比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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我々は、その黒い球体を――『GANTZ(ガンツ)』と、そう呼んでいます。


妖怪星人編――66 黒い球体

 

 藤原道長(ふじわらのみちなが)が、まるで銃口を突き付けるように、真っ直ぐに彼女を指差しながら放った言葉に。

 

 黒い球体――その言葉を聞いた瞬間、これまで伏魔殿たる宮中の支配者となった道長をしてすら、何一つ読ませなかったかぐや姫の表情が、確かに、凍った。

 

「黒い……球体? 一体、何のことですか?」

 

 誤魔化すにも余りに下手糞なその反応に、道長は思わず吹き出して言う。

 

「かつて数々の貴公子を手玉に取ったとされる、お主らしからぬ面相だ、かぐや姫。美しい笑みが引き攣って、可愛らしい動揺が隠せておらぬではないか」

 

 道長の童を揶揄うような物言いに、かぐや姫はきっと男を睨み付ける。

 

 くつくつと笑いをかみ殺しながら「いや、しかし、流石のかぐや姫といえど、相手が悪いか」と、スッと目を細めて、道長は、姫の可愛らしい怒りを沈めつつ、それどころか恐れを引き起こすような、冷たい眼差しと共に、独り言のように呟く。

 

「――否。日ノ本という小さな島国から、遥かなる天に浮かぶ月の上すらも見透かしてみせる。あの男こそを褒めるべきか」

 

 はたまた、恐れるべきか――そう、愛する女に微笑みを浮かべながら言う道長は、かぐや姫に向かって優しく、そして容赦なく、続いてこう問い掛ける。

 

「何故――私が待望の月面訪問に、『白虎』と『天馬』を引き連れてきたと思う?」

 

 かぐや姫は――答えることが出来ない。

 それは、問われるまでもなく、彼女の中にとっくに疑問として浮かんでいて、未だに答えが出せていない謎だからだ。

 

 黒衣の戦士の軍勢を率いての待ち伏せ作戦。

 これは未知なる来訪者を迎撃する戦力を配置する為に問った軍事行動だが――同時に、威嚇という意味合いもあった。

 

 敵は――地球人。

 未だ天体望遠鏡すらも開発されておらず、月面に生命が居るということすら把握してない、未開人だ。

 

 そんな彼等が、数々の奇跡を重ねて、有り得べからずな月面訪問に成功したとして――いざ月面に降り立ったその瞬間に、見たこともない光沢のある黒い衣の戦士達に取り囲まれていたら。

 

 混乱するだろう。困惑するだろう。何よりもまず先に――恐怖するだろう。

 

 だが、目の前の男は微塵も動じることなく、そのまま引き連れてきた二体の怪物を軍勢にぶつけ、自身は悠々と、戦場の真ん中を突っ切るように闊歩し、かぐや姫の眼前へと歩み出てきた。

 

 お前達は、何者だ――と、ただ一言も、この男は口にしていない。

 

 まるで、何もかも、分かっていたように――見透かして、いたように。

 

「その通りだ。あの男は全てを見透かしている」

 

 口に出さないかぐや姫の言葉をすら、見透かしているかのように道長は肯定する。

 

「その摩訶不思議な黒衣の能力も、光沢ある漆黒の武具の特性も――それらを生み出す、『黒い球体』の奇跡をも、だ」

 

 黒い球体。

 道長はそう再び口にし、かぐや姫は、まるで己の全てを暴かれたが如く、顔面を蒼白にさせていく。

 

 それでも、道長は、更に鋭く、暴くことを止めない。

 

「黒い球体――それは、死人を蘇らせ、怪物と戦争をさせる、奇想天外な絡繰装置」

 

 死人を蘇らせる。光沢のある漆黒の鎧を、見えない力を飛ばす筒を、怪物を両断する得物を与える。

 

 そして――。

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私は――それが欲しい。

 

 そう、道長は、グッと。

 

 何年も、何年も、何年も――夜空を浮かぶ月に対してそうしていたように、かぐや姫に向かって、何かを掴むように(くう)を握り締める。

 

