在となりかけているが、伝承によれば、とある大きな雲の中に多種族によるコミュニティを作り、国家のようなものを興し、最早一つの別世界を創り上げているという。

 

 海の星人は、その知能の高さと個体数の多さから半魚星人が最大派閥として君臨し、一部を除き多くの海棲星人達を取り纏め、これまた一つの大きな国家のようなものを地球人の手が未だに及ばない深海の底に創り出している。空の星人と違い、他の海の星人の全てを国に取り込んでいる訳ではないが、それでもほぼ一強状態と言っていい程に、その勢力図は分かり易い。

 

 対して、陸の星人は、空の星人や海の星人と違い――複雑だった。

 

 大きな前提条件として、陸は海や空と違い繋がっていない――文字通り、陸続きではない。

 そして何より、陸には明確に――既に君臨する支配者がいる。

 

 人間という、支配者がいる。

 よって、陸の星人は空や海の星人達とは比べ物にならない程に、人間達と――星人狩り達と激闘を繰り広げてきた。

 

 結果――まるで追い立てられるように、夜の闇の中へと退治された訳だが、当然、絶滅してはいない。

 中には一匹残らず駆逐され尽くした星人種族も存在するが、それでも、多くの有力な大物星人達は、今もひっそりと息を潜め、力を蓄えながら、闇の中から反撃の機会を窺っている。

 

 こうした経緯もありつつ、大陸や人間達が作った国境線などで様々な形で区切られていることによって、陸の星人には明確な頂点種族といったものが存在せず、それぞれの地域毎に、いわば縄張りが形成されている。

 

 東欧の吸血鬼。

 エジプトのスフィンクス。

 中国の斉天大聖。

 アイルランドのデュラハン。

 そして、ギリシャの■■■。

 

 現在に至るまで、表の世界にまで伝承が残る――つまり、歴代の星人狩り達や時の権力者達が、その存在を完全に隠蔽することが出来なかった程の、文字通りの伝説級の星人達が、それぞれの地域で勢力を残す中。

 

 ここ、日本では。

 とある星人種族が、一千年以上の昔から、圧倒的な一強勢力として、この極東の島国の夜の世界の天下を治め続けている。

 

 その種族は――妖怪星人。

 

 妖怪。

 (あやかし)、物の怪、魔物などと呼ばれ、この国に住まう人間達の恐怖の象徴で在り続けてきた怪物達。

 

 この日本という国に置いて、化物とはつまり妖怪のことであり、時にはかの存在を神と見立て、崇め、祀ることすらあったという。

 妖怪は、化物がお伽話の存在であると貶められた現代においても、各地で様々な伝承が語り継がれている程に、この地に、この国に、強く根付いてしまっている。

 

『雪女』――かの伝説の存在も、伝説として語り継がれる程に、歴史ある、由緒正しき、紛うことなき――妖怪である。

 

 妖怪であり、星人である。

 

 妖怪で、星人で――化物である。

 

『彼女』は――[彼女]は。

 

 寄生(パラサイト)星人である前に。寄生(パラサイト)星人となる前に。

 

 生まれたその時から――殺されるその前から、人間ではない、化物だった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「ウフフフフフフフフ!!! いい!! イイ!! あぁぁぁあああああああああああイイイイイイイイイイイィィィィィィ!!!!! なんたる!! なんたる貴重なサンプルかっ! まさか雪女に寄生する寄生(パラサイト)星人とは! それも! そんな存在が今の今まで生き残り! そしてあまつさえ族長にまで上り詰めているとは! なんたる奇跡! なんという化物か! あぁ神よ! 感謝を! このレジー! 己が全てを捧げ感謝をぉぉおおおおお!!」

 

 レジーが、氷の壁に顔面を押し付けながら、零距離で号泣し(むせ)び泣く。

 

 それを氷の向こう側で見せつけられた『彼女』は、氷のように無表情だった。

 

「…………」

 

 雪女に寄生した寄生(パラサイト)星人。

 

 化物によって化物にされた化物。

 文字通り、身も心も化物な、生まれも育ちも化物な化物。

 

 化物が巣食ったのは、化物が喰らったのは――化物だった。

 

 そう、『彼女』が殺した[彼女]は――雪女だった。

 

 始めは只の人間だと思っていた。【自分】が乗っ取ったのは人間で、だからこそ『自分』は『人間』だと思っていた。そう擬態して生きていかねばと思っていた。

 

 だけど、いつからだろう。

『彼女』が周囲を観察し、人間というものを学習していくにつれ、『自分』が人間であるということに――[彼女]が人間であったということに、疑問を持ち始めた。

 

 何かがおかしい――いや、おかしいというのであれば、きっと全てがおかしかった。

『自分』は人間ではない――それも、思っていた以上に、いやそれ以下に、何もかもが足りていない。

 

 そして、それは、ある日――唐突に、突き付けられた。

 

 ()()を見つけた時から。[彼女]について、知った時から。

 

 この手で、()()()()()()()、その時から。

 

 

[彼女]は化物だった。【彼女】が化物であるように。

 

[彼女]は【彼女】以上の化物だった。そして【彼女】が[彼女]を、より悍ましい化物にした。

 

[彼女]と【彼女】は――そうして、『彼女』になった。

 

 

 化物と化物が化物になった。化物の中の化物に。化物の中ですら化物に。

 

 そう。『彼女』は化物だった。化物で化物な化物だった。

 

 生まれも化物。育ちも化物。

 

