比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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――その全てに、一目で惚れた。


妖怪星人編――60 比翼連理

 

「ようこそ――我が花嫁。俺様はお前を大歓迎する」

 

 新婚初夜の寝室にて。

 

 その怪異は、花嫁を歓待した。

 

 寝床(ベッド)に腰掛けて、半裸の姿で――初対面の女を出迎えた。

 

「……………」

 

 ちらりと、鈴鹿御前は背後を振り向く。

 葉で一応の扉のような敷居が作られているが、殆ど暖簾程度の意味しかなさないものだ。

 

 続いて上を向く。岩面の天井が見える。

 この夫婦の寝室は、これまで目の前の鬼が寝転がる為に用意していた洞穴だ。

 

 どんな仕組みなのかは分からないが、密室で燃やしても酸素を奪わない紫色の妖力の炎で光源が用意されている。しかしそれでも、薄暗いことには変わりない。

 

 そして、遂には目を逸らせなくなり――逃げられなくなり、鈴鹿御前は真っ直ぐに、その存在と向き直る。

 

 この巨大な洞穴も、圧迫感の強い窮屈な空間に思わせるような――巨体。

 

 伸びる二本の角は天に向けられる牙のようで、剥き出しの上半身は、心許ない腰布から伸びる足は、触れるまでもなく鋼のように固い筋線維で構成されているのだろうと確信させる迫力を放ち。

 

 その体皮は、闇夜よりも尚も深い、光を呑み込むような黒色。

 

 漆黒の、巨躯なる、鬼。

 

 妖怪王国・蝦夷を纏め上げた、妖怪王の器たる黒鬼。

 

「…………あなたが……阿弖流為(アテルイ)ね」

 

 これまで何度も、その姿は目撃していた。

 離れた場所から――用意されたその闘技場で、幾度となく愛する人を、坂上田村麻呂を圧倒し続けた妖怪の首魁。

 

 分かり切ったその問いに、黒鬼は荒々しい笑みを浮かべながら答えた。

 

「如何にも。俺様が阿弖流為だ。仲良くしよう、我が花嫁」

 

 その巨体を示すように、大きく腕を両手で広げ――まるで、この胸に飛び込んで来いといわんばかりの阿弖流為に、鈴鹿御前は一歩足を引きながら、それでも逃げられないと唇を噛み締めて問う。

 

「――どうして、私に求婚したの?」

 

 意を決し、鈴鹿御前は阿弖流為にその疑問をぶつけた。

 

 遠目で阿弖流為の姿は知っていたが――逆を言えば、阿弖流為もまた、鈴鹿御前のことを遠目でしか見ていない筈なのだ。

 

 言葉を交わすこともなく、ただその姿を、一目――見た、だけの、筈で。

 

 阿弖流為は、一目見ただけ、それで十分とばかりに、荒々しく笑い、言う。

 

「決まってんだろ。一目惚れだ」

 

 一目見て――惚れたと、阿弖流為は言う。

 

「いい女だと思った。美しい女だと思った。愛する男を思う姿、憂う姿、励ます姿――その全てに、一目で惚れた」

 

 だから欲しいと、そう思ったのさ――そんな黒鬼の言葉を、他ならぬ鈴鹿御前は、一笑に付すことが出来ない。

 

 一目で何が分かると、言葉も交わしてすらいないのに、内面を感じてすらいないのに、私の何が分かると、そう断じることが出来ない。

 

 そんな恋もあると、そんな始まりの愛があると――誰よりも、己が、知っているから。

 

 だから、こんな恐ろしい存在から向けられる愛を、鈴鹿御前は――否定できない。

 

「お前に愛する男がいるのは知っている。その男に向ける愛が美しいこともな。けれど、俺は欲しいと思ったものを我慢できるほどに行儀がよくねぇんだ」

 

 けれど、俺も鬼じゃねぇ――と、この国で最も強い鬼は、そう豪快に自らの言葉に笑いながら言う。

 

