比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

81 / 101
あなたの体が目当てなんですよ。


妖怪星人編――68 塵捨て場の決戦

 

 真夜中の黒い空を、一羽の片翼の(からす)が飛ぶ。

 

 その烏は屈強な人間の身体の肉体を持ち、その本来の烏が持ち得ない二本の腕で、一人の青年を抱えていた。

 

 青年は身じろぎしながら、己を(さら)った妖怪に向かって叫ぶ。

 

「くっ――何故だ!? どうして僕を攫う!? 僕の何が狙いで、僕の何が目当てで――」

「――目当て。それは勿論、あなたの体ですよ」

 

 あなたの体が目当てなんですよ――そんな言葉と共に、烏の嘴から吐息が漏れるのを感じたように、ゾッと身を震わせた青年は。

 

 本来の烏ではありえない、人間のような――真っ黒な欲望が詰まった言葉を、その背筋に注がれる。

 

「私は欲しいのです! あなたのその体――体質が! その――『慿霊(ひょうれい)体質』が!」

 

 私は――欲しい。

 

 その言葉と裏腹に、烏天狗はパッと、青年を手放した。

 人間のような欲望を剥き出しに、人間のようなその両手を――青年から離した。

 

 真っ暗な空――遥かなる上空から。

 

「――――な」

 

 先程までその拘束を外そうと暴れていた筈なのに、いざ外れた瞬間――体も頭も凍り付いた。

 

 落ちる。落ちていく――為す術もなく真下に落下していく。

 

 妖怪ならば。

 その翼や妖力で振り解けるかもしれない。

 

 英雄ならば。

 その呪力で勢いを減衰させたり、あるいは地面に叩き付けられてもなんともないかもしれない。

 

 だが――普通の人間は、只の脇役は、当たり前のように――重力の影響からは逃げられない。

 

「がッ――ッ!!?」

 

 空から烏に無慈悲に捨てられた人間が、まるでゴミ捨て場に放棄されるが如く、何の罪もない、この戦争によって強制的に空き家にさせられた家屋に落下する。

 

 既に屋根はボロボロで、それが功を奏したのか、青年の身体を太い柱が貫くといった悲劇は起きず、奇跡的に、自力では不可能だった英雄の御業である落下の勢いの減衰に成功した。

 

 だが、無論――代償はある。

 才能に選ばれなかった凡人(モブキャラ)が、選ばれし英雄と同じ成果を、何の代価もなく獲得できるわけもない。

 

 青年は立ち上がれなかった。

 全身を貫いた衝撃に、肉体が当然のダメージにあっさりと悲鳴を上げている。

 

 頭を少なからず打ったのか視界がぐらぐらと揺れる。

 強烈な吐き気がこみ上げ、全身のどこが痛むのか分からない程に――痛い。

 

(――当たり前だ! ふざけるなよ――妖怪や英雄(おまえら)と一緒にするな……ッ。人間は――高所から落とされたら死ぬんだよ!!)

 

 当然の事実だった。

 今宵の妖怪大戦争において、当たり前のように無視される一般常識。

 

 だが、青年は、その当たり前の常識から逃げられない。

 超常異常が飛び交う、今宵の妖怪大戦争(異能バトル)において――彼の役名は与えられていない。

 

 青年は――脇役(モブキャラ)なのだ。

 物語(ストーリー)主軸(メインステージ)に相応しくない、只の背景(エキストラ)

 

(…………そんな……僕が――)

 

 どうして、こんな所で、こんな目に遭わなくちゃいけないんだ――そう血の味がする口の中を噛み締めながら、少しずつ平衡感覚を取り戻して、震える膝を無理矢理に持ち上げて立ち上がると。

 

 彼を上空から(ゴミ)のように捨てた、烏天狗(からすてんぐ)が、青年を至近距離から見下ろしていた。

 

「やはり、これくらいは生き残りますか。思った通り、それなりの天運は持ち合わせているようですね」

 

