比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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天すらも利用し、邪するような、そんな鬼となってみせよ。


妖怪星人編――58 天を邪する鬼

 

 巨大な鬼が、暴れ狂う。

 

 その鬼に、もはや命はない。生はない。――首も、ない。

 

 既に――完膚なきまでに、死んでいる。

 造られた命は消えど――それでも、創られた身体は、未だ動き続ける。

 

 動き続け、藻搔き続け――暴れ続ける。

 

「――悲しいな」

 

 そう哀れみながら振るわれた鎌は、首無鬼の片足を勢い良く刈り取った。

 バランスを崩した鬼は、受け身を取ることもせず、そのまま無様に倒れ伏せる。

 

「死んでいるなら、大人しく死ね」

 

 そして、倒れた鬼の手の甲を目掛けて、家屋の屋根に立つ男の弓から矢が放たれる。

 

 一度の射で数本の矢を同時に射出した男は、寸分狂わず狙い通りに、鬼の両手を地に縫い付けることに成功した――が。

 

 死んでいる鬼は、首も命も何もかも失っている鬼は――それでも、未だそれを認められないかのように。

 

 縫われた手を、手の甲が引き裂かれることにも構わずに、無理矢理に振るい、拘束を吹き飛ばし、矢を射た男を家屋ごと吹き飛ばすように、その丸太のような拳を振るう。

 

 絡繰鬼・鎧将(がいしょう)は、命も首も失おうとも――ただ与えられた妖力と指令のままに動き続ける。

 

 ()()()と、ただ一つの命に従い、もう失くした筈の命を往生際悪く燃やし続ける。

 

「強さは大したことはない――だが、放置も出来ない」

 

 鎌を構える武者――頼光四天王が一人・碓井貞光(うすいただみつ)は、そう呟く。

 

 確かに巨大で強大だ――が、言ってしまえば、それだけだ。

 特殊な術を使うわけでもない、ただ巨体頼りの力任せの攻撃。

 

 皮膚も硬いわけではない。こちらの攻撃に対し防御も回避も取らない。

 ただ暴れ狂うだけ――しかし、この場においては、それが何よりも厄介だ。

 

「こちらを狙ってくるわけではない。だからこそ、注意を引くことも出来ない。この鬼を一秒でも放置すれば、京にも、民にも、無残な被害が生まれる。分かっていますとも」

 

 しゅたっと貞光の傍に着地した、弓を背負う武者――同じく頼光四天王が一人・卜部季武(うらべすえたけ)は、そう言の葉を紡ぎながらも、並行して矢を、こちらに背を向ける鬼の肩へと打ち込むが、鬼は体勢をややよろけさせるだけで、振り返りもせず、また暴れることを止めるわけでもなかった。

 

「ああ、分かっている。――奴もまた、それを分かっているのだろうさ」

 

 貞光は一度だけ背後を見る。

 

 そこには、黒い小さな雲の上で胡坐を掻く黒布で顔を覆う妖怪と――その背に手を突っ込みながら、強烈な雷を浴び続ける隻腕の青鬼が居た。

 

 ()()を止めなくてはならない。

 だが、その為に、その前に――この死んでいる鬼を、暴れ回る鬼をこそ、止めなくてはならないということを。

 

 分かっている――『人』も、『鬼』も。

 

 ならば――こそ。

 

「迅速にあの巨大鬼を止めるぞ」

「それも、分かっていますよ。死んでいる鬼を、更に殺せっていうんでしょう」

 

 そうだ――と、言いながら、貞光は駆け出す。

 

 彼らは頼光四天王――妖怪退治のスペシャリスト。

 常識が通用しない怪物を退治し続けてきた武者達だ。

 

 死んでいる鬼を殺す――そんな矛盾も、これまで何度も成し遂げてきた。

 

 己を援護するように後ろから放たれる矢の雨を一顧だにせず――ただ、目の前で平安京を破壊せんと暴れる、既に死んでいる鬼を、鎌を持つ武者は見遣る。

 