「今すぐお前に手を出すつもりはねぇよ。思わず手に入れちまったが、それでお前の美しさを損なっちまっても意味がねぇ。お前の美しい愛の矛先が俺様に向くまでは、近くに置いて俺様がいい男だってこと思い知ってもらうさ」

 

 部下達の手前、夜はここで一緒に寝てはもらうがなと、寝台から立ち上がってそこに寝るように促し、自らは寝室の隅に腰を下ろす阿弖流為に。

 

 鈴鹿御前は、空けられた寝台――ではなく、移動した阿弖流為の下に歩み寄り、身に着けていた着物に手を掛ける。

 

「――いいわよ。手を出したければ出しても。そのくらいの覚悟は、してきたから」

 

 そして、着物を勢い良く、自らの身体から剥いで――その美しい裸身を晒しながら、座る阿弖流為を見下ろす。

 

「……………」

「その代わり、一つだけ、私のお願いを聞いて頂戴」

 

 先程までの笑みを消し、どこか冷たく鈴鹿御前を見据える阿弖流為に。

 

 鈴鹿御前は膝を地に着いて、手を阿弖流為の膝に置いて、縋るように――けれど、瞳の色は、どこまでも苛烈に染め上げて、言う。

 

「私を――強くして」

 

 至近距離に、顔を近づけて。

 

 この国で最も強い――生物に向かって、言う。

 

 あなたと――同じにして、と。

 

「あなたと同じ――鬼に、して」

 

 愛する男の下を離れ、愛する男を脅かす鬼の下へ嫁いだ女は。

 

 そう、妖しい光が照らす洞穴の中で、新婚初夜に、己の全てを差し出しながら。

 

 苛烈な覚悟を持って、そう、真っ直ぐに懇願した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 人間が――鬼になる。

 その堕落には、幾つかの道筋が存在する。

 

 鬼に血液を与えられ――『魂』を変質させる方法。

 尋常ならざる妖気に()てられ続け――『魂』が変質してしまう現象。

 

 いずれにせよ、人間という魂の形が、妖怪という魂に変形し、そのまま魂に合わせ『箱』の形が変わるという工程は変わらない――それにより、人間から妖怪へ堕ちるという悲劇が完成する。

 

――だが、それじゃあつまらねぇ。何より、()()()()()

 

 お前という女の美しさが損なわれちまうと、その黒鬼は吐き捨てた。

 

 そもそも阿弖流為程の鬼の血液を与えた所で、大抵の人間は器が耐え切れずに、鬼となる前に死亡する。

 かといって、鈴鹿御前は、只の鬼になりたいわけではなかった。

 

 彼女は――強くなりたかったのだ。

 例え人間を辞めてでも、妖怪に堕ちてでも、愛する人の隣に立ちたかったのだ。そんじょそこらの鬼になったところで何の意味もない。

 

 だから、彼女は阿弖流為の求婚に応じた。

 故に彼女は、全てを曝け出し、全てを捨ててでも――愛する人の仇敵に、懇願したのだ。

 

 私を――鬼に(強く)して、と。

 

 そんな彼女に、阿弖流為は寝台に敷いた布を、全裸の彼女に向かって投げ渡しながら、笑って言った。

 

 彼女の覚悟に――美しい愛に。

 

 惚れ直したぜと、そう豪快に笑いながら。

 

――どうせなら、とびっきり美しい鬼になろうや。この国にただ一体しかいない。

 

 ()()()()にな――そんな黒鬼の言葉が、彼女の脳裏に蘇る。

 

「――燃えなさい」

 

 宙に浮き、紫色の炎を纏う、六本の狐尾を揺らす蒼色の鬼は。

 

 そんな冷たい言葉と共に、美しい掌を、眼下に見下ろす鎧武者へと向ける。

 

