比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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世界よりも自己(エゴ)を優先した――醜く、卑怯な、怪物であると。


妖怪星人編――67 姉妹喧嘩

 

「なるほど……妖怪大戦争。時代も遂にそこまで至ったか」

「楽しそうなお祭りだね! この星の、この島国における最終星人戦争(ハルマゲドン)といったところかな!」

 

 僕、わっくわくしてきたぞ――とはしゃぐ豪奢な衣を纏った紅蓮髪の美女と、はるまげどんとは何だ――と首を傾げる墨色の着流しの浪人。

 

 ちぐはぐな世界観の組み合わせに見えて、どこかぴったりと嵌まっているようにも見える奇妙な二人組。

 

 彼等は自分達の名をリオン・ルージュと京四郎と名乗っていた。

 

 突如、空から飛来して羽衣達の窮地を救った男女は、その見返りにと平安京の現状を教えてくれるように頼み、その流れで一行と行動を共にしていた。

 

「しかし、聞いた話だと、そのお祭りもどうやら終盤みたいだね。だいぶあちこち燃え尽きているし。後はボスキャラを残すのみっていった感じだ」

「分かるのか、リオン?」

「随分とこの国特有の星人の力――妖力っていうんだっけ――が強くて正確な位置とかは分からないけど、もう強い力が数えるくらいしか残ってないっていうのは分かるよ」

 

 京四郎の目当ての魔人も含めてね――そう言って微笑みかけるリオン。京四郎は路の脇に目を逸らし、そこいらに揺らめく黒い残り火を見て、羽衣の方へと目を向ける。

 

「それで――狐の少女。貴女が言うには、魔人はその『祠』という場所を目指しているというが……それは確かなのか」

「……ええ。ですが、狐の少女というのは止めて下さい」

 

 羽衣はこちらに振り向いた京四郎に対し、震える己の心を隠すように前に立つ。

 そんな自分よりも露骨に身体を震わせた詩希、あの平太すらも生唾を呑み込み、詩希と同じく羽衣の脚の裏に隠れている。

 

 無理もない、と思う。

 羽衣ですら――己の中に流れる『狐』の血が、この男を前にすると騒めくのを感じる。

 

 この目の前の男を――畏れるのを感じる。

 

(……これが、兄様と同じ、星に選ばれし最上級の戦士。……『妖怪の天敵』――『怪異殺し』)

 

 同じ血を分け合っただけあって、安倍晴明相手にはここまで反応を示さないけれど――逆にいえば、通常の妖怪は、晴明を前にすれば、こんなにも恐怖を覚えるのかと改めて尊敬する。

 

 彼等を前にすると――妖怪というだけで、目の前の存在が恐ろしくて堪らない。

 

 だからこそ――と。

 羽衣は、明確に言葉に出して、目の前の偉人と相対する。

 

「私の名は『羽衣(うい)』――安倍晴明の妹です。歴史に名高き『怪異殺し』――藤原秀郷(ふじわらのひでさと)様」

 

 その羽衣の言葉に、京四郎は目を細め、隊列を守るように最後尾にいた青年は目を見開く。

 

(『怪異殺し』――藤原秀郷! かの魔人・平将門(たいらのまさかど)を討伐したとされる、伝説の英雄じゃないか!)

 

 それがどうして目の前にいるのだと常識を疑うが――分かってしまう。

 

 曲がりなりにも平安武者の部隊長という立場からか、それなりの修羅場を潜ってきた経験からか――否。

 

 これまで、数多の英雄に身体を貸し――『慿霊(ひょうれい)』させてきたが故に、細胞が理解している。

 

 目の前にいる男は――紛れもなく、伝説の『英雄』なのだと。

 

 だとすれば、彼等の会話に出てくる『魔人』というのは――と、青年が冷たい汗を垂れ流し始めたのを他所に、伝説の英雄と、伝説の英雄の妹は会話を続ける。

 

「……晴明殿の妹。……なるほど、そういうこともあるのか」

 