「この月面訪問において、私は必ずや、かぐや姫(そなた)と、その黒い球体の奇跡を手に入れる。これが私の目的であり、これこそが」

 

 私の戦いであり――私の戦争だ。

 

 道長が、そう強く宣言すると。

 

「……………」

 

 かぐや姫は、一度大きく息を吸い込み――そして、吐く。

 

 己の動揺や混乱を整える所作。

 相手に己の弱みを見せるに等しい行為を、その不利益を理解した上で行い――そして。

 

「なるほど――そういうことでしたか」

 

 一呼吸で、道長にすら何も読み取らせない表情を取り戻し、再び真っ直ぐに、道長に向かって相対する。

 

「現在の日ノ本の文明レベルでは、どう考えても有り得ない月面訪問――その裏には、それほどまでのチートキャラの出現がありましたか」

 

 星が脅威を感じれば、それに対抗するように強力な星の戦士が誕生する。

 その法則に則るのならば、日ノ本に放逐された『三体の真なる妖怪星人』が、それほどまでに『星』の危機感を煽っていたということになる――が。

 

(――これほどまでのチート……『(おのれ)』自身に対しても、相当に危険な諸刃の剣でしょうに)

 

 現に、そのチートの力によって、こうして地球人が別惑星()に渡ってしまう程の、とんでもない奇跡(イレギュラー)が発生してしまっている。

 

 地球人の別惑星への来訪――こんな事態を、星が――地球が、歓迎している筈もない。

 

「ですが、そんな切札がいるのならば、最早――言い逃れは出来ませんね」

 

 かぐや姫は、そんな己の思考を断ち切るように、強く、鋭く、道長に向かって言う。

 

「潔く、認めましょう。あなたの陰陽師の星詠みは、正しく全てを見透かしているようです」

 

 傾国の美女は、己が身に纏う光沢のある黒衣をなぞるように撫でて「この黒衣は、そしてこの身は、この生命は、黒い球体の御業のそれであり――貴方が言う所の、奇跡の力です」と答えて。

 

 そして、その名を――口にする。

 

「……我々は、その黒い球体を――『GANTZ(ガンツ)』と、そう呼んでいます」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 GANTZ。

 その耳慣れぬ響きの言葉に、道長は。

 

「……がんつ」

 

 ただ、そう、反芻することしか出来ない。

 

 そんな道長を、かぐや姫は「ですが、それを知った所でどうするというのです?」と笑う。

 

 黒い球体――GANTZ。

 その実在を、その真名を知った所で――お前に何が出来ると、見下すように、女は男を嗤う。

 

「確かにGANTZは、この月ですら未だ解明不可能な程の、未知なるテクノロジーによって様々な奇跡を引き起こしますが、しかしだからといって、どんな願いも叶える魔法の球体というわけではありません」

 

 そこには、明確で残酷な線引き――確固たるルールが存在する。

 

 黒い球体は、決して万能の願望機ではないと。

 

「藤原道長――貴方が求めるのは、此度の妖怪大戦争に関する人々の記憶操作でしょう?」

 

 貴方が、月へ行きたい、かぐや姫(わたし)に会いたいなどという下らない理由で、あろうことか成し遂げてしまった偉業を――忘れさせたい。

 

 子供の頃の愚かな夢を叶える為に引き起こした、妖怪大戦争という大罪を――なかったことにしたい。

 

 もう、どうしようもなく崩れてしまった日ノ本の、帳尻を合わせたい。

 

 まるで、ぐちゃぐちゃにしてしまった盤面を、手っ取り早く元通りに直したいからと、全ての駒を落として、もう一度初めの形に揃え直すが如き――反則技(チート)を使いたい。

 

「――そうですよね。全ての元凶さん」

 

 かぐや姫は笑う。

 

 純朴な幼子を笑うように――盲目な愚者を嗤うように。

 

「今更ながらに、怖くなりましたか?」

 

 積年の夢を叶えて、大願なる野望を叶えて――いざ、叶えてしまうと。

 

「冷静になって――冷めてしまいましたか? 黒い野心が――燃え尽きてしまいましたか?」

 

 なんてことをしてしまったのだと、怖くなってしまいましたか?

