比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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鬼と人間――果たして、どちらが立っているのが、あの世で、この世なのだろう。


妖怪星人編――65 一条戻橋

 

 大きな力がぶつかり合ったのを感じる。

 

 今宵、この平安京では、様々な力の激突があった。

 

 だが、たった今、衝突したその莫大なる力を。

 

 解き放たれ、自由になった――その鬼が。

 式神ではなく、ただ一体の鬼に戻った――その鬼が。

 

 茨木童子(いばらきどうじ)という、その鬼が、その力の正体に気付かない筈もない。

 

(――ぶつかっている相手は……坂田金時(さかたきんとき)か)

 

 探し求めた相手の居場所。

 それを遂に察知した茨木童子は、立ち止まり、振り返った。

 

 行かなくてはならない。

 酒吞童子(しゅてんどうじ)が坂田金時に敗北するとは思えない――だが、つい先程まで己を従えていた主、この妖怪大戦争の絵図を描いた陰陽師が、今宵、酒吞童子に対して仕掛けている罠、その詳細を知っている茨木童子にとって、その戦いは、止めるべきものだ。

 

(戦ってはならない。酒吞――例え、それをお前がどれだけ待ち望んでいたのだとしても)

 

 そんな鬼の心理すらも、そんな鬼の深奥すらも――見透かしているモノがいる。

 

 酒吞童子はそれを知らず――茨木童子は、それを知っていた。

 

 そして、そんな茨木童子の心理も、深奥も――その陰陽師は、見透かしている。

 

「――待っていたぞ。我が宿敵よ」

 

 茨木童子が立ち止まり、振り返ったその先に――侍が立っていた。

 

「無粋な真似をするな。未熟な弟分が、長年縛られ続けてきた枷を破り、今、ようやく成長しようとしているというのに」

 

 小さな堀の上に架けられた橋――その両岸に、鬼と人間は向かい合う。

 

「悪いが、お前を行かせるわけにはいかない。その意味は――分かるな、茨木」

 

 一条戻橋(いちじょうもどりばし)

 あの世とこの世を繋ぐ橋という曰くが付く小さな橋。

 

 かつての仕事柄、無理矢理に教え込まれたそんな知識を思い出し、ふと、茨木童子は――綻ぶ。

 

 茨木童子――そして、渡辺綱。

 橋を挟むように両岸に立つ、鬼と人間――果たして、どちらが立っているのが、あの世で、この世なのだろうと。

 

「――無論、理解しているとも。何もかも、分かっていたことだ。お前が俺の前に立ち塞がることということも。そして、()()()()()()――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 安倍晴明(あべのせいめい)――あの男は、きっと全てを見透かしていた。

 

 自分が酒吞童子封印計画を知っていることも。

 そして、それを阻止すべく動くということも。

 

 そして、そして――その上で、茨木童子を解放し、自由の身にした、その上で。

 

 渡辺綱――かつて、茨木童子の右腕を斬り落としたこの男と、再び相対させ――そして。

 

「茨木童子に手を出せば、酒吞童子の逆鱗に触れる――そして、それはまた、()()()()

 

 もし、茨木童子を存命させたまま、酒吞童子を封印することに成功すれば――いつか、茨木童子という鬼が、酒吞童子並みの脅威となって、必ずや、人間達に牙を剥くことになると、妖怪の天敵たる大陰陽師は星詠みした。

 

 安倍晴明とて、永命ではない。

 かの史上最強の陰陽師の式神である間は、茨木童子が例えそのような凶悪極まる怪異と化したとしても制御可能かもしれないが――その後は?

 

 酒吞童子級の最強妖怪と化した茨木童子。

 そんな存在を、安倍晴明以外の陰陽師が制御しきれる筈もない。例え、正式な手順を踏んで、その時代の最高峰の術者に引き継ごうとしても、必ず茨木童子が反旗を翻し――復讐に走る時は訪れるだろう。

 

 つまり、酒吞童子を封印出来た所で、茨木童子が存命ならば意味がない――安倍晴明は、『人間』は、恐らくそう考える。

 

 と、いうことを――茨木童子は、見透かした、上で。

 

 その上で――覚悟を決め、何もかもを理解した上で。

 

 鬼は、今、あの世とこの世の狭間たる橋の上へと、足を踏み出しているのだ。

 

「知っている。理解しているとも。俺は酒吞ではない。全てを知った上で、理解した上で――その上で、俺もお前を待っていた」

 

 そうだ――酒吞童子が、あの幼い妹分が。

 

 過去を、因縁を、宿命を――乗り越えようとしているというのに。

 