 渦巻く紫炎。

 口を開けて呑み込むように瞬時に生まれた炎の渦は、容易く鎧武者を引き摺り込み――そして、燃やす。

 

 あれほど炎を弾き飛ばしていた、妖力を無効化する筈の、式神を妖怪の天敵たらしめていた鎧が、焼け焦げていく。

 

 主を脅かされた怒りに、文字通り青く燃えている翼蛇が、その有り得ざる翼の本領発揮とばかりに宙に浮かぶ鈴鹿御前に向かって襲い掛かる――が。

 

「――鬱陶しい」

 

 虫を払うように、横に払われた彼女の腕の挙動に連動するように生まれた紫炎の壁に激突し――そのまま焼かれ、あえなく落下する。

 

 妖力を無効化する『騰蛇(とうだ)』を焼き得る炎――その感触を確かめるように、彼女は己を包み込む紫色の炎を握り締めながら、かの黒鬼の言葉を回顧する。

 

 この国にただ一体しかいない――特別な鬼。

 

――お前のその美しい呪力。その色を残したまま、鬼の妖力と合わせて一つの力にする。

 

 ミックスソフトクリームのようにな、と、阿弖流為は意味の分からない単語を発しながら言った。

 

 妖怪として獲得する妖力と――そんな妖怪に対抗する為に、星が人間に与える力である呪力を、合わせて新たな力にする。

 

 ただ混合し新たなどす黒い力を生み出すのではなく、どちらかの力にどちらかの残滓を残すというわけでもなく、互いの色をはっきりと残したまま、二色の一つの力にする。

 

 そんなことが出来るのと、そんな弱音が喉元まで競り上がったのを呑み込み、鈴鹿御前は言った。

 

――やるわ。私は何をすればいいの?

 

 そんな彼女に対する黒鬼の不敵な笑みを思い浮かべながら――彼女は、目の前の光景に対し呟く。

 

「――まぁ当然、簡単じゃないわよね」

 

 妖力を弾く鎧に対し、呪力で覆っ(コーティングし)た炎ならば通じるだろうという鈴鹿御前の思惑は上手くいった。

 

 だが、対するはかの安倍晴明が抱える最強戦力が一角――十二神将・『騰蛇』。

 それだけで沈めることが出来るような存在ではない。

 

 紫色の炎の中から――巨大な蛇が飛び出した。

 鈴鹿御前の紫炎を、そして己が纏っていた鎧すらも吹き飛ばしながら、翼を広げる巨大な蛇は、まるで龍が如く、こちらを睨み据えている。

 

 紫を塗り潰す青色の炎を纏う、鎧武者の姿を捨てた、大翼を携えた巨大なる翼蛇。

 これが十二神将・『騰蛇』の真の姿にて――最後の変身。

 

「――醜悪ね。強さを追い求めていった結果、己が面影すら失くした怪物に成り果てて……まるで鏡を見ているようだわ」

 

 翼蛇を前に、鈴鹿御前は――己の尻に生えた六本の尾を、一際強く燃やしながら言う。

 

「――来なさい。何もかもを燃やし尽くしてあげる。あなたに守るものがあるように、私にも……例え、どんなことをしてでも、やり遂げなくてはいけないことがあるの」

 

 天を焼き焦がすが如き咆哮を放ちながら襲い掛かってくる『騰蛇』。

 

 全てを受け入れ、全てを認めない眼差しを持って待ち構える『鈴鹿御前』。

 

 その全てを曝け出し、己が全てを出し尽くす燃やし合いは――正に。

 

 互いの全てを懸けた――死闘となった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 遂に――その日が、やってきた。

 

 阿弖流為と坂上田村麻呂――『妖怪』と『人間』の頂上戦争が勃発してから、およそ一年が経っていた。

 

 鈴鹿御前が阿弖流為へと嫁ぎ――つまりは、田村麻呂の元を去って行った、その日から。

 連戦連敗が重なり、手も足も出なくなっていった田村麻呂の拳に、再び力が篭もり始めた。

 