 

 かぐや姫は――笑う。

 

 己を求めて空を飛び出して、宙を飛び越えて――月にまでやってきた、稀代の愚者を。

 

 道を誤った、己が狂わせた男を。

 

 五人の貴公子に対してそうしたように。一人の(おとこ)に対して、そうさせられたように。

 

 愛に狂った――愛によって滅ぶ、愚か者を、笑う。

 

「それでも――後悔するのは、何もかもが遅過ぎます。貴方という男は、とっくの昔に手遅れなのです」

 

 あなたが成し遂げた馬鹿な偉業も、その為に払った無駄な犠牲も、叶えてしまった愚かな野望も、手に染めた数々の悪行も――なかったことには出来ないと。

 

 黒い球体は、貴方の黒い野心が燃やした、黒い地獄を消し去ったりしないと。

 

「貴方は、失敗したのです――『人間』」

 

 黒い球体――GANTZが操作できる記憶は、『戦争(ミッション)』と『戦士(キャラクター)』に関する事柄のみ。

 

 GANTZの記憶操作は、あくまで己の身を守る為の防衛機構。己の秘密を守る為の自己防衛に過ぎない。

 

 己が関わらない、別の惑星の小さな島国の戦争などに、GANTZが守るべき秘密などありはしない。

 

「故にGANTZが手を出す――GANTZが介入する、理由がありません。義理も、ありません」

 

 これが、貴方の戦争というのなら――そう、かぐや姫は、向けられたそれを返すように、道長に向かって、真っ直ぐに、己の細い指先を突き付ける。

 

「――あなたの負けです、藤原道長」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 本来であれば、到達まで、これからおよそ千年は必要としたであろう――月。

 ゴツゴツとしたその地面に、己の足裏を着地させて。

 

 青い惑星――きっと、それが青色であるということ知ることも、本来であれば、まだ途方もない年月が必要だったであろう――地球。

 母なる地球を背に、己が引き連れた二体と怪物と黒衣の軍勢の戦闘音――戦争音を聞きながら。

 

 藤原道長は、ゆっくりと口を開く。

 

 月面来訪。

 その偉業を、その奇跡を成し遂げる為に、夥しい犠牲と、許されない地獄を創り上げた男は「……取り敢えず初めに、一つ、訂正させていただこう」と。

 

 そう、胸を張って――恥ずかしげもなく顔を上げて言う。

 

「私の野心が――黒い野心が燃え尽きた? 馬鹿を言っては困る」

 

 私は、()()()()()()()()()()()()と。

 

 月を目指したことに、その為に払った犠牲に、黒く染めた己が手に、何一つ後悔など抱いていないと。

 

 そう、堂々と言い放ち――そして。

 

「今も尚、此処に至っても尚、私の心には、黒き野心が燃え続けている」

 

 何故なら――そう言いながら、一歩。

 

 道長は、その黒い野心に突き動かされるように、一歩――かぐや姫へ向かって足を進める。

 

「な――」

 

 絶句するかぐや姫に構わず、道長は熱い言葉と、冷たい眼差しを彼女に向かって浴びせかける。

 

「私はまだ、あなたの手を取れていないからだ。この黒く燃え盛る愛を、受け取ってもらっていないからだ」

 

 私の求婚の答えを――聞いていないからだ。かぐや姫よ。

 

 そう、更に一歩、足を進めながら、距離を詰めながら、道長はただ彼女だけを見詰める。

 

「言ったであろう、我が陰陽師(チート)は全てを見透かしていると。黒い球体の奇跡の線引き(ルール)の対象も、無論――見透かしていた」

 

 その上で、私は今、この月面に立っているのだ。

 

 道長は彼女の眼前にまで迫り――青い星を背に、かぐや姫に向かって語る。

 

黒い球体(がんつ)に関わりのない戦争だから、記憶操作は施せない――そういう話だったな」

「……ええ。この星にあるのは、当然ながら『月の黒い球体』。地球で起きた、地球由来の、それも黒い球体の技術が何一つ関わっていない星人戦争なんて、GANTZの管轄じゃないのよ」