 京四郎は、鋭く羽衣を見据えながら呟く。

 その眼差しだけでも殺傷力が伴っているかのように、羽衣は身を竦ませたが、京四郎はそんな羽衣に「……そうか。いや、すまなかった羽衣殿。こちらも京四郎と呼んで欲しい。藤原秀郷はもう託した名だ」と言い、そして尋ねる。

 

「それで、羽衣殿。そなたが晴明殿の妹君ということは、そなたが言う、その『祠』とは――」

「……ええ。『祠』とは――かの大妖怪・『(くず)()』が眠りに着く神秘郷の入口」

 

 羽衣は、英雄を前に独白するように語る。

 

 己が母――『葛の葉』の居場所と。

 

 そして――己が、父の目的を。

 

「魔人・『平将門』は、間違いなくその場所に――『葛の葉』の下へとやってきます」

 

 父の仇であり、妖怪の天敵――『怪異殺し』に、明かす。

 

「……………」

 

 恐らくは、その全てを把握している京四郎は、無言でその意味を理解し。

 

「――分かった。では、そこに案内してくれ。道中の護衛は俺が務めよう」

 

 そう言って、そのまま先陣を切るように歩き出す。

 紅蓮髪の美女がその横に並び、二人の童を脚に引っ付けた羽衣がその後ろに続く。

 

 そして、そんな彼等を後方から眺めながら、隊士の青年は続いた。

 

「………………」

 

 元々、彼女等の護衛を引き受けたのは、力を発揮できない羽衣と無力な子供二人の道中を守る為だった。

 

 そして、彼女が安倍晴明の妹と知り、この戦争を終わらせる手段を持っていることが判明し、その為に彼女らを『祠』まで送り届けなくてはならないという――身に余る、分不相応な大任だと明らかになって。

 

――あなたならば、出来ると判断しました。

 

 彼女は、役名なき脇役(モブキャラ)の青年に言った。

 

――お願いです。戦争を終わらせてください。そして、皆を、家族を、平安京を

 

 救ってください――と、

 

「……………」

 

 重い、と、思った。

 荷が重いと。相応しくないと。

 

 誰かがやらなくてはならないのだとしても――それはきっと、僕以外の誰かだと。

 

 事実、あっという間に、遥かに適任の英雄が現れた。

 

 世界が――星が、お前には無理だと、そうばっさりと告げるように。

 

「……………」

 

 京四郎が列の戦闘を歩くことで、下級妖怪は近づきすらしなくなった。

 一般市民を襲っていた妖怪も、蜘蛛の子を散らすように逃げだしていく。

 

 青年が護衛役を務めていた時の牛歩進行が嘘のように――みるみると目的地に近付いていく。

 

「……………」

 

 もう、自分は必要ないのではないかと思う。

 

 そもそもが戦争を終わらせる鍵となる人物の護衛などという、明らかに今宵の戦争の主軸たる場面に、自分のような人物が関わるなど不相応だったのだ。

 

 今、ここには、自分などよりも余程相応しい――『英雄』がいる。

 英雄の力を間借りすることしか出来ない、紛い物の自分ではなく、純正の本物の英雄が。

 

 ならば、傷ついている一般市民の避難を介助しながら、別動隊に合流した方が、余程――。

 

 そう青年が思考の中に落ちていこうとしている――その、最中。

 

 

 辺りを圧し潰すような重圧と共に――再び流星が落ちてくる。

 

 

「な――ッ!」

「今度は何――!?」

 

 羽衣が、詩希が、平太が空を見上げて。

 

 京四郎が――そして、リオンまでもが、険しく表情を引き締め、目の前に落下しようとしている流星を迎え撃とうとしている中で。

 

 青年の背後に、囁くような声が届いた。

 

「――よく分かっているではないですか。それでは、我々のような小物に相応しい戦場へとご案内しましょう」

 

 大丈夫。このパートにアナタは必要ありませんよ――瞬間、まるで羽が生えたかのように、青年が背中から掴み上げられ、落ちてくる流星と反対方向に宙を舞う。

 

「――――!」

 