 烏天狗は、胃の中のものをぶちまける青年に構わず、両手を広げて、真っ暗な廃屋の中で大仰に言う。

 

「どうですか、この場所は? あなたの望み通り、今宵の妖怪大戦争における隅も隅――大局に何の影響も齎さない物語の影」

 

 既に役目を終えた私と、何の役割も与えられなかったあなたの、決着を付けるに相応しい戦場です――烏天狗の言葉を、青年は揺れる頭で受け止めた。

 

「……僕の……望み……通り?」

 

 確かに、自分はそんなことを思った。

 身に余る重責を背負い、大任に圧し潰されそうになり――弱くも、情けなくも、願った。

 

 自分は、こんな眩しい――戦争の行方を左右する、重要極まる場所には、居たくないと。

 

 だが、何故――それを、この妖怪が知っている?

 

「私は何でも知っていますよ――私は全てを見透かしているのです」

 

 そして、何故と思ったことすらも、烏天狗は――見透かしていた。

 

 まるで――いや、と。

 

 青年は、揺れる頭を更に揺らして思考を断ち切る。

 

 考えても仕方ないことは考えるな。

 凡人にそんないくつものことは出来ない。

 

(コイツが僕の心を読めたってどうでもいい。僕如きを見透かしたところで何になる。それよりも重要なのは――)

 

 突如、青年を拉致した烏天狗。

 慿霊体質が目当てだと言った、この妖怪の目的と、そして正体。

 

「役目――役目を、果たしたと言ったのか。……お前は、一体、何者だ? 『狐』か? それとも『鬼』か?」

「強いて言えば『狐』ですが、それもまた本質ではありませんねぇ。私の正体が知りたいですか? 私の目的が知りたいですか? ――いいでしょう! 何も知らないあなたに、何もかも教えて差し上げましょう!」

 

 何の光も注がない闇の中で、煌びやかな主軸(メインステージ)から離れた真っ暗な世界で、烏天狗は役者のように大きく身振りをしながら語る。

 

「我が名は烏天狗(からすてんぐ)。今宵の妖怪大戦争の舞台を整える為に、かの安倍晴明様から生み出された『三羽烏(さんばがらす)』が一羽でございます」

 

 大幹部として『狐』勢力の中枢に潜り込んだ――『(さとり)』。

 四天王として『鬼』勢力を復興させた――『天邪鬼(あまのじゃく)』。

 

「そして、基本的には『狐』勢力に属しながらも、悪目立ちせずに舞台の細かい調整に励んだ私『烏天狗』。『三羽烏』も残すは私のみとなってしまいましたが、我等がいなければ今宵の妖怪大戦争は完成していなかったと自負しております」

 

 安倍晴明が求める『妖怪大戦争』という舞台を完成させる為に、裏方(スタッフ)として身を粉にして働いたと、そう胸を張る烏天狗は。

 

「魔の森の決戦も、私が演出したものです。あなたのことはそこでお見かけしたのですよ」

「――っ!? ……あれも、お前が――ッ!」

 

 魔の森の決戦。

 青年の運命が、確かに音を立てて変わった日。

 

 それが烏天狗の手引きによるものだったならば――いや、だが、そうなると。

 

「お前が……安倍晴明様の……式神ならば――何故、あんなことをした……何故、こんなことをする……」

 

 息も絶え絶えに言う青年の言葉に、烏天狗はこれまた大仰に首を振って。

 

「我々『三羽烏』は式神ではありませんよ。陰陽師の式神となった妖怪は、その主の陰陽師の呪力混じりの『匂い』がしてしまう。潜入任務を請け負った我々が、そんな匂いをさせて、『狐の姫君(化生の前)』や『鬼の頭領(酒吞童子)』を誤魔化せる筈がないでしょう」

 

 己が真っ黒な羽毛だらけの胸を、人間のような手で抑えながら、烏天狗は言う。

 