 他でもない兄貴分が、それから逃げてどうする。それに立ち向かわないでどうするというのか。

 

「俺も破らなくてはならないだろう――枷を! 殻を! あの日の無様な敗北を!」

 

 茨木童子は、全身を赤く染め上げる。

 

 封じられていた力を、閉じ込めていた――屈辱を、解き放つ。

 

 そして、凄惨な、鬼の笑みを、浮かべて――その言葉を、堂々と返す。

 

「待っていたぞ――我が宿敵よ!!」

 

 笑みを、殺意を、この上なく真っ直ぐにぶつけられた武士(もののふ)は。

 

 その腰に刷いた刀を――目の前の鬼の血を吸い、鬼を殺す概念武装と化した妖刀を解き放ち、告げる。

 

「決着を付けよう――茨木童子」

「望むところだ、鬼殺しよ」

 

 対して鬼は、かつて目の前の刀に斬り落とされて、今宵、遂に取り戻した、その膨れ上がった右腕を構えて、叫ぶ。

 

「――あの日の右腕(借り)を、今こそこの右腕()で取り戻す!!」

 

 あの世とこの世を繋げるという、一条戻橋の上で。

 

 今宵、至高の領域の住人たる鬼と武士が、己が宿命を果たすべく――十年ぶりに、激突した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 近未来的な黒衣から、甲高い音が響き出す。

 

 関節部分にある眩い装置から放たれる青い光が、その輝きをみるみる強くすると――黒衣を身に着けている戦士の筋肉をあっという間に膨張させた。

 

 ある戦士は短銃を、ある戦士は長銃を、ある戦士は黒剣を――目の前で咆哮する怪物へと向ける。

 

 青い惑星から我らが母星にやってきた襲来者に――『星人』に。

 

 いつものように――我らが故郷を守る為に、『戦争』を仕掛ける。

 

 

 そんな黒衣の軍勢を――白い虎は残酷に薙ぎ払った。

 

 

 月面に降り立ち、軍勢が襲い掛かったその瞬間――まるで戦闘態勢に移行したかのように、その身を一回りも二回りも巨大化させた白虎は、己を取り囲んだ黒衣の戦士達を、激しく回転して振り回した、槍のように先端に突起を持つ尾によって一蹴した。

 

 白虎の尾は、爪は、そして牙は、容易く黒衣や漆黒の武具を破壊する。

 黒衣達は露骨に狼狽し、勢いで討伐できる怪物ではないと、組織だった連携を以て対応しようとして――。

 

 

 そんな黒衣の連携を――天翔ける馬は凄惨に吹き飛ばした。

 

 

 白虎に対する隊列を粉微塵にするように、紫電を纏った一角馬が軌跡を描きながら突っ込んで来る。

 

 その強靭な角は当然のように漆黒の武具を破壊し、黒衣の恩恵により超人的な筋力を得た力自慢がその馬の突撃を受け止めようとしても――自身が代わりに宙を舞うだけだった。

 

 ならば先に天馬から始末をと得物を向けても――その背後を白虎が強襲する。

 

 これまで数多の星人の襲来を撃退してきた、月の黒衣の戦士達が――二体。

 

 たった二体の怪物に蹂躙される。

 安倍晴明が最強の式神――『十二神将(じゅうにしんしょう)』――『白虎(びゃっこ)』、そして『天空(てんくう)』。

 

 わずか二体の式神が、惑星防衛戦力と大立ち回りを繰り広げる――その、文字通りの真っ只中。

 

 ぽっかりと開けた、戦場の中心の空間にて、一人の男と、一人の女が向かい合っている。

 

 己自身もその美しい体つきを強調するような光沢ある黒衣を身に纏う女は。

 

 戦場において一切の装備を持たない優雅な束帯を身に付ける男に、言う。

 

「あなた方は――戦争をしに来たのですか?」

 

 漆黒の武具は向けずとも、冷たい何かを突き付けるような、女の言葉に。

 

 男は――藤原道長(ふじわらのみちなが)は――いいや、と。

 

 鷹揚に、けれど、万感の思いを込めて――積年の、想いを込めて。

 

 微笑みと共に、真っ直ぐに告げる。

 

「私は求婚しに参ったのだ。なよ竹のかぐや姫よ」

 

 結婚してくれ。そなたを愛しているのだ――そう、荒れ狂う戦場のど真ん中で、男に告げられた女は。

 

「…………ふっ。地球人に求婚されるのは、果たして何年振り何度目でしょうか」

 

 先程までの冷たい無表情を崩し、綻ばせながら――それでも瞳は、冷たく男を見据えて、返す。

 