 自分が何者かに連れ去られようとしていると青年がようやく気付けたのは、自分を攫おうとしている妖怪の片翼が吹き飛ばされたからだった。

 

「――くっ! 流星に完全に気を取られている瞬間を狙い澄ましたつもりですが……流石は伝説の英雄と言ったところでしょうか……ッ!」

 

 妖怪・烏天狗(からすてんぐ)は、片翼を失いながらも、両手はしっかりと青年を抱えたまま、そのまま高度を上げることは出来ずとも、滑空するようにその場から離れようと試みる。

 

 尚も追撃しようとする京四郎を――。

 

「馬鹿! 京四郎、目を離すな!! 分かるだろう!!」

 

 リオンが叫んで制す。

 つまり、目の前に迫る流星は、リオンや京四郎を以てしても、片手間で処理できるようなものではないことを意味していて――。

 

 それを察することが出来た青年は、迷わずに叫ぶ。

 

 自身のことなど度外視にしてしまえる青年は、だからこそ、この時ばかりは英雄に物怖じせずに叫ぶことが出来た。

 

「僕のことはいい! 彼女等を頼みます――『英雄』!!」

 

 その言葉に――そして、その瞳に、英雄は唇を噛み締めて――そして。

 

「羽衣殿! 童等を連れて直ぐに離脱しろ! 力を解放してでも、ここから急いで離れるんだ!」

「京四郎殿! しかし――」

 

 羽衣にも分かっていた。

 こちらに向かって飛来してくる――()()()()

 

 それがどれほど異質で、異様で、異常なものなのか。

 伝説の英雄の京四郎――藤原秀郷が、そして、そんな彼に一切の畏れを抱いていない紅蓮髪の美女が、これほどまでに警戒心を露わにしていることからもうかがえる。

 

 リオン・ルージュと名乗った彼女は――全く妖力を感じない。だからとって呪力も感じない。

 明らかに人間ではないのに、妖怪でもない。かといって平将門のような魔人でもない。

 

(彼女は何者なの――兄様や道長様は知っているの――敵、味方――――あの黒い流星――計画(プラン)にはなかった――私が聞かされていなかっただけ――何が起きて――――あの黒い流星と……リオンという彼女――――何か、近い――――()()?)

 

 黒い流星――その背に、赤い満月が見えて、思考の渦に囚われて、それでも何かに辿り着きそうになった羽衣を。

 

「早く行け!! 邪魔だ!!! 此処はこれから地獄になる!! 失せろッッ!!」

「――ッッッ!!!」

 

 英雄の本気の威圧に、羽衣はすぐさま渦ごと思考を投げ捨て、詩希と平太を両手に抱えて、全速力で離脱した。

 

 羽衣の離脱を確認した後、京四郎は迷わず――その黄金の太刀を抜く。

 

「――――行くぞ、リオン」

「誰に言ってるんだい? ――分かっているだろうけど、本気で行きなよ」

 

 じゃないと、この(みやこ)ごと吹き飛ぶよ――表情を消したリオンの冷たいそんな呟きに、それこそ分かり切っていることと、京四郎は一切動じず。

 

 黄金の太刀を振りかぶり、それを眩く発光させて――全力で振り抜いた。

 

 輝く斬撃が空を切り裂いて宙を進む。

 そして、リオンが放つ紅蓮の炎が黄金の斬撃に纏わって、一体化する。

 

 黄金紅蓮の斬撃が、黒い流星に激突する。

 

 轟音。

 爆裂の衝撃が拡散し、強烈な爆風が吹き荒れる中。

 

 京四郎は、その黄金の太刀を構えたまま。

 

 そして――リオンは、その額に一筋の汗を流す。

 

「……まぁ、こうなるよね」

 

 ゆっくりと、降り立ってくる。

 

 爆煙が晴れて、徐々に晴れてくる世界に――異物が混入される。

 

 世界観が合わない。ここに居てはいけない存在。

 背後に現れたそれに、ゆっくりと振り返りながら――英雄は言う。

 

「――お前の知り合いか? リオン」

 

 それは漆黒の豪奢な衣装を身に纏っていた。

 長い髪は輝くような黒髪で、瞳は白銀。

 