「我々『三羽烏』は、正真正銘の妖怪ですよ」

「式神ではない、純正の妖怪? だが、お前は人間から生み出されたって――」

「人間ではなく――『安倍晴明』様。妖怪の血を引きながら、人間として最上級の術士であり、なおかつ星の戦士として妖怪星人の組成式を知るあの御方だからこそ可能な秘術です」

 

 妖怪星人の組成式とは、つまり――『箱』と『魂』である。

 

 これは妖怪星人に限ったことではないが、この世界の生命は全て、質量を持った『魂』と、その容れ物たる『箱』の式で組成されている。

 

 つまり、安倍晴明は、素体となる妖怪から『魂』だけを抜き取り、空っぽの『箱』を用意して。

 そこに己の妖力を漂白して匂いを消し無色な妖力の塊としたものを準備して、そこに専用の術式を『魂』に刻み込み、空っぽの箱に入れて――新たな妖怪として生み出した。

 

 まるで料理の手順を紹介するかのように、滔々と語る烏天狗の言葉に――青年は、ガタガタと己の歯が鳴るのを抑えきれない。

 

「な、何だ……それは。……新しい、妖怪を――生命を作る。そんなの、もはや、人間でも妖怪でもない――」

 

――神、じゃないか。

 

 理解出来ないと、青年はぐらぐらと揺れる頭を押さえる。

 

 ただ一つ、分かるのは、安倍晴明(あべのせいめい)――自分が今まで無条件で敬意を表していた、人間の最高戦力たる男が、自分が思っていた以上にずっと凄まじく、ずっと悍ましい存在であるということ。

 

 そして――。

 

「まぁ、全てを把握する必要はありません。あなたが今、この場で知るべきなのは、私が式神ではなく純正の妖怪であるということと、その上で、創造主たる安倍晴明様から与えられた任務――妖怪大戦争の勢力図の調整という役目は、この妖怪大戦争が終盤戦に突入した時点で殆ど終了しているということ」

 

 つまり、私はもはや、何にも縛られることのない自由の身であるということです。

 

 そう言い放った烏天狗は、全てを語ると言った烏天狗は――それでも一つだけ語らなかった。

 

 己の魂を構築している妖力が、漂白された無色ではなく――真っ黒な塊であるということ。

 

 安倍晴明が生み出し、三つに切り分けられた漂白された妖力の内――二つが黒く塗り潰されていたことを。

 

(あの御方は、それを見透かしていたのでしょうか)

 

 己の中の黒い影が、そっと二羽の烏に手を出したことを。

 

 そして、見透かしていたとして、それは果たしてどこまでなのだろうか。

 

 安倍晴明の全知の星詠みすら届かない、この妖怪大戦争の終盤(クライマックス)にて、己が生み出した烏がこのような暴挙に出ることも。

 

 烏天狗という己が生み出した妖怪が、自身の黒い魂の中に渦巻き、膨れ上がった、このドス黒い欲望に突き動かされることも――あの偉大なる創造主は、見透かしていたのか。

 

(それを確かめるのも、また一興ですね)

 

 果たして、任務を終え、使命を終えて、生み出された意義を成し遂げて――無様に生き残ってしまった一羽の烏が。

 

 荒れ狂う黒い欲望に突き動かされて、あるいは呑まれて――果たして、どこまで飛び続けることが出来るのか。

 

(この生ある限り――どこまでも無様に、走り続けることと致しましょう!)

 

 全知の主を持つが故に、今まで見たことのなかった――未知なる景色を求めて。

 

 烏は今、背中の片翼を羽搏かせて。

 

 青年を一瞬で地面に叩き付けて、その身体を踏みつける。

 

「――――ッッ!!!」

 

 悲鳴も出せない衝撃の中で、青年は鈍くなった思考の中で思う。

 

(……本当に、近頃はどうかしている)

 

 妖怪大戦争などいう前代未聞の大災害の渦中とはいえ――何故、こんなことになっているのだろう。

 

 元・大江山四天王の金熊童子を討伐し。

 十二神将・『貴人』に護衛を頼まれ。

 伝説の英雄・藤原秀郷に遭遇し。

 