「そんな下らないことの為に、こんな下らないことをしたのですか?」

 

 かぐや姫は真っ直ぐ、冷たく、恐ろしく、道長を睨みつけている。

 

 響く剣戟、甲高い銃声、怪物の咆哮――紛れもない、戦争の狂騒曲だ。

 

 それだけではない。

 かぐや姫は無言で糾弾している。

 

 わざわざ、かぐや姫という一人の女に求婚する――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 地球という『星の力』まで捻じ曲げて利用して、その『星』すら飛び出して。

 

 人の身で――『人間』という身分で、こんな遥かなる大地まで――遠い彼方たる『月』まで、やってくるなんて。

 

「ああ――愛の力だ」

 

 そんな無言の糾弾に、堂々と、藤原道長は応える。

 

 胸を張り、声を張り上げ――何一つ、恥ずべきことなどないと開き直って。

 

「私はそなたを、愛しているのだ」

 

 そして、手を差し出す――銃も剣も握っていない、戦場においてまっさらな、綺麗な手を。

 

 未曽有の大戦争を引き起こし、真っ黒に汚れた手を、一切の躊躇なく、愛を語る女に向ける。

 

「かぐや姫よ――どうか、私と共に――地球へと、帰ろうではないか」

 

 月へと帰ったかぐや姫を、地球へと連れ帰る。

 

 ただ、それだけの為に、私は(ここ)までやってきたのだと。

 

「………………」

 

 そんな男に、今度こそ女は――言葉を失う。

 

 真っ直ぐな瞳に、濁り一つなく、美しく黒く染まり切った――その男の、真っ黒な愛に。

 

 かぐや姫は、ただ強く――生唾を、呑み込むばかりで。

 

「――ふざけるなっ! 地球人がッ!!」

 

 戦場の中にぽっかりと開けた空間で睨み合っていた両者――だが、だからといって、二人の会話を互いしか聞いていないわけではない。

 

 白虎と天空が凄まじいばかりに、丸腰で何の戦闘態勢も取っていない道長が放置されていただけであって、かといって、いきなり現れた異星からの来訪者である道長に、何の警戒も取られていないわけではない。

 

 しかも、相対しているのが、自分達のリーダーである女なのだ。

 何かあった時、すぐさま割り込めるように注意を払っている戦士も、当然のように配置されていた。

 

 そして、そんな彼にとって、道長の言葉は、もはや黙って看過できるものではなかった。

 

 女に求婚する――たったそれだけの為に、二体の恐ろしき怪物を引き連れて混乱を持ち込み、それでいて言うに事を欠いて。

 

 かぐや姫を、地球へ連れ帰るだと――。

 

「やめなさい――ッ!」

 

 姫の制止の声も届かず、戦士の黒刃が道長に襲い掛かる――が。

 

「ぐわ――――ッ!?」

 

 弾き飛ばされる。

 戦士の剣が、まるで石の壁に叩きつけたが如く。

 

 己の攻撃の反動で尻餅を着く戦士に、道長は優しく語り掛けるように言う。

 

「いくら私が身の程知らずの恥知らずとはいえ、この星が――『宇宙』という空間が、私という『人間』を拒絶する場所であるということくらいは知っている」

 

 宇宙――『地球』の『外』。

 そこは空気もなく、呼吸も出来ない極寒の空間で、人がそのまま無防備に飛び出せば、容易く命を奪われる――正しく、人の身に、人間の身分に、相応しくない、()()()()()()

 

「だからこそ、今の私は『星の力』を源に編まれた晴明の術によって生かされている。晴明の式神である『白虎』と『天空』をこの場に引き連れ、彼らの力の一部を分け与えられる形で、晴明の術の恩恵を受けているのだ。その術式効果は、単純明快――『死なないこと』。ただそれだけだ」

 

 つまり、『白虎』と『天空』が倒されない限り、道長はこの月面において死ぬことはない。

 

 それは例え『宇宙空間』の苛烈な環境においても、『黒衣の戦士』の凶刃においても――同様にその身から弾き飛ばすということ。

 

 拒絶する――ということ。

 本来であれば、その場所に分不相応な道長を拒絶する要因を、他でもない道長が拒絶する術式。

 

「案ずるな、勇敢なる黒衣の戦士よ。私自身にはそなたらのような――そして、彼等のような戦闘力はない。お主らの見事な黒衣を傷を付けることすら(あた)わぬよ」

 

 道長はそう言って、尻餅を着いた戦士から――己が引き連れた、二体の怪物へと目を向ける。

 