 だからこそ、[彼女]は、そして【彼女】は、『彼女』となって尚、『彼女』となったからこそ――きっと。

 

「………………」

 

『彼女』は、その表情をみるみる凍らせていくと同時に、周囲に更なる氷気を充満させていく。

 

 氷の壁がより冷たく、より苛烈に凍り付いていく中、それでもレジーは氷の壁に両手を着いて、その手が氷の壁に接着していくのも構わずに喋り続けた。

 

「ハッハハ!! 天才たるワタクシが集めた天才的データに()ると、寄生(パラサイト)星人のように他者の身体を乗っ取るタイプの星人は、数は少ないですが、それなりの種類が確認されてはイマ~ス。だ・が! 得てしてそういった星人の多くは短命! そ・れ・も! 元の星人の、宿主の星人の異能が強力であればあるほど! まるで身体が拒絶するかのように――ね。決まって宿主(からだ)の能力を、異能力を使いこなせないか、それとも暴走する異能力に呑み込まれて死ぬか。えぇえぇ、実に興味深いデータだったので、よ~く覚えていますハイ」

 

 その通りだった。

 星人というのは、人間以上に、その種族毎の仲間意識が強く、そして他種族に厳しい傾向にある。

 

 そういったところでは野生動物に近いところがあるのだろうが――つまり、寄生(パラサイト)星人のように、身内に紛れ込む余所者に対しては、まるで容赦はしないということだ。

 そういった意味でも、星人に寄生した寄生(パラサイト)星人というものが生き残り辛い環境ともいえるのだが、もう一つの意味で、星人に寄生した寄生(パラサイト)星人が短命な理由がある。

 

 それは、異能だ。

 基本的に寄生(パラサイト)星人は、寄生したその身体の性能を一〇〇%に近い、もしくはそれ以上の性能を引き出すことが出来る。そういった(すべ)(すべか)らく学習するという意味合いだが、それでも異能は別だった。全くの別問題だった。

 

 星人達の異能は、特殊な例を除いて、その星人の身体に特化した能力となっている。

 つまりは、長い年月を懸けて、その異能に特化した身体に進化してきたというわけだ――にも関わらず、そこに寄生(パラサイト)星人という()()が紛れ込んだ身体では、異能を十全に掌握することが出来ず、総じて不具合を起こすのだ。

 

 オニ星人という種族がいる。

 彼等は、元人間の身体を、異能に相応しいオニ星人の身体に作り変えられる途中で異能が発現する為、その異能を掌握すること自体が難しいのだ。才能を要するのだ。

 それも始祖(リオン)の灰という、恐ろしく乱暴な方法で大雑把に身体を作り変えられる為、発現する異能もひどくランダムで――それは吸血鬼という種族特有の特徴かもしれないが――強引で力づくな改造である為、そもそも掌握不可能な無茶振りの異能が発現してしまうという例も往々に存在する。

 

 これは特殊な例だとしても、通常の星人は、それぞれの身体的特徴に合わせたそれぞれの異能を脈々と受け継ぎ、洗練させていった結果、その異能に合わせて身体的特徴も合わせて変化――進化していった。

 そんな中で、突如紛れ込んできた寄生(パラサイト)星人は、正しく異物であり、繊細なバランスで整っていた身体と異能の関係を、滅茶苦茶に掻き乱すものでしかない。

 

 それ故に、他の星人に寄生した寄生(パラサイト)星人は、正体がバレて袋叩きにされて殺されるか、異能を掌握できずに死んでしまうかといった末路を迎えており、総じて短命であった。

 

 だが、『彼女』は、正しく例外で、恐ろしく規格外であった。

 

「ワタクシは! ここまで見事な【混合種(ミックス)混】を! 今まで見たことがありません!」

 

【彼女】は『彼女』となり、本来は自分のものではない筈の、自分のものには出来ない筈の[彼女]の異能(ちから)を、[彼女]の氷を掌握している――自分のものに出来ている。我が物にしている。

 

「一体、あなたは! どんな方法で宿主を食らったのですか!? 一体どんな手段を用いて、宿主の異能を屈服させ、自分のものとしたのですか!? ああ興味深い知りたい知りたいあぁぁぁぁああああああ知りたいぃぃぃいいいいいいいい!!!」

 

 ハッ――と、『彼女』は、吐き捨てるように笑う。

 

 屈服? 掌握?

 

 そんなもの――()()()()()()()だろうと。

 

(……【私】は、屈服も掌握もしていない。……出来る筈もない。[彼女]は、【私】なんかよりも――ずっと気高く、ずっと美しく――ずっと、強いのだから)

 

 強かったのだから。

 

 本来ならば、こんな末路を迎える筈もない、もっと美しい、氷の道を優雅に闊歩する筈の生命だった。

 

(……【私】は、ただ……使わせてもらっているだけ)

 

[彼女]の異能を。

[彼女]の身体を。

[彼女]の生命を。

 

 奪い、食らい――無理矢理、棲み付く、寄生虫。

 

 寄生獣。

 美しくもない、気高くもない――醜く、卑しい、寄生獣。

 まかり間違っても強くない――弱くて、弱くて、弱弱しい、寄生獣。

 

「――――ッッ!!」

 

 白雪のように美しい、[彼女]の身体に開けてしまった醜い刀傷。

 雪女の身体をジクジクと痛め続ける黒火を氷の上から握り締め、『彼女』は更に氷の壁を強化した。

 

 氷の壁から、氷のドームへ。

 まるでカマクラのように、レジー博士を閉じ込めるように氷を大きく成長させる。

 