 嫁にすら見放されたと、鈴鹿御前が抜けてから征夷軍自体の士気は底まで落ち込み、遂には田村麻呂と阿弖流為の一騎打ちの際に誰も応援に駆け付けなくなる程であったが、田村麻呂は文字通りの孤軍奮闘を続け。

 

 少しずつ――少しずつ。

 身体に傷を増やしながら、何度も地に倒れ伏せながら――徐々に、徐々に、その苛烈さを増していった。

 

 阿弖流為の身体に届く拳が、一発から二発、二発から三発と増していき――遂に、その日。

 田村麻呂の拳は――阿弖流為の膝を、着かせるに至った。

 

 どよめく蝦夷の妖怪達。

 初めて見る王の苦戦に、田村麻呂を嘲笑するばかりだった顔に――戸惑いが混ざり込み始める。

 

「――立て。俺達の戦いはこれからだ」

「…………はっ」

 

 ようやく面白くなってきたな――そう口元を拭いながら、阿弖流為は己が神通力を解放する。

 

「応とも!! こっからが、楽しい楽しい、俺達の頂上戦争(ケンカ)だ!!」

 

 大気が震え、空が黒く染まり、雷と鉄火が降り始め、大地は瞬く間に凍り付く。

 

 三本の刀を宙に浮かせ、それらの異能を操る阿弖流為に対し。

 

「…………」

 

 坂上田村麻呂は、ただ一振りの刀を抜いて――己が身一つで、その天災の渦に飛び込んでいった。

 

 

 

 その激戦の裏で、阿弖流為の寝室に忍び込もうとしている二体の影があった。

 

 蝦夷の下級妖怪である彼等は、阿黒に力尽くで屈服させられたものの、蝦夷の王が阿弖流為であることに納得し切れていない残存勢力に属すモノ達だった。

 

 彼等は王である阿弖流為の決闘を応援するよりも、この日、嫁いでからずっと寝室に閉じ込められている、かの王が溺愛する人間の女を犯しにやってきたのだ。

 

 連日連夜、この居城にはかの女の悲鳴が響き渡っていて、阿弖流為がそれほどまでに入れ込む逸品なのだと、部下達の間では下卑た噂が流れていたのだが――この日、王が確実に寝室から姿を消してしばらくの間戻ってこないことが確定している決戦の裏で、こっそりと味見してやろうと企んだのだ。

 

 人間の女など脅してしまえば告げ口もすまいと、舌なめずりをしながら寝室へと侵入した二体だったが――残念ながら、生きてその部屋を出ることは叶わなかった。

 

 代わりに、その寝室から出て来たのは、全身を返り血で染めた――紫色の鬼だった。

 

 これまでにないどよめきと、悲鳴のような声援が、こんな洞穴にすら伝わる。

 

 彼が――戦っている。

 

 紫の鬼は、それに向かって引き寄せられるように、もはや自分には相応しくないと分かっている、外の光に向かって、己が身体を引き摺るように歩いて行く。

 

 その背中を、一体の小柄な赤鬼が見詰めていた。

 

「…………」

 

 届かぬ光に、身を焦がす程に惹かれる――余りにも小さな、その背中を。

 

 まるで、どこかの誰かのようだと、哀れみながら。

 

 

 

 届かない――田村麻呂は表情を苦渋に染める。

 

 あらゆる天災を巻き起こす阿弖流為に、田村麻呂は一振りの刀だけを携えて立ち向かう。

 

 雷鳴を、鉄火を、暴風を、凍土を切り裂いて、その手で強引に突破口を開ける。

 だが、届かない――これまでで最も阿弖流為に迫ることが出来たが故に、改めて、その壁の厚さに打ちのめされそうになる。

 

 三明(さんみょう)(つるぎ)