(あの巨大鬼は、先程までは天邪鬼が操作する形で動かしていたんだろう。それを、天邪鬼は、自動操縦にした――恐らくは『暴れろ』と、そう単純な継続指令を送り込む形で。だからヤツはただ暴れることしか出来ない。問題は――その動力源だ)

 

 一直線に巨大鬼に向かって駆けていく鎌を持つ武者の背中を見詰めつつ、弓に次弾を番えながら――振り上げた鬼の拳に向かってそれを放つ武者は、冷たく静かに目を細める。

 

(己の中に動力源を持つ鬼でないなら、天邪鬼が操縦権を手放す際に予め妖力を注ぎ込んだって所か。前者なら動力源の破壊、後者なら妖力(燃料)切れを起こすまで攻撃を避け続けるなどでやり過ごすのが定石。だが、今求められているのは、対象の一刻も早い無力化だ)

 

 前者か後者か、慎重に見極めている時間もない。

 ならば、実行すべきは――第三の選択肢。

 

 どこに動力源を隠していようと、どれだけの妖力を与えられていようと、関係ない。

 

「「跡形もなく破壊する――それが一番手っ取り早い」」

 

 金時、頼光、綱――雷を、炎を操る彼等がここに居れば、話は早かったのだが、生憎、この場に立つのは貞光と季武だけだった。

 

 怪物のような仲間達の中で、ただ愚直に、何の超常現象も引き起こせない武具を振るうことしか出来ない――只の人間しか、此処には居ない。

 

 残されたもう一本の足も切断しながら貞光は苦笑するが――それでも、何の問題もないと、そう鎌を強く握る。

 

 先程よりも強い呪力を込めた矢で、鬼の右の手を吹き飛ばす矢を放った季武は、ちらりと一瞬、背後を見遣る。

 

(僕の矢と貞光さんの鎌でも、この鬼を木端微塵にすることは出来る。けれど、金時や綱さんや頼光様と違って、一撃では無理だ。どうしてもそれなりに時間はかかってしまう)

 

 数分か、数十秒か。

 後は、間に合うかどうかという話だ。

 

 あの青鬼と、雷様――その戦いの、決着までに。

 

(――考えている時間はない。僕等に出来ることは、一秒でも一瞬でも早く――ッッ!!)

 

 両足を失い、片手を失っても尚、頭部と命を失っている鬼は、それでも藻掻くように暴れ続ける。

 

「――――ッ!」

 

 そんな哀れな姿に、思わず下唇を噛み締めながら――呪力を込めて、季武は再び矢を放った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 まるで、鬼を灼き殺す太陽の中であるかのようだった。

 

 眩い光が眼球を貫き、迸る熱が全身を痺れさせる。

 

 正に天の怒りが如き力の奔流。

 

 これが、この国で最も強固な結界――安倍晴明が渾身の、この国で最も貴き血を守る為に張られた清涼院の結界をも打ち破った力。

 

 雷神・菅原道真(すがわらのみちざね)(いかずち)

 

 此処に居るのは力が大幅に制限された影法師――それも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるとはいえ、それでも、少しでも気を抜けば、この全身を包み込む激痛に意識を奪われ、存在そのものを消されてしまうことが分かる。

 

 それでも――と、隻腕の青鬼は、絡繰を纏ったその腕に力を込めて、道真の『核』を握り続け、己の妖力を流し続ける。

 

『――何故だ?』

 

 雷の奔流の中で、必死に繋ぎ止める己が意識に、微かにそんな声が届く。

 

『何故、お前はそこまで必死になっている? 何故、お前はそんなにも――我が力を欲するのだ?』

 

 それは単純な知的好奇心を満たす為の問いであるかのような響きを纏っていた言の葉だった。

 気になったから聞いた。知りたいから尋ねた。そんな、菅原道真という人間の本能のような問い掛け。

 

 だからこそ、天邪鬼は、何の疑問もなく、己も尋ねた――己に、尋ねた。

 