「だからこそ――あなたは、()()()()()()()()()()()()?」

 

 道長は――見透かしたかのように言う。

 

 かぐや姫の心の中を、暴くように、真っ黒に語る。

 

黒い球体()の関係者を――無関係の外星(地球)に。送り込んでくれたのだろう?」

 

 奇跡の黒い球体(GANTZ)を、この星の誰よりも支配していた――狂気の天才。

 

「――リオン・ルージュという贈り物を」

 

 リオン・ルージュ。

 紅蓮の吸血姫。傾星の美女。埒外の天才。

 

 つい先日、家出ならぬ星出を敢行した彼女は、赤い流星として地球へと流れ着いた。

 

 そして、その星というのが他でもない――月。

 地球に最も近い星であり、今現在、藤原道長が、こうして足を着けている場所であり――黒い球体のテリトリー。

 

 道長は目撃している。

 その『月星人』たる彼女が、奇妙な運命に導かれるように、墨色の浪人と共に、漆黒の魔人を追って――妖怪大戦争が開催中の平安京へと足を踏み入れるのを。

 

 月へと繋がる『回廊』の中で、藤原道長は確認している。

 

「………」

 

 かぐや姫は、道長の言葉に口を噤む。

 

 リオンは、紛れもなく月の支配者だった。

 執拗に隔離された『子供部屋』の中から、一歩も外に出ず閉じ込められた『箱』の中から、文字通りの『箱入り娘』のままで、その天才的な能力と美貌を以て、星一つを見事に傾けていた。

 

 月の支配者――それはつまり、この星の黒い球体の支配者ということでもある。

 

 理解していたのだろう。把握していたのだろう。支配していたのだろう。

 他の誰も理解出来なかった、この月の誰にも把握出来なかったオーバーテクノロジーである黒い球体を、あの天才だけは紛れもなく支配していた。

 

 何を隠そう、黒い球体は――リオン・ルージュが閉じ込められた『箱』をこそ、『黒い球体の部屋』に選んだのだから。

 

 戦士(キャラクター)ですらないリオンだけを、黒い球体はその部屋の住人として認めていた。

 

 月の住人は、自分がどんな風に運用されているのかすら知ることすらなく、ある日、唐突に戦士に選ばれ、訳も分からぬまま星人との戦争(ミッション)へと送られる。

 

 だが、リオンはそれでも勝利し続けた。

 黒い球体上の記録(データ)でしか知らない戦士達を、まるでチェスの駒のように的確に配置し、行動を指示して、数多の星人を撃退し、月というこの星を守護し続けた。

 

 故に、誰もが理解していた。

 

 リオン・ルージュの『箱』を『黒い球体の部屋』に選んだのは、紛れもなく黒い球体(GANTZ)自身であり。

 

 月を守護るという点においては、リオン・ルージュが『プレイヤー』として、月の住人という『キャラクター』を操作することが、最も効率的な形なのだと、黒い球体(GANTZ)がそう判断したのだということは。

 

 理解していた。だからこそ――恐怖していた。

 

 故に――かぐや姫は、そんな彼女を、今、正に戦争真っ只中である日ノ本へ送り込んだのだ。

 

「リオン・ルージュは最早、月の黒い球体の機密そのものだ。そんな彼女が放り込まれている我が日ノ本(くに)の妖怪大戦争――もはやガンツにとっても、無関係な星人戦争とは口が裂けても言えまい」

 

 黒い球体に口があるかどうかは知らぬがな――そう嘯く、道長の言葉に。

 

 張り付いたように閉じていた口を、どうにか辛うじて抉じ開けたという風に、かぐや姫は掠れた声を漏らす。

 

「なるほど……確かに、私はあの子を(ここ)から追い出したわ。たった一人の天才の、他の誰にも理解不能な運用によって成り立つ世界は、ひどく脆くて不安定だから。……あの子が辿り着いたのが日ノ本であったというのは……奇妙な偶然というしかないけれど」

「いいや。貴女が狙っていた筈だ。そして分かっていた筈だ。彼女を日ノ本へ送れば、必ずや我々が彼女を巻き込むとな」

 