 既にレジー博士は氷の壁と接着され、動けない。

 だが、なおもそのニタニタ笑いを崩さず、天と己を遮るが如く伸びあがっていく氷を見遣りながら、なおも叫び続ける。

 

「おお! 確かにこれ程の力を持っているのならば! ()を相手にして逃げることが出来るのも納得しました! ああ! ですが! ただ一つ! たった一つ! ワタクシは――悲しい!」

 

 遂に、氷のドームが完全にレジー博士を閉じ込め、彼の上下左右百八十度を分厚い氷が取り囲んだ。

 

 中は極寒とは言え、それでも敵はあの黒衣だ。

 しばらくは死にはしないだろうが、逃げる時間くらいは稼げるか――そう思考していた『彼女』は――しかし、次の瞬間、驚愕に目を見開いた。

 

 

「それでも――所詮は氷。雪女の身体すら燃やすことが出来ないとは――不合格ですねぇ、その黒火は。どうしようもない程にッッッ!!!!」

 

 

 バリィィィィィン!!!! ――と。まるでガラスを割るような音と共に、氷のドームが内から割れた。

 氷の厚さは決して薄くない、それこそ防弾ガラス並みの厚さで作った筈――にも関わらず、身動きも取れなかった筈のあの変態が、一体どうやって。

 

 右手を白刃へと変えた『彼女』が警戒を走らせながら注視する先――そこには、キラキラと氷片が月光を浴びて輝く中に、佇む白衣の黒衣の姿。

 

「ワタシが見たあの黒炎は、もっと熱く! もっと黒かった!! もっと凄まじく! もっと恐ろしく! もっともっと悍ましかった!! まるで地獄のように!! まさしく煉獄のように!! ああ足りない!! まだまだまだまだワタクシは届かなァァいッ!! この天才が!! この天才のワタクシの科学(ちから)の全てを賭しても!! 模造品にすら辿り着けない!! ……ぁぁ! ァァァァアア!!! だからこそ! だからこそ素晴らしきかな! ああ、星人(ばけもの)異能(ぎじゅつ)!!!」

 

『彼女』が、息を呑む。

 思わず一歩、後ずさる。

 

 輝く氷片に彩られ、恍惚の表情で顔面を掌で(ねぶ)るその白衣で黒衣の科学者は。

 頬を紅潮させ、身体をぶるりと震わせて、極寒の夜の世界で白く染まる吐息を漏らしながら、囁く。

 

 

「――もっど、欲じいぃ」

 

 

 その背中から――()()()()()()()()()()()

 

「――――ッッ」

 

 その腕は、いつの間に身に着けていたのか、背中に背負っている銀色の立方体から飛び出している何本ものロボットアームだった。

 

 先端は物々しいながらも人間の手の形をしていて、一つ一つが思い思いの――武器を持っていた。

 ソード。ランタン。ロッド。(さかずき)。ロープ。ミラー。

 

 それらは全て機械的で、科学的で、まるで工場用ロボットのようだったけれど――なぜか、無数の手が放射状に広がるその光景に、『彼女』は呆然とこう呟いた。

 

「……千手、観音……?」

 

 その呟きに、恍惚の表情を浮かべていたレジー博士は、ニタァとその笑みを深めながら。

 

「――あなた達、星人は素晴らしい。あなた達化物は、ワタシに無限のアイデアと可能性をくれる」

 

 そして、その無数のロボットアームを全て『彼女』に向け、顎を上げてギョロリと眼球を動かして、『彼女』を見る。

 

寄生(パラサイト)星人には前々から興味を持っていました。だから半ば無理矢理に今回の標的に食い込ませたのですが――あなたは予想以上に素晴らしいサンプルだった! ああ! アァ! あなたに目を付けて正解だった! 欲しい欲しい欲しい欲しい!!」

 

 レジーは己の身体を掻き抱いて悶える。そして限界まで捩じり上げながら、吐息を漏らすように、欲望を捻り出した。

 

「あぁ……ワタシは、全てが――欲しいぃ」

 

『彼女』が、悍ましいものを見たかのように口元を押さえる。

 背中から無数の手を生やし、目を血走らせ涎を垂らしながら、どす黒い欲望をこれでもかと晒し出すその姿は――まるで、化物のようだった。

 

 だが、これこそが、まさしく人間の姿だった。

 

 化物から見た、人間の姿だった。

 

「あなたが欲しい。あなたを手に入れれば、ワタクシはまた一歩――あの黒炎に近づくでしょう」

 

 そして、捩じれたままで、一瞬真顔になったレジー博士は、あのニタ笑いではなく、この上なく爽やかな笑顔で、『彼女』に宣戦布告を告げた。

 

「ご安心を。その細胞一つに至るまで、人類の発展に活用すると誓いましょう」

 

 次の瞬間、レジー博士がぐるりと回転しながら奇声を上げ――それに呼応するように、無数のロボットアームが『彼女』に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 日本――京都。

 京の都と呼ばれる()の地は、日本というこの列島を国土とする日ノ本において、長らく中心地として栄えた歴史ある街。

 そして、人間達が――日本人達が、首都を遥か東に移して――東京とした後も、彼の街はかつての古き良き時代を残し続け、数々の文化や伝統や遺産を守り続け、日本という国を最も色濃く継ぎ続けている。

 

 だが、人間が、日本人が、京の都を過去の街へと変えようとする中――まるで、その機を窺い続けていたかのように、待ち望み続けていたかのように。

 歴史ある街――京都では、東京と異なり眠りに着くこの街が、すっかりと寝静まった頃。

 