 何故――何故だ。

 

(――何故、私は――)

 

 こんなにも必死に――『何か』に尽くそうとしているのか。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

――今日から、お前は『鬼』だ。

 

 そう、純白の陰陽師は言った。

 

 己の両隣には、二羽の烏が居た。

 

 白い男の言葉によって、『(さとり)』、『烏天狗(からすてんぐ)』にそれぞれ変貌した彼等は、片膝と片拳を地に着いて、頭を垂れて跪いている。

 

 そして――今。

 彼等と同じように、目の前の男――『三羽烏(さんばがらす)』を生み出した存在、白き陰陽師――安倍晴明(あべのせいめい)の『言霊』によって。

 

 最後の烏は、三羽目の烏は――その姿を、『鬼』へと化えた。

 

 嘴と羽が失われ、身体も闇夜に溶け込む黒から不気味な青色へ。

 裂けた口には牙が、額には二本の角が生えた。

 

 男が鬼になれと言ったから――今日から、自分は『鬼』になった。

 

――名を与える。お前は今日から『天邪鬼(あまのじゃく)』だ。

 

 両隣に跪く同胞――『覚』と『烏天狗』と同様に、生まれ変わった『三羽烏』に晴明は名を与え、次いで果たすべき『使命』を与えた。

 

――『天邪鬼』よ。お前に与える使命は、『鬼』の『復権』だ。

 

 先頃に行われた『大江山の鬼退治』によって、酒吞童子(しゅてんどうじ)の妖怪王への覚醒は先延ばしにすることが出来た――が、いかんせん、削り過ぎた。

 

 あくまでの安倍晴明にとっての本番は十年後に開催予定の『妖怪大戦争』である。

 それまでに『鬼』には、再び日ノ本を揺るがす脅威になってもらわなくてはならない。

 

 四天王を三席失い、抱えていた戦力の大多数を滅ぼされた大江山。

 それを、僅か十年で、先頃の『大江山の鬼退治』以上の規模で行われる――『星人戦争(ミッション)』の、相手方を務めるに相応しい一大勢力へ復権させる。

 

 そんな無理難題を、安倍晴明は一羽の烏に押し付ける。

 

――日ノ本に千年の平和を齎す為、『妖怪大戦争』という『儀式』は、必ずや計画(プラン)通りに成功させる必要がある。

 

 崇高なる目的の為に、今、この瞬間から――お前は誰よりも『鬼』となれ。何よりも『鬼』の為に尽くす鬼となれ。

 

――その為に、誰も、何も、この生みの親たる『()』すらも利用し、邪するような、そんな鬼となってみせよ。

 

 お主は今日から――『天邪鬼』だ。

 

 そう齎される言の葉に、三羽目の烏は、深く深く敬服し、ただ一言を返す。

 

「御意に。それが(貴方様)の御意志であわせられるならば」

 

 その瞬間、『烏』は『鬼』となり。

 

 何者にも縛られない、天すら邪する鬼と化した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 まるで走馬灯のようなそれを、雷の奔流の中で回顧して。

 

 青き鬼は――天にすら縛られぬ鬼は、笑う。

 

「――ふふ。思い出しました。全て思い出しましたよ。何にも縛られるなという真名を与えられながら、誰よりも素直に言うことを聞いていたということですか」

 

 随分と『役』になり切るタイプだったのですねぇ、お恥ずかしい――そう呟く青鬼に、菅原道真は訝しむが。

 

「……しかし、これもまた、あの御方の筋書き通りなのでしょう。結果として、私はあの御方からのミッションを、完璧にこなしているのですから」

 

 己が『役名』を忘却しながらも、己が『役目』は完璧に成し遂げていた。

 

 予想外の『狐』が出現したとはいえ、結果的に『鬼』は京を脅かすだけの勢力を復権させ、妖怪大戦争はかつての『大江山の鬼退治』を上回る程の役者を持って、日ノ本を危機に陥れ、『星の力の流れ』の活性化に成功している。