 言葉を濁すかぐや姫を逃がすまいと言わんばかりに、道長は力強く、そう決め付けて断定する。

 

 そんな道長から、かぐや姫はそれでも逃げようとするように目を逸らしながら「……本当に、どこまでも見透かしているのね」と、己を掻き抱くようにして言う。

 

「……確かに、私はあの子を日ノ本へと送った。それでも、あの子が妖怪大戦争に関わることの善し悪しは、私には判断が出来なかった」

 

 日ノ本を黒い球体の関係者にするには、リオンを平安京へ放り込むのが一番手っ取り早い――だが。

 

「リオン・ルージュは、GANTZの奇跡の対象になるということを差し引いて尚、余りある危険な爆弾となるわよ。貴方は、それを本当に理解しているの?」

 

 鋭い眼差しを、かぐや姫は再び道長に向ける。

 道長はそんな刺すような視線を受け止めるように、張った胸をそのままに返した。

 

「それなりに実績のある安全装置(ストッパー)は用意したつもりだ。無論、確実な成功を約束するものではないが――奇跡を買おうというのだ。こちらもそれなりの危険(代金)を支払う覚悟だとも」

 

 道長の震えぬ言葉に、再び目を落としながらかぐや姫は呟く。

 

「…………随分な自信ね。先程も、まるで私がリオンを、貴方達を慮って送り込んだかのように捉えているような口ぶりだったけれど――何かそう思える根拠でも?」

「流石の我が陰陽師(チート)も、ただ『光景』を見透かすことが出来るだけで、その『心中』までも見透かすことが出来るわけではないが――それでも、他でもない、あなたの心ならば、奴より私の方が深く()()()()ことが出来る」

 

 道長は、そう、自信に満ち溢れた口調で。

 穏やかな、優しい、慈愛溢れる――愛に溢れる、表情で言う。

 

「――ずっと、見守ってくれていたのだろう?」

 

 その、言葉に――はっきりと。

 

 かぐや姫は、驚きに包まれ、呆然と目を見開いた。

 

「――――――――何を」

「こうして準備万端に、黒衣を纏った軍勢が我等を出迎えたことが一つの証拠だ」

 

 貴女が地球を――日ノ本を、忘れずにいてくれた証拠だ、と。

 

 藤原道長の月面来訪。

 常識外れの奇跡の宇宙移動に、驚きがなかったのは()()()()()と、道長が言う。

 

「黒い球体が外敵を、星人の来襲を察知しただけの戦争(ミッション)での出陣だったならば、現れたのが地球人であったことに、もっと驚きがあっていい筈だからな。少なくとも――他でもない貴女ならば」

 

 地球という惑星の現在の文明レベルが、宇宙進出になど程遠いことを。

 その星の空気を吸い、地球人と触れ合い、現地の光景を誰よりも知っている、かぐや姫ならば、驚愕があって然るべきだった。

 

 しかし――かぐや姫は驚かなかった。

 

 黒衣を身に着け、軍勢を率いて――誰よりも先に、誰よりも前で、出迎えていた。

 

「あなたはずっと見守っていてくれていたのだ。地球を――否、日ノ本という国を」

 

 愛する人に不老不死の薬を残し――いつか、()()()辿()()()()()()()と。

 

 そう想いを残した彼女は。

 

 そう願いを――夢を。

 あの地に、あの星に、残し、託した、彼女は。

 

 ずっと、ずっと――あの青い星を見上げて、手を伸ばし続けていた。

 

「けれど――あの人は、薬を……燃やした」

 

 かぐや姫は俯く。

 そんな彼女に、道長は優しく残酷な言葉を放つ。

 

「ああ。時の帝は、貴女の願いを汲み取らなかった」

 

 ただただ、愛する人のいない世界に絶望して、日ノ本で最も高い山の頂上で薬を焼いた。

 

 勝手に悲壮感に酔って、まるで見せつけるように、彼女の残した想いを、託した願いを――踏み躙った。

 