 かの化物達は、徐々にその眠りから覚め始めていた。

 

 

 

 そんな、闇夜に包まれる京の都の、とある寺院にて。

 

 天から降り注がれる電子線によって召喚されるは――数人の摩訶不思議な黒衣を纏う集団と、一体の獣。

 

 その獣は、犬の姿をしていた。その正体も正真正銘の犬ではあったが――彼は人間の心を持っていた。

 

 機獣。

 彼等はそう呼ばれていた。

 

 とある組織によって作られた兵器であり、兵隊。

 近年、激烈な勢いで数多の星人組織を狩り尽し、そして数多の星人狩り組織の支配を進めている謎の組織によって進められている幾つものプロジェクトの中の一つの試験体。

 

 その中の、数少ない成功体と呼ばれる個体の一つ――一体――一人だった。

 

 機獣は、犬の姿で、犬の視点から、自分と共にこの真夜中の寺院に送られて来た人間達を見遣る。

 

 数名は酷く狼狽し混乱しているが、そんな彼等を一顧だにせず、冷静に武器を確認する者、これからの戦いに興奮を抑えきれない者、綿密な打ち合わせを仲間達と交わす者、地図(マップ)を確認し敵の捜索に余念がないもの――そんな兵士(キャラクター)達を見て――犬は勝利を確信する。

 

 それもそうだろう。

 彼等は、この京の都の近辺をテリトリーとし、これまで何度も強力な星人組織と戦い、勝利し、滅ぼしてきたエリート戦士集団だ。100点を獲得し、組織が完成させたばかりの最新鋭の武器を所持している者達も多く居る。

 

 そして、満を持して、この京都の市街中の寺院――この日本という国で最も強大な星人組織の本陣へと攻め入って来たのだ。

 

 念には念をという意味で機獣(イヌ)も投入され、更に念には念をと、かの妖怪星人の配下ではあるが、正確には妖怪星人ではない、彼等が作った“人形(おもちゃ)”達が潜む“寺院(おもちゃばこ)”に攻め入るのだ。いわばこれは宣戦布告の挑発的な初陣であり、先制打に過ぎない。

 いつもとは少し違う空気感に、歴戦のエリート達は気を引き締めているようだが、それならそれで勝利がより盤石になるだけだと、犬は表情一つ変えず、言葉一つ発することなく――だが、内心でほくそ笑んでいた。

 

 これで、あの目障りな同胞(パンダ)に差をつけることが出来る――と。

 

 自分は()()()()()()()()()()()()――が、それでも、己の人生が、否、既に犬生だが、残りの犬生が恐ろしく頼りない綱の上を歩き進めるようなものであるということは、十二分に理解していた。犬になれる程に聡明で優秀であるこの機獣は、だからこそ、この突発的に放り込まれた戦場に置いて、これをチャンスだと理解することにしたのだ。

 

 示すのだ。示し続けるのだ。

 犬である自分の優秀性を。有用性を。自分がどれだけ使える犬であるのかということを、示し続けるのだ。

 

 さもなくば、自分にこの先の犬生などない。犬とすら、生きられなくなる。犬として死んでしまう――殺されてしまう。

 

 犬は――カメラとなっているその双眸を輝かせる。

 かの妖怪星人との戦いの前哨戦となるこの戦争の一部始終を記録する為に、ライブ配信で本部へと繋がっているこの両目に、己が活躍を収め続けてやると決意した。

 

 

 そして、その数十分後――このカメラはあえなく破壊され、この機獣は一匹の犬として哀れに死亡し、その余りに短い犬生の幕を閉じた。

 

 

 そのカメラが最後に送った映像には――歴戦の黒衣達の死体の海で真っ赤に屹立する、血塗られた千手観音の姿が映し出されていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――そうして、その千手観音のデータを元に作成されたのが、この怪物兵装(エイリアンテクノロジー)№1010というわけなので~す。あ、ちなみにこれは千手観音だから1010(せんじゅう)にしたわけではないですよ。ある程度狙って調整したことは否定しませんがねぇ(笑)」

 

 と――これまた聞いてもいないのに、ペラペラと開発経緯を喋り続けるのは、どうせ負けるわけがないという怠惰か、それともただ己の天才性をひけらかしたいという傲慢か。

 

「まぁ、所詮これも使えなかった犬越しの情報を材料に作った兵装(もの)なので、オリジナルのそれらとは大きく見劣りするのですがね。これもまた、模造品にすらならない不合格品です。本来ならばもっとデータを集めたいのですが、既にあの日から千手観音は京都を出奔したようでして……ああ、欲しい。奴のデータも欲しい。欲しい。欲しいィィイイイイイイイ」

 

 途端、突如として発狂し、頭を抱えてブリッジを始めたレジー博士だったが、博士の変態的な挙動とまるでリンクすることなく、どういった仕掛けで操作しているのか、博士の背中の立方体から飛び出す無数のロボットアームは、まるでそれらが独立した意思ある生物であるかのように――意識ある化物であるかのように蠢き、襲い続ける。

 

「――だが、シカァァァァシ!! 個人的には仕上がりに大いに不満がある不合格品ですが、現状、兵器として使用できる水準(レベル)に達している怪物兵装の中では、かなり愛用している一品です。どうです? 意思疎通の出来る星人(バケモノ)の方と()()のは久しぶりなので、出来ればこちらの感想なども聞かせてもらえればと思うのですが――」

 

 そして――頭部を両手で鷲掴みにし、海老もかくやといった角度でブリッジを決めて。

 