 

 月へ伸ばされた『手』は無事に届いた。

 後は、妖怪王の器たる存在に封印を施し――『妖怪』という『星人』を、千年もの間、『弱体化』させることが出来れば。

 

 この盛大なる『儀式』は完遂される。

 今宵の『妖怪大戦争』の成功は、今後千年間、日ノ本という国に対し、少なくとも国土全域を巻き込むような大規模な星人戦争は予防するだろうと、そう安倍晴明()星詠みし(おっしゃっ)た。

 

「――しかし、それでは些かつまらないでしょう」

 

 天邪鬼は、己が全てを思い出し、己が全てを取り戻して――尚、その手を離さずにいる。

 

「我が真名は天邪鬼(あまのじゃく)!! 天を邪せよと天に命じられしモノ!! ならば、一度くらいあの御方の意表を突かなければ!! それこそ不敬というものでしょう!!」

 

 安倍晴明が、恐らくは舞台装置として配置し、既にその役目を終えたとされる菅原道真。

 

 その力を奪い、我が物にする。

 同じくその役目を終えた筈の、一羽の烏に過ぎない筈の――この天邪鬼が。

 

 自らを作り出した『天』たる存在が、完璧に創り上げたこの妖怪大戦争という舞台を、台本(プラン)を無視して掻き乱す。

 

(あるいは――これもまた、あの御方の思い通りなのでしょうか)

 

 だが、あの御方は仰った。

 

 誰もを、何もを――『天』すらも利用する、そんな『鬼』になってみせよと。

 

「ならばこそ、私は――より()()()()な、そんな道を選びましょう!!」

 

 その方がきっと、あの御方は、お喜びになられるに違いない! ――と、そう雷の中で笑う青鬼に。

 

 己の『核』に流れ込んでくる妖力、それに混ざり込む呪力に――安倍晴明の色が濃くなっていくのを感じて。

 

 やはり、同じく――道真は、笑った。

 

「――これもまた、お前の筋書きか。……小僧め」

 

 かつて、賀茂忠行(かものただゆき)に引き連られてやってきた、齢十に満たない少年。

 三日三晩の死闘の末、見事に日ノ本最大の大怨霊と化した菅原道真を退治してみせたかの少年の呪力を感じて、道真は笑う。

 

()()()()――お主の悪巧みは、百年後の今も健在か」

 

 己の『核』を侵食されながら、道真の瞳は――月へと伸びる『手』に、そして、離れた闇の中から己を見詰める『烏』へと向けられる。

 

 目が合った『烏』――『烏天狗』は、()()()()と笑う。

 

 当初の『計画』になかった『狐』。

 しかし、彼らの主は、その予想外の存在の出現すら見透かしていた。

 

 結果として、己が手元に残して使い勝手のいい手足とする筈だった『烏天狗』をも送り込むことになったが、当初は日ノ本各地を渡り歩き鬼以外の妖怪勢力を纏め上げる予定だった『覚』を幹部として送り込んでからは、話は早かった。

 

 あの『狐』は強大な力を持っていながら、己が勢力の運営にはことごとく無頓着だった。

 まるで己が目的は明確に定まっていて、それ以外はどうでもいいという態度が露骨に見え隠れしていた。

 

 お前の好きなように、この勢力を利用してみろと、覚や烏天狗を通じて、()()に向かって微笑んでいるかのようで。

 

(――まあ、それならそれで話は早いと、我々も好き勝手にやらせてもらいましたが)

 

 結果として、『狐勢力』の殆どを、覚が運営することになった。

 

 覚。雷様。鈴鹿御前。鞍馬天狗。

 四天王を設定したのもまた、覚であり、烏天狗であり、そして安倍晴明だった。

 

(『計画(プラン)』に必要な『役者(キャスト)』を、必要な時に必要な場所にいるように配置することも、実に簡単だった)

 

 全ては、彼()の、『計画(プラン)』通りだった。

 