 そこにいるのに。

 天に浮かぶ月――手を伸ばせば届きそうな程にはっきりと見える場所から。そこからずっと、見ていたのに。

 

 私はずっと――そこにいたのに。

 

「私に――会いに来てくれは……連れ戻しに来ては、くれなかった」

 

 会いに来ようともしてくれなかった。連れ戻そうともしてくれなかった。

 

 手を伸ばすことも――してくれなかった。

 

 願わず、望まず、ただ――諦めてしまった。

 

 彼女への想いも――彼女の想いも、捨ててしまった。

 

「だが――それでも、あなたは諦めきれなかった」

 

 道長は見透かしたように言う。

 

「黒い球体により、()()()()()()()()()()()()()()と、知ってしまった貴女には」

 

 諦めることなど出来なかった――道長のその言葉に、かぐや姫は何も返すことが出来ない。

 

 魂は質量を以て実在し――()()()()

 黒衣の戦士となって、その真実に辿り着いた時――かぐや姫の心に、消した筈の、期待が蘇った。

 

 まだ――諦めなくていいのかもしれない。

 いつか、あの人が生まれ変わって、この星に辿り着いてくれる日が来るかもしれない。

 

 今度こそ――手を伸ばしてくれるのかもしれない。

 願ってくれるのかもしれない。望んでくれるのかもしれない。

 

 ただ、どうか、もう一度――逢いたいと。

 

 ただ――そう、願って。願わずには、いられなくて。

 

 遥かなる月から、青い星を眺めていた。

 果てしなく遠い日ノ本を――ずっと、ずっと、ずっと。

 

 ただ、真っ直ぐに――『手』を伸ばし続けていた。

 

 そして――遂に、奇跡は起きて。

 

 届かない筈の『人間』は――あろうことか、月へと、辿り着いて。

 

 でも。

 

 でも――。

 

 でも――――ッッ!!

 

「それでも――()()()()()()()()()()()……ッッ!!」

 

 かぐや姫はつんざくように叫ぶ。

 

 違う――違うのだ。

 

 魂は確かに輪廻する。

 あの時、確かにかぐや姫が焼け焦げる程に熱く愛した帝も、いつか生まれ変わるかもしれない。

 

 だが――それは、少なくとも、()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、遂に――はっきりと、藤原道長は表情を歪める。

 

「ああ――そうだ! 私は――俺は、帝ではない!!」

 

 分かっている。分かっていた。

 前世の記憶など存在せず、己が魂の由来など知りもしないけれど――これだけは言える。

 

 藤原道長は帝ではない――決して選ばれし主人公ではない。

 

 五男に生まれ、才能にも恵まれず。

 燻り続け、沈み続けて、月どころか、華やかな陽の下にすら届かない筈だった平凡な男。

 

 主人公ではない――だが、()()()()()()()()()()()()と、そう願い望んだだけの男。

 

 燃えたのだ。

 

 あの日――竹取物語に出逢った書庫で、見上げた月に、目を奪われたその時に。

 

 一目惚れだった。

 

 ただただ美しい――輝くモノに憧れた。

 

 天に耀くその月に。

 他人伝(ひとづて)の文章でしか知らない、似顔絵すらない――あまりに美しく愛に生きた女性に。

 

 心の中の――黒い炎が燃えたのだ。

 

 ならば、手を伸ばすしかない。

 伸ばして、伸ばして、伸ばし続けて。

 

「それでも――俺は、貴女に逢いに来たのだ!!」

 

 黒く、黒く、燃える――熱く、熱く、燃え盛る。

 

 その燃えるような野心で――その熱く迸る愛で。

 

 不可能を可能にした。

 奇跡を――起こしてみせたのだ。

 

 月まで連れ戻しに来て。

 そんな、最高難易度の――五人の男どころか、帝すらも叶えることの出来なかった、かぐや姫の無理難題に応えてみせた。

 

 届く筈もない月に、かぐや姫の手に、この手を届かせてみせたのだ。

 

「愛している――かぐや」

 

 藤原道長は、最後の一歩を踏み出し――かぐや姫の手を掴む。

 

 遂に――届いた、それに。

 