 ニタァ、と。

 

 化物のような笑いを浮かべて、逆さまの視点から、科学者は問うた――が。

 

 そのまま、ニタァ、と。

 

 醜悪な笑みに、愉悦と、愉悦と、愉悦を、混ぜ込んで――嗤った。

 

 

「――中々、気に入って頂けたようですねェ」

 

 

 ニタニタと、ニタニタと、白衣の黒衣の科学者は笑う。

 

 路面や道に面している山林の一部が凍り付き、氷柱や氷壁が乱立する中で――真っ白な息を吐きながら、肩口に不気味な黒火が宿り――真っ白な肌を汚すかのように、人間のような赤い血に塗れる雪女の寄生(パラサイト)星人を、舐め回すように見詰めながら。

 

 ニタニタと、ニタニタと――嘲笑う。

 

 人間が、化物を、見るように。

 

 

 

 

 

+++ 

 

 

 

 

 

――寒い。

 

『彼女』は、生まれて初めてそう思った。

 

 それは、【彼女】としても、そして当然[彼女]としても、初めて感じるものだった。

 

 凍えるような寒さ。身を削るような寒さ。

 視界は霞み、手足の感覚はなくなり、ただ痛みと、肩口を焦がす熱さだけが、彼女の意識を繋ぎ留めていた。

 

 雪女の身体を持つ[彼女]が凍死する――それは、雪女が焼死する以上に皮肉的な末路だと、『彼女』は自嘲しかける。

 

(……本当に、[彼女]には顔向けが出来ないわね)

 

 その顔ですら、【自分】は[彼女]の借り物の顔しか、向ける顔を持ち合わせていない。

 借り物だらけの、強盗品ばかり――偽物ばかりの、生涯だった。

 

「――――ッッ」

 

 ガっ――と、凍った路面を踏み直す。美しい紅色を失いかけている唇を噛み締めて、つうと雪女に相応しくない緋色を口元から垂らした。

 

 そして、はぁ――と。

 自らが作り出した、地面から生え揃う何本もの巨大な氷柱により低下した外気温によって、真っ白に視認出来るようになった吐息を漏らす。

 

 この極寒の環境は、『彼女』が自ら作り出したフィールドだ――正確には、結果的にそうなってしまったという方が正しいが。

 それでも本来、こんなフィールドを創り出せるような能力を――異能を操る『彼女』が、[彼女]という雪女の身体を持つ寄生(パラサイト)星人が、あろうことか寒さに震えるなんて醜態を晒すことは、まかり間違ってもあり得ない異常事態だ。

 

 つまりは、そういうことだ。『彼女』の現在のコンディションは、そんな異常な事態が起こり得てしまう程に異常だった。

 それほどまでに、『彼女』という化物は弱り切り――死に、瀕していた。

 

 食い縛った唇から、左肩から、右脇腹から、左腿から、右脛から、真っ黒な礼服を切り裂いて局所的に露わになったその美しい真っ白な肢体から、その新雪のような白を穢すように、あるいは彩るように、人間のような緋色の血液が流れ出している。

 

 そう――あの千手観音のような無数のロボットアームによる多彩な攻撃は、確かに苛烈で、このような醜態に『彼女』を追い詰めたが、それでも、この通り致命的な一撃はもらっていない。

 あの人魚からの逃亡戦や、あの濁眼の黒衣からの逃亡戦による体力の消費や肩口の穿傷などによってとてもではないが十全の力を発揮出来たとは言えないが、それでも――雪女の身体を持つ『自分』が、凍死に追い込まれる程に弱らされる程に追い込まれるような攻撃は受けていない――否。

 

 ドクン、ドクン――と。

 まるで脈打つような激痛を齎してくる黒火を、氷の膜の上から押さえるように、『彼女』は手を添える。

 

 そう――既に、この身体は限界だった。

【彼女】が[彼女]から奪い取り、寄生し、『彼女』の身体として生き続けていた、この身体は、既に燃え尽きようしていた。

 

 生命を、燃やし尽くそうとしていた。

 

 消火出来ないまでも、延焼は防いだ。

 ただ肩口を焼き続けるばかりだったこの黒火は、それでも、雪女の冷たい身体を、氷のような身体を、猛毒のように苛み続けた。

 

 ポタ――ポタ――と。

 一滴、一滴、残り僅かの生命を垂れ流すように、似合わぬ赤い血を滴らせる『彼女』。

 

 限界は近く――死期も、迫っていた。

 

 肩口の黒火に焼き殺されるのが先か、自らが作り出した氷のフィールドで凍え死ぬのが先か。

 それとも――あの無数のロボットアームの色取り取りの兵器に、殺されるのが、先か。

 

 霞む視界の中、霧のように冷気が漂う中、そんな周囲に溶け込むような白衣を――だが、内に着込んだ真っ黒な全身スーツによってどうしても隠し切れない存在感を放つ、あの変態科学者は、これ以上なく化物染みた笑みを浮かべ、舐るように鮮血に塗れる『彼女』を見遣りつつ、愉悦を隠そうともしない声色で言った。

 

「さあ、選択の時です、『寄生女王(パラサイトクイーン)』。ワタクシとしても、出来る限り実験体(サンプル)は生きている状態で回収したいのです。なので、死に体のあなたに救いを齎しましょう」

 

 レジー博士は、敢えて、白い手袋を嵌めているかのようなビジュアルの何の兵器も持っていない一対のロボットアームを突き出して、その右側の手で“一”を示した。

 