「………………あの男が、当代の『藤原』か」

 

 妖怪・雷様――妖怪よりも神に近い位に上り詰めた男の目は、月へと伸びる『手』の中を進む『人間』の姿を捉えていた。

 

 天を翔ける白馬に乗り、白き虎を供に連れて、月へと上る――『人間』を。

 

 そんなことが可能なのは、そんな荒唐無稽な夢を叶えるのは――『野心』を燃やし上げて、実現させるのは、間違いなく『藤原』だと。

 

 己が滅ぼされ――百年が経ち、こうして平安京が終焉を迎えようとしても、尚。

 

 全ては――『藤原』の黒く燃える野心と、純()の『陰陽師』の黒き策謀によって支配されている。

 

(やはり、平安京は変わらないのか――それとも、変わろうとしているのか)

 

 続きが気になる物語だが――端役はここで退場のようだと、道真は目を瞑る。

 

 青鬼の絡繰が纏った隻腕が突き入れられた背中からのみ噴出していた雷が、道真の身体をも包み込み始める。

 

(あの黒き陰陽師は、どうして私という『役者』を、わざわざ影法師として蘇えらせてまで用意したのか)

 

 こうして天邪鬼に取り込ませる為か。それとも本当に、戦争の号砲としてド派手な開幕を飾るためだけの催しだったのか。

 

(――まぁよい。どちらにせよ、とっくの昔にくたばった老人が口を挟むべきことではない)

 

 これは、死後の夢のようなもの。

 

 黒き野心も、黒き策謀も――全ては、今を生きる若人達が、解き明かすべき問題だ。

 

『――今度こそ、お前に会いたいなぁ。宜来子(のぶきこ)

 

 そして、一際強く光り、影法師が消え去る――その、最中。

 

 膨れ上がった己の妖力を――塗り替えるように出現した、()()()()()に、笑みを漏らす。

 

(随分と欲張りな配役だ。流石の『藤原』や『陰陽師』も、物語を作る才能はないと見える)

 

 道真はそれを無粋と思うが、しかし、こうして己のように潔く退場する、皆が皆、そのような『魂』ばかりではないということだろう。

 

 例え、既に役目を終えていても、舞台を降りるべき時を過ぎても、全力で死に損なうことに執着するモノもいる。

 

 恐らくは、そんな存在こそが、舞台を――物語を、あるいは計画を、レールから外し、引っ掻き回すことが出来るのだろう。

 

(それを面白いと思うか興ざめと思うか――些か興味はあるが、私はさっさと舞台を降りて、客席から好き勝手に批評させてもらうことにしよう)

 

 広げに広げた風呂敷を、果たしてどのように畳むのか。

 

 天の上の黄泉の国から胡坐を掻きつつ、精々高みの見物とさせてもらおう――と。

 

 かつて平安京を恐怖のドン底に叩き落した、歴史上最も強大な怨霊――菅原道真の影法師は。

 

 一際強く輝きを爆発させて、それが再び闇夜に消えた時――たった一枚の人形の術符だけを残して、影も形も残さずに、きれいさっぱりいなくなっていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

(――これで――ッ!)

(終わりだ―――っ!)

 

 貞光の鎌の一閃が、季武の矢の一射が、鎧将の最後の肉塊を吹き飛ばす。

 

 四肢を失っても、もはや機能していない臓物を撒き散らしても――鎧将は只管に暴れ続けた。

 

 手も足も持たない肉塊が、それでも意思を持ったように動き続ける姿は民達の恐怖を大いに煽ったが、これまであらゆる奇々怪々な怪異と相対し続けてきた百戦錬磨の四天王には無意味だった。

 

 ただただ効率的に、淡々と最速で鬼を解体していく様は、頼もしさと共に、やはり民に恐怖を与えたが、結果として一人の犠牲者を出すことなく民は逃げ切り、そして鬼を殺し切った。

 

 だが、二人の四天王は気を緩めず、そのまま得物を持つ手に力を入れて――すぐさまに頭上を見上げる。

 