 阿弖流為が保有する、()()()()()()()()()()技術(テクノロジー)で造られた宝具。

 

 ただでさえ尋常ならざる神通力を持つ阿弖流為に、それぞれの剣が更なる規格外の力を黒鬼に授けている。

 

 黒鬼の巨躯に相応しい、右手に握られた身の丈以上の巨大剣・大通連(だいつうれん)は、阿弖流為に無尽蔵の妖力の回復を。

 豪快な黒鬼に似つかわしくない、左手に握られた細く美しい刀・小通連(しょうつうれん)は、阿弖流為に永久の身体の回復を。

 そして宙空に浮き、黒鬼の周りを跳び回る脇差・顕明連(けんみょうれん)の力は――未だ明らかになっていない。

 

 しかし、前者二本の剣の権能だけでも、田村麻呂を絶望させるには十分だった。

 どれほどの規格外の天災を巻き起こしても――大通連の権能により妖力は瞬く間に回復し。

 どれほど田村麻呂が攻撃を届かせても――小通連の権能により身体は瞬く間に回復する。

 

 まさしく――最強の生物。

 星の規律(ルール)を度外視した怪物。この星を滅亡させるべく、出現したかのような破壊者(デストロイヤー)

 

 勝てない――と、これまでの田村麻呂ならば、ここで膝を、何よりも心を折っていた。

 

 だが、今は――。

 

 その心に、何よりも――愛しいその顔を、思い浮かべながら、吠える。

 

「私は――敗けるわけには、いかないのだ――ッッ!!」

 

 どんな消耗も、どんな損傷も、瞬く間に回復してしまうというのなら。

 

 一撃で――その首を落とし、絶命させてみせると。

 

 田村麻呂は、渾身の一撃を叩き込もうと、阿弖流為に向かって駆け出した――その時。

 

「その意気――天晴れでございます。()()()()

 

 田村麻呂と交差するように、その背後から一筋の影が差す。

 

 そして、田村麻呂を追い抜き、一瞬早く、阿弖流為と交錯し――抜き去った。

 

 右手に大剣を、左手に刀を――大通連と小通連、二つの宝具を、奪い去った。

 

 その閃光は紫色で、妖しく――何よりも。

 

――美しい、と。

 

 一人の男と一体の鬼の、目と心をも奪い去った、その影は。

 

 一度だけ振り向いて、変わり果てた――肌の色も、額の角も露わにしながら、それでも、田村麻呂に向かって、微笑みかける。

 

 それを見て――田村麻呂は全てを理解し。

 

 愛する女の心に応えるように、その手に力を込めて――その刀を振るった。

 

 ソハヤノツルギ。

 星に選ばれたという田村麻呂の祖父が、文字通りその命を燃やして鍛えた刀。

 

 妖怪を退治せよと、星によって鍛えられた聖剣。

 

 田村麻呂が、たった一振り、己が英雄人生に携えた、唯一の武装。

 

 その刀は、最強の妖怪・阿弖流為の首を落とすに至った。

 

 遂にその手に掴み取った勝利に、田村麻呂は拳を握るでも、勝鬨を上げるでもなく――変わり果てた妻の手を取り、一言、首を失った阿弖流為に向かって言った。

 

「妻は――返してもらう」

 

 肌の色が蒼くなっても、角が生えても、紫炎を纏おうとも――鬼と、成り果てようとも。

 

 愛は、変わらないと。愛は、揺るがないと。

 

 そう示すように、燃える妻の手を握り続ける男に。

 

 鬼となった女は号泣し、胴体と切り離されてもなお意識を保つ鬼の首は――失恋を認め、笑う。

 

「――俺の、負けだ」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――私の勝ちよ」

 

 鈴鹿御前は、ただ静かに、そう呟いた。

 

 青炎を纏いながら襲い掛かり続ける翼蛇との死闘に――終止符を打つように。

 