「一つ。このままあなたが両手を上げれば、ワタクシはこれ以上、あなたを傷つけません。このYガンであなたを捕獲し、すぐさま本部へと連行します。送られる先は暖かいワタクシの研究室(ラボ)。もう雪女の癖に寒さに震えるなんて惨めな思いをしなくて済むのです」

 

 そう言ってYガンを右手に持ちながら、哀れむような――けれど愉悦が隠し切れない笑顔で肩を竦める。

 

 次に、左側の手袋ロボットアームで、“二”を示しながら、レジー博士は言う。

 

「二つ。このまま両手を挙げず、熱さに耐え、寒さに震えながら、死に体の身体で死ぬまで悪足掻きをし、死体としてワタクシの暖房の効いた研究室まで送られる末路。個人的には、こちらはオススメしませんねぇ。ワタクシとしてもメリットが小さいですし、何より惨めですよぉ。まぁ、身体と頭が分かれても、しっかりと弄り回しはしますので、その点はご安心を」

 

 さぁ、どっち――と。

 手袋ロボットアームと、自らの両手をリンクさせて、前に突き出すレジー博士。

 

『彼女』は、霞む視界と、霞む世界の中――霞む思考で、選択した。

 

 ドクン、ドクンと、鼓動と共に激痛が響く。

 

 けれど――これは証だ。

 

 生きている証。まだ生命尽きていない証拠。

 この身体が、燃え尽きていない証拠。

 

 まだ――[彼女]が、死んでいない、何よりの証拠。

 

「…………」

 

 ゆっくりと、両腕を挙げていく。

 

 見る見る内にレジー博士の笑みが深くなるが、『彼女』は、この期に及んでも、あの氷の無表情だった。

 このまま大人しく投降すれば、もしかしたら背後の普通自動車の中で眠る雪ノ下家の人達の生存確率は上がるのかもしれない。

 

 だがそれは、この戦場に何も知らない彼女等を放置するということであり、それにこの狂った科学者(マッドサイエンティスト)は、『自分』を本部の研究室(ラボ)とやらに送った後、この家族を見逃すような人物とはとても思えない。

 

 これまでに何度かこの普通自動車を庇うような動きもしてしまっているし、それに、“見たこともない混合種(ミックス)”であるところの『自分』が、あれほどまでに庇おうとした存在であるというだけで、この変態科学者は興味を持つかもしれない。いや、前もって『自分』の存在に興味を持っていたという奴は、雪ノ下家についても既に調査済みで――()()()()()()()()()()()()

 

「………………」

 

 それに――ドクン、ドクンと。

 全身に響き渡るような鼓動を鳴らし――『私』を――【私】を鼓舞してくる[彼女]に。

 

[彼女]がこんなにも、燃え尽きていないのに。諦めていないのに。

 

 生きようと、しているのに。

 

(――応えないわけには、いかないでしょうっ!!)

 

 ゆっくりと挙げていた両手を――バッと、正面に強く突き出す。

 

 その氷の無表情は――不敵な微笑に変わっていた。

 

 氷の美少女――氷の微笑女。

 

 その二つ名に相応しい、美しき笑みだった。

 

「――ほう」

 

 レジー博士も笑う。

 愉悦ではなく、こちらも静かな不敵な笑みで。

 

 パキパキパキと、空気中の水蒸気が凍り、拳大の氷塊が幾つも作り出され――発射された。

 

 対してレジー博士も手袋ロボットアームを下げて、戦闘用の兵器を持つその他の幾つものロボットアームを駆り出し、迎撃する。

 

「――――ッ!」

 

 力を振り絞って放つ氷塊は、悉くが科学者まで届かない。

 防がれ、撃ち落とされ、弾かれ――やがて、ロボットアームが防御ではなく攻撃に転じた。

 

 襲い掛かる機械の腕に対し、『彼女』は両手を突き出したまま、鋭く叫ぶ。

 

「ッッ――ハァッ!!」

 

 途端、アスファルトの路面から、幾つもの杭のような氷柱が飛び出した。

 それらは的確にロボットアームを弾き飛ばしていくが――それでも、満身創痍の『彼女』が放つ氷柱は、残酷に数が、勢いが、足りなかった。

 

 腕が迫る。氷柱の網目を掻い潜って来る。

『彼女』は歯を食い縛り、激痛を振り払って、両手を、背中を、顔面を――裂かせる。

 

 ガキキキキキキン!!! ――と、雪女の[彼女]の異能に比べれば、余りにも小さく、余りにもか細い【彼女】の異能(ちから)、異能とも呼べないささやかな力で、必死に、必死に、死を追い返す。

 

 まだ死なない。まだ死ねない。まだ――死にたくない。

 そんな『彼女』の命乞いを嘲笑うかのように、霞む思考の中に走馬灯が流れ込む。

 

 雪ノ下厳冬。雪ノ下照子。雪ノ下豪雪。雪ノ下陽光。雪ノ下陽乃。

 

 共に戦い、先に散った同族達。シン。『彼』。

 

 そして――[彼女]。

 

『自分』そっくりの、けれど【自分】では絶対に作れない“微笑(えがお)”を、振り向いて、【彼女】に向ける――[彼女]。

 

「ッッッッッッ!!!」

 

 キィィィン!!! ――と。

 

 全てのロボットアームを弾き返し、防ぎ切った『彼女』は、ハッと、真っ白な吐息を吐き出して――見た。

 

「――っ!?」

 