 機械のような無表情な顔つきは――まるで工業製品のように、()()()()()()()だった。

 

「うん、まあ……そうだね。初めて見るけど――」

 

 まるで、こうなることは分かっていたかのように、つまらなそうにリオンは言う。

 

 事実として、こうなることは分かっていたけれど――それでも。

 

 これを差し向けた何某に――強い侮蔑と、嫌悪感を込めて、平淡に呟く。

 

「たぶん――僕の、複製品(いもうと)だ」

 

 月よりの使者は――黒い球体からの刺客は。

 

 まるで、原本(あね)の言葉を肯定するように、優雅にドレスの裾を持ち上げた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 平太と詩希を抱えた羽衣は、全速力で平安京を駆け抜ける。

 

 力を開放してしまった以上、もはや下手な出し惜しみは危険を高めるだけだ。

 

(もし、『狐の姫君』が表の平安京の何処かにいるのならば、既に私の呪力――妖力を察知していることでしょう。ならば、私の力を察知した彼女が、私に追いつく前に『祠』に辿り着く!)

 

 青年と京四郎のお陰で、既に『祠』までの距離は決して遠くはなかった。

 ただ歩いていくならまだしも、呪力により強化した羽衣の速度ならば、瞬く間に『祠』には到着する。

 

「ごめんね、少しだけ我慢して! もうあとちょっとだから!」

 

 尋常ならざる高速移動に付き合わされている詩希と平太。

 彼等が見た目通りの(わらべ)であればとんでもないことになっていただろうが――彼らもまた、只の童ではない。

 

 羽衣と同じく――今宵の妖怪大戦争を終結させる為の、紛れもない『鍵』たる童なのだ。

 

(――よし、着い――っ!!?)

 

 そして、あっという間に目的地である『祠』の前へと辿り着く。

 

 だが、そこには羽衣がどうしても避けたかった光景が――恐れていた、先着者がいた。

 

「……あらあら。どうにも馴染みのある『力』が近付いてくると思ったら。お兄ちゃんに続いてあなたにまで会えるなんて。嬉しいわ――『お姉さま』」

 

 急停止して足を止めて、直ぐに二人の童を己の後ろに隠す。

 

 しかし、当然、それを彼女が見過ごす筈もなかった。

 

「それに、まさか『箱』まで届けてくれるなんて。いじわるなお兄ちゃんではなくて、初めからあなたの下に向かえばよかったわ。兄と違って、妹に優しい良い姉ね――羽衣(うい)

「……残念だけれど、あなたの為に連れてきたわけではなくてよ。――『狐の姫君』」

 

 狐の姫君――その言葉に、詩希も平太も身を震わせる。

 

 羽衣達が到着したのは、とても大きな一本の木の前。

 その根元には小さな『祠』があり、それこそが彼女達が目指した――とある『狐』が眠りにつく神秘郷の入口だった。

 

 だが、その前には、別の一匹の『狐』が居た。

 

「あら? こんな状況の妹に、あなたまでもがいじわるを言うの? ――お姉ちゃん」

 

 美しい金色の毛並みを、美しい緋色の血で穢す美女。

 彼女こそが、今宵の妖怪大戦争を引き起こした妖怪勢力の一角の『王』――『狐の姫君』・化生(けしょう)(まえ)

 

 決して、この『祠』の場所を悟られてはならなかった――大妖怪・『葛の葉』の血を引く、ある意味で羽衣の妹とも呼べる存在だった。

 

「我儘を言ってはダメよ、悪い子ね。だから、お兄ちゃんに痛い目をみせられたのでしょう?」

「……あなたもやはり知っていたみたいね。そうなると、本当に全てを見透かしていたのから」

 

 じゃあ、ここは素直に尋ねるとしましょうか――そう言って、血化粧を施された顔に妖艶な笑みを浮かべて。

 

「何もかも見透かすお兄様に、色々と聞かされているのでしょう? 血を分けた妹であり、十二神将筆頭・『貴人(きじん)』でもある貴女ならば――」

 