 そして、今、安倍晴明が生み出した妖怪に、その身体を狙われている。

 

 目まぐるしくも慌ただしい。

 まるで物語の主人公にでもなったかのようだ。

 

 自分は、何の役名も与えられない、只の端役ではなかったのか。

 

(烏天狗は、自分達に相応しい戦場といったが――こんな場所でも、僕にとっては、分不相応と言わざるを得ない)

 

 青年は、まるでゴミのように踏みつけられながら、己の真上から降り注いでくる烏天狗の言葉を聞いた。

 

「何故、ここまで懇切丁寧に、あなたの疑問にわざわざ答えたか分かりますか?」

 

 分かるものか。もう、何もかも分からないのだ。

 

 何故、こんな端役の自分に、次から次へと異常な出来事が起こるのかも。

 何故、安倍晴明が生み出した妖怪が自分を狙っているのかも。

 

 もう――何も分からない。

 

 もう、何も――考えたくない。

 

 烏天狗は、そんな青年の心中を――心を読んで、その烏顔を不気味に歪める。

 

「『慿霊体質』――平凡なるあなたが、唯一、文字通りその身に宿した特異なる力」

 

 そんないいものではない。

 偉大なる誰かの力を借りることでしか輝けない――平凡な僕にある意味で似つかわしい、無様な力だ。

 

「そう卑下するものではありませんよ。その才能自体は素晴らしい力です。過去の英雄の魂をその身に宿すことが出来る。しかし、稀少な力に相応の危険性も、当然として秘めている」

 

 慿霊体質。

 それはつまるところ、己の『箱』に別人の『魂』を取り込む――別の誰かに身体を明け渡すということだ。

 

 それは鍵も金も貴重品さえもそのままに、己が留守の自宅に見ず知らずの人間を招き入れるに等しい。

 

 当然、招き入れた『魂』が悪人ならば――『箱』たる身体を悪用される危険性を伴う。

 

(確かに、私は覚の、そして天邪鬼の『魂』をこの身に取り込んできましたが――それは同じ『妖力(ルーツ)』を(もと)と『魂』故の、いわば三つ子のような関係だからこそ出来たもの)

 

 その上で、安倍晴明の術式が魂に刻み込まれていたということも大きい。

 三つに分けた手順の逆を辿るだけ――元が一つだったものを、再び一つに戻すだけともいえる。

 

 だからこそ――『慿霊体質』という、この特異な力を手に入れるには。

 

「故に、私も危険を背負いましょうや! あなたの土俵に乗った上で――私は、あなたの特異な体質(才能)を手に入れる!!」

 

 そう叫びながら、烏天狗は――雷を落とした。

 

 自分達のすぐ背後。

 青年が墜落した廃屋の隣家が、その魂に取り込んでいた、()()()()によって一瞬の間に消し炭にされた。

 

 それを青年は、地面に口づけをしながら感じる。

 

「私は、全く同じ妖力から生み出された、三つ子ともいうべき兄弟達の『魂』を二つ取り込みました。そして、そもそもが『魂』を別の『箱』に()()()()()ことで生まれた妖怪です。私は、自分の『魂』の形を自覚している――つまり、自分の『魂』を、自ら『箱』より取り出すことが出来るのです」

 

 そして――と、烏天狗は地面にうつ伏せに倒れる青年の髪を引っ張り、無理矢理に顔を持ち上げた。

 

「『慿霊体質』という、そもそもが他者の『魂』を受け入れることが前提の受け手ならば、こうして触れ合っているだけで、私の『魂』を送ることが可能でしょう。つまり――」

「――お前の『魂』を……僕が『慿霊』しろってことか? ……正気か、お前」

 

 正気かと青年が問うたのは、何もその実現性の話だけではない。

 

 敢えて己の『魂』を『慿霊』させることで――無防備に明け渡された『箱』、つまり身体を乗っ取り、己が『魂』で上書きする。

 

 なるほど、理論上は可能だ。

 妖怪の魂を慿霊したことはないけれど、これだけ自信満々ならばそれも出来るのだろう。

 