 杭のような氷柱が乱立する、その向こう側で。

 自らの目の前に突き出すように、一本のロボットアーム――その手が持つ、一つの銀色のランタンを、構えるレジー博士を。

 

 レジー博士は笑う――ニタァと、化物のように。

 

 そして、ランタンが、燃えるように激しく輝き出した。

 

「――――――ッッッッ!!!!」

 

『彼女』は――強く、強く両手を前に突き出し。

 

 顔半分が裂け、背中が帯のように伸長し、両手が真っ白な刃へと化けているのも構わず。

 

 ただ――真っ白な頭で、生命を必死で振り絞った。

 

 

「ァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

『彼女』の目の前に、大きく、美しい――雪の華が咲いた。

 

 

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 

 その氷の結晶は『彼女』を守るように立ち塞がり、狂った科学者(マッドサイエンティスト)の哄笑と共にランタンから放たれたビームのようなレーザーと激突した。

 

 

 パリィィン――と。

 

 何かが、砕け散る音が、哀しく、美しく響き渡った。

 

 

 一体の化物の身体が、キラキラと月光によって輝く氷片に彩られながら吹き飛ばされ、ゴロゴロと路面を転がりながら、やがて、普通自動車の後部座席のドアに受け止められた。

 

 その身体は、未だ弱々しく鼓動を刻むものの、すぐに立ち上がることすら出来なかった。

 鉛を流し込まれたかのように、腕が、いや指すらも、『彼女』の意思を反映してはくれなかった。

 

 まるで、別人の身体になってしまったかのように。

 

(…………いや…………元々、【私】の……身体じゃ……なかった……わね)

 

 無理矢理、奪い取った身体だった。殺し、盗った、借り物の身体だった。

 

(…………見捨てられた………いいえ………見放された……のかしら)

 

 だとすれば、そんなにも相応しい最期もない。こんな化物には、勿体ないくらいの末期だ。

 

 ハッ――と、笑えた、だろうか。自嘲くらいは、出来ただろうか。させてもらえただろうか。

 

「――おや。おやおやおやおやも一つおやぁ? これは僥倖。大したものです。アレを食らって尚も五体満足、それも息まであるとは感服ですねェ。素直に見事と賞しておきましょう」

 

 狂気の科学者の声がする。

 霞んだ視界は、もう本当に朧げにしか世界を映してくれないけれど、それでもこちらに向かってゆっくりと、背中から何本もの腕を生やす怪物の姿は捉えることが出来た。

 

 否――怪物ではなくて、人間だ。

 化物を退治すべく、恐ろしい人間がやってきた。

 

 どうせならもっとマシな処刑人をとも思いたくもなるが、これも報いというものか。

 

「どうです? これも神の下さった奇跡です。 一番を選びますか? 今ならギリギリで間に合いますよ?」

 

 そう言ってニタニタ笑いのまま首を傾げるレジー博士。

 

 その笑みを受けて、『彼女』は――【彼女】は。

 

 美しく――不敵に、微笑んだ。

 

「――そーですか。非常に、残念です」

 

 科学者も、また、笑いながら言った。

 

「さらば。哀れな化物よ」

 

 白い手袋を嵌めた一対のロボットアームが伸びる。

 

 それはまるで地獄から伸びる屍者の手のようで――ならば、と。

 

『彼女』は――【彼女】は。

 

 背中の帯触手で身体を持ち上げ、両手の刃で地面を突き刺して、顔の半分を裂かせたまま――微笑(わら)った。

 

 最後は――最期は、目一杯、化物のように死のうと。

 

 あんな醜い手に地獄へ引き摺り込まれるのは――【化物(じぶん)】だけで十分だ。

 

 人間になりたかった[彼女]に、人間になれたであろう[彼女]に、こんな最期は相応しくない。

 

 こんな化物に、あんなにも素敵な“人生”をくれた[彼女]に、せめてもの恩返しがしたかった。

 

 迫る腕に、微笑みながら【彼女】は。

 

 今、再び駆け巡る走馬灯に。己の生命を美しく彩ってくれた生命に。

 

 かつて――厳冬が、この上なく幸せそうに逝ったように。

 

 感謝を、遺す。

 

「ありがとう」

 

 出会ってくれて。傍にいてくれて。

 

 お蔭で――『私』は――。

 

 

(………幸せ――――だったの、かな?)

 

 

 最後の――最期で。

 

 微笑みが、凍った――その瞬間。

 

 

「――ダメぇっ!」

 

 

 地獄へと引きずり込もうとする前方の腕が、路面から飛び出した新たな氷柱に貫かれ。

 

 ガラッ――と。

 背後の扉が横に開き、後ろに倒れ込む【彼女】を――『彼女』を、温かく柔らかい存在が抱き締めた。

 

 両手が刃で、背中が開き、顔面の左半分すら裂けている瀕死の化物を、受け止めたのは。

 

 恐ろしい化物を、悍ましい化物を――ギュッと、温かく、柔らかく、けれど強く、抱き留めたのは。

 

 

「――――陽、光?」

 

 

 その名の通り、まるで太陽の光のように、温かく――暖かく、そして、柔らかい――愛しい、愛しい、娘だった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 これまでのものよりも細いが、遥かに鋭く飛び出してきた二本の氷柱に、弾かれるのではなく、防がれるのではなく――破壊された。

 

「な――な――な――」

 

 白い手袋を嵌めたような、二本のロボットアームが、くるくると完全に制御を失い、滑稽に宙を舞っている。

 