 己の背に屹立する巨大な一本の木を、視線で指し示しながら、化生の前は羽衣に向かって言う。

 

「――知っているのかしら? あの『祠』から、『葛の葉』が眠る神秘郷の中へ侵入(はい)る方法を」

 

 化生の前の言葉に、羽衣は小さく歯噛みする。

 分かってはいたことだ。いくら何でも彼女が偶然でこんな場所に通りすがったとは思えない。何より目撃された、ここまで全力で向かってきた羽衣の行動そのものが証拠のようなものだ。

 

 しかし――。

 

「実は少し前に辿り着いたのだけれど、どうしても中に入ることが出来ないのよ」

「……どうして此処が、『葛の葉』が眠る場所だと?」

「妹を馬鹿にするのはやめて欲しいわ。これでも『葛の葉』の疑似転生体ですからね。此処から『葛の葉(おかあさま)』の妖力が微かに漏れ出していることくらいは分かるわよ」

 

 まあ、それを感じられるようになったのも、少し前からなのですけどね――そう語る、化生の前の言葉が本当ならば。

 

(私にそれが感じられないのは、混血の私よりも葛の葉単体から生まれた彼女の方が、葛の葉との妖力的な繋がりが強いからだとしても――葛の葉の妖力が漏れ出しているということは……お兄様じゃないから確かなことは言えないけれど……その原因は恐らく……)

 

 平将門の平安京への襲来。

 葛の葉が眠る『神秘郷』の『鍵』を開ける正式な手順は、『葛の葉』の待ち人たる『平将門』が『祠』に手を触れること。

 鍵となる人物がすぐそこまでやってきたことで、封印に罅が入り始めているのかもしれない。

 

(それだけ『葛の葉(おかあさま)』の、『平将門(まちびと)』を求める気持ちが強いということかもしれないけれど)

 

 恋愛脳の母親に振り回される娘の気持ちになって欲しいと、苛立ちを感じながら羽衣は「――教えると思う?」と、髪を掻き毟りながら化生の前に言う。

 

「確かに私は知っているわ。『祠』の鍵の開け方を。正式な手順も、反則的な裏技もね。けれど、残念ながらあなたに教える義理もないし、あなたはその中に入る資格もないわ」

 

 あなたは、『葛の葉』ではないもの――そう、真っ直ぐに見据えながら突き付けられた言葉に。

 

 化生の前は、その血に濡れた前髪で、瞳を隠すように俯きながら。

 

「本当に、何もかも見透かしたように言うのね。あなたたち――『兄妹』は」

 

 掠れるような呟きに、羽衣は訝しげな表情を浮かべるが、化生の前はそれを見せまいとばかりに勢いよく顔を上げて言う。

 

「だけれど――本当に、全てを見透かしているのかしら? 今宵の妖怪大戦争は――」

 

 本当に、何もかも、あの男の『計画(プラン)』通りなのかしら?

 

 化生の前の、妖しい血に濡れた笑みから放たれた言葉に、一度だけ口を閉じながらも、羽衣は言い返す。

 

「……お兄様は、全てを見透かしているわ」

「そう。なら、貴女は知っているの? 妹であり、『貴人』である貴女は、知っているかしら?」

 

 美しき緋色の狐は、その口を妖しく歪めながら言う。

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()の正体を」

 

 それは化生の前にとっては鎌かけの意味もあっただろう。

 

 羽衣がそれを知っていればそれでよし。

 知らなくとも、その反応を見ながら、あの異様な安倍晴明の状態に対して推察をする為の情報を手に入れる筈だった。

 

 だが、羽衣の反応は、驚愕でも、困惑でも、情報を悟られまいとする無表情でもなくて。

 

「――――」

 

 目を見開き、歯を食い縛って――まるで、怒りを堪えているような、恐れていた事態の到来に諦観を抱くような、それだった。

 

 その奇妙な反応に、今度は化生の前が訝しむ様子を見せたが。

 

「……素直に言うことを聞くとは思わないけれど、一応、一度だけ、言わせてもらうわ」

 