 彼女がその身から取り出したのは、一振りの巨大剣と、一振りの細く美しい刀。

 

 己が妖力に溶け込ましていた――二つの宝具。

 

 大通連――そして、小通連。

 かつて健在していた最強の怪異が振るった二振りの剣。

 

 蝦夷の王・阿弖流為から鈴鹿御前が奪い去った両刀を、今、ここで――鈴鹿御前は抜いた。

 

 阿弖流為が施した儀式により、その身を鬼とした鈴鹿御前には、その身に阿弖流為由来の妖力を流している。

 しかも、妖力と呪力、どちらの色も残したまま混合させている鈴鹿御前に流れるそれは、限りなく阿弖流為本来の色に近しいものだ。

 

 だからこそ、阿弖流為にのみ使用可能な、この二つの宝具を溶け込ますことが出来る。

 

 無論、鈴鹿御前は本来の遣い手ではない。

 彼女がそれを出現させたところで、無限の妖力も、無限の再生も、発揮することは出来ない。

 

 しかし、それでもそれは紛うことのない――蝦夷王の宝具だ。

 

 限界まで追い詰められ、絶体絶命の危機に瀕した、この時。

 まるで愛した女を救わんとばかりに、彼女の中に流れる阿弖流為の妖力()が、彼女に宝具の顕現を可能にさせた。

 

(――また、あなたに助けられたわね。……阿弖流為)

 

 彼女の脳裏に過ぎったのは、余りにも大きく自分達の前に立ち塞がり――それでも、最後には友諠を結ぶことの出来た、旧友の笑顔。

 

 あの鬼に助けられるのは――少し癪で、それでも、今ならば素直に、こう言えることが出来た。

 

「――ありがとう。私を――私達を、助けてくれて」

 

 宙空に顕現したその巨大剣と細美刀は、鈴鹿御前の意のままに――切っ先を、翼蛇へと向けて。

 

「これで終わりよ――十二神将」

 

 弾丸のように射出され、その頭部と胴体を貫いた。

 

 大翼を携えた大蛇は絶叫の咆哮を漏らし、その有り得ざる翼を羽搏(はばた)かせることが出来なくなり。

 

 やがて、墜落するよりも早く、己が青炎によってその身を焼き尽くされた。

 

 こうして、安倍晴明が抱える最強の式神が一体――十二神将・『騰蛇』は。

 

 妖狐であり、妖鬼。

 妖怪であり――『人間』であった彼女に。

 

 かの英雄・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の妻であり、比翼連理と称された愛姫。

 

 鈴鹿御前(すずかごぜん)によって――完膚なきまでに、退治されることとなった。

 




用語解説コーナー60

三明(さんみょう)(つるぎ)

 かつて蝦夷王・阿弖流為――大嶽丸が所有した規格外(オーバーテクノロジー)の宝具。

 星の危機感を露骨に煽り過ぎてしまう為、大嶽丸自身も滅多に使用することはない。
 つまり、この宝具を二振りも同時使用しなくてはならない状況にまで、田村麻呂は追い詰めていたということ。

 大嶽丸は、神通力を阿黒に託したのとは別に、この宝具を鈴鹿御前に託していた。

 鈴鹿御前が使用する際には、大通連と小通連は妖力や身体の瞬時回復ではなく、徐々に回復していくバフ程度の効果しかないが、鈴鹿御前もそれをよく分かっていて――彼女はこれを、ただ武具として使用した。

 蝦夷王が振るう得物として相応しい――破壊力を持つ剣として。
 
 しかし、二振りの宝剣をそんな風に扱える彼女でも――三振り目、顕明連(けんみょうれん)の力は、弱体化した状態ですら使えない、本当に只の飾り物の宝具と化している。

 大嶽丸曰く――顕明連(けんみょうれん)は大通連や小通連以上に、星の規律(ルール)を破る、その最も反則(チート)である宝具だという。
 
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