「――――――ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああにぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいをぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! ワァァァァァァタクィノォォオオオオオオオオオオオオ!!!! 作品をぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 両手で頭を抱え、笑みではなく愕然とした絶望で膝を着き、レジー博士は絶叫する。

 まだ動けたのか、あろうことか氷を創り出せたのか――そんな疑問よりも前に、己が作品に傷をつけられたことに、レジー博士は号泣する。

 

 そんな一人の変態の泣き叫ぶ声が響く中――普通自動車の車内では。

 

 一体の醜悪な化物が、一人の美しい人間の女性に、強く、強く、抱き締められていた。

 

「……陽………光………」

 

 化物は、呆然と美女の腕の中で呟く。

 

 片目で見上げるその顔は、氷のような冷たさなどまるで感じず、ただ温かい涙で塗れ、何かを堪えるような、けれど今にも決壊してしまいそうな、そんな――正しく、人間で。

 

 片目――? と、その時、【彼女】はようやく、今の己がどんな姿なのかに思い至った。

 両手は刃で、背中が開け、そして顔面は右半分が醜悪に裂けている――正しく、化物で。

 

「――――ッ」

 

 思わず、情けなく、歪めて。

 そして【彼女】は、娘の顔を直視出来ないとばかりに顔を背け、震える声で、小さく言った。

 

「…………放しなさい………離れなさい…………陽光(ひかり)

「嫌」

 

 だが陽光は、その言葉を聞いて更に強く、ギュッと【彼女】を抱き締める。

 

「――っ!! ………分かっているの? ………分かっているのですか。……あなたが……今……腕に抱いているのが……どんな……存在なのか」

「分かってる。抱き締めて、何が悪いの?」

 

 ずっと被っていた“設定”を忘れていたことに気付いて、遅まきながら言葉使いをいつも陽光に使っていたものに直すが、陽光はまるで取り合わず、更に強く、強く抱き締めて――ポタ、ポタと、温かい、涙を垂らす。

 

「……何が、悪いのッ!」

 

 その涙に、思わず【彼女】は、ゆっくりと、娘を見上げて。

 

 目を合わせた娘は、涙を零しながら、顔を真っ赤にして、声を震わせて――化物に言った。

 

 

「――“娘”が……“母親”を、抱き締めて……何が、悪いっていうのよ……っ」

 

 

【彼女】は、娘のその告白を受けながら、娘のその涙を受け止めながら。

 

「…………」

 

 驚愕も、衝撃も無く――ただ、目を瞑った。

 

 言い訳はしなかった。言い逃れも出来なかった。

 

 娘に――この子に、そんなものは、通用しないと知っていた。

 

「……………いつ、から?」

 

 本来なら、こんな問いもまるで無意味なのだろう。

 

 雪ノ下陽光の出生――それは、雪ノ下家において、雪ノ下建設において、最大の秘密で、機密で、スキャンダルだ。

『彼女』は勿論のこと、戸籍上の母親である照子も、戸籍上も血縁上も実父である厳冬も、終ぞ陽光に明かすことなく逝去した。

 元々この真実を知っている者など、当時の幹部達を含めたほんの一握りで、知られたら最後、自分達も纏めて路頭に迷う危険性を秘めた爆弾だ。漏れる筈もなかった。

 

 けれど――そんなもの、何の意味がある?

 

 この人間は――我が娘は、雪ノ下陽光(ひかり)だ。

 

 いつまでも誤魔化せる筈がない。

 

 この子はもう――子供じゃないのだ。

 

「……………………」

 

“母”の愚かな問いに、瞳に涙を溜めるばかりで、何も答えない陽光に。

 

【彼女】は目を開け、生まれて初めて、母として娘と向き合い――懺悔する。

 

「………………ごめんなさい」

 

 そうだ。

 まず何よりも、【私】は娘に謝らなければならない。

 

 母であることを黙っていたこと。こんな戦争に巻き込んでしまったこと。

 謝罪することは数多く、懺悔するだけで死に伏してしまいそうだけれど――何よりも、これだけは、謝らずにはいられない。謝らずして、死んではいられない。

 

「……こんなお母さんで……ごめんなさい」

 

 陽光が――母を抱き締める、娘が震えた。

 

 母は――両手が刃の母親は、背中が開けた母親は、顔面の半分が裂けた母親は。

 

 自らを抱き締める娘の顔を、氷のような――微笑みで見上げて、言う。

 

 

――母親の癖に、化物でゴメンね。

 

 




 恐ろしい化物を、悍ましい化物を――ギュッと、温かく、柔らかく、けれど強く、抱き留めたのは。

 その名の通り、まるで太陽の光のように、温かく――暖かく、そして、柔らかい――愛しい、愛しい、娘だった。


 一体の醜悪な化物が、一人の美しい人間の女性の腕の中で、情けなく、震える声で呟く。

 放しなさい。離れなさい――と。


 人間は、美女は、娘は、言った。

 嫌――と。抱き締めて、何が悪いと。

 温かい涙を浴びせながら、強く、強く――言う。


「――“娘”が……“母親”を、抱き締めて……何が、悪いっていうのよ……っ」


【彼女】は――化物は――【母】は。

 その涙を浴びながら。

 人間に――己が娘に。

 生まれて初めて、母として娘と向き合い――懺悔する。


「………………ごめんなさい」


 ごめんなさい――ごめんなさい。

 母は――両手が刃の母親は、背中が開けた母親は、顔面の半分が裂けた母親は。

 自らを抱き締める娘の顔を、氷のような――微笑みで見上げて、言う。


――母親の癖に、化物でゴメンね。

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