 しかし、『慿霊』した『魂』による『箱』の上書きというのはそれほど簡単ではない。

 これまで数々の英雄の魂を慿霊してきた青年の『箱』が、こうしている今も健在なのがその証拠ともいえる。

 

 正式に結びついた『魂』と『箱』の結びつきは、そう簡単に切れるものではない。

 さきほど留守を預けるという例えを出してしまったが、青年の慿霊において、青年本来の魂は、他者に箱を明け渡した後も、箱の外に出るわけではないのだ。

 

 あくまで、操縦席の椅子に他者を座らせるだけで、他者の魂が己の身体を動かしている間も――()()()()()()()()

 

 そして、もし、他者の魂が己の箱を乗っ取ろうとして、所有権争いが勃発したその時は、当然ながら青年の元々の魂と争うことになるのだが――その時、青年の魂と箱の長年の結びつきというのは、圧倒的な力の差となる。

 

 それが、どれほどに強靭な英雄の魂でも、もはや青年の形となった『箱』の中では、青年の魂以上に強大なものはない。文字通りの『本拠地(ホーム)』なのだ。

 

 少しでも青年に抵抗の意思があれば、そもそもが綱渡りのような方法を使っての無理のある占拠だ。人間の箱と妖怪の魂という相性も最悪に近い。容赦なく捻じ伏せられてしまい、下手をすれば元の『箱』に帰れなくなるだろう。

 

 そうなってしまえば、危険なのは烏天狗(おまえ)だけだと、青年は問うている。

 

 烏天狗は、言葉にすらされないそんな問いに。

 

「――だからこそ、こうして丁寧に、一から全てを説明して差し上げたのですよ?」

 

 そう言って、無理矢理に青年の身体を起こし。

 

「――――ごふッ!!」

 

 満足に身体を動かすことすら出来ない青年のどてっ腹に、容赦ない蹴りを叩き込んだ。

 

 紙のように軽々と吹き飛ばされた青年に、あえて翼を使うことなく、人間のように二本足でゆっくりと近付きながら。

 

「これより、あなたに徹底的に精神攻撃を仕掛けます」

 

 そう、強烈な肉体言語を叩き込んだ直後に宣う烏天狗。

 

「あなたの『(からだ)』を乗っ取る上で必要な手順として、まず先に行うべき下処理は、あなたの『魂』の抵抗の意思を奪うこと。つまり――」

 

 心を、徹底的に圧し折るということです――強烈な痛みによってぐしゃぐしゃに掻き回される青年の頭にも、しっかりと染み渡るように烏天狗は優しく語る。

 

「絶望してください――殺しはしません。私はあなたの身体が目当てなのですからね。――つまり、心は必要ない。むしろ邪魔です」

 

 あなたの心を殺します。

 あなたの精神を殺します。あなたの意思を殺します。

 

 あなたの――『魂』を、殺します。

 

 烏天狗は再び青年の頭を掴み上げて、その耳元に嘴を寄せて、愛を囁くように殺意を注ぐ。

 

「私の目的を懇切丁寧に伝えたのは――あなたにそれを理解していただく為です。これより地獄の苦しみがあなたを襲いますが、死んで楽になれるとは思わないでください。思う存分に、恐怖してください」

 

 これはあなたの『(からだ)』を手に入れる為に必要であるが故に、私は一切の妥協をしない――と、烏天狗は宣言する。

 

「私がどんな存在なのか。私がどんな目的を持っているのか。私がどれだけ妖怪で、私がどれだけ怪物で、私がどれだけ――狂っているのか。ここまでの説明で、しっかりと理解していただけたと思います」

 

 がたがたと、青年の身体が震える。

 青年の精神が震える。青年の心が震える。青年の――魂が、震える。

 

 歯がかき鳴らされ、瞳に涙が溢れ出す。

 

 そんな青年の醜態を――烏天狗は醜悪に見下ろし、舌なめずりをした。

 