 そして――揃って、顔を、顰めた。

 

「……間に合わなかったか……っ!」

 

 黒き小さな雲は健在で、バチバチと雷を瞬かせている。

 

 しかし、その雲の上には、既に菅原道真の姿はなかった。

 

 代わりに、小柄な隻腕の青鬼が――その全身から雷を瞬かせて、瞳の色を小金色に輝かせながら、二人の妖狩りを、愉悦の笑みを持って見下ろしていた。

 

「……ふふ。ふふはは。手に入れた――手に入れたぞ! かつて清涼殿の結界をも打ち破った――雷神・菅原道真の(ちから)を!!」

 

 天邪鬼の感情の昂りに呼応するように、ゴロゴロと黒雲は唸り、雷が落ちる。

 

 その恐れていた事態の具現に、貞光と季武は臨戦態勢を取りながら、額に冷たい汗が流れるのを止められない。

 

 菅原道真の影法師は、確かに強大な力を感じさせたが、それでも積極的な敵意はなかった。

 しかし今、その力が明確に悪意を持った『鬼』の手に渡ってしまった。

 

 かつて、この国で最も強固な結界を打ち破った雷が、『鬼』の手に渡った。

 

 予測される未来は――今以上の、地獄絵図。

 

「素晴らしい力だ! この力があればどんなことでも出来ることでしょう! 平安京を火の海に変えるなどというつまらない使い道だけでは収まらない――正しく、最強となった気分です」

 

 酔っている――貞光はそう判断する。

 菅原道真という極大の力を手に入れて、感じたことのない全能感に酔いしれている。

 

 貞光は季武と目配せする。

 今ならば――分かり易く酔いしれ、力に溺れている今ならば、あの鬼を止められるかもしれない。

 

 菅原道真の雷を手に入れた今、天邪鬼はこれまで通りの脅威ではない。四天王などいう枠に収まらない。

 

 鬼の頭領、狐の姫君――それに並ぶような、最上位の脅威。それこそ正しく、奴の言う通り。

 

 最強の妖怪。

 その位に手が届きかねない位置まで、目の前の存在は登り詰めた。

 

「……季武」

「分かっていますよ。例え、僕等の命に代えてでも――」

 

 止めなくてはならない。

 そう、両者が決意を固めた――その瞬間。

 

「そう! 私こそが、正しく、最強の――!!」

 

 天邪鬼が、そう天に向かって叫ぼうとした――正に、その瞬間であった。

 

 

 貞光と季武が守った家屋、民、その他諸々を、盛大に吹き飛ばしながら。

 

 天を見上げる武者、天を仰ぐ妖怪――その他諸々を、盛大に吹き飛ばすように。

 

 

『葛の葉は―――――――――何処だ』

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――()()()

 

 

 かつて辿り着けなかった悲願の目的地――愛するモノが待つ場所。

 

 平安京に――魔人・『平将門(たいらのまさかど)』が、襲来した。

 

 そして――。

 

 

『クズノハァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

 

 

 民も、街も――武者も、妖怪も。

 

 雷も、最強も――何もかもを。

 

 

 黒い炎が――全てを、吞み込んでいく。

 

 




用語解説コーナー58

・天邪鬼

 天を邪する鬼。

 安倍晴明が『計画』を恙なく遂行する為に、盤面を整える為に送り込んだ『三羽烏』が一羽。

 三羽の中で、誰よりも『役』に入り込み、十年間、己を本当に鬼の復権を使命とする大江山四天王だと思い込んでいた。

 だが、その働きと功績は、他の二羽と比べても遜色はなく、どこまでも『天』の掌の上であった。

 故に――天を邪せよと命じられた鬼は、己を取り戻して尚、天の意思に叛逆する。

 雷神の力を手に、圧倒的な全能感に酔いながら、天に向かって嗤う。


 そして、天は――そんな鬼を見て、全てを見透かしたように笑うのだ。
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