 もう、決して放さないという、ありったけの愛と願いを――想いを、込めて。

 

「共に――帰ろう」

 

 戦場の真ん中で、戦火の怒号の中で放たれたプロポーズに。

 

 かぐや姫は、涙を溢れさせながら、それでも力無く――首を振る。

 

「……無理よ。……失敗したの。……このままじゃ――誰も幸せなんてなれない」

 

 ハッピーエンドは訪れないと、かぐや姫は泣きながら言う。

 

「リオンは……私が日ノ本に送り込んだ。日ノ本を守るには……GANTZの庇護下にするには、もうそうするしかなかった。それでも、私は……決心しきれなかった。あの子を直接平安京に落とさなかったのは……私の迷いの――弱さの、現れ」

 

 赤雷の落雷に巻き込まれた赤い流星は――そのまま平安京から遠く離れた蝦夷へと墜落した。

 だが、そうでなくても元々の着弾予定地点も、平安京から少し離れた周辺地域だったという。

 

 直接、平安京へ送り込まず、最後の選択をリオン任せに、時の運任せにしたのは――かぐや姫の、迷いと弱さの現れ。

 

 リオン・ルージュは月の黒い球体における最重要人物だ。

 故に、彼女が星人戦争に巻き込まれたら、GANTZは機密保持に動き出さなくてはならないのは確実である。

 

 しかし、その機密保持の手段は、何も現地人の記憶操作とは限らない。

 

「あの子は余りに天才過ぎた。己の『操縦者(プレイヤー)』として選んだGANTZ自身が、あの子を脅威として判定し始める程の」

 

 己の理解を超えた支配力。

 それに怯え始めたのは、月の住人だけでなく、黒い球体も同様だった。

 

 己が利用しているつもりが――しかし、この操縦者は制御不能(コントローラブル)な脅威であると、黒い球体は判定し始めていた。

 

 星の脅威を撃退する装置であるGANTZが、あろうことか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと、そう認識し始めていた。

 

「……それに気付いたのは、この星の、最上位戦士(トップキャラクター)たる私だけ。……だから私は、GANTZの矛先があの子に向く前に、あの子を地球へ逃がしたの」

 

 しかし、時機悪く、日ノ本には大規模な星人戦争が勃発しようとしていた――国が傾き、日ノ本が修復不可能な程の大怪我を負いかねない、正しく大戦争。

 

 日ノ本を救うにはリオンを関わらせるしかない。

 どっちみち、リオンは月から一刻も早く脱出させなくてはならない――リオンならばGANTZの襲撃も撃退出来るかもしれないが、そうなった場合は間違いなく月という星が消えてなくなる。

 

 故に――リオンを日ノ本へと送るのが最適解だと、かぐや姫は判断した。

 

 だが、そうなった場合。

 

「GANTZは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょう。リオンを排除することで、あの子の口を封じることで、己の機密を防衛しようとする」

 

 舞台が地球ならば、月の崩壊も考慮せずに戦争(ミッション)を仕掛けることが可能。

 更に、そんなことになれば――もし、リオン・ルージュが、その敵を迎撃すべく、己が力を、星人としての力を本格的に開放した時は。

 

 リオン・ルージュという傾星の怪物が暴れ始めれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、リオン・ルージュという星人の排除を優先し、彼女を排除しようとする刺客の強化を後押しするかもしれない。

 

「地球という『星の力の加護(バフ)』を受けた『黒い球体の刺客(キャラクター)』が! あの子にきっと襲い掛かる!」

 

 かぐや姫は瞳から涙を溢れさせながら叫ぶ。

 

 こんなことを望んでいたわけではなかった。

 

 かぐや姫は、小さな『箱』の中に閉じ込められ、星の命運などという重過ぎるものを背負わされた、その小さな体に詰め込まれるには余りに大きすぎる力に狂わされた――リオン・ルージュという女の子を、どうにか広い世界に解き放ちたかっただけだった。

 

 それでも――故郷である月と同じくらいに大事な、日ノ本という小さな島国も見捨てられなくて。

 

 最上位戦士として、リオンの代わりに月を守護ることもしなくてはいけなくて。

 