 一言前置き、懐から光り輝く術符を取り出す。

 

「そこを退きなさい――私はお姉ちゃんよ!」

「退かないわ。はしたないわよ、お姉ちゃん」

 

 明らかなる焦り、そして怒り。

 あの『黒い安倍晴明』――『蘆屋道満』には、羽衣がこれほどに取り乱す何かがあるのか。

 

 しかし、今は『兄』よりも『姉』だと、化生の前は思考を切り替えて。

 

「それとも、力尽くで私を倒してみる?」

 

 胸に手を当てて、艶やかに微笑みながら、化生の前は羽衣に言う。

 

「葛の葉の疑似転生体である純粋な妖怪である私と、魔人と妖怪の混血であるお姉ちゃん。どっちが強いのか試してみるのも一興だけれどね」

「あなたは混血のお兄ちゃんにもうボコボコにされたのだから、その答えは出ているじゃない」

「お兄ちゃんはもう、混血どうこうっていう概念じゃないじゃない。もはやアレは只の『星の戦士(チート)』よ」

 

 それはともかくと、手を叩いて笑顔を振り撒き、化生の前はにこやかに言う。

 

「確かに今の私はお兄ちゃんにいじめられてボロボロ。真っ向から戦ったらお姉ちゃんにも負けちゃうかもね」

 

 でも、私は悪い子だから。こんな風にわがままを通すわ――そう言って、化生の前は力を膨れ上がらせ、ぼこぼこと『赤い妖力の鎧』を纏い、『妖力の腕』をこれみよがしに伸ばす。

 

「もし、お姉ちゃんが私に攻撃を仕掛けたら――私は遠慮なく、そちらの『箱』を奪わせてもらうわ」

 

 どうせ私のものになるのですもの。遅いか早いかの違いよね――妖しく、禍々しく笑う、化生の前のその言葉に。

 

「――っ!」

「ひ――ッ」

 

 平太は詩希を抱きかかえるようにし、羽衣は彼等を庇うように一歩下がる。

 

「……卑怯ね。親の顔が見てみたいわ」

「私もよ。だから、早く『葛の葉(おかあさん)』に会わせてちょうだい」

 

 それに、この程度を卑怯というのは片腹痛いわ――化生の前は、そう羽衣の言葉を嘲笑う。

 

「『狐』も、『鬼』も、そして『人間』も。なにもかもを好き勝手に駒にして――『計画(プラン)』などと称して傲岸不遜にも、まるで遊戯をしているかのように『生命』を動かす」

 

 血に塗れた狐は――人間に追い詰められた狐は、心の底から吐き捨てる。

 

「そんなあなた達の方が――よっぽど卑怯じゃない」

「…………」

 

 化生の前の言葉に、羽衣は何も返さない。

 

 ただ睨み付けるばかりで、更に一歩、童達を守るように距離を取る。

 

「ああ、別に責めているわけじゃないのよ。戦争だもの。卑怯、卑劣――大いに結構じゃない」

 

 綺麗である必要なんてない。白くある必要などないと。

 

 己の中に流れる血を、炎のように赤い血を、自らをおどろおどろしく穢す血を示すように、化生の前は己を掻き抱きながら言う。

 

「私達は――怪物なのだから」

 

 戦争という地獄を作り出し、自らの目的の為に他者を貶め。

 

 世界よりも自己(エゴ)を優先した――醜く、卑怯な、怪物であると。

 

 

「格好つけてんじゃねぇ。どんなお題目並べようが、テメェの戦争(ケンカ)(ガキ)を巻き込んだオメェは、只の小せぇ三下だ」

 

 

 音もなく、その男は現れた。

 

 初めからそこに居たかのように、化生の前が伸ばす妖力の腕を斬り裂き、羽衣と平太と詩希の前に現れる。

 

「――ッ! 鴨桜(オウヨウ)さん!」

 

 平太が叫ぶ。

 詩希と羽衣が瞠目し、化生の前が静かに睨み付ける中――鴨桜に並び立つように、次々と若き妖怪達が空から降り立ってくる。

 