「あなたの『(からだ)』は私が頂戴します。あなたがこれまで、端役(モブキャラ)ながらに積み重ねてきた人生は何もかもなくなる」

 

 あなたの思いも、あなたも記憶も、あなたの愛も友情も、全て私が凌辱する――烏天狗は、青年の身体を、髪を引っ張りながら軽々と持ち上げて、もう片方の腕で拳を握る。

 

「それをしっかりと理解しながら、それにしっかりと恐怖しながら、これから私が繰り出す攻撃をその身に受けて下さい。そうすれば、それを知らないよりも、ずっと痛くて、ずっと怖くて、ずっと早く――心が折れてくれるでしょう?」

 

 青年は――目を瞑ることも出来なかった。

 

(なんで――こんな、ことに――)

 

 出来たのは、只の――現実逃避だけ。

 

 どうしてこんなことに。どうして――僕が、こんな目に。

 

 僕は――ただの――――端役(モブキャラ)だった、筈なのに。

 

「あなたの役目はここで終わりです。終わったもの同士、誰にも見向きもされない暗がりの中で、誰の得にもならない泥仕合を始めましょう」

 

 大丈夫。

 あなたが死んでいなくなったところで、誰も何も困りませんから。

 

 だから、この不毛な争いを終わらせる為に――さっさと壊れて下さいね。

 

「―――――――」

 

 烏天狗のその言葉によって、青年の心の恐怖を諦念が塗り潰す。

 

 それを後押しするように、烏天狗の拳が無防備な青年の身体に叩き込まれた。

 




用語解説コーナー68

・安倍晴明流妖怪の作り方

①まずは適当にそこいらで妖怪を捕まえます。この際、作りたい妖怪のそれと同種のものが望ましいですが、手間と成功率は下がりますが極論何でも構いません。

②次に、その妖怪の『魂』を抜き取ります。必要なのは『箱』の方ですので、『魂』の方は握り砕いて構いません。

③続いて、自身の妖力を体外に排出し、球状の塊として具現化します。
 この際に妖力を漂白して、自身の色や匂いを完全に落とします。この工程が最も重要ですので、しっかりと手を抜かずに実行しましょう。

④完全に無色無臭になった妖力塊に、術式を刻み込みます。この術式にて、作りたい妖怪の種族や能力や性格などを設定します。一番楽しい工程ですので、思う存分に個性を出しましょう。これが新しい妖怪の『魂』となります。

⑤②で手に入れた空っぽの『箱』に、③で作った『魂』を放り込みます。
 無事に『魂』の形に『箱』が変形したら、新しい妖怪の完成です。
 もし不具合が起きて見るも悍ましいクリーチャーが生まれたら失敗ですので、ちゃんと殺して後始末をして、そこいらで新しい妖怪を捕まえて、もう一度①からやり直しましょう。



 こんな感じで、三羽烏は安倍晴明に三分でクッキングされました。
 その際に黒い方が内二羽につまみぐいするみたいに細工をしましたが、ちゃんと白い方も後で一羽に妖力と呪力を注ぎ込んで自分色に染めてます。後の雷神の件に備えて。

 結果、無色無臭の妖怪を作る筈が、白い烏一羽と黒い烏二羽が生まれただけでした。
 何やってんだコイツ等とお思いでしょうが、そもそも狐の姫君は安倍晴明のスパイが入り込むなんて想定済みで勝手にどうぞって感じでしたし、鬼の頭領もそもそも茨木と金時のことしか眼中にないので同じく勝手にどうぞって感じでした。

 天邪鬼は自覚するまで晴明由来の妖力や呪力を使うなんて発想もしていなかったし、覚や烏天狗は化生の前以外には隠し通すくらいの術式は使えましたしね。

 だからこそ、三羽烏が式神ではなく純正妖怪である理由は――単純に、晴明にとっては『実験』と『偵察』です。

 それは、自身に純正妖怪は作れるのかということと。

 果たして『黒い』自分は、どこまで妖怪大戦争に首を突っ込んで来るのかを、知る為の。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。