 だから、結局――自分で選ぶことが出来なかった。

 

 こんなことになってしまうと、分かっていたのに。

 それでも、最後の選択はリオンや地球人に託して、ただピースだけを無責任に放り投げて。

 

 結果、笑顔になって欲しかった少女(リオン)に危機が迫るのを止められなくて。

 結果、守りたかった筈の日ノ本が崩壊するような戦争(ミッション)をマッチアップすることになってしまった。

 

 リオン・ルージュという怪物が本格的に暴れたら、下手をすれば日ノ本という小さな島は沈むかもしれない。平安京という小さな都は跡形もなくなるかもしれない。

 

 だが、だからといって、リオンが力を発揮しなくては――彼女は刺客に殺されてしまうかもしれない。

 

 ハッピーエンドなど何処にもない――ただただ後味の悪いバットエンドばかりに、全てが繋がってしまっている。

 

「…………失敗……したの………。私のせい……私の………弱さのせいで……全部……失敗してしまう」

 

 道長の両手が包んでいるかぐや姫の手が震える。

 ポロポロと涙と弱音が零れ、乾いた別面に染み込んでいく。

 

 その時、真っ暗な(ソラ)から一筋の光が降り注いだ。

 

 かぐや姫や黒衣の軍勢の、遥か彼方に落ちるそれを見て――かぐや姫の顔が蒼白に染まる。

 

「………アレは――いや、そんな――」

 

 かぐや姫の表情を見て、道長はすぐに察した。

 あの光こそが、リオン・ルージュへの『刺客』を、黒い球体が平安京へ派遣するそれなのだろう。

 

「………ごめんなさい、リオン。…………ごめん、なさ――」

 

 一つは、自分が日ノ本へと送った紅蓮の姫君に。

 

 そして、もう一つは――涙で溢れた瞳と共に、道長に向けられ、零れそうになっていたそれを。

 

 道長は、愛する女を抱き締めることで。

 涙と弱音を、己が胸の中に押し込めることで塞き止めた。

 

「大丈夫だ、安心するがいい。――ここまでは……『我々』の、計画(プラン)通りだ」

 

 道長は、堂々と。

 

 常にそうしてきたように、主人公の(かわ)を被って言う。

 

「日ノ本も、黒い球体も、リオン・ルージュも。全員が丸く収まる結末を――()()()()()()()を用意している」

 

 だから――と。

 

 道長は、少し彼女を離して、真正面からかぐや姫の泣き顔を見詰めて。

 

 指で涙を掬い上げながら、精一杯に――恰好付けて微笑む。

 

「言ったであろう。私は傲慢なのだ。月に辿り着いただけでは満足などしていない。黒い球体の奇跡、かぐや姫、そしてはっぴーえんど。その全てを手に入れるのだ」

「………それも、安倍晴明(チート)の星詠みですか?」

 

 いや、()()――と、道長は笑う。

 

 安倍晴明の星詠みも、この戦争の終盤(クライマックス)までは詠めていても、その結末(エンディング)までは見透かしていなかった。

 

 それはつまり――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを意味している。

 

 妖怪大戦争が明けた頃――()()()()()()()()()()()

 安倍晴明は、藤原道長にそう告げていた。

 

 故に、道長のその格好付けた宣言には、何の確約(チート)もない。

 

 だからこそ、道長は力強く、主人公のように胸を張って言う。

 

「それでも――やれることは全てやった。だからこそ、私は信じると決めたのだ」

 

 藤原道長が、熱く語る。

 

 真っ直ぐに向けられる、その黒く燃える瞳に――かぐや姫は、焼き尽くされる。

 

「我が陰陽師(とも)の『星詠み()』を。そして我が『悪運(てんうん)』を」

 

 そして――『人間』を。

 

「私は――心から信じている」

 




用語解説コーナー66

・GANTZ

 対星人用防衛機構装置。
 
 外星人からの侵略危機に見舞われている星に突如として現れ、在来星人に対星人用兵器を提供する謎の黒い球体。

 その真実、ルーツは、依然として明らかになっていない。
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