「全く、お前は考え無しか。馬鹿正直に真正面に現れてどうする? 相手は『狐の姫君』だぞ!」

 

 首元に布を巻いた青年――妖怪・首無――士弦(しげん)

 

「どどどどどどどうしましょう!!! 何ですかあの禍々しい妖力! 鎧!? どうするんですかぁぁあああもうおおおおおおお!!」

 

 がたがたと震える青髪白装束の少女――妖怪・雪女――雪菜(ゆきな)

 

「落ち着きなさいよ。妖怪大戦争に参戦するって決めた時から、こうなるかもしれないとは覚悟してたでしょ。――鞍馬天狗の次が、『狐の姫君』だった。そんだけの話よ」

 

 堂々としゃんと立つ黒髪猫耳の少女――妖怪・仙狸――月夜(つきよ)

 

 そんな彼等の到来を確認したかのように、平太の頭の中から小さな雀が現れる。

 

「あ――」

 

 空へ飛び出した途端、その体躯を童ほどに増大させ、その身長よりも大きい刀を背負ったまま、どんどんと高度を上げて――上空をふわふわと泳いでいる一反木綿の下へと辿り着く。

 

「にんむかんりょうしました」

「うむ。ご苦労じゃったの」

 

 平太達に窮地が迫った時の護衛役として同行していた(すずめ)を労うと、夜の闇よりも黒い髪を靡かせる男は、一反木綿の上から、己を見上げる女を見下ろす。

 

「――知らない顔ね。日ノ本の目ぼしい妖怪は配下に置いたつもりだけれど、一体何処の田舎妖怪かしら?」

 

 己の勢力の大幹部の一角であった筈の鞍馬天狗、かつて四国の妖怪勢力を纏め上げた実力者である犬神――そして。

 

 狂い舞う桜吹雪の中での会談以来となる、その妖怪との対面に――化生の前は、凍えるような無表情を、一反木綿の上の黒い男へと向ける。

 

「この儂等を知らぬとは――お主らの方がよっぽど田舎者ではないかのぉ」

 

 見るモノを凍らせるような美貌を放つ雪女・白夜(はくや)と、見るモノをある意味で凍らせるような珍妙な風体の河童・長谷川(はせがわ)を両側に侍らせた、濡れたように漆黒に輝く髪に包まれた男が、日ノ本最大の妖怪勢力の長に向かって言い放つ。

 

「儂等は『百鬼夜行』。お主らよりも百年ばかり、(とかい)暮らしの歴が長い『してぃーぼーい』じゃ」

 

 安倍晴明から教わった言葉を正確な意味も分からず用いて――『百鬼夜行』を率いる男は、「息子に散々先に言われてしまったが、ここは満を持して、『総大将(ちちおや)』らしい姿を見せねばの」と、一反木綿から身を乗り出して。

 

 一切の笑みを消し――『狐の姫君』に向かって、冷たい殺意を込めて、渾身の宣戦布告をぶつける。

 

「『平安京(ここ)』は『百鬼夜行(おれたち)』の縄張り(シマ)だ。土足で踏み荒らした落とし前、つけさせてもらおうか――小娘」

 

 平安京の闇の片隅にて、ひっそりと暮らしていた『百鬼夜行』――今宵の妖怪大戦争における『その他勢力』が、今。

 

 日ノ本最大の妖怪勢力『狐』の『王』――『狐の姫君』に、真正面から抗争を挑む。

 




用語解説コーナー67

・黒い球体の刺客

 電子線により宇宙空間で召喚された『それ』は、そのまま大気圏へと突入し、黒く燃える流星となって、平安京へと真っ直ぐに墜落した。

 かぐや姫が当初の予定通りに平安京へと直接に送り届けることを選んだら、きっと同じことになっていたことを考えると、金時の赤雷は、結果的には正しく京を救ったといえるだろう。周辺地域とはいえ、赤い流星の落下は甚大が被害を齎しただろうから。流石は英雄。
 代わりに赤い流星が落ちた蝦夷は滅んだけれど、まあ英雄も全ては救えないということだろう。世知辛いね!
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