「お主らの相手は彼等がする。その為に連れてきたのだ。存分に戦うがいい。心配せずとも、彼等を倒せば――見るも無残に私も死ぬ。故に、私のことなど放っておいてくれて構わぬ」

 

 私は、ただ彼女(おんな)を口説く為に、月へとやって来ただけなのだから――そう言って、道長は再び、かぐや姫へと目を向ける。

 

 己を襲った黒衣など、そして、自分が連れてきた怪物にさえ、もはや目もくれていない。

 

 ただ真っ直ぐに、己が口説きに来たという、一人の女だけを見詰めている。

 

 数十年間、見上げ続け、見詰め続けた、夜空に浮かぶ月を眺めるように――ただ莫大の、愛が篭った眼差しで。

 

 そんな熱烈な視線を受けて、かぐや姫は冷たい汗を額に流しながら――覚悟を決めたように、瞑目し、そして目を開けて、黒衣に命じる。

 

「――こやつの相手は私がします。あなた方は彼の言う通り、あの二体の獣の相手をしなさい」

「ですが!」

「私も黒衣を着用しています。傷つけられる心配はありません」

 

 それに――と。

 

 女の方も男へ――真っ直ぐに向き直る。

 

 それは、この恐ろしき黒き想いに、真っ向から挑むという覚悟の現れ。

 

 藤原道長という男の戦争に、立ち向かうという――意思の現れ。

 

「このような女の為に、ここまでした男の心を無碍にすることは出来ません。――さあ、行きなさい! これ以上、あのような怪物に、我らが故郷を荒らされてどうするのです!」

 

 かぐや姫の強い号令に、黒衣の戦士は腰を上げて、それでも躊躇を見せるが、最終的には振り切り、白虎と天空が暴れる戦場へと向かう。

 

 そんな彼の後を追うように、ひそかにかぐや姫の護衛を務めていた戦士達も、かぐや姫の睨みを受けて、白虎と天空の討伐へと向かった。

 

「さて――これで、戦場の真ん中に置いて、私達は二人きりになれたわけですが」

 

 かぐや姫がそう切り出した頃には、今度こそ、彼と彼女は戦場の中において孤立した。

 

 誰も二人の会話を聞く者はいなくなり――だからこそ。

 

 かぐや姫は再び、藤原道長に向かって問い掛ける。

 

「それで? 本当の目的は何ですか? ……まさか本当に、私を口説く為だけに、こんな場所まで遥々やってきたと宣うのですか?」

「本当も何も、まさしくそれが本命で、あなたこそが本命で、先程の愛の言葉も残らず全てが本心なのだが――」

 

 

――誓え。

 

 

 道長の脳裏に、とある半妖の若者の言葉が過ぎる。

 

 己と同じく、月まで追いかけると、そう口にして結ばれたその誓いを思い返し――道長は口元を綻ばせて。

 

「……そうだな。――私は、強欲な人間だ」

 

 月へと帰ったかぐや姫を手に入れる。

 そんな荒唐無稽の野心を叶える為に、あらゆる手段を尽くした。

 

 結果、一つの都を地獄へと変えて、一つの国を混乱の渦へと叩き込んで、こうして野望を実現させた。

 

「しかし、当然の報いというべきか。――私は、その責任を取らなくてはならない」

 

――テメェで始めた戦争だ。全部、テメェが何とかしろ。

 

 ああ――全くもって、その通りだと、道長は笑う。

 

 人の身で月へと渡る――そんな傲慢な野望を叶えたのならば。

 

――お前が滅茶苦茶にした平安京を、お前の手でどうにかしろ。

 

 有り得ないようなご都合主義な結末も用意する――そんな更なる傲慢も、藤原道長は成し遂げなくてはならない。

 

「私の目的と聞いたな、かぐや姫。それは無論、御身(おんみ)と――そして」

 

 道長は、かぐや姫を真っ直ぐに指差し――否。

 

 彼女が身に纏う、近未来的な光沢ある黒衣を指差し、言う。

 

 

(あなたがた)が所有する――『()()()()』だ」

 

 




用語解説コーナー65

一条戻橋(いちじょうもどりばし)

 堀川に架けられている一条通りの戻橋。

 夜中に美しい女性に化けた鬼の腕を渡辺綱が切り落としたという伝説が残っている。

 その他にも、橋の下に安倍晴明が十二神将を隠していた、ある父親の亡骸を運んでいた際に遠くに出ていた息子がこの橋の上で父の元に辿り着いた時に父の死体が息を吹き返したと、安倍晴明が橋の上で父を蘇生させた、など、様々な逸話が残された霊的スポットである。
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